【五月病になる前に】大学なんて辞めちゃったっていいんだよ
には思いのほか反響をたくさん頂いた。
頂いた批判のほとんどはもっともであるし、
逆に思ったより賛同の意見が多かったということもあるのだが、
いま一度強調しておきたいのは私が言っているのは決して極論なんかじゃなく
大学に入る人やその親の誰もが考えておかなきゃいけない事なんだよということである。
もう20年近くも前のことだが、私は某大学の理工学部数学科に進学した。
当時の理工学部は、大学入学時に完全に学科を分ける方式を採用しており、
大学に入学した瞬間から4年間の生活が決まるという仕組みになっていた。
数ある学科の中で数学科は「極楽」と言われ、
単位の取得が最も楽な学科であるという評判であった。
実際、時間のかかる実験もなく単位の認定も厳しくないので
卒業が楽という意味ではこれは確かに正しかったのであるが、
実のところ、半数近い学生は地獄の4年間を過ごす事になる。
学問としての数学は、
高校での数学とは異なり高度に論理と様式で固められた学問である。
高校生の時に、教科書や板書に論理的な誤りがないかを丹念に
確認していたような学生なら全く問題がないが、
入試問題をパターンと認識してゲーム感覚で答えだけ出してきたような
学生には敷居が高い。
数学科に入学した学生はそのことに一年生の5月頃には気付き、
半数以上の学生は自分に数学は向いていないのだと悟って途方に暮れる。
中退して、才色兼備の美女の多い文学部にでも入り直すか?
そんな事が頭をよぎったとしても、実行する学生は一人もいない。
厳しい入試をくぐり抜けてせっかく入った有名大学を
2ヶ月で中退するなどというエネルギッシュな学生はそうそういないものだ。
辞めてしまっては親に見せる顔がない、と考える学生だって多かっただろう。
比較的ハードルの低い転科を考える学生ですら極めて例外的であった。
まだ18〜9歳の子供である。
難しい入試をくぐり抜けた人たちだけあって、
3年生くらいになるとようやく数学に独特な作法に慣れてきて
実力を発揮し始める人も結構いるのだが、
それでも半数弱の人は4年間、耐え難きを耐え、凌ぎ難きを凌ぎ、
数学の事はほとんど分からないまま
なんとか卒業して潰れることは無さそうな会社に就職する。
数学を十分に活かせるような仕事に就かない人も多い。
私はそういった数学科の友人のことを考えるたびに、
彼らにとっての幸せとは何なのだろうか、と考えさせられた。
彼らが知的能力の面で、数学が出来る学生に比べて
そんなに劣っているわけではない。
ただ進路の選び方を間違えてしまったということなのだ。
彼らがその後うまくやっているのか、と言えば幸い答えはほぼイエスだろう。
途方もない苦難に耐えて、4年で卒業して就職した人たちが
そんなに簡単にへこたれるはずはない。
しかし一方で、もし数学が向いてなかったのなら、
1年間を棒に振ってでももう一度別のことに挑戦した方が
ずっとエクサイティングな大学生活を送れたのでは
という気がしてならないのである。
いい加減、教員を聖職者扱いするのはやめよう
3〜5年程度の試用期間を経てから本免許を与える案をまとめたようだ。
結論から書けば、この案が実行されれば公立学校の新任教員の質は一気に低下するだろう。
1.雇用が不安定となり就職先としての魅力が低下
公立学校といえども教員には、教科の指導能力、マネジメント能力、対人交渉力、
とかなり幅広い能力が要求される。
もちろん公立学校に問題のある教員が多々いることも承知しているが、
それでも例えば米国などと比べて、熱意と指導力のある教員が多いのは
十分な待遇を用意しているからだ。
年収も平均で700万円台半ばとごく平均的なホワイトカラーが
就く仕事としては高いし(米国の多くの州では5万ドル台前半)
何よりも教員の雇用は多くの民間企業に比べて安定している。
業務内容の変化は緩やかであるし、一年単位で区切りのつく仕事なので、
女性には産休後に復帰しやすいというメリットもあるだろう。
そこに「当初3〜5年間は試用期間」などという案が通れば、
まともな学生の多くは公立学校教員というキャリア自体を断念するだろう。
仮に9割以上の「仮採用」者が本採用に至るにしても、
わざわざ3〜5年後に「不合格」の烙印を押されて20代半ばで
放り出されるリスクを取ってまで教員になるのは特殊な人に限られる。
「民間企業の正社員はだめだったけど、派遣社員よりは安定しているから」
という学生が、新任教員の平均像となる可能性が大きい。
2.パワーハラスメントが問題化
仮採用期間の勤務成績で本採用を決めるとなると、
学校側は新任教員に対して生殺与奪の権利を持つ事になる。
例えば米国の大学教員はテニュア制度という似た制度を持つが、
これは業績が査読付き論文や、政府系グラント、学生による教育評価など
客観的な指標で測れるということが大前提となっている。
学校現場のような業績評価を主観に頼らなければならない場で同じ制度を採用すれば、
学校や他の教員はこの権利を盾に、経験と称して様々な雑務を押し付けるという
ことになりかねない。仮に大半の教員が善意で新任教員に接したとしても、
インセンティブがある以上、必ず一部の学校ではこの問題が起るだろう。
米国では、公立学校の給与水準が低い事から小中学校の教員は事実上
ピンクカラーと呼ばれる女性が主に就く職業となっているが、
今回提案された制度の下では、試用期間中に産休を取ることに対する
ハードルが高くため、女性からの人気も落ちるだろう。
3.現職の問題教員対策にならない
教員に関する改革に関しては、他の労働問題と同様、必ずと言っていいほど、
既得権者への不利益を避けて新参者が負担を被るかたちで意見がまとまる。
免許の更新制にしても、教育系大学院にしても同様だ。
今回の案はその最たるもので、現存する問題教員の問題を全く解決しない。
平均的な教員が、35年間勤務するとすれば、排除できる問題教員の数は、
全体の35分の1しかいない新任教員の数パーセント程度ということになる
だろう。ある市に1000人の教員がいるとすれば、せいぜい年に
1〜3人程度の「教員に向かない人」を排除できるにすぎないと思われる。
しかも、わずかな問題教員は排除できても上で述べたように
人材の平均レベルは下がる可能性が極めて高い。
効果は非常に限定的であるし、明らかな問題教員を排除する目的であれば、
教育実習の評価を厳しくすることで十分に対応可能なはずだ。
民間企業の採用と異なり4週間も実地での研修が義務づけられた特殊な職種に、
わざわざ試用期間を設ける意義は正当化できない。
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結局のところ、どこの国のおとぎ話か分からないようなこんな不思議な案が
えらい議員先生たちから出てくるのは、
教員は特別な存在であるという誤った固定観念によるものだ。
今回の案を、一般企業、例えば業績不振に陥っているパナソニックかどこかに
置き換えれば、いかに異様な提案であるかがお分かり頂けるだろう。
「業績回復のために社員改革を実施する。問題社員の排除が目的だ。
現在の正社員に特に変更はないが、今後の新卒社員の採用に当たっては
当初3〜5年間を試用期間とし、勤務成績が良好な者のみ正社員として登用する。」
優秀な学生は誰もパナソニックに来なくなるのは、火を見るより明らかである。
月曜日のパナソニックの株価も暴落だ。
今回の提案がパナソニックの例と違うのは、教員の人材価値は株式市場で
取引されていないので暴落が観測できないという点だ。
公立小中学校の教員はじかに子供の成長を助けるという意味でやりがいのある仕事だが、
ストレスレベルも高く、自由度が高い仕事ではない。
勤務条件を大幅に悪化させれば、
志望者が大幅に減少するか、人材のレベルが下がるかのいずれかだ。
現状の雇用制度まで無視して、ステレオタイプで不自然に厳しい制度を
作ったところで、教育は静かに崩壊に向かうだけである。
(私の教育実習を担当した先生が書いた本。)
【大学新入生に告ぐ】大学は4年で卒業して就職しなさい。絶対にだ。
たくさんの新入生や新入社員が新しい環境で勉強や仕事を始める特別な月だ。
私は、多くの人が将来に希望を膨らませて何かを始めるそんな日本の四月が好きだ。
自分が小学校、中学、高校、大学、大学院に入学した日のこと、
初めての職場に入社した日の事を昨日のように思い出す。
私はいわゆる日本でサラリーマンをやってから
いまは米国で博士号を取って大学教員をしているのだけど、
何でそんなに変則的なキャリアになっているのか、
少し書いてみたい。
書いてみようと思ったきっかけは、「発言小町」の次の投稿だ。
大学新入生に「お金が要らないのはあと4年」と告げること(By 高校生の父)
長男がこの春大学に入ります。
そろそろ自立させる準備にかかろうかな、ということで、妻と話し、
以下のような条件を息子に提示しようかなと思っています。
妻との間では、「妥当な条件になっているのではないか」
という結論になっていますが、一般的に見てどうかな?
と不安もあるのでご意見を頂きたいです。
(1)今から4年間は学費・生活費ともに親が完全に負担する。
(2)正当な理由なく留年して学生生活が5年目に入る場合、
その後の学費の半分は自分で働くなどして負担すること。
(3)留学や院進学などで学生生活を延長することは可能だが、
その学びが必要なものだということを親にプレゼンして納得させることが条件。
(4)学生生活が終わっているか否かを問わず、我が家に無料で住めるのはあと4年間。
5年目からは月3万円の家賃兼食費を徴収する。なお家賃兼食費はその後1年ごとに
月1万円ずつ上昇していき、上限はない。
(5年もすれば、自分でアパートを借りたほうが安くなるという設定です)
大学に入学する時点で息子に提示する条件として、いかがでしょうか?
皆さんは、この投稿を読んでどう思われただろうか。
私は「こんな親ばかりだから若者が萎縮するんだな」と思った。
投稿した人は4年で大学を出た典型的な大卒サラリーマンにまず間違いない。
1930代半ば〜60年代に生まれた日本人の多くは、
極めて安定した社会の中で真面目に勉強して進学、就職をし、
身を粉にして働くのと引き換えに会社の手厚い保護を受けて良い生活を送ってきた。
自営業や大学研究職のようなイレギュラーな職業に就いていた人を除けば、
今もなおそうした人生を当たり前のものと受け止め、
無意識のうちに子どもにもそうなって欲しいと願っているのだろう。
私も、モーレツサラリーマンと専業主婦に子供二人という
典型的な昭和のサラリーマン家庭で育った。
大学に入学する前から数学者になりたいと思ってはいたけれども
同時にそれはイレギュラーなキャリアなのだという意識はあったし、
大人になるにつれ、とびきり優秀でもない自分にとって
それが非常にリスクの高いキャリアなのだということも
認識するようになっていった。
先輩の院生から、
「現在の数学系研究職のジョブマーケットは求人倍率0.05倍
(つまり20人に1人しか就職できない)らしい。」
などと言う話を聞いたり、
博士課程の院生が仕事を見つけられずに苦しんでいるのを見て、
「もちろんキャリアは自分の努力次第だけれども
仮に頑張ったところで上手く行かなければ大変なことになる」
と思うようになった。
私は大学院で落ちこぼれて専門分野に対する興味自体を失っていったが、
分野を変えたり環境を変えたりして何とか踏みとどまろうというエネルギーが
湧きおこらずに、ともかく新卒カードを切れるうちに就職してしまおうと思ったのは、
自分が育った家庭のように経済的に何の不安もない豊かな生活を送りたいという、
まわりから無意識のうちに刷り込まれた価値観とプレッシャーが大きかった。
そして実際にめでたく良い職場に就職し、親元を離れ、
忙しくて楽しい充実した社会人生活を送ってみたものの、
結局、経済的安定や社会的地位なんてものは自分をそれほど幸せにはしないようだし、
キャリアに関する悩みはいつまでも消えないのだということに気付いて
もう一度分野を変えてやってみようと思い直したというわけだ。
博士を取った時には、大学入学から実に16年が経っていた。
もちろん、私は大学を4年で卒業したからこそ、
修士を取り、良い職場で経験を積み、留学して大学院に行き直すことができたと
言えない事もないし、別に好き好んで1年間遊んでいたこともない。
しかし大学を卒業して15年経ったいま、
少なくとも大学を4年で卒業すること、修士を2年で取ること、
に大して意味はなかったのだなと感じる。
若さ溢れる大学新入生には、
「大学は4年で卒業して就職しなさい。絶対にだ。」
という両親に対して、
「俺は大学でこれからの事をじっくり考えるんだ。
何年かかるかなんてわかんねーし、辞めるかも知んねえ。
大学は実家から1時間だけど自由に考えたいから一人暮らしさせろ。」
と言い返せるくらいのエネルギーが欲しいところである(※)。
※ ただし裕福な家庭に限る。
アメリカ就職活動〜主婦編・・・(9完)
この日記は過去に遡って書かれているので勤務は3月の初めからである。
仕事を探し始めてから、ほんの2〜3週間ほどだろうか。
驚くほど早く決まったというのが正直な感想である。
むろん本人の実力もあるだろうし、運や巡り合わせもあるだろう。
また、後から知ったのだがよく拝見しているブログの記事によれば、
中西部は日本から多数の製造業が進出している一方で日本人人口が少なく、
労働市場における日本人の需給がタイトなのだという。
確かに、ニューヨークやロスが好き!という日本人ギャル()はたくさんいるが、
「デトロイトが好き!」というギャルは私の知る限り一人も存在しない。
確かに中西部の冬の天気は極めて冴えないし
シカゴを除けば町自体も冴えないところが多い。
しかし思わぬところに日本人にとってメリットもある中西部なのである。
ふと「もし自分たちが日本に住んでいたら」ということを考えた。
就労経験4年、ブランク9年、7歳の娘の子育て中の妻が、
今回のような仕事につけたのだろうかと。
もちろん日本の正社員のように雇用が保証されているわけではない。
しかし、そのあたりに他の人と違う環境に身を置くメリット、
そしてアメリカ社会の懐の深さを感じた。
妻はまだ働き始めたばかりでこの先どうなるかは分からないが、
せっかくのチャンスをなるべく活かして欲しいと思う。
娘「パパ、仕事って変えることもできるの?」
私「いつでもできるよ。」
娘「じゃあ、次に働く時はパン屋さんがいいね!」
アメリカ就職活動〜主婦編・・・(8)
妻も私も、今までのように気楽にやるという訳には行かないだろう。
米国は共働きが多く、一見共働きに暮らしやすい仕組みのようだが、
12歳以下の子供は一人で留守番させることができないし、
子供が運転免許を取るまでは移動には必ず親の車が必要だ。
保育所の料金も概して日本よりも高い。
決して共働きをしやすい環境ではないのだ。
ミシガンは田舎なので、地元出身の人は大抵親戚が近くにいて、
祖父母に子供を預けて働いたりしている人が多い。
信頼できるベビーシッターを探すにもコネの厚さが違う。
地方から東京に出て来た家族同様、
外国人には特に共働きのハードルは高いように思える。
しかし、とりあえずは私の大学の授業は4月で終わるので、
4月を乗り切ればなんとかなる。
妻が応募したポジションの勤務時間は8時半から午後5時。
通勤は片道10分強、残業は私が休みの時期を除けばあまりないようだ。
娘の学校は9時〜午後4時、
その他に、木曜はピアノに、金曜は水泳に行っている。
土曜日は朝から夕方まで補習校だが、
これは、私が娘を送って近所の図書館や喫茶店で
補習校が終わるまで仕事をするということでこれまで通りだ。
私は今学期、月・水が朝から夜まで大学、金曜日は午後1時半まで大学、
火・木は石油資源保護のため、遠い職場には行かずに
近所の喫茶店などで仕事をしている。
ということで、朝は私が娘をバス停まで送っていき、
その足で月水金はそのまま大学へ行くことに。
夕方は、月・水は学校の学童保育所で預かってもらい、
妻が午後6時までに向かいにいく。
これは有料で一日2時間で9ドルくらいである。
火・木・金は、私が近所のバス停まで迎えに行き、
ピアノや水泳に送る事に。
学校の春休み期間中なども共働き世帯のために、
大抵は小学校のチャイルドケアがある。
これはT市の場合、一日33ドル。
やっかいなのは、学校が休みになった時などだ。
こちらの公立学校は完全に腐敗していて、
雪がちょっと多く降るとすぐに休校になる。
先生が「私、スノーデー(雪で休校)が好き」などと言わば
「公式ずる休み」を宣言しているようなありさまだ。
私の勤める大学も遠距離通学者が多いので休校は多い方だが、
それでも閉まるのは娘の公立学校の半分から3分の1くらいである。
そうした時のために、
働く事になったら民間の託児所に登録しようと言うことになった。
あくまで、非常時のためのプランなので使うのは年に2〜3回だろう。
値段は公立学校のチャイルドケアの2倍近いが、
過去10年で1回だけしか閉まっていないそうだ。
ちなみに閉まったのは、エリアが停電した時である。
子供が病気の時は、曜日や状態に応じて、
いくつかの対策を考えておいた。
家事分担は、妻がこれまで娘の面倒を見るのに時間をかけてきたので、
それを全面的に私に見て欲しい、と言うことになった。
まあ、私の方が妻より感覚が子供に近いし(笑)良い案かも知れない。
幸い、娘は日英とも本を自分で読めるようになったし、
宿題の内容も写真を貼ったりするようなものは減って
アカデミックなものになってきたのでそれほど大変なことはない。
う〜ん、とりあえず生活は回りそうだ。
『さあ海外で働こう』
アメリカ就職活動〜主婦編・・・(7)
日本時間と米国東時間を勘違いしていて、
半日ほど早く不意打ちにあった模様だが取りあえず無事終了。
ほどなく、本社にて面接を行う旨の連絡が入る。
これでショートリストに入ったということなので、
選考に残っている応募者はおそらく3〜4人だろう。
妻「本社で試験だって!どうしよう。」
私「特に英語で話す時のために、挨拶と短い会話を考えておいた方がいいね。
なるべく自分の得意なトピックに引き込むんだ。
だめでもいい経験になるだろうし、まあ取りあえず頑張りなよ。
それにしても近いよねえ。
僕がシンガポール行ったときなんてほとんど1週間がかりだったけど
今度の面接は、車で10分だもんなぁ。
一日中、採用担当と話さなくていいのは楽だね!」
ーーー
実際には試験は日本の入社試験のような国語と数学の試験だった模様。
奴は、どちらかというと、国語より数学の方ができるような気がしていたのだが、
オペレーション・リサーチっぽい問題をどうやら間違えたらしい。
あ〜あ、ああいう問題って問題設定を誤解すると間違えちゃうんだよね、。
あとはどうなるか結果を待つしかない。
アメリカ就職活動〜主婦編・・・(6)
私「まじで?!すごいね、Willy妻。
聞かれそうなこととかちゃんと答えを準備しておくんだよ。
何で今働きたいと思ったのかとか、職歴のこととか、、、。
家族の事は向こうから聞けないから、
自分から全部説明するんだぞー。」
妻「うん分かった。求人に、日英バイリンガル、ってあるけど、
どのくらい英語できればいいんだろうね。。。」
私「分からないけど、向こうに判断してもらうしかないよ。
能力不足だって思われたら、採用されないだろうし。
英語どのくらいできますかって聞かれたら、
自分では判断できないので英語で面接/試験して下さいって言ったら。」
妻「じゃあそうするよ。」
このポジションがどういう採用プロセスになってるか知らないけど、
大学のポジションだったら1つにつき、3〜4人を現地で面接するのが
普通だ。電話インタビューはその2倍くらいすることが多い。
採用される可能性はせいぜい20%と言ったところだろう。
TOEFLを大学入試で義務づけるとどうなるか?
大学入試で義務づける案をまとめたようだ。
この案にはプラスの面もマイナスの面もあるが、私の第一印象は
「あー、TOEFL受けたことがない人が考えた案でしょ」
であった。
1.英語能力試験として優れるTOEFL
まず、TOEFLの最新の形式である TOEFL-iBT について簡単におさらいしよう。
この試験は、米国のETS社によって作られた、ノンネイティブの学生の
米国大学における英語運用能力を評価するための試験だ。
120点満点で、Reading, Listening, Writing, Speaking
の4科目に30点ずつ配分される。
口語と文語、インプットとアウトプットを均等な点数配分で見るテストで、
大学に進むための正に総合的な英語力を試す試験となっている。
基本的に「米国で学生生活を送るのに支障がないレベル」
が満点に設定されていると考えれば良い。
米国の大学院に入るための基準点は90点前後であることが多いが、
これは「学生生活に支障はあるけど、何とかやっていけるレベル」
だと考えると良いと思う。
この試験は、米国の大学が留学生に求める英語力を測るために、
改良を積み重ねて作られており、大学入試や英検やTOEICなどの
試験と比べても断然、英語の運用能力がきちんと測れるように作られている。
難しいけれども、意味のないマニアックなクイズや「無理ゲー」の
ような試験ではないのだ。
こうした点で、TOEFLは大学生に求める英語力を測る試験として
適していると言える。
2.英語教育体制に問題
TOEFLはきちんと英語を勉強してきた人ならそれなりに良い点を取る事ができる試験だ。
もちろん得点を上げるために対策もできる。
しかし、問題は日本にTOEFLの対策をできるような教育体制が
整っているかという点にあるだろう。
日本人は、一般的にライティングやスピーキングなどの
アウトプットが苦手だと言われるが、これは日本人が生まれ持った性質ではなく、
アウトプットをきちんと評価できる中学・高校の英語教員が少ないせいだ。
毎週、宿題などで短いエッセイを書いてその表現や構成を英語教員が添削する、
というような授業が行われていれば、生徒のライティング能力は飛躍的に
向上するだろうが、そこまで力量のある教員が少ないのではないか。
スピーキングに関しても同様だ。
近年はALT(英語指導助手)が導入されていると思うが、
その質や時間数、生徒数に対する教員数の比を考えると、全く十分とは言えない。
私の感覚ではスピーキング能力の上達速度は、1クラスの生徒数に比例する。
例えば、4人のグループで会話を習うと、上達のスピードは1対1の
4分の1程度だということだ。
これは人数に反比例して話す時間が短くなることに加え、
トピックが最大公約数的なものにならざるを得ないことにも起因する。
意味のあるスピードで上達するには、インターネット経由でもいいから、
自分の興味にあった会話を1対1でできるということが必須の条件だと思う。
要するに、これまでの文法や読解重視の英語教育というのは、
必要性から生まれたというよりは、日本の英語教育のリソースの制約下で
考えた次善策という側面が強いと言えるだろう。
現在の教育体制を放置したまま、大学入試の英語をTOEFLに代えると、
教育環境の整った大都市圏の裕福な家庭、
子供を留学させたりイマージョンスクールに入れられる家庭
親が英語を話せるような家庭の子女などが更に有利になることは間違いない。
もちろん、英語力が高い子供が有利になるのは一向に構わないわけだが、
ある程度、教育体制を改善して機会の平等を図ることも必要だろう。
3.TOEFLの大規模かつ公正な運用には疑問
もっと実際的な問題は、TOEFL iBT が日本の大学入試ほど発達した大規模な
仕組みに耐えるほどのシステムになっていないということにある。
TOEFLのライティングは、私が受験した当時、
出題されうる問題は200題程度に限定されており、
原理的には全ての問題を「予習」しておけば解答できるようになっていた。
実際には200のエッセイを準備する時間はないので、
典型的なパターンを練習をするだけで終えるのが普通だが、
英語力が足りない子が何とか高得点を取ろうと思えば、
200のエッセイを暗記させる塾が現れることは想像に難くない。
しかし、それでは英語力向上の点では本末転倒である。
その他のセクションにしても、基本的には同じ問題が繰り返し使われる。
TOEFL受験者は守秘義務にサインする必要があるが、
他の受験者に問題を漏らしたとしても、その捕捉は容易でない。
また受験者個人だけとっても、何度も受験すれば、
同じ問題が出題されることもあるのである。
留学熱が高い中国や韓国では試験問題の情報交換が頻繁に行われ、
ETS社は、これらの国で受けたコンピューターベースの
試験スコアを無効にしたことがある。
その結果、裕福な韓国人などは、
わざわざ大阪までTOEFLを受けにやって来ていたのである。
韓国人の友人によれば、大阪の受験会場の近くのスタバは、
韓国人受験生の溜まり場になっていたそうだ。
もしも政府が英語教育を本当に改善したいのであれば、
実用的な英語試験の開発を自ら行うべきだろう。
現状のまま、TOEFLの受験を全受験生に義務づければ、
受験者は大学受験生だけで50万人程度になる。
各受験生が5回試験を受け、毎回約2万円の受験料を払えば、
それだけで毎年500億円の受験料がETSに落ちる計算になる。
政府が少しばかりの予算をつけて検討すれば、
TOEFLと同じ程度に英語の運用能力を図ることのできる試験を開発し
公正に運用することも十分できるのではないだろうか。
(かつてやった参考書)
アメリカ就職活動〜主婦編・・・(5)
当然、フルタイム、準フルタイムの求人もある。
フルタイムで週5日となると、
主婦の時間的な制約からしても勤務場所がかなり重要になってくる。
しかしすぐに2件ほど自宅から車で15分以内で行けそうな
求人が出ていることが分かった。
一件は、日本の大企業の事務関係のお仕事。
こういう職場環境がどうなのかは良く分からない。
日本の大企業だから、福利厚生などのベネフィットが
整備されていて働きやすいのかも知れないが、
一方で、駐在員と現地採用職員の軋轢もよく聞く。
待遇格差という問題もあるだろうし、
いわゆる日本企業特有の「空気読んでやって」、
「業務じゃないけど生活のセットアップ手伝って」
的なあいまいな依頼が火種になっているのかも知れない。
しかし、そうこう考えているうちにこの求人は埋まって
しまったようだ。
もう一件は、米国企業だが日本法人との連絡が主な業務
であるアシスタント的な仕事。
妻は秘書をやっていた事があるので
経験が活かせるという意味では良いし、
勤務場所も妻がよく行く近所のスーパーよりも近い。
ただし他の仕事より要求水準は高そうで、
もっと優秀な応募者がいそうだ。
私「詳細は分からないけど、練習も兼ねて応募してみたら?」
妻「うーん。これ、もし働くことになったら
ちゃんと家のこと手伝ってくれるんでしょうね?」
私「あー、大丈夫だよ。」 ← といいつつ自信は無い。
「そもそも、そんな簡単に採用されるのかな。」
妻「私、面接まで行けそうな気がするんだよね。」← 根拠のない自信
私「昔、試しに受けたTOEICの点数とか書かないんだよ。
それくらいの点数じゃプラスにならないだろうから。」
妻「うん、分かった。」
応募の処理が保留のままのベルリッツを除けばまだ2件目の応募である。
大丈夫だよ、そんなにすぐ通ったりしないってば。
ちょっとググっても、アメリカで日本人の初めての就活って
半年くらいしてようやく決まるとかじゃん。
『さあ海外で働こう』
アメリカ就職活動〜主婦編・・・(4)
求職というのはたくさんの仕事に応募してようやく1つ決まる
という類いの物だろう。それには能力もあるが運や巡り合わせが大きい。
私「まあ、仕事なんて決まるかどうかは運だから、
良さそうだと思うのにはどんどん応募しなよ。」
妻「そうだね。一つ面白いの見つけたんだけど。」
なんとその求人とは、
うわなにをするやめくぁwせdrftgyふじこlp
...(中略)...
妻「ベルリッツも応募したんだけど、いつまで経っても under review
のままなんだよね。あんまりとる気ないのかな。」
私「上手く処理できてないのかもね。
生徒集まってから先生決めるとかいう場当たり的なのもあり得る。。。
まあ次、行きなよ。」
1件目の応募はいろいろと大変だが軌道に乗ってしまえばどんどん出せる。
独自書式の少ない英語圏の応募は特にそうだ。
そう、私も4年前の就職活動で75通のアプリケーションを送ったのだった。