教育の機会平等と選抜 このエントリーのはてなブックマーク数 このエントリーを含むはてなブックマーク

松本徹三氏がアゴラで日本の教育問題、特に中学受験の問題に関して発言して、
それに対して金融日記の藤澤氏が噛みついている。

ごく簡潔に構図を説明すると、松本徹三氏が教育方針に悩む知人の例を挙げて
「良い中学に入るために塾に通い詰めて受験勉強をしなきゃいけないのはおかしい」と主張し、
それに対して藤沢氏が「中学受験こそ日本の教育システムの肝」と反論している。
それぞれの主張に、もっともなところがあり、疑問なところもある。

教育を国全体として考えたとき、重要なことは、
1) 全ての子供に平等に機会を与える一方で、
2) 前途有為な子供を選抜して教育リソースを重点配分する
ことであると思われる。
もちろん、全ての子供に最高の教育を受けさせることができれば一番いいが
地方自治体の決算や私立学校に掛かっているコストを見れば、
それが経済的に非現実的だということはすぐに分かるだろう。

私は日本とアメリカ以外のことはあまり知らないが、
結論から言うと、1) と 2) のいずれの点でも、
日本のシステムは比較的優れていると思っている。

まず、機会平等の観点から見ると、
全ての科目を教える通常の学校を運営するには相当なコストが
かかっていることには注意が必要だろう。
アメリカではこの部分で、公立学校にしか通えない中流以下の層と
充実した教育を受けられる一握りの上流階級が分かれてしまっている。
公教育にしても、所得によって居住地域が異なり、
それによって教育環境は異なってくる。
上流階級の子供は日本より良い初等・中等教育を受けられるかも知れないが、
その結果、選抜においても生まれ持った環境の占める比重が高くなり、
必ずしも能力に優れた子供が選抜されないので
リソースの配分も非効率的になる。

日本では、小学校までは全ての子供に比較的公平に初等教育が施されている。
中学受験という選抜で有利な立場に立つには
確かに進学塾に通うなどして相当な準備をしなければならないが、
そうした教育を受けるために必要な経費は恐らく2〜3百万円ほどで
中流階層までのかなりの割合の子供がこのチャンスに恵まれる。
完全な平等からは程遠いものの、
学校教育に全てを託すのに比べれば
機会は広く公平に与えられているのではないだろうか。

少なくとも、経済力で良い学校に通えるどうかが決まる社会よりは
教育リソースは有効に配分されているだろう。

日本の教育の問題は、教育リソースが重点配分されたあとも
更なる選抜のためにリソースが費やされていることだと思う。

超一流の私立中高に入った生徒は、
再び超一流の大学に入るためにエネルギーを費やし、
大学に入ってからは希望の学科に進めるようにエネルギーを費やし、
更に超一流の企業や官庁に入ったり、難関の資格を取るためにエネルギーを費やす。
今や会社に入ってまで、各種検定試験を受けさせられる
ところも珍しくない。

確かに中学受験の入試問題を見れば12歳の子供の思考力を
試すのに十分な、趣向を凝らした問題に感心させられる。
一方で、例えば国家公務員I種試験の問題を見ると、
子供の思考力を試すような幼稚な問題に呆れさせられる。
確かに、頭の回転の早さや記憶力のようなプリミティブな能力を
試すには適した問題かも知れないが、
あの試験を作っている人達は日本の将来の一端を担う人たちに
12歳から22歳までの10年間に何を学んで来てほしいのか、
私には全く見えてこない。

学校に入るための選抜はあくまで教育リソースを最適に配分するための手段だ。
配分されたリソースは将来を支える人材を育てるために
有効に使われるべきである。

そもそも日本は米国や中国などと比べれば元々規模が小さい上に
少子化も進んでいる。選抜にかけるコストをある程度小さくしても
教育資源をうまく配分できてしかるべきだ。

個人的には日本の中学受験のシステムは結構よくできていると思っている。
経験的には、日本の難関中高(例えば上位10校程度)の出身者は、
頭の回転の早さや理解力という点において
平均すると一流大卒の平均的な人たちよりも優れていると感じる。
もし中学受験のシステムを今のまま維持するのであれば、
彼らの一定の潜在能力を認め
トップ数校の入学者に対しては大学入試を免除して、
その代わりに全人的なエリート教育を施すのも一案だろう。

いや、それは少々極端かもしれないが、
教育リソースをひたすら次の競争のためだけに使うのは
そろそろ辞める時期なのではないだろうか。

テーマ : 教育問題について考える
ジャンル : 学校・教育

レモンの糖度を測ろう このエントリーのはてなブックマーク数 このエントリーを含むはてなブックマーク

アメリカの果物は美味しくない。
なんでも一つ一つが大きくて立派なのだがとにかく水っぽくて味が薄いのだ。

例えばいちごなどが良い例だ。
粒が大きくて中まで赤いが、甘さも酸っぱさも両方足りない。
昔はそうではなかったらしい。
M校にいたときにいた一番年上の友達と話したら、
「昔のイチゴはもっと濃厚な味がしておいしかった」
と言っていた。

私がアメリカに来たのは6年前だが、
最近6年の間にもブルーベリー、ラズベリーは
明らかに大きくなり、味が薄くなった。
今朝食べて気づいたのだが、ついにアメリカン・チェリーも
大粒で味の薄いバージョンが出始めたようだ。
巨大なリンゴを売っている店もあるらしい。

品種を改良しても、植物が果実をつけるのに費やせるエネルギーは
変わらないわけで、収量を多くしようとすると、必然的に味は薄くなる。

要するにスーパーに並べた時に、
重さあたりの価格が安い方が売れるから、
品種改良でどんどん大きくして味は二の次なわけだ。

もちろん、消費者が安いものを求めているのであれば
それは仕方がないわけだが、
私はどうも違うのではないかと思っている。

例えば牛肉などではブランドや部位による差別化ができているおかげで、
必ずしも高いものが売れないわけではない。

果物も量あたり単価以外に消費者にアピールできる統計量(指標)を
一つか二つ用意することができれば、
廉価品と差別化した商品を売ることができ、
生産者・消費者双方にとってプラスなのではないかと思う。


これは果物の市場だけに限らない。
日本メーカーの車のスペックは20年くらい前には
既に他国のメーカーを凌駕していたと思う。
しかし日本車はスペックに現れる部分だけは一番でも
他のクオリティーはかなり怪しかった。
それは数値化できない、塗装の技術であったり、
安全性の技術だったりした。
しかし、安全性が騒がれるだして
指標として数値化されるようになってから
日本車の安全性は明らかに改善したように思う。


統計や数字が嫌いな人は、何かあるとすぐに、
「大事なのは数字じゃない。」
「数字だけで本質は分からない。」
と言い出す傾向にあるが、
むしろ統計や数字をもっと使うことで
本質に近づける場合がほとんどだ。


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テーマ : 自然科学
ジャンル : 学問・文化・芸術

アメリカの就職面接のプレゼンについて このエントリーのはてなブックマーク数 このエントリーを含むはてなブックマーク

今年、うちの数学科は、代数か解析の人のtenure-trackを1名ということで
選考しており、1月の3週目から2月の1週目にかけて6人の候補者を
週に2人ずつキャンパスに呼んでプレゼンや面接による審査をしている。

数学やその周辺分野ではおそらく、一流大学のフライアウトがおそらく
概ね2月にあるので、ランクの落ちる大学はそれより前に選考するか、
後に選考するかという感じになる。選考委員の責任者は、良い人が取れる
かどうか、相当なプレッシャーがかかるようだ。

ただし、基本的にはオファーを出しても来るかどうか微妙、というくらいの
人を面接し、ダメだった場合は諦める、という方針で採用活動をする大学が多い。
特に私立の一流大などは、特段目につく人がいなければ採用しないケースが
多いように感じられる。

今年の採用に関しては私は分野違いではあるのだが、多少分野の近そうな
解析のプレゼンを今のところ二人分聞いた。

一人目は珍しくスライドを使わずに、ホワイトボードだけでのプレゼンだった。
これは、数学科でもあまり一般的でないと思うのだが、
やはりあまりお勧めの方法だとは思えない。
というのは就職面接のプレゼンは、聞く人の半数くらいは専門外の人(*1)なので
コンセプトや主結果を中心にかなり濃淡をつけて説明する必要がある。
しかし、全てホワイトボード(or 黒板)で説明ということになると
あまり重要でないところも時間をかけて書かなければならず、
全体のバランスを取るのが難しいように思う。


(*1) 例えば数学であれば、代数/幾何/解析/応用数学と分けた時に
別のカテゴリーの人。

逆に、PDFやパワーポイントを使ったプレゼンの場合は、色々な情報が
盛り込める分、細かいところを突っ込まれることが多くなるので、
その点を入念に調べておくことが大事
だ。
二人目の候補者のプレゼンテーションファイルは洗練されていたのだが、
細かな質問(主結果と関連する定理の証明のアイデア等)にあまり答える
ことができず、おそらくマイナスの評価につながったのではないかと思う。

まとめると、就職面接のプレゼンの要点は:

― 専門外の人にも分かりやすい丁寧なIntroductionを付けること
― 内容自体は同分野の人に自分の結果をアピールできるようにコンパクトにまとめること
― 最後に主結果の要点を専門外の人にも分かるようにレビューすること
― 事前になるべく多くの人にプレゼンを聞いてもらい質問を想定しておくこと


という感じになるだろうか。
専門外の人として聞いた場合、
introductionとsummaryが不十分なケースが多いように思う。
特にsummary は、途中で質問がたくさん出たりして時間がおしていると
ちゃんと説明するのが難しくなるので、
あらかじめ本論の細かい技術的な点など
省いても構わないスライドを考えておいた方が良いだろう。

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テーマ : アメリカ留学
ジャンル : 海外情報

相撲は真の日本の国技だ このエントリーのはてなブックマーク数 このエントリーを含むはてなブックマーク

朝青龍引退が引退するそうだ。
横綱審議委員会が(1名の欠席はあったもの)満場一致で引退勧告を決定し、
朝青龍は協会に引退を届け出た。

私は、この一連の事件を見て相撲は真の国技であると確信した。
相撲は外国人が日本を理解する上で今後も素晴らしい教材であり続けるだろう。

まず、横綱審議委員会の引退勧告書を見てみよう。

---
朝青龍関引退勧告書
平成22年1月16日未明に発生した横綱朝青龍関の一連の不祥事は、
畏敬(いけい)さるべき横綱の品格を著しく損なうものである。
示談の成立は当事者間の和解にすぎない。
横綱に対する国民の期待に背いた責任を免れるものではない。
よって横綱審議委員会規則の内規5、ロ、の「横綱としての体面を汚す場合」
により横綱引退を勧告する。
平成22年2月4日 鶴田卓彦

---

トッププレーヤーの朝青龍が暴行事件を起こしたことは、
もちろん重大な問題であるし、事件を隠蔽することなく、
きちんとした調査をした上で処分をすべきだろう。
刑事罰が課されるようなことがあれば、別途定めた規定に
従って、懲戒解雇などの措置を取るべきだ。
今回の朝青龍の事件はどうだろう。
被害者と示談が成立し、民事訴訟にすらなっていないそうだ。
引退勧告は「国民の期待に背いた」ことらしい。

ちなみに、若手力士を組織的に集団で監禁・暴行したあげく
死亡させた時津風部屋の事件においては、親方が逮捕される直前まで
なんの処分もなかったと記憶している。

「国民の期待」とは何なのだろうか。
国民投票を行ったという話も聞かないので、
単に横審の総意で決定したということに過ぎないのだろう。

横審は、業界関係者であるマスコミから5人と、
有識者と称した素人7人で構成されている。
私には作曲家や映画監督が相撲界の有識者である理由がよく分からない。
ちなみに、定例会や稽古総見など
決まった活動は年に10回程度しかない。
また、横審は理事長の諮問委員会でありながら、
協会と意見が食い違うことはほとんどない。
横綱昇進に関し、相撲協会理事長が諮問して昇進が否決された
ことは、過去40年間に一度しかない。それも、貴乃花の横綱
への昇進が少し遅くなったという程度の影響しか与えなかった。
ようするに横審は、御用学者を抱えて「国民的な議論を尽くした」
ことを示すための日本政府の委員会と同じだ。

多くの昇進が満場一致で決まるのも、
「12人くらいの委員会なんだから空気読めよ」
という「日本文化」を象徴していると言えるだろう。


引退勧告という制度は、日本企業の希望退職の制度にそっくりだ。
朝青龍は自ら引退を届け出たことになっているが、
実際は引退を届け出なければ解雇であったという。
こうした形を取ることで、協会は各方面からの批判を回避するのに役立つ。


相撲協会では横綱というのは特別な存在で、
「力量」だけでなく「品格」も抜群でなければならない。
今回の引退劇も、朝青龍が横綱であったことが大きな理由である。
横綱に対してだけは協会は横審を通して生殺与奪の権利を握っている。
一言で言えば、協会には「出る杭を叩く権利がある」ということだ。
これは、ある意味分かりやすくて良い。
日本も総資産1000億円以上の企業オーナーを「横綱」と認定し
いつでも逮捕できるという法律を作っておけば、ホリエモンのような
人物を逮捕した時も、「横綱だから仕方ないか」と「国民の総意」が
取り付けられるに違いない。


相撲協会にこれほど、外国人が増えたのは別に相撲協会が国際化を
進めたいからではなくて、各部屋が強い力士を部屋で育てることで
協会から資金を獲得できるからだ。
一方で外国人勢力が強くなってくると
横綱昇進の基準を微妙に厳しくしたり、
「外国人は各部屋に一人まで」とお得意の自主規制を作ったり、
二つの部屋を合併(二子山部屋と藤島部屋)させて外国人に対抗したりと
セコイ参入障壁を作るのは日本のお家芸だろう。


相撲協会の運営があんなにだめなのは、
内部からしか人材を登用しないサラリーマン組織だからだ。
しかも組織内での昇進は土俵という「現場」での実績で決まる徹底した現場主義だ。
経営者としての能力というのはあまり重視されない。
もちろんいくら強くても最初は序の口(大卒は幕下)から
全体主義のクソ労働環境で修行を積まなければならない。
「若い頃の苦労は買ってでもしろ」という諺があるからだ。

はたから見ていると、
スポーツ界や芸能界に多くの知人を持つ朝青龍は、
協会の発展にずいぶん貢献しているように見えるが
もちろん、日本ではそういう派手な活動はご法度だ。
大学の教官がテレビや政界に進出すると
やっかみから同僚から袋叩きにされる国が日本である。


日本の社会の仕組みというのは外からは少し分かりにくい。
これをきちんと世界に示すためには
伝統・文化という隠れ蓑のもとに
ある程度、本音を建前として表に出す必要があるだろう。
その意味で、
相撲界は日本の仕組みを世界に発信するのに
極めて重要な役割を担っている。

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テーマ : 朝青龍、引退表明!どう思う?
ジャンル : スポーツ

双方向イマージョン教育とは このエントリーのはてなブックマーク数 このエントリーを含むはてなブックマーク

YS Journal さんの
「バイリンガル教育講演会 2方向イマージョン教育」
というブログ記事でも触れられているが、
先日、デトロイト郊外の Livonia 市で
日英バイリンガル教育についての講演会が行われた。
講演者は、トロント大の中島和子名誉教授である。
講演会に行くまで知らなかったのだが、この人は
日米のバイリンガル教育の第一人者の一人のようだ。

日英バイリンガル教育を専門に研究されている方なので、
実体調査と考え方の両面から大変ためになるお話であった。


アメリカの比較的大きな都市に住んでいる日本人の子女の場合、
平日は現地校に行って授業を受け、土曜日に補習校に行って
主に日本語で国語と算数を習うというパターンが多い。
2か国語を学べるのは子供にメリットがある反面、
一方の言語が苦手になることで
様々なストレスを受ける可能性も高く、
場合によっては、ダブル・リミテッドと呼ばれる
「両方の言語ともきちんと使えない状態」
になる恐れもある。

そんな中、近年、イマージョン教育という二つの言語を
効率的に習得するためのプログラムが注目されている。
このシステムでは、あるクラスでは午前中は全て英語を使い、
午後は全て日本語を使うという方式である。
2つの言語を一つの学校で学ぶので、年齢に合わせて
使用する言語の比率を最適化することで効率的に学べる
ということが一つのセールスポイントであるらしい。

通常、イマージョン教育はアメリカであれば例えば、
「英語圏の子供が英語と日本語を学ぶ」
ということになるが、さらに、
英語が母国語の子供と日本語が母国語の子供を混ぜて行うようなケースを
「双方向イマージョン教育」と呼ぶ。
日本語と英語の双方向イマージョン教育は、講演会によると
たったの3校(フロリダ、イリノイ、バージニア)でしか
行われておらず、今年の秋からミシガン州 Livonia に新たに
イマージョンスクールを作る計画、とのことである。


しかし、私は双方向イマージョン教育に関しては
今のところあまりポジティブな見方をしていない。
イマージョン教育では、両言語とも高度なレベルでの
言語習得が難しくなるという意見も聞くからだ。


講演の中で中島氏もイマージョンスクールに通わせたとしても、
日本語は補習校のような日本語ネイティブを前提とした水準には
達しないということを認めておられた。
イマージョン教育が、二言語をほぼ平等に扱うという前提に立てば
日本人がこのプログラムに参加しても、現地校の英語レベルには
遠く及ばないことになる。
授業が、最大公約数的に行われるとすれば、他の科目の教育も、
言語面で制約を受けるので、ある程度の負の影響は免れないだろう。

また、双方向イマージョン教育を実施した場合、
生徒間の人間関係が母言語に依存して分かれることも予想されるので、
敢えて同じ学校で二言語を教えることが
デメリットになる恐れも大きいように思われる。

私はアメリカでは tenure-track という
一時滞在でも永住でもない曖昧な立場にいるので
娘にはやはり日本語と英語の両方を
きちんと使用出来るようになって欲しいと思っているが、
今のところ、
日本語教育はなるべく全員が日本語ネイティブの環境で
英語教育は日本語をしゃべれる人がいない環境で

受けて欲しいと思っている。

この方針が妥当なのかはよく分からないが、
一応、そうした考えを元に、住まいを決める際も、
センサスの2000年調査で日本人比率が
1%以下の学区を選んでおいた。

ただ、日本語に関しては5歳から週一回の補習校だけに
なってしまうので、どこできちんと教えるのかは
「現在、深く考慮中」wである。

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― 初等教育を丸投げする米国(教育制度比較1)
娘の算数教育

テーマ : 海外で育児
ジャンル : 育児

数学と処女率 このエントリーのはてなブックマーク数 このエントリーを含むはてなブックマーク

前回、出産に関する記事を書いたところ毒之介さんから

>僕が学部の時にも妊娠していたTAがいて、
>後半の数週間他のTAと代わってもらっていたことを思い出しました。
>そういえばこのクラスも数学でした。数学者って結構お盛んなんですね。

という指摘があったが、統計上はそうなっていない。
Wellesley College というアメリカでもっとも有名な女子大学が取った
専攻科目別の処女率という統計があり結果は下図の通りだ。

処女率

図から分かるとおり、数学専攻の女性の処女率はもっとも高い。
おおよその傾向として知能指数が高い専攻の方が処女率も
高いという傾向があるそうである。

もっとも、この統計はある程度留保してみる必要があるだろう。
すなわち、男女共学の総合大学では、数学、化学といった分野は
男性の比率が高いので、労働市場の求人倍率とのアナロジーで言えば、
女性に対する求「愛」倍率が高くなり、処女率は他の専攻対比で
低くなる要因もあるように思われる。

話はそれるが、こんな統計が存在することからも
アメリカでは様々な統計が比較的簡単に取られ
公表されていることが想像出来る。

日本の有名女子大で同じアンケートをしたら、
プライバシー侵害で人権問題になる可能性もあるだろう。

アメリカの多くの大学に統計学科があり
私の知る限り日本に一つしかない(*1)のは、
そうした統計のavailability の違いも影響している。

(*1) 統計数理研究所 

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統計学に興味を持った理由
数学とは自然科学と恋愛の道具
家族連れ留学と出産2

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JSM 2010 このエントリーのはてなブックマーク数 このエントリーを含むはてなブックマーク

7月31日〜8月5日にバンクーバー(カナダ)で開かれる
Joint Statistical Meeting 2010 に参加します。

(いないとは思いますが)オフ会wご希望の方がいらっしゃれば
私だけに見えるコメントなどでメールアドレスをお知らせ下さいw

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米国統計学会〜プレゼン編〜
米国統計学会〜就職面接のまとめ〜

テーマ : 自然科学
ジャンル : 学問・文化・芸術

家族連れ留学と出産2 このエントリーのはてなブックマーク数 このエントリーを含むはてなブックマーク

その1では、家族連れで留学する男性の配偶者が同伴して渡米し
留学先で出産することについて考えたので、
今回は、家族連れで留学する女性が留学先で出産すること
について考えてみよう。

日本人の感覚では不可能に思えるが、
同じ学科の中国人の女性でそれをやってのけた人が一人いた。
彼女は博士課程の学生で、夫も同じ大学の博士課程の学生だった。
出産したのは Qualifying Exam が終わった後の3年目の半ばだ。
こんな細かいことを突っ込む必要もないのだが、
彼女は3年目の初めに Qualifying Exam に通ったので
時期から逆算すると試験に通ることを前提として子作りに励んでいたことになる。

ところで統計学科の博士課程の学生は生活費と授業料を得るために
TAをやらなければいけなかった。TAは毎週何時間か
演習のクラスを持たなければいけないので、
流石に出産の前後では務まらない。

そこで彼女はどうしたかというと、もう一人のTAと協力して
一学期を二つに分け、学期の前半は彼女が全てのクラスのTAをやり、
出産予定の学期後半はもう一人のTAが全てのクラスのTAをやって凌いだ。

おそらく彼女はその学期もいくつかの単位を取得した。
そして、私よりも早く4年半で博士課程を修了した。

というわけで、一見不可能に見えることも可能なこともある。

実際、海外で出産するか同加で迷う女性は多いと思うのだが、
こんなウルトラDを見てしまうと、なんでも挑戦だ、
と思えてくるのではないだろうか。

あなたの行動の行く手を阻むのは、
往々にしてあなた自身の先入観だ。



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テーマ : アメリカ留学
ジャンル : 海外情報

家族連れ留学と出産1 このエントリーのはてなブックマーク数 このエントリーを含むはてなブックマーク

留学と恋愛、留学と結婚については以前書いたので、
今回は、家族連れで留学する男性の配偶者が同伴して渡米し
留学先で出産することについて考えてみる。

若い人の中には家族連れの留学というのは稀だと思う方も多いかも知れないが、
アメリカの大きな大学に来るとそういう日本人は結構いるものである。
子連れの留学や留学先で配偶者が出産するケースを見ると、
1) 医師の研究留学、
2) 大学や企業の研究員の在外研究のための留学
3) 社会人経験の後に大学院に留学

の順に多いように思う。
日本の機関から紐付きで来る場合は1〜2年のことが多く、
そうでない場合は4年以上の長期の人も多い。

出産自体は全人類に共通する営みなので
日米でそんなに大きな違いがあるはずはないが、
制度や環境が異なるという点でいくつか注意するべき点はある。

主な注意点は以下の三つだ。

・健康保険のカバレッジ
・出産後のサポート体制
・妊娠・出産時期


アメリカで健康保険のカバレッジを調べずに出産するのは、
値段を見ずに宝石を買うようなものだ。

通常、日本で購入できる海外傷害保険では出産をカバーしていないケースが大半である。
また、大学が提供する保険は大学によってまちまちで、
全ての大学でカバレッジが高いわけではない。
また研究員として留学する場合は、保険が大学側から提供されるかどうかは
個別の交渉によるので、きちんと調べておく必要がある。
私の家のケースでは、自然分娩で2日間の入院だったが、かかった総費用は
大雑把に言って8000ドル程度。検診を全て含めて約1万ドル程度だったと思う。
大学の保険のカバレッジは約9割だったので、自己負担は1000ドルちょっとだった。
もちろん、帝王切開などの手術をすれば費用は上がるだろうし、
集中治療室などを使うことになれば総費用が1000万円を超えるのは
全然不思議ではない。

次に問題なのは出産後のサポート体制だろう。
日本では、実家や親戚、近所の親しい人など様々な人の援助を受けやすい。
しかし、アメリカではそうもいかないので、
できれば出産する人の親や姉妹などが来てくれるのが望ましい。
手伝いに来てくれる人がいるとして、難しいのはいつ渡米してもらうかである。
出産予定日はあるものの、標準偏差はかなり大きいし、
アメリカの出産予定日の決め方はかなりいい加減らしい。
予定日の2〜3週間前に来てもらうとか、
生まれそうになったら急いできてもらうとか、
作戦を練っておく必要があるだろう。
手伝いに来てくれる人には、
基本的に身の回りの世話をしてもらうことになるので、
英語が出きなくても、車が運転できなくても、
決定的な問題にはならない。
ただ、夫の実家から人を呼ぶ場合はやや注意が必要だろう。
本当に手伝う気で来る場合は良いのだが、
海外旅行気分で来られて、何もしていないので
ものすごく大変だったという話を聞いたこともある。
やはり出産のような一大事ともなると血の繋がりは大事なのだ。

割と見落としがちなのが出産時期だ。
アメリカは結構遠いので日本で妊娠してから渡米する場合は
安定期に入るまで飛行機に乗るのは難しいと考えた方がよさそうだ。
また、アメリカで妊娠する場合は、帰国までに生まれた乳児が飛行機に
乗れる必要がある。

ジャンボジェット機は、細かい気圧の調整ができるので比較的小さい乳児でも
乗ることができるようだが、小さい飛行機に乗らなければいけない
場所などでは注意が必要のようだ。

こうした注意点をクリアした上でも、
日米それぞれのメリット・デメリットはたくさんある。
それぞれ挙げてみると次のようなものだ。

メリット:
・配偶者が留学期間を有効に使うことができる。
・配偶者が退屈しなくて済む。
・子供がアメリカ国籍を取得出来る。
・アメリカは車社会なので、乳児との移動が楽。
・子育てに関するプレッシャーが日本より少ない。
・社会が子育てしている人に優しい。


デメリット:
・病院でのやりとりが英語になる場合もある。
 ただし通訳を頼むことは可能だし、いなくても電話通訳を頼めることも多い。
・医療は病院次第だが、日本に比べれば質は劣るだろう。
・出産後はアメリカで旅行やレストランに行きにくくなる。
・出産後、ちょっとした用事等で実家などの援助を受けにくい。
・祖父母が生まれた子供のあまり会いに来れない。

もしあなたが周りにアメリカでの出産にアドバイスを求めても、
賛成の人はメリットばかり強調するだろうし
反対の人はデメリットばかり強調するだろう。
3つの注意点さえ解消しているならば、あとは結局本人たち次第だと思う。

個人的な意見を言わせてもらえば、
上に挙げるようなデメリットは気にならなかったし、
メリットは結構大きいと感じたので、まさに

「案ずるよりも産むが易し」

という奴ではないかと思うが、出産したい女性には、

「留学中の夫は家にいても宿題で忙しかったりするので
あまり子育てに参加できなくても恨まないように」

とアドバイスしておきたい(笑&反省だけなら猿ry)。
夫は日本で働いている時と同じように忙しいのだ、
ということを想定して出産することをお勧めする。

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社会人の大学院留学の機会費用とリスク3(適応リスク)




テーマ : アメリカ生活
ジャンル : 海外情報

仕事を生きがいにせざるを得ない人達 このエントリーのはてなブックマーク数 このエントリーを含むはてなブックマーク

以前に少し触れたが、私は労働問題に興味を持っている。
最近、松本孝行さんが「仕事のやりがい≠いきがい」という示唆に
富んだ記事をエントリーされたので、以前から思っていたことを書きたい。

多くの日本で働く人達にとって「仕事」と「生きがい」というのは
密接に関係しているのだろうと思う。しかし、それが望ましいことなのか
どうか、というのは判断が難しい。
というのも、密接に関係しあう二つのものの因果関係というのは、
往々にして判断しにくいものだからだ。

例えば「鶏が先か、卵が先か」ということわざがある。
どちらが発端かを判断することは難しい。
きちんと考えれば「鶏の卵」をどう定義するかの問題に帰着するわけだが
普段、養鶏業者の人はそんなことを考えないだろう。
ただ、正直に言うと私はこの諺はあまり好きではない。
なぜならこの諺が時として「どっちでも良い」というニュアンス
に取られてしまうことがあるからだ。

そこで、もっと良い例えだと私が思っているのは
「ごはんが先か、おかずが先か」というものである。
私が通っていた高校には学食があったのだが、
そこがともかく想像を絶するくらいまずかった(*1)。

(*1) 大学生の時、「大学の学食のレベルを1とすると、
高校の学食のレベルはゼロだ」というジョークが一時流行った。

例えばラーメンにしても、
どこに行ったらそんなにマズい麺を仕入れられるんだ、
というくらい変な麺を使っていたし、
メニューには毎日「ラーメン」と書いてあるのだが、
日によって味噌ラーメンが出たり醤油ラーメンが出たりする。
そのラーメンは200円だったのだが、
250円くらいのカップラーメンをコンビニで買ってきて
食堂の給湯機で80度くらいしかないお湯を入れて食べるのが
流行っていたほどだ。

定食もかなりきわどい線を突いていた。
例えばメニューに「串揚げ」と書いてあるのだが、
中に何が入っているかは説明されていない。
それは、タマネギを大量の衣で揚げたものであったり、
これでもかというくらい脂の臭い鶏肉を揚げたものであったりした。

そんな定食を頼んだ時は、とりあえずおかずに手をつけるのだが、
あまりにもまずいため、ごはんをかきこんでなんとか味を消す。
また、少しおかずを食べて、ご飯で味を消す。
そうこうしているうちに定食を食べ終える。

通常であれば、ご飯だけでは味が薄いので
ごはんの合間においしいおかずを食べて味を楽しむ、
というのが望ましい食事のプロセスだと思うのだが、
このプロセスが全く逆転しているのだ。
しかし、端から見ていると、この二つの違いは良く分からない。

仕事と生きがいについても似たことが言える。

生きがいがあって、それが仕事になる。
それが楽しいので更に仕事をする、
という好循環であれば大変望ましい。

しかし、ほとんどの人にとってこのプロセスは
まずい学食のようになっていないだろうか。
すなわち、

仕事が忙しすぎる
 ↓
他の事をやる時間がない
 ↓
仕事が生きがいだと思うことにする
 ↓
仕事が更に忙しくなる


という循環である。

「ごはんとおかず」の例と少し違うのは、
働いている本人も因果関係が分からなくなってしまうことだ。
そういう点で、私の嫌いな「鶏と卵」の例に似ていると
言えるかも知れない。
ただし「鶏と卵」と少し違う点もある。
それは終りがあることだ。

 ↓
寝る時間もなくなってくる
 ↓
もっと強く仕事が生きがいだと思うことにする
 ↓
仕事が更に忙しくなる
 ↓
過労死

人間は最後はどっちみち死ぬわけだし、
生きがいの仕事をしながら死ねれば本望だと思うかも知れない。

そう思わない人は仕事を生きがいにするのは
そこそこで止めておくと良いかも知れない。


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ジャンル : 就職・お仕事

プロフィール

Willy

Author:Willy
日本の数学科で修士課程修了。
金融機関勤務を経て、2004年から米国の統計学科博士課程に留学。
2009年秋から某州立大の数学科助教(PhD取るまで専任講師)。

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