海外在住者の里帰り出産は泥棒と同じなのか? -- このエントリーを含むはてなブックマーク

投稿者の釣りに全国の保守派が全力でマジレスしてくれる人気サイト、発狂小町じゃなくて発言小町で海外在住者の里帰り出産が叩かれている。


投稿内容は以下の通りだ。(私の投稿ではない。)

海外からの里帰り出産。健康保険に加入するなと言われました

現在40歳、海外在住中です。今秋里帰り出産を予定しています。(諸事情により現地での出産は考えておりません)

先日、実家から「里帰り出産はいいけど、国民健康保険に加入しないでね。日本に迷惑だから自費でがんばってね」と言われました。里帰りは半年程度を予定しており、期間が長いため国民健康保険に加入するつもりでした。正直なところ想定外の出費です。

皆様にお伺いしたいのは
1健康保険無しで妊娠出産した場合、入院前の検診や検査の費用はいくらぐらい見積もっておけばいいのでしょうか

2出産後の検診や予防接種も自費負担になると思います。いくらぐらいかかるのでしょうか。

3日本の迷惑になるとは分かっていながらも、実はできれば健康保険に加入したいのですが、何か実家を説得できる方法はないでしょうか。同じような経験をされた方がいらっしゃっいましたら、お話をお聞かせください。

よろしくお願いします。


回答の中には肯定的なものも多くあるが、案の定、多くの回答が海外からの里帰り出産を激しく叩いている。「ふだん保険料を払っていない者が治療や出産目的で国保に加入するのはずるい」というのがその主な理由だ(注1)。

まずはトップバッターから。

海外在住で税金すら払ってない人が国民保険に入れるんですか????
海外在住で国民年金も払ってないのに???
戸籍があれば、住んでなくて税金払ってなくても国民なの???


いきなりカウンターパンチ。国外に住んで日本に税金も年金も払ってないと国民とは言えないらしい。国外に住んでると税金の恩恵も年金の受給もないからプラスマイナスゼロのはずだが、「国から出たら非国民!」

次の意見。

今、日本政府は借金で首が回らない状態です。
トピ主さんが保険に加入し、保険から出してもらうお金は、将来への借金なんですよ。
そして、それを返していくのが、今、日本にいる子供達です。(中略)
つまり、トピ主さんは恩恵だけ受け、その被害を被るのは、
現在、日本にいる人たちなんですよ。


日本人の次世代が生まれないと国の借金返せないんだけど。
そもそも、次世代が生まれないとあなたの年金もないよ?

はい、次。

国保は市役所で加入を断られましたよ。
「あなたのように、帰国時だけ都合よく使われるのは迷惑です。
これは日本在住の人のためのものですから、加入は認めません」と
はっきり言われましたし、私もその時反省しましたね。


出た!「お上が言ってるから正しい」という意見。この人は市役所で
「あなたみたいに低所得だと納税額が少なくて自治体に迷惑なので死んでくれませんか?」
って言われたらその場で切腹するのだろうか?

次は、すごく日本っぽいやつ。

問題は、親御さんが、それを潔しとしていない。
もし後ろ指を指されたら、立場が辛いものになると考えているのでしょう。


子供が里帰りして出産したら
「あのお宅、娘さんが海外から里帰り出産したのよ!私たちの税金でいやぁねえ!」
なんて立ち話なんかされちゃうのかね。ほんと嫌な国になっちゃったね、日本。そもそも被保険者期間がどのくらいかなんて他人には分からないと思うけど。それに税負担って昼間に立ち話してるおまいらじゃなくて、一部のお金持ちが主に負担してるんじゃないの?

最後は、専門家もどきの意見。

国保関係の仕事をしていたものです。
そもそも国保の制度はみんなが普段から
保険料を払っているから成り立っている制度です。
一時帰国の時だけ恩恵を受けるというのは制度の趣旨とは反しますし、
不公平だと思います。


里帰り出産する人って今まで一度も日本に保険料納めてないんですかね?将来もずっと納めない?
仮に日本に20年以上保険料納めないと出産費用がペイしない計算だったら、40年しか住まない人が3人子供産んだ時も不公平ですよね?そんなに公平にしたいなら国保の制度自体やめた方がいいんじゃないの?

以上の様に批判派の人達はいまいち理屈が通っていないものの、とても狭量であることだけはよく分かる。


さて、ネトウヨの意見に突っ込むのはこのくらいにして
「実際のところ、海外から里帰り出産の保険ってどうなってるの?」
と疑問に思う方もいると思うので、少し実情を書いて行きたい。
一口に海外からの里帰り出産と言っても、いくつかのケースに分けられる。

まず、駐在員の奥様方などが里帰り出産するような場合は、日本の会社の健康保険に入っていることがほとんどなので海外に住んでいることは国や自治体の負担と関係がない。

次に、留学や現地での仕事など自らの意思で海外に出ている人の中にも、日本に住民票を置いて国民年金や国保に加入したままにしている人もいる。国内所得がないので保険料は安めだが、正式にずっと加入している以上、文句を言われる筋合いはないだろう。

問題は、日本の非居住者だが出産のために一時帰国したというケースだ。国保に加入するには住民票を入れなければならないが、1年未満の滞在予定の場合には自治体が住民登録を断ることができる。これは自治体が保険金負担を防ぐためだ。従って里帰り出産が1年未満なら自費で出産しろということになる。しかし、実際には健康保険がなければ出産する病院を探すのも難しいし、難産になった場合に費用が青天井に膨らむ可能性もある。したがって実態としては、海外で加入している保険を使う人を除き、多くの人が再出国の予定を告げずに住民登録をして国保に入っていると考えられる。

要するに、実態は本人が入りたければ入れるという状態である。自治体が住民登録を断るとは言っても、単に正直が馬鹿をみる状態を作って何となく仕事をした気分になっているだけなのだ。本当に断りたいなら国保加入から1年経ってから出産一時金や保険金を支給する制度にすればよいのに、要するに誰も真面目に考えていないのである。

日本人であれば誰でも国保に加入できることは分かったが、それではこのパターンの里帰り出産は、経済的、倫理的に問題があるのだろうか。結論から書けば、問題はほぼ見当たらない。経済面、倫理面に分けて見てみよう。

まず経済面を見ていくと、里帰り出産が「日本生まれ日本育ち」に比べて国の財政にとって負担が大きいのかどうかは疑わしい。

例えば、出産半年で海外に引っ越し3年経って帰国した場合、日本にいれば支給されるその間の児童手当だけで51万円となり、出産費用に匹敵する。更には保育園の公的助成、また学齢期になれば公教育に少なくとも数百万円の公費が使われている計算になる。ちなみに、在外子女に国から支給されるのは教科書だけだ。海外で育った子のうち3人に1人でも大きくなってから帰国すれば日本にとってはかなり良い人的投資になる。

グローバル人材とやらも、TOEIC800点超の一流大卒が採れるような大手企業を除けば使い物になるのは帰国子女くらいであることも付け加えておこう。

次に倫理面だが、そもそも里帰り出産が制度の悪用目的と考えるには無理がある。

日本非居住者として海外で生活している人は現地で税金を納め各種保険や年金に加入している。出産も大抵の場合はその保険でカバーされる。それを使わずにわざわざ日本で国保に加入して出産しても、個人としては別に得しない。

出産は一人で全部完結させることはできない。わざわざ日本に帰って出産するのは、親族のサポートとか、言語環境とか、医療水準とかの問題であって、国保の良いところ取りをしたいから、というのは単なる言いがかりだろう。


このように真面目に考えていくと、海外在住者の里帰り出産を叩くのは単なるネトウヨの妄想であることが分かった。日本へ一時帰国しての出産を考えている人は、堂々と2人でも3人でも、日本の公的負担で元気な子供を産んでいただきたい。


(注1)正確に言えば通常の出産であれば国保に加入していても保険適用はないのだが、出産一時金という形で実質的に費用の大半が支払われるし、帝王切開などで多額の医療費が生じた場合は保険が適用される。


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モーレツに働くとカッコワルイのか? -- このエントリーを含むはてなブックマーク

安倍晋三首相が「働き方改革実現推進室」の開所式で「モーレツ社員の考え方が否定される日本にしていきたい」と述べたそうだ。

やりたいことはなんとなく分からないではない。日本では、労働時間の長さと労働生産性の低さが積年の課題になっている。一人当たりの年間労働時間(2013年、OECD)を見ると、日本の1735時間に対し、米国1788時間、ドイツ1388時間となっており、一時間当たりの労働生産性(2013年、日本生産性本部)では、日本41.3ドル、米国65.7ドル、ドイツ60.2ドルとなっている。日本にサービス残業が多いことを踏まえると、統計の数字以上に実際の労働時間は長く、労働生産性格差は低い可能性すらある。

経済規模や軍事力を背景とした交渉上の優位やIT分野でのイノベーションを活かす米国は別としても、余計な仕事を減らせばドイツ程度の生産性は達成できないだろうかと考えるのはおかしなことではない。一人当たりの所得水準を高くするには新しい需要を作り出さなければいけないので大変だが、短い労働時間で同じ量のものを生産するのはやらなければならないことが見えている分、実現しやすそうに見える。

そんな訳で着眼点は悪くないが、私は「モーレツ社員の考え方が否定される日本」と聞いた時に、違和感や非常に残念な感じがした。それがどこから来るのかといえば、相変わらず「皆で同じ価値観を持って働きましょう。価値観に合わない人はみんなで後ろ指さしましょう。」という村社会のルールで人を動かそうとしているところが古いからだ。

「モーレツ社員がかっこいい社会」の次に来るべきものは、「各自が周囲を気にせず思うように働く社会」であって、「モーレツ社員がかっこ悪い社会」でもなければ「ゆったり働く社員がかっこいい社会」でもない。

いつの時代もモーレツに働く一部の社員が会社や社会を豊かにしてきた。それは、管理の難しい部下をたくさん抱える管理職であったり、イノベーションを生み出す技術者であったり、未開の地に物を売りに行くセールスマンであったりした。そういうモーレツ社員を、会社はそれに見合う報酬を払うことによって報いるべきだし、他の社員は尊重する社会にしなければならない。一方、モーレツに働きたくない社員は、モーレツ社員がすぐ隣りにいても「自分はモーレツ社員ではないのでそこまで働かない代わりに安い給料でも良い」と我が道を行けば良い。

政治がそのためにすべきことは、現代の労働実態に即した法律を作ることや、その法律がきちんと遵守されるように運用することであって、相互監視によって価値観を強制することではない。

現政権になってからの日本の政治は、同調圧力によって国民を動かそうとすることが増えた。「イクメン」、「女性が輝く社会」、「一億総活躍社会」、「ブラック企業の社名公表」などがその代表例だろう。村社会を強化することによって、「育児負担の増加を強制される父親」、「家事育児と就労の両立を強制される女性」、「社会貢献を強制される高齢者」、「評判リスクに怯える企業」を増やそうとする政策だ。暮らしやすい社会とは法律を守っている限り個人が自由に活動を選択できる社会であって、国のために個人の行動が制約されるのでは本末転倒だ

90年代以降日本経済が衰退する中で、それでも日本が昔より良くなった面も確かにあると5年ほど前まで私は感じていた。プライベートを会社に縛られることは減り、転職は昔より容易になり、働き方は多様化し、結婚に関する価値観も多様化した。

その流れがいまの政権では逆転してしまったように思える。「日本を取り戻す」というのが「村社会を取り戻す」ということなのであれば、非常に残念なスローガンと言わざるをえない。


日本人の米国大留学がペイしない理由 -- このエントリーを含むはてなブックマーク


グローバル化が進み米国の大学に大量の外国人が押し寄せる中、近年日本人の米国留学が減っている事が話題に上る事が多い。下のグラフを見れば、留学する年齢層の人口減少以上に米国への留学生が減少していることが見て取れる。

この現象について日本のマスコミは「若者の内向き志向」などと繰り返し若者を批判してきたが、むしろ原因を国内的な要因に無理矢理帰結させることの方が「内向き」な姿勢と言えるだろう。

続きはnoteにて公開中!
https://note.mu/willyoes/n/n4e1d9910cef3



【note 始めました】 海外就職に必要な英語力とは〜その1 -- このエントリーを含むはてなブックマーク


このブログの読者の中には「アメリカの大学で働くWilly氏は英語が得意だろう」と想像している方もいるかもしれないが、おそらく私の英語力を知ったらひどくがっかりするだろうと思う。それではなぜ、たいして英語の出来ない自分がずっとアメリカで働けているのかと言えば、

noteをはじめてみました。続きが気になる方はこちらから↓(登録不要、全て無料)
https://note.mu/willyoes/n/n55034a48fa66


大学入試対策の労力はペイするのか?ー米国のデータから試算 -- このエントリーを含むはてなブックマーク

「一流大学を卒業しても必ずしも豊かな人生を送れるとは限らない」
との意見を頂いたので、米国の大学受験対策の費用対効果を推定してみよう。

米国は教育投資収益のデータ収集が日本に比べてとても進んでいる。
リンクは、Pay Scaleがまとめた大学進学の教育投資に対する卒業後20年間の
高卒に対する超過収益である。

地域によって物価や賃金水準が違うのでマサチューセッツ州を例に取って、
授業料や寮費を差し引いた純収益を比べてみると次のようになる。

マサチューセッツ大アマースト校(州立トップ校):33万4千ドル
ハーバード大:41万9千ドル
マサチューセッツ工科大:57万4千ドル

ハーバード大を卒業しても、アマースト校を出るよりも
20年で8万5千ドルしか多く稼ぐ事ができない。
この差は人々が想像するよりもはるかに小さいのではないだろうか。
しかもこの差は、ハーバード大に入る子が元々優秀であったり、
家族が強いコネを持っていたり、という点を考慮すれば、
むしろ若干過大評価されていると考える方が自然であろう。

この差を受験準備にかかる時間で割ってみよう。
仮にハーバード大に入るために高校の最初の3年間で
毎日3時間多く勉強や課外活動に使う必要があるとするなら、
合計で約3300時間を投資していることになる。
一時間当たりに直すと26ドルほどだ。
マクドナルドで小遣い稼ぎをするよりはマシかも知れないが、
個人的には、前途有為な少年少女が貴重な青春期に
いわば「残業」して稼ぐ額としては案外少ないのではないかとも思う。
前提を少し変えて、毎日2時間の投資で済んだとしても
一時間当たり39ドルにしかならない。

一方、マサチューセッツ工科大に行くと、
ハーバード対比で超過収益は15万5千ドルとなる。
人気やブランド力、入学難易度ではハーバード大の方がやや上なので、
これは主に専攻分野の差で説明される。
科学工学分野の卒業生の年収は、社会科学や人文科学、
美術などの専攻の卒業生に比べて高いからだ。
ハーバードでは科学・工学を専攻する学部生は約4割だが
MITではほとんどの学生が科学・工学を専攻する。
この60%の差が15万5千ドルの所得差に繋がるというわけだ。
科学工学分野を学ぶ高校生が、
仮に1日の勉強時間の過半、5時間程度を数学、物理、化学などに
振り向ける必要があるとしてみよう。
これは3年間で5500時間になるので、
15万5千ドルを60%で割り、更に5500で割ると1時間当たり47ドルとなる。
この金額は「残業代」ではなく、
文学や歴史の代わりに数学や物理を1時間勉強する時の報酬だと考えればいい。
この報酬が多いか少ないかは個人の好みによるだろうが、
これらの分野に少しでも興味がある学生なら
かなり魅力的に映るかも知れない。

ラフにまとめると、いくつかの前提の下、米国の高校生は
国語や社会、外国語を勉強すれば追加1時間あたり26ドル、
数学や物理、化学を勉強すれば追加1時間あたり26ドル+47ドルで73ドル
の報酬が得られるのと同じという試算が可能ということになる。

勉強の付加価値はそれなりに高いが、驚くほどの金額ではない。
誰もが一流大学を目指す必要はなく、
あくまで個人の価値観に沿って判断する方が人生の満足度を高めるのではないだろうか。


テーマ : アメリカ生活
ジャンル : 海外情報

一流大を目指すアメリカの高校生の生活 -- このエントリーを含むはてなブックマーク

公立学校の学年末も近づき娘の小学校も半日授業だったので、
大学に連れて行って私がオフィスで打ち合わせをしている間、隣りで本を読ませていた。

打ち合わせをした相手は、
エンジニアリングスクールの助教授でアジア系アメリカ人の女性だ。
地元出身のようで、ミシガン大で学士、修士、博士を取って
スタンフォードでポスドクをした後、
うちの大学のテニュアトラックにのって現在に至る。

1時間ほど打ち合わせをした後、
ミシガン大に行きたいと言う娘が興味を持つかと思い、
「何か娘にアドバイスはある?」と聞いてみた。

「まだ小学生だからあまり気にすることはないけれど」
と前置きしたあと、彼女が始めに言ったのは予想通り
「高校の成績と標準テスト(SATかACT)はきちんと高いスコアを出しておいた方がいい」
ということだった。
州立大学は入学選考に一流私立ほどのリソースを割けないし公平性も重視される。
だから成績とテストスコアが重要であるというのはよく言われていることである。

しかしその後に彼女が話していた事はちょっと私の想像を超えていた。
結論から書けば、
「あとは課外活動とかいろいろあるけど時間もかかるから一生懸命になりすぎないで」
ということだ。
しかしそれは、彼女自身が高校生の時には必死に色々やり過ぎた、
という思いからのアドバイスだそうだ。
楽器やスポーツをいくつも掛け持ちし、ボランティアをして、
ナショナル・オーナーズ・ソサエティ
(勉強も社会奉仕もしてリーダーシップのある模範的高校生を認定する機関)
にも入って・・・、と必死で大学入学のために準備をしたらしい。
大体、午後10時まで学校で様々な課外活動をし、家に帰ってから午前2時まで勉強。
午前5時には起きて、朝練に行くという生活だったらしい。
さすがに大学入学後に一時燃え尽きてしまっていたという。
極端な友人の中には、自分の履歴書をよく見せようと運動部を3つ掛け持ち
している人もいたという。

米国の大学入学選考は holistic approach と呼ばれ
学力だけでなく総合的に人物を評価する。
一部ではそれが素晴らしい事のように言われるが、
一流大に行くことを切望する高校生の生活スケジュールは上のように殺人的なものになる。
一方で学力だけに力を入れる訳ではないので、
そこまでやっても学力では東大生の足下にも及ばない学生がたくさんいるのである。
こうした選考方法が望ましいのかどうかは、賛否両論があるだろう。
少なくとも、日本の大学入試を改革する際には
日本の将来を担う高校生たちにどんな生活を送って欲しいかという視点で
考えることが大切であるように思う。

彼女はアカデミアに進む選択をした今では、
「高校生のうちからそんなに殺人的なスケジュールで生活を送る必要はない」
という結論に達している。
なんでもこなした彼女の人間的な魅力は、
数学をやる以外は家でゴロゴロしてドラマとか見ていた私よりも上なのかも知れないが、
別にそれはキャリアに必須なことではない。

話が一段落して、
「ミシガン大には実家から通ったの?」
とたずねると
「最初の2年は実家からその後はアパートを借りた」
と答えたので、
「親は近くにいると安心だろうね」
と同意すると、ぽつりと
「私はボストンに行きたかったんだけどね」
と言った。
きっと、どうしてもハーバードかMITに入りたかったが、
あれだけやっても入れなかったか奨学金が下りなかったということなのだろう。
確かにそれだけの難関校を目指していたのであれば、その高校生活もうなづける。

現在、米国の大学人気トップ5は
ハーバード、イェール、プリンストン、スタンフォード、MITの5校と言われ、
「HYPSM」などと略される。
入学定員の合計は約7200名で約400万人いる米国の18歳人口の0.18%程度だ。
日本の18歳人口(約120万人)に換算するとわずか2160名となる。
日本では東大と国立医学部の定員の合計はちょうど8千人くらいなので、
HYPSMは、その約4分の1の狭き門だ。
そこを目指す高校生は、きっと上に書いたような超多忙な高校生活を送っているのだろう。

日本人も米国人も一流大学のブランドは大好きだが
そこを目指す高校生も子供を入学させたい保護者も、
大学入試にそこまでのエネルギーを使う価値があるのかどうか
よく考えてから挑戦した方が良いのではないかと思う。


テーマ : 大学
ジャンル : 学校・教育

【A級保存版】 在外小学生のための日本語雑誌 -- このエントリーを含むはてなブックマーク

アメリカ生まれの娘も、4月から日本の小学校5年生相当になった。家では日本語だが、学校では英語しか使わないので2年前くらいから英語の方が強くなってきた。土曜日には日本語補習校に通い、日曜日には補習校の宿題を4時間くらいやっているが、高学年になると、学校の教材だけでは実践的な語彙や読解力の点で学年相当を維持することが難しくなってくる。そこで、いくつか海外在住の小中学生に良いと思った媒体を紹介したい。

1.朝日小学生新聞 (日刊8ページ、月1720円)

小学生専用に作られていて記事がバラエティーに富んでいるのはこれだろう。ただし、日刊なので読むのはやや大変だ。日本では紙媒体だが、海外向けには電子版もある(紙媒体しか読んだことがないので使い勝手は不明。ご存知の方はご教示下さい)。月々1720円と割とリーズナブルな値段だ。

2.毎日小学生新聞 (日刊8ページ+、月1580円)

1に類似する新聞。こちらは毎日新聞電子版を月3780円で購読すると無料で読めるようだ。(同じく使い勝手は不明。ご存知の方はご教示を。)

3.NEWSがわかる (毎日新聞社、月刊、約70ページ、380円)

「10歳からのニュース百科」の副題からも分かるように、主に小学校4〜6年生を対象に作られている。全ページカラーで、マンガや図、写真などが多く、子供には読みやすいかも知れない。読者の投稿ページもある。欠点は値段が安過ぎるためにアマゾンジャパンでの取り扱いがないところだ。定期購読して実家から送ってもらうなどの手順を踏まないと入手できない。


4.ジュニアエラ  (朝日新聞社、月刊、約50ページ、500円)

3と同じく全ページカラーの雑誌だが、上の二つより少し文章が多く内容も少し高度だ。小学校高学年から中学生向けという感じである。こちらはアマゾンジャパンで取り扱いがあり、海外発送も可能。ちなみにアマゾンの北米への送料は1冊だと1050円で、1冊追加する毎に350円追加される。ただし、消費税は免税になる。




5.子供の科学  (誠文堂新光社、月刊、約110ページ、700円)

科学および工作の話題を扱った子供向け雑誌。かなりの分量でおまけ付きで700円というお値打ち価格である。対象は科学が好きな小学4〜6年生を中心に中学2年くらいまでという感じだろうか。カラー50ページ+二色・単色刷り60ページ。アマゾン取り扱いあり。




6.キラピチ (学研、月刊、約120ページ、730円)

「小学生の女の子のためのキャラ&おしゃれマガジン」とのこと。すみっコぐらしなどのキャラクターグッズが3分の1、ファッション3分の1、マンガ3分の1という雑誌。息抜きや、何でも良いから日本語に興味を持たせたいという女の子のために。小学生向けファション誌ながら、あまりぶっ飛んだところはなく親も比較的安心できそう。JSモデル満載で、大きなお友達も楽しめる。アマゾン取り扱いあり。




7.ニコ☆プチ  (新潮社、月刊、590円)

「おしゃれな女子小学生ナンバー1ファッション誌」らしい。娘を都会風にオシャレでスレた子に育てたい方に。男子の落とし方を特集したりと、6と比べて格段にぶっ飛んだ内容。むしろ、大人が読んでネタとして楽しむ雑誌なのではないかとの疑惑もあり。類似の雑誌に 「JSガール」(三栄書房) がある。アマゾン取り扱いあり。

 


テーマ : アメリカ生活
ジャンル : 海外情報

留学や海外就労で人生リセットはできません -- このエントリーを含むはてなブックマーク

日本での留学・海外就労についての相談やアドバイスを見ると、「今の生活に行き詰まりを感じてるので留学したい!」、「人生リセットしたいなら留学がベスト!」などという意見を目にするのだが、十数年アメリカに住んだ経験からすると、この手の考え方は的外れどころか全く逆だ。むしろ、留学や海外就労を目指す場合、これまでの自分の経験に縛られることが増える。

1.語学のハンディと自分の強み

海外で語学のハンディを乗り越えるには自分の強みを活かすしかない。私が米国で就職するに当たり、18歳以上になってから経験した事で無駄になったことはほとんどない。数学科で6年間を過ごした事は数学科で働く上でもちろんプラスになっているし、教えるのが好きで予備校で講師を経験した事は、大学で授業する上で最も役に立っている。日本でモデリングや統計の仕事をしたことは、自分のリサーチのみならず、学生にトピックを与えて指導する上でも非常に役になっている。米国での就職では学位も重要になってくるし、持っている学位や分野、日本での就労経験によって取れるビザも違ってくる。更に私は、米国で就職活動する際に、日本で知り合いの大学教授から推薦状をもらった。海外では、自分が確かな人間であることを示すために、これまでのスキルや人の繋がりがとても重要になってくる。

日本でもスキルや人の繋がりはもちろん重要だが、語学や文化的なハンディがない分、過去の自分を断ち切って仕事を探す事はずっと容易だ。私は、日本の大学院では落ちこぼれだったので修士課程の後に就職活動をしたが、基本的にはどの会社も学部2年くらいまでの専門知識以外はほぼポテンシャルだけで内定を出してくれた。中央省庁の中には、公務員試験の名簿を使ったのか「大学院を中退してうちに来ませんか」と言ってくれたところもあった。米国に来てから、これはとても贅沢なことだったのだと感じている。

私が日本で就活した当時は、新卒カードという強力な武器があったのは事実だ。しかし、それを差し引いても、日本人が日本で新たな仕事にチャレンジするのは、米国で新たな仕事にチャレンジするよりもずっと容易だ。私も少し歳を取ってしまったが、今から全く違う新しい仕事、例えばマクドナルドのバイトから店長を目指したり、カーディーラーに入って車のセールスマンを目指すにしても、米国よりどの国より、日本で挑戦するのが一番成功する可能性が高いと思う。

もし人生をやり直したい日本人がいたら、日本でやり直す方がずっと簡単だし、これまでのしがらみを断ち切るのも易しい。


2.海外の日本社会はとっても日本的

もし、特筆すべきスキルはないがどうしても海外で働きたい、ということになれば、必然的に自分の日本人としてのスキル、すなわち、日本語がしゃべれるとか日本文化が分かるという強みを活かす事になる。そうしたポジションの大半は日系企業の現地採用だ。

日系企業は米国にも日本文化をそのまま持ち込んでいるので非常に日本的だ。米国に多い伝統的な製造業大企業はたいてい日本的だし、現地化した日系サービス業などは昔の日本的価値観を強く引きずっていてブラックだったりする。「日本に帰りたくない」という日本人は人気のある大都市では常に一定数いる(*1)ので、単純業務を行う末端労働者の労働環境は劣悪な事が多いのだ。

日本で新しくて進歩的な企業で働く方が、よっぽど人間関係も仕事もやりやすいだろう。

(*1)その点、日本人に人気のないデトロイト、シカゴ、トロント、その他日本企業が進出する中西部、南部の大都市は相対的にお勧めではある。



ネガティブなことばかり書いてきたが、それでも留学がプラスになる人もいるだろう。どういう人が海外就労や留学に向いているのだろうか。

(1) 若い
若ければ語学の吸収や文化への適応も早いし、現地就職の際のハンディも小さくなる。日本に帰ってきても25歳前後までなら新卒カードが切れるのでユニークな経験を活かして、有利になる可能性がある。

(2)年齢だけがネック
逆に専門能力は十分高いのに、年齢が高くなってしまったために日本の雇用慣行に阻まれて希望の職種につけないというケース(例えば35歳以上で非管理職など)では、海外に出た方が活路が見いだせるケースが考えられる。もっとも海外では成功しても、今度は日本に帰ってくるのが困難というケースもある。

(3)海外で需要の高い技術を持っている
理工系の技術者、研究者などは、海外では需要が高いので日本よりうまく行く可能性がある。特にIT分野では日米の賃金格差がかなり広がっているので、経済的には米国の方が得だろう。理数系の高校教員などもなり手が少ないので、今後需要が増加する可能性がある。学術的分野以外なら、おなじみの寿司職人は海外では需要が高いし、今ならうまいラーメンを作れる人なら米国で成功する可能性が極めて高い。飲食以外でも、日本人向けビジネスが見込める地域も多々ある。

(4)海外でしか学べない技術を学ぶ
例えば学問分野なら経済学。日本国内で海外での実績が評価されやすい上に、日本と英語圏諸国の実績の差がまだまだ大きい。職人分野なら、ヨーロッパで料理修行して日本に帰るなんてパターンもある。


もちろん、私の話は主に米国についてのものなので、新興国で新事業を立ち上げるとか、他にもチャンスは色々あるだろう。国際化した日本人が必要な国際機関に勤めるという手もある。ただ一言で乱暴にまとめるなら、海外で上手くいくのは「海外で人生リセット!」と明るく考える人より、色々と考えた末に「仕方ないから海外に行くか…」と考える人なのかも知れない。


テーマ : 就職・転職・起業
ジャンル : 就職・お仕事

データに基づく統計手法を軽視する自動車の監督官庁 -- このエントリーを含むはてなブックマーク

三菱自動車が、軽自動車などの燃費を水増し偽装していたと報じられた。昨年にはフォルクスワーゲンが排ガス規制逃れの不正をしていたことが報じられており、自動車業界は2年続けて大型スキャンダルとなった。いずれの不正も断じて許されるものではない。自動車メーカーの責任ある者が「良い車を作るため」ではなく「社内で上手く立ち回るため」に働いていたことは大変残念である。

しかしながら、日米欧各国の監督官庁の検査手法にも問題があると言わざるを得ない。三菱自、フォルクスワーゲンのスキャンダルはいずれも、実際のデータに基づいて試験を行っていないことが問題を誘発しているからである。

一般的に言って、「測定条件の多様性」と「正確な測定」はトレードオフの関係にある。燃費にしろ、排ガスにしろ、実際に道路を何度も走らせてあらゆる条件で測定をすればもっとも包括的な試験になるが、一方で走行した状態(走行速度、道路の形状や起伏、天候、ドライバーのクセなど)のばらつきによって測定誤差は大きくなる。例えば、ある車種の燃費を混雑した繁華街で土日にエアコンをかけながら試験し、別の車種を涼しい日に空いた高速道路で試験すれば、もちろん公平ではない。

これまで良く言えば監督官庁は、正確な測定を重視して、条件を決められた状態に固定して数値を測ってきた。しかし、こうした哲学をもとにした測定はもはや時代遅れだ。こうした手法が人為的な不正を誘発するだけでなく、コンピュータによる制御が進んだ現在の自動車では、特定の状態でのみ良い数値を出すような細工はますます簡単になってきているからだ。こうした測定方法によって、実際の燃費が決してカタログ値に近い値にならないという状態になっているが、これは消費者にとって全くナンセンスである。あくまで、実際の走行データに基づいて測定を行うのが科学的なアプローチというものだ。

実際の走行データに基づいて数値を測定すると条件のばらつきにより誤差が大きくなると書いたが、こうしたデメリットを低減できるのが統計学だ。以下の図はそれを概念的に示したものである。

燃費

平均走行速度は燃費に影響を与えられると考えられる。図では、実燃費は5km/lから20km/lとかなりの幅があるが、平均速度と燃費の関係を考慮した上で、35km/hで走行した時の平均燃費を公式な燃費とすれば、値が13km/l前後であることが見てとれる。平均速度以外にも多くの条件を統計モデルに取り込めば、誤差ゼロとまではいかないまでも、かなり実体に即した値を推定することができる。数十年前にはより複雑なモデルでこうした推定を行うことは計算上大変であった。しかし、現在のコンピューターの計算能力やそれに応じた統計手法の進歩を踏まえれば、こうした推定の精度はかなり上がっている。また、データの収集面においても、実際のユーザーの車に測定機器を取り付けてデータを送信するような芸当も昔に比べればハードルが下がっているはずだ。

国土交通省はすでに燃費試験の見直しを表明しているが、従来の手法の延長に拘泥することなく、統計学などの今日的な知見をもとに、より良い基準づくりを目指して欲しい

不正を行う人間の弱さを直すことはできないかも知れないが、テクノロジーで不正を困難にすることは可能なのだから。


「君はどこにでも行ける」とはどういうことか、図にしてみた -- このエントリーを含むはてなブックマーク

ホリエモンの「君はどこにでも行ける」を読み終えた。とても面白い本だったのだけど、ホリエモンの言う「国境は君の中にある」というメッセージが、私には少しぼんやりとしているように感じられた。そこで「グローバル化とは何か」そして「なぜ外国の人とのコミュニケーションが重要になってきているのか」ということについて、私なりの言葉で説明してみたい。

まず、グローバル化の本質は、世界中を旅行したり、他の国で働いたりすることではない。

実際、日本人が世界を旅するのなら20年前の方がずっと安い値段で色々なところに行けた。各国間の貧富の格差が今より大きく、日本はその最上位に位置していたからだ。当時、大学の夏休み明けに海外旅行帰りの友人と話すと、海外の物価がいかに安いかを語ってくれるのが常だった。昔の方が国の風景の違いも大きく旅の楽しみも大きかっただろう。20年前まで日本にスタバはなかったし、25年前まで北京にはマクドナルドはなかったが、今はどこにでもある。世界各地の美しい風景も、いまはインターネットで簡単に検索できる。

働くという事に関しても、グローバル化は必ずしも世界に出て行くことを意味しない。昔であれば、米国でゴールドマン・サックスのような投資銀行に勤めて一旗あげることも考えられたが、今日、グローバル化した大企業はわざわざ純日本人を米国で採用したりすることは少ない。東京支社なり支店なりで採用すれば済むからだ。

勉強にしても、オンラインの授業が充実してくれば、必ずしも発展途上国から先進国に留学する必要は無くなるだろう。英語にしても、英語圏から各国に情報や人材が流入したことで英語圏にいなくても格段に習得しやすくなっており、意欲的な留学生は既に話せるようになってから米国に来るようになってきている。

「グローバル時代だから英語を習得しないと」というのも、必ずしも正しくない。もしかしたら、早晩機械翻訳が飛躍的に進歩して外国語を話す必要はなくなってしまうかも知れない。

それではグローバル化とは何なのか?

それは一言で言えば「世界中が同じようになること」だ。世界中の富裕層がBMWに乗り、世界中の中間層がiPhoneを使い、アジア各地の大衆が韓流ドラマやAKBグループのライブを楽しむ。世界中の学生がスタバでネット接続してKahn Academyのビデオをみて勉強し、世界中の貧困層がウォルマートで雑貨や食料品を買うようになるまでにも、大して時間はかからないだろう。

図にすると下のようになる。
Globalization.png


グローバル化する前の世界では、住む国によって生活の水準が決まった。例えばアジアについて言えば、日本人の生活は豊かで、韓国や台湾はそれより貧しく、マレーシアやタイはもっと貧しく、中国、インド、ベトナムなどは信じられないくらい貧しい、といった具合だ。だから例えば、富裕層や中間層向けの製品である大型テレビを作るにしても、アジアに限って言えば日本人の好みに合わせて作れば良かった。同じ日本の中でも管理職の給料は工場労働者のそれより高かったが、日本人の誰もが他の国より豊かであることに誇りを持てたし、国民はみな同じ番組や新聞を見て、一体感を持って生活できた。

グローバル化した世界では、財やサービスが国を超えて流通するため各国間の差はどんどん縮まり、それぞれの国に明確な富裕層、中間層、貧困層が生まれる。図は経済的な格差について描いたが、知識や情報のレベルという点でも同じことが言える。世界中の高学歴層や知識階層が、海外の競合他社や研究者の情報を得て知識を深めあう。世界中の多数のホワイトカラーが同じハードウェアやソフトウェアを使って仕事をする。世界中で、同じビジネスモデルに従って同じ製品やサービスが提供される。

国の間の距離が縮まる一方で、仕事の内容や生活の仕方によって、経済、知識、情報に関するばらつきが大きくなり、国民の一体感は損なわれていく。

そんな世界では、これまでと同じように生きているつもりでも、付き合う世界は非常に狭くなっていく。たとえば、グローバル化する以前に「日本の中間層」として生活することは「アジアの中間層」として生活することとほぼ同義(図の左側)だったが、今後は「アジアの旧先進国」かつ「中間層」という非常に小さい交わり(図の右側)で生活することを意味するようになる。

したがって、ビジネスをする上でもそれ以外の仲間を作る上でも、右の図の横方向の繋がりを強めていくことが、豊かな生活を送るための鍵になっていく。世界がどんどん同質化して、わざわざ外国に行く機会は減っても、世界を串刺しにする横のつながりはますます重要になっていく。

国境が心の中で無意識な壁となると、これからの世界を生きる上ではとても狭い世界に自分を追いやることになる。昭和の時代に図の左側のごとく同じ国の中を横に自由に歩き回ったように、これからは図の右側のごとく世界を横に自由に歩き回ればよいということだろう。



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ジャンル : ライフ

プロフィール

Willy

Author:Willy
日本の某大数学科で修士課程修了。
金融機関勤務を経て、米国の統計学科博士課程に留学。
2009年、某州立大数学科専任講師。2010年、助教。2016年、准教授。

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お勧めの本
1.ルベーグ積分30講
―― 統計学を学ぶために。
   小説のように読める本。
   学部向け。


2.Matematical Statistics and Data Analysis
―― WS大指定教科書。
   応用も充実。学部上級。

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