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アメリカの若者も起業したがらない -- このエントリーを含むはてなブックマーク

なんで数学科の大学教員が起業とか労働問題についていろいろ書いて
トラフィックを集めているのか自分でもよく分からないのだが
今回は教員生活とも関係のあることを少し書こうと思う。

日本で優等生がこぞって医学部に行こうとしたり
一流企業に入ろうとしたりしていることは嘆かわしいことではあるが
アメリカの若者がリベラルでアグレッシブかというとそんなことはなくて
大半の学生は非常に保守的だ。


ベイエリアやニューヨークは別かもしれないが
その他の地方では医学部志向は異常なほど高い。
日本と違って医学部は大学院扱いなので
国中の学部生の優秀層がこぞって医学部を志望している。

デトロイトにあるWS大はその傾向は特にひどく
私の教えている統計のコースでは上位15%の学生のうち
7~8割は医学部志望である。
数学教員志望とか、コンピューターサイエンス専攻の学生は
平均すればあまり数学ができない。
これは危機的なことだ(*1)。
現在デトロイト圏に残っている人々は、
親戚がみなデトロイト周辺に住んでいて
将来もデトロイトに留まりたいという人が多い。
しかし製造業の衰退で仕事が減っているので、
医師になることが唯一の良い生活を送る道だと考えるようだ。
これは日本の地方の高校生と似ているように思う。

日本と違うのは、
起業したい人を支援する仕組みがいろいろあることだ。

特にデトロイトでは復興支援のために
いろいろな枠組みが用意されている。

例えば、WS大構内にはBizdom U
(Bizdom は business と wisdom から作った造語だろう)
というNPOがあり、起業したい人達を支援するプログラムを提供している。
そこでは、会計などのビジネスの基本や、事業戦略の立て方、
マーケティングの仕方などが教えられている。
週40時間で4ヶ月間のフルタイムのプログラムで、
そのあと8ヶ月はフォローアップ研修が週一回あるそうだ。
生徒は入学前に建てた自分の事業プランをそこで具体化していく。
そして、デトロイト市内で起業する有望なプロジェクトには
最大10万ドルまで出資するという枠組みもある。

そんな立派なプログラムなら学費も高いのではないか、
と思われた向きもあるだろう。気になる学費は、
無料
である。
しかも生活費が月1500ドル付いてくるらしい。
要するに、
「お願いですから起業してください。有望ならお金は出します。
研修中は仕事ができないから生活費を出します。」

というプログラムなのだ。

アメリカ人が、スティーブ・ジョブズみたいな人ばっかりだったら
もっとエクサイティングな世の中になるだろうし、
経済も素晴らしく成長するだろう。
しかし現実はそうではない。
保守的な人がほとんどだからこそ、
保守的でない人を大いに尊敬する文化を
つくらなければならないのだ。



(*1)ただし、移民受け入れで上手くまかなっている。

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テーマ : 政治・経済・時事問題
ジャンル : 政治・経済

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非公開コメント

大阪市は起業支援が手厚いのですが…

大阪市は大阪産業創造館があったり、結構インキュベート施設なんかもあるし、販路開拓・マッチング・人材獲得なんかも支援しています。
でも、東京にみんな行っちゃうんですよね。たぶん、支援が中途半端なんですけど。
セミナーは有料がほとんどですし、生活費を市が払うなんてことはまずないですからね。結局、金に余裕のある人たちばかりが起業しているような状況です。1年以内に起業した人たちがあつまる交流会があって、それに参加すると、20代は私を含め3人いればいいほうですね。

とにもかくにも、ホントに起業を増やしたいという気持ちが日本全体にないような気がします。

面白い

保守的な人がほとんどだからこそ、
保守的でない人を異物として大いにいじめる文化を
持つ日本との違いを感じますね。

No title

松本さん:
まあ、デトロイトはやりすぎの感もありますけど。
日本は何でも東京に一極集中してますね。
あそこまで集中する理由が直感的には理解できません。

はちさん:
そういう所はありますね。なんというか、日本人はこの20年で
異質なものを許容する余裕がずいぶんなくなった感じがします。

No title

自分のやりたいこと、向いてることなんて結局わからないし、ましてや新しい価値を創造して起業するほど苦労する必然性もないし、自分はそこそこ頭が良いからとりあえず社会的なステータスも収入も高い医療でも目指すか、という流れで医療がデフォルトになってる学生は多いはずです。

ところで起業、起業と煽っている人たちもそれはそれで、なんで起業したほうがいいのか、という問いには何もまっとうな返答を用意できないんじゃないですかね。

起業、医療

毒の助さん:

日本の起業率の低さは各国間の比較でも結構際立っており、生産性を上げるためには増えないとやばそうな感じはします。大真面目に実証分析して起業が有意に生産性を上げることを示すのは確かに難しいでしょう。日本だけ見ればこんなに低成長で起業率の低い時代はありませんでしたし、各国間の比較は諸条件を一定にするのが難しいからです。しかし、詳しいところは経済学者に任せるとしても、暗中模索である程度進まざるを得ないと思います。

現在の日本では医療はほとんど税金で賄われているため、医療を原動力に経済成長するということは考えづらいわけで、そういう産業に優秀な頭脳が終結することが国として望ましいのかというのはもう少し考えた方が良いのではないかと思います。韓国もIMF危機以降、医学部志向が強まったらしいのですが、韓国の政府系機関の友人も同じ問題意識を持っていました。もちろん、国として高価な高度医療に人的資源を投入して経済成長を目指すというのは一つの方向としてアリだと思いますが。

異質

楽しく読ませていただきました。

「保守的な人がほとんどだからこそ、
保守的でない人を大いに尊敬する文化を
つくらなければならないのだ。」

まさにその通りと思います。この観点で日米を比較すると、例えば移民政策でも同様の構図が浮かび上がるようにも感じられます。(最近はアメリカの移民政策も褒められないですが…)

日本はせめて国内の異質だけでも受け入れないといけません。

また、毒之助さんのコメントへの意見ですが、経済成長にはイノベーションが必要で、イノベーションには起業家が必要です。既存の大企業はイノベーションを起こすインセンティブを持ちません(特に従来の産業構造を覆すようなものは)。再生可能エネルギーにせよ、なんにせよ、イノベーションがベンチャーから生まれる可能性が高いなら、ベンチャーを支援すべきです。

No title

大倉さん:

コメントありがとうございます。
私は日本が大量の移民を受け入れないことはもう決まったと思っている
(ただし望ましいとは思っていない)のですが、おっしゃる通り、
国内から出てきた異質な人に拒否反応を示しているようでは
構造転換は難しいと感じてしまいます。

イノベーションのメリットを定量的に把握するには
結局生産性上昇を見るしかないような気がします。
もちろん、個別に成功事例を見ていくということは可能でしょうけど。

仕組みが大事

日本と違うのは、
起業したい人を支援する仕組みがいろいろあることだ。

という言葉にすごく共感します。
まさにそういうことですね。

No title

> 経済成長にはイノベーションが必要で、イノベーションには起業家が必要です。既存の大企業はイノベーションを起こすインセンティブを持ちません

巨視的にみればそうなんですけれど、起業するのは最終的には個人だとか小さなグループの意志で、しかも殆どの起業は「失敗」(あえて括弧)に終わるわけだから、個人の人生的には国家の経済成長という名目の元に駆り出されても、社会的なスティグマだとか失敗のつけをひとつの人生を使って払わなければならないのであれば、個人の視点からはそんなに起業家志望を増やせばいいというものでもないとも思うのです。

悪い例えですが、「日本は危機的状況だ。特攻隊員の多くは自滅するだけだが、おまいが敵に命中すればダメージは大きいはずだし、国のためになるし、英雄になれるぞ」といわれても、殆どの隊員には結果的には迷惑にしかならないわけです。

要するに、起業を増やそうと躍起になるより、失敗後の選択肢の有無の方が重要な気がします。

それでも個人的には絶望的なのではとも思いますが。日本は出来のいい人がみんな似たような目標に向かって突っ走る傾向が致命的ですね。

No title

毒之助さん:

失敗後の選択肢の有無は重要ですね。それで人材流動化が必要ということになるわけですけど、それも多分10年くらいで大幅に変えるのは難しそうです。企業内ベンチャーみたいなのはもっとあっても良いんでしょうけど、親企業との利害調整の問題がありますね。

全体としての最適を達成するために、国が条件を変えて個人の自由意志を操作するのは普通に考えると問題ないように思います。特攻隊はそもそも全体として最適じゃなかっただろうし、個人の自由意志でもないので適切ではないと思います。「自由意志の100人を犠牲にした結果、連合軍に大逆転勝利」だったら、その100人は歴史上も英雄になれそうですが。もちろん、戦争の目的は勝利ではない、とか、資本主義社会の目標は経済成長ではない、というのであれば別。その場合は目的関数を示して下さい、ということになると思います。

トラフィックが集まる理由

>なんで数学科の大学教員が起業とか労働問題についていろいろ書いて
>トラフィックを集めているのか自分でもよく分からないのだが

記事の内容が分かりやすく、客観的にかかれているからだと思います。
数学の記事で数学の先生に突っ込みのコメントを入れる勇気がある人は
そういません。
私はWillyさんの釣り能力の素晴らしさに関心しています。

トラフィックが集まる理由

先ほどの文章の補足です。
労働問題や起業の話では一般の人も理解しやすいのですが、
数学の記事では理解できる人が少ないので、
労働問題や起業にトラフィックが集まるのだと思います。

No title

>私はWillyさんの釣り能力の素晴らしさに関心しています。

ありがとうございますw
ブログを始めた頃、やはり写真とかをたくさん散りばめないと読まれないものなのだろうか、とやる気をくじかれていたのですが、テキストのみでも読んでくれる方が予想外に多く感謝致しているところです。

No title

WS大NPOの起業支援の仕組みは素晴らしい、思うと同時に、何人程度がprogramに応募したのか興味があったりします。アメリカの学生も保守的になる理由の一つは学費高騰ではないでしょうか。仮に私立大学の学費が一年で約200万円、公立大の学費を70万円として、学費ローンを使った場合、卒業と同時に返済スタートですと、起業で一か八かよりも借金返済のため職業選択は堅くなる一方なのでは。学費ローンは自己破産対象外ですのでローンが必要な学生が収入面でリスキーな起業またはスタートアップをオプションからはずすと、アメリカの社会階層が固定化するのではと空想しています。

No title

Muffyさん:

そんなに大規模にはやっていないと思いますけどね。自分のオフィスの近くのビルに入っているのでよく通るのですが、こじんまりしたテナントです。アメリカの学生ローンの仕組みはどこか道義的に間違っていると思うのですが、何故いけないのかを合理的に説明するのは難しいんですよね。もし起業の判断みたいのに影響しているのであれば良い材料になると思います。
プロフィール

Willy

Author:Willy
日本の某大数学科で修士課程修了。金融機関勤務を経て、米国の統計学科博士課程にてPhD取得。現在、米国の某州立大准教授。

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1.ルベーグ積分30講
―― 統計学を学ぶために。
   小説のように読める本。
   学部向け。


2.Matematical Statistics and Data Analysis
―― WS大指定教科書。
   応用も充実。学部上級。

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