リー・クアンユーとシルバー民主主義
あなたは、シンガポールという国についてどれ位知っているだろうか。地球儀で見ると、シンガポールはマレー半島の南端にあるとても小さな国だ。面積はわずか707平方キロと東京23区とほぼ同じくらいしかない。一方この国は、資源も出ないにもかかわらず、世界で最も豊かな国の一つだ。IMFによれば、2013年の国民1人あたりGDP(購買力平価ベース)は約7万9千ドルと、日本の約3万7千ドルの2倍以上に達する。人口の非常に小さな資源国やタックスヘイブンを除けば、シンガポールほど豊かな経済を持つ国は他に存在しない。この国の名目GDPは、過去50年あまりの間に実に400倍以上にも達したのだ。さらにこの国を特殊なものにしているのはその政治体制である。資源国などの例外を除く他のほぼ全ての経済的な先進国が民主主義を採っているのに対して、この国は名目上は選挙制度を持ちながら事実上の独裁体制を敷いてきた。そして、そのシンガポールを建国し、長年率いてきたのがリー・クアンユーであった。
民主主義は、少なくとも長期的には、政権の腐敗を防ぎ持続的な成長を可能にする、現状ではベストの政治体制である、と先進国の大多数の国民は考えてきた。しかし、シンガポールのような開発独裁国家の半世紀以上にわたる成功は、その前提にも疑問を投げかける。民主主義は本当に、経済成長や厚生水準向上のためにベストな方法なのだろうか?あるいは一歩譲って、これまでの百年あるいは二百年は大雑把に言ってそうであったとしても、これからもそうであり続けるのであろうか?
現在、多くの先進国はかなりの速度で高齢化しており、民主的な意思決定の合理性が損なわれることが懸念されている。リークアンユーは、Lee Kuan Yew: The Grand Master's Insights on China, the United States, and the World (邦訳:リー・クアンユー、世界を語る)の中で、民主主義が成功するには様々な前提条件が必要だと述べている。その中で興味を惹くのは、一人一票の民主主義に対して述べた次の部分だ。
And whether you have one person, one vote or some people, one vote, or other people, two votes, those are forms which should be worked out. I am not intellectually convinced that one person, one vote is the best. We practice it because that is what the British bequeathed us, and we have not really found a need to challenge that. But I am convinced, personally, that we would have a better system if we gave every person over the age of 40 who has a family two votes, because he or she is likely to be more careful, voting also for his or her children. He or she is more likely to vote in a serious way than a capricious young person under 30.... At the same time, once a person gets beyond 65, then it is a problem. Between the ages of 40 and 60 is ideal, and at 60 they should go back to one vote, but that will be difficult to arrange.
(拙訳) 一人一票か、ある人は一票でまたある人は二票か、そんな仕組みはいずれも成り立つはずだ。私は理論的に一人一票がベストだという意見には説得力を感じない。我々がそうしているのは、英国がその制度を残して、それに敢えて反論する必要性がなかっただけのことだ。しかし、私は個人的には、もっと良い仕組みがあると思っている。40歳を超えて子供を持つ人には2票与えてはどうか。なぜなら、それらの人は注意深く、子供のためにも投票するからだ。そういう人は、気まぐれな30歳未満の若者より真剣に投票するだろう。一方で、65歳を超えた人も問題だ。40〜60歳が一番理想的で、60歳を超えたら一人一票に戻す。しかし、そうした仕組みを整えるのは困難だろう。
日本では高齢化が進む中、多数派を占める中高年や高齢者が、雇用、年金、介護、保険といった制度を、自分たちの世代に所得移転しやすいように維持、変更してきた。しかも、団塊ジュニア世代の高齢化や、足元の出生率の低さを踏まえると、この構造は今後30〜40年の間に、弱まるどころかかなりの勢いで強まることがほぼ確実である。制度を持続可能にする小変更を随時おこなっていったとしても、現役世代一人当たりの経済的負担は更に高まる公算が高い。現在30代や40代の日本人は、どちらかというと現在の高齢者の厚遇ぶりに不満を口にすることの方が多いが、むしろ自分たちの子供や孫の更に大きな負担を押し付けることを心配しなければならない、という方が合理的な結論なのである。
一方、シンガポールの年金制度は、こうしたシルバー民主主義の危険性を踏まえて、労働者が賃金の20%、雇用主が17%を強制的に積み立てさせられるという積み立て方式を採っている。健康保険も、積み立て式に貧困層向けの保険制度を組み合わせた制度だ。労働者の解雇は合理的な理由がなくても自由な一方、若くても優秀なら管理職につける。シンガポールの出生率は日本を下回るほど低いが、計画的な移民の受け入れと自己責任の社会保障制度を組み合わせることで、明るい将来像が示されている。
日本のシルバー民主主義は、現在のところ、言葉の壁という強力なバリアーの存在によって安定的に運営されている。いくら日本の若者が社会に不満を持ったところで、まさか日本語の使えない海外には逃げないだろう、というわけだ。しかし、今後、世代間不公平が臨界点に達し、優秀な若者から順に日本の民主主義を捨てて独裁国家のシンガポールに移住、などという笑えない状況にならないことを祈るばかりである。
テーマ : 政治・経済・時事問題
ジャンル : 政治・経済