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FacebookがLibraを発行する動機を考察してみる -- このエントリーを含むはてなブックマーク


6月18日にFacebookを中心とするコンソーシアムが暗号通貨Libraのホワイトペーパーを発表した。日本語抄訳が@OnePoke 氏によりまとめられている。

暗号通貨の専門家でない私にはこの通貨を発行する動機が何なのか今ひとつはっきり分からないのだが、様々な人の説明を読むと、どうやら私以外のほとんど全ての人もそれを分かっていないようだ。そこで、金融出身者として私が考えたLibraの真意やLibraが実現するビジネスについて考察してみたい。Libraが全く新しい通貨である以上、ほとんどの考察は想像の産物に過ぎない。誤った前提に基づくものがあれば、ご指摘頂きたい。


1. LibraはBitcoinのような暗号通貨よりも電子マネーに近い

従来のビットコインやイーサリアムのような暗号通貨とLibraの根本的な違いは、前者が裏付け資産を持たないのに対し、Libraは主要通貨のバスケット(例えば米ドルとユーロと円の何らかの意味での平均)を裏付け資産として持つという点である。したがってLibraは経済的な観点では、SuicaやEdyのような電子マネー、アマゾンのアカウントの残高、あるいはクレジットカードのような決済システムに近い。したがって、Libraがビットコインのように投機の対象になることはないだろう。これは他でも再三説明されている通りだ。


2. ネットワークの価値

Libraを使った取引は高い匿名性が担保されるとされている。しかし、取引自体が匿名であっても、例えば取引の際に使われるウォレットを多くの利用者がFacebookのアカウントなどと紐付けるような状況になれば、そこには莫大な情報の価値が発生する。

米国の学生などの間で流行っているVenmoという個人間(P2P)送金システムが参考になるかも知れない(「Venmo」 - 米国の若年層がハマるP2P金融サービスとは?
)。このサービスは「ソーシャルストリーム」という機能を備え、仲間がどのようにお金を使っているのかを可視化する事もできる仕組みである。

米国文化では消費を見せびらかす事が日本ほどいまいましい行為ではない。親がお金持ちの女子高生が高いブランド物を大量に買い、SNSで自慢するといった事も見られる。こうした情報をSNSの運営者であるFacebookなどが把握できれば、莫大な広告価値を生むことは想像に難くない。「○○ちゃんがiPhone買い換えたんだから、あなたも買い替えなよ!」と言った広告が打てるのである。

https://twitter.com/willyoes/status/1139513145532141573

Facebookにとって、利用者自身がLibraを用いた取引を公開するかどうかは、必ずしも重要ではない。例えばある流行商品を誰かがこっそりLibraで買ったとすれば、SNS上でその購入者と親しい人も同じ商品を購入する可能性が高くなる。これはSNSの運営者が広告を打つ上で貴重な情報である。このことはプライバシー侵害の問題が深刻である事を意味している。例えば、Aさんが妊娠検査薬を買うと、Aさんの親友であるBさんのSNSのタイムラインに「Aさんに懐妊祝いを送りましょう!」などというメッセージが表示されてしまう可能性があるからだ。


3. 収益の柱は消費者金融

前節でみたような、暗号通貨のウォレットがSNSのネットワークと結びつく事で生まれる情報価値は、SNSの従来のビジネスモデルの延長線上にある。しかし、金融サービスという観点から見ると、Libraの収益の柱は消費者金融になるのではないかと思う。

Libraは、世界人口の31%をも占めると言われる、銀行にアクセスできない人々へ決済手段を提供するとしている。これらの多くは発展途上国に住む人たちだが、米国でも貧困層を中心に1800万人もの人が銀行口座を持っていない
(銀行口座ない成人は世界で17億人超、最多は中国の2.2億人)。米国の貧困層が銀行口座を持っていない理由は実ははっきりしていない。単に銀行口座にを持つという文化を持っていないとか、預けるお金がないからとか、銀行に行く敷居が高いとか、難しい書類はわからないから、といった様々なバリアーが原因になっていると言われている。

しかし、携帯上でLibraをSNSと紐づけて簡単に取引ができればバリアーのかなりの部分を取り除くことができるだろう。そしてこれまでクレジット会社や銀行がアクセスできなかった貧困層を取り込むことができるので、大きな借り入れの需要が生まれることになる。

貧困層は、米国ではpayday loanと言われる高利貸し、日本では消費者金融会社を利用して金を借りるが、当然ながらそう言った店舗に足を運ぶには抵抗がある人が多いはずだ。これを仮想通貨で手軽に行えるようになることのメリットは大きい。

暗号通貨がP2Pの匿名送金を可能にするという側面は、麻薬取引や売春などの取引とも親和性が高いように思える。多額の金がやりとりされるこうした取引もまた、大きな借り入れ需要を生むことになるだろう。


4. 消費者金融 x SNS

もともと金の貸し借りは、借り手の信用を担保に行われる。SNSもまた、人々の間の繋がりつまり信用をベースとしたものであるから、新しい相乗効果が期待できるかも知れない。

例えばあなたが特段親しくないクラスメイトから「三千円貸して欲しい」と言われたら躊躇するだろう。しかし、もしSNSで繋がっている全員にコミットする形で「あなたから三千円借りる。必ず一週間後に返すから。」と返済履歴付きで投稿することができたら、借りた金を返す動機は格段に大きくなる。ここに、Facebookの金融子会社なりその他の資金の出し手が融資をできる仕組みを作れば新たなビジネスになりうるだろう。遠く離れたアフリカの国でお金が必要な人に、その人のネットワークの大きさを信用力としてお金を貸すといったビジネスも成立しうるのである。


5. ICOで利益は出ないが通貨発行益は発生する

多くの暗号通貨運営者は、裏付け資産なしにICOを行い資金を調達している。裏付けのないものを高い値段で売るICOはもはや、イニシャル・コイン・オファリングというよりはインチキ・オファリングとでも言うべきだろう。

Libraはドルや円のような裏付け資産を持つことになるので、伝統的な貨幣と近い仕組みを採用することになる。1ドル分のLibraを発行したら、運営側はそれに見合う額の準備資産を持つという仕組みだ。そのため、Libraの発行自体が利益を生む訳ではない。しかし、円紙幣を発行する日本銀行が通貨発行益(シニョレッジ)を享受するのと同じように、Libraの運営者にも通貨発行益が発生する。すなわち、Libraを発行することで積み上がる1ドル分の準備資産には金利が発生するため、その金利分が運営の利益となるということだ。1ドル紙幣の代わりに1ドル分のLibraを流通させるというサービスを提供した代わりに、運営者は1ドルに付く金利分の利益を得ることになる。

伝統的な通貨の金本位制が必ずしも100%の金準備を用意した訳ではないという事実に鑑みれば、将来的には発行されたLibraに対して一定の割合、例えばLibra10ドル分につき5ドルしか準備資産を積まないというような仕組みになる事もあり得るだろう。そうした場合には、余資の運用には裁量が生まれ通貨発行益はより大きなものになるかも知れない。

また通貨発行益以外にも、決済から上がる手数料など、クレジットカードなど従来の決済システムと同様の収益をあげる事もできるだろう。


6. なぜ通貨バスケットか

Libraは裏付け資産として主要通貨のバスケットを使うと発表している。これは、例えば日本にいる人がLibraを使って1000円の物を買う時に、5ドルと3ユーロと100円のバスケットとして支払うという事を意味する。大変、煩雑に感じられないだろうか。普及を優先するなら、各国の通貨に固定した仮想通貨をそれぞれ発行した方が望ましいだろう。

それでも通貨バスケットを用いる計画を立てたのは、各国政府の規制に左右されない自由な通貨を作るというアイデアによるものなのかも知れない。

例えば、Libraで1000円分の融資を受けるケースを考えてみよう。円にペッグした仮想通貨で融資を受ける場合、その国の利息制限法の制約を受ける事は容易に想像できる。日本であれば20%超の金利を課す事はできない。しかし円とユーロに規制があったとしても、ドルの上限金利が定められていなかったらどうだろうか。理屈の上ではどれだけ高い金利を課しても、それをドルに対する金利だと見なせば何ら法に触れない可能性がある。

上の例はあくまで思考実験に過ぎないが、特定の通貨との固定レートを避けることによって通貨を発行する国からの制約をなるべく受けないようにする、という考え方はあり得るだろう。


7. ビットコインはどうなるか

上で見たきたように、Libraは従来の暗号通貨と異なり新たな価値を生み出して成功する可能性が格段に高い一方、キャピタルゲインが見込めないことから地味な存在となることが予想される。Libraのような通貨が普及した時、人々は通貨とは何なのかという原点に立ち返り、ビットコインなどの暗号通貨に対する熱狂は冷める可能性が高い。

ビットコインは世間を暗号通貨に注目させる広告塔のような存在であった。バブルを引き起こしてなんぼの世界であり、その華やかさでもって地味で実用的な暗号通貨に注目を集めることに貢献もしている。華やかな投機対象としての地位をしばらくの間保つことは、Libraにとっても悪いことではないのかも知れない。


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自動運転で日本勢が米国勢に絶対勝てない理由 -- このエントリーを含むはてなブックマーク


1997年にトヨタがわずか215万円でプリウスを発売し、世界の度肝を抜いた時のことを僕は今でも覚えている。当時の多くの日本企業の技術力は世界を圧倒しており、例え金融市場で日本のプレゼンスが多少下がったとしても、その栄華は永遠に続くようにも思われた。

それから20年、日本の技術力に陰りが見られるようにはなったものの、今でもトヨタをはじめとした日系自動車メーカーは総合力で世界のトップに立っている。

しかし、これから時代は急速に動いていく。運転が機械学習モデルによって自動化され、自動車の利用方法や所有形態までが大きく変わることのインパクトは、自動車の動力源がガソリンから電気などに変わることよりも何倍も大きい。

現在、自動車メーカーやIT企業は自動運転技術にしのぎを削っているが、私が確信していることは、トヨタや日産のような日本の大手がフォードやGMのような米系大手、テスラなどの新興メーカー、Waymo、Apple、Uber、AuroraなどのIT企業との開発競争に勝つことはできないだろうということである。その理由を示したい。

1. 現在のタイムライン

フォードやGM、その他の米IT企業の多くが2020〜2022年に事実上の完全自動化であるSAEのレベル4の商用化を計画しているのに対し、日系メーカーは2020年初頭に高速道自動運転を目指しているところが大半で既に2年程度の遅れを取っているように見える。

下は米Navigant Research社がまとめた自動運転進捗の概念図である。こうした技術面は主に縦軸に反映されていると言って良いだろう。
Autonomous.png

注目して欲しいのは、技術面だけでなく横軸の戦略面で日本は米国勢に、より大きく引き離されているということである。GM、フォード、Waymo+クライスラーのいわゆるビッグ3は既にライドシェア各社との提携や買収を決めるなど、着々とインフラ面に浸透している。


2. 米国で先に実用化されるという壁

さらに現在の進捗と並んで決定的なのは、実用化がほぼ確実に米国から始まるということだ。

元々米国は文化的にも法律面でも、まず新しいものを試し、起こった問題に後から対処していくという方法論が根付いている。自動車運転のような人命にも関わる重大な決定においては、この格差はより大きなものとなるだろう。日本でも、経産省が自動車運転に関する問題点を議論する有識者会議を設置するようだが、今後の問題点を議論するのではなく、まず先に自動運転を導入して起こった問題に対処していくという意識でなければ、米国の流れに追いつくことは難しいと思う。

米国の交通事情も普及の後押しとなっている。自動運転の最初の大きなマイルストーンは、高速道運転の自動化である。高速道路は信号や歩行者がいないなど考慮しなければいけない変数が格段に少ないため、自動運転の実用化はかなり早期に実現できる。米国は元々国土が広い上に、自動車メーカーのロビーが強く鉄道網が発達していないため、高速道自動運転の経済的インパクトが大きい。高速料金が安いことも日本などと比べたアドバンテージだ。例えばフロリダの観光地に行くにしても、自動運転が実用化されれば10以上の州の州民が飛行機から車に切り替えることを検討するに違いない。

こうした事情を考えると、もし日本メーカーが米国に進出していなかったならば米国勢に完敗することはほぼ100%確実だっただろう。しかし、日本メーカーがかなり米国に浸透している今でも、やはり日系メーカーが勝てないと私が考える理由がある。それは、ダブルスタンダードが適用される恐れのある訴訟リスクである。

トヨタは2010年代前半のプリウスの急加速問題で、最終的には全く瑕疵が見つかっていないにも関わらず司法省に10億ドルもの和解金を支払った。一方で、長年欠陥が放置され10人以上の死者を出しているGMのリコール隠しに対しては、一日7千ドルという途方もなく安い制裁金しか課されなかったのは記憶に新しい。

こうしたダブルスタンダードが疑われる状況では、非米系メーカーの戦略はどうしても、目立たないように他メーカーの後追いをするということになる。実際の運用データが競争力の鍵になる自動運転分野ではこれは大きなディスアドバンテージだ。

TeslaX.jpg
(Los Angeles Times より)

テスラはつい先日も、自動運転支援システム=オートパイロットを搭載したモデルXで死亡事故を起こした。この事でテスラの株価も下落したが、テスラ社がイノベーティブなイメージを獲得して積極的に新技術を試せる状況にあることは、アドバンテージである。トヨタやホンダが同様の事故を起こした場合に、同程度の制裁で済むのかは甚だ疑問だ。


3. 言葉の壁

日本の自動車メーカーが世界を席巻した一つの理由は、設計図が日本語でも英語でも品質に変わりはないということだろう。つまり工業製品は非常に言葉の壁が低いのである。販売面では生産面よりは言葉の壁が大きいが、強大な影響力を持つディーラーに売ってもらうだけで問題を解決できた。

しかし、自動運転ではこの方式はもはや通用しない。コアとなる技術が機械学習などのソフトなので、元々ハードウェアよりも言葉の壁が高い。その上、技術開発が完成に近くなるほど、許認可などが商品の成功に占める割合が高くなり、より高度なコミュニケーションが求められることになっていくだろう。もちろん日系メーカーも現地で人員を大量に採用しているものの、米国人社員の質と量、リーダーシップのレベルでは米系と差があると考えるのが自然だ。


4. 技術者の層の厚さ

トヨタがハイブリッド車を世界に先駆けて発売する事ができたのは、当時の日本の技術者のレベルの高さ、層の厚さ、若さが大きくプラスに働いたと言える。

一方で、繰り返しになるが、自動運転分野においては基幹技術はソフトの部分であり英語圏の方が人材の厚みがある。このことは日系メーカーも分かっており、トヨタはAIソフト開発の研究所(TRI-AD)を設立し英語を公用語化して人材を集める予定のようだ。しかし、大学などを見ても分かるように、日本の組織は海外の一流人材を集めるのに非常に苦戦しており、どの程度うまく行くかは不透明だ。


日本メーカーの望みは?

このように考えて行くと、日本メーカーが自動運転分野で米系に打ち勝って優位を築くことは至難の技に思える。それでは日本メーカーは米系に惨敗して、歴史的な再逆転を許すのであろうか。その可能性も十分にあるが、希望がない訳ではない。

逆説的ではあるが、私が希望を感じたのは昨年、優位に立つGMが「スーパークルーズ」と呼ばれるほぼ高速道自動運転を備えたキャデラックCT6を市場に送り出した時だ。スーパークルーズは非常に優れたシステムだが、GMはこの車に8万4千ドルという値札をつけた。大ヒットが狙えるような値段ではない。

CT6.jpg

自動運転の基幹技術はソフトウェアであり一台あたりの追加コストが低い。そのため、技術で優位に立つメーカーが安価で売り出して一気に市場を寡占することはそれほど難しくない。特にハイブリット車のような複雑な機構と比べれば、その違いは明らかだ。

しかし、そうした技術的優位がもっぱら利益の最大化に使われるだけでシェアの獲得に使われないのであれば、それほど決定的な差別化にはならず、車自体の信頼性などで高い評価を得る日本勢がキャッチアップすることは十分可能であるようにも思える。

つまり日本メーカーは、自動運転関連の実用化が一番でなかったとしても、基幹技術の特許などを十分に抑えて先頭集団に遅れないようにピタリとついていくことが大事だろう。それができれば、今後も長期に渡って競争力を維持できる可能性は十分にある。自動車は、テレビや携帯などの電気製品で韓国に惨敗した日本にとって数少ない得意分野である。今後も世界市場での健闘を期待したい。


海外就労者は国民年金に任意加入した方が得か? -- このエントリーを含むはてなブックマーク

駐在員を除く海外就労者の場合、年金は在住国の制度に入るのが基本となっているため、
引退後は日本にいた頃の年金と海外で働いて得た年金を納付額に応じて受け取ることになる。

一方で海外在住であっても、日本の国民年金に任意加入して保険料を納めることもできる。あくまで任意加入なので、ある程度の経済的余裕のある人にとっては、保険料を納めるかどうかは純粋な投資判断となる。この投資判断をガチで検討してみようと思う。

1.国民年金は加入者に不利になりにくい仕組み

こんにちの日本人が持つステレオタイプからすれば、少子高齢化が進み政府の財政も悪化している日本で保険料を納めるのはバカ、ということになるのだろうが、実はこの投資判断はそんなに簡単ではない。

橘玲氏の著書 「お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方」 にもあるように、国民年金は厚生年金とは異なり強制的に納付させることが難しいため、投資商品として著しく不利なものにすることは制度設計上難しいのである。国民年金が2分の1を国庫負担として運営しているのも、元をたどればこうした背景があるからだ。

一方で誤解なきように付け加えておくと、強制徴収が可能な厚生年金が将来的に大きく払い損になることは巷で語られているように、かなり確度は高い。



2.いくつかのオプションの考慮

さらに国民年金には付加年金という任意の制度があるが、これはさらに投資商品としての魅力がないと成り立たない。そこで政府は付加年金をたった2年間受給すれば名目ベースでトントンになるという制度を設けている。仮に20年受給できれば、掛け金の10倍が返ってくる計算になる。したがって、もし保険料を納めるのであればこの付加年金にも加入するのが当然得だ。

次に、年金の繰り下げ受給について考えてみよう。つまり年金開始年齢を遅らせれば支給が増えるという仕組みのことだ。これが得かどうかはもちろん受給者が何歳まで生きるかによるが、基本的には繰り下げた方がメリットが大きい。より遅い時点から多くの金額をもらった方が「長生きする経済的リスク」に備えられるからである。

念のため、65歳からと70歳からの受給額を具体的に計算してみよう。現在、国民年金を5年繰り下げた場合の受給額は42%割り増しになる。平成22年生命表によると、20〜60歳のうちもっとも期待寿命が短い20歳男性のケースで平均80.1歳まで生きられる。この場合、65歳からなら10.1年、70歳からなら15.1年、年金を受け取れることになる。受給期間の比は1.50(=15.1/10.1)となるので、実は65歳から受け取ると想定した方が若干有利だ。
一方、期待寿命がもっとも長い60歳女性のケースでは、平均88.4歳まで生きられるので、受給期間の比は1.37となり70歳から受給の方が若干有利となる。しかもこれらの数字は、平成22年に亡くなった人から計算した値であり、将来の平均寿命はより長くなることが想定される。

現在の簡単な生命表は厚生労働省のサイトで見ることができる。いくつか他のケースを示しておくと、40歳男性では平均80.8歳、40歳女性なら平均87.2歳まで生きられる。 

3.現在の受給額を元にした試算

そこで以下では、付加年金に加入して70歳から受給というケースを考える。

現在の年金保険料は月額16260円。これに付加保険料の400円を加えると、16660円となる。
受け取る保険金は納付期間に比例するので満額の場合を計算すれば十分である。

40年間納付した場合の保険料を現在の価格で計算すると、
16660 (円/月) × 480 (月) = 7,996,800 (円)

一方、受け取り保険金は年額780,100円を42%割増で受給するため、
780,100 (円/年) × 1.42 = 1,107,742 (円/年)

となる。この比は13.85%となるので、納めた保険料総額の13.85%を70歳以降、
毎年受け取ることになる。年金は物価にスライドするのでこれは実質ベースの数字だ。
米100キロの保険料を納めると、毎年米13.85キロ分の年金を受け取れるという具合だ。

平均余命をもとに、70歳以降で何年間年金を受給できるかの期待値は上で示した通りで、20歳男性で10.1年 → 受け取りが納付の1.40倍
40歳男性で10.8年 → 受け取りが納付の1.50倍
40歳女性で17.2年 → 受け取りが納付の2.38倍
60歳女性で18.1年 → 受け取りが納付の2.51倍
となる。

4.将来の年金財政悪化を織り込む

日本では年金が破綻するという噂に事欠かないが、各種の資料を使えばそれなりにまともな試算を出すことは可能であるように思える。人口構成や生産性上昇率に合わせて、年金額を減らすマクロ経済スライドというものだ。現在の年金財政の問題は、このマクロ経済スライドが様々な政治的な力によってフルに反映されない仕組みになっていることである。例えば、物価も賃金も上がらない年には、年金の減額を抑制するというような仕組みが取られている。

そこで、将来にわたってこのマクロスライドがフルに適用されるケースを考えよう。財政の悪化に忠実に合わせて年金が減額されると想定するということだ。マクロスライドにも各種の前提があるので、必ずしも最悪のケースを想定することにはならないが概ね悲観的な推計だと言えるだろう。現在、マクロスライド率(年金を減額すべき率)は年0.9%などと報道されているが、団塊ジュニア世代が引退する頃には労働力人口の減少が顕著になるので、このスライド率は年2.0%に達する(下図)。これが掛け算で効いて年金額はどんどん減額されることになる。

マクロスライド

現在40歳の人が75歳の時に受け取れる年金をこの方式で試算してみると、年金は現在の58.3%に留まると試算される。すると、実質的な受給額は、男性なら納付の0.87倍、女性なら納付の1.39倍まで減る事になる。

年率換算すると、男性の場合は実質的な受給額の価値が年約0.4%のマイナス成長、女性の場合は年約0.95%のプラス成長となる。

現在、年齢が既にいっている人ならばマクロスライドが効いてくる前に逃げ切れるのでもっと貰えると言えるし、もっと若い人なら更に減らされる可能性が高いと言える。

5. 払った方が得か損か?

判断は資産運用の代替手段をどう見積もるかによるので、一概に結論を出すことはできない。

例えば将来にわたって年1%のインフレを想定した場合、円で金利ゼロの預金に寝かせておけばその実質的な価値は年に1%減ずることになるので、男女どちらのケースでも年金保険料を払った方が得になる。

年1%の国債で運用するなら、実質の運用利回りは0%なので、年金を払うのは男性なら損で女性なら得ということになる。

仮に株式投資で年3%で運用できるなら、男女とも自分で運用した方が得ということになる。

結局のところ投資商品としての国民年金は、運用でどの程度のリスクを取れるかに大きく依存してしまう程度の、非常に微妙なレベルの利回りだということだ。少子高齢化が進む日本では、国庫負担が2分の1だから払った方が絶対得という巷のフィナンシャルプランナーのアドバイスは必ずしも鵜呑みにすべきではないと言えるだろう。


モーレツに働くとカッコワルイのか? -- このエントリーを含むはてなブックマーク

安倍晋三首相が「働き方改革実現推進室」の開所式で「モーレツ社員の考え方が否定される日本にしていきたい」と述べたそうだ。

やりたいことはなんとなく分からないではない。日本では、労働時間の長さと労働生産性の低さが積年の課題になっている。一人当たりの年間労働時間(2013年、OECD)を見ると、日本の1735時間に対し、米国1788時間、ドイツ1388時間となっており、一時間当たりの労働生産性(2013年、日本生産性本部)では、日本41.3ドル、米国65.7ドル、ドイツ60.2ドルとなっている。日本にサービス残業が多いことを踏まえると、統計の数字以上に実際の労働時間は長く、労働生産性格差は低い可能性すらある。

経済規模や軍事力を背景とした交渉上の優位やIT分野でのイノベーションを活かす米国は別としても、余計な仕事を減らせばドイツ程度の生産性は達成できないだろうかと考えるのはおかしなことではない。一人当たりの所得水準を高くするには新しい需要を作り出さなければいけないので大変だが、短い労働時間で同じ量のものを生産するのはやらなければならないことが見えている分、実現しやすそうに見える。

そんな訳で着眼点は悪くないが、私は「モーレツ社員の考え方が否定される日本」と聞いた時に、違和感や非常に残念な感じがした。それがどこから来るのかといえば、相変わらず「皆で同じ価値観を持って働きましょう。価値観に合わない人はみんなで後ろ指さしましょう。」という村社会のルールで人を動かそうとしているところが古いからだ。

「モーレツ社員がかっこいい社会」の次に来るべきものは、「各自が周囲を気にせず思うように働く社会」であって、「モーレツ社員がかっこ悪い社会」でもなければ「ゆったり働く社員がかっこいい社会」でもない。

いつの時代もモーレツに働く一部の社員が会社や社会を豊かにしてきた。それは、管理の難しい部下をたくさん抱える管理職であったり、イノベーションを生み出す技術者であったり、未開の地に物を売りに行くセールスマンであったりした。そういうモーレツ社員を、会社はそれに見合う報酬を払うことによって報いるべきだし、他の社員は尊重する社会にしなければならない。一方、モーレツに働きたくない社員は、モーレツ社員がすぐ隣りにいても「自分はモーレツ社員ではないのでそこまで働かない代わりに安い給料でも良い」と我が道を行けば良い。

政治がそのためにすべきことは、現代の労働実態に即した法律を作ることや、その法律がきちんと遵守されるように運用することであって、相互監視によって価値観を強制することではない。

現政権になってからの日本の政治は、同調圧力によって国民を動かそうとすることが増えた。「イクメン」、「女性が輝く社会」、「一億総活躍社会」、「ブラック企業の社名公表」などがその代表例だろう。村社会を強化することによって、「育児負担の増加を強制される父親」、「家事育児と就労の両立を強制される女性」、「社会貢献を強制される高齢者」、「評判リスクに怯える企業」を増やそうとする政策だ。暮らしやすい社会とは法律を守っている限り個人が自由に活動を選択できる社会であって、国のために個人の行動が制約されるのでは本末転倒だ

90年代以降日本経済が衰退する中で、それでも日本が昔より良くなった面も確かにあると5年ほど前まで私は感じていた。プライベートを会社に縛られることは減り、転職は昔より容易になり、働き方は多様化し、結婚に関する価値観も多様化した。

その流れがいまの政権では逆転してしまったように思える。「日本を取り戻す」というのが「村社会を取り戻す」ということなのであれば、非常に残念なスローガンと言わざるをえない。


【就活】採用担当者が志望動機なんて聞いてどうすんの? -- このエントリーを含むはてなブックマーク

先ほどツイッターに

と投稿したところずいぶん反響があったので言いたいことをまとめておきたい。

日本の「シューカツ」においてはその企業への「志望動機」とやらが依然として重視されている。リクルートキャリアの就職白書2015によると、78%の企業が採用基準で重視する項目として「その企業への熱意」を選んでおり、その比率の高さは全項目中で堂々の2位になっている(ちなみに1位は「人柄」だそうだ)。

リクルート

確かに応募者が持っている「この職種につきたい」とか「この業界で働きたい」という希望を聞くことには合理性があるだろう。しかし、特定企業へのこだわりを重視することにどれほどの意味があるのだろうか。私も学生時代に就職活動をしたので各企業への志望動機は必死に考えた。しかし、フルタイムで何年か働いてみて感じることは、学生の頃に抱く企業へのイメージなど大した意味はなく、実際にそこで働いて見なければ実体は分からないということだ。そもそも同じ業界・同じ職種で、企業によってそこまで個人との相性があるかどうかは定かでないし、ましてやそんなことを外部から判断できるとは思えない。

そもそも採用側と応募者側の間には、募集するポジションと応募者とのマッチングに関して大きな情報格差があって、採用側が圧倒的に多くの情報を持っている。新卒の場合にはその差は特に大きい。採用側は、自分の会社なり組織にどんな業務があり、従業員がどのような条件で働き、どの部署でどんなタイプの人が活躍しているかを知っている。したがって、応募者が採用された場合にどういったところで活躍できるかかなりのところまで予測できる。一方、応募者の方は例え企業研究などをした所で非常に表面的な事しか分からない。採用側はそんな「素人」に自社の職場への空想コメントを並べてもらって何がしたいのだろうか。

もちろん、面接官が応募者に
「なぜ弊社を希望したのですか?」
と聞くのは別に悪いことではない。例えば技術系の職種であれば、その企業でやっている特定分野の開発に興味があるのかも知れない。また、横浜に住んでいる人がわざわざ岩手県の会社に応募したら、志望動機は何なのか採用担当者は気になるだろう。だが、ほとんどの応募者は、大まかな志望業界や特定の職種への関心があり、それに当てはまる企業をいくつか受けてみるという感じではないだろうか。それは別に排他的な選択をした結果ではない。

具体的に考えてみよう。損保会社で志望動機を聞かれた学生が、
「保険の新分野の商品開発に興味があるので損害保険会社で働きたいです」
と答えたとする。それに対して、
「なぜ他の損害保険会社ではなく弊社を希望するのですか?」
と重ねて質問するような採用担当者がいたら、
「冴えない面倒くさい面接官だな。」
と私なら思う。
会社案内を読んだくらいでは、損害保険会社の商品開発をする上で会社によって職場環境がどのように違うのかまで知ることは不可能だ。業界トップ企業なら待遇は良いかもしれないが、そんな自明な事を応募者に聞いてどうするのだろう。そこは、採用担当者が自分の会社をアピールして応募者に来たくなるようにさせるのが本来やるべきことだ。志望者を増やして採用側が損する事は何もない。

こんな愉快な話もある。私が日本の学生時代に、後に働く事になる職場に応募した際、リクルーターの方に「なぜこの会社に就職したのですか?」と質問してみた。するとリクルーターは「就職課に置いてあった応募ハガキの山のてっぺんから3枚取って応募しました」というのだ。3社とも名の通った企業ではあったが、業種も職種もバラバラだ。私はこの話を額面通りには信じていないが、今考えると就職活動に対するその人の精一杯の皮肉だったのではないかとも思う。

私は英語圏数カ国で就職活動をして、大学も企業も受けに行ったが「どうしてこの業界の中でウチに応募したのか」などというナンセンスな質問を英語で受けたことは一度もない。みな、その職場で働く事がいかにハッピーで素晴らしいかをアピールし、ほとんど見込みがなくても「君には是非来て欲しい」とラブコールを送るのだ。また、職場に採用候補者が訪れた時にそんな質問をしたこともない。採用するつもりで呼んでいるのだから、そこで自分の職場をアピールできずに無意味な質問で採用候補者を追い込めば、アンプロフェッショナルな印象すら与えかねないからだ。日本の「シューカツ」は世界の常識からはかけ離れている。

それでも日本企業の採用において「その企業への熱意」という不思議なものが重視され続ける理由は、もっと残念なところにあるのではないかと思う。

1つめは、内定者が辞退した時に人事部の採用担当者が責められるということだ。採用担当者としては、第一志望の可能性の高い候補者の方が安心だ。しかしそれは責任逃れをしたい人事担当者の私利私欲のためであって、実際に人を獲得する現場の職員は少しでも職務遂行能力の高い人を欲しているのではないだろうか。

2つめは、思い詰めた人を採用すれば多少の無理を押し付けても文句を言わず一生懸命働くだろう、という安心感だ。一生懸命やりさえすれば利益が出た冷戦時代の名残とも言えるし、ブラック経営の兆候とも言える。

3つめは、自社をアピールするための手法として利用出来ることだ。「我が社はこんなに凄いんです」とアピールすれば誰もが怪しむが「我が社の凄い点を考えてください」と言えば(結論は所与なのに)自分で考えたような気になり、納得感が高まるのだろう。宗教が、繰り返し信者に修行をさせて忠誠心を高めさせるようなものだ。

いずれにしても、まともな労働環境の職場を作るのに「企業への熱意」とやらが好ましいとは思えない。

もう、採用候補者に意味のない質問ぶつけて疲弊させるのは止めてはどうだろうか?

それとも、「キチョハナカンシャ」の次は「オンシャシャフーマッチ」でも流行らせますか?


最低賃金は大幅に上げるべき -- このエントリーを含むはてなブックマーク

政府が最低賃金(全国平均)を1000円に引上げる方針を発表した。現在の最低賃金は、798円なので約25%増ということになる。当面は年3%程度引上げる計画のようだ。一見それなりに大きな目標に見えるが、様々な点を考察すると、むしろ年3%では遅過ぎるくらいであるということが分かる。各方面から、点検してみよう。

1.経済学の基本的な考え方

自由で完全な競争が成り立っている経済では、最低賃金引き上げは単に雇用を減少させる。賃金は既に需給によって決まっているのだから、最低賃金を800円から1000円にすれば時給800円や900円の仕事は単に消滅してしまうというわけだ。その結果、失業率が上昇するから生産水準も低下する。

しかし、実証分析の分野においては賃金引き上げの雇用や景気への影響は必ずしも明らかでない。転職活動のコストが高い場合には、労働者が不当に安い賃金に甘んじたりする場合には最低賃金引上げは望ましいし、仮に雇用を減少させる効果があっても雇用調整に時間がかかっている間に、所得の増加が景気をよくしたりすることもあるからだ。

2.海外との比較

日本の最低賃金は、所得中央値(100人中50〜51番目の人の所得)の39%(2014年、OECD調べ)でOECD加盟国28カ国中25位である。これは実質所得が3万ドルを超えるOECD加盟国の中では、米国(37%)、チェコ(37%)に次いで低い。フランスは61%、イギリスは48%である。多くの東欧諸国や韓国などでは30〜40%前後だった最低賃金を過去15年の間に40〜50%まで引上げた。チェコは最低賃金は低いが、ジニ係数(所得のばらつきを表す指標)で見た貧富の格差は世界最低水準で、全体として社会福祉が機能していると言える。残るのは米国と日本だけだ。

最低賃金2014

その米国でも、近年引き上げの動きが相次いでいる。米国の最低賃金は国や州、市が下限を決める方式をとっている。例えば、国全体の最低賃金は7.25ドルだが、イリノイ州では最低賃金が8.25ドルなので、イリノイ州の雇用主は賃金を8.25ドル以上にする必要があるという具合だ。民主党は、7.25ドルの最低賃金を2020年までに12ドルに上げる法案を提出した。これは民主党の提案は選挙対策としての一面があるにしても、各州や各市でも生活費の高い都市部をかかえる州を中心に大幅引き上げが相次いでいる。報道されているように、LA、シアトル、サンフランシスコなどでは段階的に15ドルまで上げる法案が可決された。マサチューセッツ州では、2017年1月までに現在の9ドルを11ドルに、ハワイ州では現在の7.75ドルを2018年1月までに10.1ドルに段階的に引き上げられる(各州の最低賃金のまとめ)。

日本の最低賃金引き上げは、国際的に見ると完全に外堀を埋められた状態と言って良い。

3. 日本の現況

(1)雇用環境

経済学の見地からにフラットに考えると、最低賃金引上げにあたっては失業率の水準が一つのキーになるだろう。最低賃金の引き上げによる負の影響は、主に失業の増加だからである。日本では、失業率が3.1%と20年ぶりの水準まで低下、有効求人倍率も1.24と23年ぶりの高水準を維持している。この水準は他国との比較でも雇用需給がタイトであることを示しており、最低賃金引上げには追い風のように見える。

(2)生活の維持

最低賃金労働者の生活の維持という観点からしても、現在、最低賃金の引き上げは必要度合いが高い。私が高校生だった90年代、首都圏(都外)のファーストフード店の時給は600円代後半だった。当時は団塊ジュニア世代が学生であり、アルバイトの確保は容易だったのも一因だろう。しかし最低賃金が今ほど問題になる事はなかった。これは、働き手が多かったということのみならず、団塊世代の多くが安定した豊かな暮らしを送っていたために、その扶養下にある子供の時給が低くても社会的な問題にはならなかったのである。学生は親から十分な生活費をもらい、もっぱら遊ぶための金をアルバイトで稼いでいた。最低賃金労働者が自活したり、学費や生活費を自分で稼いだり、という現在では当然、話は違ってくる。

(3)国際競争力への影響

最低賃金を上げれば、賃金が上がった人は喜ぶに決まっている。一方で、他国との価格競争を行っている製造業では競争力が低下する。しかし、そうした問題も重要ではないように見える。第一に、日本の輸出依存度は15%(2014年)に過ぎず、最低賃金引き上げが経済にプラスとなったと言われるドイツ(同39%)の4割程度に過ぎない。第二に、近年の円安で多くの輸出企業の損益分岐点はかなり下がっている。第三に、近年では国内の労働力不足や電力供給の不安定をきっかけに海外移転が進み、そもそも国内のコストが輸出量にあまり反映されない体質になっていることがあげられる。

(4)相対賃金をどうしたいか

最低賃金を上げた時に相対的にデメリットを受けるのは、当然ながら最低賃金よりも高い賃金をもらっている層である。日本の競争力が低いのは専門性が低く年齢ばかり重ねた正社員の賃金が年功序列によって高過ぎることであるが、最低賃金の引き上げはこうした歪みを是正する効果がある。これは国全体にとっては望ましい事のように思える。安倍政権は年2%のインフレを達成するために、賃金も年2%程度上げたいと考えているようだが、相対的な賃金水準をどうしたいかという視点が欠けているように見える。余裕のある大企業に賃上げを要請した時に起こる事は、いわゆる「大企業のおじさん達」の賃金を更に上げることに他ならない。むしろ、歪みを拡大させようとしてきたことになる。

(5)消費増税の影響緩和

2017年4月には2%の消費増税が行われる予定だ。この時、もっとも影響を受けるのは支出の自由度が低く消費性向が高い低所得者層だ。食料品への非課税措置が検討されているのも、元をたどればそれが理由である。より効率的な政策は、低所得者層への給付を行うことだが、最低賃金の引き上げは少なくとも勤労者世帯についてはもっと望ましい政策だ。働かない人にお金をばらまくのと、働いても貧しい人の賃金を上げてあげることのどちらが好ましいは明らかだろう。

(6)物価や小売店への影響

最低賃金を引上げると、ファストフード店など低賃金労働者を多く使う業態では値上げや利益圧迫が問題となるように思えるが、実際には逆だ。業態によって異なるが、低価格飲食店の人件費比率は25%程度である。仮に全ての人件費が最低賃金だったとしても、
25%の賃上げによってコストは6%程度上昇するに過ぎない。同じ利益率を確保するための値上げ幅は8%弱に留まる。380円の牛丼は410円程度になるが、それを利用する最低賃金労働者の収入は25%増加するのだ。総じて最低賃金引き上げの「低価格産業」に対する影響はプラスだと考えられる。


こうして見ていくと最低賃金引き上げは、かなり勝算の大きな賭けであるように見える。「消費増税が9割」の日本の経済政策であるが、それを実施するためには、経済的弱者の救済と有権者の支持は必須だ。増税の影響を緩和するためにも、2〜3年のうちに最低賃金を2割ほど引き上げて、他の先進国と同水準にするのが政治的のも経済的にも望ましいのではないだろうか。


小学生にも分かる「ユーロを取り巻く国々が考えてること」 -- このエントリーを含むはてなブックマーク


ギリシャの財政破綻で話題になっているユーロ問題。
たくさんの国の利害が絡み合っていて難しいが、
小学生にも分かるようにユーロをとりまく国々の思惑を一言でまとめるとこんな感じではないかと思う。

【ユーロ導入済み国】

独「1つの欧州って意味不明だけど利用できる幻想は利用すればいいや。」

仏「ユーロって無茶苦茶だけどドイツの独走だけは止めなくちゃ。」

墺、蘭、ベルギー、フィンランド、ルクセンブルグ
「俺たちに迷惑かけずに、大きい国だけで解決してくれよな。」

アイルランド「もうちょっと待って!そのうち上位の国に追いつくから。」

伊、スペイン、ポルトガル「明日は我が身・・・。」

ギリシャ「ユーロって何なの?でもドイツと同じ通貨ってカッコいいよな。」

リトアニア、ラトビア、エストニア、スロバキア
「ギリシャとか単に努力不足じゃね?
小さくて貧しい国が大きくて豊かな国救うとかマジ勘弁。」

【ユーロ導入予定国】

デンマーク、スウェーデン「ユーロやばくね?無かった事にできないの?」

東欧諸国@ユーロ未加盟「難しいね・・・。」

【ユーロ非導入国】

英「ユーロw 大陸の奴らってアホなんじゃないの?」

アイスランド「ごたごたに巻き込まれなくてよかった。危機の国は離脱すればいいのに。」

ノルウェー「俺、金持ちだから関係ねーし。」

スイス「混乱続きのユーロのせいで、いろいろ迷惑被ってる。」


節約型早期リタイアについて考察してみる -- このエントリーを含むはてなブックマーク

先日ネットサーフィンをしてところ、「一日不作一日不食」というブログの「セミリタイアするにあたって影響を受けたブログ5選」という記事にたどり着き、どうやら日本には、特段大きな資産を築いたわけではなくても、40歳前後で引退して節約生活(といえば聞こえは良いが、多くは極貧生活)に入る人や、そうした節約型早期リタイアを目指している人が結構いるということを知った。

昔からこうした人はいたのかも知れないが、多くの人がネットでその生活を紹介しているのは、節約型早期リタイアとネットの親和性が高いからだろう。こうした人の多くは、リアルの人付き合いをあまり好まない一方、ブログなどをつける時間は十分ある。また、そうした生活を紹介する事でアフィリエイターとして若干の収入が得られるというのも大きそうだ。

mushoku2006さんの「年間生活費100万円! 36歳からのドケチリタイア日記」の生活費内訳を見ると、その節約の凄まじさが分かる。月の食費は9千円、食べ物はほぼ、食パン、豆、卵、トマトジュース、もやし、サバ缶、たまに安い肉だけという感じである。この方は、年間の生活費を100万円に抑えることを目標にして9年ほど前にリタイアしたようだ。

他の国にこういう人がどれくらいいるのかは知らないが、米国で暮らしている感じでは、周到な計画を立ててそういう生活を目指している人はあまりいないように思う。日本にそうした人達が多くいる背景は何なのだろうか。

1.なぜそこまでして早期リタイアを目指すのか

まず考えられるのは、日本の職場の労働環境が厳しいことだろう。上司や顧客からのプレッシャーが大きいとか、労働時間が長いということもあるだろうし、そもそも、会社自体が共同体としての役割を果たす日本企業の文化が、生まれつき肌に合わないという人もたくさんいる。

もう一つは、失礼を承知で言えば、節約型早期リタイアを考える人達は、思考回路としてはコミュ障とか引きこもりと呼ばれる人に似ていることだと思う。そうした人は、生活上必要ならば常識人として振る舞うこともできるという器用さを持ち合わせているものの、できればそうしたくない、そのための苦労を厭わない、という考えを持っているようだ。これは、日本の労働環境が厳しいということの裏返しでもある。

社会制度の観点から大きいと思うのは、福祉制度を格安で利用できるという点である。一番大きいのは、国民健康保険の存在だろう。自治体にもよるが、所得がなくなれば、保険料は年間で2万円ほどで済むケースが多い。介護保険や後期高齢者支援金を入れても、年間4万円程度だろう。国民年金も所得がゼロなら全額免除が通る。また、貯金が底をついても、その時働けないほど高齢者になっていれば生活保護も需給可能だろう。国保はともかく、介護保険や国民年金は高齢者以外にとっては極めて不公平感が強い制度であるし、生活保護も同様だが、早期リタイアによってこうした問題は一挙に解決して得する側に回ることになる。

例えば米国では、仕事を失うのと同時に健康保険を失うのが通常だ。65歳以上になれば国が提供する高齢者用保険のメディケアに入れるが、それまでは、一部の富裕層を除く大多数の人にとって仕事を辞める選択肢は事実上ない。

更に言えば、その他の行政サービスも時間のある無職者の方が大きな恩恵を受けられる。公立図書館は無料で利用出来るし、市民館やコミュニティーセンターなども思う存分使える。忙しいビジネスマンが、駅前の本屋で本を買い、スポーツクラブで汗を流すのを横目に、ほとんど同じサービスを格安で受けられる。

こう考えていくと節約型の早期リタイアとは、当事者が意識しているか否かにかかわらず、いまの社会の仕組みに対するアンチテーゼになっているといえる。


2.節約型早期リタイアのデメリット

こう書いていくと節約型早期リタイアはいい事ばかりで、まさに日本では「働いたら負け」なのではないか、とも思えてしまうが、良い事ばかりではない。もちろん、「張り合いがなくなる」とか「時間を持て余す」などという意見は、早期リタイアを目指すような人にとっては百も承知だろうから、大した障害にはならないだろう。しかし、早期リタイアを不利にするような社会の仕組みも確実に存在する。

経済的な面で言えば一番大きいのが年功序列賃金だろう。節約型早期リタイアは、かなり周到な資金計画が必要だが、伝統的な日本の組織の賃金制度は年功序列なので40歳そこそこで退職すると「一番安月給で働かされる時期」だけ働く事になる。これは、早期リタイアを諦めさせる経済的要因としては一番大きいだろう。

もう一点は、無職者に対する社会的な風当たりが強いことだ。例えば、借家を借りるにしても無職者では断られることもある。もちろん、米国などでも借り主の支払い能力は審査されるが、あくまで大事なのは支払い能力であって、無職で信頼できないからダメという埒のあかない状況とは違うように思う。無職者に対する風当たりの強さをもっと観念的に表しているのは、日本が社会主義国でもないのに憲法に「勤労の義務」がうたわれている事である。

3.いざ節約型早期リタイアを目指す方に

さあ、デメリットも考慮した上で「働いたら負け」の信念は変わらず、いざ節約型早期リタイアを決心したとしよう。「資産の確保」と「住居の確保」は、現実的な二大経済問題だ。これに関して私の提案は以下のようになる。

(3-1) 「資産は全力で積極運用せよ」

資産運用の基本は「取れるリスクは取れ」ということだ。高齢で働くことができず、虎の子の1千万円で5年暮らさなければならないというような状況ではリスクを取れないが、20代でこれから収入がある人なら全財産を失ってもやり直しがきく。早期リタイアは、まさに「働けるけど敢えて引退」を目指しているのであるから、「働けるけど」というオプションの価値を活かして、全力でリスクを取るのが合理的である。私なら大半を株式で運用するだろう。その結果、財産の大半を失ってリタイアが遅れる可能性があっても、5年分の唯一の生活費を投資で溶かしてしまった老人よりは、ずっと状況が良いということだ。

リタイア後はどうであろうか。さすがに引退前よりは保守的にならざるを得ないだろうが、依然として積極サイドにふった運用をすべきであろう。一つの理由は、若いうちは再度働くというオプションが残されていることだ。実際にそうなればかなり憂鬱だろうが、それでも「無一文で働けない老人」よりもずっと状況は良いはずである。もう一つの理由は、死ぬまでの期間の長さだ。資産運用の結果は投資期間が長いほどならされるので、最終的にその方が得になることが多い。

そもそも、例え早期リタイアしたとしても経済は常に変化する。物価の変化や社会制度の変更のリスクは、個人ではどうにもできない。したがって、いずれにしてもある程度のリスクを勘案してリタイア時の資金計画をつくることが必要であり、リスクを取らないことよりも、経済イベントに応じて計画を変更していく方が重要である。そして、計画全体の期間が長いほど、穏やかな計画の変更によって対処できるはずである。

(3-2) 「家は買うな」

毎年の支出を考えれば、地方に格安の不動産を買ってそこに住むことで家賃を浮かせるというのは魅力的な手段に映る。実際、格安リゾートマンションで生活しているという人もいるようだ。しかしこれはお勧め出来ない。早期リタイアという超長期の計画の中で考えると、日本の不動産は値下がりする可能性が極めて高いからだ。現状の日本政府のポリシーミックスでは、長期的に価格が維持出来る可能性があるのは、東京23区とその周辺等ごく一部の環境の良い住宅地に限られる。さらに、仮に購入価格が格安であってとしても、その不動産にいつまでも正の価値があるとは限らない。百万円で買ったマンションの管理費や修繕積立金が上がり続け、買い手がつかないまま、これらの費用や固定資産税を払い続ける、というハメになるリスクも低くない。また、建物が老朽化して建て替えになった時のリスクも大きい。

無職者の賃借が難しいという点を勘案しても、あくまで住宅の購入は最終手段と考えるべきで、「賃貸+株式などの資産運用」が、「もっとも勝てる可能性の高い」ポートフォリオと言えそうだ。


さて、他の人よりずっと早く仕事のストレスから解放される「節約型早期リタイア」について一通り見てきたが、その魅力はどうだっただろうか。

個人的には、(既に30代後半で時遅しという点を抜きにしても)「うーん、僕は遠慮しておこうかな」という感じであった。


1から分かるトヨタの種類株ーAA型種類株はなぜ投資家に有利なのか? -- このエントリーを含むはてなブックマーク

トヨタがAA型種類株という特殊な株式を発行出来ることが株主総会で決まった(詳しい内容はこちら)。様々なメディアが一般向けに解説をしているが、仕組みが一から分かるような説明があまりないようなので、ここで説明してみたい。

結論から言うと、この種類株は投資家にとって非常に得な条件で発行され、一方のトヨタは無駄金を使うことになる。発行価格がまだ決まっていないのにどうしてそう断言出来るのかを以下で説明する。

1.AA型に似た仕組み ー 転換社債(CB)

AA株は、5年間で年1.5%という確定利回りが保証されている一方、トヨタの普通株式に予め決められた転換できる権利がついているので、株価が大きく値上がりした場合には普通株に転換して利益を出せるようになっている。「確定利回り+転換権」という組み合わせはCBと似た仕組みである。そこで、まずCBの仕組みを復習してみよう。

CBが企業にとってメリットをもたらすのは、「普通株への転換」という通常よりも低い金利で借り入れが可能だからである。CBと普通社債(SB、固定金利での借り入れ)を比較してみよう。例えば、企業は債券発行にあたり、典型的には次のような2つの選択肢を持っている。

(SB)満期5年、利回り1%
(CB)満期5年、利回り0.5% + 株式への転換権つき。

つまり、株式への転換権という「おまけ」を付ける事によって、借り入れの金利を安くするのが企業側にとってCBを発行するメリットだ。

もちろん企業にとってのデメリットもある。例えば、株価が800円の企業が1億円のCBを発行し、一株あたり1000円で株式に転換できる権利を付けたとしよう。満期が来た時に、その企業の株価が1200円になっていたとすると、1億円のCBは、
(1億円)➗(1000円/株) = 10万株
に転換される。CBの持ち主には1200円のものを1000円で買うので得になるが、企業や既存の株主にとっては、市場より安い価格で新たな株式が発行されるので損になるというわけだ。しかし、そもそも株価が大幅に上昇するというシナリオは企業にとってはポジティブなので、そのデメリットは発行時点ではあまり問題にならない。

2.AA型の高過ぎる利回り

AA株の問題は、「株式への転換権」というおまけがついているにもかかわらず、利回りが5年で1.5%と非常に高いことだ。同時期に条件が決定された米アップル社の円建て5年債の利回りは0.35%である。アップルもトヨタも共に信用力の非常に高い企業であることを考えると、1.5%がいかにお得かが分かる。話を簡単にするため、0.35%のSBと1.5%のCBの信用度が同じ程度だとして比べてみよう。

(SB)満期5年、利回り0.35%
(CB)満期5年、利回り1.5% + 株式への転換権つき???

株式への転換価格の条件がどうなろうとも、「おまけ付きで利回りも高い」という時点でお得すぎる条件になっている。トヨタは、転換価格についてはマーケットに委ねて決定しようとしているが、8,234円(6/19現在)の普通株への転換価格が1万円になろうと2万円になろうと、「おまけ」である転換権の価値がゼロを下回ることはない。投資家に取って有利な条件にしかなり得ないのだ。

3.投資家にとっての落とし穴

上のようにAA型は投資家に有利な条件で発売されることが確定しているが、もちろん、注意点が全くないわけではない。

1つは、5年間譲渡ができないという流動性の制約である。これは、自由に低利での借り入れができない個人投資家にはデメリットであるが、余裕資金を運用する富裕層などにはあまり大きな障害にならないだろう。さらに、ファイナンスが比較的自由にできる金融機関や大企業、一部の機関投資家にとっては、大した障害にならないと言える。

もう1つは、利払いの確実性が普通社債(SB)に比べて劣るという点である。利払いについては、債券というよりも優先株(固定利回りで、普通株の配当に優先するが、社債の利払いより優先順位が落ちる金融商品)に近いと考えられる。しかし、自動車会社という業態は、電機メーカー等に比べ、短期•中期的には経営が安定していると考えられており、それほど大きなデメリットとはならないだろう。

4.トヨタにとってのメリットは?

トヨタは、この株式を安定株主の増加のための施策として位置づけているようだ。もちろん、そうした効果はある程度あるが、残念ながら今回のスキームはそのためにベストなものにはなっていない。

トヨタは、AA型種類株を普通株に1:1で転換する権利を付与し、その株数に応じた議決権を付与すると述べている。例えば、転換価格が現在の株価と同じ8234円だとして、AA株の発行価格が1万円であれば、トヨタは1万円の調達に対して1株分の議決権しか発行出来ない。しかも、上記の2.でみたように、AA株の利回り条件は非常に投資家に有利となるため、転換価格は非常に高くなる可能性が高い。例えば現在の株価の約2倍、1万6千円でAA型を発行すれば、同じ払い込み金額に対して、トヨタは半分の議決権しか発行出来ないことになる。要するに、議決権を増やすためには効率の悪い方法だと言えるのだ。

5.トヨタの株価への影響は?

結論から書けばネガティブだが、破壊的に大きな影響はないと言える。

ネガティブな点は二つある。一つは余計な金利を払う必要があるという点であり、もう一つは事実上の債券ホルダーが議決権を持つ事により、経営がより保守的になるという点である。もっとも、2つ目の点は、むしろトヨタの経営陣はポジティブな側面だと考えているようだ。これは「会社は株主の物ではなく、債権者や従業員を守るために存在する」という日本的な価値観の裏返しである。

一方で、破壊的に大きな影響が生じないのは、トヨタがAA型新株発行に合わせて、普通株を自社株買いするためだ。そのため、今回の新株発行で株式数が増えすぎて利益が希薄化するということはない。


6.「AA型種類株バーゲンセール」の原資

トヨタが余計な金利を払ってまで保守的な株主を増やせる余裕はどこから来るのだろうか?個別にトヨタという企業を見れば、発展途上国を始めたとした自動車需要の拡大、という追い風があるだろう。

しかし、もう少し大きな視点を持てば、先進国が巨額の政府債務を解消するために国債金利を人工的に低く抑え、その波及効果として、大企業が多額の資金を格安で調達できるようになったことが背景にある。米国の近年の株高も、自社株式を買い取って、低利の借り入れに置き換えることで支えられている面が大きい。トヨタの種類株発行も、その大きな流れに乗って、経営に問題が生じない程度で贅沢をした、といったところだろう。


リー・クアンユーとシルバー民主主義 -- このエントリーを含むはてなブックマーク

シンガポール元首相のリー・クアンユーが亡くなった。これを機会に、歴史上類を見ないリーダーシップをもって新たな国を建設した彼を通して、日本の民主主義について再考してみよう。

あなたは、シンガポールという国についてどれ位知っているだろうか。地球儀で見ると、シンガポールはマレー半島の南端にあるとても小さな国だ。面積はわずか707平方キロと東京23区とほぼ同じくらいしかない。一方この国は、資源も出ないにもかかわらず、世界で最も豊かな国の一つだ。IMFによれば、2013年の国民1人あたりGDP(購買力平価ベース)は約7万9千ドルと、日本の約3万7千ドルの2倍以上に達する。人口の非常に小さな資源国やタックスヘイブンを除けば、シンガポールほど豊かな経済を持つ国は他に存在しない。この国の名目GDPは、過去50年あまりの間に実に400倍以上にも達したのだ。さらにこの国を特殊なものにしているのはその政治体制である。資源国などの例外を除く他のほぼ全ての経済的な先進国が民主主義を採っているのに対して、この国は名目上は選挙制度を持ちながら事実上の独裁体制を敷いてきた。そして、そのシンガポールを建国し、長年率いてきたのがリー・クアンユーであった。

民主主義は、少なくとも長期的には、政権の腐敗を防ぎ持続的な成長を可能にする、現状ではベストの政治体制である、と先進国の大多数の国民は考えてきた。しかし、シンガポールのような開発独裁国家の半世紀以上にわたる成功は、その前提にも疑問を投げかける。民主主義は本当に、経済成長や厚生水準向上のためにベストな方法なのだろうか?あるいは一歩譲って、これまでの百年あるいは二百年は大雑把に言ってそうであったとしても、これからもそうであり続けるのであろうか?

現在、多くの先進国はかなりの速度で高齢化しており、民主的な意思決定の合理性が損なわれることが懸念されている。リークアンユーは、Lee Kuan Yew: The Grand Master's Insights on China, the United States, and the World (邦訳:リー・クアンユー、世界を語る)の中で、民主主義が成功するには様々な前提条件が必要だと述べている。その中で興味を惹くのは、一人一票の民主主義に対して述べた次の部分だ。

And whether you have one person, one vote or some people, one vote, or other people, two votes, those are forms which should be worked out. I am not intellectually convinced that one person, one vote is the best. We practice it because that is what the British bequeathed us, and we have not really found a need to challenge that. But I am convinced, personally, that we would have a better system if we gave every person over the age of 40 who has a family two votes, because he or she is likely to be more careful, voting also for his or her children. He or she is more likely to vote in a serious way than a capricious young person under 30.... At the same time, once a person gets beyond 65, then it is a problem. Between the ages of 40 and 60 is ideal, and at 60 they should go back to one vote, but that will be difficult to arrange.


(拙訳) 一人一票か、ある人は一票でまたある人は二票か、そんな仕組みはいずれも成り立つはずだ。私は理論的に一人一票がベストだという意見には説得力を感じない。我々がそうしているのは、英国がその制度を残して、それに敢えて反論する必要性がなかっただけのことだ。しかし、私は個人的には、もっと良い仕組みがあると思っている。40歳を超えて子供を持つ人には2票与えてはどうか。なぜなら、それらの人は注意深く、子供のためにも投票するからだ。そういう人は、気まぐれな30歳未満の若者より真剣に投票するだろう。一方で、65歳を超えた人も問題だ。40〜60歳が一番理想的で、60歳を超えたら一人一票に戻す。しかし、そうした仕組みを整えるのは困難だろう。



日本では高齢化が進む中、多数派を占める中高年や高齢者が、雇用、年金、介護、保険といった制度を、自分たちの世代に所得移転しやすいように維持、変更してきた。しかも、団塊ジュニア世代の高齢化や、足元の出生率の低さを踏まえると、この構造は今後30〜40年の間に、弱まるどころかかなりの勢いで強まることがほぼ確実である。制度を持続可能にする小変更を随時おこなっていったとしても、現役世代一人当たりの経済的負担は更に高まる公算が高い。現在30代や40代の日本人は、どちらかというと現在の高齢者の厚遇ぶりに不満を口にすることの方が多いが、むしろ自分たちの子供や孫の更に大きな負担を押し付けることを心配しなければならない、という方が合理的な結論なのである。

一方、シンガポールの年金制度は、こうしたシルバー民主主義の危険性を踏まえて、労働者が賃金の20%、雇用主が17%を強制的に積み立てさせられるという積み立て方式を採っている。健康保険も、積み立て式に貧困層向けの保険制度を組み合わせた制度だ。労働者の解雇は合理的な理由がなくても自由な一方、若くても優秀なら管理職につける。シンガポールの出生率は日本を下回るほど低いが、計画的な移民の受け入れと自己責任の社会保障制度を組み合わせることで、明るい将来像が示されている。

日本のシルバー民主主義は、現在のところ、言葉の壁という強力なバリアーの存在によって安定的に運営されている。いくら日本の若者が社会に不満を持ったところで、まさか日本語の使えない海外には逃げないだろう、というわけだ。しかし、今後、世代間不公平が臨界点に達し、優秀な若者から順に日本の民主主義を捨てて独裁国家のシンガポールに移住、などという笑えない状況にならないことを祈るばかりである。


テーマ : 政治・経済・時事問題
ジャンル : 政治・経済

若者が草食化した本当の理由 -- このエントリーを含むはてなブックマーク

近年、日本では草食化男子なんてキーワードが一般的になった。最初の頃こそ「モテない肉食系女子の言い訳」などと揶揄されていたが、下のグラフを見て欲しい。ほんとうに最近の大学生は草食化しているようだ。

草食化
      (出所:中日新聞)

かつて理系大学生のマジョリティーであった「肉食系コミュ障非モテ」に属していた僕としては(彼女がいないという結果は同じなわけだが)驚きを禁じ得ない。なぜ若者はこんな風になってしまったのだろう。中日新聞はこれについて「相手に束縛されるのを嫌がったり、勉強を優先したいからとの理由」などと何だかほんわりと耳あたりの良い理由でまとめている。

しかし、本当の理由はそんな生易しいものではない。断言しよう。「大学生は恋愛できないほど経済的に貧しくなってしまった」のだと。次のグラフはその状況を如実に表している。

仕送額
(出所:不動産ジャパン

大学生が受け取る仕送り額から家賃を引いた、いわば「可処分所得」は、過去20年あまりの間に、7万3800円から2万7700円となんと6割以上も下がってしまった。いくら恋は盲目といえど、「彼女にアクセサリーをプレゼントする代わりに食費は月1万で抑えよう」などというのは「一ヶ月1万円生活」の濱口なんかを見れば、本当に自分で魚を捕まえに行くくらいの「肉食」でなければ無理であることは一目瞭然だ。更に駄目を押すように、20年前に比べて、携帯代やネット接続料など必需品の項目はむしろ増えている。

「仕送りが減ったのは親が自己チューになったから?」かと言えば、もちろん答えはノーだ。下の大学生のいる世帯の世帯年収は、過去約20年でなんと200万円も減少している(物価は多少下がっているがこの減少率ほどではない)。むしろ、仕送りを減らしたくらいではまだまだ家計が苦しいという状態なのである。

世帯年収
(出所:私立大学新入生の家計負担調査、東京私大教連)


「昔だって大学生は貧しかったよ。でも、バイトしてなんとか恋愛してた。」なんて声も聞こえて来そうだ。僕が大学生だった頃、仮眠の取れるバイトなどを組み合わせて月300時間バイトしていた友人がおり、しかも彼は4年できっちり卒業したのだが、現実はそんなに甘くないようだ。

調査は昨年10月、全国の大学生4070人を対象に実施、インターネットを
通じて大学生活全般や社会観について尋ねた。それによると、1週間の平
均通学日数は4・4日で、授業への出席率は87%。授業で出された課題を
きちんとこなしていく学生も87%と高率だった。

近年は単位認定に当たり、教員が出席を厳しくとったり、リポートの提出状
況を重視したりする傾向にある。これが影響して出席率は上方で推移する
ものの、積極的に授業に参加しようという意欲は低いことがわかった。

(出所:読売新聞調査、「大学教員の日常・非日常」経由)


つまり、大学が真面目に授業をやるようになったし、大学生は就職のためにも成績は大事だからという事で、止むを得ず授業には出席するようになったので、バイトする時間も限られるという状態なのだ。また、かつては、大学生の花形バイトといえば家庭教師や塾講師だった。私が大学生の時は塾で5000円以上の時給をもらっていたし、私の知り合い等は山梨在住で「有名大学生が回りにいないから」という理由で家庭教師ですら時給5000円もらっていた。しかし、所得の低下と少子化が進んだ今では夢物語だろう。

今では、週10時間くらいのバイトはむしろ生活費を補うために必須であり、彼氏・彼女と遊びに行って散財するなどというのは、叶わない贅沢なのだ。生活費は仕送りで賄い、サークルや恋愛の出費は少し授業をさぼりながらバイトで賄った20年前の大学生の経済事情とは隔世の感がある。

「でも、もしかしたら、娯楽の値段も下がっているかも?」などと考えた読者には、その一縷の望みも叶わないという冷酷なデータが以下だ。

TDL入場料

なぜ、若者がそんなに貧しくなる中で、入場料は上がっているのだろうか?理由は簡単、ディズニーランド(ディズニーシー含む)の入場者数は1984年の一千万人から2013年には三千百万人とうなぎ上りだからなのだ。

そういえば近年、大学には留学生は増えているが、ディズニーランドにも外国人観光客が増えた。そのうち裕福な男子留学生が見た目華やかな肉食系の日本人女子と恋愛し、女子留学生は積極的でない草食系男子から将来有望な結婚相手を捕まえる、などという構図になるのは想像に難くない。

結局、経済成長しない国というのはそういう運命なのである。


高すぎる日本の住宅リフォーム -- このエントリーを含むはてなブックマーク

日本では、過去20年あまりの間に様々な物やサービスの値段が安くなった。米国に住んでいると、文房具、外食、衣料品など、日本に比べて質が低くて高いと感じるものが多い。しかし、日本で相変わらず手つかずのまま残っているのが住宅リフォーム市場である。現在の日本の住宅リフォーム市場は、衣料品に例えるならば「ジャケットから靴下に至るまで全部、伊勢丹で定価で買ってるような状態」と言えば良いだろうか。とにかく値段が驚くほど高いのだ。

例えば、トイレの修理。日経新聞1月29日付の記事によれば、便器の交換費用は工賃込みで20〜30万円が目安だそうだ。米国では、便器が100ドル、工事が100ドルで計200ドル(約2万円)くらいである。日本の便器が、ウォシュレットなど各種最新装備で最高性能であることはよく知られるが、それにしても10倍である。ネットで日本では最低限の設備に交換したとしても6万円程度はかかるようだ。それでも3倍だ。

高いのは便器の交換に限らない。洗面台や内装を全部やり直すと日本では40〜50万円はかかるようだ。一方、我が家では、便器の交換に加え、床材をクッションフロアからタイルに張り替え、壁の塗り直し、洗面台やタオル掛けなどの全交換を行ったが、工賃込みで1300ドル(13万円)弱程度だった。ちなみに面積は2.3平方メートルほどと日本の平均的なトイレの1.5倍ほどある。

窓の交換も驚くほど高い。同記事によれば、窓枠を含む二重ガラス窓への交換は(一窓あたり)20万円が目安だという。米国でコンドミニアムを購入した際に17の窓を二重窓に交換したが、工賃込みで5100ドル、一窓(二枚)あたり300ドル(約3万円)であった。日本の方が一窓あたりの面積が広いことが多かったり、雨戸のレールがあったりと費用がかかる点はあるにしても、6〜7倍というのは極端な差である。

どうしてこんなにも、値段に差があるのだろうか。もちろん、便器をはじめとして品質の差で説明できる部分もあるだろう。しかし、それならばなぜ日本ではそんなに「高品質」なリフォームが行われるのか。

最大の理由は、顧客が非常に裕福であるというものである。いま、リフォームを発注するのは50〜60代の経済的に恵まれた世帯が中心だ。また、同記事によれば、老後、現在の家に住み続けたいと考える人は64%に上るが、その内訳を見ると、リフォームせずに住み続けたいと考える人が37%、リフォームして住みやすくしたいと考える人が27%となっている。つまり、現在のリフォーム市場は、経済的に恵まれた世代の持ち家世帯の中でも、経済的に比較的余裕のある層が顧客になっていると言える。実際、同記事によれば、リフォームを契約した人のうち2割以上が1000万円超の契約をしており、半数前後が500万円超の契約をしている。米国でも大規模なリフォームはあるが、数千ドルでトイレや浴室、地下室、屋根などを少しずつ改装するということがもっと頻繁に行われる。

価格差には他にもいくつかの理由があるだろう。プロに丸投げという感の強い日本のリフォームに比べ、細かい出来ばえを気にしない米国人は、基本的に何でも自分でやろうとする。自分でやらないにしてもポピュラーなDIYの本を買えば窓枠の交換工事の仕方から新しい壁の作り方まで全部載っているので、少なくとも仕組みを考えてから工事を発注する。同じ様な仕上がりでも古い配管や骨組みをどこまで利用できるかで、工事の費用はかなり違ってくる。例えば、日本のリフォームでは、トイレの位置や浴槽の場所や向きをいじっているものも多いが、単に工事費を上げるためなのでは、と首をひねりたくなるような間取り図が多い。

今後、非常に割高な日本のリフォームはどうなっていくのだろうか。経済的余裕のある層は引き続き、業者に丸投げで高品質高価格のリフォームをしてもらえば良い。それは、10万円の炊飯器や5万円のオーブンレンジが売れているのと同様に、今後もそれなりの需要が見込めるだろう。一方で、米国に近い水準までリフォームの費用が下がれば、これまでリフォームを諦めていた層にも需要が拡大して大きな成長が見込めるのではないだろうか。要は、全ての日本人が用をたすためだけに何十万円もするリフォームをしたいと思っているわけではないだろう、という事である。



テーマ : 住まい
ジャンル : ライフ

日本女性よりも先に外国人女性が日本社会で活躍する可能性 -- このエントリーを含むはてなブックマーク

 労働力人口の減少する日本社会の現状を踏まえて、昨年から、日本政府は女性の活躍が日本経済活性化の決め手になるとして女性の活用を急速に進めようとしている。女性の活用は非常に有意義で、私はこの方向性に全く異論はないが、そもそも、日本では女性の人材育成が、その崇高な目標に十分に応えられるだけ進んでいるのか、という点には一抹の不安を感じざるを得ない。

 内閣府男女共同参画局は「社会のあらゆる分野において2020年までに指導的地位に女性が占める割合が30%になるよう期待する」と発表したが、その無謀なスピード感には呆れてしまう。2020年ではなく2120年の誤植ではないか、と疑ってしまうほどである。政治家が近視眼的な目標に固執するのは職業上やむを得ないのかも知れないが、「教育は国家百年の大計」とも言うように、人材の育成には非常に長い時間がかかるものである。

 例えば、良質な高等教育を受けることはその後のキャリアで決定的に重要となるが、日本において、男女が全く公平に扱われる国立大学の入学試験や、司法試験、国家公務員試験において、女性の合格者の割合はどれほどであろうか。東京大学入学者のうち女性の割はわずかに約19%、法学部在籍者では約25%、司法試験合格者のうち女性の割合は約25%、国家公務員一種試験の女性合格者の割合も約25%となっている。こうした数字を見れば、もはや女性の活用の失敗は、良質な高等教育を受ける前の段階で既に決してしまっていることが明らかである。東大入学者や国家公務員一種試験合格者のうちの女性の割合は、年々上がってはいるものの、近年はむしろ頭打ちとなっているという傾向すら感じられる。例えば、国家公務員一種試験合格者における女性の割合は、1987年に6.5%だったものが、94年に12%、00年には16%と急激に上昇したが、05〜10年まではほぼ20〜22%のままほぼ横ばいとなっている(参考)。司法試験に至っては、旧試験、新試験を通して、女性合格者の割合は一貫して約25%前後で変化していない(参考)。

 日本のこうした男女格差は、先進国の中では特別に女性活用が進んでいるわけではない米国から見ても、特異である。米国の大学入学者における女性の割合は約56%と男性を凌駕するが、アイビーリーグや州立トップ校においてもこの傾向はほぼ変わらない。例えば、カリフォルニア大バークレー校における女性入学者の割合は直近で52%である。また、ニューヨーク州のBar Exam (司法試験に相当)合格者における女性の割合も、サンプル調査で49%とほぼ男女で均衡している(参考)。

 日本のこうした数値はむしろ女性が比較的活躍しやすい分野のものを集めたものだ。社会の指導的な地位に就く事が多い実学系の学問の中で、法学は他の分野に比べて女性が多いし、福利厚生の充実した国家公務員は女性にとって比較的選びやすい職業であると言える。女性の進出が進んでいない理工系分野などで比べれば、男女の差は更に際立つ。東京大学工学部、東京工業大学における女性の割合は、徐々に上昇しているものの依然として10〜11%に過ぎない。その他の大学の理工系学部でも概ね女子学生の比率は2割以下(参考)で、これは先進国では最低水準だろう(参考)。一方で例えば、名声高い工学部を持つ米国アイビーリーグの一角、コーネル大工学部における女性の割合は約43%(参考)と、男性にそれほどひけをとっていない。

 このような状況を踏まえれば、そもそも日本企業が女性を活用していないというよりは、活躍できるだけの能力がある女性がそもそも育っていないのだ、と考えるのが全体的には自然である。

 私は、とびきり優秀な日本人女性がいることは否定しないし、彼女達が日本の企業なり組織でマイノリティーとして苦労してきたということも否定しない。しかし、その点ばかりが女性活用の主な論点になるのは見当違いであると思う。これは、日本社会が女性の社会進出を語る時の悪い癖だ。上に挙げた数字を見ても、肝心なのは「既にとびきり優秀な女性の権利を拡大すること」ではなく、「女性の就労能力の底上げを図ること」である。

 女性の就労能力の底上げを図るには、非常に長い年月がかかることは容易に想像できる。
例えば、政府が今から全力で女性の活躍を促進したとして、司法試験合格者に占める女性の割合を約5割にするのに何年かかるだろうか?話を簡単にするため全ての人が25歳で試験を受けるとしても、25年で女性の比率を5割にするのは非常に難しいだろう。それは全ての親が今すぐに「男女は同じ様に社会で活躍できる」と信じて子供に教育を施す必要があるからである。人々の意識が大きく変わるには、10年、20年といった年月がかかるのが普通だ。ことに教育に関しては、世代間の伝承という側面が強いため、結果が出るまでに20〜30年を要し、一旦失敗すれば、更に20〜30年を要するという気の長い話となる。

 こうした肝心な点を見逃したまま、クォータ(割当)制のような強力な女性活用策を短期間、例えば20年以下のタイムスパンで実施するとどうなるだろうか。これには、マイノリティーを優遇する「アファーマティブ・アクション(AA)」の歴史がある米国が参考になる。AAの単純な帰結はマイノリティーに下駄を履かせるということだが、複数のファクターが存在する場合には、もう少し複雑な「ねじれ」が生じる。

 例えば米国では、マイノリティーとして黒人(アフリカン・アメリカン)の社会進出を促進すると同時に、女性の社会進出も促進するという至上命題があった。これは「黒人の社会進出が遅れており」、さらに「女性の社会進出が遅れている」という事実があったからである。従って、黒人女性はAAを基準とした採用において最も有利に取り扱われたのであるが、実態はもっと複雑であった。

 人種別、性別の学力統計を見ると、黒人男性が他人種の男性に比べて学力面で大きく劣っているのに対して、黒人女性の学力は他人種の女性と比べて大きな差がない。現在、全米で女性の大学進学率は男性のそれを上回っているが、実はその主因は黒人女性の進学率が黒人男性の進学率のそれを大きく上回っていることである。米国南部で男女の進学率の差が特に大きいのもそのためだ。結果として、黒人女性はかなりの恩恵を受けて社会進出を果たした一方、黒人男性はそのメリットを十分に享受できずにいる。

 日本でも、こうしたねじれ現象が起る可能性はないだろうか。昨今の日本ではもっぱら騒がれているのは男女の機会均等だが、そこにもう一つのファクターが絡むと、ねじれが生じる。私が連想したのは、企業における外国人採用の積極化だ。国際的な日本企業は、海外進出のために外国人が業務上不可欠になっており、外国人の採用を増やしている。このタイミングで、日本企業が女性の積極採用を強制された場合、無理して日本人女性を取るよりも、優秀な女性が多い外国人の中で女性の比率を上げるという判断に傾く必然性は、かなり高いように思う。ただでさえ、外国人労働者に二カ国語以上を要求する場合には、語学力やコミュニケーション能力の点で、女性にアドバンテージがある。さらに、「数年内に指導的立場の女性」や「優秀な理工系の女性」を採用したいといった場合には、そもそも日本人女性の人材のプールが小さいため、外国人女性を採用するインセンティブはかなり大きい。また、日本企業としても、女性活用のためだけにこれまでの企業文化や制度を変えるのは大変かも知れないが、外国人採用は最近になって本格化したので、外国人女性の活用も一緒くたにやってしまえば、二度手間にならない。外国人は、これまでの明文化されていない企業風土には流されにくいから、変革もしやすい。子供が大きくなるまでは母親が育てるべき、というこだわりのある女性も日本に比べて少なく、出産しても早期に職場復帰する女性が多いだろう。状況によっては、出身国から父母を呼び寄せて子育てを手伝ってもらう人も出てくるはずだ。

 こうして考えていくと、人材育成の側面を軽視した稚拙な女性活用政策は、終わってみれば、米国人の女性役員と、中国人の女性管理職と、インド人の女性技術者を増やしただけで、日本女性の社会における立場は従来とあまり変わらない、という意図しない結果に終わる可能性も十分にはらんでいるのである。


テーマ : 政治・経済・時事問題
ジャンル : 政治・経済

米国を崩壊させる医療保険制度 -- このエントリーを含むはてなブックマーク

先進的なIT企業や新たな資源開発など比較的明るい話題が多い米国だが、
アキレス腱は貧弱な医療保険制度だろう。

日本でも米国でも、年金制度の破綻が2030年代頃に迫っていると言われるが、
米国では高齢者向け医療制度、メディケアの経費が爆発的に増大しており、
そのインパクトの方が年金制度の破綻のインパクトよりもずっと大きいために、
国民は年金制度を心配するに至っていない。

1980年から2008年の間、年率7.4%という驚異的なペースで
高騰した医療サービス価格は、2014年にかけても、やや鈍化するとはいえ、
年率6.5%前後の他の物価を大きく上回るペースで上昇すると見込まれているそうだ。
一般的な世帯の医療保険費用は軽く年間1万ドルを突破することが多い。
また、2010年の個人破産のうち42%は医療費の支払いが原因となっている。

少ない確率で多額の費用が必要になるという医療費の特徴から医療保険は欠かせないが、
それに伴うモラルハザードが発生しているために
医療サービス価格は暴騰している。
病院は患者が普段目にする事も無いような立派な建物を立てて患者を迎える。
待ち時間が長くなった時には、患者にギフトカードを上げて評判を維持する
という有様だ。そうした費用は、暴騰する医療費から支払われている。

こうした歪んだ医療制度は、国力を維持する根幹に関わる部分に
重大な影響を与えるようになった。
米国経済はアフガンやイラクでの戦争で大きく疲弊したが、
最もインパクトが大きい支出項目の一つは退役軍人の医療費だ。
ハーバード大ケネディスクールから出たレポートによれば、
アフガンとイラク戦争によって生じた医療費は約1兆ドルに達する。
高コストの医療費を考えると、今後、米国が大国を相手に戦争を
起こす事はかなり難しいと考えられる。

しかし、私がもっとも懸念しているのは医療保険の高騰により、
失職や起業するリスクが高まって、経済の柔軟性が失われることである。
現在、65歳未満のほとんどのアメリカ人は、雇用主から医療保険を提供されている。
保険料の何割を雇用主が負担するかは、雇用主や雇用形態によるが、
いずれにせよ、安定して特定の仕事に就いている人の健康上のリスクは小さいので、
医療保険料はグループレートが適用されて安くなる。

それでは、独立して起業した人は医療保険をどうしているのだろうか。
もし配偶者が働いて、かつその雇用主が家族向けの医療保険を提供していれば、
それを使って凌ぐことができる。しかし、いわゆるフルタイムの仕事であったとしても
全ての仕事に医療保険のオプションがあるわけではない。
独身の場合やこれが無理な場合は、
例えば、フリーランサーで作る労働団体などに加入して、一定の条件を満たせば
個人契約よりは何割か安い医療保険にありつく事ができる。
ただし、この一定の条件には、業務内容や収入額なども含まれるので、
起業した人がすぐに加入できるとは限らない。

その結果、米国では、起業したり、現在の仕事を辞めてから転職したり
するためのハードルが非常に高くなってしまった。
いくら、リスク許容度の高い米国人とはいえ、
ちょっとした病気にかかっただけで何千ドル、何万ドルと言う請求書が来る可能性
のある状態をわざわざ選んだり、それを避けるために年間数万ドルの保険料を
払おうとする人は稀だ。

さらに、早期に退職したい人にとっても現在の制度は問題が大きい。
実際、十分な貯蓄のある60代の労働者などが、
健康保険を維持するために職場に留まり労働需給を緩和させてしまっている。
これは、少なくとも失業率の高い現在では経済にマイナスだ。

こうして見ていくと、
医療費の問題を全て自己責任とするのは、個人にとってリスクが大き過ぎるために
経済活動を萎縮させ、国全体としては最適な政策になっていないと考えるのが自然だろう。

来年1月には「オバマケア」の一環として、
こうした人たちに対しても政府が補助金を投入する形で、安価な医療保険が提供される。
良い動きのように思えるが、細部を見て行くと、保険料負担を収入額にリンクさせすぎて
いるために、十分な貯蓄のある人が仕事を辞めて補助金をたくさん受け取る、
というようなモラルハザードが生まれる可能性も否定できない。

多くの人が問題の所在には気付いているものの、
米国の医療保険制度には依然として問題が山積している。



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ジャンル : 海外情報

アベノミクスの舞台裏(3) -- このエントリーを含むはてなブックマーク

金融政策は一番大きなアベノミクス劇場の目玉だが、
他にもいろいろな茶番が埋もれているような気がしてならない。

企業に賃上げを要請するという、旧社会主義国真っ青の政策もその一つだ。
企業の内部留保を活用したいというのは分からなくもないが、
常識的に考えれば無理に賃上げさせても企業収益を圧迫するので
投資の減退を招き、株価も下落して、結局賃金も元に戻ってしまうだろう。
ただ短期的には消費にプラスなる可能性が高いし、
ともかく増税まで景気を良くすればそれで目的は達成、
ということなのだ。

ローソンはいち早く社員を対象に3%の賃上げを発表した(*1)。
政府の要請で私企業が賃上げするとは異常な事態だが、
これは食品に軽減税率を適用してもらうための
ロビー活動の一環とみるべきだろう。

多くの国や地域で、食料品の軽減税率適用は極めて複雑だ。
食料品に軽減税率が適用される反面、
外食は課税されるという方式が多いからだ。
例えば、私の住んでいた米国ウィスコンシン州では、
その場で食べられるバー型のアイスクリームは箱詰めでも課税されるが、
大きめのカップに入ったアイスは家庭用食料品と見なされて課税されない。
同じハーゲンダッツを二箱かっても一方が課税、一方は非課税となる。
同様にして、コンビニで売っている牛丼は軽減税率だが、
牛丼屋の牛丼は課税されるという可能性も出てくる。
中食産業を支えるコンビには、そうした法律のさじ加減が
一番大きく影響してくる業態なのだ。

もちろん、そんな事情はマスコミでは決して報道されないだろう。
新聞も軽減税率の対象となる可能性が高いからだ。
実際、多くの諸外国でもそうなっている。
マスコミは業界を挙げて政府に協力し、
軽減税率を勝ち取るに違いない。

もちろん、実際に来年から軽減税率が導入されるかはまだ予断を許さない。
政府には、2015年9月の8%から10%への消費税引き上げという
「ボーナスステージ」が残っているからだ。
今年何もかもがうまく行けば、
この強力なカードはボーナスステージで使う事になるだろう。

賃上げも軽減税率も、あくまで消費税引き上げゲームの駆け引き材料に過ぎない。

(*1) 全国どこにでもあるコンビニなら影響が大きいように見えるが、
実際には正社員のうち3300人だけが対象で
所得が低い18万人のアルバイトは対象にならないようだ。


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アベノミクスの舞台裏(2) -- このエントリーを含むはてなブックマーク

日銀の物価目標や総裁選びも、
消費増税という一大イベントを考えると全てが茶番に見えてしまう。

最近、白川総裁叩きが流行っているようだが、
過去5年間の金融政策を見てみれば政策の方向を間違えたようなことはしていない。
ただ政策があまりに漸進的すぎて宜しくなかったというのが真っ当な見方で、
要するに5年間金融緩和しましたがデフレ(あるいはゼロインフレ)を
脱出できませんでした、ということだ。
これは主にデフレや低インフレ下で
利下げが遅れたり利上げした総裁が3〜4人いたせいであって、
過去5年を誰がやってもインフレにするのは難しかっただろう。

今度の黒田総裁候補や岩田副総裁候補は、
2年で必ず2%インフレにすると言っているが
実現の可能性はかなり低いだろう。
まだ決まったわけではないから手の内は明かせないのかも知れないが、
国債の買取を積極化するというような従来の延長線上の政策以外に
特に良い案が出ている訳でもない。

グラフを見れば分かるように、2008年頃のエネルギー高騰という
特殊要因をならして見れば、過去にインフレ率が2%近傍で推移したのは、
ドルが200円台だったようなプラザ合意前の時代と
バブル期の数年くらいである。
為替が1ドル150円になるとか、
企業の生産設備を大量に廃棄させる、
物価を統制して強制的に物価を上げるというような
相当手荒い手段を政府が取らない限り2年で2%近傍は難しい。
CPI
(縦軸は前年同月比)

そして就任から2年という期限は消費税を上げたちょうど1年後、
消費税引き上げの景気への影響がだいたい反映された頃にやってくる。
要するに2年後、2%のインフレ目標を達成できずに説明責任を問われる日銀総裁は、
結局、消費増税後の景気悪化の責任を取らされる可能性が高い。
しかも、その総裁候補は財務省出身なのである。

全てが茶番なのだ。

恐ろしい事に政府は、構想から19年かかった5%超の消費税実現のわずか
1年半後に更に2%の消費増税を計画している。
これは流石に財務省も「ボーナスステージ」と位置づけているだろうが
ひょっとすると、金融政策にプレッシャーをかけ資産バブルを引き起こして
2%のボーナスゲットを企んでいるのかも知れない。

個人的にはインフレ目標はアカウンタビリティの一環として立派な政策だと思うが
昨今の急激な金融政策のシフトには危険な香りがする。

なんだかこれから日本経済は、怖いもの見たさの2〜3年になりそうである。


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アベノミクスの舞台裏(1) -- このエントリーを含むはてなブックマーク

政権交代以来、アベノミクスが流行語になった。
円は急落、株は急騰、政治家は日銀総裁選びに慌ただしいが、
マスコミの論調を見てもネットを見ても何だか
経済論議のポイントがずれているような気がしてならない。

はっきり言って、今の経済政策のポイントは来年の消費税増税に尽きる。

消費税は、高齢社会を見据えての直間比率の是正という
大義名分から89年4月に初めて導入された(税率は3%)。
ようするに、働く人の割合が減ると働いて得たお金から
税金を賄うのは負担が大きすぎるので、
みんなで平等に負担しよう、というわけだ。

数十年単位の方向としては間違っていないかもしれないが、
現在の日本で消費税を導入する、あるいは税率を上げる、
というハードルはとても高い。

一つの理由は、日本では年末調整が自動的になされることである。
官僚や政治家は、国民に税金の使い方についてあれこれと
注文を付けられては面倒なので、
税金をなるべく目立たないように集めようと考える。
年末調整はそのために一役買っている制度だ。
しかし所得税の納税が自動的だと、
所得税のような直接税を下げ、間接税を上げた時、
納税額は同じでも増税だけが非常に目立ってしまう。
特に、女性の専業主婦比率が高かった日本では、
増税だけが余計にクローズアップされることになる。
そんな状況で、消費税を導入したのは快挙だと言って良い。

もう一つ重要な理由は、日本が慢性的な需要不足の国であるということだ。
消費税は、いわば、財やサービスの購入に対して
ペナルティーをかけることと同じなので、
需要が不足している世の中では経済的なコストが非常に高い。

「高齢社会に備えた直間比率の是正」という大義名分があっても、
自然な流れは、供給不足になってからそれを行うことだ。
つまり、まず働く人が減る一方、
政府が借金をして社会保障でどんどんお金をばらまくと、
物やサービスの需要が不足して物の値段が上がり始める。
その時に「消費には税金をかけますよ」とすれば、
インフレも抑えられるし、財政収支も改善する。

日本の高齢化は急速なので、
多くの人はそうした事態がもっと早く訪れると思っていた。
消費税が35年も前から断続的に議論されてきたのもそれが一因だろう。
だが実際には、導入から24年経った今も
日本で全般的な供給不足も、物価上昇も、労働者の不足も起っていない。
これは、やはり低コストの物資が新興国からどんどん輸入されたり、
サービスを低コストで海外にアウトソースできるようになったことが大きい。
もしこうした影響がなかったら、例えばIT革命の結果、
システムエンジニアは花形の高給取りになっていたかも知れない。

しかし、財務省としてはともかくこの消費税を上げたくて仕方がない。
金融市場に気を配らなくてはならない政府債務の膨張は気分が悪いし、
何より税収が増えれば歳出面でも余裕が出て権限が拡大するからだ。

一方で、これを上げるのが難しいのを一番良く知っているのも財務省である。

消費税を5%より高い水準にする案が最初に出たのはいつだったろうか。
私の記憶が正しければ、それは19年も前の
94年早々に細川内閣が発表した国民福祉税構想で税率は7%〜10%。
まだ高校生だった私は、財務省(旧大蔵省)が
「5%では社会保障を賄い切れない」と強気に発表したのを新聞で読んだ。
数十年ぶりに自民党一党支配が崩れて生まれた
正に右も左も分からない寄せ集めの連立政権は結局
この構想を実現できずに短命に終わったが、
政治が弱いところに財務省がつけ込んだことは想像に難くない。

97年には政策を総動員して何とか5%への引き上げを果たしたが、
その後日本は15年にわたるゼロインフレに沈んだ。

その15年後、依然として需要も物価も雇用も弱いままだが
政府債務危機を巧みに煽った財務省の戦略が功を奏し、
ついに消費税増税法案を通すことに成功した。

私はこの増税が更に物やサービスの需給を悪化させると思うが
増税後の野田前首相の自信に満ちた表情を見たとき、
ともかく政府は「増税が必要」という「コンセンサス作り」に
成功したのだな、と感じた。

そうは言っても、景気があまりに悪ければ増税中止は避けられない。
だが都合の良い事に、
財政再建を掲げる民主党は先の衆議院選で大敗し、
新たな自民党政権の下、大盤振る舞いの経済政策で
ひとまず増税する来春迄のまでの景気の心配はなくなったようだ。

現在の状況は株式市場がバブった89年、97年の消費増税前と瓜二つである。


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韓国とどう付き合うか -- このエントリーを含むはてなブックマーク

前回と似たタイトルだが、
国名以外に異なる点があることをまず確認しておきたい。
前回が「中国人」とどう付き合うかであったのに対し、
今回は「韓国」とどう付き合うかである。
というのも、今まで個人レベルで在米韓国人との付き合いに
何か問題があったことはないからだ。

国としての韓国は日本人の目にどう映っているだろうか。
ここでは主に経済面に着目してみたい。
私がまず考えるのは、韓国には日本と競合関係にある
産業や企業が非常に多いということである。
自動車や電機などを初めとして、
あらゆるところで日韓企業は競合している。

もちろん私は日本人としては、
トヨタやホンダにヒュンダイより良い車を作って欲しいし、
ソニーやパナソニックにはサムスンより良い電気製品を作って欲しい。

しかし、もう少しマクロなレベルで考えると
日本が余裕を持ってこの競争を眺めるためには、
日本人が韓国資本そのものをもっと所有するのが
最も良いのではないかと思う。
日本企業が好調ならば韓国企業が苦戦し、
韓国企業が好調なら日本企業が苦戦するというような産業では、
両方を所有してしまえばリスクを大幅に減らすことができるからだ。

例えば、ソニーがサムソンの株式の過半数を持っていたとしたら、
液晶テレビ戦争だってもっと余裕をもって眺めることができるのではないか。
ソニーのテレビが売れて国内が潤えばもちろん問題ないし、
サムソンのテレビが売れても、その利益の大半は国内に還流する。

サムスンの時価総額は今やソニーの10倍以上あるため
この話そのものは現実的ではないが、
国全体で見れば、韓国株式市場の時価総額は1兆ドル前後と、
4兆ドル以上の時価総額を有する日本の4分の1程度に過ぎない。
17兆ドルを超える日本の個人金融資産のほんの一部を投資すれば、
日本企業と競合する韓国企業のかなりの部分を買い取れてしまうだろう。

しかも現在、韓国政府はウォンを意図的に安値に誘導しており、
ウォン資産は投資対象として「お買い得」なはずなのである。


個人の金融資産を国の政策で動かすのは、実はそんなに難しくない。

95年に1ドルが80円を割ったとき、
円は実質購買力の点で市場最高値をつけたが
あの当時は、庶民が銀行に頼んでも外貨預金を受け入れて
もらえないのが普通であった。
日本は巨額の経常黒字を計上していた上に、
巨額の個人資産すべてが円に縛られていたのだから超円高になるのは当然である。

その後、超円高に苦しんだ日本は個人の外貨購入を積極的に後押ししたり、
FXに関する規制を大幅に緩和したりした結果、
円安を後押しし、為替市場の安定性も増した。
今後も、外貨建て金融商品の広告表示に関する規制を変えたり、
FX取引の証拠金倍率に対する規制を変更するだけでも
個人の投資動向はそれなりに変えることができるだろう。

具体的に個人投資家の韓国に対する投資を増やす方法もたくさんある。

例えば、現在は何故か韓国ウォンの外貨商品を扱う金融機関が少ないが
外貨金融商品の取り扱い機関に対して「過度な投機を抑制するため」等と称して、
日本との貿易額の大きい国の通貨から順に商品を売るように定めれば、
一気に取り扱い機関は増えるだろう。

外貨取引のコストやリスクを抑えるためには、「くりっく365」のように
実質的に官営の取引所を使った使い勝手の良い仕組みを提供すれば良い。

もっと単純に、四季報などに韓国企業の業績が全て日本語で載っているだけでも、
興味を持つ投資家は大幅に増えるだろう。
そのためには単に、日本政府が委託研究とでも称して、
民間企業に韓国企業の業績を日本語でデータベース化するよう依頼するだけで良い。
ほんの数百万円か数千万円程度でできてしまうだろう。


つい最近、日本政府は韓国政府との通貨スワップ協定の一時増額部分を失効させた。
これは、金融危機の際の韓国ウォンの暴落リスクを若干高めたし、
単純な日本の右翼はそれだけで歓喜していたけれども、
そもそも暴落した資産を安値で買う事なしに、日本が何らメリットを享受する事はできない。
せいぜい、さらにウォン安となった経済環境の下で、
日本企業がコスト競争力の低下に悩むのが関の山だろう。
実際、リーマンショック後に起ったこともほぼ同様である。

日本は新興国に比べれば
圧倒的に自由な資本取引の中で経済を運営しており、
新興国との競争においてはこれを大きな武器にしなければならない。

日本の投資家が、金融危機時に韓国企業の資産を魅力的な価格で
買えるチャンスはあと何回くるだろうか。
私はせいぜいあと1回くらいではないかと思っている。
現在の韓国は1500億ドル程度(*)の対外純債務国であるため
依然として金融危機にさらされるリスクがあるが、
近年、毎年200億ドル超の経常黒字を計上している同国が
米国や日本のような国と同程度の安定した経済を
手に入れるのは時間の問題だからだ。

手遅れにならないうちに韓国の競合企業のある程度の部分を所有し、
仮に日本企業が多くの分野で競争に敗れても配当で食べていける、
という状態を作ることが、
日本の韓国に対する最大の経済的なリスクヘッジになるのではないか。


(*) 2009年時点。


テーマ : 韓国について
ジャンル : 政治・経済

シャープの代わりに新製品を考えてみたぜぇ -- このエントリーを含むはてなブックマーク

経営危機が騒がれてるシャープは、
もともと多額の設備投資を伴う高リスクの経営をしてきたことに加えて
地デジ移行バブル崩壊後の意思決定が大きく遅れたことが主な原因だろう。

それでは、開発部門に責任が全くなかったのかというと、そうとも限らない。
シャープも、一流企業と呼ばれるようになって久しく、社員の発想が大人しく
なってしまった点は否定できないからだ。

解像度の高い4kテレビで業績回復などと戯言を言っているテレビメーカーもあるが、
イノベーションとは既存の技術のスペックを上げることではない。
そこで今日は、シャープのために新商品を考えてみた。


まずは日本のお家芸、小型デバイスから。

コンタクトレンズ型TV:

史上最小のコンタクトレンズに埋め込むTV。近視用と正常視力用の2種類があり、
近視用は度が変わるたびに買い替えなければならず、常に買い替え需要が発生する。
正常視力用は5万円、両目で別の番組を視聴できるデュアルタイプは9万8千円。

ネイルディスプレイ:

ネイルアートに凝りすぎて疲れてしまった人に朗報!ネイルにはめるだけで
TPOに応じて、好きな柄を表示できる超高精細液晶。ネイルアート風に加え、
健康で清楚な爪、動物の爪なども表示可能。
またスピーチやテスト中のカンニングにも最適。一爪1万5千円。

水晶玉TV:

直径25センチの球型の卓上型TV。食卓の真ん中にインテリアとしてお勧め!
内蔵カメラで人間の目を感知し、見つめる人の向きに合わせて画像を表示。
最大3方向まで画像を表示。8万8千円。
新人占い師用に、予言を水晶内にこっそり表示してくれるソフトは
別売りで1万9千8百円。

スカルプディスプレイ:

髪の毛の悩みはこれ一つで解決!スキンヘッドにしてこのマスク型ディスプレイを
被るだけで、その日の気分に合わせて好きな髪型を表示!
有名俳優からひっぱりだこ間違い無し。オーダーメイド。1個20万円〜。


どうしても既存のテレビに拘りたいなら…。

引き戸型TV:

押し入れの扉をそのままテレビ画面にして、お部屋すっきり!
32V型13万円〜。画面が押し入れ内側を向いたドラえもんTVも同価格で発売。

ウインドーズTV:

部屋の窓の代わりにはめる完全窓型のTV。見ないときは透明で採光可能。
フォトフレームやステンドグラスとしても使える。15万円〜。

イマジネーションTV:

縦18ドット、横32ドットの超低解像度TV。想像力を鍛える効果があり、
子供の能力開発やボケ防止に最適!エッチな画像や残虐シーンもそのまま
見えないので、保護者の方も安心。32V型5万円〜。

LVTV:

その名の通り、ルイヴィトン社との提携によって生まれた高級TV。
枠や台座には、ル社の生地をぜいたくに使用。テレビ視聴中に画面上に
LVのロゴをくまなく重ねて表示することもできる。TV-CMを自動検知して
全てルイヴィトンのCMに差し替えるインテリジェントCM機能搭載。
26V型31万円〜。

アクションTV:

アクション映画やアクションゲームのシーンに合わせて、テレビ自体が
振動する迫力満点のTV! 支柱と台座部分にサスペンションとモーターを
内蔵。あまりに激しいシーンを映すと、テレビが台から落ちて壊れる
ことがあり、スリル倍増!32V型15万円〜。

凹型TV:

画面中央が凹んで、光の反射を最小限に抑えるTV。ただし視野角が狭い
弱点あり。26V型12万円〜。

かおるTV:

食品、動物、植物、煙、化粧をした女性などの画像を感知して、
それに合わせた香りを出すTV。強力換気扇内蔵。32V型25万円〜。


生活のニーズに密着するのはビジネスの基本。

洗面鏡ディスプレイ:

内蔵カメラによる撮影で鏡代わりになるディスプレイ。
左右反転、拡大、縮小、アスペクト比変更はもちろん、
写真修正、問題箇所のズームアップ、後方用カメラで
後ろ姿もばっちり表示。別売り、カメラ内蔵ハブラシ(1万8千円)で
口の中も拡大表示して磨き残しを防止!
幅60cm型40万円〜。高級美容室向け需要も見込む。

うんちTV:

便座裏に内蔵のカメラでうんちを撮影し、トイレの扉内側
のディスプレイに表示。うんちの形、重さ、体積を自動計算し
健康状態を診断。今後5日間のうんちの回数、重さ予測機能付き。
15万円〜。入院病棟用需要も見込む。

4ポスターキングベッドTV:

欧米上流階級に人気のある4隅に支柱のあるベッドの側面と
天井面を全面液晶に。世界各地の有名リゾートホテルの
映像で快適に睡眠。朝も日の出を見ながら心地よい目覚め。
200万円〜。


車もまだまだ進化する。

フロントガラスTV:

車のフロントガラス全面をTVに。カーナビ、スピード表示などの
ほか、レース感覚が味わえる「公道レースモード」も。40万円〜。


大型に拘るメーカーに。

プール埋め込み型TV:

プールの底面全体をディスプレイにし、競泳選手を誘導。
スピードメーカーとコーチ的な役割を果たす事で世界記録続出!

ベースボールTV:

野球場のグラウンド全体をテレビにすることで、ボールや選手の軌跡
をカラーで分かりやすく効果的に表示。乱闘シーンでは球場全体が
燃え上がる「炎上モード」搭載。また観客の目がいくところに、
ダイナミックに広告を表示。野球観戦がますますエクサイティングに
なって、観客数倍増、広告収入10倍増を見込む。


目のつけどころがワイルドでしょ。


テーマ : ビジネス
ジャンル : ビジネス

家電量販店に将来はあるのか -- このエントリーを含むはてなブックマーク

この夏久々に日本に帰って思ったことをいくつか書こうと思う。
まずは「本屋が減った。次は家電量販店が減るだろう」ということ。

最近10年で(新品を扱う)本屋が減った。
90年代、実家のある地元には歩いていける大型書店が二つあったが、
両方なくなった。ちなみに一方は牛丼の「すき家」に、
もう一方はブックオフになっていた。
最寄りの二つのスーパーの近くにあった本屋もいつの間にか消えていた。
いま、一番近いのは、古い町並みが残る駅の近くにある本屋だ。
当然ながら、アマゾンを初めとするネット通販の影響が大きいだろう。

ただアメリカのように、今後、実店舗型の本屋が壊滅的な状況になるか、
というと、それはちょっと微妙だと思う。
日本には再販制度があって本の値段はどこでも変わらないから、
ネットで買うメリットは大きくない。
また、電車通勤(通学)で駅前の本屋にふらっと立ち寄るという習慣も根強い。
それに、アメリカの本屋と比べて日本の本屋は品揃えが豊富だ。
それは再販制度があるから売れないかも知れない本も置けるという面もあるし、
本自体が(恐らく在庫コストや紙の質の関係で)コンパクトだというのも理由だ。
実際、駅前の本屋は相変わらずたくさんの人で賑わっている。
古本屋も「自炊」関連の需要で当分の間、潤う可能性がある。

電子書籍のインパクトの大きさはよく分からない。
どの程度、端末や検索技術が進歩するか、著作権や価格の交渉がどうなるか、
など、流動的な部分が多いからだ。
現状のリーダーのスペックや検索の質、そして電子書籍の価格では
全ての本と雑誌が電子化されたとしても影響は壊滅的にはならないだろう。

一方で、より確実に危ないと思うのは家電量販店だ。
米国では2009年に業界2位の家電量販店 Circuit City が経営破綻し清算された。
店舗を引き取る企業がなかったのは、いかに需要がないかということの表れだ。
(ただしネット通販部門は他企業に引き継がれている。)
また、業界トップの BestBuy も経営不振が伝えられている。

家電量販店が不振に陥っているのは、言うまでもなく、
AmazonやEbayなどネット通販の影響だ。
以前 BestBuy は、 BestBuy の店舗で商品をチェックして Amazon で安く買う
という消費者が多いことを嘆いていたが、
今の消費者は BestBuy にすら行かずにネットで注文する。

率直に言って、日本が同じ経路を辿らない理由をあまり思いつかない。
むしろ電気製品については、日本の方がネット通販のに向いているのではないかと思う。

第一に、日本では米国に比べ
価格コムのように実店舗よりも安い価格で買う方法が充実している。
「実店舗を好む消費者が多い」というような記事やコメントを
ネットで目にすることもあるが、例外やテクニカルな点を
指摘している以外には、ほとんど説得力がない。
また、日本の家電は単価が高いので、多少手間をかけても
ネットで安く買おうという人が多くなるだろう。

第二に、米国で未だに実店舗で買う人は、
何らかの理由でインターネットで購入できない人を除けば、
返品が容易であるというのが大きな理由である事が多いが、
日本では米国ほど返品が一般的ではない。

第三に、ネット通販の輸送上のディスアドバンテージが小さい。
米国では実店舗がいまだにやや有利な商品として、
洗濯機、冷蔵庫、オーブンなどの大型白物家電がある。
これは、広い国土を持つ国では、ネット通販拠点からの
配送では経費がかかりすぎるからだ。
一方、国土の狭い日本では、例えば、首都圏在住の人が
新宿のヨドバシで冷蔵庫を買うメリットは何も無い。

それでもなんとなく日本の家電量販店が近年好調だったのは、
地デジ移行に伴って液晶テレビの特需があったからだろう。
「初めての大型液晶テレビ」は、事実上最後の
「見比べて買いたい商品」だったのかも知れない。
ブルーレイ・レコーダーなら店頭で比べてもしょうがないし、
炊飯器なら実際に食べて比べられるわけでもない。

そう考えていくと、家電量販店の将来は真っ暗に見える。
通販部門はともかくとして、実店舗のほうは、
外国人観光客向けの土産物屋としてやっていくか、
メーカーをテナントにしてショールーム的な店にするか、
取り扱い商品を拡大してドンキホーテのようなカオスな店にするか、
くらいしか生き残る道はないように思える。
実店舗の不動産を保有しているチェーンは店舗数削減の際に
特に苦しくなるかも知れない。

10年後に、大規模家電量販店は何社になっているのだろう。


テーマ : 政治・経済・社会問題なんでも
ジャンル : 政治・経済

プロフィール

Willy

Author:Willy
日本の某大数学科で修士課程修了。金融機関勤務を経て、米国の統計学科博士課程にてPhD取得。現在、米国の某州立大准教授。

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お勧めの本
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2.Matematical Statistics and Data Analysis
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   応用も充実。学部上級。

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