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【書評】アクチュアリー・桑山啓介の転職 -- このエントリーを含むはてなブックマーク

先日、某ブロガーがこの本を読んだとつぶやいていたので、アマゾンから取り寄せて読んでみた。せっかくなので感想を簡単にまとめておく。

まずは、誤算だった点を2点。

1.ノンフィクションかと思ったら三文小説だった

作者の鷹巣怜氏は、損保会社のアクチュアリー(既に退職?)のようで話の大部分は実体験や業界での伝聞に基づいているが、本書はタイトルにもある通り、想像上のアクチュアリーのキャリアを描いた小説として書かれている。ノンフィクションにするとプライバシーや機密情報の問題が発生するため、致し方なかった面もあるのだろう。一方で、作者が趣味で小説を出版してみたかったとの思惑も見え隠れする。アクチュアリーが必死で小説を書こうとするとこうなるのね、という微笑ましさを楽しむ余裕が必要だ。(自分も「大数の法則と中心極限定理を恋愛小説風に語ってみる」で同じような事を書かれたので人の事は言えない。)

しかし小説というアプローチの是非はともかくとして、「これはいかがなものか」と思ったのは、主人公の桑山と英会話の女性講師とのラブシーンである。二次元、三次元の性的コンテンツのあふれる現代にあって、小説の濡れ場シーンというだけでもレトロなのに、この三文小説の濡れ場は目も当てられない。顔を手で覆い、かろうじて指の隙間から斜め読みする感じである。

実際の作者はどんな人なのだろうと思って検索してみたら、作者のホームページを見つけたので、参考までにここに貼っておく。ついでに作者のtwitterアカウントもリンクされていたが、フォローワーが一人しかいなかったようなので、「2げっと」は私がしておいた。

2.海外アクチュアリーの話がほとんど国際会議の体験談だけ

本書を買った大きな動機は「海外のアクチュアリーの雇用環境ってどうなの?」という関心があったからなので、この点は非常に残念であった。確かに、米欧のファイナンス系の学会等は別世界の豪華さだと聞くので、作者が書いておきたいと思ったのは無理もない。しかし、米国アクチュアリーの転職の実情や、日米の職場での業務内容の違いなどの描写を期待していた私には、ちょっと残念であった。これは、作者の体験をベースにした小説としての限界であると思う。


それでも読んで損はないと思う理由

いくつかの誤算があったので個人的には正直少し期待はずれな本ではあったが、アクチュアリーを目指す学生には、業界の雰囲気を知る上で、一度斜め読みしても損はないのではないかと思う。

知人等からも聞く話だが、日本のアクチュアリー界は人数も少なく狭い世界だ。この本を読めば、アクチュアリーがアクチュアリー会(の研究会など)を通じて繋がっている様子がわかるし、業務内容に触れているところも多いので、保険会社内での仕事の位置づけも伝わってくる。恐らく作者の年齢からくる、やや時代錯誤な仕事観や企業観も見られるが、雰囲気を感じる上で大きな障害にはならないだろう。

現状ではアクチュアリーというキャリアを学生の側から見ると、まずアクチュアリー試験の方に関心がいってしまう。数学などを学ぶ学生からすれば、数学の知識が直接に役立つという点でアクチュアリー試験には親近感を覚えやすいからだ。しかし、アクチュアリーの業務内容は、むしろ、制度、経営、計算やデータ処理という側面が強いので、こうした面に興味がない人がアクチュアリーになることは、本人にとっても企業側にとっても不幸だ。アクチュアリーに興味を持った若い人にとって、例え小説であっても「仕事の雰囲気」を手軽に伝える本があることは、幸運なことだと言えるだろう。






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テーマ : 就職・転職・起業
ジャンル : 就職・お仕事

米国アクチュアリーについて -- このエントリーを含むはてなブックマーク

去る冬学期にアクチュアリー関連の講義を受け持ったので、そのついでに先日、米国アクチュアリー試験の最初の二つ(P/1, FM/2)を受けて来た。また、つい先ほど、大手の医療保険会社のアクチュアリーと話をしてきたので、この機会に米国アクチュアリーのキャリアについて知ってる範囲で少し紹介してみたい。

1.キャリアの概要

アクチュアリーは米国では非常に労働環境が良い職業として有名で、2013年にはフォーブス誌のBest Job でNo.1に選ばれたほどである。アクチュアリーになるための標準的なルートは、数学科やビジネススクールにあるアクチュアリアルプログラムに入って勉強して、学士か修士を取り、なるべく早めに試験を受け、保険会社等のインターンで経験を積んで、就職する事だ。試験だけなら、本や問題集で勉強すれば済むが、専用のプログラムに入れば、予備知識と大学の単位習得を同時にできるし、何より保険会社とのコネクションを作りやすい。

アクチュアリーの賃金構造の特徴は、賃金カーブの傾きが長期間にわたって急であることだ。5万ドル台から始まる初任給はSTEM(科学/技術/工学/数学)系の職業の中で高いとは言えないが、その後、多くの試験にパスし経験を積むごとにどんどん高くなっていく。アクチュアリー人材紹介会社がまとめたところによると、損害保険分野で20年を超える経験を持つfellow (全ての試験にパスしたいわゆる「正会員」)の報酬レンジ(中央90%)は、17万7千〜49万8千ドル(約2100-5900万円)と驚くほど高くなっている。

米国の多くの職業では初任給は日本より高いが、転職してポジションのランクを上げていかないと大幅に昇給するのはなかなか難しい。特に、外国人には言葉の問題があるので、管理職になるのには、それなりの壁があるだろう。アクチュアリーは、賃金構造の点では外国人にもうまみがある職業だと言える。

もう一つ面白いのは、米国のアクチュアリーは数学的な職業にしては女性の比率が高い事だ。ある調査によれば最近のアクチュアリー専攻の学生のうち4割前後が女性となっている。アクチュアリーは、数学力が必要とは言っても、極めて難解な理論を理解したり、問題を解いたりという能力よりも、既存の理論をコツコツと身につけることが重要で、必ずしも男性にアドバンテージがある職業とは言えないのかも知れない。資格商売であるということも、出産のブランクなどが生じる女性には魅力的な面と言える。

2.試験の概要

アクチュアリー試験については、Wikipedia英語版のページを見れば分かりやすくまとめてあるが、日本語のページはないので簡単に説明しておこう。まず、米国にはSociety of Actuaries (SOA) と Casualty Actuarial Society (CAS)の二つのアクチュアリー会があり、CASは損保、SOAは生保・年金等それ以外のアクチュアリーの組織である。試験は各々の協会が行っており、Preliminary Exam(予備試験)、Validation by Educational Experience(VEE, 授業履修による認定)、Advanced Exam (専門試験) の3段階になっている。予備試験は確率論や統計学の試験で、SOAでは5科目、CASでは6科目あり、SOAの試験に合格すれば、対応したCASの試験をパスしたと認定してもらうことができる。VEEは、統計(回帰分析、時系列分析)、経済学(マクロ、ミクロ)、コーポレートファイナンスについての試験であり、大学でこれらの授業を履修していれば免除される。専門試験は、その分野のアクチュアリーになるのに必要な、統計、経済、会計、金融などの知識を問う試験だ。

3.試験対策

SOAの試験のシラバスや過去問、見本問題はここで公開されているので、指定された本を読んで問題が解けるようにしておけば良い。しかし、実際には読みにくいテキストも多いようで、アクチュアリー試験対策用のテキストを使う人が多いようだ。一つの試験に300時間の準備が目安とされているが、もちろん持っている数学や金融の知識、読解のスピードにもよる。最初の試験であるP/1については、学部レベルの確率論の基礎をきちんと学んだ人にとっては3日あれば十分だろう。

4.試験の様子

最初の2科目しか受けたことがないので主にその事について書く。予備試験のうち最初の4科目は、Prometric社が実施しているコンピューターによる択一式試験(CBT)だ。従って、TOEFL(CBT, iBT)やGREなどと同じ形式で行われる。即ち、予約した試験センターに行き、一人でブースに入ってコンピューターと向き合って試験を受ける。

日本のアクチュアリー試験は年末に3営業日連続で1次試験5科目全てが行われるが、米国の試験日は分散しており、P/1(奇数月)とFM/2(偶数月)が年6回、MFE/3FとC/4が年3回、MLCが年2回あり、受験日も1〜2週間の中から好きな日を選べるようになっている。

不正防止のためのチェックは非常に厳しい。鉛筆やメモ用紙も配布されたものしか使えないし、水やハンカチなども持ち込めない。電卓は指定された機種を持参して良いが、メモリーなどはリセットされ初期設定に戻される。実は最初に受験した時、電卓の設定を試験開始前に直していたら、試験開始スクリーンがタイムアウトしてしまい、スタッフがSOAに電話して設定をし直すハメになってしまった。

コンピューターでの試験なので、合否はその場で分かる。スコアは出ないが、合格が確実である旨の正式なレターを発行してくれる。保険会社の社員は、それで昇給したり、解雇されたりするのかも知れない。

5.試験の難易度

基本的にCBTでは合格率が約5割になるように合格点が設定されているようだ。今学期、FM/2の試験向けに金利の理論のクラスを教えて気付いたのだが、近年、米国人の数学力が落ちているせいか、試験問題は10〜20年前の過去問と比べて極端に簡単になっている。日本の試験に例えれば、一流国立大の二次試験のレベルだったのが、センターレベルの試験になってしまったという感じだろうか。難易度は、SOAのウェブサイトにあるサンプル問題と同じか、僅かに易しいくらいのレベルである。

それでも、3時間で30問(P/1)〜35問(FM/2)という時間制約はタイトだ。私が2〜3日の準備をして受けたP/1という一番簡単な試験でさえ、全問解くのには2時間かかり、残りの1時間でなんとか全ての見直しが出来たという感じだ。言い方は悪いが、三流大の数学科卒でも誰でも受かるとか、文系でも準備さえすれば誰でも受かるというレベルの試験ではない。数学の教育レベルが低い米国とはいえ、儲かる職業にはそれなりに優秀な人材が集まっているのだ。また、中国人留学生に聞いたのだが、中国では米国アクチュアリー試験の受験料が安いらしく、大量の学生が受験している。それが合格基準点を押し上げているという側面もありそうだ。

6.インターンポジションの獲得

米国で職を得るにあたっては、まずは在学中の夏休み(学部であれば3年生終了後)にインターンポジションに就く事が非常に重要である。特に向き不向きのあるアクチュアリーのような職業では尚更その傾向が強いようだ。

そのために最も重視されるのが、(1)1〜2科目の試験に受かっていることと、(2)大学の成績が良いこと(GPAで概ね3.5以上)であるそうだ。試験は最低限の数学力を見るのに使われ、大学の成績は仕事をする上での論理的思考力や問題解決力との相関が非常に高いという経験則があるという。その次に大事なのが(3)コミュニケーション能力。現在では、キャッシュフローの計算などはかなり自動化されており、アクチュアリーにおいてもコミュニケーション能力の重要性は高まっているという。そして、(4)コンピュータースキルも欠かせない。米国のアクチュアリーが最も頻繁に使うのはSASとSQLであり、これらのソフトに習熟しておくのは即戦力として見てもらうには不可欠だ。

7.日本人が米国アクチュアリーを目指すには

日本のアクチュアリーは、専門性と繁忙度の高さにも拘らず、あまり待遇が良くないとの声をよく聞く。日本の大手保険会社の給料は業種別ではかなり高い方だが、アクチュアリーに割増賃金を全く払っていない会社もあるようだ。言葉の問題さえクリアすれば、米国でアクチュアリーを目指した方がキャリア的には利益が大きいだろう。そこで、日本人がアクチュアリーを目指すにはどんなキャリアプランが有効だろうか。結論から書けば、外国人であればビザ取得の関係上、はじめは留学生として米国に来るのが成功し易いだろう。

留学費用や語学力、生活上の不安がなければ、学部から留学するのが最も理想的だ。高校では数学と英語に力を入れ、大学に入ったら微積や線形代数、確率論などを早めに履修していく。2年生終了後の夏休みには1〜2科目の試験にパスしておき、3年生になったらキャリアフェア等でインターンシップポジションを探しながら、統計学や経済学の授業を将来のために取っておく。インターンシップが成功すれば、キャリア的な成功は近いと言って良さそうだ。

もう一つの方法は、修士課程から留学することだろう。日本での学部の専攻は、数学か情報科学、あるいは経済学などでも良さそうだ。留学期間が短くなるので、米国アクチュアリー試験の最初の2科目については日本で学部在学中にパスしておき、統計学や統計ソフトの使い方などもある程度学んで貯金を作っておく。更に余裕があれば学部在学中に短期留学もしておきたい。修士課程入学後は、あくまで就職活動やネットワーキング、語学力向上を最優先にし、科目履修は可能であればVEEの認定を取れる科目を優先すると良いかも知れない。


アクチュアリーは、数学を使うもののビジネスやマネジメント寄りの職業だ。ビジネスといえばMBAのようなプログラムは華やかだが、現状では幼少時に海外経験のない日本人が米国でMBAを取っても、日本に帰ってコンサルや外資金融で激務のポジションに就くくらいしかまともなキャリアパスが無く、仮に就いても短期間で脱落する人も多い。米国での就労を目指すならば、数学さえ得意なら、アクチュアリーは結構魅力的な職業なのではないだろうか。

 


プロフィール

Willy

Author:Willy
日本の某大数学科で修士課程修了。金融機関勤務を経て、米国の統計学科博士課程にてPhD取得。現在、米国の某州立大准教授。

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お勧めの本
1.ルベーグ積分30講
―― 統計学を学ぶために。
   小説のように読める本。
   学部向け。


2.Matematical Statistics and Data Analysis
―― WS大指定教科書。
   応用も充実。学部上級。

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