社会人の大学院留学の機会費用とリスク5(セーフティーネット) -- このエントリーを含むはてなブックマーク

日本で、いかに安定した職業についていようと
一旦勤務先を辞めてしまえば、後ろ盾は何もない。
大学院留学というのは、前方にお花畑を見ながら、
後方は断崖絶壁という状態で勉強するようなものだ。
前途洋々でもあり、絶望の淵も見える。

そんな時に、どれだけセーフティーネットがあるか
というのは精神的にも物質的にも非常に重要な点だ。
日本人の美学では、何かに挑戦する人がこういう他力に
頼るということはよしとされないが、
日本がセーフティーネットの不十分な社会である以上、
自分で考えておく必要がある。

少し絶望の淵を見てみよう。

(例):
留学後はアメリカで就職するつもりだったが
不況で求人が激減、ビザの発給も難しくなり帰国。
日本に帰国したが、再就職しようにも
業務に直結するようなスキルに欠けており
つきたい仕事が見つからない。

そんな時に、薄給でも取りあえずほぼ確実に仕事に
つけるようなスキルがあるかどうか?
当面の間、恥を偲んで家族や親類に頼る覚悟があるかどうか?
就職先を相談出来るような人脈があるかどうか?
そうしたことを想像できないのであれば、
留学のリスクはかなり大きいと言わざるをえない。

例えば私の留学中に両親が留学の事実を隣人に伝えたところ、
「息子さんの就職先が見つからなかったら、
●●というコンサルティング会社の人事を紹介しましょう」
と言ってくれたそうだ。
その隣人には、私が実家に住んでいた時代にたまに雑談をして
気に入ってもらっていた程度なので、大した安心材料にはならない。
しかし、そうした小さな話は精神的には有り難かった。
そういった小さな社会とのつながりの積み重ねが
リスクを軽減していくのだと思う。


また私には一人だけ娘がいるが、
彼女が留学の初期に生まれ既に4歳であるのも全くの偶然ではない。
留学の最大のリスクは卒業時の失業リスクであり、
その際に子供がある程度大きくなっていれば
妻も働くことが容易になるのでリスクを軽減できると考えた。

大学院留学というのはどうしても不確実性が大きくなる。
日本に戻ることになった時のセーフティーネットを
考えておくことはとても重要だ。
しかし、日本でのセーフティーネットは
個人的な事情に大きく依存するのでなかなか話題に上らない。
自分の頭で考えることが大切だ。





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テーマ : キャリアを考える
ジャンル : 就職・お仕事

アウトレットモールで散財 or 節約? -- このエントリーを含むはてなブックマーク

WS大の冬休みは短いのでどこにも旅行には行かないが
せめて一日遠出をと思い、デトロイトから北に87マイル(約150km)の
Birch Run という町にあるOutlet Mallに行ってきた。

彼らによれば145のブランドショップがあって
中西部最大のOutlet Mall らしいが、本当かどうかは知らない。
例えば大学ランキングなどでもそうだが
一般的に言って「全米一の◯◯」というのは5~10個くらいあるのが普通だ。

腹立たしいのは、やたらと遠い点である。
デトロイトから北に25マイルくらいまでは市街地なので、
大規模で安価な土地の買収が難しいという可能性もないこともないが、
その先はほとんど空き地や林である。
わざわざ80マイル以上も北につくる必要は全くない。
しかも、Birch Runから近い大都市はデトロイトだけだ。
どう考えてももっと近くに作ることができたはずだし客も増えるはずである。

敢えて遠くに作ったのは、おそらく
アウトレットモールに来るまでの距離を長くすることによって
客の選択肢を奪い、たくさん買い物をさせることが目的なのだろう。

先日、マネックス証券社長の松本大さんが
「カジノは島など、交通の便の悪いところに作らねばなりません。」
と言っていたのを思い出して、それと似ていると思った。

アメリカに来て以来アウトレットモールには大抵年に1~2回行くのだが
行った時には欲しいものを買いまくる。
今回も、ジーンズ、シャツ、靴、セーター、子供の洋服類・靴、食器類、
調理器具など買いまくった。
これは別に私が買い物好きだからではなくて、
そうするのが単に長い目で見れば一番安いからである(*1)。
貧乏人がアメリカに住むための大事な知恵の一つだ。
いずれにしても高いものはあまりないので全部で500ドルに届かなかった。
一日で全部買うので、余計なものを買っている暇はあまりない。
(もっとも、妻は服などはもう少し品質にこだわりたいらしく
日本の通販で買って実家から送ってもらうことが多い。)

そういえば、アメリカの安売りと言えば昔は、
サンクスギビング翌日の「ブラック・フライデー」や
クリスマス後のセールが有名だったような気がするのだが、
最近ではだいぶ平準化してきているようだ。
サンクスギビングの少し前からセールをはじめているし、
クリスマス前からクリスマス直後と同じ幅の値引きをしているようだ。
また、年明けに人が減ってきてからさらに最終値下げをするらしい。
今年は忙しくて行けなかったが、スケジュールが許すなら
サンクスギビングより少し前の平日あたりに行くのが一番
良いのかも知れない。
モールに行くまでにも時間がかかるし、規模も大きいので
休日だとレジや試着の待ち時間が長くなって、
まわりきれなくなるリスクが高い。

(*1)全部ウォルマートとかで揃えるなら別。

うーん、でも買い物って楽しいなあ~。





テーマ : アメリカ生活
ジャンル : 海外情報

社会人の大学院留学の機会費用とリスク4(希望的観測バイアス) -- このエントリーを含むはてなブックマーク

人は、不確実性が高くなると希望的観測に頼るバイアスがあると思う。
しかし自分の専門的能力、語学力、留学先の卒業生の平均的な就職先と
いった点を踏まえれば、自分の将来の期待値をある程度、
客観的に捉えることは可能なはず
だ。

アメリカの大学院の各学部・学科(department/school)には、
ドロップアウト率や、過去の卒業生の進路のような貴重な情報が
たくさんある。学科や在校生、教官を当たったり、
学科のニュースレターを入手したりすることで、なるべく多くの
情報を集めて、留学の判断材料に使うべきだ。

大学院留学では、
「情報が少ないのをいいことに期待値の計算をあきらめて理想論だけで来てしまう」
ということは極力避けるべきである。


以前に「日本で資格はとるな」でも述べたが、あくまで、
情報をしっかり集めて勝算のある勝負だけをする、
ということが大事である。



テーマ : アメリカ留学
ジャンル : 海外情報

社会人の大学院留学の機会費用とリスク3(適応リスク) -- このエントリーを含むはてなブックマーク

動物は年をとると新しい環境に適応するのが難しくなる。
以前に海外経験のある人ならともかく、
いきなり日本から海外に行った場合には環境の変化が大きなストレスになりうるし、
日本と同じように社会で成功出来るかどうかにはリスクが伴なう。

1. キャリア上の成功

キーとなるのは、語学力とコミュ二ーケーションに対する考え方だろう。

まずは語学力だが、言語に依存する分野ほどキャリアの上で成功する
ためには高い語学力が必要
になる。過去の日本人の留学/海外就職事例を参考に
する時は職種の言語依存度と語学力をセットでみる必要がある。
語学の習得に年齢が関係あるというのも真実だろう。これは脳の老化だけではなく
社会的な側面も大きい。若い人ほど、仕事や専門と関係ない話をたくさんする機会
に恵まれているからだ。歳をとるほど、語学学習の環境を保つことに注意しなければ
ならないし、多くの時間や費用をかける必要もあるだろう。

次にコミュニケーションだが、日米ではそのルールが異なる。
米国のコミュニケーションは、非常に大雑把に言えば礼儀正しく話せば何を
主張しても良い(主張が通るかどうかは別問題だ)。逆に言えば、
あらゆる人があなたに色々なことを要求してくる。そういう交渉をクールに
処理していくということが大事だ。日本的に言えば「空気を読まない力」
とでも表現すべきだろうか。


2.生活への適応


まず、他の人とのコミュニケーションという点では、米国生活に適応できるタイプは
二パターンある。ひとつは、極めて社交的で言葉の壁をものともせず友達を作って
しまうタイプだ。いくつかの理由(詳細略)によって、女性ではこのパターンが
成功するケースが比較的多い。もう一つは、最低限のコミュニケーション以外取らない
タイプだ。最低限のコミュニケーションを取るのは日本語でも英語でも大差ないし、
文化や言葉の壁があった方が、相手に対して置く仮定が少なくなるので、むしろ
コミュニケーションはうまくいく。この二つの中間の人が一番上手くいかない。

もちろん生活をしていく上では、コミュニケーションのみならず、
あらゆることに適応しなければならない。

第一に思いつくのは食事である。語学学校に通っている時に、日本人の間で
「社会人を経験している人にアメリカの食事はつらい」
という話になったことがある。基本的にアメリカのレストランは高くてまずいので
銀座や青山で美味しいものを食べ過ぎた人にはつらいということだ。
それ以外にも、日本食が大好きな人は洋食好きの人に比べれば適応度が低いだろうし
料理が嫌いな人は料理が好きな人に比べて暮らしにくいだろう。

第二に思いつくのは、あらゆるサービスのレベルが低いことだ。一番初めに面食らったのは、
午後5時までやっている自動車保険会社へ午後4時40分に契約をしに行ったら、
「そろそろ閉まるから明日来て来れ」と言われたことだ。これは適応というよりは
慣れるしかない。海外ニートさんの考察にもあるが、
「自分が奴隷のように働かなくていい反面、受けるサービスのレベルも低い」
と考えるしかない。

その他にも、恋人が見つからない、娯楽が少ない、日本のテレビが見れない、
車社会が不健康でつらい、日本の本屋がない、喫茶店が早く閉まる、昔の友達と会えない、
バスタブが小さい、空気が乾燥している、といった色々なことが問題となりうる。


3.家族の適応

留学には乗り越えるべきいろいろな壁があるが、そうは言っても本人は大きな目標を
持ってくるので、環境の変化も仕方がないと受け入られる面もある。

したがって、家族を連れてくる場合は
家族が現地に適応できるかどうかをより慎重に見る必要がある。

特に、留学同伴に伴って諦めなければならないキャリアがある場合には、
後悔の念から適応が困難になるケースもあるので注意が必要だ。
もっともこればかりは、本人の性格の問題もあるので具体的に論じることは難しい。
しかし少なくとも、コミュニティーに溶け込む手助けをしてあげることは重要だろう。

子供の場合には、性格とともに渡米する際の年齢も問題だろう。
私の場合は、子供がアメリカで生まれているので極力現地に馴染ませるために
敢えて日本人が少なめの地域を選んで住んでいる。
しかし、留学期間が短く子供が既に成長しているのであれば、無理に現地に
適応させる必要はあまりないので、日本人が多く日本語主体で勉強出来る
環境にした方が好ましいケースも多いだろう。



冒頭で、環境への適応力は年齢とともに衰えると書いた。
しかし、これは年齢とともに徐々に変化するものであって
はっきりした境界線があるわけでない。個人差も大きいだろう。

それが、適応リスクを雇用リスクの後に書いた理由である。





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テーマ : アメリカ留学
ジャンル : 海外情報

書評:Estimation in Conditionally Heteroscedastic Time Series Models -- このエントリーを含むはてなブックマーク

書評は、Amazon.co.jpにも同じペンネーム(Willy)で書いているが今後は当ブログにも載せていきたい。

Daniel Straumann 著
"Estimation in Conditionally Heteroscedastic Time Series Models (Lecture Notes in Statistics),"
Springer.

本書は、GARCHモデルの漸近理論についての2004年末までの結果の集大成と言って良い内容である。

GARCH(Generalized Autoregressive Conditional Heteroscedasticity)モデルとは、分散をモデル化するのに考案されたパラメトリックな時系列モデルである。統計的な観点から述べれば、時系列の1次モーメントの推定を行うARMAモデルを2次モーメントに拡張したと言っても良い。金融時系列に於いては資産価格そのものを予測するのは難しいため、リスクの大きさ=分散を推定することは特に重要である。その原形はARCH/GARCHモデルの原型はR. A. Engle (1982)によって考案され、1980年代から1990年代にかけて主に計量経済学者らによって多くのバリエーションが考えられた。しかしながらその漸近的性質は、Weiss(1986), Lee and Hansen (1994), Lumsdaine (1996)らの基本的な成果を除けばあまり明らかにされて来たとは言えず、21世紀に入ってから、Berkes, Horvath, Kokoszka, Francq, Zakoian, Giraitis, Robinson, Zaffaroni, Hall, Yao, Mikosch, Straumann と言った主に数学系の人々によって明らかにされてきた。

本書の構成は、初めの4章でGARCHモデルの基礎となる事柄を理論・応用の両面から俯瞰し、5章ではQMLE(擬似最尤推定量)の漸近的性質、6章では標準化後誤差項分布の推定と最尤推定量の性質、7章では裾の厚い誤差分布の時のQMLEの性質、8章ではFrequency Domain を用いた Whittle推定量の性質を明らかにしている。5章はBerkes, Horvath (2003, Bernoulli)の結果の一般化、7章は Hall and Yao (2003, Econometrica)の結果の別証、8章はGiraitis and Robinson (2001, ET)の結果のARCHからGARCH(1,1)への拡張になっている。本書はGARCHの漸近理論の結果を数学的に最も精緻かつ簡潔にまとめており、理論の全体を俯瞰するのに最適である。ただし、あくまで漸近理論に興味がある人向けの内容であり、実務家やモデラーの興味の対象を扱っているわけではない点に言及しておきたい。



テーマ : 数学
ジャンル : 学問・文化・芸術

ヘッジファンドの何が問題か? -- このエントリーを含むはてなブックマーク

2008年は、多くのメインストリート(*1)の人達が
強欲な参加者で成り立つ金融システムが瓦解した年だと信じた年だった。
2009年は、市況自体は相当回復したが、
今でも多くの人がその信念を変えずにいる。

(*1)ウォールストリートとの対比の意味で。

まず金融危機にはいくつもの構造的な理由がある。
代表的なものをあげれば、
住宅ローン市場におけるプリンシパルとエージェントの利益相反問題、
投資家と格付け会社の利益相反問題、
投資銀行の経営者と株主の利益相反問題、等である。

それでは、統計学的な側面から見るとどうであろうか?

リーマンショック後、盛んに言われているのは、
「金融工学は金融危機を予測できなかった」
というものだ。

まず、金融工学と統計学では若干の立場の違いがある。
金融工学では、あくまで理屈付けが重要とされている側面が強い。
仮定を比較的たくさん置き、それを元に例えばデリバティブの価格を算出する。
市場参加者はその価格が正しいという前提を元に取引をする。
推論過程で使われる数学は非常に高度だが、
仮定の部分の検証は比較的弱い。
技術的な観点から見ると、
格付け会社による信用格付が歪められたのは
その弱みにつけ込まれたという側面が強いと思っている。

それでは仮定の部分を推定や検定という手法で割と厳しくチェックする
統計学的な方法がうまく経済危機を予測できたかと言うと
残念ながらこれもそうではなかった。
統計的な運用手法を駆使していた多くの投資銀行やヘッジファンドが損失を出した。
これは、統計モデルが十分に精緻でなかったということもあるが、
社会の不完全な仕組みによるところが大きい。

ヘッジファンドが大きな利益を出すことができるのは
破綻した場合の損失を政府や社会にヘッジすることで
大きなリスクを取ることができるからだ。

もちろん、あからさまなモラルハザードと分かるような
投資手法は各種のリスク規制の網にかかり実行することができない。

そこで、ヘッジファンド等の人々が取る手法が統計的な手法である。
過去の一定期間のデータから統計モデルを構築し、投資に用いる。
このモデルはデータから検知できないリスクを暗黙のうちに捨象する。
しかし、人々はデータから観測できないリスクがあることを
データよりも長い史実を知ることによって理解しているのだ。
データから観測できないリスクは定量化が難しいので、
規制の目をくぐりやすい。

データの構造は、
大きなショックが起きたときにのみ変わることが多いので、
そうした事が起こると「必然的に」ヘッジファンドや投資銀行が破綻する。

こうした制度上の欠陥を埋めるリスク管理規制は
まだ十分に整っていないと思う。
金融リスク管理の次の大きなチャレンジは
規制当局の側にあると言っても過言ではないだろう。

参考:
ブラック・スワンのもつ科学への意味
白鳥と黒鳥の取扱いには要注意 - 『The Black Swan』



テーマ : 経済
ジャンル : 政治・経済

社会人の大学院留学の機会費用とリスク2(日本での雇用リスク) -- このエントリーを含むはてなブックマーク

ここでは主に二つのリスクについて考えてみたい。

1)既卒リスク

大学院留学の機会費用が非常に大きくなってしまうのは、
日本の労働市場が年功序列制であり流動的でないことがひとつの原因であるが、
裏を返せば、日本においてはある程度の規模の企業での勤務経験が
労働市場では非常に大きなスキルになる
とも言える。したがって、
留学によりこれが中断されるのが大きな機会費用だと捉えることもできる。

私は、日本の労働市場でもっとも人的資本が蓄えられるのは、
新卒で入社してからの2~3年間
だと思っている。
これが、新卒で一定規模の企業に就職しなかった人が
転職市場でも不利な立場に立たされる理由とも言えるだろう。

この機会を逸失するデメリットは、
実は一度も就職せずに日本の大学から直接留学する人にとって一番大きい。

しかし、この手の人達はデメリット自体を知らなかったり
明確に将来のキャリアを絞っていることが多いので
意識されることが少ないだけだ。
同様に、新卒で就職しても1年以内に退職するような
ケースにもリスクが伴う
ことには留意すべきだろう。


2)35歳限界説

日本の大企業では年功序列賃金を採用しており、賃金構造が硬直的なので
インサイダーになってしまえば歳をとってから大きなメリットを享受できるが、
アウトサイダーが年齢が上がってから採用してもらうには大きなリスクになる。
これが少し前まで盛んに言われた35歳限界説だ。

これは、社会人が留学を目指す場合に、大きな判断材料になるとおもう。
例えば、大卒後の勤務経験4年、26歳で博士課程に留学した場合、
終了するのは30~32歳前後になる。
何らかの理由でキャリアチェンジに失敗したとしても、留学期間分の
キャリアを捨てれば、比較的すくない経済的損失で済む。

それに比べて、31歳で博士課程に進んだ場合、卒業後は35-37歳程度
になり、キャリアチェンジに失敗した場合の失業リスクは相当大きくなる。

この2点を合わせて考えると、社会人が会社を辞めて留学する場合の
最適な年齢は、勤務経験2年以上で、留学終了時に35歳を超えない、
という極めて月並みな結論が出る。もちろん、これは平均的に「最適な」
年齢であって、個別の事情にも大きく依存するだろう。




テーマ : アメリカ留学
ジャンル : 海外情報

社会人の大学院留学の機会費用とリスク1(機会費用) -- このエントリーを含むはてなブックマーク

ブログを付けていると大学院留学を目指す社会人というのは結構いるものだと思う。

今回は、その機会費用とリスクについて考えてみたい。
主に、サラリーマンを辞めてMS/MA/PhDといった学問的なプログラムに留学する場合を想定しているが、
日本の大学から直接留学する場合や、職業系大学院(法律/ビジネス/医薬系等)についても、
共通して論じられる点は考慮していきたい。

機会費用とは何か?
辞書的には機会費用とは、「選択されなかった選択肢のうちで最善の価値」
であり、法律用語では「逸失利益」のことである(wikipedia)。

つまり、年収600万円の人が仕事を辞め
年間400万円の費用をかけて2年間大学院に留学した場合(*1)、
直接的にかかる費用は:
400(万円/年)×2(年)=800(万円)
であるが、機会費用を含めると
400(万円/年)×2(年)+600(万円/年)×2(年)=2000(万円)
となる。

(*1) 財政援助のない有名大の修士課程に留学した場合を想定した。

しかし、これは機会費用のうちのほんの一部分だ。
意思決定をする際には、将来発生する全ての機会費用の
期待値の割引現在価値を考えるべきだ。

こうした機会費用の計算書があまり出まわっていないのは、
その人のキャリアの考え方次第で、機会費用は大幅に変動するからだ。

例えば、大企業のサラリーマンを辞めて、アカデミックを目指したり
経済的にメリットのある転職を目指さない場合、機会費用は非常に大雑把に
見積もって1億円くらいになると思う。信頼区間で示すなら0~2億円くらいだ
通常、大企業のサラリーマンを続ければ、将来的に高い賃金を毎年受け取り、
更にいくらかの退職金を受け取ることができるからである。
ちなみに日本企業の退職金額は、最終賃金に勤務年数を掛けるという算式に
よって、おおよそ退職年数の2次関数になるようになっている。

アカデミックに行って、満足の行く論文が一生に10本書けたとしても、
極端な話、一本1000万円払って論文を書くことになると言っても良い。
あるいは、自分探しに留学する場合は、
「じぶんさがし」一文字当たり1667万円払っていることになる。

私の率直な意見を書かせてもらうと、大学院に留学してくる人の多くは
こうしたコスト計算をきちんとしておらず、お金に関して投げやりな気持ちで
「留学したいから」という漠然とした感覚で来てしまっていると思う。

しかし本来はこうした数字を冷静に捉え、
日本で働き続けた場合に得られるであろう
「都内の新築マンション+高級外車」などを想像しからどちらが良いかを
選択するのが賢い選択だ。


ちなみに、機会費用がこんなに高いのは恐らく日本からくる学生だけだ。
発展途上国ではそのまま現地で働いて将来得られるであろう賃金は低いし、
米国の学位に対するプレミアムも大きい。
ほとんどのケースで収支は最終的に大きくプラスになる。

ブログ内の関連記事:
― 社会人の大学院留学の機会費用とリスク2(日本での雇用リスク)
― 社会人の大学院留学の機会費用とリスク3(適応リスク)
― 社会人の大学院留学の機会費用とリスク4(希望的観測バイアス)
― 社会人の大学院留学の機会費用とリスク5(セーフティネット)
― 社会人の大学院留学の機会費用とリスク6(複線的なキャリアパス)




テーマ : アメリカ留学
ジャンル : 海外情報

大学って教養のためにあるの?(その2-若者編) -- このエントリーを含むはてなブックマーク

私は日本の大学の数学科を出た。
数学科に行ったのは一義的には、数学の事をもっと知って研究者になりたいからだったし、
もしそれが叶わない場合でもその知恵を活かして他の分野で活躍できるだろう
と考えたからだった。

高校に入った頃は、授業がつまらないので高校を辞めようかと思ったのだが、
自分の好きな仕事につくためには結局数学科に行かなくてはならず、
そのためには高校を卒業して進学するのが一番近道なので
思い直して辞めるのを止めた。
(私の大学時代の友人には高校があまりに下らないので
1週間で辞めて大検から数学科に入ったという人もいた。)

何が言いたいのかというと、
大学への進学というのは私にとってそれくらいキャリアパス
と直結した選択だったということだ。

そんな私にとって、発●小町なる掲示板で
「教養のため」とか「人生を豊かにするため」に大学に行ったと
主張する人が結構いるのだと最近知ったことは、晴天の霹靂だった。

以下は「大学は職業に直結しないと意味がない?」
というトピからの抜粋である。

>共働き世帯の妻です。子供は一人います。夫は1歳下です。
>夫と私で、子供の教育のことで意見が合わない点があり、
>皆様のご意見もお聞きしたくトピを立てます。
>
>私は経営学部卒で、大手SI企業に就職したものの出産を機に退職しましたが、
>現在は別の会社で総務をやっています。
>夫は専門卒、以前は私と同じSI企業にいた派遣社員で私の部下の一人でしたが、
>現在は子供の頃からの夢だったゲームプログラマーをしています。
>
>夫は、自分の経験からこう言います。
>「娘を大学に入れるのは構わないが、ただ勉強したいってだけじゃダメだ。
>医者とか弁護士とか大学に行かないとできないような
>仕事をするのでなければ進学する意味がない。」
>
>私もやはり自分の経験から
>「大学は将来の職業と関係があるかどうかより、自分がやりたい勉強をとことんやる場所。
>大学で勉強した経験は人生を豊かにしてくれる。それを理解できる人が行けばいい。」
>
>皆様は、大学に進学するには将来の職業に直接関係がなくては意味がないと思いますか?
>それとも純粋に勉強することそのものに価値があるので
>職業と関係がなくても良いと思いますか?

これに対するレスは様々だが「教養賛成派」からは、
「意味がないからこそ面白い」
「教養こそが人間の価値」

といった、私からすれば驚愕の意見が並べられている。

理屈として可能なのは分かる。

他の人が一生懸命勉強している間、
あまり働く必要がない人や能力に余裕がありすぎる人は
優雅に別世界で教養を嗜む。
教養はあくまで仕事とは関係ないから、卒業後は関係ない仕事につき、
教養で培った人間的豊かさを活かしていい人生を送る。
こんな人生なら非常に羨ましいのだが、
残念なことに私がそんな人に会ったことは今まで一度しかない。

その人は、家柄の良い資産家で頭もよく、
気晴らしに大学の非常勤を少しだけやりながら、
趣味で中国文学と骨董品集めをして優雅に暮らしていた。

しかし、こういった羨ましい人生は明らかに例外的で、
生まれもった環境や才能に大きく依存する。

大半の人は、自分のキャリア設計の失敗や、
怠惰な学生生活の言い訳として、
「教養」を持ち出しているに過ぎないのではないか。


例えば「法学部を出ても法律に関係ない仕事につく人が大半だ」という人がいるが、
「教養」のために法学部を出て法律に関係ない職業についた人の人生が、
法律に関係のある職業についた人の人生に比べて
平均的に充実しているとはとても思えない。

もちろん、結果的に法律よりも好きなことが見つかったので
別の仕事を選択したというケースはたくさんあるだろうが、
それは「教養」のために大学に入ったのとは決定的に異なる。
意味がないことを進んですることと、
意味があると思ってやって事が結果的に無駄になることは全く違う。

同様に、先の目標に進むためにまずは「教養」科目をとるというのも
「教養」が目的化していない点で決定的に異なるだろう
(アメリカのまともな学部生の大半はこのパターンだ)。

「教養」という言葉は響きが良い。
豊かな日本社会で、切羽詰った状況にない18歳にとって
何もやりたいことがないとき、教養を身につけるために大学に行く、
というのはもっともらしく聞こえる(*1)。
しかし、将来、充実した知的な生活を送りたいのならば
それは途轍もなく大きいリスクを負っているように思う。

99.9%の人は、明確な職業意識を持って大学に行くべきだ。

(*1) 日本の雇用システムを考えると致し方ない面もあるのが悩ましい。




テーマ : キャリアを考える
ジャンル : 就職・お仕事

大学って教養のためにあるの?(その1-高齢層編) -- このエントリーを含むはてなブックマーク

WS大はデトロイトのダウンタウンにキャンパスがあるので、
仕事を終えた社会人が夜間に単位を取りに来ているケースもたくさんある。
そのため、一般の大学よりも夜遅くまでキャンパスは賑わっており、
午後8時になっても人の行き来は絶えない。

私は去る秋学期は夜の授業を教えたので、数学の学部2~3年生向けコース
という内容にも関わらず、約40人中、少なくとも4人の社会人が科目登録
をし、少なくとも3人の学生が比較的良い成績で単位を取得した。
もっとも年齢の高い60歳前後の男性は、自動車会社のエンジニアとして働いており、
早期退職して高校の数学先生になるために私の科目を履修しにきた。
次に年齢の高い50歳前後の男性は、データ処理関連の仕事をしていて、
統計の知識を強化するために科目を履修した。もう一人は40歳前後の高校の先生で
理科の教員をしているが、数学の免許も取りたいということで授業をとりに来た。
彼らのキャリアや動機は三者三様だが、共通しているのは
年齢に関わらず明確なキャリアパスがあり、
その手段として大学に来ている
という点だ。
出来の善し悪しに関わらず、私はそういう学生を「プロの学生」と考えている。

翻って日本では少子化で大学の経営が困難になっていることもあって、
定年退職前後の60歳位の人達を大学に呼びこもうという試みがなされている。
もちろんそれは経営的な観点からは望ましいことであろうし、
学ぶことは全ての人にとって生涯の楽しみであるので、その受け皿は必要だと思う。
しかし、大半の学生が何の目的もなく単なる趣味や
知的好奇心だけのために大学に来ているのは大変残念

なことである。そういう学生は、たとえ授業を聞いている時に真剣だとしても
「アマチュアの学生」に過ぎない。

今日、朝日新聞社に「学びが個を目覚めさせる」というタイトルで、
立教セカンドステージ大学の紹介文が載ったがこの手の「アマチュアの学生」
を手放しで褒め称える姿勢は、私には物足りない(*1)。

日本の高齢者の価値観では
「60歳にもなって新たなものを学ぶ姿勢は素晴らしい。」
のかも知れないが、私としては
「まだ60歳なのだから学んだことを社会に役立てて欲しい。」
と思う。

大学側から見ると、確かに少子化の影響による経営環境の悪化は急速なので
それを埋め合わせるための手っ取り早い対策は必要だろう。しかし、
本当に一番大きな問題は、
日本の大学がこれまで経済社会に必要とされる教育を
十分に提供出来ていなかったことにある。
その本質から逃げて、学問を「文化」に結びつけて経済との
つながりから逃げるのは、あまり前向きな姿勢とは言えまい。

(*1) この記事は、英文学の教授が書いているので、分野の
特殊性から致し方ない面もあることを断っておく。



テーマ : 生涯教育
ジャンル : 学校・教育

池田信夫氏らの政治姿勢 -- このエントリーを含むはてなブックマーク

最近、池田信夫氏と池尾和人氏が経済問題に関してよく
発言しており、それなりに人気も高いようだ。
また、金融日記の藤沢一希氏も知名度の点ではやや劣るが同じ思想を共有している。
その主張は一貫しており、大雑把に言うと次のようなものだ。

1.国債残高が高水準なので財政政策に出来ることはもはやあまりない。
2.短期金利はすでにゼロなので金融政策に出来ることももはやあまりない。
3.マイルドなデフレは大して悪くない。
4.日本は構造改革でサプライサイドを強化すべきだ。


1~3は現在の日本のマクロ経済の状況の下では根拠が薄弱だが、
彼らは持ち前の知識を活かして、読者をうまく煙に巻く事に成功している。
例えば、以下は池田信夫氏の最新のブログ記事

>日銀の白川総裁が、テレ東のWBSに出演した。おもしろかったのは、
>冒頭の「あなたはインフレとデフレのどっちがいいですか?」という
>街頭アンケートで、答が半々だったことだ。
>老人は「年金は増えないので値段が下がったほうがうれしい」と言っていたが、
>インフレがいいという若者は「賃金が上がるから」と答えていた。
>どっちが正しいだろうか?
>正しいのは老人のほうである。これは実質残高効果(ピグー効果)といって、
>デフレによって資産が実質的に増えるので需要も増え、経済を安定化させる効果がある。
>ユニクロのような価格競争は望ましいのである。
>他方、若者は名目賃金と実質賃金を取り違えており、これは貨幣錯覚と呼ぶ。


老人に関する発言の部分では資産を持っている人が
デフレによって得をするということについて述べている一方、
後半部分では、賃金の上昇を貨幣錯覚であるとしており、
労働者の購買力が年金生活者に比べて相対的に増大することは無視している。
話を単純化するとトリックがばれてしまうので、
「ピグー効果」、「貨幣錯覚」といったテクニカル・タームを無理やり
挟むことで、読者を煙にまいている(*1)。

(*1)「ピグー効果」、「貨幣錯覚」が冒頭の老人と若者の発言の背景を説明するのに
適切な概念だと思う方は、今後も池田信夫ブログを読んで頂くと良いと思う。


まあ細かい技術論はともかくとして、私が「上手いなぁ」と思うのは
彼らが重要な政治的勢力と仲良くやっている点だ。


緊縮財政は、財務省の将来的な予算配分権限を増大させるので、
財務省を見方につけることで情報の上で優位にたつことができる。

金融政策の手段がないと主張することは、
まだまだタカ派的で非伝統的な政策でリスクを取りたくない
日銀と仲良くするのに一役買うかもしれない。

デフレ容認は、有権者の最大勢力である高齢者を囲い込むのには最適だ。

構造改革は総論賛成・各論反対の人が多いので、
ブロガーや学者が総論を語るのには非常に適切な場と言える。
構造改革はいまや労働市場の流動化と切っても切り離せないので、
非正規労働などで低賃金に甘んじている労働者階層を取り込むこともできる。

彼らにとって唯一の敵は既得権益者である中年以上の正社員だが、
その数は減少の一途であるし、彼らの既得権益を破壊することが
日本経済全体にとっては良い方向であるのは確かであろうから、
その部分は声を大にして主張することができる。

彼らは5年後も国債の金利が低位安定する中で
財政破綻やハイパーインフレの到来を訴えたりしていると思うが、
おそらくその前に彼らのどちらかは、
迷走する自民党を取り込んで政界に進出しているのではないか

と私は予想している。



テーマ : 政治・経済・時事問題
ジャンル : 政治・経済

子供の名前は多様化している -- このエントリーを含むはてなブックマーク

明治安田生命保険から2009年生まれの名前ランキングが発表された。
子持ちの方は、このランキングをご存知の方も結構いるだろう。

今年は、男は「大翔(「ひろと」等)」、女は「陽菜(「ひな」等)」
が一番人気だったそうだ。しかし、
「そんな名前、聞いたことないんだけど。」
という人も多いのではないかと思う。
というのも、男子全体における「大翔」の比率はわずか0.83%、
女子の「陽菜」に至っては、0.59%に過ぎないのだ。
どうやら大半の親が子供に個性的な名前をつけようとした結果、
みんなが個性的な名前になってしまったということらしい。

みんなが個性的な名前を持っているというのは、社会的には
余り望ましいことではないだろう。ある程度パターンが限られていて
覚え易く、かつ、同じコミュニティーに同じ名前が頻繁に出現しない
という状態がもっとも便利であるように思える。
もっとも、ネット上で交流の場が広がるにつれて、
皆が個性的な名前の方が便利になってきていると言えないこともない。

個性的な名前が、印象の点で望ましいかについてもかなり疑わしい。
もし、自分の子供の名前を他の人に「個性的なお名前ですね。」
と言われたらどう思うだろうか。よっぽど鈍感な人以外は、
馬鹿にされたと感じるのではないかと思う。

なお、この調査は明治安田生命によると、契約者の家族から
男4,595人、女4,254人の計8849人の名前を集計したものである。
同種のもう少し大規模な調査はベネッセが行っていて、標本数は
3万7千人になる。こちらの調査では男の
1位は同じく「大翔」で占有率0.75%、女の一位は「凛」で0.69%となっている。

アメリカの名前ランキングはどうなっているだろうか。
さすが統計大国というべきか、
アメリカでは社会保障事務所(Social Security Administration) が
1879年以降の名前のランキングを全数調査し、
暦年ごとに1000位までデータベース化している。
2008年のランキングを見ると、
男の一位は「Jacob」で全体の1.04%、女の一位は「Emma」で0.90%
となっており、やはり最も多い名前でもわずか1%前後のシェアしかなく
日本ほどではないがかなり多様であることが分かる。
一方で、例えば30年前の1978年のランキングを見てみると、
Michaelが3.93%、Jenniferが3.43%となっており
特定の名前に集中している。
ポピュラーな名前ベスト100の全体における割合を見ると、
1978年が男67.04%、女45.21%であるのに対し、
2008年は男50.04%、女31.60%と多様化が進んでいることが分かる。

日米共に、子供の数の減少によって
名前の多様化が進んでいるのかも知れない。



テーマ : 初めての妊娠・出産・育児
ジャンル : 育児

デトロイト)廃墟と同居する街 -- このエントリーを含むはてなブックマーク

私は学校までの20マイル(32km)程を車で通勤しているのだが、
帰り道には主に二つの経路がある(Bは大学があるところ)。

通勤

一つは大学近くからデトロイトから北に伸びる高速の75号線
家の近くまで帰るという経路だ。
安全だが殺風景でラッシュ時には若干渋滞がある。

もう一つは、Woodward Avenue と呼ばれる州道一号線を使う経路だ。
ラッシュ時でも渋滞はしないが、貧しい方たちがウロウロしていて
私はあまり安全ではないと思っている。
というのも、暇そうな歩行者たちが車道を横切るのだが、
両方向の車線の間にある待機レーンで車の流れが止まるのを
待っている人がたくさんいるのだ。車が信号待ちで止まれば、
彼らは車のすぐ脇に立つことになる。
その中に、銃を持ってカージャックや強盗を
たくらむ人が混ざっていたらアウトだと思う。
そこまで凶悪な人はいないにしても、
ドラッグをやっているのか、意味も無く交差点付近でうろうろ
している人たちもいたりして、やはり安全とは感じられない。

この経路は不安があるので私はたまにしか使わないのだが、
一方で風情があるので結構好きだ。

デトロイトで東西に走る幹線道路には、
南から順に 1 Mile Road、2 Mile Road、・・・と順に名前が付いている。
もっとも正確には6マイルくらいまではかなりぐちゃぐちゃになって
いるので3マイルや4マイルを意識する事はない。

大学から6マイル(McNicholas Rd)までは、
いわゆる「いかにも安全じゃなさそうな地域」で
商店街と廃墟が混在した町並みが続く。
昔建った立派な建物がそのまま何年も放置されている
ということが、このあたりでは日常茶飯事だ。
窓が破れているので見分けが付くことが多い。
私はまだ慣れていないせいか
活気のあった遠い昔を想像しながら無性に悲しくなる。
走っていてここまで悲しくなる道というのは他にないと思う。
デトロイトの観光名所に加えるべきだ。

6マイル・ロードを超えると左手に大きくて綺麗なPalmer Parkという
公園が見える。この辺りは昔から郊外だったらしく、広々としてくるが
相変わらず廃墟の小さなビルも散在している。
少なくとも降りて公園で一休みしよう、という雰囲気ではない。

少し走ると、一昔前まで人種の境界線であった8マイル・ロードがある。
もっとも今では人種別の居住地はかなり混ざってきているので
そこまで大きな意味はない。
ここを超えるとまだまだ寂れた感じではあるものの、
中古車屋なんかも増えてきたりして
雰囲気は少し良くなる。
人種的にはかなりに雑多な地域だ。

10マイルを超えると Oakland Countyに入り、
雰囲気は完全に安全な街になる。
大手チェーンのレストランやファーストフード、
薬局などが増えてくる。

15マイルまで行くと一番栄えている
Birmingham 市のダウンタウンに辿り着くのだが、
13マイルのところで幹線道路を降り、
少し細い道を走って自宅まで帰る。

うーん、明らかに1号線の方が楽しい通勤なのだけど、
どうしてもつい高速を使ってしまうなぁ。



テーマ : アメリカ生活
ジャンル : 海外情報

数学と結婚 -- このエントリーを含むはてなブックマーク

「留学と結婚」はもう2回書いたので、次のテーマは数学と結婚である。
まず初めに断っておくと、「数学と結婚する」ということではなくて
「数学をやっている人が結婚する」という意味である。

結論から言ってしまうと、これは統計的には不可能であると言って良い。
数学科には女性が極端に少ないし、周辺分野も概ね女性の売り手市場だ。
(詳しくは、「婚活で成功したい女性は数学科に行くべき」を参照。)
それ以外の女性は大抵「●●クンって、何してる人?」と聞いてきて、
「数学をやっている」などと答えようものなら、
とたんに、困惑と哀れみと恐怖が混ざったような複雑な顔をする。
微妙な年齢の先生が2年前に流行ったギャグを女子高校生に
見せた時の反応に似ていると言えば、想像して頂けるだろうか。

私の人生史上最悪の会話は、
大学1年生の時の飲み会における
イケイケ(超死語)短大生とのものだった。

短大生「●●クンって、大学でなにやってるの?」
自分_「うん、数学やってる。」
短大生「(↑の顔)す、数学...(絶句)...。
___ 円周率とかたくさん覚えてるの?(←彼女なりに最大限の努力)」
自分_「まあ...そうだね。3.14159265358979323846264338327950288419716939937510」
短大生「(ひきつった顔)ふーん、すごいね...」
(会話終了)


そんな私に訪れた大きな転機は金融機関への就職だった。
就職した理由は「数学が分からなくなったから」
という極めてネガティブな側面を持っていたのだが
世の中の女性はそんなことはどうでもいいらしい。

はじめに様子がおかしいと思ったのは
バスで会った中学の同級生の女の子Aとの会話だった。
Aは、うちの母親が井戸端会議で
「Aさんっていう子はすごい美人らしいわね」
という情報を仕入れてくるくらいの美女だった。
東京郊外のドライな人間関係の土地で
そこまで噂が立つのは極めて稀なことだ。

A_「●●クンって何してるの?」
自分「あー、○○に就職することにした。」
A_「すごーい!いいとこに就職できたから数学辞めたの?」
自分「(絶句。そんな奴は日本中探してもいないだろ。)
__ いや...あの...数学は才能とかが必要だからね...。」
A_「ともかくすごいじゃない。いいなぁ☆」

ようするに、数学科の学生というのは
多くの女性にとって10年落ちのカローラみたいなもので、
金融機関勤務というのはBMWのマークみたいなものだろう。


実際に入社すると友人から生まれて初めて合コンのお誘いが来た。
自分の中身は大して変わっていないので
ズレたことを言ってしまったりするわけだが、
逆に「面白い」と笑ってくれたりする。
BMWはよく故障しても人気があるようだ。
数学科時代の友人は、就職後に合コンで
知り合った人と結婚した人が結構多そうだ。

こうした出会いの機会の増加によって、
BMWに興味のない女性との出会いも増えていった。
私は女性を見る目はそんなに肥えていないと思うが、
BMWが好きな女性かどうかはよく分かる。
なにしろ、マークをつけた状態とつけていない状態を
両方経験しているのだ。

難なくBMWに興味のない女性を見つけて結婚してから、
マークを外して10年落ちカローラで再び砂利道を走っている。

もちろん、これは単純化した話であって、
最初から結婚相手を見つけるために金融機関に入ったわけではないし、
最初から結婚したら元の状態に戻ろうと思っていたわけでもない。

ただ簡潔に言ってしまえば、
数学をやっている人が結婚するのは不可能なので
一旦数学を辞めればいい。
どっちみち、通常デートの最中は数学をやっていないわけで
数学を辞めるのが1日単位か1年単位かの違いだ。

これはむろん、結婚だけに限らない。
語学の勉強も一旦数学を辞めた方がうまく行くだろうし、
病気を治す時は一旦仕事を辞めた方がうまく行くこともあるだろう。

何かをやるために何かを一旦休止するというのは、
狙ってできるものではないが、
そこには見えないメリットも隠れているものだ、
ということを知っておくのは悪くない。



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日本の大学OB会 in アメリカ -- このエントリーを含むはてなブックマーク

昨日は私が一番初めに通った(日本の)W大学のOB会があった。
私は付属校の出身で、事実上7年間をこの大学で過ごしたので
W大への帰属意識は強いのだが、大学のOB会に出るのは実は初めてだ。
アメリカの地方にいるからこそ、数少ないOBと交流しようという
インセンティブが沸いたといえる。
場所は、デトロイトとアナーバーのほぼ中間で
日本の自動車メーカーの拠点が集中するノバイという町で、
私の自宅からは車で30分ほどだ。

年配の方はアメリカでハイテクやVCなど会社を経営している方が多く、
中年以下の方は日系メーカーなどで働いている人が多い。
現地の大学院に入りなおしてから、就職したり起業している人もいる。
大学関係者が他にいなかったのは、
異業種交流にメリットを感じない人が多いからだろう。

製造業の米国拠点が多いデトロイトという地域性もあるものの、
圧倒的に多いのは理工学部出身者だ。
「アメリカ来るなら理工系」
ということがここでも実証されたともいえるし、
理工系だとアメリカに飛ばされやすいと言えない事もない。
中には、
「昔からアメリカに来たいと思っていたが、
10年以上経ってようやく米国勤務になった」
と言っていた人もいた。

例のごとくw、同じ高校出身者でちょっと固まって
それぞれのやっていることを話したり雑談をしたりして
楽しいひとときを過ごした。

終わってから思ったことは、
アメリカとカナダ、インド、中国の話は出たけど
日本の話がほとんど出なかったこと
今後、日本人や日本企業のビジネスの場は
どんどん、人口の大きい国や地域に移っていくだろう。

「日本の将来像」というと
どうしても日本列島という地理的な対象に興味が行ってしまうが、
大学OBというくくりで見るとヒトが主体になるので、
仲間がそれぞれ適した場所で楽しくやれればそれでいいよなあ、
と思った。





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現金廃止の現実味 -- このエントリーを含むはてなブックマーク

日本は実質的に90年代後半以降長い間デフレに苦しんでいるが
その一番大きな理由が金利のゼロ制約にあることは明らかだ。

金利の下限をマイナスにできないのは、
そうなればみんなが現金を引き出して
貨幣の信用創造が一気に崩壊するからである。

日本では深尾光洋氏などが「減価する紙幣」
というネタを提供しているが、これは事務コストがかなり
高くなってあまり現実的ではない。

アメリカに住んでいて思うのだが、
減価する紙幣よりも、金融日記Himaginaryさんの日記
取り上げられているような
現金廃止の方がよっぽど現実的な感じが気がする。

そもそも、アメリカで現金を使う機会はほとんどない。
私が過去3ヶ月間で現金を使ったのは5回だけだ。

そのうち2回はValet Parkingなどのチップの支払い、
別の2回は小さなものの個人売買の決済、
1回はクレジットカードの使えない日本人オーナーの美容室だ。
ちなみに、チップと言っても通常のレストランのチップは
カードで同時に払える。

日本ではチップ制度はないし、
個人売買をすることもあまりない。
もしあったときは携帯で銀行振込をして確認すればいい。
自販機などは、Edy やSuica (って今もあるんでしょ?)
を使えばいいし、割り勘は実はカードの方がやり易い。

アメリカでは上記のようなシチュエーションのほか
(Rionさんの記事にあるように)
老人が相変わらずチェックを使っていたり
といった小さな障害があると思うが、
法律など技術的な問題、政治的な問題はあるにせよ、
経済的には日本で現金を廃止するのは結構簡単なのではないかと思う。

そして廃止の目的がマイナス金利にあるのであれば、
いわゆるアングラ・マネーは無条件に電子化すればいい。
他の目的と混同して実施を遅らせるのは避けた方が賢明だろう。



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本日で秋学期終了 -- このエントリーを含むはてなブックマーク



昨晩、期末試験が終わり、
今日は、昨日「調子が悪かった」学生の追試があるのみ。

というわけで今日は別件もあって大学に行くのだが、
何もなければ今学期はこれで最後になりそうだ。
12月25日から1月3日までは大学の建物が閉まるらしい。
実験系の建物なんかはよく知らないけれど。

これからは、毎日喫茶店かなぁ。

来年は、1月7日(木曜日)に授業開始。
日本人の感覚だと
(そしてウィスコン●ンの感覚でも)、
「中西部の冬は寒いんだからもっと長く休んで
フロリダにでも行けばいいのに」
と思うのだが、アメリカ人の考えでは、
「寒くてすることがない内に仕事は終わらせて
夏にいっぱい休もう」
となるらしい。
先日、娘のプリスクールも学期が終わったのだが
周りの人に話を聞いても、冬休みに遠出する、
という人は皆無であった。

WS大の冬学期は5月7日に期末試験が終わるそうだ。
そんなに夏休みを長くして一体何をするのだろう。
(模範解答:論文を書く。学会に行く。)

ともかく取りあえず学期が終わってよかった。



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デトロイト)ミシガンと日本は似ている -- このエントリーを含むはてなブックマーク

今学期の中頃にWS大の新任教員20人ほど集まる機会があって、
一人1~2分の自己紹介をした。

この手の機会があるとアメリカ人は、
デトロイトの人々は素晴らしくて好きだとか、
デトロイトは寒いところだけど緑は綺麗だし気に入っている、
といった私に言わせれば軽薄以外の何物でもない話をする人が多い。

その時に、ちょっと違う話をしようと思ってした話が表題の話。
日本人の参加者は一人だったし日本を印象付けようという意図もあった。

日本の人口は2006年をピークに減少を始めたが
ミシガン州の人口も2005年をピークに減少している。

日本は少子化、ミシガンは人口流出、と人口減少の理由は
違うが根本的な問題は同じだ。
両方とも、一昔前まで製造業で豊かな社会を築いたが
サービス業への構造転換が遅れ気味であり、
それが成長の阻害要因になっている。

構造転換の妨げになっているのはいずれも雇用の問題だ。
日本では年功序列・終身雇用制度が問題になっており、
ミシガンでは労働組合が強すぎることが問題になっている。

私が幸運にもオファーをもらって
デトロイトに来る前にに一つ考えていたのは、
こういう構造の地域で公務員に類する職業に就くのは
短期的には悪くないだろうということだ。
労働者の既得権が強く経済が衰退している国では、
公的部門の待遇は相対的に良くなる。
実際、過去10年程度の統計をざっと見ると
WS大の職員の待遇は地域では相対的に向上している。

もちろん、長期的には州の経済が活性化することが重要だ。
パイが大きくならない経済に勝者はいない。
土地やインフラはある程度整っているので、
労働条件などの諸問題を解決して
サービス業を招致しなければならない。

今週になって、通勤中に聞いている「DTK」という保守派の
ラジオ放送のトピックが公務員叩きになった。
一応、話はアメリカ全体のことについて述べているのだが、
こういった機運は特にミシガンでは高まりやすいかもしれない。
日本のように極端な公務員叩きはアメリカではまだ見られないが、
改革に残された時間はそう多くないと感じる今日この頃である。



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留学と結婚2 -- このエントリーを含むはてなブックマーク


以前に留学と結婚という話を書いたが、
日本人が留学後に海外就職というキャリアを考える上で
結婚というのは結構重要なファクターかつ難しい問題だと思う。
どの選択肢も一長一短で正解がない。
場合分けして考えてみよう。

1.留学前に結婚するというパターン

大きく分ければ、家族で留学するパターンと、
配偶者を日本に残して留学するパターンがある。

1.1 家族で留学するケース

私もこのケースだ。
このパターンは日本人では私が知る限り一例を除いて、
夫が留学、妻が同伴というパターンである。
これのいいところは、
配偶者や子供さえ賛成ならば精神的には
一番楽であろうということであり、
悪いところは経済的に不安定で苦しいというところだ。
配偶者が仕事を持っていれば辞めて来なければならない。
一番効率が良くて一般的なのは、
配偶者も大学など勉強し卒業後に職を探すことだ。
あるいは現地で直接、簡単な仕事を探す方法もある。
ただしこのケースはビザの問題もあり、私が見る限り、
あまり多いケースではなかった。

1.2 配偶者を日本に残して留学するケース

初めの数ヶ月間は私もこのパターンだった。
これは夫の留学と妻の留学の両パターンがある。
もちろんいろいろと苦労は多いのだろうが、
割と上手く行くっていることが多いような気がしている。
一つの理由は経済的には最も望ましいということであり、
もう一つの理由は、地理的な距離は想定していたほどは
障害にはならないという点だろう。
一人で留学したほうが語学力向上に役立つという利点もある。
このパターンで決定的に重要なのは、
お互いのキャリアパスを明確に擦り合せておく
ということだろう。
もちろん不倫には注意が必要かもしれない(笑)。
双方に、異性としての魅力だけでなく、
人間的な魅力が十分にあることが必要条件だ。

留学前に結婚するパターンのもう一つのデメリットは、
留学した本人が海外で就職した際に、
配偶者の就職先を探すのが難しいと言う事だ。
うちでも、これは将来的には問題になりそうだ。


2.留学中に相手を見つけて結婚するパターン

このケースは留学生活に関しては一番ストレスが少ないと思われる。
もっとも、アメリカでは日本人コミュニティーは比較的小さいし、
外国人間の結婚はそれほど多くないので、
やろうと思ってできるのかどうかは良く分からない。
以前のエントリーでも触れたが、このパターンの一番の問題は
卒業後に同じ勤務地の仕事を探すのが難しいというだろう。
これは景気にも左右される。
好況で人材の需給が逼迫している時は、
同じ組織で2人以上募集をしていることも多いからだ。


3.就職してから結婚するというパターン

現地で相手を探すという方法と、
日本に帰って探して呼び寄せるという方法がある。

3.1 現地で探すケース

私の実感では、出会いの機会は留学時より
就職後の方が少ないのではないかと思う。
しかし、ネットワーキングで努力を重ねればそれなりに実現は可能だろう。
独身で渡米している日本人は男女とも結構いるはずなので
求人倍率というよりはマッチングに問題がある状態
と認識すべきかもしれない。
確かに独身の期間は長くなるが、
共働きであれば経済的にもメリットがあるし
同じ場所に住んでいるので長期的には一番良い気もする。
もちろん、一方が転勤になった場合などの問題は残る。

3.2 日本に帰って探すケース

状況はもちろん留学前の交遊関係などにもよるだろう。
まず、女性が男性を探すのは前出の「家族で留学」
のパターンと一緒でかなり難しそうだ。
男性が女性を探す場合の需要の大きさはよく分からない。
見つかったとしても、例えばその女性が現地で就職先を
見つけるのはあまり容易でない可能性もが高い。
そもそも、この日本に帰って探すパターンを最初から考えているのであれば、
留学前に結婚したほうがメリットが大きい気がする。
しかし、このパターンは留学後の失業リスクを
軽減できるのが最大のメリットだろう。


ちなみに上の議論はあくまで、
離婚を前提とせずに結婚するという価値観に基づくものだ。
そもそも結婚をする気はない、とか、
住む場所が変わったら別の人探せばいいよね?
という場合はそんなことを気にする必要はない。
それも良かったかなー。




テーマ : 海外生活
ジャンル : 結婚・家庭生活

就職面接とチープトーク -- このエントリーを含むはてなブックマーク

アメリカの大学の面接では、求人している大学側が
とにかく自分の大学は魅力的であることをアピールしまくる。
彼らの言うことが全て正しければ、
全米一の大学はアメリカに10校はあるだろうし、
全米トップ10の大学は30校、
全米トップ100の大学は300校あるだろう


人間関係についても、
うちは規模が小さいからアットホームだとか、
みんなフレンドリーで付き合いやすいとか、
まるで天国みたいな職場ばっかりだ
チープトーク以外の何物でもない。

しかし、応募者の方は余裕も経験もないし、
大学を持ち上げて熱意をアピールする必要があるから
ノリでついつい話を信じてしまいがちな部分もある。
それに曲がりなりにも
行きたい職場に応募しているわけだから、
自分を正当化するために信じたいという側面もあるだろう。
客観的に考えれば、
この手の話にはなんの有益な情報もないので、
彼らも大変なんだな、と思っていればよい。

ただ、WS大で年配の教授から聞いた話で
妙に印象に残ったものも一つあった。
それはこんな話だった:

そういえば君は日本人だけど、
うちの数学科にはかつて
Nという日本人のファカルティーがいた。
彼は高名な数学者だったが、
誰とも話をしようとしない極端な性格だったため、
職場の人間関係がうまくいかず
T京大学を追われてT北大学に移り、
そこでもうまくいかずH大学に移り、
更にはカナダのとある大学に移り、
それからWS大に移ってきたと言われていた。
彼はWS大でも同僚とは一切話をしなかったけど、
生涯、WS大に勤めたんだ。


セールストークとしてのオシは強くないが、
うちは業績さえ残せば誰でも受け入れるんだ、
ということを端的に示すエピソードに思えた。
(念のため断ると、私は普通の人だけど。)
そして、いくらなんでもでっち上げで
ここまでの話は作れないだろう。

チープトークでは応募者側も聞き飽きるから、
ホスト側はこういう一ひねりしたエピソードを
用意できると面白いと思う。




テーマ : 研究者の生活
ジャンル : 学問・文化・芸術

アメリカ社会と道徳と宗教 -- このエントリーを含むはてなブックマーク

Rionさんのブログに、経済と道徳に関する話が出ていたので、
私が感じているアメリカ人と日本人の道徳観の違いを少し。

アメリカに来て驚いたことの一つは、
教会の社会奉仕活動の影響力が非常に大きいことだ。
地域のコミュニケーションの場としての役割だけではない。
貧しい人たちのために炊き出しをやったり、
外国人のために英語教室を開いたり、
幼稚園(preschool)に無償で場所を提供したり、
と社会的な弱者のために資本主義社会の枠組みと政府の
活動で対応しきれない部分を見事にカバー
している。

一方で、宗教を除く道徳教育というのは
上手く行っていないようだ。例えばアメリカの大学は
入学選考に社会奉仕活動の実績を考慮しているが、
学生の間では良い成績を取るための不正は横行している。
ビジネススクールで倫理の授業を義務付けても、
倫理にもとる経営は後を絶たない。

その結果、意識的にせよ無意識にせよ、
アメリカ人は社会道徳というものは宗教なしには
成り立たないと考えている傾向がある。


以前にRionさんのブログで紹介された
「無神論者の不人気ぶり」
にはそうした背景があるだろう。
また、フリー・メイソンは発祥はアメリカではないが、
彼らが、会員の信じる宗教に寛容であるにも拘わらず
無神論者の入会を認めていないのは、道徳観念と宗教の
混同が一つの原因になっていると解釈できる。

私がここから感じる事は三つある。

一つは、社会に貢献しない宗教など無意味であるということ。
日本の寺や神社は、社会に貢献する努力を怠ってきたことを
深く反省する必要があるだろう。

もう一つは、アメリカなどの文化圏で自分が無神論者で
あることを告白する時は、同時に宗教と道徳が別の物である
という考えも主張した方が良さそう
、だと言うこと。
私の高校時代の歴史の先生は、
「アメリカ人の前で「自分は無宗教だ」と主張すると
メンドクサイ議論になるから、とりあえず
「俺は神道を信じてる」と言っておけ。」

とアドバイスしていた。
実際にはアメリカは多様性を是としているので、
表立って批判されることは少ないが、
少なくとも文化的な違いを理解して発言する必要がある。

三つめは、宗教や全体主義を伴わない資本主義社会の
構築は案外難しい
だろうということだ。
日本でも、少なくとも自民党はアメリカ型の資本主義社会を
目指しているように思える。資本主義の枠組みで対応しきれない
問題には、政府が適宜、規制を作って対応するだろうが、
ダイナミックに適切な規制が設置できると考えるのには
無理がある。その際に、全体主義を主張する勢力が台頭
することには注意が必要だろう。



テーマ : アメリカ生活
ジャンル : 海外情報

デトロイト)Big Rock Chop House -- このエントリーを含むはてなブックマーク

今日は、かなり久々に(まともな)レストランに行った。
デトロイト周辺に住んでいる人がどれだけ
ココを見ているかかなり微妙だけど、
自分用メモ代わりにレビュー。

店は、Big Rock Chop House
賑やかな繁華街のあるBirmingham市にある。
デトロイト都市圏は主に、
南部に位置する黒人・中東系等が多いWay-ne County、
北西部に位置する知識階層・富裕層の多いOakland County、
北東部の保守派ブルーカラーの白人が多く住むMacomb County
の3つからなるが、
Birmingham市はOakland County の中心に
位置しており賑やかな繁華街を持つ。

レストランは、1931年に建造され1978年に鉄道が閉鎖されてから
空家となっていた鉄道の駅を改造して作られた。
デトロイトではいまだに豪華な建築物の大半は
20世紀初頭に建てられたものなので、
デトロイトらしいレストランとも言える。
今は近くにあるAmtrakの駅に一日4本(?=聞いた話)の
電車が通るだけなのでが通っているだけなので、
元駅舎でも現在はベッドタウンの中にある。

レストランは、
ネオンのセンスのなさ
全てを台無しにしている感もあるが、
ネオン以外のインテリアは結構頑張っていて、
中西部のレストランによくある古くて重厚な感じだ。
客層も悪くない。

メニューは
シーフードを中心にアパタイザーが結構あり、
メインも羊、牛、ロブスター、蟹などバリエーションは豊富だ。

chop house (=ステーキ屋)に来ると
いつも量が多すぎるのでシェアすることにしている
(アメリカ人のお金持ちはこういう事はしないのだろう)。
前菜は 生牡蠣 と crab cake、メインは NY Strip、
付け合せに truffle オイルで揚げたフレンチフライを頼んだ。
crab cake と フレンチフライは
娘が好きだから頼んだようなものだ。
「クラブ・ケーキは後に取っておこうね~♪」
と娘が言うので、
「あー、クラブ・ケーキっていうのは要するに蟹のコロッケのことだよ。」
と説明すると、
「じゃあ、先に食べてもいいね~♪」
とか言っていた。しかし結局少ししか食べず、
パンとフレンチフライとデザートのアイスばかり食べていた。
安上がりとも言えるし、もったいないとも言える。

前菜は、それほど外すものでもないが、
とりあえずそれなりの品質。

ニューヨーク・ストリップは、
肉はよく熟成されていて柔らかかったものの
肉質はあまり良いとは言えなかった

スーパーで1ポンド15ドル以上の
ニューヨーク・ストリップの方が上だろう。
グリルで焼いているが、網目以外の部分の焼きは
かなりマイルドな感じで、強火で焼いているわけではない。
全体に柔らかく仕上げたい、という感じの焼き方だ。
ウィスコン●ンのステーキ・ハウスは案外レベルが高く、
表面は強火でカリッと、中は柔らかく焼いて肉の味を活かす店
が多かったので、今回はやや不満が残った。
ソースはバターたっぷりのものだが、
味のバランスが良く日本人にも違和感のない内容。

飲み物は、前菜と共にカリフォルニアのシャルドネを一杯。
なんか渋くてあんまりおいしくなかったけど、
ワインは詳しくないしそんなもんなのだろう。
(もっと高いのを頼むべきだったに違いない。)

デザートは、
カリフォルニア産の Prager Aria White Port とかいうワイン。
デザートワインだがシャルドネなのでそんなに甘くはない。
アルコール度数はかなり高いのではないかと感じた。
初めて試しに飲んだみて、嫌いではないけど、
個人的にはRiesling で作ったIcewine の方が好きだ。

話はそれるが、ナイアガラのカナダ側には、
Niagara On the Lake というワイナリーのたくさんある街があって
アイスワインが結構リーズナブルな値段で買える。
そのあたりにくる人にはお勧めだ。
5年前に行った時は、たまたま日本人のツアーが来ていて、ガイドが
「このワインは帝国ホテルでは一本1万円以上しまーす!」
と客を煽っていた。なんであんなにうざいのだろう。

さて、気になるレストランの会計は、税・チップ込みで125ドル(実質2人分)。
全体として不満はないし、一度行ってみるのは悪くない。
でも貧乏人としては、コストパフォーマンスを考えると、
次は他を探そうかなぁと思ってしまうレベル。
貧乏人の高級レストランを見る目は案外厳しい。
あ、当たり前か(笑)。




テーマ : アメリカ生活
ジャンル : 海外情報

虎の尾を踏む覚悟 -- このエントリーを含むはてなブックマーク

アメリカ社会で1~2年生活すると気付くことだが、
アメリカ社会というのは移民を見事に活用して
足りない人材の穴を埋めている。
この事実を把握する事は、
アメリカで生きていく上では極めて重要だ。

アメリカが自国で育てている人材の質は、
統計用語を使って表現するならfat tails (両裾の厚い分布)だ。
昼間からぶらぶらしているような
どうしようもない人間がたくさんいる一方、
社会を主導するエリート層も恐ろしく厚い。

しかしそのボリュームのあるエリート層の大半が、
法曹界、金融業界、医療業界といった特定の産業(A)に進む傾向にある。
大学で言えば、プロフェッショナル・スクールが設置されている分野だ。
こうした産業にはどこかに、言語と人脈の壁があるのが普通だ。

一方で、同じ知識階層が就く職業であっても
自国民に人気のないエンジニアリング分野や、
自然科学、社会科学などの学問分野(B)
を外国人で賄っている。

外国人としてアメリカに来る際に、
Aを目指すのか、Bを目指すのかというのは決定的な違いだ。

自国民の優秀な求職者が大量にいるAの分野で、
わざわざ外国人を受け入れるメリットはほとんどない。
唯一可能性があるのは、圧倒的な能力を持っている場合だけだ。
これらの分野を目指す人は、極論すれば
虎を見つけたら敢えて尾を踏んで起きたところを棒でやっつける、
くらいの気概が必要だと思う。逆に、
尾を踏んでも虎が起きない程度の小者ならあまり不自由を感じない
だろうが、その状態では人々の目に留まらないので
生きていくのは難しいだろう。

一方でBの分野では政府が安全な通路を用意してくれている
ようなものなので、Aに比べれば圧倒的に楽だ。
しかし、安全な通路でも躓いて転べば、
後ろから来た人たちに踏み潰される可能性がある。

話を分かりやすくするために
知識階層についてAとBを極端に分けて考えたが、
知識階層からブルーカラーに至るまで
自国民を優先したいAの職種と
外国人で埋め合わせたいBの職種は
アメリカ社会のあらゆるところに存在するように思う。

例えば、郵便局の職員はほぼ単純な肉体労働者だが
待遇が比較的よく政府部門の雇用には米国市民が優遇されるから、
明確にAに分類されるだろう。
労働環境のわずかな違いがAとBを分けることも結構ある。
スタバの店員はAでマクドナルドの調理担当がBかも知れない。
両方とも賃金は最低水準に近いが、不思議とスタバでは
ネイティブでない店員を見ない。

基本的には米国市民は、英語力、人脈、市民権という
3つの優位性があるので相対的に有利なのだが、
教育・訓練制度の問題や、労働市場のミスマッチによって、
外国人が入り込みやすい場所は結構ある。


もちろん、AとBが明確に分かれているわけではないし、
AとBのいいとこ取りをできるニッチも
存在しているかも知れない。
AとBのどちらを目指すのも、諸条件が揃えば
それなりの価値があるだろう。
しかし、AかBかを考える習慣をつけておくことは
外国人がアメリカで生活することを計画する上で有益な視点だと思う。


そういった事が広く理解されれば、
日本の医学部は入学が難しいからアメリカで医者になりたいとか、
アメリカに興味があるから英文学を専攻しようなどという
不幸な日本人の若者の数は減少するだろう。




テーマ : アメリカ生活
ジャンル : 海外情報

ビジネススクールへの就職はマジでヤバイ -- このエントリーを含むはてなブックマーク

先日の記事で少し触れたが、
統計学、オペレーションズ・リサーチ(OR)、経済学などを専門としていて
アカデミックを目指しているという人には、
ビジネススクールのファカルティーを目指すという選択肢もある。


利点は給料が高いこと、教育負担が少ないこと、
外部資金獲得のプレッシャーが少ないことだ。


教育負担のメリットから見ていこう。
Bスクールでは教えるコースの種類が少ない
大体、統計学入門とか回帰分析の初歩のようなコースが大量にあって、
あとは若干難しいデータマイニングのようなコースがあっても
おそらく大抵は概論的なものだ。
基本的に教育の手間というのは授業準備の手間が大半なので、
同じコースの繰り返しが多ければ長期的に見れば圧倒的に楽だ。
また、概して教えるコマ数も少ない。
リサーチ大学の理学系の教育負担は通常、
アイビークラスの一流私大やごく一部の州立を除けば、
学期に2コマ(=6時間/週)であることが多いが
ビジネススクールでは、
これが毎学期1~1.5コマ程度である。

次に給料を見てみよう。
ベンチマークとしてASAによるリサーチ大学統計学科の
新米助教の年俸中央値は2008年度で75,000ドルだ。
これは資金力の豊富なバイオ系が入っているので
純粋な理論をやってる人の給与はもっと低いと思われる。
例えば、AMSの統計によると数学科の助教の場合、
大学のランクにもよるがリサーチ大学の平均は6万ドル台後半だ。
それでは、ビジネススクールはどうだろうか。
AACSB (Association to Advance Collegiate Schools of Business)
の2008年版 US Salary Survey (*1) によれば、
統計/OR系の平均年俸は 91,500ドルなので
統計の中央値よりも16,500ドル高い。
(新任の助教の給与の平均と中央値は概ね同じである。)
しかも、ビジネススクールのサーベイの方には、
リサーチ大学でない大学、例えばカリフォルニア州立大(CSU)の
大学が約半数を占めているので
実質的な差は2万ドル以上と見るべきだろう。

(*1) 直リンクは見当たらないが
グーグルで検索すれば閲覧/DLが可能。

最後に外部資金の獲得だが
ビジネススクールの資金というのは実業界や卒業生の寄付、
そして高額な授業料で賄われており、統計などの
「技術系」の教官が部資金を獲得する必要はあまりない
ようだ。

ここまで見ると、Bスクールはバラ色に見えるが、
もちろんいいことばかりではない
よく言われるのが、教育評価が非常にシビアだということだ。
例えば、日本でもアメリカでも確率・統計の教科書の初めの方には
サイコロを振って場合を数え上げるような問題が載っているが
ビジネススクールでそんなものを解説したら
問答無用で「もっと役に立つことをやれ」と文句が出るようだ。
(まあ、流石にBスクールでサイコロはないだろうが。)
もちろん、実践的なことから学ぶのは良いことなのだが
すぐに分かることだけ学ぶのでは
一生カルチャースクールレベルから進歩しない
わけで、
忍耐力のない学生にそういう専門科目を教えるというのは
必要以上に大変でストレスの高い仕事だろう。

リサーチに関しても、詳細は省くが
どうも彼らの考えている方向性というのはちょっと違うようで
理論分野をやっている人にとっては
あまりやりやすい環境とは言えない。
(もちろんノーベル経済学賞受賞者が出るような超一流校はまた別だ。)

そんなわけでBスクールも一長一短、
あるいは少なくとも三長一短くらいなのだが、
そもそも英語ダメダメな人は悩む必要があまりない。
英語にハンディのある人がビジネススクールのポストを
取るのは非常に難しいからだ。


自分も数学科とビジネススクールのフライアウトが両方来た時は
どっちがいいかなー、などと楽しく考えたものだが(苦笑)、
そんなことを考えるだけ無駄だったようだ。
そのBスクールのフライアウトに呼ばれたのは自分を含めて
せいぜい三人だと思うが全員が論外だったらしく、
採用無しという結論に落ち着いたと知らされた。
ホント、気構えておいた方がいい(笑)。

英語に自信のない日本人が狙うのに適しているのは、
シンガポールや香港などの英語ネイティブの比率が低い
Bスクールだろう。

まとめると、(いろんな意味で)
アメリカのビジネススクールはマジでヤバイ
ということになるだろう。




テーマ : アメリカ生活
ジャンル : 海外情報

応用数学セミナー)ベイズ的方法を用いたacceptance sampling -- このエントリーを含むはてなブックマーク

今日の応用数学セミナーは、Tachen Liang教授の
"Baysian Sampling plan for exponential distribution"。
製品の寿命の検査に高いコストがかかる場合に
どのように検査するのが最適かというのを
ベイズ的なモデルを作ってシミュレーションしたもの。

製品寿命が指数分布に従うと仮定してそのパラメータに対する仮説検定を行う。
寿命がある程度以上なら製品の質に問題がないのその個体の検査は途中で止めるし、
一定個数以上の製品が検査にパスすれば、そこで検査自体を終わりにする。
仮説検定に関するリスクと検査コストの兼ね合いをどうするかというのを
Bayes型のモデルを使ってやるとパフォーマンスが良いそうだ。

・・・・・と言っても、ベイジアンのシミュレーションは
事前分布の置き方や結果の見せ方でモデルの精度評価はかなり変わるので
きちんと細部まで結果を見ないとなんとも言えない。
背景の理論があったわけでもなかったし、なんだかなぁ、
とあまり感動しない自分がいた。

もっとも、WS大の数学科は大きいとはいえ、
統計のファカルティーは常勤が4人、客員が来ている人が1人(
といっても客員の人のやってることはほとんど確率解析)
の5人しかいない。
それなりに共通のテーマを探せれば研究にとってはプラスなのだが。。。

なかなか難しいものだ。




テーマ : 数学
ジャンル : 学問・文化・芸術

(レビュー) PCモニター(ASUS VW266H) -- このエントリーを含むはてなブックマーク

先々週の木曜日はサンクスギビングだったが、
アメリカではその翌日の金曜日は各小売店が特売を行って
ものすごい売り上げになって黒字になるので、
ブラック・フライデーと呼ばれている。
日本の国民性だったら、
安売りで赤字になるから、と
レッド・フライデーという名前にするに違いない。

お祭り好きの私は、
数年前までは早朝の行列に並んで電気製品を買ったりしていたのだが、
最近は時間と労力の無駄だと思ってネット通販だ。
ネット通販でもサンクスギビング前後は価格が若干下がるし、
仮に結果として下がらなくても、一度サンクスギビングの安売りの
価格を見てから買いたいので、サンクスギビングに買うことにしている。
従って、私は扇られているのではなくて
合理的に行動しているのだと信じている(笑)。

今年は、新しいPCモニター(ASUS VW266H)を買った。
以前から論文を画面上で読むために
1920 x 1200 の解像度のものを探していたのだが、
近年、液晶テレビの解像度が1920 x 1080 になった関係で、
このサイズのモニターは製造中止の流れにあるらしい。
縦1080ドットではレターサイズの論文を
表示すると判読が難しい。
更に、1600 x 1200 は最近ではほとんど作られておらず
2048 x 1536 はほとんど作られないまま終わりそうだ。
2560 x 1600 はまだ高いしPC側の問題もある。
なのでなんとか年内に買おうと思っていた。

使ってみると、PDF化された論文を
見開き2ページ表示できて大変便利だし、
TeX打ちをしながら、出来上がりを確認するのにも便利だ。
画面は25.5インチとでかいが、画面表示部の下端から設置面までの
距離が85mmと小さめなのであまり気にならない。
発色や画質の実感も前に使っていたSamsung製19インチモニターより良い。
ただやや不満な点は机に振動があると画面が揺れる点
画面を支える柱の幅が狭いため、画面が大きいと揺れやすいのだろう。
もっと質実剛健に支柱部分をしっかり作って欲しかった。

せっかく大きいモニターなので動画とか見てみたかったが、
何せビジネス用ノートPCに繋いでいるので、
グラフィックボードが貧弱でこの解像度で
動画を見ることは出来ないっぽい。

うーん、デスクトップPCも欲しくなってきたなぁ。





テーマ : PC周辺機器
ジャンル : コンピュータ

Teaching Evaluation (学生による授業評価) -- このエントリーを含むはてなブックマーク

日本の大学でも最近増えてきているようだが
アメリカの大学には毎学期末に学生による授業評価があって
学生が10~20くらいの項目に5段階で回答する。
もちろん大学によってフォーマットは違うだろうが、
W大M校とWS大で大体同じなので、少なくとも州立大学は
似たような仕組みをとっているのだと思う。
なお、院生がたくさんいる大学では
TAに対する評価とInstructorに対する評価が各々行われるが
質問項目が似通っているにもかかわらず、
概してinstructorに対する評価は厳しいようだ。

今学期は結構大真面目に授業をやったわけだけど
評価は予想以上に厳しかった。

評価の全体平均を知らないのでなんとも言えないが
平均には届かないような気がしている。
もちろん授業が下手なせいもあるし、
英語が下手なせいもあるのだろうが、
それは個人的な問題なので、
アメリカの大学生の気質について
抑えておくべき点をまとめておきたい。

1.テストは点数自体が良くないと納得しない。

統計の入門コースで100点満点のテストを行うと
大抵、平均点は60点くらいになる傾向があり、
これは教官や試験問題を変えてもそれほど変わらない。
低い点でもAが取れるようになっていれば、
全く問題ないように思えるのだが、
学生は80点とか90点といった
見かけ上良い数字を取らないと納得しない。
まさか、点が悪いとママに叱られるわけではなかろうが、
そういうものだと信じているようだ。
適当に点数を変換することは可能だが、
実際にどのくらい解けたか分からなくなってしまうので
私はそういった加工はしないことにしている。

2.絶対評価に対する過度な信仰がある

本来、科目の内容の理解度で成績を決めるというのが
望ましいのはその通りだろう。小学校や中学校なら
そういった方法は通用する。
しかし、学部の授業とはいえ、
きちんとコースの内容を理解する人は数人に過ぎない。
これをベースに成績を決めると、
過半数がFという結果になってしまうだろう。
しかし、それでも1.で述べたように
人工的に加工された80点、90点といった点数を元に
架空の「絶対評価」を行うことが望ましいと
考えている学生が多い。

3.努力は報われるべきと考えている

極論すれば、私は努力と成績は無関係で良いと思っている。
成績は理解度に応じて与えられるものだからだ。
しかし、
少なくともアメリカの大半の学部生はそう考えていないようだ。
やさしい内容の数学でも、きちんと理解する事は結構難しい。
しかし、パターンを覚えればパターン通りの問題を解く
事はできるようになる。
アメリカの学生は
このパターン暗記を大学までしっかり引きずっており、
パターン暗記の努力をすればよい成績が取れるべきだと
考えている。

さらに、既存の例題そのままでない問題が出ると、
問題が違いすぎる、といった文句が出る。
そして文句の出た問題の答えは教科書にそのまま書いてあって
問題形式になっていないだけだったりする。


4.個人的な事情も成績に考慮されるべきと考える学生が多い

病気・怪我などがあれば、
ある程度の特例を適用する必要は確かにあるだろう。
しかし、あまりにも見え透いた嘘で特例を求める学生が非常に多い。
また、単にテストのスコアが悪かったからということで
「追加の宿題をやるから成績を上げてくれ」
といった要望を出したり
「あと1点でAになるから何とかならないか?」
というような嘆願をしてくる。
もちろん、これは万国共通で程度問題だと思うが、
「言った者勝ち」のアメリカ社会の悪いところ
が影響している面が多々ある。
実際、(数学科ではないが)いい加減な教授もいて、
文句を2回以上言ってきた学生成績は原則的にあげてやる、
というようなことをやっているから、
こういうことが起こるのだろう。

(5.評価は学生の授業でのパフォーマンスに依存)

これは万国共通の問題だと思うが、
できない学生が自分の気持ちに整理をつける
ために、teaching evaluation で悪い評価をつける
という側面は否定できない。
WS大では全員にAを与えることも可能なので
teaching evaluation をどうしても良くしたいと思えば
成績を緩くすると宣言することもできる。
この問題は、大学の成績のシグナリング効果を
弱めるという問題を内包しているので
アメリカの大学はもっと真剣に取り組むべきだ
と思う。
成績の平均に制限を設けているのは、
私が知る限りではビジネススクールだけだ。

来学期に向けて対策も考えてみる。

1. → 極端にやさしい問題を混ぜる。
2. → 名目上、尺度を作る。大きくずれた場合はそれに合わせて得点調整?(不毛だ)
3. → 初回の授業でガツンと言う(笑)→リスキー?
4. → 特例の明確化→しかし明文化によって学生の言い訳も変化。

まあ、来学期も適度に頑張ろうと思う。





テーマ : 教師のお仕事
ジャンル : 学校・教育

アメリカでタクシーにブチ切れ -- このエントリーを含むはてなブックマーク

2年くらい前だったか、
前日の深夜に旅行先から帰ってきて、
翌日朝一番の飛行機に乗って学会に行ったことがあった。
その際、朝6時30分にタクシーを頼んでおいたのに
6時40分になっても来ない。


当時、私は携帯電話を持っていなかったので、
アパートの玄関口で待っているしかなく、
電話も受けられない。

結局、15分遅れくらいで来たのだが、
「時間通り来てくれないと困る。」
と言ったら、雪が降って遅れたとか、
電話が通じなかったとかごちゃごちゃ言っていたので
ぶちキレて
「言い訳になってない!」
と言って黙らせた。

逮捕されると困るので料金は一応払ったけど、
チップをゼロにして降りた。
とりあえず、その場では何も言われなかった。

ただ、この話には後日談があって、
半年後くらいにタクシーチケットを使って
タクシーに乗る機会があったのだが、
その時に運ちゃんに、
「チケットあるから運賃はかからないけど、チップは別だよ!」
とすぐに言われた。普段から払っていたので
「あー、いいよ。」と答えたのだが、
よくよく考えると、これだけ小さい町で
タクシー会社も同じで似たような感じの人だったので
同じ人なのだろうと気付いた。

でもやっぱりサービスに不満な時は
チップ払わなくていいよね?
みなさんどう思います?


P.S.
そういえばレストランのチップって何%払えば良いのだろう。
ウィスコン●ンに来たときに課税前価格の
15%と聞いてしばらくそうしていたが、
都会では税込みの17~18%が標準になりつつある
という気がする。




テーマ : アメリカ生活
ジャンル : 海外情報

神経衰弱 -- このエントリーを含むはてなブックマーク

相変わらず娘と毎日神経衰弱をやっているのだが、
今日はついに五分の星になってしまった。
子供の記憶力というのは案外侮れないものだ。
娘も今月で4歳になるし
そろそろ次のゲームに移行しなければ(笑)。

(今日の成績)
―私―娘―
●6-7○
○9-4●
○8-5●
●5-8○
●5-8○
○8-5●
○8-5●
○9-4●
●6-7○
●6-7○


テーマ : 育児日記
ジャンル : 育児

大学院の推薦状について -- このエントリーを含むはてなブックマーク

アメリカの大学院に出願するためには
大抵3通程度の推薦状が必要だ。

これは形式的なものではなくて、
かなりきちんと選考に入るらしい。
経済学などではこの推薦状の比率はかなり高いようだ。
理工系でも、学生個人の能力を測りにくい実験系の分野では
理論分野に比べ、推薦状の比重が重くなるのは間違いないだろう。

通常、その分野で名前の通った教授ほど、
自分の推薦状の信頼度を落とさないために
客観的に推薦状を書くといわれている。
したがって、有名な教授から内容の良い推薦状を
書いてもらえばアドミッションではかなり有利になる。
また超有名な先生でなくても、分野や出願先によっては
強いコネクションがある場合もある。

あるいは、有名な先生でなくとも
応募者を良く知る立場の人が説得力のある推薦状を書けば、
下手に有名人に月並みな推薦状を書いてもらうより良い
印象を与えられるかも知れない
(しかし、PhDはアカデミックなプログラムである以上、
全くの素人が書いたものでは効果がないだろう)。

そんなわけで、「自分を良く知る人」、
「身近にいる著名な人」というのまずがキーになる。

それ以前の問題として時々あって困るのが
「推薦者がどうしても3人見つかりません」
という相談だ。

冷たいようだがこれに対する単刀直入な答えは、
「じゃあ、諦めてください」
ということになる。

大学を卒業していれば
少なくとも3人以上の先生の授業を受けているはずだ。
それ以外にも、探せばいろいろなところに
つながりは求められる。
推薦状に求められているのは、
主に他の人とのつながりだ。
自分できちんと書いてくれる人を探し、
その人を説得して良い推薦状を書いてもらう、
というプロセス自体が入学選考なのである。

その第一歩で躓いてしまっていては先が思いやられる。

そういう私も
統計学をほとんどやったことがなかったので、
推薦状を書いてくれる人を探すのは暗中模索だった。
一度しか会ったことのない先生を訪問して頼み込んだら、
幸運にも推薦状を書いてくれたばかりか、
親切にもかなりの時間を割いてくれて
留学のアドバイスまで頂いてしまった。

もちろん私は良い先生に恵まれたと思うが、
そもそも日本の大学の先生というは大抵は親切であると思う。
試されているのは、
実は出願する人の積極性の方なのだろう。




テーマ : 留学・留学生
ジャンル : 学校・教育

プロフィール

Willy

Author:Willy
日本の某大数学科で修士課程修了。
金融機関勤務を経て、米国の統計学科博士課程に留学。
2009年、某州立大数学科専任講師。2010年、助教。2016年、准教授。

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