JSM 2010 -- このエントリーを含むはてなブックマーク

7月31日~8月5日にバンクーバー(カナダ)で開かれる
Joint Statistical Meeting 2010 に参加します。

(いないとは思いますが)オフ会wご希望の方がいらっしゃれば
私だけに見えるコメントなどでメールアドレスをお知らせ下さいw

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テーマ : 自然科学
ジャンル : 学問・文化・芸術

家族連れ留学と出産2 -- このエントリーを含むはてなブックマーク

その1では、家族連れで留学する男性の配偶者が同伴して渡米し
留学先で出産することについて考えたので、
今回は、家族連れで留学する女性が留学先で出産すること
について考えてみよう。

日本人の感覚では不可能に思えるが、
同じ学科の中国人の女性でそれをやってのけた人が一人いた。
彼女は博士課程の学生で、夫も同じ大学の博士課程の学生だった。
出産したのは Qualifying Exam が終わった後の3年目の半ばだ。
こんな細かいことを突っ込む必要もないのだが、
彼女は3年目の初めに Qualifying Exam に通ったので
時期から逆算すると試験に通ることを前提として子作りに励んでいたことになる。

ところで統計学科の博士課程の学生は生活費と授業料を得るために
TAをやらなければいけなかった。TAは毎週何時間か
演習のクラスを持たなければいけないので、
流石に出産の前後では務まらない。

そこで彼女はどうしたかというと、もう一人のTAと協力して
一学期を二つに分け、学期の前半は彼女が全てのクラスのTAをやり、
出産予定の学期後半はもう一人のTAが全てのクラスのTAをやって凌いだ。

おそらく彼女はその学期もいくつかの単位を取得した。
そして、私よりも早く4年半で博士課程を修了した。

というわけで、一見不可能に見えることも可能なこともある。

実際、海外で出産するか同加で迷う女性は多いと思うのだが、
こんなウルトラDを見てしまうと、なんでも挑戦だ、
と思えてくるのではないだろうか。

あなたの行動の行く手を阻むのは、
往々にしてあなた自身の先入観だ。



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テーマ : アメリカ留学
ジャンル : 海外情報

家族連れ留学と出産1 -- このエントリーを含むはてなブックマーク

留学と恋愛、留学と結婚については以前書いたので、
今回は、家族連れで留学する男性の配偶者が同伴して渡米し
留学先で出産することについて考えてみる。

若い人の中には家族連れの留学というのは稀だと思う方も多いかも知れないが、
アメリカの大きな大学に来るとそういう日本人は結構いるものである。
子連れの留学や留学先で配偶者が出産するケースを見ると、
1) 医師の研究留学、
2) 大学や企業の研究員の在外研究のための留学
3) 社会人経験の後に大学院に留学

の順に多いように思う。
日本の機関から紐付きで来る場合は1~2年のことが多く、
そうでない場合は4年以上の長期の人も多い。

出産自体は全人類に共通する営みなので
日米でそんなに大きな違いがあるはずはないが、
制度や環境が異なるという点でいくつか注意するべき点はある。

主な注意点は以下の三つだ。

・健康保険のカバレッジ
・出産後のサポート体制
・妊娠・出産時期


アメリカで健康保険のカバレッジを調べずに出産するのは、
値段を見ずに宝石を買うようなものだ。

通常、日本で購入できる海外傷害保険では出産をカバーしていないケースが大半である。
また、大学が提供する保険は大学によってまちまちで、
全ての大学でカバレッジが高いわけではない。
また研究員として留学する場合は、保険が大学側から提供されるかどうかは
個別の交渉によるので、きちんと調べておく必要がある。
私の家のケースでは、自然分娩で2日間の入院だったが、かかった総費用は
大雑把に言って8000ドル程度。検診を全て含めて約1万ドル程度だったと思う。
大学の保険のカバレッジは約9割だったので、自己負担は1000ドルちょっとだった。
もちろん、帝王切開などの手術をすれば費用は上がるだろうし、
集中治療室などを使うことになれば総費用が1000万円を超えるのは
全然不思議ではない。

次に問題なのは出産後のサポート体制だろう。
日本では、実家や親戚、近所の親しい人など様々な人の援助を受けやすい。
しかし、アメリカではそうもいかないので、
できれば出産する人の親や姉妹などが来てくれるのが望ましい。
手伝いに来てくれる人がいるとして、難しいのはいつ渡米してもらうかである。
出産予定日はあるものの、標準偏差はかなり大きいし、
アメリカの出産予定日の決め方はかなりいい加減らしい。
予定日の2~3週間前に来てもらうとか、
生まれそうになったら急いできてもらうとか、
作戦を練っておく必要があるだろう。
手伝いに来てくれる人には、
基本的に身の回りの世話をしてもらうことになるので、
英語が出きなくても、車が運転できなくても、
決定的な問題にはならない。
ただ、夫の実家から人を呼ぶ場合はやや注意が必要だろう。
本当に手伝う気で来る場合は良いのだが、
海外旅行気分で来られて、何もしていないので
ものすごく大変だったという話を聞いたこともある。
やはり出産のような一大事ともなると血の繋がりは大事なのだ。

割と見落としがちなのが出産時期だ。
アメリカは結構遠いので日本で妊娠してから渡米する場合は
安定期に入るまで飛行機に乗るのは難しいと考えた方がよさそうだ。
また、アメリカで妊娠する場合は、帰国までに生まれた乳児が飛行機に
乗れる必要がある。

ジャンボジェット機は、細かい気圧の調整ができるので比較的小さい乳児でも
乗ることができるようだが、小さい飛行機に乗らなければいけない
場所などでは注意が必要のようだ。

こうした注意点をクリアした上でも、
日米それぞれのメリット・デメリットはたくさんある。
それぞれ挙げてみると次のようなものだ。

メリット:
・配偶者が留学期間を有効に使うことができる。
・配偶者が退屈しなくて済む。
・子供がアメリカ国籍を取得出来る。
・アメリカは車社会なので、乳児との移動が楽。
・子育てに関するプレッシャーが日本より少ない。
・社会が子育てしている人に優しい。


デメリット:
・病院でのやりとりが英語になる場合もある。
 ただし通訳を頼むことは可能だし、いなくても電話通訳を頼めることも多い。
・医療は病院次第だが、日本に比べれば質は劣るだろう。
・出産後はアメリカで旅行やレストランに行きにくくなる。
・出産後、ちょっとした用事等で実家などの援助を受けにくい。
・祖父母が生まれた子供のあまり会いに来れない。

もしあなたが周りにアメリカでの出産にアドバイスを求めても、
賛成の人はメリットばかり強調するだろうし
反対の人はデメリットばかり強調するだろう。
3つの注意点さえ解消しているならば、あとは結局本人たち次第だと思う。

個人的な意見を言わせてもらえば、
上に挙げるようなデメリットは気にならなかったし、
メリットは結構大きいと感じたので、まさに

「案ずるよりも産むが易し」

という奴ではないかと思うが、出産したい女性には、

「留学中の夫は家にいても宿題で忙しかったりするので
あまり子育てに参加できなくても恨まないように」

とアドバイスしておきたい(笑&反省だけなら猿ry)。
夫は日本で働いている時と同じように忙しいのだ、
ということを想定して出産することをお勧めする。

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テーマ : アメリカ生活
ジャンル : 海外情報

仕事を生きがいにせざるを得ない人達 -- このエントリーを含むはてなブックマーク

以前に少し触れたが、私は労働問題に興味を持っている。
最近、松本孝行さんが「仕事のやりがい≠いきがい」という示唆に
富んだ記事をエントリーされたので、以前から思っていたことを書きたい。

多くの日本で働く人達にとって「仕事」と「生きがい」というのは
密接に関係しているのだろうと思う。しかし、それが望ましいことなのか
どうか、というのは判断が難しい。
というのも、密接に関係しあう二つのものの因果関係というのは、
往々にして判断しにくいものだからだ。

例えば「鶏が先か、卵が先か」ということわざがある。
どちらが発端かを判断することは難しい。
きちんと考えれば「鶏の卵」をどう定義するかの問題に帰着するわけだが
普段、養鶏業者の人はそんなことを考えないだろう。
ただ、正直に言うと私はこの諺はあまり好きではない。
なぜならこの諺が時として「どっちでも良い」というニュアンス
に取られてしまうことがあるからだ。

そこで、もっと良い例えだと私が思っているのは
「ごはんが先か、おかずが先か」というものである。
私が通っていた高校には学食があったのだが、
そこがともかく想像を絶するくらいまずかった(*1)。

(*1) 大学生の時、「大学の学食のレベルを1とすると、
高校の学食のレベルはゼロだ」というジョークが一時流行った。

例えばラーメンにしても、
どこに行ったらそんなにマズい麺を仕入れられるんだ、
というくらい変な麺を使っていたし、
メニューには毎日「ラーメン」と書いてあるのだが、
日によって味噌ラーメンが出たり醤油ラーメンが出たりする。
そのラーメンは200円だったのだが、
250円くらいのカップラーメンをコンビニで買ってきて
食堂の給湯機で80度くらいしかないお湯を入れて食べるのが
流行っていたほどだ。

定食もかなりきわどい線を突いていた。
例えばメニューに「串揚げ」と書いてあるのだが、
中に何が入っているかは説明されていない。
それは、タマネギを大量の衣で揚げたものであったり、
これでもかというくらい脂の臭い鶏肉を揚げたものであったりした。

そんな定食を頼んだ時は、とりあえずおかずに手をつけるのだが、
あまりにもまずいため、ごはんをかきこんでなんとか味を消す。
また、少しおかずを食べて、ご飯で味を消す。
そうこうしているうちに定食を食べ終える。

通常であれば、ご飯だけでは味が薄いので
ごはんの合間においしいおかずを食べて味を楽しむ、
というのが望ましい食事のプロセスだと思うのだが、
このプロセスが全く逆転しているのだ。
しかし、端から見ていると、この二つの違いは良く分からない。

仕事と生きがいについても似たことが言える。

生きがいがあって、それが仕事になる。
それが楽しいので更に仕事をする、
という好循環であれば大変望ましい。

しかし、ほとんどの人にとってこのプロセスは
まずい学食のようになっていないだろうか。
すなわち、

仕事が忙しすぎる
 ↓
他の事をやる時間がない
 ↓
仕事が生きがいだと思うことにする
 ↓
仕事が更に忙しくなる


という循環である。

「ごはんとおかず」の例と少し違うのは、
働いている本人も因果関係が分からなくなってしまうことだ。
そういう点で、私の嫌いな「鶏と卵」の例に似ていると
言えるかも知れない。
ただし「鶏と卵」と少し違う点もある。
それは終りがあることだ。

 ↓
寝る時間もなくなってくる
 ↓
もっと強く仕事が生きがいだと思うことにする
 ↓
仕事が更に忙しくなる
 ↓
過労死

人間は最後はどっちみち死ぬわけだし、
生きがいの仕事をしながら死ねれば本望だと思うかも知れない。

そう思わない人は仕事を生きがいにするのは
そこそこで止めておくと良いかも知れない。


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テーマ : お仕事
ジャンル : 就職・お仕事

金融規制案が米経済に与える意味 -- このエントリーを含むはてなブックマーク

先週は、オバマが金融規制の強化案を出したことでアメリカの株式は大きく下げた。
規制が金融業界に及ぼす影響は、経済評論家の山崎元氏が
ダイヤモンド・オンラインがうまくまとまった記事を書いているし、
規制そのものについては金融日記の藤澤氏が意見を書いている。

彼らの主張は至極まっとうだと思うのだが、
私が一番重要だと思っている点に触れていないのが面白いと
思ったので少し私の見方を書いておきたい。

金融日記のエントリーには
「規制が多いと人々の自由な経済活動のじゃまをして経済にマイナス」
という趣旨の事が書いてあり、実際、多くのアメリカ人がそう考えている
ということもまた事実であると思う。
しかし、アメリカが常に金融市場を自由な方向に持っていこうと
してきたのはそんなナイーブな思想だけからではないだろう。

アメリカは多くの経常赤字を抱えているが、
それでも通貨が暴落せずに経済も一応回っている主な理由は
対外投資の収益率が対内(対米)投資の収益率を大きく上回っているからだ。
金融取引の規模が拡大すれば、経常赤字のような実体経済の指標の重要性は
相対的に低下し、GDP比で多大な経常赤字が持続可能になる。
したがって、アメリカは構造的に、どんどん金融を自由化してあらゆる
取引を活発化させ、経済を維持する必要がある。
プラザ合意がなされた80年代半ばのアメリカの経常赤字は
GDP比でわずかに3%強だったが、経常不均衡は大きな政治問題になった。
近年では、それが6%前後にもなっているにも関わらず、
当時ほど通貨や経常収支不均衡が騒がれていないのは、
主に金融自由化の恩恵によるものだ。

もっとも、金融が自由化したところで、
対外投資で高い収益率を上げるのはそれほど簡単なことではない。

例えば竹中平蔵氏は、国富ファンドを作って収益率の高いアメリカの株式
なりに投資することを提案していたが、一般的に言って他人の金を預かって
いるような公的部門に積極的な運用を任せるというのは危険なことである。
先進国市場での普通株式の買い付けのような保守的な取引程度なら
それほど深刻な被害は出ないかも知れないが、
より複雑でリターンの高い商品への投資には
かなりの専門知識が必要になる。
相対で取引をする金融機関にとって、
一番ハメやすい大手の投資家といえば真っ先に挙げられるのが
他人のお金を預かっていて知識の乏しい地方自治体や農林系の金融機関などだ(*1)。
各国政府のような大きい投資家はそれに比べれば若干ましな知識を持っているだろうが、
「二匹目のカモ候補」であることは間違いない。
例えば中東の産油国は近年、米国の大手金融機関に投資して儲かっただろうか?
個人でほぼ同じ業界・同じ時期に投資したバフェット氏と比べるとどうだろう。

効率的にリターンの高い投資を行うためには、いまのところ、
金融規制を自由化し、ウォールストリートに優秀な人材を集めて
自由にやらせるしか方法がない。

確かに今回の金融危機でアメリカの金融機関は大きな痛手を負ったが、
発端であるモーゲージ証券の問題は
昔からアメリカ市場にあるプリンシパル・エージェント問題であり、
投資銀行のビジネスモデルの問題とは言えない。
逆に、そこで発生してしまった潜在的なロスを投資銀行が加工し、
かなりの部分を欧州の金融機関に押し付けることに成功したという面もある。

ウォールストリートのバンカーたちが傲慢にも、
「アメリカの経済が豊かなのは、我々がたくさん稼いでお金を使うおかげ」
と言うのはあながち間違った考えとも言い切れないのだ。


今回の規制が意味することは、
一般市民が銀行に預けているお金を自らヘッジ・ファンドなどの
高リスクな金融商品に振り向けない限り、
アメリカはこれまでのような経常赤字を維持することはできない、
ということを大統領がコミットしたことだ。

アメリカは、しばらくの間の低成長と引き換えに貯蓄率を回復させ、
為替をドル安に誘導して貿易収支を改善させる、
という方向に舵をきるのだろう、と考えることができる。





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テーマ : 経済
ジャンル : 政治・経済

修士課程と博士課程、どちらに行くべきか? -- このエントリーを含むはてなブックマーク

日本の大学院では、修士課程と博士課程というのは同じ建物の1階と2階
みたいな感じで、レベルには違いがあるけど趣にはあまり違いがない。

一方、アメリカは実務家養成のための修士課程と専門家養成のための
博士課程という風に分かれているし、入り口自体も別になっている。
家具屋に入ること(修士)と日曜大工の店に入ること(博士)
くらいの違いがある。

アカデミックに残りたい人は、博士課程に行く以外に道はないので
置いておくとして、産業界に行きたい場合はどちらに行ったら良いだろうか?

もちろん、それぞれにメリット・デメリットはあるし、分野によっても
大きく違うだろうが一番のポイントは、
「その分野の勉強を楽しむことができるか」
ということであると思う。

修士課程のプログラムは、将来つきたい職業なりがあって、そのために必要
なことを効率良く学ぶ、ということに主眼が置かれている。従って、
目標さえあれば、学問的な興味が無かったとしても頑張って終えることが
できると思う。1~2年という期間は精神的にも経済的にも現実的な選択肢だ。

翻って博士課程のほうは、元々研究者養成のために作られたプログラムということ
もあるし、企業が採用する際も、特定の問題を深く掘り下げられるという
能力を求めている。そのため、ともかくその分野が趣味と言えるくらい
好きでないと、終えるのは難しいのではないかと思う。

まとめると、
「将来のキャリアのためなら修士課程へ、
研究の過程を楽しめるなら博士課程へ」
ということになる。

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テーマ : アメリカ留学
ジャンル : 海外情報

数学とは何か? -- このエントリーを含むはてなブックマーク

(ご注意:一部に性的な例を含みますので不快に
思われる可能性のある方は読むのをお止め下さい。)

日本で学部生をやっていた頃、理工学部の
一般教養科目で数学の歴史について学ぶ科目があり、
授業は、古代ギリシャから始まって近代までの数学の歴史を
俯瞰するものだった。
試験はなく、単位取得のためには「数学とは何か?」という
漠然としたテーマのレポートを出すことが必要十分条件になっていた。

自分含めてこの課題に面食らった数学科の学生たちは、
何回か軽く雑談したのち「これは難しくて書けないだろw」
という結論に至って、みんなで単位を取るのを諦めた。
中途半端に悪い成績がつくと記録に残ってしまうので、
私は「不可」をつけてもらうように教授に頼んだ。

この科目は一般教養科目だったので、
化学科の友達は同じ授業を取っていたのだが、後日聞いたところによると
彼はレポートを提出して難なく単位を取得したらしい。

興味があったのでどんな事を書いたのかと聞くと、
おおよそ「数学は自然科学の道具だということを書いた」(*2)
という答えが返ってきた。
それを聞いて、なぁんだ、と思ったあと、
まあ、それも間違いとは言い切れない、とぼんやり考えた。

大学を卒業した後、時折その問題について考えた。
「数学は自然科学の道具だ」というのは
「数学とは何か?」と言う問に対する答えなのだろうか?
私は違うように思う。

「多くの人は数学を何に使っているか?」とか、
「数学は世の中で何の役に立っているか?」という問であれば、
「数学は自然科学の道具だ」という答えは妥当だろう。
しかし、それは数学そのものが何かを述べたものではない。

「数学とは何か?」と聞かれて
「自然科学の道具」と答えるのは
「飯島愛とは何か?」と聞かれて
「おかず」と答えるようなものだ。

あなたが対象をどう使っているかを答えただけで
対象そのものが何かについて答えているわけではない。

彼女はもうこの世にいないが、
彼女がこの答えを聞いたらどう思うだろうか?
職業意識が高ければ「そう思われて本望だ」と思うかも知れないし、
感情的であれば「私はそんなもんじゃない」と怒り出すかも知れない。

確かに彼女の人生の前半における社会的価値は「おかず」であることだった(*1)。
しかし、彼女や彼女と親しい人たちにとっては
彼女はかけがえのない一個人として様々なドラマや深い闇も持っていたはずだ。
もちろん、大半の忙しい現代人にとってそんなことはどうでもいい。
仮に、彼女の一生が映画化されることがあったとしても、
それが一般大衆の好奇心を満たすための偏った作品になることは
避けられないだろう。


(*1)一方、人生の後半における彼女の価値は人を楽しませることだった。

(*2)これは彼に限らず、数学を使う分野の人が良く使う言い回しだ。
  全く同じとは言えないが、例えば経済学をやっているRionさんは、
  「数学は複雑な対象を明晰に考えるための補助輪のようなもの」
  とブログで表現した。

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テーマ : 自然科学
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娘の算数教育 -- このエントリーを含むはてなブックマーク

娘は先月4歳になったところだが、数的感覚も少しついてきた。
ネットで同じくらいの歳の子のことをいろいろ検索すると、
どうやら数的感覚は年相応といった感じでごく標準的なようだ。

神経衰弱は4歳になる前に教えたら2~3週間で私と五分になったが、
その後の勝負は、娘の方が心持ち強いもののほぼ拮抗していている。
なんとなく私の実力がボトルネックになっているような気がして、
どちらかというと私の方が最近はプレッシャーを感じている。

オセロは何度かやったが、ルールを完全には理解できないようなので
現在は取りあえず止めている。
娘が4隅を抑えた状態で始めると、適当に置いても形式的には娘が
僅差で勝つが、ルールを理解していないから実際に勝ったとは言えない。
また、大人の方がハンディ戦の作戦に習熟すれば、
小さい子供とは互角になるのではないかと思う。

先週はトランプの「スピード」を何度かやったら
取り敢えずルールは完全に理解したようだ。
「10」の隣は何?と聞くと
1~2秒考えて「9」と「Jack」というようになった。
最初にA~Kを円周上に並べて書いて説明したので、
「K」の隣が「Q」と「A」であることは問題なく理解したらしい。
しかし素早さは大人には全く歯が立たないのでまだまだ訓練が必要だ。
娘はハートの札が好きなので、私が
「ハートの"8"が出せるんじゃない?」
などと言うと
「ハート、勿体無いよね...」
としぶしぶ出したりする。

数字は、今のところ99まで数えられるようだ。
先日オセロの石の枚数を数えさせたら、
63まで正しく数えたのに最後で油断して「65」と言っていた。
車に乗ってると、道路の速度表示を見て、
「●● Road。35マイルまで出していいです。」
とボソッと言ってくる。便利だ。

最近、ゼロもなんとなく理解したようだ。
指で数えながら
「0,1,2,3,4,5,6,7,8,9,10」
「10,9,8,7,6,5,4,3,2,1,0」
と復唱させたら、
「1歳はちょっと大きいね。」と言っていたので
「0歳は生まれたばかりだね。」と教えておいた。
今日、娘は手をグーにしながら「ゼロ!」と言っていたので
まあ、理解したとも言える。
無論、厳密にゼロを理解したことにはならないだろうけど。

正の整数の足し算も指を使うと簡単なものは分かるようになった。
私「2と2を合わせると?」
娘「1,2,3,4... よん!」
私「4と2を合わせると?」
娘「1,2,3,4,5,6,... ろく!」
私「6と1を合わせると?」
娘「1,2,3,4,5,6,... 分からない...。1,2,3,4,5,6,...ろく?」
ようするに、a と b が共に 5以下の時に限って数えられるようだ。
取り敢えず、紙に6+1個の◯を書いて数えさせた。

分数はまだ真面目に教えていない。
妻や私は「3人で分ける時は3分の1ずつだ」と言っているが、
自分から3分の1と言い出すことはまだない。
ケーキを一部だけ食べるときなど、
常に「半分食べる」と言っているので、
娘にとっては「半分」は0と1の間の任意の数を表せる
便利な量らしい。

次は、時計の読み方あたりを教えるかなぁ。
妻:「時間見てきて」
娘:「3と11のところに来てるよ。」←2時55分
という現状は、なんか不便だし。

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日本とアメリカ、どちらが凄いか -- このエントリーを含むはてなブックマーク

もし、「日本とアメリカ、どちらが凄いか」と聞かれたとしたら、
はっきり言って答えようがない。

日本とアメリカを比べるということは、
両方とも「国」だから比較可能だろう
というのが前提になっていると思うのだが、
日本とアメリカでは
「国」に込められる意味が全然違うと思う。


日本が誇るものというのは、
日本庭園であったり、浮世絵であったり、
自動車であったり、ニンテンドーであったりする。
要するに、日本人が誇りに思っているのは、
民族と、それが生み出す文化、そして
その文化が生み出した製品やサービス
なのだろうと思う。

一方で、アメリカというのは、
基本的に出来たばっかりの国で
そんなたいそうな文化はないし、
国民の大半は怠惰で不健康で冴えない上に
まとまりがない人たちだ。
しかし、頭の良い人が思いついたことを
どんどん事業化できるような仕組みとか
優秀な移民を受け入れる仕組みとか、
どんどん借金しても国が回る仕組みとか、
ともかくシステムとしてうまくできている。
どんだけ頭が良い人たちを集めたら
こんな仕組みを作れるんだ…、
と茫然とするくらい上手くできている。
(もちろん問題が全くないわけではないが。)

つまり、
日本という「国」は「文化」であり「民族」である。
アメリカという「国」は「システム」である。

ちょっと調子が良いけれど、
私は日本の「文化」と「民族」と
アメリカの「システム」が好きである。

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テーマ : アメリカ生活
ジャンル : 海外情報

日本人留学生はもっと助けあっても良いと思う -- このエントリーを含むはてなブックマーク

Perfumeののっちさん似の恋人を探している毒の助さんのブログ(*1)に
ハウスシェア、ルームシェアの話が載ったので、
それに関連して思っていることを少し。

ずっと前のエントリーに書いた通り、
アメリカ人の学生は意外と友達と一緒に
和気あいあいと暮らすのが好きだ。
アメリカの子供は非常に過保護に育てられるから、
学部の新入生は典型的には寮生活をして両親と離れ離れの生活に慣れ、
その後、2年生や3年生になってから、知り合いや掲示板で見つけた人などと
アパートを借りてシェアすることが多い。
少なくとも、ウィスコンシ*ン大マディソ*ン校はそうだったと思う。
(もっとも、今在籍しているWS大は大都市にあるので
自宅から通学している学生も多く少し趣は異なる。)
大学院生でもルームシェアをしている人は多いし、
社会人でもシェアしている人はいる。

一方、日本人留学生はルームシェアをしている人の
割合が最も低い人種なのではないか
という印象を私は持っている。
大学院生の男性に限ると、おそらく1~2割しかいないという感じで
女性に関してもせいぜいその2倍くらいではないかと思う。
中国、インド、東南アジアからの留学生は結構シェアをしているし、
割と国民性の近い韓国からの留学生もシェアをしている人の比率は
日本人より高いという実感がある。

理由はいくつか考えられる。

一つは、日本人が他人との干渉を嫌う国民だということだ。
日本人のステレオタイプでは、アメリカや西欧の方がプライバシーを
大事にしているように捉えられることが多いが、実際には逆だろう。

2点目は1点目と関連するが、日本にルームシェアの習慣がないことだ。
思うに、日本のアパートは2DK程度の間取りでも面積が狭すぎて
他人と一緒に暮らすには本能的に厳しい面があると思う。

3点目は、経済力だ。やはり日本の留学生は平均すればそこそこの
お金を持っており、発展途上国の学生に比べて
住居にお金をかけられるのは確かだろう(*1)。

もちろん、文化には違いがあるし、お金に困っていないなら、
一人でアパートを借りるのもいいと思う(*2)。

ただ少し気掛かりなのはルームシェアに限らず日本人留学生が、
同じ国の出身者と集まったり助け合ったりすることが少ない点だ(*3)。
実際、他国の学生は同じ国の出身者でルームシェアをすることが比較的
多いが、日本人ではこれがかなり少ない(*4)。

これにはもう一つの理由があると思う。
すなわち、途上国の学生が豊かさという明確な目的を持って
アメリカに来ているので自国の出身者で集まるのに抵抗がないのに対し、
既に豊かな日本から来た学生は、傾向として
アメリカという「場所」に来たことに意味を見出したがる。
「せっかくアメリカにいるのだから日本人とつるむのはやめよう」
という風に、自国の学生との交流をネガティブなものとして
捉えるきらいがある。

しかし、私が思うにこれはあまり良い考え方ではない。
もちろん、常に同じ国の学生同士でつるむのは良くないが、
機会を設けて日本人だけで集まって話をすることは
別に他の国の人たちとの交流を妨げないし、
むしろネットワークを強化するだろう。
そしてほとんどの場合、語学力向上の障害にもならないと思う。


基本的にアカデミックの大学院留学というのは孤独だ。
もう少し、日本人同士の距離を縮めた方が、
留学に対する心理的な敷居も低くなって、
日本人留学生全体にとってプラスなのではないかと思う。

まあ、結局そんなのは個人の勝手なわけだけど。


(*1) もっとも、台湾、韓国からの留学生は
日本人留学生よりお金持ちそうだけど。

(*2) 大学院留学を全てアシスタントシップで賄う場合は
これは少し大変だろう。

(*3) もしかして自分がハブられただけ?

(*4) もちろん日本人留学生が少ないことも一つの理由ではある。

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案外寂しがりな米国人大学生のアパート選び (上述)
大学院 と Financial Aid


テーマ : アメリカ留学
ジャンル : 海外情報

【デトロイト】WS大の治安 -- このエントリーを含むはてなブックマーク

全米一危険なリサーチ大学との呼び声も高いWS大、
2009年のキャンパス内およびキャンパス周辺の犯罪の集計が済んだらしい。
ちなみに、WS大の規模は、学生数約3万2千人、教職員約2700人。

●まずは重犯罪から:

Homicide: なし (7年連続)
殺人。

Forcible Sex Offense: 10件(前年4件)
性的暴行。一番多いのは、「無理やりお尻触られた」みたいなやつ。レイプも若干あり。

Robbery: 13件 (前年27件)
強盗。略奪。いきなり男が襲いかかってきて
財布取られそうになった(or 取られた)、みたいなやつ。

Aggravated Assault: 4件 (前年1件)
要するに犯罪になってしまうような暴力を伴う喧嘩、リンチ。


●もうちょっと穏やかなもの:

Vihicle Theft: 72件 (前年186件)
その名の通り、車を盗まれたというもの。主に路上に駐車しておいたものが多い。

Burglary: 39件 (前年73件)
住居侵入窃盗。

●軽微なもの:

Larceny: 289件 (前年351件)
置いてあったものの窃盗。



―― まとめ

治安が悪いとは言っても死ぬことはまずない。

Sex Offense は増えたが、デトロイトだから多いというよりは
アメリカのキャンパス内ならそのくらいは起こっているはず。

窃盗関係は、凶悪なものから軽微なものまでおしなべて減少。
警察がやたらいっぱいキャンパスにいるのでかなり安全になっている。
自動車も立体駐車場に停めればほぼ安全。


ということで、治安は言われているほどは悪くありません。
入学したい方はぜひどうぞ(*1)。

(*1) ただし自己責任で。

ブログ内の関連記事:
アメリカの治安の調べ方
デトロイト)廃墟と同居する街


テーマ : アメリカ留学
ジャンル : 海外情報

日本に移民が必要かどうかは微妙 -- このエントリーを含むはてなブックマーク

最近日本で高まっている移民受け入れの議論は、
積極的な経済成長を目指すというよりは
将来の労働力不足を補わなければいけないという側面が強い。
例えば、松本孝行さんのブログの最新記事では、これを根拠に
「移民受け入れは不可避」との主張がなされている。

しかし、いつになったら労働力不足になるのだろう?
直近の日本の完全失業率は5.2%程度と高水準のままで、
職を探すのを諦めている人や
社内で余剰となっている人たちを含めれば実質的には
7~10%程度はあると考えられ、
まだかなりのバッファがある。

長期の経済予測で一番信頼性が高いのは人口構造の変化を探ることだ。

移民を除けば、人口構造の変化はかなり先まで予測できる(下図)。
人口ピラミッド

労働人口の比率という意味では
日本の人口構造に比較的大きな変化が起こるのは、
団塊世代がほぼ完全に引退する2012年前後と
団塊ジュニア世代が引退する2040年前後の二つだ。

この二つの時期以外の変化は比較的緩やかで
問題が起こってからでもある程度対処可能であると思う。
ちなみに、この2つの人口構造ショックでは
後者の方がかなり大きいことが想定される。
団塊世代の引退後も現役世代はそれなりのボリュームがあるが、
第三次ベビーブームがとても地味に終わったことを考慮すると
「団塊"孫"世代」のボリュームはかなり小さくなると
想定されるからだ。

10年前には既に
この一つ目のショックをきっかけに労働力不足が起こったり
財・サービスの需給が引き締まってインフレになったりする
だろうと考えている人は結構いたように思う。
実際、家計部門だけを見れば貯蓄率は大きく低下して
高齢化の影響が見られるようになってきた。
しかし、企業部門が投資を減らしたことなどが原因で
いまだにインフレも労働力不足も起こっていない。
確かに、2004~2007年頃の世界経済の拡大期には
世代交代によって、大企業の採用が活発化するなどの
兆候は見られたが、そこまで大きなインパクトを
持っているようには感じられなかった(*1)。

これは、現時点での私の雑把な感覚だが、
外的な要因を無視した場合、
団塊世代引退によって2010年代に起こる経済的ショックは
日本社会を大きく需要超過にするほど大きなものにならなそうだ。


その根拠の一つは、労働供給が生産のボトルネックになる
産業が今ではそれほどないことだ。


ご存知の通り日本は一次産品は主に輸入に頼っているし、
国内の生産は非効率なものを政府が保護しているという側面が大きい。

工業品の生産では、豊富な資本や技術革新を背景に
供給側の労働者の減少はあまり大きなインパクトが
なくなっているのではないだろうか。
例えば2005年前後には、自動車業界で多くの
外国人労働者が働いていたが、むしろこれは外需の
急拡大によるもので、国内の需給逼迫でどの程度、
そうした受け入れが必要になるかは未知数だ。

一番影響が大きく出るのは、労働集約的なサービス業だろうが
この分野も日本は非効率で改善の余地が非常に大きい。

アメリカから日本に立ち寄ってまず驚くのは
小売店に店員がやたら多いことであるし、
ガソリンスタンドやスーパーのレジなど
まだまだセルフサービス化できるところも多い。
居酒屋や飲食店だってバフェ・スタイルを増やして
人件費を減らすこともできるだろう。

介護には人手が必要なように思う向きもあるかも知れないが、
介護は実はスケール・メリットがそれなりに大きい分野だ。
特別な信条があるお金持ちは自腹で在宅介護を受ければいいが
あとは大規模にリタイヤメント・コミュニティーを整備して、
そこでまとめて面倒を見れば、移民受け入れが不可避なほど
人手が必要なようには思えない。

育児や教育は労働集約的だが、これだけ少子化が進めば
それほど大きな労働供給不足は生じないだろう。

労働力が不足すれば、
比較的貧しい高齢者も働き出すと思われるので
その部分もかなり大きな調整弁になるに違いない。

移民の受け入れを進めない場合、

― 社会保障制度のマイルドな改悪
― 介護の大規模化
― 比較的貧しい高齢者の就労期間の延長
― サービス価格の財価格に対する相対的な上昇
― セルフサービスの増加

といった影響はある程度避けられないが、
移民受け入れに関して世論の合意が得られなければ
おそらく団塊ジュニア世代が引退する2040年頃までは
移民の受け入れについて積極的な政策を取ることなしに
日本社会をそれなりに維持することは不可能ではない

ように思う。

個人的には、日本への移民を希望する人がいれば
積極的に受け入れた方が望ましいと思っている。

高度な人材を受け入れることができれば成長力は高まるし、
低賃金の労働力をうまく受け入れれば国民の購買力は高まる。
そして、社会への混乱を最小化するためには、外国人受け入れ
のためのインフラ整備など、政府の積極的な関与が必要だろう。
治安が悪くなると心配する向きもあるが、
私は多様性の高い社会の方が究極的には
ストレスが小さいと思っている(*2)。

しかし「移民受け入れが必要か」とまで言われると
「必要」とまでは言えないし、実際には
大規模な受け入れは行われないのではないかと思う。

(もちろん、政府によるキャンペーンのような
ものは何度か企画されるだろうが。)

今思えば90年初頭に日本経済が好調だった時は確かに
移民受け入れのチャンスだったと思うが、
その後の超円高、90年代後半の金融危機、
00年代初頭の景気後退と失業の増加によって
日本は既にタイミングを逃してしまったのではないか。

日本は「緩やかに衰退する心地よい社会」を今後
20~30年の間、維持することになる可能性が高いと思う。
そして、20~30年後も大半の日本人は
日本を一番住みやすい国だと思い続けるだろう。



(*1) 団塊世代が引退するのは2010年代でも、大企業は
出向や転籍、55-60歳での定年などの慣行があることから
影響は早めに出ていると考えられる。

(*2) もっともこれは単なる私の好みなので、
世論の総意にするのは難しそうだ。

ブログ内の関連記事:
沖縄から日本を復活させよう
2010年に日本の若者がしておくべきこと
人材受け入れ戦略の見えない日本(教育制度比較3)


テーマ : これからの日本
ジャンル : 政治・経済

恋人 vs 留学 -- このエントリーを含むはてなブックマーク

留学と結婚について2度に渡って書いた(その1その2)が、
特にアカデミックを目指す大学院留学の場合、
むしろ独身であることの方が圧倒的に多いだろう。

実は、WS大に来たとき、博士課程をもうすぐ終えるという同年代の日本人留学生(男)
の何人かと会ったのだが、私が結婚していると言ったら、とても驚いた人もいた。
家に帰って「僕は既婚者には見えないらしいよ~♪」と奴に言ったら、
返って来た答えは「何でもプラスに捉えられるっていいね~♪」であった。

というわけで、今日は恋人と留学の関係について書きたい。
ただし、結婚を考えるくらい本気で付き合っているケースのみを考える。
なお「恋人と留学」だとラブラブで二人で留学するみたいで誤解を招くので
題名は「恋人 vs 留学」とした。つまり、日本に恋人がいる中での留学、
究極的には「恋人と留学どっちを取るの?」ということだ。

よく「二兎を追う者は一兎をも得ず」と言うが、
逃げるのが兎じゃなくて亀ならば
一匹捕まえた後でもう一匹捕まえることも余裕だし、
亀と兎一匹ずつならば兎を先に追えば良い。
自分の足が早ければ二兎でも問題なく仕留められるだろう。


ありうる3つのパターンは次の3つだ。

1.留学をとって、恋人とは別れる。
2.恋人をとって、留学は諦める。
3.留学はするが、恋人とも関係を続ける。


留学と恋愛、両方に失敗するのは、
時間的な前後によって1あるいは2のサブケースと考えられる。

相手に留学を拒否された場合、選べる選択肢は1か2だ。
無意識にでもあなたの優先順位が固まっているなら
1か2のどちらかを予め考慮対象から外しているだろう。
そうでない場合、問題は、恋愛と留学、
どちらが兎でどちらが亀かということだ。
留学がキャリアにとって絶対必要で、年齢や経歴的に今後の
チャンスが少ないなら留学を選ぶべきだろう。
逆に、自分があまりモテないので今の恋人は奇跡だと思っているとか
これ以上の恋人は現れないと確信している場合には
恋人を選ぶべきだろう。
個人的にはどちらも立派な判断だと思う。

その際に重要なのは、恋人と留学、
それぞれの価値をきちっと把握しておくことだ。
特に注意しなければいけないのは留学の価値の方だ。

それは何故か?
恋愛というのは、あなたの祖先が人類になる前から営んできたことだ。
そしてあなたの祖先が恋愛で勝利し続けてきたからこそ今のあなたがある。
あなたには、本能的に恋愛に関するノウハウが詰まっている
(私には欠けているが、これは恐らく染色体異常だ)。
一方、キャリアのために留学して遠距離恋愛なんていう選択肢は
近代もしくは現代になって可能になったことだ。
そういう分野で直感を活かすのは危険なので、
きちんと筋道を立てて効用を測るべきだ。

簡単ではないが、取りあえず冷めた目で
「こんな相手とくっついても長い目で見たら価値ないよね」
「留学なんてしても長い目で見たら価値ないよね」

という二つの命題がどの程度妥当であるか比較検討した方が良い。

運良く、3を選ぶことができた場合はまず相手に感謝しなければいけない。
その上で、3つの選択肢がある。

3a) 結婚せずに遠距離恋愛を続ける
3b) 結婚するが単身で留学する
3c) 結婚して夫婦で留学する (*1)


ab か c かは、主に留学しない側のキャリア次第だろう。
次に、こんなことを書いてしまうとニベもないのだが、
3a) より 3b) が望ましいのは基本的に相手が自分のところに
戻ってくるかが確実でない場合だけだ。そうでなければ、
わざわざ結婚というサンクコストを払う価値がない。
(これは留学する側、される側の双方にとって正しい。)
しかし、恋人と別れずに単身で留学する側は相手に対して
相当なわがままを通してもらっているわけなので、
人道的には相手から希望があればそれに同意すると言うのが
バランスのとれた判断であると私は思う。


書いていて冷徹な感じを与えるかも知れないと思ったので
書き添えるが、これは様々なケースを実際に見てきたことの総括だ。
何事も筋書き通りに行かないことは確かだが、
単なる机上の空論ではないことは記しておきたい。

(*1) 夫婦でないと同伴ビザは下りない。

ブログ内の関連記事:
留学と結婚 (上述)
留学と結婚(その2) (上述)
数学と結婚
統計学に興味を持った理由


テーマ : アメリカ留学
ジャンル : 海外情報

労働市場で複数の選択肢を持つ優位性~TA/RAの経験から -- このエントリーを含むはてなブックマーク

私が労働や雇用問題に興味を持ったのにはいくつかのきっかけがあるが、
日本とアメリカの両方で働いた経験が問題意識を高めているのは間違いない。

日本の正社員というのは、労働者の権利の保護という点に関しては、
アメリカに比べると大変有利な状況に置かれている。
しかし、日本ではいわゆるブラックと言われている企業で
たくさんの正社員が劣悪な労働環境に耐えているのは、
仕事を辞めた時に、次の仕事を探すのが大変難しいからだ。
労働市場の流動化というと、企業の利益ばかり考えている
というようなイメージが左派の間では浸透しているが、
労働市場が流動化して仕事の選択が自由になれば
労働者が感じるストレスも今よりずっと小さくるだろう。

私が、それを初めて実体験したのは
数年前にW大M校の大学院生として
アシスタントシップの仕事をした時だった。

ティーチング・アシスタント(TA)を何ヶ月かやった後、
ある冬休みにRAの急募が出た。ちょうど今くらいの時期だったと思う。
RAの方が給料は大分高かったし、
経験にもなるだろうと思ったので応募することにした。
冬休みに大学に残っていた人は少なく、
他に希望者もいなかったので、運良くすんなりと採用が決まった。
この時、私は、TAに戻るのは難しくないという
学科の言質をとることにも成功した。

RAの仕事内容は医学部での統計解析であったが、
やってみると思ったよりもずっと大変で割の合わないものであった。
繁閑の差が激しい仕事であったが、一番忙しい時は
週40時間近く分析をしたこともある。
この学科のMBA持ちのアドミニストレーターがまた困った人で、
そんなに負担の重い仕事であるにも関わらず、
私は週12時間のオフィスアワーを持たされていた。

そんなわけでその学期は散々であったのだが、
TAに戻るオプションを持ってる私は、
あまり大きなストレスを感じずに済んだ。
翌学期には、強気に交渉して、
私が辞めると困る人達の同意を取り付け
オフィス・アワーを週5時間に減らした。

同じ学科が雇う他の統計屋の労働時間を増やしたときには
ふとしたきっかけで私のアポイントレベル(要するに給料)
の見直しを検討するということを知ってしまったのだが、
現在のレベルより下げるのであれば辞める、
と伝えたら監督者が慌てて交渉してくれて
難なく維持することができた。

こういった交渉は、代替的な選択肢が少ない
日本の労働者にはなかなか難しいところがある。

ブルーカラーや派遣労働者の待遇が劣悪のまま維持されるのは、
代わりになる働き手が雇用主にとっていくらでもいるからである。
逆に労働者にとって、労働環境を改善するのにもっとも良い手段は、
代替的な勤務先を持って雇用主を競合させることだ。


日本で労働市場の流動化を進めれば、
大企業の中年以上の正社員は不利益を被るだろうが、
それ以外で平均以上の質の労働者には確実にプラスになるだろう。

ブログ内の関連記事:
優秀な人が失業する仕組みを
日本の失業率はなぜ下がるのか?


テーマ : アメリカ留学
ジャンル : 海外情報

安易に目標を決めるな -- このエントリーを含むはてなブックマーク

普段拝見しているブログに相次いで
やみくもに「海外脱出」を目指すことに疑問を呈する記事が載った。
「海外脱出アドバイスのダメなところ」 (経済学101)
「それは日本で出来るのか、そこの15歳」(理系脳毒の助Diary)
酒井英禎さんという方のブログに
「15歳の君たちに告ぐ、海外へ脱出せよ」
という記事が載ったのがきっかけのようだ。
酒井さんの記事は全文読んだが、
内容やそれについての考察は大変なので上のブログに譲ることにして、
題名だけw考察してみよう

「15歳の君たちに告ぐ」「海外へ脱出せよ」


15歳の冬に戻った気持ちでもう一度、

「15歳の君たちに告ぐ」…「海外へ脱出せよ」…。

なぜ15歳でなければいけないのか?


それは将来やりたいことが決まっていると著者に不都合だからだろう。もしこれが
「25歳の商社マンに告ぐ。ハーバードでMBAを取得せよ。」だったら、
「MBAの機会費用が回収できる時代は終わったでしょ。」
と反論されてしまう。

さらに、なぜ「海外」へ脱出しなければいけないのか?

それは場所が決まっていると著者に不都合だからだ。
もし行き先が「アメリカ」だったら
アメリカ一人勝ちの時代は終わったと反論されるだろう。
「ヨーロッパ」だったら、社会が硬直的だ、ユーロ圏の
シンクロナイズがうまく行っていない、
「中国」だったら、人件費が上がってブームの峠は過ぎた、
「インド」はインフラ整備の遅れが深刻だ、
「ベトナム」や「タイ」は賃金が安すぎる、
「中東」は政治的な不安がある、
「シンガポール」や「香港」は過密化で暮らしにくい。
著者の言う海外というのはユートピアの比喩なのだ(*1)。

(*1)子供の頃、友達と
「"ドコカトオク"っていう場所があったら、
どこか遠くへ行きたい時に便利なのにね。」
と話した事があるのを思い出した。

面白い統計がある。日本企業が、今後世界のどの地域を有望な
マーケットと見なしているかを複数回答で毎年アンケートしたものだ。
最近5年間のトレンドを見ると、ASEANはかろうじて横ばいだが
あとは世界の全ての地域について、
有望と回答した企業の比率が低下している(下図)


有望市場
出所:Fole 2010年1月号

OK。海外に行くのは止めにしよう。
15歳から将来のキャリアを考えて日本で戦略的に生き残ろう。
さて何になったら良いだろうか。


医者か、弁護士か、会計士か、
官僚か、外資金融か、大企業の正社員か?

医師には、社医や、整形外科や皮膚科の開業医、
フリーの麻酔科医など一部にうまみのある職種もあるが
政府が医療費をドラスティックに削っているせいで
ほとんどの勤務医は大して高くない給料で長時間働いている。

弁護士は、時間とお金をかけてロースクールに行っても
なれるかどうか分からない。なれても、これから弁護士は
供給過剰になるかも知れない。

会計士は相変わらず激務でストレスの高い仕事だ。

官僚は天下りができなくなってからうまみは失くなった。

外資金融は景気が良いときはいいが、不安定なので
すぐ解雇される可能性もある。殺人的に忙しい部署も多い。

大企業は、マスコミや新聞社は完全に終わった。
金融も業績不振で昔のような輝きはない。
多くの製造業は低賃金だ。一方で製品開発の
プレッシャーも昔より上がっているだろう。
賃金の高い製薬会社では
研究職は大学の化学系研究室のように閉鎖的だし、
技術がないなら営業に甘んじる可能性が高い。

上位総合商社の総合職みたいな
比較的条件の良い職種も確かに残っているが、
別に彼らの待遇が昔対比で良くなっているわけではない。
他の「おいしい職業」の魅力が失われ
相対的に良く見えるだけだ。

そうやってどんどん小さくなる「おいしいパイ」を
優秀な学生たちが奪い合っている。

世界は貧しくなっているのだろうか?そうではない。
世界経済はついこの間の金融危機まで歴史的にも
最高水準の成長を達成していた。
いまだって成長率はプラスだ。
日本が貧しくなったといっても、実質GDPで見れば
ほんの5年程度前に戻ったにすぎない。

それでは何が起こっているのだろうか?
要するに、特定の目標に向かってみんなが競争することによって
豊かになれる時代はもう終わったということだ。

金融市場では2008年の金融危機以来、
将来は米ドルが基軸通貨でなくなる、
という見方をする人が増えてきた。
米ドルが基軸通貨でなくなった時、基軸通貨は何になるだろうか?
私の答えは「基軸通貨はなくなる」だ。これには割と自信がある。
もはや、単一の価値が絶対的な基準となる時代は終わるのだ。
抽象的な思考に耐えられない人だけが、
いつまでも米ドルを信じたり、他の基軸通貨を探したりする。


もう何かを目標に競争するのは止めにしよう。
これから人々を豊かにするのは競争ではなく差別化だ。

全ての若者が目標にすべきものなんてもう存在しないし、
全ての若者におくるアドバイスなどもう無いのだ。


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テーマ : 海外で働く
ジャンル : 就職・お仕事

フィットネスクラブと季節性 -- このエントリーを含むはてなブックマーク

日本人は新年になると「今年は~をする」とか「今年の目標は~」みたいなことを言うが、
正月を大して祝わないアメリカ人でも、同じようなことを考えるらしい。
そもそも、アメリカでは、サンクスギビングからクリスマス、あるいは新年までを
holiday seasonと呼んで人々は浮かれまくりなわけで、1月になると流石に
「今年はやるぞぉぉぉぉ」みたいな気分になるのかも知れない。

というわけで、会員制のフィットネスクラブも1月になると急に混むらしいという噂を
前々から聞いていたので、会員になった今年は本当に混むのかどうか楽しみにしていた。
それで先日行ってみたのだが、確かに混んでいる!普段は、ざっと数えてトレーニングマシーン
のあたりには10人~20人くらいしかいないのだが、今日は50人近くいたと思う。
正月になっていきなり入会した人ばかりでもないだろうから、
いかに会費だけ払って来ない人が多いかということが分かる。

せっかくこのブログは統計のページなので、フィットネスクラブの会員が
どの程度施設を利用しているのか考えてみよう。
残念ながら、フィットネスクラブの詳しい統計はIHRSAという
国際的な団体が出していてかなり高価なようだ。

私が利用しているクラブは平日は19時間営業しているが、
人が多いのは午前8時から午後8時までの12時間のようだ。
私の利用する時間帯は偏っているものの大雑把に常時30人の人が施設内に
入っており、平均1時間施設に滞在していると考えると、
1日の来客数は360人。年間360日稼働しているとすると、
延べ利用者数は年間13万人だ。
公表されている統計によれば米国には約3万のクラブがあり、
4550万人の会員がいるらしい。従って、クラブ一つ当たりの
加入者数は平均1500人程度なので、13万人を1500人で割って、
一人当たりの年間利用回数は、約86回となる。

日本では、経産省の「特定サービス産業動態統計調査」(以下、特サビ)で
フィットネスクラブ利用回数の統計は公表されていて、
平成20年度の個人会員数が201万人、個人会員の年間利用数が1691万回
なので、一人あたり84回使っていることになる。

アメリカの方は極めてラフな数字だがたまたま二つの数字は近くなった。
いずれにしても、結構みんな使ってるんだな、というのが私の率直な感想だ。
もっとも実際には、毎日のように使う人と
お金だけ払って使わない人が結構多いだろう。

アメリカはデブが多いし、医療費は高いし、車通勤で運動をしないから
フィットネスにお金を払う人は多いのは分かるが、それにしても
日本の会員が201万人でアメリカが4550万人というのは随分違う(*1)。
市場規模でみると差は縮まるが、それでも日本の2940億円に対し、
アメリカは191億ドル(約1兆7600億円)だ。
(ちなみにアメリカの人口は日本の約2.5倍である。)

一つの理由は、日本のフィットネスクラブがヘビーすぎることかも知れない。
例えば、少し古いが8年前の特サビの統計によると、実に8割もの
フィットネスクラブがプール施設を保有している。しかしこれはコストがかかる。
アメリカのフィットネスクラブでは、プールを持っている方が稀だ。
私の家の近くでは、不況のせいかついに月会費が7ドルのクラブが出現した。

アメリカ人にとっては、フィットネスクラブはとても身近なものだ。
だから、インチキ商売の勧誘の場になったりもするのだろう。

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貧乏人はスポーツクラブに




テーマ : アメリカ生活
ジャンル : 海外情報

冬学期開始(統計入門のコース内容) -- このエントリーを含むはてなブックマーク

WS大では、冬学期が来週月曜日から始まる。
W大M校では、春学期(Spring Semester)と呼んでいたのだが、
WS大では4月中に授業が終わってしまうので、
春学期と名付けるには気が引けているのだろう。

WS大のうちの学科はリサーチ大学の割に教える時間数が多くて、
今回教えるコースは週あたり 55分×4回の授業がある。
普通のリサーチ大学だと50分×3回のことが多い。
(今年は初年度なので1コースだけだが、2年目からは2コース教える必要がある。)
もっとも、学生のレベルもあんまり高くないので、
一般教養科目が多い数学の場合、基礎的なコースが多く
日本で言うと予備校で教えている感覚に近い。
実質的な教育負担が重いかどうかは、微妙なところだ。


一般教養(?)の学部2~3年生向け統計入門

(Elementary Probability and Statistics)を教えることになるので、
基本的に教える内容は先学期と同じ。

教科書は、どうしようもない本だな(*1)、と思いつつも、学科指定なので

Mendenhall, Beaver and Beaver
"Introduction to Probability and Statistics (13th ed.),"
Broooks/Cole.

(*1) 構成自体はスタンダードで良いのだが説明がクソ過ぎるため。
アメリカの学部生向けの教科書にはこの手の本が多い。

先学期カバーした主な内容は、1~10章と12章で以下の通り。

1.記述統計(descriptive statistics)
 ― いろんなグラフ、平均、分散、medeian, 共分散、相関係数
 ― 単回帰分析(理論なし)

2. 確率の基礎
 ― 事象、独立性、数え上げ など
 ― 離散分布(二項、ポアソン、超幾何分布)
 ― 正規分布
 ― 標本分布、大数の弱法則、中心極限定理

3.統計的推測
 ― (母平均や母比率に関する) 大標本の点推定、区間推定、検定
 ― t-分布、カイ二乗分布、F-分布
 ― (母平均や母比率に関する) 小標本の点推定、区間推定、検定
 ― 単回帰分析のパラメター推定量の推定、検定

今学期の修正点は、

(1) 離散分布は、ポアソンと超幾何分布を削って、
  constructive な例と二項分布だけ絞る。

(2) カイ二乗検定を追加。

の2点。

ポアソン分布を外したのは、エンジニアリングやORを真面目にやる人、
確率論を今後もやる人しか使わなそうだから。超幾何分布は言うに及ばず。

カイ二乗検定は、生命科学系や心理系なんかに進む人は流石に
知っていないとまずいから。そういえば、確か2年前にスペインから
統計の学会に来たPhD持ちの人がカイ二乗検定を知らなかったw
統計と言うのはいろんな分野の人がやっているので、
この手の知識の抜け落ちというのは結構発生しているのだろう。


できれば分散分析も加えたかったが、
急にいろいろ変更するのはデメリットもあるし、
回帰分析をやっておけば知らなくても致命的とは言えない
と思うので今回は見送り。

先学期、成績の基準が明示されていないことに不満が多かったので、
今学期は「80点以上ならA」とか適当に基準を設定。
最後に調整するから実質は変わらないんだけど。

どうでも、いいけど、今学期は今のところ enrollment がたった11人で
リベラル・アーツ・カレッジなみ(笑)。
同じコースを一気に増設したから当然なのだが、
学科ももうちょっと需給を見極めることはできなかったのだろうか。
まあ事務負担が少なくなることを期待しよう(多分大して変わらない)。





沖縄から日本を復活させよう -- このエントリーを含むはてなブックマーク

先日、経済学101のRionさんが「日本の強みは東京にある」をエントリーされた。

私も基本的に「将来日本の最大の強みは東京という巨大集積経済になる」
という見方には同意である。

しかし、当該記事のコメント欄で指摘したように、
地方への所得移転(各種補助金や公共投資など)をやめて
東京の巨大集積経済をより発展させるというのは政治的には極めて難しい。
シンガポール、香港、ルクセンブルクなど都市国家並の効率を目指すなら
首都圏だけを独立させる必要があるが、これは政治的に更に難しい。

そして、道州制などを通してそれを部分的に実現したとしても、
(上の記事の他の方のコメントにあったように)
「社会保障を通して高コスト体質になっている日本の社会構造を変えることが難しい」
という問題は残るだろう。

そこで、私が考えるのが「沖縄から日本を復活させよう」である。
具体的には、日本を一国二制度にして沖縄に低福祉、低負担の経済特区を作り、
そこを海外流出する企業や人材の受け皿にしようというものである。

基本的な考え方として、国や都市がうまくいかなくなった時、
その国や都市を復活させるよりも、新たな国や都市を作った方が早い。
その国や地域で活動するのにコストが高いと、
優良な企業や人材を保持、獲得することが難しいからだ。


沖縄の強みの一つは、その地理的な条件だ。


第一に、沖縄は他県から離れておりインフラが県内でほぼ閉じている。
このことは他地域と制度を切り離す上で好都合だ。
都市国家であるシンガポールはマレーシアと地続きであり
水源をマレーシアに頼っているため、経済格差を背景に
水資源に対する補償が常に重大な政治問題になっている。
日本でも、首都圏を分離させようとすれば、水資源や発電施設などを
材料に他地域から所得移転を迫られるのは想像に難くない。

第二に、沖縄(2275km^2)の面積は都市国家として成功している
ルクセンブルク(2586km^2)とほぼ同じである。
沖縄が無数の島からなりインフラの維持コストが高い点は難点だが、
規模的に都市国家として望ましい大きさであることは間違いない。

第三に、沖縄はアジアの主要都市からの距離が近く気候も近い。
このことは他国から企業や人材を獲得する上ではアドバンテージとなる。

第四に、地震災害の可能性が低い。こうした都市としての信頼性は
金融やITといった産業にはプラスだろう。

第五に、観光資源が豊富である。小さな国・地域を振興させるためには
観光業は重要な産業となる。しかし、例えば、シンガポールは国土が極端に狭く
有力な観光資源もないことから、観光客のリピーター率が低いという
問題に悩まされている。その点、欧米レベルのリゾートを多く持つ沖縄
にはアドバンテージがある。また、シンガポールでは大規模カジノ施設
を建設中だが、カジノは周りに何もない、ことが成功の重要な要素を
占めており、離島が利用できる沖縄はメリットが大きい。


沖縄の強みの二つめは、その人口構造だ。


沖縄の合計特殊出生率は 1.72 と全国(平均=1.28, 2003年)で最も高い。

また、沖縄県民の平均年齢は、38.4歳と全国で最も低い(2003年、以下同じ)。
全国平均は42.5歳で、次に低いのは、滋賀(40.7)、愛知(40.7)、埼玉(40.8)、
神奈川(40.9)、大阪(41.5), 千葉(41.5), 東京(41.9)といった大都市圏
およびそのベッドタウンだ。

その結果、人口分布は日本の平均に比べて著しく高齢者比率の低い構造になっている。

このことは、経済特区として切り離すことが出来た場合、
低福祉・低負担の社会制度を導入することの政治的困難が
最も小さいことを意味する。
もし年金制度だけでも、日本のシステムから切り離せることになれば
企業や若手の人材招致には強力な推進力となるだろう。


沖縄の強みの三つめは、その経済水準だ。

沖縄の一人当たり県民所得は、209万円(2006年)と全国で最低水準にある(東京は482万円)。
海外居住者がよく使っているシティバンク銀行のコールセンターは沖縄にあるが、
こうした事例はこれは沖縄の人件費の安さと無関係ではないだろう。
逆説的だが労働生産性の高い人材を引き寄せるために、
安い労働力の供給を豊富にして購買力でみた所得を増加させるのが望ましいのは
香港・シンガポールの例をみても明らかだ。

これらに加えて、沖縄が日本語圏であることは、もちろん、
シンガポールや香港への日本企業・日本の人材の流出を止める上では
強力な武器になるだろう。
今後、日本社会が高コスト体質になっていき人材流出が起こるとしても
語学の壁がその歯止めになることは間違いない。

残念ながら沖縄には、現時点では東京のような集積経済としての魅力がほとんどない。
従って需要が限られるので、まずは他地域・他国向けの企業を誘致することが必要だ。
その際、製造業の招致についてはアジアの他地域との価格競争力の差を考慮すると現実的でない。
地理的な制約があまりおおきくない金融業やIT産業を中心に招致すべきだ。
それも、無理に国際的にしようとするのではなく、はじめは
日本語圏のメリットを生かして言語に依存する業務を狙うべきだろう。


ご存知のように沖縄には2002年から経済特区が作られている。
それでは、何故、いま、2010年に再び沖縄に注目なのか?


それは、まさに今話題の普天間基地の問題があるからだ。
都市国家や経済特区の最大の弱点は、安全保障上の問題である。
ルクセンブルグにもシンガポールにも貧弱な軍隊しかない。
しかし、沖縄には米軍がいる。日米の軍事同盟を前提とすれば
軍事的に安全な経済特区を目指せる。

確かに沖縄の人が、米軍の駐留の負担を一手に引き受けるのは
不公平と感じている気持ちはよくわかる。
罪の無い小学生や中学生の少女が米軍にレイプされているのだ。
しかし、頑張って不公平を解消した後に残るのは公平だけだ。
個人だけではなく、地域の将来の成功を決めるのも、競争ではなく差別化だ。

沖縄の経済特区はバラ色ではない。
企業や人材の招致は、まだまだ成功してるとは言えないし、
現在の経済水準も低いため地方財政は重度に地方交付税に頼っている
中央政府と有利に交渉を進めたいなら、普天間基地問題が政権を揺るがし
社民や国民新党がキャスティングボードを握っている今しかない。

いま沖縄の指導者に求められるのは、
県民感情を納得させることでもなければ、他県との公平を求めることでもない。
強力なリーダーシップと理念としたたかな計算だろう。

沖縄の指導者は、人口構成の差による不公平を理由に
日本政府に年金制度の切り離しを交渉してはどうだろう。

日本を変えるために一番大きな部分から変えるのは容易でない。
現実的な方法は、小さな地域で改革を成功させ、
他地域との裁定を働かせて全体を変えることだ。





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留学準備は留学時期から逆算する -- このエントリーを含むはてなブックマーク

昨日、トラックバックさせて頂いた松本さんの記事のタイトルが、
「起業は「起業したい!」と思った時が起業すべき時」
であったので、それの留学バージョンも考えてみたい。

まず、言葉を置き換えて、
「大学院は「入学したい!」と思った時が入学すべき時」
とするならほぼそのまま正しいように思える。
しかし、これを留学に置き換えて
「留学は「留学したい!」と思った時が留学すべき時」
とするなら事情はちょっと違ってくる。


特に語学の壁がある場合、
正規の学生として留学するにはかなりの準備期間が必要だ。
時間のない社会人ならこれはなおさらだろう。
このことは周りに留学経験者がいない人だと
きちんと認識できていない事が多い。

通常、米国の大学院であれば9月に入学するのが望ましい。
そのための願書出願は通常、前年の年末頃だ。
従って、秋頃には願書やエッセイなどを書き始なければならない。
MBAなどのプログラムで選考を有利に進めたいと思えば
もっと早く出願すべきこともある。

先日「社会人の英語勉強法」に書いたが、
私がTOEFLを受けていたのは、ゴールデンウィークを跨いだ数カ月、
期間で言えば2月~6月くらいなので、留学時期の1年半前だ。
余裕があるようだが、その後はGREを受けたりとか、
自分の書いた文章を英訳したりするのに結構時間も必要だ。

TOEFLを受ける時期の前には少し留学予備校にも行き、
英語超ダメダメ人間の私の場合は、それよりずっと以前から
基礎的な英語力を付けたりするための勉強はしていた。

上のスケジュールに従えば、今の時期だったら
2011年秋から留学したい人は既に本格的に準備を始めているか、
すぐにでも始なければならない。
2012年秋から留学する人で英語が苦手な場合は、
早めに基礎学力を上げておいた方がいいだろう。

留学準備には早すぎるということは滅多にない。


ブログ内の関連記事:
大学院の推薦状について 
学際的な分野の大学院の選び方





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キャリアチェンジは今までのキャリアを捨てることではない -- このエントリーを含むはてなブックマーク

松本孝行さんという人材サービス業を自営されている方がいる。
彼は、大学を卒業して既卒からサラリーマンになり、
1年半働いてから現在の事業を立ち上げて1年半になるそうだ。
氏がブログの最新記事で起業とこれまでのキャリアの関連を述べている。

もちろん、サラリーマンをやってから大学院に行った私とは経歴が違うのだが、
一度サラリーマンをやってからキャリアチェンジをしたという点では共通している。
そこで、「起業」を「留学」に置き換えるとどうなるかという視点から
キャリアについて考えてみたい。

氏は起業について次の様に述べている:

> もしも私が3年サラリーマンを続けていたとした場合、
> そのノウハウやスキル・能力などは格段に違っていたのか?
> と考えると、そうでもないように思うのです。

私は起業のことは知らないが、感覚としては納得できる。
一度、正社員になって企業社会の仕組みをきちんと理解する
ということは起業にも大いに役立つのは間違いないだろうが、
何年も正社員をやっていたからといって、
限界的な理解の深化が逓減していくことは容易に想像できるからだ。

一方、留学の場合はどうか?

確かに、就労経験の一部は役に立ち、一部は役に立たない、
という意味では似ているが、役に立つ部分はかなり異なる。
就労経験の中で一番役に立つのは、実際にどんな仕事をしてきたかだ。
もちろん就労年数が長くなったときの限界的な効用が逓減することは
ある程度避けられないが、経験した仕事が多様であるほど、そして
深ければ深いほど、留学後の経験とシナジーを発揮しやすい。

忘れてはいけないのは、大学院に留学する場合には、
あなたが働いていた間もずっとその分野を勉強してきた
強力な競争相手が多数存在するという点だ(*1)。
そういう人に、単にアカデミックな専門能力だけで勝つのは難しい。
もちろん、個人差や専門分野による違いはあるだろうが、
少なくともこれは意識しておかなければいけない点だ。
そのためにも、社会人からの留学を志す人は、
自分のそれまでのキャリアを何らかの形でアドバンテージ
にしなければならない。
以前のエントリーの繰り返しになるが、
キャリア形成で必要なのは競争ではなく差別化だ。

(*1) MBAのように職務経験が本質的に必要な分野は別だ。

やや抽象的になってしまったので、ここで私の例を出そう。
私が統計学を専攻しようと思ったのは、
仕事でデータを扱ったり、きちんとした理論的背景は
知らないにしてもいろんな統計モデルを使ったりしたのが理由だ。
それでも、当初は大学院に留学したら統計学の中では全く違う分野を
専攻しようと意気込んでいたのだが、
結局は経験を活かせる分野に進むことになった。

もちろん、個々人の置かれた状況次第で、
これまでの経験をどれだけ活かせるかは変わってくるだろう。
しかし、意識の問題として、
「キャリアチェンジは今までのキャリアを捨てることではなく
これまでのキャリアを活かすことだ」
と言う事は心に留めておくべきだ。

この指針は、専門職のようないわゆる目的意識のはっきりした知識階層の
留学に限らず「自分探しの留学」のような場合にも当てはまる。

日本で、ごく普通の学生生活を過ごし、ごく普通の会社員になって
自分の生きがいを見失っているとしよう。今までの人生をリセットして
留学すると自分の生き甲斐が見つかるだろうか?ごく普通の留学生と
なって宿題に明け暮れ、自分の生き甲斐を再び見失うだけではだろうか。

例えばあなたが、プログラマーとして下請け会社で典型的なIT土方
として昼夜を問わず働いているとしよう。もうコードなど見たくもない。
そもそも、いくらでも替えがきく仕事で自分がやる必要なんてない。
徹夜でデバッグなんてするくらいなら、本当の土方になって土手に
サンドバッグでも積んでいる方がまだましだと思えてくる。
どこか遠くへ行きたい。海外なんてどうだろう?

しかしそんなあなたが、人生をリセットのための留学先は、
またもやコードを見ながらデバッグを続けなければいけない
コンピューター・サイエンス専攻でなければならない。
そして、卒業後は運良く日本企業の業務を知っていることが
どこかの会社の目に止まり、シリコンバレーで毎日定時に
帰れる仕事に高待遇で就けるかも知れない。
あなたは、もはやアイデンティティクライシスには悩まない。

「でも、先の事ばっかり考えたってつまらないじゃない!」
肉食系女子の25歳OLは叫ぶかも知れない。
しかし、彼女が何もかも捨てて留学したいと思うとすれば、
それは人生に悩みすぎているからだ。
朝から何も食べずに、お腹が空きすぎた時に
レストランに入るとつい重い物を頼みすぎてしまうものだ。
食べきれない量の肉。あとで後悔しても、代金は返ってこない。

心配しなくても、海外に渡るだけでも十分な開放感があるし、
仕事を辞めて学生に戻るだけでも最高に楽しいはずだ。
全てをリセットする必要はない。

キャリアチェンジは今までのキャリアを捨てることではない。
そして、それは留学の場合も例外ではない。

ブログ内の参考記事:
日本で資格は取るな
アメリカでは資格を取れ
大学院留学の機会費用とリスク1




テーマ : アメリカ留学
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2010年に日本の若者がしておくべきこと -- このエントリーを含むはてなブックマーク

年が明けたというのに日本経済関係では暗い話題が多い。
こんな時代に日本の若者は何をしておくべきだろうか。
英語の勉強か、資格の取得か、はたまた、結婚か?

私の提案は大真面目に「海外観光旅行」である。
行き先は、BRICs(Brazil, Russia, India, China)だ。
東南アジアでもいい。
提案の主な理由は、今後のグローバル化による所得格差の急速な縮小だ。

今後、20~30年で日本は欧米対比でも衰退するかも知れないが、
そのスピードは非常に緩やかで、日本人のプライドは傷つくはあっても
困るほど激変することはないだろう。

一方、新興国の所得は急速に先進国に近づいていく。
このチャンスを逃すと、新興国で日本人が贅沢に観光旅行を
楽しむチャンスは2度と訪れない可能性が高い。

しかも現在の為替レートは恐らく均衡水準よりも円高である。
加えて、日本経済が停滞して20年にもなるので、
成長している経済を見に行くことで勇気づけられることもあるかも知れない。

10年後の日本はどうなっているだろうか?
恐らく、今と比べればかなり余裕がなくなっているだろう。
今までの日本は、なんだかんだ言っても、食料やエネルギーは
金に物を言わせて買えばどうにでもなった。
これからは、新興国とも資源の奪い合いになる。
今はまだ、移民を受け入れるか否か、と悠長な議論をしているが
10年後には移民獲得が経済的に可能なのかどうかも疑わしくなるかも知れない。
中国に旅行に行っても、庶民は安いホテルを探して
泊まらなければならなくなるだろう。


おまけ

一方、日本の高齢者は何をしておくべきだろうか。
海外旅行になど行かなくていいので、国内の需要喚起のためにお金を使って欲しい。
そして大学生の孫がいたらお小遣いをあげてBRICsに行かせてあげよう。
きっとよい経験になるし、彼らが大人になる頃には、
彼らの稼ぎだけではBRICsに行けなくなっているかも知れない。


ブログ内の関連記事:
英語ダメダメ人間のための英会話講座
日本で資格は取るな




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イールド・カーブからイールド・サーフェスへ -- このエントリーを含むはてなブックマーク

このところ、キャリア関連のポストばっかりだったので、今日は、
経済関係の記事を敢えて理系の視点から書いてみたい。

日本国内では、リフレ派の勝間さんという人が菅直人さんに直談判したことが
きっかけでリフレ派と反リフレ派の論争が起こっているようだ。
リフレ派には当然ながら手段が必要となるので、
ゼロ金利実施後の金融政策というのが一つの焦点となってくるが
どうも、論点がきちんと整理されているとは言い難い。

私が一番頭が悪いと思う説明は「お金を刷る」というものだ。
これは百歩譲っても単なる比喩であって、何も説明していない。
そもそも現在主な先進国の中央銀行は現金の流通量をコントロールしていない。
もう少し分かりやすい例えを使うなら、そんなことが簡単にできるならば、
二千円札を普及させることも簡単だっただろう。
「金融緩和の方法は?」という問に対して「お金を刷る」という答えは、
「次の値を求めよ:1+1」という問に対して
「答えを書く」と答えるのに似ている。

次に意味不明なのが「量的緩和をする」という説明だ。
この単語が使われだしたのは、2001年に日銀が当座預金残高を
過剰になるように誘導したことに由来するが、この政策自体は
「もしかしたら効果があるかも」
「何もしないと文句言われるからやってみようぜ」
という半ばジョークのようなものだと言って良い。
未だに真に受けている人がいるのはネタにマジレスという奴だ。
その後、この言葉は一人歩きして、
伝統的でない金融政策を総称する言葉になってしまった。
「非伝統的金融緩和の方法は?」という問に対して
「量的緩和」という答えは、
「次の値を求めよ:1+1」という問に対して
「1+1」と答えるのに似ている。


もう少し、定量的でシンプルな切り口はないのだろうか。
とりあえず、通貨を円だけに固定しよう。
それでも金利には無限に種類がある。
金利は借り手の信用状態にもよるし、満期までの期間にもよるからだ。
その他、流動性とか、付帯条件があるかといった点にもよるが簡単のため捨象しよう。
まず契約の満期までの期間をTとし、
信用をC(信用度が最も高いときC=0とし、低くなるにつれCが増加すると定義する)とすると、
少なくとも、金利iはTとCの関数になる。

(1) … i(T, C)

現金を保有した場合の金利はゼロなのでこの裁定が働く限り
i(T,C)の下限は0となり、上限は市場によっては法律で制限されている。
通常、Tが大きいほど、そして、Cが大きいほど金利は高くなる。
そして、ゼロ金利というのは通常、単に

(2) … i(Δ,0) = 0

であることを指しているにすぎない。
ここでΔは最も短い契約期間。基本的には一日間の金利と考えて良い。
ただし主成分分析などをかけて調べると
i(T,C)はパラレルに上下する動きが最も顕著なので、
i(0,0)はi(T,C)という曲面を集約する統計量としては確かに妥当であることが多い。
しかし、究極の金融緩和というのは、

(3) … i(T,C) = 0 for any T and C


という状態だろう。簡単に言えば、誰もが市役所か銀行窓口に行くと
金利ゼロで任意の期間の借金ができるという状態である。

ゼロ金利には段階に応じて3種類のモラルハザードがあると思う。

一つ目は、金融機関にとってのモラルハザードだ。
いわゆるゼロ金利政策 "i(Δ,0) = 0" の状態を達成するためには、
実務的には無担保コール金利の平均をゼロにする必要が有り、

(2') … i(Δ,C) = 0 for any C


が全ての金融機関について成立する必要がある。
統計的に表現するなら、非負の変数の平均がゼロなら分散もゼロとも言える。
つまり、金融機関が信用力に関係なく短期資金が調達出来てしまう
ことによるモラルハザードが発生する恐れがある。

二つ目は三つ目と順不同だが、政府にとってのモラルハザードだ。
(2)を達成した後に目指す状態の一つとして、

(4) … i(T,0) = 0 for any T


があるが、"C=0"は通常、政府の資金調達を表すから
政府が任意の期間の金利をゼロで調達出来ると
政府が財政規律を失い青天井にお金をばらまく恐れがある。
それは最終的にはインフレという形で解消することになる。
「中央銀行の国債引き受け」のような政策はここに含まれる。

三つ目は、民間企業や個人に対するモラルハザードだ。
(2)を達成した後に目指す状態のもう一つの案として、

(5) … i(Δ,C) = 0 for any C

というものがあるが、これは個人や企業が信用力に関係なく
無制限に短期資金を調達できることになるので、
デフォルトする恐れの高い借金をどんどんしてしまうという
モラルハザードを引き起こす。
中銀がコマーシャル・ペーパーや社債を買取ったり、
政府系機関が中小企業に低利で融資したりするのがこの政策の例だ。
この政策は、今回の金融危機で各国の中銀がとった政策に近い。
金融危機では、モラルハザードよりもシステムの安定化の方が
優先されるからだ。
これが更に進んで(3)の状態になれば
モラルハザードは更に深刻になる。
明日に破産することが分かっていたら、誰もお金を借りないが
それが10年後なら借りて色々やろうとするからだ。

その他のほとんどの政策も、i(T,C)を使って表現できる。
例えば、時間軸効果のような期待に働きかける政策も
短期金利の将来パスを通じてi(T,0)の形状に変化を与えるので、
(4)に近い政策と言うことになる。
ただし、半永久的に短期金利がゼロであると宣言しても
完全に(4)が達成されることはないだろう。
その意味で、期待に働きかけるのは間違った方向ではないが
あまり強い手段とはならないと思われる。

i(Δ,0)がゼロに近づいたとき、
これ以上i(Δ,0)を下げられないリスクを考えて、
予めゼロ近辺まで下げておいた方が良い

というのがバブル崩壊後の日本の金融政策から世界が学んだことだが、
換言すれば、これは(3)(4)(5)のデメリットを防ぐために
早めに(2)で対応するということになる。

しかし(2)が達成されてしまった以上、
次は (3)という"曲面(surface)"のゼロ制約を意識して、
デメリットを勘案しながらも果敢にこの曲面 i(T,C)をゼロに
近づけていく必要があるだろう。


よく考えると、ゼロ金利下でなくとも
金利の本来実体経済への波及は、i(Δ,0)という一点ではなく
i(T,C)という曲面によって決まっている。

i(Δ,0)だけを見ていると、判断を誤る可能性が高い。
例えば、アメリカの住宅バブルでは、
i(Δ,0) を上げたのに、i(T,C)が大きなTについて
あまり上がらなかったことが一つの問題だし、
金融危機後の金融緩和が遅れたのは、
i(Δ,0) を下げたのに、i(T,C)が大きなCについて
むしろ上がってしまったことが問題だった。

金利は短期物だけでなく長期物を含めた
イールド・カーブ(yield curve)を見ることが重要なのは言うまでもないが、
今後は、TとCを変数としたイールド・サーフェス(yield surface, *1)と
呼べるような概念で捉える必要性が増して来ると思う。


(*1) いま、考えついた言葉です(笑)。




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ジャンル : 政治・経済

海外を目指す人は英文科だけは避けるべき -- このエントリーを含むはてなブックマーク

このブログを20歳以下の人がどのくらい読んでいるのかはかなり疑問だが、
せっかく冬休みなので、

チョーウケる!このオヤジ・・・
JKに興味シンシンなことが発覚っぽいよネ(笑)
ってか、そーゆーの、いい年してマジやばいよ、激キモイよ?
でも実ゎ、アメ生活★にゃちょい興味ありまぁす☆ ←


みたいな人が読んでることを期待して記事を書いてみたい(妄想終)。

私は特に深い理由も無く「海外に住みたい」「アメリカに住みたい」
と考える日本人がたくさんいることを知っている。
それが悪いということではなくて、今日は、
そこが出発点の人にとってどういうキャリアパスが最適なのか
という点について考えたい。

もちろん、1~2ヶ月であれば学生時代の夏休みを使って
短期留学すれば良いので話は簡単だ。家が裕福であれば、
何年間か留学させてもらうこともできるだろう。
しかし、もしそれ以上の期間、滞在したいと本気で考えるなら
アメリカ社会に自分が何を出来るかを考える必要がある。


その際、圧倒的に有力な選択肢は
理学・工学・農学といった理工系に進むことだ。
これは、日本人に比較優位があるということの他に、
語学や人脈の壁が低い点、アメリカ社会に不足している点
という非常に大きなアドバンテージがある。
先日、私の出身大学のOBでミシガ*ン州に来ている人は
理工系が多いという話を書いたが、
それはメーカーの海外駐在だけでなく、
起業家のような人ですらそうなのだ。
「積分記号がミミズより気持ち悪い」人とか、
そもそも「」内の意味が分からない人でも、
何とか頑張って、まずは理工系を考えるべきだ。
全ての分野に数学や物理のような理論的知識が
必要なわけではないし、努力次第でなんとかできることも多い。

もちろん、理工系は唯一の選択肢ではない。
18歳にして最初から米国公認会計士(CPA)を目指して
留学してきた人も知っているし、
こちらで弁護士免許を取って開業している人もいる。
きちんとした知識を持っ他人にはそれなりの需要があるし、
日本人向け業務などのニッチを見つければ
成功するチャンスは結構あると思う。
(参考:アメリカでは資格を取れ

そんな中、もっともキャリアに結びつけにくい分野の一つが英文学専攻だろう。
確かに、英語学・英文学専攻からアメリカに来ている人はいるが、
それがキャリアに結びついたという話を今のところ聞いたことがない。

機械いじりが好きだから機械学科に進むのは良い選択だろう。
数学が好きだから、数学科に進むのも悪くはない。
海外が好きだから、英文科に進むのは最悪の選択だ。



テーマ : アメリカ留学
ジャンル : 海外情報

大学付属校について -- このエントリーを含むはてなブックマーク

冬休みということもあり、先日
徒歩圏に住む、母校(高校)OBの人とワインを飲んで雑談してきた。
こんなに広い国の田舎でこんな近くに
同じ高校のOBがいるということが驚きでもあり嬉しくもある。
年齢も職業も全く違うが何故か話は合う。やはり母校と言うのは良いものだ。
そこで今日は、匿名のまま母校を宣伝するという難題に挑戦してみたい。

私はマンモス私大の付属高校出身なのだが、
まず、有名大学の付属校というのは恐らく
世界的に見ると特殊な制度だ。

アメリカにも小規模の私立大学には付属の小中高があるが、
有名な研究大学には(そして私立の一流リベラル・アーツにも)付属校は基本的になく、
あったとしてもその大学に進学出来るわけではない(シカゴ大付属高など)。
ハーバードやイェールには付属はないのである。
もしあったら、学費が年10万ドルでも入学希望者はいるだろう。

受験が日本より熾烈なことで有名な韓国でも付属校の制度はないらしい。
彼らと話をすると育った環境から、受験の話が時々出るし
日本の有名大学の名前も結構良く知っていたりするが、
「自分は大学が作った高校に通っていたので大学入試は受けなかった」
と言うと、一様に驚いた後、
「なんでそんなことが可能なのか?」
「その高校に入るのが難しくなりすぎないか?」
というようなことを興味津々といった感じで聞いてくる。

日本にはたくさんあるのであまり有り難みがないが、
外から見ると、結構魅力的な制度であることは間違いない。


付属校の一番のメリットは
進路をじっくりと見極める時間があることだ。

最近の組織改革の成果で若干改善されているようだが、
日本の大学は入学時に専攻をある程度決めなければならない。
大学入試というテクニカルな試験に備えながら、
同時に将来の進路について真剣に考えるというのは大変だろうと思う。
そして、偏差値のような自分の適性が盛り込まれていない指標(*1)だけで
進路を決めるのは、日本の教育や雇用システムの元ではリスクが大きい。

(*1)大学や予備校は進んだ統計解析手法を用いて、もっと適切な
選抜方法を導入したり受験生に対するアドバイスをすることが本当は可能だ。
(参考:「学力偏差値の功罪」

付属校というと「単に◯◯大学に入れるだけ」とそのメリットを軽く
考えがちだが、将来の進路選択のためだけに3年間を費やせるというのは
途方もなく贅沢なことだ。

もちろんメリットを活かせずに
ただ無意味に高校生活を過ごす輩も多いが、
メリットを活かせない人間は常に存在するのでそれは仕方がない。

私の母校は、来年、中学校を併設することを決めた。
優秀な生徒は中学校で集めるという世の中の流れには逆らえないようだ。
ただ、将来の進路選択のために6年間も必要なのかどうかはよく分からない。
成功するかどうかはちょっと微妙だ。
(宣伝になってないじゃないかorz)



テーマ : 中学受験
ジャンル : 学校・教育

米国の大学のポストにつく経路を考える -- このエントリーを含むはてなブックマーク

失われた20年が終わり2010年になった。
次の10年に日本がどうなるかはっきりは分からないが、
高等教育機関に関しては、財政の逼迫や少子化、定年延長など
常勤ポストを見つける前の若手研究者にとって暗い話題ばかりが目立つ。
いろいろと改革を進めなければいけないことは間違いないが
昨年の事業仕分けで行われた文部科学省の役人と大学教官の議論を見ても
文科省に日本の高等教育を立ち直らせることは難しいだろう。
人生を文科省に委ねるリスクはますます大きくなり、
優秀な人はどんどん民間企業に進むと同時に、
アカデミックに残る人の海外流出も進むのは間違いない。


そこでアカデミックに残りたい人のために、
純粋な日本人がアメリカで常勤ポストにつくための経路を考えてみる。
学歴で分けると主に以下の3通りが考えられる。

A. 学部(米国)→ 博士(米国) → [PD(米国) →] 常勤ポスト(米国)
B. 学部(日本) → 博士(米国)→ [PD(米国) →] 常勤ポスト(米国)
C. 学部(日本) → 博士(日本)→ [PD(米国) →] 常勤ポスト(米国)


もちろん、常勤ポスト(日本)→ 常勤ポスト(米国)という道もあるだろうが、
そこまでいくと個人の資質による面が大きいので省かせていただく。
また、[]内のPD経験が何年必要かというのは、分野に大きく依存する。
経済学のように直接常勤ポストにつくことが比較的多い分野もあれば、
純粋数学のようにPDを2-4年程度やるのが通例となっている分野もある。

まず、米国で就職するためにどの経路が最も望ましいか、
というとそれはもちろん、望ましい順に、A>B>C だろう。

個人レベルでの差も大きいものの、
AとBにはかなりの語学力(コミュ力)の差が存在するのが普通だし、
BはCに比べて語学力の他、学歴のスクリーニングで損をする可能性が高い。
人数的にはA、Bは非常にたくさんいるが、
Cはかなり少ないことにも留意しておきたい。


A. 学部(米国)→ 博士(米国) → [PD(米国) →] 常勤ポスト(米国)

まず、Aを選択するためにはかなりいろいろなハードルがある。
18歳の段階で文科省に見切りを付ける高校生がいるとしたら相当な切れ者だろう。
周りから助言をもらうにしても、身近に事情に詳しい大学関係者がいる必要がある。
実際には、私の知る限り、優秀なのに日本の教育システムに馴染めなかったとか、
元々家族で海外に住んでいて米国の大学へ、というケースが多い。
日本では、この進路選択がいわゆる高学歴層の間で
まだ一般的になっていない点も見逃せない。

多くの親は、子供が優秀だと医者や弁護士にしたがるものだ(*1)。
子供が技術者や研究者を目指すのにポジティブだとしても、
有名な日本の国立大に進んで欲しいと思っているのではなかろうか。
しかし、キャリア上での成功への近道は他人との競争ではなく差別化だ。
この進路は、今後、理工系を目指す人には有力な選択肢になりうる。

(*1) この場合、日本国内を選択した方が得だろう。
参考:虎の尾を踏む覚悟


Aの選択肢には、金銭的な制約条件も少なくない。
かなり裕福な家庭でなければ子供にこの選択肢を与える余裕はないだろう。
米国では近年、私立のみならず有名州立大でも学費は暴騰しており、
奨学金が受けられない場合、授業料で年間3万ドル前後、
生活費を含めると5万ドル前後の費用が必要だ。
例えば、私立のMITでは学費が年37,782ドル、生活費を含めると
モデルケースで52,000ドル程度は必要である。

しかし、私が見た例から考えると、
もし十分に裕福な家庭で、子供が精神的に自立しており、
明確な目的意識があって、十分な知力と学力が備わっているならば、
学部4年間に20万ドル以上を投資する価値は十分にあると思う。

もちろん、どれか欠けた要素があるなら無理してAを選択すべきではない。


B. 学部(日本) → 博士(米国)→ [PD(米国) →] 常勤ポスト(米国)

人数的に比較的多いのがこのパターンだ。発展途上国、例えば、
インドなどからアメリカにくるケースの多くはこれだ。

日本から博士課程への留学は、主に分野に依存して二つの動機ある。
(1) 米国の大学の研究レベルが日本より圧倒的に高い
(2) 日本に留まった場合のキャリア上の選択肢が狭い

(1)は社会科学などで一般的であり、(2)は理論物理や生命系などが該当するだろう。
(1)の留学にメリットがあることは明らかだが、
米国では最終学歴が極めて重要なシグナリングとなるので
(2)だけを理由とした留学も十分に価値がある。
しかし日本では、この考え方はまだほとんど浸透していないと思う。
私は、この動機による留学がもっと増えて欲しいと願っている。


一つの理由は、アメリカではマイノリティーを優遇される一方で、
極端に小さなグループは十分なメリットを受けられないことがある点だ。
例えば米国内に、T京大学から過去に3人の留学生を受け入れている大学院Xと、
日本人を一人も受け入れたことがない大学院Yがあったとしよう。
Xに留学した3人の成績は取りあえず、平均して標準以上だったとする。
この時、仮にXがYよりもcompetitiveな大学院であっても、
T京大学からの新たな出願者にとって入りやすいのは恐らくXの方だ。
しかし現状では、日本人出願者にとってXのような大学院が少ない。
在学中や就職活動の情報収集にあたっても、
同じ国の出身者のネットワークを全く活用できないことはマイナスだ。

もう一つの理由は、
日本が高等教育に割けるリソースがどのみち限られているなら
せめて日本人が海外で居場所を見つけた方が、
結局は日本のためにも良いのではないかと思うからだ。
世界がボーダーレス化する中では、
文化圏を人間ベースで考えることは必要であると思う。

Bは経済的には、Aに比べて大きなアドバンテージがある。
博士課程の学生も、必ずしも全員が金銭的に安泰ではないということは、
特に米国の大学の財政が悪化している最近では留意すべきだが、
ほとんどの学生が直接的な費用を負担せずに留学している
ということもまた事実である。
年齢が上がってしまうことや、コミュニケーションのための英語を
使う機会が制約されることはデメリットであるが、
留学までに時間的な余裕があるので準備には時間をかけられるし、
大人になっていることによる精神的な余裕というメリットもある。


C. 学部(日本) → 博士(日本)→ [PD(米国) →] 常勤ポスト(米国)

このパターンは、データを元に見ると応募者ベースでも採用ベースでも非常に少ない。
海外からの出願という括りで見ても、カナダやイギリスからの応募が若干ある他は
あまりいないのが現状だ。

出願者の地理的な嗜好などに依存する面もあるが、
恐らく学歴による差別、語学の壁、人脈の壁などが主な原因であろう。
しかし、「米国外PhD → 米国の大学へ就職」を数少ないサンプルを
元に考察するといくつかの共通点があるように思われる。それは、
(1) PhDを取得した大学院の研究レベルが米国の一流大に匹敵する
(2a) 海外でPDやVisiting ポジションを経験している(*2)

という点だ。

(*2) (2a)の代わりに、(2b) 既に母国で研究実績が豊富、
というパターンもあるがこれは冒頭で述べた通り省略する。

つまり、日本の理工系の多くの分野の研究者にとっては
アメリカで一旦、PDやVisiting のポジションを取って1~2年研究し
その後にアメリカへの就職を考えるというキャリアパスは
それほど非現実的ではないと思われる。
ただし、研究者に発給されるJビザには色々な制限が
あるので引っかからないように注意されたい。

まとめ

日本の若い人やその親世代に情報が十分に広まり、
国境など大した壁ではないという意識が行き渡れば
A、B、Cのいずれの渡米人口も大幅に増加すると私は考えている。


また、上ではアメリカの大学について書いたが、
シンガポールや香港をはじめとしたアジアの大学への海外流出の
メリットは更に大きく、壁は低いというケースも多いだろう。

日本の高等教育が停滞する中で、
いろいろな選択肢を考える機会は広がっている。


当ブログ内の関連記事:
海外で勉強して働こう(アカデミック版)
海外流出ってえらいの?



テーマ : 自然科学
ジャンル : 学問・文化・芸術

米国でサーブの車が叩き売り状態 -- このエントリーを含むはてなブックマーク

経営不振のGMの傘下にあり、
一時はブランド廃止とも発表されたスウェーデンの高級車ブランド、サーブ
日本では芸能人に人気があるとされていたが、
いまやブランドイメージの失墜でアメリカではたたき売り状態である。
以下は、GMのお膝元デトロイト周辺の地元紙の最新号に出た広告だ。
Saab.jpg

標準小売価格 33,035ドルのサーブ9-3のところ特価17,988ドルで実に46%引
同48,265ドルのサーブ9-7は、19,305ドル引の28,960ドルだ。
想像を絶する大安売りである。

高級車は、信頼感やサービス・レベル、ブランド・イメージが決め手になるので
一旦そういったものが失われると一気にブランド価値は損なわれるようだ。
廉価版の小型車メーカーなら破綻してもここまでの叩き売りはやらなくて済むだろう。

ちなみに円高の影響もあってか、サーブ9-3の日本での定価は
3,790,000円なので、今回の広告の価格を1ドル=93円で
換算した額 1,673,000円は、それより56%も安いことになる。

日本でサーブを買おうと思う人は
そんなことも交渉材料にしてみてはどうだろうか。





社会人の大学院留学の機会費用とリスク6(複線的なキャリアパス) -- このエントリーを含むはてなブックマーク

お題が、「機会費用とリスク」なのでネガティブな話題ばかり
書いてしまったが、最後に少し明るい話題も書いておきたい。

それは、留学することによって下がるリスクもあるということだ。

例えば、最も一般的にアメリカに留学した場合、卒業後の進路は少なくとも
日本、アメリカ、更には英語圏である、イギリス、シンガポール、香港、
オーストラリア、ニュージーランド、カナダと多くの選択肢から選ぶことが
できる。また、日本においてはアメリカの学位取得者は(MBAを除けば)
まだまだ少ないので個人の能力次第でいろいろなところに拾ってもらえる
可能性がある。

このことから大学院留学は、例えば会社を辞めて日本の大学院に進学する、
というキャリア選択に比べるとリスクが小さい可能性が高い。
特に年功序列制度が抱える日本の労働市場のリスクを丸抱えしなくても良い、
という点は大変大きな利点だ。


もちろん、留学を目指す人はある程度明確な将来像を持っていることが
多いと思うが、あらゆる可能性を考慮して、自分自身を「国際分散投資」
してリスクを抑えつつ期待値を最大化するができるのは大きなメリットだろう。


(結びに代えて)

遠い昔、「昭和的な価値観」では「仕事を辞めて留学」など
「もってのほか」の選択であったのだろうと思う。
もちろん一部の人達は、この価値観に反発してきた。
そこには合理性を超えた何かがあったと想像する。

しかし、これだけ情報がふんだんに手に入る時代になって、
もはや「昭和的な価値観」に反発するだけでは最善手とは言えない。
たくさんの情報を元に「昭和的な価値観」を選択するかどうかを
合理的に判断することが大事な時代になっていると思う。

拙ブログでは、今年もその判断材料になる情報を今後も提供できれば、と思っている。



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テーマ : アメリカ留学
ジャンル : 海外情報

プロフィール

Willy

Author:Willy
日本の某大数学科で修士課程修了。
金融機関勤務を経て、米国の統計学科博士課程に留学。
2009年、某州立大数学科専任講師。2010年、助教。2016年、准教授。

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お勧めの本
1.ルベーグ積分30講
―― 統計学を学ぶために。
   小説のように読める本。
   学部向け。


2.Matematical Statistics and Data Analysis
―― WS大指定教科書。
   応用も充実。学部上級。

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