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日本で英語学習の密度を上げる方法 -- このエントリーを含むはてなブックマーク

社会に出てから英語が必要になり、英語を勉強しようと思う人は結構多い。
必要になった時に勉強するというのは最も効率良い勉強方法だと思うが、
いかんせん社会人には時間がない

しかし、焦って語学学校の先生に「効率の良い勉強方法はないですか」などと聞こうものなら
「地道に努力する事!」などとお叱りを受けるのが相場となっている。
大体、語学の先生というのはそういう精神論が好きだ。
すぐに出来ると思われては「出来るようにならなかった!」と
後から文句を言われるリスクがあるし、
そもそも本当にすぐに出来る方法があったとしても
そんなものを教えたら語学の先生は失業してしまう。
「地道に努力する事!」はセールストークのようなものと言って良いだろう。

そこで、私が自分の経験から得たいくつかのヒントを紹介したい。

1. 英語番組は英語部分をたくさん聞く

テレビやラジオの英会話番組は良質だが、ほとんどの時間を日本語の解説に取られている。
入門講座だと20分の番組でも下手をしたら英語を聞いている時間は3分もないだろう。
有料のCDを買えば説明が省かれたものを月単位で買えるので、毎日、2週間分くらいを
繰り返し聞けば、少なくとも漫然と一日20分聞くよりも効果的だ。


2.英会話は1対1で

かつての私にとって外国人とは宇宙人のような存在だった。
「英会話教室はスイーツ」などとバカにされがちだが、そんな英会話教室でも
外国人との会話に慣れるというメリットはそれなりにあると思う。
しかしある程度会話が成立するようになったら、英会話は1対1でやった方が良い。
インターネットで調べれば大都市圏では個人レッスンを頼めるネイティブスピーカーは
割と簡単に見つかるし、それを紹介してくれる業者もある。
英会話教室のグループレッスンでは共通の話題を見つけるのが難しく、
会話のパターンが限られて表現力が向上しない。
発言の機会も少なくなるし、同じ質問に生徒が順番に答えたりする展開は「即興性」に欠ける。
大雑把に言って習得速度は生徒の人数に反比例すると思って良い。
また最近は、オンラインで格安のものもあるので検討すると良いだろう。


3.複数の能力を同時に鍛える

語学の主な要素は、Listening, Speaking, Reading, Writing の4つだが、
複数の要素を同時に鍛えることが出来れば当然ながら効率が良い。初学者にとって
効率が良いのは「例文付きの単語集を聞きながら自分でも発音する」ことだ。
例えば私が最初にやったのは、
DUO 3.0 という本だがこれは中々良く出来ている。
続いてやったのは、速読速聴・英単語 Core 1900Advanced 1000 だ。




4.単語を覚える

一般的に日本人は単語を覚えずに英文の構造だけを理解しようとし過ぎだ。
例えば、300単語くらいの文章であれば、分からない単語はせいぜい10個以下
でないとストレスなく読めない。そもそも自然な語学習得パターンは、まず
基本的な単語をある程度身に付け、それを元に文法を理解することだ。
特にある程度の長期計画でやっている人は、どこかの時点で
例文付きの単語集を使ってかなりガリガリと単語をやる必要がある。

アルクは12000の単語リストを 4分冊
で出しているので、ガリガリやるのが得意な人には良いだろう。
自然でない例文も時々あるが、これは無理に複数の単語を短い例文に
組み込んだ結果と思って諦めるしかない。



5.英作文はネイティブに見てもらう。

伝統的な日本の英語教育を受けた人は、speaking や writing と言ったアウトプットが苦手だ。
大きな原因は、ほとんどの日本人の英語教師には、生徒がランダムにアウトプットした英語を適切に評価
できないことだろう。ライティングはネイティブに直してもらうに限る。

また、英語の作文は段落や論理構成に制約が多いので、TOEFLのWriting 対策用の本などは
意外と実社会でもそれなりに役に立つ(特にこれと言うものはないが、例えば こんなもの など)。

6.一度決めたら本は変えない。

英語の参考書は慣れるまでに何日かかかるが、慣れてしまったら本は変えない方が良い。
英語学習は繰り返し作業であり、経験的にはフォーマットに慣れてからの方が学習効率が高くなる。
もちろん良い本を選ぶことは大切だが、頻繁に本を替えると慣れるために労力の大半を使ってしまう。


英語学習は根気強くにやることが大事だが、少なくとも、
「辞書を1ページ目から順に丸暗記して"abandon" のところで諦める」
という昔のやり方よりは効率の良い方法がある。
電子辞書で読解の効率は劇的に上がったし、インターネットにより英会話も価格破壊が起きた。
今後もどんどんそういったイノベーションが生まれるだろう。
常に少しでも効率の良い学習方法を探求したいものだ。


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テーマ : 英語・英会話学習
ジャンル : 学校・教育

Fランク大学生は大学で何を学ぶべきか? -- このエントリーを含むはてなブックマーク

少子化が進み、希望すれば誰もが大学に入れる時代になって久しい。
競争率が低くほぼ全入の大学は入試難易度が設定されないことから
Fランク大学などと呼ばれるが、そうした大学の一つ、
日本橋学館大学(以下、N大学)の授業シラバスが最近ネットで話題になっている。

英語ならアルファベットの書き方から指導し、中学校レベルの英文法を一からやり直す。
数学なら少数や分数の計算からやり直す、
国語なら原稿用紙の使い方から教える、といった具合だ。
こうした「割り切った」カリキュラムには、もちろん賛否両論あるだろう。
一世代前の大学に行きたくても行けなかった人からは、
「そんな基礎学力もない人が大学にいくなんて資源の無駄遣い」
との声も聞こえてきそうだ。

だが、学生とその親が授業料を払ってきちんと大学に通う(通わせる)意思がある以上、
そうした学生にどういう教育を施すべきかを考えて
最善を尽くすのが大学の使命というものだろう。
そうした意味で学生のレベルに合わせて基礎からやり直す、
というN大学の姿勢には一定の評価はできる。

しかしそうした状況の下であっても、大学と学生は、
大学は社会に求められる人物を育てるための職業教育の場
であるという意識を失ってしまってはならない。
できることは限られていたとしても、
一人一人の能力に合わせて、年齢に見合った、
社会に役立つ能力を身につけることが大切である。
むしろ、研究大学の学生よりFランク大学の学生の方が、
年齢に見合ったなんらかの実務能力を身につける必要性は高いといえる。
なぜなら、大学院に行って更に勉強したり、
幹部候補生として企業に多額の教育投資をしてもらえる可能性が低いからだ。

年齢に見合った能力というのは必ずしも、
高度な科学、工学、哲学、文学、芸術、法律、経営等に
について学ばなければならないということではない。

例えば、
「取りあえずエクセル(あるいはワード)の使い方だけは誰よりも詳しいです」
「ホームページだけは作れます」
「報告書の書式や書き方だけはとりあえず分かります」
「アンケートの取り方だけは分かります」
というようなことでも構わないと私は思う。

むしろ、高度な数学が分からないからこそ、
社会に出てからはデータ処理の裏方に回らなければならないわけだし、
立派な報告書を書くことができないから、
せめて事務処理の部分でエクスパートにならなければならないのだ。

基礎学力は大事だが、
私は社会人になってから原稿用紙を使ったことは一度もない。
事務作業では表計算ソフトを使うために分数を知っている必要はあるが、
ほとんどの人にとって二つの有理数を通分する機会は全くない。
アルファベットが読めないのは困るだろうが、
卒業後、中学の英文法が本当に必要な人はどのくらいいるのだろうか。

そうした知識はもちろん持っている方が望ましいのは間違いないが、
「十分な能力のある人が、高校までに身につける知識」
であって、大学生になってから全員が必死に挽回するべきものなのかどうかは正直疑問だ。

むろん、基礎学力のない学生に、無理に難しい数学を教えたり、
「環境システム概論」のような名前だけ高級な科目で、
意味もなく大学生気分だけ味わせるようなカリキュラムは最悪だが、
基礎学力一辺倒というのも大学教育のあるべき姿ではないだろう。

大学教育は社会に合わせてダイナミックに変わりながら、
学生のレベルに合わせて必要な職業的な知識を教えることが大事だ。

米国では近年、レベルの低い総合大学に比べ、
コミュニティー・カレッジやテクニカル・カレッジといった実務的な
コースを教える大学の人気が高まっており、地方政府もそうした
大学に予算を重点配分するようになっている。
できない学生には基礎学力の充実をと謳う総合大学には、
授業スタイルを変えたくないという大学教員の固執も見え隠れする。


特に日本人は大学に入るまでに筆記試験をたくさん経験するので、
静的な学問を粛々と学ぶ「小・中・高校的な価値観」に支配されすぎている。
「中学数学を●時間で学べる本」や
「ぼけ防止計算ドリル」がベストセラーになっている社会は病気だ。
教科書とノートと筆箱を持って真面目に授業を
聴いていさえすれば良かった古き良き日への憧憬。
それなのに真面目にやらずに落ちこぼれたことに対する罪悪感と後悔。
あるいは、できる学生であればそれに対する優越感と中毒症状。
そうした勉強パターンに固執するのは、
学生にとっても、教員にとっても、ある意味で心地が良い。

しかしそういった感覚を思い切って拭い去り
自分なりに一人の大人としてできることを身につけることが、
大学生と社会にとって望ましいことではないか。


テーマ : 短大・大学
ジャンル : 学校・教育

日米の専門職のキャリアと賃金カーブの違い -- このエントリーを含むはてなブックマーク

日米の専門職のキャリアと年収を比較すると違う点は非常にたくさんあるが、
それが断片的に強調されすぎていることも多い。
そこで、企業や政府の研究開発分野で活躍する日米の専門職のキャリアと賃金が
どのように違うのか、大雑把に書きたい。


1. 日本は潜在能力重視、米国は学歴主義

日本の新卒採用の採用は、個人の潜在能力が重視される。
それは一流大学卒の肩書きであったり、
人間性の豊かさであったり、頭の回転の良さであったりする。

一方で、米国では学歴が重視される。
学士、修士、博士では新卒の初任給には雲泥の差があるし、
研究/開発関係の主要なポジションは博士が必須と言っても良い。
これは、米国では学歴が潜在能力(例えば自分で考える力)
を測るための指標としても比較的優れているという点に
大きく依存している。
例えば、私がいるような無名の大学であっても、
院生の潜在能力は学部生と比べて段違いに高い。

2. 修士+実務経験3年 = PhD 5年

日本では、専門知識は学問的な部分を除けば
企業内の実務経験を通して身につける傾向が強い。

一方で、米国の院生は専門性の高さは日本ほどではないものの
取りあえず社会に出てそれなりに仕事をこなせるだけの素地を
備えている人が多い。

米国のPhDは、日本で言えば博士というよりも、
修士+研究開発の実務経験3年と言った方がぴったりくる
かも知れない。

実際、日本の新卒社員は
少ないの給与をもらいながらトレーニングを受けるが、
米国の大学院生も少ない給与をもらいながら
トレーニングを受けるという点で似ている。

3.日本は年功序列、米国の賃金カーブは緩やか

日本は、企業内で人材を育成する関係で、
当初数年間の給与水準が低いのはある程度理にかなっているが、
そうした点を考慮した上でも賃金カーブが急で年功序列の色彩が強い。

一方、米国は、新卒の給与は高いもののその後の
賃金の上昇は非常に緩やかである。

その結果、日本では若年層の賃金の低さと高齢層の賃金の高さが
相対的に目立つ
ことになる。


こうしたことから、日米を断片的に比べると
その違いに驚くことがあるが、
長い目で見れば結局あまり変わらない
ということは
以下のイメージを見ると分かって頂けると思う。

日米年収


テーマ : アメリカ生活
ジャンル : 海外情報

米国各地で起こっている反ウォールストリートの暴動に思うこと -- このエントリーを含むはてなブックマーク

先週末は、世界各地で経済格差や大手金融機関に対する抗議デモが行われた。
シカゴでは175名もの逮捕者が出たようだ。

もちろん、内情を知っていながら目先の利益(そして自らの報酬)のために
高リスクの商品を買ったり、転売することを指示した金融機関の経営者は
法の下で公正に裁かれなければならない。

しかしアメリカの経済の仕組みをある程度理解した上で考えると、
こうした大規模なデモですら非常に虚しく感じられてしまう。

アメリカは対外純債務国であり、年間のGDPの約17%に相当する
対外純債務を抱えている(2009年現在)。これより多額の対外純債務を
抱えるのは、先進国では今話題のPIGGSとオーストラリア、
ニュージーランドしかない(国別対外純債務のGDP比率)。

マスコミはXXの一つ覚えみたいに政府債務のGDPを取り上げるが、
対外純債務のGDPの方が、よほど債務履行能力との相関が高い。

こうした多額の純債務をファイナンスするための米国流の方法は
自由で活発な資本市場を整備して対外投資の絶対額をともかく大きくするとともに、
相手国を上回る投資効率を達成することによって所得収支を黒字化することだ。

そのためには、
米国による米国のための「フリーでグローバルな」資本市場が必要だし、
どの国の投資家よりも優れた超一流の人材をウォールストリートに
送り込んで資本市場をおさえる必要がある。
個人投資家に運用を任せたり政府ファンドを作って公務員が投資する程度では、
先進国の伝統的な上場株式など平易な運用を除いて
世界中の投資家に太刀打ちできるわけもない。
投資なんて誰がやっても同じと考える人は、
飛ぶ鳥を落とす勢いの経済を持つ中国(上海)の株価指数が
10年間もほとんど上がっていない、という事実に目を向けるべきだろう。

ウォール街の集金システムが自己増殖しすぎて
手に負えなくなっているのは事実だが、
そうしたシステムなしに対外債務で失った富を
米国内に還元させる有効な方法は未だに考えられていない。

勢いでウォール街を潰した途端、
国ごと沈没するといったことにもなりかねないのだ。
ウォール街の存在は米国の対外債務と切っても切り離せない関係にある。


テーマ : 政治・経済・時事問題
ジャンル : 政治・経済

プロフィール

Willy

Author:Willy
日本の某大数学科で修士課程修了。金融機関勤務を経て、米国の統計学科博士課程にてPhD取得。現在、米国の某州立大准教授。

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お勧めの本
1.ルベーグ積分30講
―― 統計学を学ぶために。
   小説のように読める本。
   学部向け。


2.Matematical Statistics and Data Analysis
―― WS大指定教科書。
   応用も充実。学部上級。

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