オンライン授業は教育を変えるか -- このエントリーを含むはてなブックマーク

1.オンライン教育の現状

先日、ミシガン州内の別の大学の教員が数学科を訪れて、
オンライン授業を行うことの論点について簡単な講演を行った。

米国の大学でも教室を使う従来型の授業が大半を占めるが、
一部の講義をオンラインで行うことは、
実質的に学科単位の末端レベルの意思決定によって一般的になってきている。
数学科でも、いわゆる教養科目の中にオンライン化された授業がある。

実験を伴う分野ではオンライン授業は難しいだろうが、
人文系、社会科学系、数学系などの分野は
オンライン授業に向いていると言えるだろう。

オンライン授業というと録画された講義を見るだけ、
というようなイメージが先行しがちであるが、
実際には様々なタイプの授業がある。

双方向のコミュニケーションを重視するアメリカでは、
全ての学生が自宅でヘッドセットをつけて、学生が質問したり、
教員が学生に意見を求めたりすることができる状態で
授業をするというような授業も一般的に行われている。
「オンライン授業」というよりも「テレビ会議」という言葉の方が
その様子をしっかり表しているかも知れない。

こうした授業では、従来のオンライン授業のイメージとは
異なる問題がいろいろと起こっている。

例えば、録画あるいは衛星中継した授業を見せるだけであれば、
教室の大きさという制約が無いため
一度に多くの学生を受け入れることがメリットとなるが、
双方向型のオンライン授業では
顔が見えないことがコミュニケーションの制約になるので、
教室での授業よりも受け入れ可能な人数が少なくなるという。

双方向性の弱いオンライン授業では、
学生による教員評価が厳しくなると指摘されており、
オンラインには物理的なメリットがある半面、
従来と同じ質を維持するためには
教室での授業よりもコストを払わなければいけない側面もある
ということだろう。

また、録画されたビデオを見るだけなら手軽で便利ということになるが、
学生と会話したり、授業中に学生に問題を解かせたり、
ということになると、
教員も学生も機器の操作にそれなりに
習熟しなければならないという点も問題となる。

また、英語圏の大学等では世界中から学生が集まるため、
オフィスアワーの時間設定が問題になったり、
同じ時間に試験を行う事が困難になるという問題もある。


2.大学の授業をオンラインで行うことの問題

しかしこうした問題はむしろ小さな問題で
何よりも大学側が心配しているのは、
オンライン授業で不正に単位を取得する学生が
出てくるのではないかという懸念である。

大学入学が比較的易しい一方で
学位取得による社会的なメリットの大きい米国では、
ディプロマ・ミルと呼ばれる不正に学位を発行する大学の
存在が問題となっている。
顔の見えないオンライン授業であれば出席は問題にならないし、
小テストや期末試験の際には、カンニングをしたり、
家庭教師を雇って一緒に受けることが出来てしまう。
名の通った大学も一夜にして
ディプロマ・ミルになってしまうリスクがあるのだ。

そのため大学側は慎重を期して、試験だけは大学の教室で行うという、
やや本末転倒な仕組みをとったりしているのが現状である。

こうして状況を見ていくと、
オンラインのコンテンツというのは本質的に、
単位や資格を与えたり、何かを権威づけたりすることには
向いていないのであろう。

10年前、MITは Open Course Ware にて多くの授業を
オンラインで無料公開して世間に衝撃を与えた。
また昨年には、プリンストン大、カリフォルニア大バークレー校、
ミシガン大、ブリティッシュコロンビア大、ロンドン大、香港科技大、
エコールポリテクニークなど世界の名だたる大学が
Coursera を設立してやはり同様の無料公開を行った。


一流大学の授業を世界中どこからでも無料で見られるということは
間違いなく大きなイノベーションだった。
しかし Open Course Wareから十年経った今も、
従来の大学の姿にあまり大きな影響を与えていないのは、
やはりオンラインで何かを権威づけることの難しさを表している。

もちろん、教員と全ての学生があたかも教室に集まるのと同じように
オンラインでつながることが出来れば、大学は変わっていくだろう。
しかし、そのためにはまだ色々な面で時間が必要だということだ。


3.オンラインの普及が見込まれる分野

一方で、米国の大学の授業以外で、オンライン授業が極めて有用で、
爆発的に広がってもおかしくないと思う分野もある。

(1) 学生側の学習意欲が高い分野

学生側が、単位のためではなく自分のためにどうしても授業を聞きたい、
という場合にはオンライン授業は好都合だ。
例えば、上で述べたMITの授業を純粋な知的好奇心から受けたい場合
などもそれに当たるだろう。

最も適していると思うのは、大学受験や資格試験対策の塾の授業などだ。
これは、資格取得や認定の部分をアウトソースしてしまっているので、
学生の評価そのものをする必要がなくなるからである。

日本では、地方と都市部の情報格差は依然として大きいが、
オンラインはこうした格差を急激に縮小させるだろう。
そのうち、地方からの難関大学合格者数がもっと増えるかも知れない。

ただし、ビジネスとして成立するためにはハードルもある。
モチベーションが高すぎれば、大勢で授業料を折半して申し込み
大画面を使ってみんなで見る、ということに成りかねないためだ。
即ちオンラインの問題は「場」を管理できないということにある。

(2)地域内の需要が小さすぎて講義が成立しない分野

非常に専門細分化した学術分野の授業や、
分野を絞ったニッチなビジネスに関するセミナーなど、
物理的に一カ所に十分な人数を集められないケース、
一堂に会することが難しいケースでは、
オンラインによるメリットは当然ながら大きい。

(3) 形式的に授業だけすればいい分野

日本の有名私立大学の文系学部などでは、
入学が難しく単位取得が易しいという仕組みになっているため、
授業の履修そのものをあまり真剣にチェックする必要はないかも知れない。

そうした状況では、単にコストや手間を削減したいという理由で
一方向型で廉価なオンライン授業を
大学が推進するということはあり得るだろう。
教育の更なる退廃を生む原因ともなりうるが、
オンラインであまりにもやる気の無い授業をすることには
教員も抵抗があるだろうから、
案外授業の質が改善するかも知れない。



このように、現状では
オンラインによる教育はまだまだ試行錯誤の段階だ。

いつの日か、ハワイや沖縄のビーチの見える部屋から
全ての授業が出来るようことを楽しみに待ちたいと思う。


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プロフィール

Willy

Author:Willy
日本の某大数学科で修士課程修了。
金融機関勤務を経て、米国の統計学科博士課程に留学。
2009年、某州立大数学科専任講師。2010年、助教。2016年、准教授。

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お勧めの本
1.ルベーグ積分30講
―― 統計学を学ぶために。
   小説のように読める本。
   学部向け。


2.Matematical Statistics and Data Analysis
―― WS大指定教科書。
   応用も充実。学部上級。

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