統計屋はどこまで給料をもらうべきか -- このエントリーを含むはてなブックマーク

アカデミアでもビジネスでも統計解析のニーズは高くて、
データを分析して欲しいというような依頼は結構くる。
しかし、分析の対価としてどこまで給料をもらうべきなのか、
というのはなかなか難しい問題だ。

完全にビジネスとして外注して、博士レベルの統計屋に
分析をさせると、単価は1時間で100ドル前後のようだ。
以前に、コンサルティング会社が時給75ドルでそういった求人を
出していたから、マージンなどを考えれば大体そんなものなのだろう。
継続的に分析案件が発生するのであれば、
常勤で統計屋を雇えばもっと安く済む。
私も、大学院生の時は、医学部でデータの分析をして、
生活費や給料、健康保険料を払ってもらっていた。

一番厄介なのは、依頼者が案件をあくまで「共同研究」だと考えている場合である。
もちろん雑誌や学会等に投稿することになれば、
分析者として共著者に名前を入れてもらうことになるが、
それが統計屋にとってどれほどの価値があるかは別問題である。
もちろん無価値ではないが、オリジナルな統計手法の
リサーチと同じ価値がある訳でもない。

ウィスコンシン大にいた当時、ちょっとした縁から
疫学関係のデータの分析をすることになったことがあった。
このときは、依頼者が資金を持っておらず、
共著者に入れてもらうということで無料で分析をしたのだが、
後にその研究者が資金を獲得した際に追加の分析を請け負って、
いくらかの報酬をもらった。

先日、付き合いで参加した異分野交流会で、医学部の教授が
「病院のマーケティング関係のデータを分析したいんだけど」
と持ちかけてきた。なんだか嫌な感じがしたが、
何かメリットもあるかも知れないのでミーティングのアポを取る。
依頼者は向こうなのに、
問答無用に呼びつけるところも何だかなぁという感じである。

データを用意しておくよう依頼していたが、当日データは無し。
取りあえず話だけ聞いたところ、リアルには意味のある内容だが、
既存の手法で解析するだけで済むのでアカデミックにはほぼ価値のない内容だ。

ちょうど、私の修士の学生が修論用にデータを探していたので、
とりあえず、その学生に分析させてみるということで合意。
どのみち、その学生は私が指導しないといけないので手間は変わらない。
その教授には、
「スケジュールが大事だよ。修論用だから特別にタダで分析できるんだよ。」
と念を押しておいた。

しかし、その教授からはいつになってもデータが上がって来ない。
データ処理に関わっている人が多すぎる上に、真面目にやっている人が少ないようだ。
何回かプッシュしたところ、担当者から、
「はじめてしまえば、4〜5週間でできるけど。」
というふざけた返事が。
いや、最初に教授に依頼してからもう7週間くらい経ってるんだけど。
まだ始めてなかったということが驚きだし、
データのダウンロードごときに1ヶ月かかるという神経も理解できない。

そこで、
「学生には学位取得のスケジュールがあるので遅くなるようなら無理。
他の学生を捜すことも可能だけど、その場合は、(こちらにはメリットが
ほとんどないんだから)自分と学生に報酬を払って欲しい。」
と連絡。すると、
「えっ。君は共同研究者だと思ってたんだけど。」
と、ある意味、想定の範囲内のおめでたい返事が。
そんなのタダで引き受ける人がいるなら、私が別の分析を依頼するけど。

どうも、人間はデータ分析の結果のような形のないものの価値には疎いようだ。
例えば、その医学部の教授が業務上、特殊な医療機器が必要になって、
エンジニアに特注して作ってもらったとする。
エンジニアは新しい特殊な医療機器を作って勉強になるから、
教授は無料でその機器をもらおうとするのだろうか。

もちろん、特定の分野や構造のデータを統計屋が欲しがっていて、
無報酬でも双方にとってメリットがあるというようなケースもある。
上記の様に学生が勉強用にサンプルデータを使いたいということも珍しくない。

しかし統計屋としては基本的に、
実需から生まれたデータ分析の需要に対しては相応の対価を取るというのが、
プロとして正しい姿勢であるように思う。

日本ではもともと、サービスに対価を払うという考え方が希薄な上に、
大学の教官は、社会に無償で奉仕すべきというような考え方が強い。
しかし、他人のデータを分析することが義務でない以上、
そんなインセンティブの全くない状態では、
データの活用自体が停滞するだけだろう。

ここ1〜2年、「ビッグデータ」がバズワードになっているが、
データ分析にきちんと対価を払うという意識が定着すると良いと思う。
一方で、流行に乗って暴利をむさぼる一部の人たちが、
統計屋のイメージをぶち壊してしまわないようにして欲しいところである。

「ビッグデータの衝撃」(城田真琴)

「ビッグデータの覇者たち」(海部美知)


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テーマ : ボランティア活動
ジャンル : 福祉・ボランティア

男女の学歴格差はどこから生まれるのか -- このエントリーを含むはてなブックマーク

多くの国で誰もが大学に行きたいと思うようになり、大学進学率も高まってきている。
もう少しくわしく男女別に見てみると、日韓を除くほぼ全ての先進国では、
女性の進学率の方が高い。
米国に関して言えば、大学に進む女性の数は男性の1.4倍程度となっており、
4年生大学、大学院修士課程などほとんどの学位で女性の進学率が男性を上回っている。
博士課程に関しては男性がやや多かったが、近年差は縮まっており、
手元に統計がないものの既に逆転している可能性もある。
一般的に言って女性は勤勉でコツコツ勉強するタイプが多いので、
男女差別が少なくなったいま、女性の進学率が相対的に高いのは自然だ。

一方で、日本の大学進学率は
男性が55.6%であるのに対し、女が45.8%となっており
(男女共同参画白書(平成24年版))、
女子の短大進学率(9.8%)を合わせれば男女の差はほぼないものの、
いわゆる上位層を見れば男性優位は依然として際立っている。
東京大学入学者のうち女性はわずかに19%、慶応大学でも30%程度に過ぎない。
ハーバード大やスタンフォード大の入学者がほぼ男女半々であることと比べると
非常に大きな違いがある。

こうした格差の説明として最も一般的なのは、
文化社会的な性差に起因するというものだった。
すなわち、労働環境の問題や子育てに関する日本独特の価値観によって
女性がキャリア的に成功することが難しいとか、
早く学校を出ないと結婚が遅くなるというような考え方に女子が従うと
進学にあまり一生懸命にならないということである。
また、男子の方が全体的に能力のばらつきが大きく、
それが上位層の厚さに影響しているとの説も有力である。

もちろんこうした要因が重要であることは間違いないが、
アメリカで実際に子育てをしていて感じることは、
そもそも日本の学校の選抜制度そのものが、
男子に有利なように設計されているのではないかということである。

第一に、日本では国立大の入試をはじめとして一発勝負型の入試が多いが、
こうした仕組みは、学校の成績の様な日々の積み重ねを評価対象に加える選抜制度に
比べて男子に有利なようだ。一概に比較はできないものの、
例えば慶応大学では学力試験を用いた入試の合格者における女子の比率は3割程度で
あるのに対し、推薦や自己推薦入試など他の区分では女子の比率が5割を超えている。

第二に、日本では試験問題自体も男子に有利な設問になっている可能性がある。
アメリカ数学会の雑誌に掲載されたMertz教授とKane教授の論文によれば、
中学段階の標準学力試験(TIMSS)や、米国の大学進学適性試験(SAT)においては
既に男女の数学力に有意は差はないとの結果が出ている。
ばらつきの大きさに関しても、男女で大きな差はないという。
しかし、この結果は日本の入試の結果とは相容れない。
詳細なデータは持ち合わせていないが、日本では中学入試段階でさえも
男女の算数の平均点や上位層の厚さには大きな差があるようであるし、
例えば今年の東大入試では数学の試験で難問が少なかったために、
女子校の合格者が多かったと言われている(前年比で約1割増)。
日本の入試では出題範囲が決められているため、
問題を難しくするにはパズル的に難しい問題を出さざるを得ないが、
そうした問題は男子の方が得意なようである。
しかし、そうしたパズル的な難問を解く能力はあくまで学力の一部だろう。
女子の受験者にとって、そうした難問がボトルネックになって
進学者を減らしている可能性も高い。

実は私も個人的にはパズル的な問題が好きなのだが、
先日、数学科の博士課程の適性試験問題を作る機会があり、
少しパズル的な問題を作って、他の教官に難色を示された。
その教官はモスクワ大出身の超エリートだが、
試験はあくまで基礎知識や構成力を確かめることを主眼に置くべきと考えていた。

米国では、40年前に6%しかなかった数学の博士号所得者における
女性の割合は30%まで増加した。
これは科学技術分野の人材難に悩む米国にとって大きな変化だ。

かつて日本の大学入試は現在より熾烈で、
奇をてらう難問で志願者を振り落とす必要があった。
少子化と基礎学力の低下が進んだ今、
日本の大学もパズルのような問題の試験で一発勝負をさせるよりも、
基礎知識をきちんと身につけた人、総合的な学習能力の高い人に
広く門戸を開くことが国としての人材の高度化に貢献することになるのではないか。



テーマ : 教育
ジャンル : 学校・教育

日本人と違うアメリカ人のリスク感覚 -- このエントリーを含むはてなブックマーク

娘の現地校の授業は、今日で終わって夏休みになる。
子供たちが「学校にゲーム機を持ってきたい!」と懇願した結果、
校長先生が、最後の日だけ持って来ていいことにします、と決めて、
今日は "electronics day"ということになった。
半日授業だが、最後の日なので休み時間も多めにあるらしい。

うちには、近所の銀行で景品としてもらった Kindle Fire があるので
娘は当然ながら「キンドルを持って行きたい!」と言い出したのだが、
私は「紛失の可能性があるのでダメ」と拒否した。
実は、故意か否かは別として、先日、
娘の弁当箱が学校で丸1日行方不明になったところのなのだ。
次の日には出てきたが、こうした事は珍しくないという。

しかも今日は半日授業であるため、学童保育で
希望者を募ってローラースケート場に行く遠足があり娘もそれに参加する。
慣例に従えば、児童が持って来たiPadやKindle、DSなどは
バックパックに入れられて、誰でも入れる校舎の廊下に長い時間
放置されることになる。
何か盗難防止措置を取るという説明は聞いていないし、
学校と学童保育では運営が別になっているのでその可能性はあまり高くない。

またキンドルは仕様上、アカウントと紐づけられているため、
万一盗難された場合には、私のクレジットカードアカウントから
ワンクリックで注文などもできてしまう。

日本人の私のリスク感覚からすると、そんな状況で子供に
そんなものを持たせて学校に行かせるというのはちょっと信じられない。

私が外にマックを持ち出すときは、常に肌身離さず持ち歩いている。
喫茶店のトイレに行くときも、財布とマックは必ず身に付けていく。
例外は、自分のクラスの複数の生徒が教室にいる時に教室を1、2分離れる時と、
大学の自分のオフィスに鍵をかけたときだけである。

しかし、米国人のリスク感覚は違うのだろう。

実際、いまいる喫茶店の隣の席の人は、
ノートPCをテーブルに放置したまま、しばらく戻って来ない。
散歩にでも行っているのだろうか。

同じように娘の同級生の大半も「たぶん大丈夫でしょ」というくらいの
軽い気持ちでタブレットを持って学校にくるのだろうと思う。

私が心配し過ぎなのか、娘の学校が楽観的すぎるのかの判断は難しいが、
様々な事件を見るにつけ、リスクに対する判断は
回りに左右されずにするのが賢いように思える。

感覚や文化の違いで楽しみが一つ減ってしまった娘がかわいそうな気もしたが、
今回は娘に我慢してもらうことにした。


テーマ : アメリカ生活
ジャンル : 海外情報

【Willyメソッド】10桁×10桁を暗算する方法 -- このエントリーを含むはてなブックマーク

最近知ったが、1年半前くらいから2桁かける2桁の暗算が流行ってるらしい
「岩波メソッド」などという仰々しい名前がついているから、
「ふーん、どうやるの?」と思って方法をググってみたら、なんてことはない、
魚を書きながら(笑)ちょっと違う順序で計算するだけのことらしい。
まあ、普通に筆算するよりは若干暗算しやすいかも知れない。
(計算方法を紹介したページのリンク
この方法、東京大学医学部在学中の岩波邦明さんが考えたとのこと。
岩波さんっていうから、
「あぁ、岩波書店の創業者にコネがある人か。」
と思ったら出版社は小学館。



「おまえw 東大理Ⅲとか受かったうえに、
たかが2桁のかけ算で本売っちゃうとかどんだけ天才なんだよw」

というのが取りあえずの感想だが、
ちょっと悔しいので、ネタにマジレスと思いつつも、
対抗して新しい「Willyメソッド」でも考えてみよう。

取りあえずセールスポイントは、

「2桁x2桁とかマジしょぼくね?
Willyメソッドなら10桁x10桁でも暗算できるし(キリッ(*1)」 

ということにしてみる。

(*1) MACで半角カナはメンドくさい。

はじめに、小学校時代の記憶が飛んじゃった方のために復習しておくと、
2桁以上のかけ算は九九と分配法則を組み合わせることによって計算できる。
例えば「67x89」であれば、
(60+7)x(80+9)
= 60x80+60x9+7x80+7x9
= 4800+540+560+63
= 5963
という具合だ。
だから2桁x2桁なら、
九九の表を2x2=4回参照した上で、4個の数を足し合わせる必要がある。
つまり九九を計算する時間を別にしても、足し算を4−1=3回しなければいけない。
これが10桁x10桁なら、
九九の表を10x10=100回使った上で、100個の数を足し合わせる必要がある。
つまり九九を計算する時間を別にしても、足し算を100−1=99回はしなければ
ならないので、少なくとも2桁x2桁の33倍程度の時間はかかる。
時間はかかるが計算の難しさはあまり変わらないはずだ。

しかし、10桁x10桁を暗算できる人が少ないのは、
その計算過程でたくさんの数字を記憶する必要があるからだ。

従って、いかに必要な記憶量の少ないアルゴリズムで
計算するかが暗算の鍵
であると言える。
ちなみに筆算は、紙にいくらでも書き込めるという前提で考えられているため、
その意味で最適にはなっていない。

そこで、以下の前提条件の下で10桁x10桁を暗算できる方法を紹介しよう。
(ただし、九九の表は暗記しているものとする。)

前提1)最終的な計算結果は、1桁ごとに紙に書き込んで良い。
前提2)3桁たす2桁(答えが3桁以内のもの)を暗算できる。
前提3)前提2の結果(3桁の数字)を直後の計算開始まで記憶できる。

つまりこの方法では、3桁の数字1つを覚えることさえできれば、
10桁x10桁を暗算できるし、
好きな時点で一時中断することもできるということである。

実際に10桁x10桁を例に説明することもできるが、
足し算を99回行うためあまりに冗長な説明になる。
この方法は何桁x何桁の場合でも適用できるので、
ここでは4桁x3桁を例にとってやってみよう。

(例)3456x789

(答えの一の位)
かけられる数の一の位「6」の上に使用済みの印(・)を付け
(注:印の位置は環境によってずれることがあります)、
一の位どうしを掛け算する(6x9=54)。
答えの1の位「」を書き込み、繰り上がりの「」を記憶する。

   ・
3456x789=      4

(答えの十の位)
「3456」のうち印のついていない中で一番右にある「5」に印をつけ、
「789」の一番右の「9」をかけ(5x9=45)、
記憶していた「5」と足し合わせる(5+45=50)。
答えの「50」を記憶する。

「3456」の「5」の右の数「6」と
「789」の「9」の左の数「8」をかけ(6x8=48)、
記憶していた「50」と足し合わせる(50+48=98)。
「3456」の「6」より右には数がないので、この位はここで終了。
答えの十の位「」を書き込み、繰り上がりの「」を記憶する。

  ・・
3456x789=     84

(答えの百の位)
「3456」のうち印のついていない中で一番右にある「4」に印をつけ、
「789」の一番右の「9」をかけ(4x9=36)、
記憶していた「9」と足し合わせる(9+36=45)。
答えの「45」を記憶する。

「3456」の「4」の右の数「5」と
「789」の「9」の左の数「8」をかけ(5x8=40)、
記憶していた「45」と足し合わせる(45+40=85)。
答えの「85」を記憶する。

「3456」の「5」の右の数「6」と
「789」の「8」の左の数「7」をかけ(6x7=42)、
記憶していた「85」と足し合わせる(85+42=127)。
「3456」の「6」より右には数がないので、この位はここで終了。

答えの百の位「」を書き込み、繰り上がりの「12」を記憶する。

 ・・・
3456x789=    784

(答えの千の位)
「3456」のうち印のついていない中で一番右にある「3」に印をつけ、
「789」の一番右の「9」をかけ(3x9=27)、
記憶していた「9」と足し合わせる(12+27=39)。
答えの「39」を記憶する。

「3456」の「3」の右の数「4」と
「789」の「9」の左の数「8」をかけ(4x8=32)、
記憶していた「45」と足し合わせる(39+32=71)。
答えの「71」を記憶する。

「3456」の「4」の右の数「5」と
「789」の「8」の左の数「7」をかけ(5x7=35)、
記憶していた「71」と足し合わせる(71+35=106)。

「789」の「7」より左には数がないので、この位はここで終了。

答えの千の位「」を書き込み、繰り上がりの「10」を記憶する。

・・・・
3456x789=   6784

「3456」と(789の一の位にある)「9」の掛け算は終わったので、
9の上に印をつける。

・・・・   ・
3456x789=   6784

(答えの一万の位)
「789」のうち印のついていない中で一番右にある「8」に印をつけ、
「3456」の一番左の「3」をかけ(8x3=24)、
記憶していた「10」と足し合わせる(10+24=34)。
答えの「34」を記憶する。

「789」の「8」の左の数「7」と
「3456」の「3」の右の数「4」をかけ(7x4=28)、
記憶していた「34」と足し合わせる(34+28=62)。

「789」の「7」より左には数がないので、この位はここで終了。

答えの一万の位「」を書き込み、繰り上がりの「」を記憶する。

・・・・  ・・
3456x789=  26784

(答えの十万の位)
「789」のうち印のついていない中で一番右にある「7」に印をつけ、
「3456」の一番左の「3」をかけ(7x3=21)、
記憶していた「6」と足し合わせる(6+21=27)。

「789」の「7」より左には数がないので、この位はここで終了。

答えの十万の位「」、答えの百万の位「」を書き込んで計算完了!

・・・・ ・・・
3456x789=2726784


10桁x10桁よりも桁数が多くても計算は可能が、
全てのケースで3桁の記憶で済むのは11桁x11桁までだ。

・・・・・・・・。
確かに計算機を叩けば一発で答えが出るのだけれども、
算数や数学の計算を最小限の記憶にて実行する方法は、
これから少し役立つ場面が増えるかも知れない。
というのも、PCやタブレット、スマホを使った教育用プログラムが増えているからだ。
今のところ、数学教育用のプログラムはほぼ、
「暗記を要求するもの」と「複雑な問題の答えを択一式で回答するもの」に限られている。

一桁の四則演算のような基本的な内容なら前者だし、
中学校以上で本格的な問題なら、たいてい後者である。
後者のケースでは、形式上はコンピューター上だけで勉強が完結するものの、
実際には、学習者が手元で紙に計算をする必要がある。
しかしこれでは、タブレットやスマホの利便性を
最大限活用した学習法とは言えないだろう。

やや話は変わるが、私は中2の時に右手を骨折して、
左手で試験を受ける羽目になったことがあった。
幸いマーク式だったので答えを書き込むのには左手でも支障なかったが、
一番大変だった科目は、計算をほぼ暗算でしなければならない数学であった。
そう考えると、コンピュータソフトを活用した教育はインプットに制約が多いために、
意外と数学と相性が悪いのである。

例えば、2桁x2桁の掛け算の練習問題をコンピューター上に載せたとき、
生徒が紙を使えないとすれば、どのような形式で解答させる方式がベストだろうか。
紙で計算するなら、筆算を使っても良いし、分配法則でばらしても良い。
もしかすると、「岩波メソッド」を使う人もいるかも知れない。
そうなると、計算方法に依存する途中経過を要求することはできないから、
方法に依存しない部分だけを入力させるのが妥当のように思える。
おそらく、計算の最終結果を一の位から順に入力させることになるだろう。
では、もっと桁数が多かったらどうするのか。

そう考えていくと、タブレットを持ってソファーで寝転びながら算数や数学を
勉強するには、記憶量を最小に抑えるWillyメソッドで学ぶのが最適なのである。



テーマ : 算数・数学の学習
ジャンル : 学校・教育

数学は歯みがきチューブのようなもの -- このエントリーを含むはてなブックマーク

18年前に予備校で数学を教え始めた頃から、
「数学は、歯みがきチューブのようなものだ」と教えている。
歯みがき粉のチューブは、フタの底面から見れば丸いし、
正面から見ればほぼ長方形、横から見れば三角形に見える。
それでは歯みがき粉チューブの本当の形は、
丸いのか、四角いのか、三角なのか?というのはナンセンスな質問で、
ご存知の通り、下のような形をしているにすぎない。



数学も似たようなもので、
同じ概念を説明するのにいろいろな方法があって、
習い方によって、それが丸く見えたり、四角く見えたり、三角に見えたりするのだ。

「中学まで数学は得意だったのに高校に入って嫌いになった」とか、
「高校では数学が得意だったのに大学に入って苦手になった」といった話を
とてもよく聞くのだが、それは日本の数学のカリキュラムにおいて
小学校、中学、高校、大学で教える内容があまり親切に接続されていないからだろう。

小学校の算数は日常生活で必要な計算をすることに主眼が置かれている。
中学の数学では、もう少し論理的、言語的に思考する訓練に主眼が置かれ、
出される問題はあたかも論理パズルのようである。
高校の数学は、体系的に事実を公式化し、その公式を正しく使う能力が求められる。
公式当てはめというと無味乾燥なものと考えがちだが、
科学技術立国として大量の技術者を育てる必要があった戦後日本の
国策には非常に適していたということもできるだろう。
大学で数学を専攻する学生は、より論理的に精緻な議論をすることが求められる。
一方、大学院に進めば、精緻な議論ができることを前提として、
より全体感やイメージを捉えることが重要になってくる。

中学のときに数学は丸いと教えられていたのが、
高校になってからいきなり「いや数学は四角いのだ」
と言われれば、面食らって嫌いになる人も多いだろう。
そんな時に、本当は歯みがきチューブなのだということが分かっていれば、
丸い側面から見るのは得意だったということが少しは励みになって、
よし、四角い側面も頑張ってやってやろう、という気になるかも知れない。

このように算数や数学を多面的に見ることは、
海外に住み日本語の補習校と米国の現地校の両方に通う子どもたちにとっては、
もっと早い段階から役に立つ可能性もある。
というのは、日米では計算の方法一つとってもやり方が違うこともあるからだ。
そんなときに、異なる角度から見ればより理解が深まると考えれば、
二通りの方法で勉強するのが必ずしも無駄でないことが分かる。
チューブの形が分かってしまえば、
それが丸く見えても四角く見えても、大きな困難なく理解することができるはずだ。

 


テーマ : 算数・数学の学習
ジャンル : 学校・教育

プロフィール

Willy

Author:Willy
日本の某大数学科で修士課程修了。
金融機関勤務を経て、米国の統計学科博士課程に留学。
2009年、某州立大数学科専任講師。2010年、助教。2016年、准教授。

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お勧めの本
1.ルベーグ積分30講
―― 統計学を学ぶために。
   小説のように読める本。
   学部向け。


2.Matematical Statistics and Data Analysis
―― WS大指定教科書。
   応用も充実。学部上級。

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