日本人を米国一流大学院に大量に送り込む方法 -- このエントリーを含むはてなブックマーク

近年、日本は国を挙げて「グローバル人材の育成!」
なんてかっこいい事を言っているけど、要は
「日本国内は空洞化してもうそんなに雇用を確保できないんだよね」
ということだろう。

大学についても国や地方の財政悪化と少子化が相まって、
20世紀末までの規模の研究者を国内で維持することは不可能だ。
国としては「日本の大学の国際競争力を強化する」
という方針を立てないと国策として話が閉じないのは分かるのだけど、
現実問題として日本人研究者を質・量ともに維持していくためには、
海外の大学に籍をおく研究者を増やすしかない。
それに、そうやって海外に広がったネットワークが、
日本のためにならないとは思えない。

しかし日本人に限らず、例えば、米国の大学に就職する研究者の大半は、
米国の大学院を修了しているという現実がある。
つまり、日本人を海外の大学でどんどん活躍させるためには、
海外の大学院、特に一流大の大学院にどれだけ人を送り出すかが
肝心になってくる。

30年前であれば、中国、インド、韓国など他のアジア諸国から
留学する学生も少なかったので、
日本人が一流大学院に留学するというハードルは、
情報が不足しているという点を除けば、今よりも低かったと思う。
しかし世界中から優秀層が殺到するようになった現在では、
日本人が英語圏の一流大学院から入学許可をもらうこと自体が非常に難しくなっている。

日本の政府や一流大学は、この状況を打開するために、
もう少し頭をひねるべきではないだろうか。

一流大学院に留学するにあたって、日本人に欠けているのは英語力とコネだ。
政府は、日本人の子供の英語力を底上げすることは真剣に考えだしたが、
コネの方については全く手つかずの状態と言っていい。

私は、統計学科の博士課程に進んだが、
米国の統計学科には元々日本人が非常に少ないため、
日本人の志願者がいても、大学側がそのレベルを判断できずに落とされる、
ということが結構あるようなのだ。
日本人が持っているコネと言えば、
日本の大学にいるごく少数の著名な研究者からの紹介状くらいで
非常に細いものになってしまっている。

それでは、どうやってコネを作っていけば良いだろうか。

まず理解しなければならないのは、米国でキャリアに関するコネとは、
有力政治家の息子であるとか、学長の娘であるとかいった類のものではなく、
相手にどれだけ自分の事を知ってもらっているか、
という非常に日常的なものであるということである。

例えば米国大学院の修士課程に1年間在籍した韓国人の学生Aが、
同じ学科の博士課程に出願したとしよう。
その学生の修士時代の成績は4点満点で3.7点。悪くないが特別優秀でもない。
出願者は全部で4人で、他の3人B,C,Dは他大学からの志願者だ。
Bは中国からの志願者で成績は4.0点、
Cはインドからの志願者で3.8点、
Dは米国の他大学からの志願者で成績は3.5点。
大学側は誰を合格させるだろうか。
もし大学が、Aには博士課程の学生の平均以上のポテンシャルがある、
と思ったならばAを合格させるだろう。
もしかしたらBが一番優秀かも知れないが、
Bの出た中国の大学の成績は当てにならないかも知れないし、
TOEFLのスコアが高かったとしても、実際にどのくらい英語ができるのかは分からない。
場合によっては、CやDが合格する可能性もある。
Cと同じ大学の卒業生が博士課程に在籍していて、特別優秀だったらどうだろう。
同じくらい優秀であることを期待して、Cを採用するかも知れない。

いずれにせよ、米国では先に内部に入り込んでしまった者が圧倒的に有利なのだ。
実際に、アジア諸国の富裕層はそうやって時間をかけながら、
したたかに良いポジションを獲得していく。

そういった状況を考慮して、例えば、日本政府や一流大学は、
大学3年の9月、あるいは1月から半年〜1年間、米国等の一流大学の学部に
短期留学させる制度を作ってみてはどうだろうか。
学位を得るための正規の学生ではないから入学試験も回避できるケースが多いし、
費用的にも、半年なら学費と生活費合わせて1人3万ドルくらいで送り出せるだろう。
国が年間千人の枠を作っても、3000万ドル(約30億円)で済む。
安くはないかも知れないが、年間30億円でどのくらい道路が作れるかと
比べれば十分に効果の高い人材投資だろう。
しかも90年代にやった大学院重点化とは違って、後処理が必要ない。

日本の一流大で2年半みっちり勉強した学生なら
いきなり専門科目を履修できるだろうから、米国の学部3年生と比べれば、
ほぼ確実に抜きん出た専門能力を見せつけることができるだろう。
そこで教授とコネを作っておけば、その大学の大学院に入るにも、
他の大学の大学院に入るにも有利になる。
運良く、博士課程の入学許可が下りれば、多額の財政援助が付いてくる。
たった半年の期間と3万ドルでそれだけの効果が得られれば、費用対効果は抜群である。
むしろ個人で金を払って行っても良いくらいだろう。
日本人の米国博士号取得者は年間500人くらいだったと思うが、
こうした「作戦」がうまく行けば倍増も夢ではない。

中国人やインド人が米国の大学を席巻しているが、
大半の学生は、コネも金もなく、ビザの取得も難しい中で、
自分の能力だけを頼りに大学院の入学選考で勝負しているのが現状だ。
そうした方法がうまくいくのは、
教育レベルが高く経済的に貧しい大勢の国民が
豊かさを求めて激しい競争を繰り広げる場合に限られるように思う。

中国やインドの10分の1の人口しかいない上に語学の上でもハンディを抱える日本人は、
潤沢な資産やビザの取得が容易であるというメリットを最大限に利用して、
彼らが羨むような全く別の方法で、コネを構築して戦うべきではないだろうか。



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テーマ : 留学
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デトロイトは今日も平和です -- このエントリーを含むはてなブックマーク

なんだか、日本のニュースでもずいぶんデトロイトが話題になっているようだ。

デトロイト市の破綻は、地方公務員退職者の年金や健康保険などが
厚遇されすぎているという問題を浮き彫りにしたという点でインパクトは大きいが、
破綻したから急に暴動が起るとか、全世帯停電するとかいうことはなく、
いつも通り至って平和である。

デトロイトというと怖い廃墟のイメージがあるが、そのピークは何年か前のことで、
一昨年あたりから連邦の予算がついて次々と廃墟が壊されて空き地が増え、
今年はそこに生え揃った芝が綺麗というのがトレンドである。
芝刈りの予算がなくなって荒れ地になる前の今年あたりが、
むしろ一番状態がいいかも知れない。

昨日も、デトロイトから郊外に延びるメインストリート、
ウッドワード・アベニューを北上して帰ってきたが、
相変わらず、のどかな雰囲気である。

信号が赤に変わったので車を止め、ふと横を見ると、
動かなくなったボロい車を一人で手で押している初老の男性が。
身長190cm超、体重100kg以上もあろうかという巨体だが、
セダンの窓を開けて前後の座席の間の支柱(いわゆるBピラー)を
両手で握って横に動かしている。
腰を痛めそうな体勢だが、
パワフルなデトロイターは意に介さないようだ。

今度は、小さなガソリン用のポリタンクを持った若者が道路をななめに横切った。
燃料切れで止まった車に入れるガソリンを買いに行く時に、よく見られる光景だ。
交差点のまわりを眺めると、
もう廃車になっていても良さそうな車が停止線で止まっている。
ああ、あの車か、と思ったが、中には一応、人が乗っている。
若い女なので、さっきの若者のカノジョかも知れない。
いや、もしかしてその車は関係なくて、若者の車は別にあるのかも?
と思ってまわりを見たら、今にも止まりそうな車がたくさんあって、
どの車が止まってしまったのか全然分からない。

そういえば、その交差点にはストリップクラブがあるようなのだが、
そんな貧困地域で誰が金を払って入るのだろうか。
逆に、安全な地域からわざわざ人が訪れる様な場所にも思えない。

ともかく、そんな場所で好奇心を発揮して車を降りて
車を一緒に押したり、知らない店に入ったりでもしない限り、
今日もデトロイトは、とても平和なのであった。


テーマ : アメリカ生活
ジャンル : 海外情報

デトロイト市破綻で何が焦点となるか -- このエントリーを含むはてなブックマーク


デトロイト市がついにチャプター9、破産法申請をおこなったらしい。
米国の地方自治体の破綻としては、
ここまでで最大だったアラバマ州ジェファーソン郡の負債総額
42億ドルを大幅に上回る、180-200億ドル規模になると予想されている。

驚きを持って伝えられたのは、破綻そのものよりも
ミシガン州政府が支援に乗り出さなかった事のようだが、
デトロイト市がミシガンの人口の7%を占めるで最大の都市で
あることを考えれば「踏み倒すのなら今!」との判断が為されることは、
むしろ必然であったようにも思われる。

デトロイトと言えば米国3大自動車会社の本拠地であり、
日本の自動車メーカーの躍進とともに廃れていった都市という印象が強いが、
財政破綻の直接の原因は自動車会社の不振というより、人口流出による税収の減少と、
それに伴う市職員退職者に対する福利厚生負担の相対的増大である。

1950年に185万人を数えたデトロイト市の人口は
直近では70万人前後まで減少した。
これには、米国の自動車産業の衰退のほかにも、
強すぎる労働者の権利による米国内での相対的競争力の低下、
60年代後半の人種問題に端を発する暴動による人口流出、
高い固定資産税や所得税、と様々な側面がある。
原因は異なれど、高齢化と人口減少が進む中で
年金制度や健康保険制度に問題が生じている日本にとっても
対岸の火事とは思えない出来事だろう。

ここで、急速な人口減少が進んだ米国の地方自治体が
大きな財政問題を抱えることを理解するには、
日米の社会保障制度の違いを知る必要がある。

まず、両国の年金制度を見てもらいたい。
130719年金制度
基本的には日本の年金制度は米国にならって作られているため、制度自体は似ている。
強いていえば違いは、日本の年金の国民年金と厚生年金にあたるものが、
米国ではソーシャルセキュリティーとして一本化されており、
全ての労働者が雇用主と折半で社会保障税として
支払うようになっていることくらいである。
なお、日本の厚生年金の料率が16.766%であるのに対し、
米国の社会保障税(年金部分)は12.4%となっている。

しかし、大きく異なるのは年金の3階部分の大きさである。
例えば、デトロイト市の職員が40年間働いて退職した場合、この3階部分は
年収の最も高かった3年間の年収をベース(AFCと言われる)として、
なんと、その77%+120ドルが毎年支払われている
(出所:デトロイト市退職金制度・年次報告書2011)。
20年間勤続した職員の場合でも、AFCの34%+120ドルである。

念のため補足すると、これはソーシャルセキュリティー(厚生年金部分)
の支給額に上乗せして支払われる額である。合算すれば、現役時代より
はるかに高い年収を得られる可能性があるということだ。

健康保険に関しても、米国の自治体や企業は大きな問題を抱える。
130719保険制度
日本では多少のオプションはあるにしろ、
基本的には退職後の健康保険は国保に一本化されるため、
自治体や企業には直接的な負担は生じない。
一方で、米国では基本的に健康(医療)保険は自由市場だ。
65歳以上においては政府が提供するメディケアがあるものの
保険金支払い基準が年々厳しくなっており、
退職者もできれば元雇用主の提供するカバレッジの高い民間の保険を好む。
車でも人間でも寿命が近づくにつれてあちこちの調子が悪くなる訳で、
保険料は莫大な額になる。
そして地方自治体には、こうした保険を大盤振る舞いしているところが多い。


私は法律の専門家ではないので詳しいことは分からないが、
破産申請時のこうした年金債務や医療保険債務の返済順位は必ずしも
明らかではないようだ。
退職金(給与)を年金形式で支給される労働債権が優先されるのとは異なり、
一般債権とともに法廷で減額を争うことになるのだろう。

もしも、こうした年金債務や医療保険債務の大幅なカットが
認められるとすれば、地方自治体のレベルにおいては、
世代間の分配の不平等はリセットできることになる。
これが可能になるかどうかが、今回のデトロイトの破産に当たっての最大の焦点だ。

さきほど、デトロイト市の人口は過去62年の間に6割以上も減少したと書いた。
しかし、都市圏全体の人口はこの期間にも持続的に増加してきた。
デトロイト市のあるウェイン郡の市外の人口は59万人から109万人に、
北西に隣接するオークランド郡では40万人から120万人に、
北東に隣接するマコウム郡では18万から85万に、それぞれ増加している。
つまり実際に起ったことは人口移動であり、減少ではない。

つまり今回、ミシガン州が大きな支援無しにデトロイトを破産させることが出来れば、
今後は、年金や高齢者向け医療保険などの多額のレガシーコストを背負う自治体が
容赦なく現役世代から捨てられる社会になるということになるだろう。
損失を被るのは投資家で、市職員だった退職者は絵に描いた餅を見せられたということになる。

この問題が、日本に対して示唆することは何だろうか。
日本の現役世代に大規模な移住先がない以上、
日本における世代間の社会保障の不平等は、
盤石な状態で維持される可能性が高いということになるだろう。



テーマ : 政治・経済・時事問題
ジャンル : 政治・経済

米国を崩壊させる医療保険制度 -- このエントリーを含むはてなブックマーク

先進的なIT企業や新たな資源開発など比較的明るい話題が多い米国だが、
アキレス腱は貧弱な医療保険制度だろう。

日本でも米国でも、年金制度の破綻が2030年代頃に迫っていると言われるが、
米国では高齢者向け医療制度、メディケアの経費が爆発的に増大しており、
そのインパクトの方が年金制度の破綻のインパクトよりもずっと大きいために、
国民は年金制度を心配するに至っていない。

1980年から2008年の間、年率7.4%という驚異的なペースで
高騰した医療サービス価格は、2014年にかけても、やや鈍化するとはいえ、
年率6.5%前後の他の物価を大きく上回るペースで上昇すると見込まれているそうだ。
一般的な世帯の医療保険費用は軽く年間1万ドルを突破することが多い。
また、2010年の個人破産のうち42%は医療費の支払いが原因となっている。

少ない確率で多額の費用が必要になるという医療費の特徴から医療保険は欠かせないが、
それに伴うモラルハザードが発生しているために
医療サービス価格は暴騰している。
病院は患者が普段目にする事も無いような立派な建物を立てて患者を迎える。
待ち時間が長くなった時には、患者にギフトカードを上げて評判を維持する
という有様だ。そうした費用は、暴騰する医療費から支払われている。

こうした歪んだ医療制度は、国力を維持する根幹に関わる部分に
重大な影響を与えるようになった。
米国経済はアフガンやイラクでの戦争で大きく疲弊したが、
最もインパクトが大きい支出項目の一つは退役軍人の医療費だ。
ハーバード大ケネディスクールから出たレポートによれば、
アフガンとイラク戦争によって生じた医療費は約1兆ドルに達する。
高コストの医療費を考えると、今後、米国が大国を相手に戦争を
起こす事はかなり難しいと考えられる。

しかし、私がもっとも懸念しているのは医療保険の高騰により、
失職や起業するリスクが高まって、経済の柔軟性が失われることである。
現在、65歳未満のほとんどのアメリカ人は、雇用主から医療保険を提供されている。
保険料の何割を雇用主が負担するかは、雇用主や雇用形態によるが、
いずれにせよ、安定して特定の仕事に就いている人の健康上のリスクは小さいので、
医療保険料はグループレートが適用されて安くなる。

それでは、独立して起業した人は医療保険をどうしているのだろうか。
もし配偶者が働いて、かつその雇用主が家族向けの医療保険を提供していれば、
それを使って凌ぐことができる。しかし、いわゆるフルタイムの仕事であったとしても
全ての仕事に医療保険のオプションがあるわけではない。
独身の場合やこれが無理な場合は、
例えば、フリーランサーで作る労働団体などに加入して、一定の条件を満たせば
個人契約よりは何割か安い医療保険にありつく事ができる。
ただし、この一定の条件には、業務内容や収入額なども含まれるので、
起業した人がすぐに加入できるとは限らない。

その結果、米国では、起業したり、現在の仕事を辞めてから転職したり
するためのハードルが非常に高くなってしまった。
いくら、リスク許容度の高い米国人とはいえ、
ちょっとした病気にかかっただけで何千ドル、何万ドルと言う請求書が来る可能性
のある状態をわざわざ選んだり、それを避けるために年間数万ドルの保険料を
払おうとする人は稀だ。

さらに、早期に退職したい人にとっても現在の制度は問題が大きい。
実際、十分な貯蓄のある60代の労働者などが、
健康保険を維持するために職場に留まり労働需給を緩和させてしまっている。
これは、少なくとも失業率の高い現在では経済にマイナスだ。

こうして見ていくと、
医療費の問題を全て自己責任とするのは、個人にとってリスクが大き過ぎるために
経済活動を萎縮させ、国全体としては最適な政策になっていないと考えるのが自然だろう。

来年1月には「オバマケア」の一環として、
こうした人たちに対しても政府が補助金を投入する形で、安価な医療保険が提供される。
良い動きのように思えるが、細部を見て行くと、保険料負担を収入額にリンクさせすぎて
いるために、十分な貯蓄のある人が仕事を辞めて補助金をたくさん受け取る、
というようなモラルハザードが生まれる可能性も否定できない。

多くの人が問題の所在には気付いているものの、
米国の医療保険制度には依然として問題が山積している。



テーマ : アメリカ生活
ジャンル : 海外情報

アメリカは住む都市によって経済的リスクが違います -- このエントリーを含むはてなブックマーク

アメリカに来て働こう!さてどの都市で?と考えた時に、
日本人がまず気にするのは、気候のこと、治安のこと、
町の雰囲気とかなんじゃないかと思う。

ウォールストリートやシリコンバレーに求人が集中している
ような分野の人なら考える必要がないけど、
例えば統計分野なんかでも求人は結構各地にばらけている。
もちろん過半数の大学ポストは僻地にあるし、
民間の求人もかなり各地にばらけている。

気候で選ぶのならカリフォルニアやフロリダ、
町の活気だったらニューヨーク、
治安だったらダコタとか?(笑)が良いかも知れない。

で、そんな楽しい空想に耽った後に、例えば、
実際にニューヨークで仕事のオファーもらって、
年俸7万ドルとか言われたりして、うーん家族で暮らして行けるのかな、
と今度はお金のことが気になりだす。
幸運にもインディアナ州あたりの田舎で年俸6万ドルのオファーも
もらったりして、実はこっちの方がお得なんじゃね?
と考えたりもする。

実際、米国に住んでいる限り、ハワイやアラスカを除けば
食費や光熱費なんかはどこに住んでも大して変わらないけど、
家賃や家の値段は都市によってかなり違う。
学生や駐在員なら家賃だけ比べてコストを計算すればいいが、
何年も働くなら買った方が安いかも、ということも検討しなければならない。

何年分の家賃を払えば家が買えるか(P/R ratio)、
というのは都市によってかなり違っていて、
中西部の田舎なら6倍くらいからあるが、
シリコンバレーとかだと30倍くらいしたりする(下表参照)。
もともと大都市の家賃は高いのに、更にこの倍率も高いとなると差は相当なものである。
ただこれは、必ずしもシリコンバレーが割高ということではなくて、
将来の値上がり期待の高い都市の不動産は割高に見えるという話だ。
成長期待の高い企業の株価が割高に見えるのと同じ理屈である。

じゃあ結局、割安で買えるけど不動産が上がらない都市と、
割高だけど不動産が上がりそうな都市ではどっちが得なの?
というのは興味深いので、
「2000年に買った家が13年間分の家賃込みで2013年にいくらになっているか?」
というのを計算して見ると、以下のようになった。

米国不動産価格

(*1) Case-Shiller 指数を使用。
(*2) CNN Money 調べ。正確なデータがないため、
89-03年の平均P/Rと13年のP/Rからいくつかの仮定を置いて
13年分の家賃を計算。

最高は3.1倍になったワシントンDCで、
最低は1.8倍にしかならなかったアトランタだが、
面白いのは、現在最も不動産が割安なデトロイトと、
最も割高なサンフランシスコの収益率が結果的にほぼ同じだったことだ。
(この間には、ITバブルの崩壊とGM、クライスラーの破綻があった。)
また最近13年間では、DC、ロス、ニューヨークといった大都市が
地下の上昇を背景に上位に入ったが、これはたまたまという側面も強い。
実際、ワシントンDCの住宅価格は1991年から2000年の9年間では
12%しか上がっていないのに対し、デトロイトでは72%、
ミネアポリスでは56%上がっていた。

つまり、成長期待の高い大都市(サンフランシスコ、ニューヨークとか)は、
現在割高な不動産価格と値上がり期待がバランスしていて
結局、得でも損でもないということ。
家賃を払う場合と違って、家を買う場合に大都市が損なのかどうかはよく分からない。

では個人にとって何が違うのかというと、それはリスクの大きさである。

例えば、10万ドル持っている人が家を買うとしよう。
デトロイト郊外で10万ドルの家を全額キャッシュで買って住むと、
価格が5割上下しても、5万ドルの損益しか出ない。
一方、カリフォルニアで50万ドルの家を買うには、
10万ドルを頭金にして40万ドル借りて買うことになる。
価格が5割上下すると、実に25万ドルの損益が出る。

投資理論的に考えれば、
カリフォルニアで家を買った人の方がたくさんリスクを取っているわけだから、
収益の期待値は高いはずだが、そういう事以前に、
住む場所を変えただけでリスクの大きさがこんなにも違う、
ということはとても重要に思える。
もちろん日本でも同様のことが起っているのだが、
一度買った家に一生住み続けるのが基本になっている日本と、
家を換金可能な資産と考える米国では、その重要度はかなり違う。

リスクというと、治安による凶悪犯罪のリスクなどに注目しがちだが、
確実に付いて回る経済的リスクの方が現実には重要なことが多い。
特に日本人にはリスク回避的な人が多いことを考えると、
勤務する都市を選べる人は、こうした経済的なリスクの違いも
考慮してみるべきだろう。



テーマ : アメリカ生活
ジャンル : 海外情報

ネット上の犯罪予告は有罪にすべきか -- このエントリーを含むはてなブックマーク

2000年の西鉄バスハイジャック事件や2008年の秋葉原通り魔事件など、
ネットでの犯罪予告後に事件が起った事から、警察は近年ネット上での犯罪予告の
取り締まりに躍起になっている。具体的には、偽計業務妨害、威力業務妨害と、
軽犯罪法違反といった罪に問われることが多いようだが、匿名掲示板への1件の
書き込み程度で、こうした法律の適用をすることは、果たして社会にとって
好ましいのだろうか。

言うまでもなく、犯罪予告と実際の犯罪についての組み合わせは4種類ある。
1.予告:なし、実行:なし
2.予告:あり、実行:なし
3.予告:なし、実行:あり
4.予告:あり、実行:あり

このうち、1と4は予告と実行状況が一致しているため罪の有無は明白である。
2のケースでは、結果的には対処する必要がなかったが、予告時点では
実行の可能性を否定できず、予防のために(金銭的な意味に限らず)
コストがかかるので有罪になるというのが基本的な考え方である。

しかし、実際の犯罪実行件数を減らすことが目的であると考えた場合には、
2のケースを厳しく取り締まることが果たして最善かどうかは極めて疑わしい。
予告と実行が一致しないケース2と3を、もう一度考えてみよう。

2.予告:あり、実行:なし
3.予告:なし、実行:あり

このうち、実際の犯罪抑制の観点から明らかに損失が大きいのは3のほうであり、
2を抑制する事は、3を抑制することに比べれば全く無意味だ。
例えば、あなたに対する次の2つのケースのうち、望ましいのはどちらだろうか。

2.あなたに対して掲示板で10年間、一日平均10件の詳細な殺人予告
  (計約3万件)が続くが、実際には何も起らない。
3.殺人予告は全くなく、10年後にいきなり殺される。

特殊な人を除けば、2の方が好ましいのは明らかではないだろうか。
そもそも、2を減らす事にはほとんど意味が無い事が分かる。

「そうは言っても予告自体が社会を不安に陥れるし、
予防のためのコストも馬鹿にならない」
というのが現在の警察や司法の立場なのだろうが、
私の考え方は全く正反対だ。

私は毒舌なので、学部生の頃に先輩から、
「おいWilly、お前そのうち後ろから刺されるぞwww」
と言われた事があるのだが、そのような人間としては、
犯罪予告が自由、大量に行われデータとして存在していた方がむしろ好ましい。
そうしたデータをもとに予告の信憑性を判断して予防に繋げられる可能性があるが、
そうした行為が禁止されていれば危険を予知する情報が入手できないからだ。
つまり、上の4つの分類で言えば、2を増やす事によって
3を減らせる可能性があるのであれば、
むしろその方が好ましいということである。

一般庶民レベルではそうしたデータの活用はまだ難しくても、
実際に政治家などのリスクの高い職業についている人であれば、
犯罪予告の増減によって警備体制を調整する事もできるようになるだろう。

犯罪予告が合法になれば、
どこかの企業がインターネット上で有料で犯罪予告を出来るサイトを設けて、
実行可能性の大きさを計測する事も可能になるかも知れない。
これまでの政治家は主に支持率を気にしていたが、そうしたサイトにおける
「犯罪予告件数」は政治家にとって、クーデターを始めとするテールリスク
を評価する貴重な指標となる可能性もある。

そうした情報が氾濫する世界を殺伐とした悪い世の中だと思うとすれば、
それは、情報が希少で全ての情報を解釈するのが常だった時代の意識を
引きずっていることによる錯覚なのではないかと思う。
上の例で言えば、一日10件の犯罪予告を全て自分で読む必要は無く、
究極的には、コンピューターアルゴリズムに分析させてシグナルだけを
受け取れば良い。過渡期には不十分なアルゴルズムや人々の錯覚に基づく
混乱が予想されるものの、長い目で見れば、貴重な情報が増加した社会は
現在よりも必ず良くなるはずだ。

それでは、なぜ警察や検察、司法は犯罪予告に対して極めて厳しい態度を取るのだろうか。
それは、上で述べたように情報が希少だった時代の錯覚や、情報処理能力の低さに加えて、
そうした組織が官僚組織であることに起因しているように思う。

上記の分類の3と4の違いに着目してみよう。

3.予告:なし、実行:あり
4.予告:あり、実行:あり

冷静に考えれば損害は3と4では対して変わりがないが、
警察にとってはこの二つでは意味が全く異なる。

すなわち、3のケースが「未然に防ぐ事が不可能な事件」として
お咎め無しとなるのに対して、4のケースでは「なぜ警察は
未然に防げなかったのか」とされて大問題になる。
したがって、それを防ぐためのコストを過剰に掛ける必要性に駆られる。
もし、ネット上の書き込み一件程度の予告で警察が糾弾されるとすれば
それは一般市民の錯覚による見当違いだと思うが、そうした固定観念が
変わるのには何十年という時間がかかるものである。

つまり、警察にとっては、実行件数を抑えることはもとより、
予告件数を抑えることにも極めて大きなインセンティブが存在しているのだ。
警察が一般市民の「安心感」を向上させるための組織である以上、
こうしたジレンマは避けられない。

かくして、2ちゃんねるに
「○○小学校の前で小女子(編注:食用魚の名前)を焼き殺*す」
と書き込んだだけで懲役1年6ヶ月になる、
というような不思議な判決が下されるのであろう。

現在の状況が、市民の情報リテラシーの低さと制度の不備から発生している以上、
警察や検察、司法だけを責めることはできない。
より良い情報社会を作るためにはまず市民一人一人が意識改革し、
そうした組織の方向性を変えてゆく努力が必要になるだろう。

それでは、コメント欄に私に対する犯罪予告をどうぞ ↓
(注:私は通報しませんが、第三者による通報は止められません。あしからず。)




テーマ : 政治・経済・時事問題
ジャンル : 政治・経済

バイリンガル教育と帰国時期 -- このエントリーを含むはてなブックマーク

この7月でアメリカ生活も丸9年になり永住権も取得したが、
大学の教員という比較的転職の多い職に就いていることもあり、
どの時点で日本に帰国すると子供の教育はどうなるのか、ということをよく考える。
日本人家庭で、子供は生まれてからずっと、家では日本語、外では英語の生活を
していると想定すると、帰国時期によってその教育はどんな感じになるのだろうか。
個人差が大きいことは大前提として、
実際に見て来た例やバイリンガル研究の結果などを参考にしつつ、
独断と偏見で考えてみると、こんな感じになる。

小学校就学前に帰国:
英語はほとんど残らないと言われている。逆に言えば弊害もない。
ただし、私はこのパターンの子を知っているのだが、
帰国時(4〜5歳くらいだろうか)に兄弟で英語で話していたためか
あるいは、親や兄弟からの英語習得ノウハウの点で恵まれていたためか、
高校生になっても他の日本人の子よりは英語が得意であったようだ。

小1〜2で帰国:
帰国後の英語力の保持は相当困難と言われている。
発音や聞き取りが得意、簡単な会話ができるというレベルは維持できる可能性があるが、
それ以上はよほどの環境を整えないと忘れてしまうようだ。

小3〜4で帰国:
英語力は大人になるまである程度残ることが多いようだ。
特に発音や会話運用力では、大人になってから海外に来た人とは
明確な差があるように思う。

小5〜6で帰国:
帰国時年齢相当の十分な英語力を維持できることが多い。
ただし、大人になった時に年齢相応の英語を話すためには、
年齢相応の言い回しやボキャボラリーなどを補強する必要がある。
(英語に関しては、それ以上の年齢に関しても同様の傾向が当てはまる。)
なお、日本の中学入試を考えた場合、
小4途中以降で帰国すると一般枠での入試は準備が大変なイメージがある。
一方で帰国枠は少なく、また学校毎に帰国後1〜3年以内といった制限がある。

中学で帰国:
公立中に編入するか、私立中に編入するかという選択がある。
私立中への編入は募集が少ないため、あくまでケースバイケースだろう。
本人の学力や親の調査能力、地域次第だ。
兄妹とも超有名進学校に編入した人も知っているが特殊な例だろう。
高校入試は英語があるので中学入試よりは帰国生に有利だが、
中学で帰って来て国語の試験というのも辛いものがありそうだ。
帰国子女枠は中学よりは充実している印象がある。

高校途中で帰国:
高校への編入手続きで苦労することが多いようだ。
特に地方では受け入れ校が少ない。
こうした理由からか、子供が高校生の在外日本人駐在員家庭では単身赴任が多い。
義務教育ではないため、特に9月〜3月生まれの子の場合には、
学年の区切りの違いを理由に一学年遅れてしまう事もあるらしい。
ただしこれに関しては、海外での単位認定を早めてもらうよう交渉したり、
学年途中で編入したりといった色々な裏技もあるようである。

高卒後に日本の大学に進学:
9月〜3月生まれの場合は、よほど工夫しない限り1年遅れてしまう。
ただし、帰国子女の入学枠は大学が一番充実しているようである。
SATによる選考を導入している慶応大のボーダーラインは、
2400点満点のSAT I で1700点台(駿台調べ)とのことで、
米国での州立トップ校(日本の地方国立大レベル)の合格者平均が2000点前後、
州立2番手校(普通の大学)が1600〜1700点台ということを踏まえれば、
決して高くない点数のようだ。
なお、一般枠でも理系では多くの大学で国語や日本史の試験を回避できる。
むしろ、日本語の文章力をきちんと付けておく事の方が、
入学後は重要になってくるだろう。

こうして見ていくと、帰国年齢毎にメリット・デメリットがあることがわかる。
また、帰国後の英語力の維持は、本人と親、双方の努力に加え、
環境にも大きく左右されるだろう。
親がほとんど英語を話せず、外国人のほとんどいない日本の地方都市に住み、
子供は学校の英語の授業を受けるだけというケースと、
大都市圏に住んで日常的に外国人と接する機会があり、
親が英語のネイティブスピーカーを家庭教師に雇って英語力を維持させるのとでは、
全く結果が異なる可能性もある。

こう考えて行くと、
「帰国子女は英語が話せる」と一言では片付けられない、
様々なケースがあるということがお分かり頂けると思う。



テーマ : 子育て・教育
ジャンル : 学校・教育

プロフィール

Willy

Author:Willy
日本の某大数学科で修士課程修了。
金融機関勤務を経て、米国の統計学科博士課程に留学。
2009年、某州立大数学科専任講師。2010年、助教。2016年、准教授。

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