複雑怪奇な米国の大学の学費 -- このエントリーを含むはてなブックマーク

先日、渡辺由佳里氏が娘をコロンビア大学に通わせるのに「わが家は年に600万円以上支払った」とブログに書いて話題になったので、米国の大学の学費について知っている範囲で少し書こうと思う。

米国の大学、特に名門私大の学費に関しての特徴は、人によって払っている額がまちまちだという事だ。日本人の大好きなハーバード大の来年度の正規の学費は寮費を含めて64400ドル(約792万円)だが、年収6万5千ドル以下の世帯の子供は持ち出しなしで通えると謳われている。実際には世帯収入の他、世帯の資産、そして学生の資質によって、奨学金の額が決まってくる。多くの大学が謳う"need-blind admission"が実際に行われているかどうかはかなり疑わしいとの議論があるし(そもそもどの項目を考慮しなければ need-blindと言えるのか?統計的には郵便番号だけでもかなりの情報が得られてしまう)、仮に admisson が本当に need-blind であっても financial aidが学生の能力評価に依存しないとまで言っている大学は殆どない。その全体図を知る事は、名門私大のアドミッションオフィスにでもいない限り非常に難しい。

中流世帯にとって一番大きなジレンマは、子供を良い大学に行かせるにはお金を貯めなければならず、一方でお金を貯めてしまえば大学からの奨学金が減らされてしまうという事だ。奨学金を貰える場合、その額は必要な費用から家族が負担すべき額(Expected Family Contribution, EFC)を控除して算出されるが、通常、親が持っている資産の約5.6%を毎年拠出するようにというルールになっている。子供一人が4年間通っただけでも資産の23%、子供二人が通えば資産の約半分が「貯蓄のペナルティー」として大学に行ってしまう計算である。米国にも、携帯電話も持たないで子供の学費のために節約するような層もおり、こうしたルールは倫理的でないとの批判も根強い。

さらに、こうしたルールに抜け道がないとも言い切れないのが、不公平感を助長している。

奨学金や学費ローンの申請にあたっては、FAFSA(Free Application for Federal Student Aid)という書類を出す必要があり、私立の有名大に関しては更に詳しい内容を記したCSS Profileという書類を出す必要があることも多い。これらの書類は確定申告の情報ともリンクされるので虚偽の報告は難しい。しかし、FAFSAによる連邦政府からの奨学金には、リタイアメントアカウント(401K/IRAなど)の残高や自宅資産はカウントされないし、家族が所有する会社の資産もカウントされない。こうした「資産隠し対策」をきちんとして、フローである世帯年収さえ低ければ通りやすいというずさんな審査内容になっている。もちろん、自前の奨学金を用意する名門私大は、CSSで更に詳しい経済状況を把握して慎重に決めているだろうが、資産のどこまでをカウントするかによって結果は異なってくるので、より多くの情報を持つ応募者が有利なことに変わりはない。更に言えば、申告範囲外の親族に贈与をして資産を消してしまうのが合法かどうか、というのもはっきりしない。

要は、米国の学費支払いは、税制と同様に、支払い能力の低い人の経済的負担を軽減するというより、金融リテラシーの高い人が他の人を出し抜く事ができるというシステムになっている。

米国の大学は入学選考が複雑なだけでなく、学費の支払いにおいても日本の様に「一律54万円」などと簡単には割り切れないのが実情のようだ。


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米国アクチュアリーについて -- このエントリーを含むはてなブックマーク

去る冬学期にアクチュアリー関連の講義を受け持ったので、そのついでに先日、米国アクチュアリー試験の最初の二つ(P/1, FM/2)を受けて来た。また、つい先ほど、大手の医療保険会社のアクチュアリーと話をしてきたので、この機会に米国アクチュアリーのキャリアについて知ってる範囲で少し紹介してみたい。

1.キャリアの概要

アクチュアリーは米国では非常に労働環境が良い職業として有名で、2013年にはフォーブス誌のBest Job でNo.1に選ばれたほどである。アクチュアリーになるための標準的なルートは、数学科やビジネススクールにあるアクチュアリアルプログラムに入って勉強して、学士か修士を取り、なるべく早めに試験を受け、保険会社等のインターンで経験を積んで、就職する事だ。試験だけなら、本や問題集で勉強すれば済むが、専用のプログラムに入れば、予備知識と大学の単位習得を同時にできるし、何より保険会社とのコネクションを作りやすい。

アクチュアリーの賃金構造の特徴は、賃金カーブの傾きが長期間にわたって急であることだ。5万ドル台から始まる初任給はSTEM(科学/技術/工学/数学)系の職業の中で高いとは言えないが、その後、多くの試験にパスし経験を積むごとにどんどん高くなっていく。アクチュアリー人材紹介会社がまとめたところによると、損害保険分野で20年を超える経験を持つfellow (全ての試験にパスしたいわゆる「正会員」)の報酬レンジ(中央90%)は、17万7千〜49万8千ドル(約2100-5900万円)と驚くほど高くなっている。

米国の多くの職業では初任給は日本より高いが、転職してポジションのランクを上げていかないと大幅に昇給するのはなかなか難しい。特に、外国人には言葉の問題があるので、管理職になるのには、それなりの壁があるだろう。アクチュアリーは、賃金構造の点では外国人にもうまみがある職業だと言える。

もう一つ面白いのは、米国のアクチュアリーは数学的な職業にしては女性の比率が高い事だ。ある調査によれば最近のアクチュアリー専攻の学生のうち4割前後が女性となっている。アクチュアリーは、数学力が必要とは言っても、極めて難解な理論を理解したり、問題を解いたりという能力よりも、既存の理論をコツコツと身につけることが重要で、必ずしも男性にアドバンテージがある職業とは言えないのかも知れない。資格商売であるということも、出産のブランクなどが生じる女性には魅力的な面と言える。

2.試験の概要

アクチュアリー試験については、Wikipedia英語版のページを見れば分かりやすくまとめてあるが、日本語のページはないので簡単に説明しておこう。まず、米国にはSociety of Actuaries (SOA) と Casualty Actuarial Society (CAS)の二つのアクチュアリー会があり、CASは損保、SOAは生保・年金等それ以外のアクチュアリーの組織である。試験は各々の協会が行っており、Preliminary Exam(予備試験)、Validation by Educational Experience(VEE, 授業履修による認定)、Advanced Exam (専門試験) の3段階になっている。予備試験は確率論や統計学の試験で、SOAでは5科目、CASでは6科目あり、SOAの試験に合格すれば、対応したCASの試験をパスしたと認定してもらうことができる。VEEは、統計(回帰分析、時系列分析)、経済学(マクロ、ミクロ)、コーポレートファイナンスについての試験であり、大学でこれらの授業を履修していれば免除される。専門試験は、その分野のアクチュアリーになるのに必要な、統計、経済、会計、金融などの知識を問う試験だ。

3.試験対策

SOAの試験のシラバスや過去問、見本問題はここで公開されているので、指定された本を読んで問題が解けるようにしておけば良い。しかし、実際には読みにくいテキストも多いようで、アクチュアリー試験対策用のテキストを使う人が多いようだ。一つの試験に300時間の準備が目安とされているが、もちろん持っている数学や金融の知識、読解のスピードにもよる。最初の試験であるP/1については、学部レベルの確率論の基礎をきちんと学んだ人にとっては3日あれば十分だろう。

4.試験の様子

最初の2科目しか受けたことがないので主にその事について書く。予備試験のうち最初の4科目は、Prometric社が実施しているコンピューターによる択一式試験(CBT)だ。従って、TOEFL(CBT, iBT)やGREなどと同じ形式で行われる。即ち、予約した試験センターに行き、一人でブースに入ってコンピューターと向き合って試験を受ける。

日本のアクチュアリー試験は年末に3営業日連続で1次試験5科目全てが行われるが、米国の試験日は分散しており、P/1(奇数月)とFM/2(偶数月)が年6回、MFE/3FとC/4が年3回、MLCが年2回あり、受験日も1〜2週間の中から好きな日を選べるようになっている。

不正防止のためのチェックは非常に厳しい。鉛筆やメモ用紙も配布されたものしか使えないし、水やハンカチなども持ち込めない。電卓は指定された機種を持参して良いが、メモリーなどはリセットされ初期設定に戻される。実は最初に受験した時、電卓の設定を試験開始前に直していたら、試験開始スクリーンがタイムアウトしてしまい、スタッフがSOAに電話して設定をし直すハメになってしまった。

コンピューターでの試験なので、合否はその場で分かる。スコアは出ないが、合格が確実である旨の正式なレターを発行してくれる。保険会社の社員は、それで昇給したり、解雇されたりするのかも知れない。

5.試験の難易度

基本的にCBTでは合格率が約5割になるように合格点が設定されているようだ。今学期、FM/2の試験向けに金利の理論のクラスを教えて気付いたのだが、近年、米国人の数学力が落ちているせいか、試験問題は10〜20年前の過去問と比べて極端に簡単になっている。日本の試験に例えれば、一流国立大の二次試験のレベルだったのが、センターレベルの試験になってしまったという感じだろうか。難易度は、SOAのウェブサイトにあるサンプル問題と同じか、僅かに易しいくらいのレベルである。

それでも、3時間で30問(P/1)〜35問(FM/2)という時間制約はタイトだ。私が2〜3日の準備をして受けたP/1という一番簡単な試験でさえ、全問解くのには2時間かかり、残りの1時間でなんとか全ての見直しが出来たという感じだ。言い方は悪いが、三流大の数学科卒でも誰でも受かるとか、文系でも準備さえすれば誰でも受かるというレベルの試験ではない。数学の教育レベルが低い米国とはいえ、儲かる職業にはそれなりに優秀な人材が集まっているのだ。また、中国人留学生に聞いたのだが、中国では米国アクチュアリー試験の受験料が安いらしく、大量の学生が受験している。それが合格基準点を押し上げているという側面もありそうだ。

6.インターンポジションの獲得

米国で職を得るにあたっては、まずは在学中の夏休み(学部であれば3年生終了後)にインターンポジションに就く事が非常に重要である。特に向き不向きのあるアクチュアリーのような職業では尚更その傾向が強いようだ。

そのために最も重視されるのが、(1)1〜2科目の試験に受かっていることと、(2)大学の成績が良いこと(GPAで概ね3.5以上)であるそうだ。試験は最低限の数学力を見るのに使われ、大学の成績は仕事をする上での論理的思考力や問題解決力との相関が非常に高いという経験則があるという。その次に大事なのが(3)コミュニケーション能力。現在では、キャッシュフローの計算などはかなり自動化されており、アクチュアリーにおいてもコミュニケーション能力の重要性は高まっているという。そして、(4)コンピュータースキルも欠かせない。米国のアクチュアリーが最も頻繁に使うのはSASとSQLであり、これらのソフトに習熟しておくのは即戦力として見てもらうには不可欠だ。

7.日本人が米国アクチュアリーを目指すには

日本のアクチュアリーは、専門性と繁忙度の高さにも拘らず、あまり待遇が良くないとの声をよく聞く。日本の大手保険会社の給料は業種別ではかなり高い方だが、アクチュアリーに割増賃金を全く払っていない会社もあるようだ。言葉の問題さえクリアすれば、米国でアクチュアリーを目指した方がキャリア的には利益が大きいだろう。そこで、日本人がアクチュアリーを目指すにはどんなキャリアプランが有効だろうか。結論から書けば、外国人であればビザ取得の関係上、はじめは留学生として米国に来るのが成功し易いだろう。

留学費用や語学力、生活上の不安がなければ、学部から留学するのが最も理想的だ。高校では数学と英語に力を入れ、大学に入ったら微積や線形代数、確率論などを早めに履修していく。2年生終了後の夏休みには1〜2科目の試験にパスしておき、3年生になったらキャリアフェア等でインターンシップポジションを探しながら、統計学や経済学の授業を将来のために取っておく。インターンシップが成功すれば、キャリア的な成功は近いと言って良さそうだ。

もう一つの方法は、修士課程から留学することだろう。日本での学部の専攻は、数学か情報科学、あるいは経済学などでも良さそうだ。留学期間が短くなるので、米国アクチュアリー試験の最初の2科目については日本で学部在学中にパスしておき、統計学や統計ソフトの使い方などもある程度学んで貯金を作っておく。更に余裕があれば学部在学中に短期留学もしておきたい。修士課程入学後は、あくまで就職活動やネットワーキング、語学力向上を最優先にし、科目履修は可能であればVEEの認定を取れる科目を優先すると良いかも知れない。


アクチュアリーは、数学を使うもののビジネスやマネジメント寄りの職業だ。ビジネスといえばMBAのようなプログラムは華やかだが、現状では幼少時に海外経験のない日本人が米国でMBAを取っても、日本に帰ってコンサルや外資金融で激務のポジションに就くくらいしかまともなキャリアパスが無く、仮に就いても短期間で脱落する人も多い。米国での就労を目指すならば、数学さえ得意なら、アクチュアリーは結構魅力的な職業なのではないだろうか。

 


プロフィール

Willy

Author:Willy
日本の某大数学科で修士課程修了。
金融機関勤務を経て、米国の統計学科博士課程に留学。
2009年、某州立大数学科専任講師。2010年、助教。2016年、准教授。

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お勧めの本
1.ルベーグ積分30講
―― 統計学を学ぶために。
   小説のように読める本。
   学部向け。


2.Matematical Statistics and Data Analysis
―― WS大指定教科書。
   応用も充実。学部上級。

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