昭和のままの経済統計のしくみ -- このエントリーを含むはてなブックマーク

日経電子版が、「麻生財務相が10月16日の経済財政諮問会議で、消費や賃金といった経済統計の精度を高めるよう提案した」と報じた。これは日本に限った話ではないが、経済統計に関しては集計方法や利用方法があまりに旧態依然としており、経済予測の正確性に悪影響を及ぼしているので、少し解説しておきたい。

大局的に見れば、経済統計の正確性が問題になるのは、低成長下でより細かい数字が経済政策の方向性に影響を与えるからだ。経済成長率が10%の時には0.5%ポイントの誤差はあまり問題にならないが、成長率が0.5%の時に0.5%ポイントの誤差は政策の方向性に大きな影響を与える可能性がある。

一方で、経済指標の計測が近年難しくなっているという構造的な要因も存在する。例えば、個人や企業の経済活動を調査する際、時間に伴う変化を少ないノイズで観測できるのは、選ばれた標本を継続的に調査するパネル調査という方法だ。この方法は、企業の倒産や合併が少なく、新しい産業の勃興が起こらず、個人は同じ会社で正社員として働き続ける、というような安定した社会では調査が容易だが、近年のような世の中の変化の早さと、不安定な雇用の下ではどうしてもノイズが大きくなりやすい。日本の多くの経済統計は1970年頃に整備されたが、安定した時期に作られたこうした経済統計の仕組みは現代にそぐわなくなってきている。

それでは、経済統計や経済予測の精度はどのようにして高められるのだろうか。その答えは技術革新にある。役所が事務員に数字を打ち込ませて、何億円もかけたコンピューターシステムに平均だけ計算させて発表する、という旧態依然とした姿を変えなければならない。具体的には以下の通りだ。

1.調査方法 ー 調査は簡潔に。詳細は情報技術で

調査を行う側は基本的に「調査オタク」なので色々な項目を調べようとする。ところが、これは統計の精度向上にはむしろマイナスであることが多い。調査の負担を増やすと、時間などのリソースに余裕のあるグループしか回答しないという問題が生じるが、こうした標本数の減少や偏りを、事後の統計処理でカバーすることは非常に難しいからだ。例えば、ボランティアの回答者に丸一日かけて回答させた「仕事の繁忙度について」の調査結果がナンセンスであることはすぐに納得頂けるだろう。米国では、日本よりずっと多くの調査が行われているが、よりきちんとした機関が行う調査ほど項目が少ない。各項目の重要性や相関を統計的に考慮すれば、項目を絞ることができるからだ。全国民を対象にするセンサス調査などはかなり項目を絞っている。

より詳しい情報を得るためには、企業の会計システムと統計の集計をリンクさせたり、POSシステム、インターネットの検索データ、クレジットカード、携帯電話などから調査目的のデータ取得を進めることが必要だ。


2.集計方法 ー 誤差を減らすための統計手法の導入を

多くの経済統計は、発表される平均値を算出する際に単純に数字を足しあわせて回答数で割っているわけではなく、層化抽出という方法をとっている。例えば、人口比では60歳未満と60歳以上の調査対象が半々なのに、回答者は60歳以上が9割というような状況を考えよう。すると回答を単純に平均しても実体に即した値が出ないので、二つのグループ(層)を別々に集計して、あとで人口比を使って平均を取るという具合に集計している。

しかし、この方法でも対応出来ないことは数多い。例えば年齢の低い程回答率が低いならば、60歳以下の層に分けても回答が比較的高齢層に偏ってしまう。逆に、層を極端に細かく区切ると、回答が欠けた場合の影響が大きくなり、誤差を増幅するという問題が発生する。

こうした問題に対処するためには、集計ロジックの中で、例えば局所回帰分析などより進んだ統計手法を使う必要だが、経済統計の作成部門や、それを補助する集計システムの作成部門は、そこまで統計の専門家にリソースを割いていない。


3.利用方法 ー 個票データの直接利用を

当たり前だが1万人が回答した調査であれば、各項目に1万の数字が集まる。現在の経済統計で行われていることは、この1万の数字から平均というたった一個の数字だけを発表することだ。そして、経済学者は、たった1つの失業率、たった1つのインフレ率、たった一つの平均所得を取ってきて、ああでもないこうでもないと、何ヶ月も分析を重ねている(実際には県ごと、項目ごと、業種ごと等にも集計されるが大雑把に言えば大差ない)。こんな方法では予測の精度の改善は大して望めない。個票データを異なる統計間でひも付けて一カ所に集めた上で、膨大な数字から直接、経済予測を試みるべきである。

もちろん、機密情報の保護が担保できる限りは、個票データを利用しやすい形で(紙ベースや、神エクセルではなく、データベースの形で)一般に公開することも重要である。この公開に関しても、統計的な操作を施して機密性を向上させることが可能だ。ただし、データやそのひも付けが充実するほど個別企業や個人の特定は容易になるため、世論がプライバシーの保護にうるさい日本では公開できる範囲は狭くなるだろう。



このように見て行くと分かるように、経済統計の質を向上させるために必要なのは技術革新である。数字を聞き取って打ち込む事務員や、その管理職、数字を合計して回答数で割るシステムの細部を徹夜で詰めているシステム屋の尻を叩いても解決しない。

統計作成部門がトップレベルの専門家を雇い権限を与えて統計を設計し直す。統計屋とデータサイエンティストを擁するシステム業者を雇って開発させる。政府が組織横断的に統計作成部門と経済予測部門を統合する。そして、経済学者とデータサイエンティストを雇って、協力させて予測を行う。これが、これからの経済統計と経済予測の精度を向上させるために必要なことなのである。


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高齢者がアメリカに住むのは大変だと実感した出来事 -- このエントリーを含むはてなブックマーク

今朝、シャワーを浴びた後で朝食を食べようと一階に下りると、妻が
「もう聞いてよ!朝から大変だったよ。」
と話しかけてきた。なになに?と思って話を聞いてみると、コンドミニアムの向かい側のユニットに住んでいるお年寄りの女性が膝を痛めて歩けなくなり、這って助けを求めに来たそうだ。彼女はずっと一人暮らしで、親戚や知人等が訪れてくるところも見た事がない。年齢は70歳前後だろうか。5年前に我々がコンドに越してきた頃はずいぶん元気そうだったが、2年ほど前に病気で入院した際にずいぶん痩せて近所を心配させていた。その後、病気からは回復して元気になったように見えたが、最近は体重が増えたせいか、膝を痛めたのだろう。

彼女は「運転はできるから、駐車場まで歩くのを手伝って欲しい。」と妻に頼んできた。距離は20〜30メートルくらいだろうか。私が手伝えれば多少は良かったのだが、たまたまシャワーを浴び始めたところだったので、妻は「今、夫はすぐには来れないので、私がやります。」と言って体を支えて何とか車まで連れて行った。途中でバランスを崩して一度倒れてしまい、妻はアザまでできてしまった。妻は妻で大変だったが、その女性も歩けない体で運転して病院まで行くのはかなりに大変だっただろう。無事に病院までたどり着いていれば、病院の車寄せから助けを呼んだのだろうと想像される。

実は彼女は、2〜3ヶ月ほど前にもどこかを痛めて歩けなくなったことがあり、救急車が来ていたことがある。意識はしっかりしていたし、助けがあれば何歩か歩くことはできたので、今回と同じような状況だったように見えた。何故今回は、救急車を呼ばなかったのだろうか?

その答えは、9割方明らかである。救急車を呼ぶのにお金がかかるからだ。そのコストは地域差や移動距離による違いはあるものの大雑把に言って、500〜1000ドルくらいと言われている。確かによほどのことがない限り、庶民が自腹で払おうと思える額ではない。

健康保険はないのだろうか。米国の65歳以上のお年寄りの多くは、国が提供するメディケアと呼ばれる保険に入っている。いわば、65歳以上限定の国民皆保険制度である。しかし、医療価格が日本の5倍とも7倍とも言われる米国では、メディケアの財政は急速に悪化しており、保険がカバーする範囲は最低限に抑えられている。救急車を呼んだ場合の自己負担は20%となっているようだが、保険が適用されるのは心臓発作を起こしたとか、大事故に遭って出血多量というように生死に関わる緊急の場合に限られる。

そう考えていくと向かいに住むその女性の状況は、大体想像がつく。数ヶ月前に膝を痛めて歩けなくなり救急車を呼んだ。入院して治療を受け家に帰ったが、後にその救急車の費用が全額自己負担になると知って仰天したのだろう。今回タクシーすら呼ばずに自分で運転していくことを選んだ事を考えると、かなり経済的に困窮しているのかも知れない。

彼女のような状況は決して珍しくなく、むしろ米国で一人暮らしをするお年寄りの典型的な姿だろう。経済レベルは中の下、下手をすれば中の中くらいなのかも知れない。古くて小さなコンドミニアムとはいえ持ち家があり、新車をリースし、元気だった4年前にはイタリア旅行に行く、と1週間あまり出かけていたこともある。物腰も柔らかく、そんなに貧しい生活を送ってきた人のようには見えない。

米国の医療制度に関しては、国民皆保険でないことが話題にされることが多いが、自由価格の制度のもとで医療費が異常に高騰した米国は、もはや皆保険が達成されただけでは、どうにもならないところまで来ているというのが実態なのだ。




プロフィール

Willy

Author:Willy
日本の某大数学科で修士課程修了。
金融機関勤務を経て、米国の統計学科博士課程に留学。
2009年、某州立大数学科専任講師。2010年、助教。2016年、准教授。

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お勧めの本
1.ルベーグ積分30講
―― 統計学を学ぶために。
   小説のように読める本。
   学部向け。


2.Matematical Statistics and Data Analysis
―― WS大指定教科書。
   応用も充実。学部上級。

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