優秀な人が失業する仕組みを -- このエントリーを含むはてなブックマーク

マネックスの松本大さんのブログ、および
シリコンバレーの海部さんのブログに、
相次いで気になる記事が掲載された。

私の税金はどこへ行く?(松本大 氏)
金持ちをたくさん働かせる仕組み (海部美知 氏)

両方とも題名はお金に関することなのだけど、
肝は、昨今の日本の雇用政策はおかしいよね
というもの。

マクロの需給ギャップが大きい時
(簡単なイメージ言うと生産能力が大きいのに
授業が足りなくて設備と労働者が余ってる時)には、
どうあがいたって失業者は出る

賃金がわりと横並びの日本では、企業は
そういう時に無能な人から切りたがるだろう。
そして、能力あるいは意欲の低い労働者が解雇されて、
失業手当を受け取ることになる。

短期的にはそれは合理的なんだろうけど、
そうやって解雇された労働者は
社会のコストになるだけで大抵、何も生み出さない。
政府が公共事業でそういう人たちを雇って
道路を作らせたところで、
道路が出来たと同時に彼らは再び失業する。
彼らは、景気が良くなって昔と同じような
仕事につけるようになるのを待つだけだ。
社会の仕組みは硬直的でパイは大きくならない。

中長期で考えると、
もっと能力のある人、意欲的な人が
景気の悪い時に失業する仕組みを作って、
新しい産業、需要、雇用を掘り起こす事が
経済の発展にとっては大事
だと思う。

海部さんの記事は、
アメリカはそのあたりが結構上手く回ってるんだけど、
という内容である。

そのためには、
起業や投資に関する助成金のような直接的な政策に加え、
所得の高い人が失業した時に税制上の
メリットを受けられるような仕組みを作るとか、
労働法で年収の高い人ほど解雇されやすい
仕組みを作るとか、
いろいろ工夫の余地があると思う。

大学も、一定の役割を果たすべきだろう。
私の勤務するWS大は、
デトロイト復興を旗印に
同レベル他大学に比べて大目の研究資金を配分されているが、
そのお金で、Tech Center というベンチャー育成拠点
みたいなものを作って、地域経済に貢献しよう、
という試みが行われたりしている。
まあ、数学や統計みたいな地味な分野では
そういうことをやるのは中々難しいけど、
全体としては正しい方向だと思う。

日本では、「勝ち組」「負け組」という
二元論がここ7~8年大流行だが、
私は少し寂しい気がしている。
「勝ち組」の更に上に
勝ちすらも放棄する層が必要で、
日本はそういう層が生まれる社会を作って
彼らに将来を託すことが必要
だと思う。

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テーマ : 政治・経済・時事問題
ジャンル : 政治・経済

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雇用政策

こんにちは。

ヨーロッパ諸国の調査では、むしろアングロサクソン系の企業のほうが低業績を元にレイオフを行うことが多いそうですよ。

http://blogs.harvardbusiness.org/hbr/hbr-now/2009/08/european-layoffs-choosing-betw.html

もちろんここでのポイントは企業の中で首を切られるかどうかというレベルでの能力の有無ではなくて、もっと上の層でしょうけど。

レイオフ

>Rion さん:

こんにちは。興味深い記事をありがとうございます。
結局、起業とかに大きな影響を与えるファクタって、
金融の仕組みを除けば、主に雇用の流動性とかだけ
なのかも知れませんねー。

No title

最後の太字の部分はいくらなんでも学者として不用意すぎだと思います。畑違いだからそういうこといっちゃうっていうのもまあ理解できますが、むしろ畑違いだからこそ気を使うっていう姿勢が必要だと思います。
アメリカの保守派の経済財政政策の謡う『需要の掘り起こし』が労働者の社会保障や階層化を推し進め、切り取った部分を供給側に移転するという側面があったことは明らかで、80年代に完全に産業をアジアに持ってかれたもんだからか、IT+金融でやくざ的に儲けるっていうやり方をせざるを得なかった経緯を考えても、企業のF/S上の利益や統計局のGDP値、消費者物価指数などの値だけをみてそのやり方が『結構うまくまわってる』という議論に持っていくのは強引だと思います。
雇用の流動性確保は日本にとってはたしかに課題だけれども、小泉竹中路線が推し進めたのは労働者の権利の破壊だけで、解雇された方がアクティブに動けるしくみや、非正規雇用がキャリアアップしていくモデルを一切作らなかった。結果、彼らは流動層となり社会的弱者となったわけだが、注意しなければならないのは、そういう層が生まれてしまったことではなくて、本来解雇されるべきバブル期世代より上の年代の人たちは相対的に多数生き残って、インサイダーとして好き放題流動層を使える立場になってしまったということだとおもいます。つまり期待した効果と逆のことが起こってしまったわけで、それが大手メディアによって全然指摘されていないのは民主主義にとってもまた大きな問題だと思います。アメリカにしろ日本にしろ経済の枠組みの作り方に失敗したのだということは真摯に受け止めるべきです。
なぜ勝たねばならないのか、なぜ負けなければならないのか、そもも先進国において『需要を掘り起こす』なんてことが本当に可能で論理的にありえることなのか、そういうあたりまえだと思われてきたことにこそ疑問を投げかけるべきではないでしょうか。国家の富の1/3を上位3%で稼ぎ出すような国で、どのような需要が生まれるうるのか、需要があったとしてそれは必要な人が必要な時に適正な価格で買えるものなのか、そもそも必要とされているものは個々の企業による財やサービスの設計というようなものなのか、しっかり考える必要があります。一部左翼のように資本主義制度そのもを転覆させようというのは過激かつナンセンスですし、日本の労組や共産党のように消費税反対、増税反対、リストラ反対、ではパラダイムが60年代ですので何も解決しませんが、『~が経済の発展にとっては大事』、という発言は90年代で思考がストップしてる人の発言だと思います。今必要とされているのはグローバルな経済活動における移転価格税制やコーポレートガバナンスに対応できるあらたな国家の制度的枠組みと国家間の協調、対外関係と内部事情をどう整合するかといった非常にデリケートかつ新しい問題です。場合によっては直接・間接的にかなりの数の人が生活できなくなります。(=死にます。)先進国にとって従来型の経済の発展とは自国・もしくは他国の労働力をいかに低コストで使い、高付加価値製品を作り内需を活性化させるか、または外貨を稼ぐか、というものでしたが、その経済発展の概念自体も考え直す必要があるでしょう。上記から昨今言われ始めたアメリカの世界からの撤退と多極化は必然の流れですが、国連やG20が有効な打開策を打ち出すことは現状きわめて困難でしょう。少なくとも国民国家という制度と国際資本は現在ではその目的が完全に乖離してしまっていますが、国民国家の側は国家の機能とは、国益とは、国民とは、というような自らの定義を状況に応じて変更させることやその問いを投げかけることができずにいます。このあたりはサルコジ政権の政策顧問であるジャック・アタリも指摘しています。もちろんそういった議論は長い時間と失敗の経験を繰り返すことでのみ成熟していくのだとおもいますが、忘れてはならないのは数字や科学はこのような意味に対する議論には答えてはくれないということです。意味の所在を具体化することや意味を実現させるための戦略をつくることには有用ですが、やはり何が正しいか、どうしたいか、という価値については人が作っていかなければならないわけです。企業の商品開発や市場開拓における環境分析において、外部環境は所与のものと考えられていますが、ビジネス分析の目的において短期的に変化しない=所与のもの、と考えられているだけであって、中長期的には可変のものです。とくに最近は2・3年で人々の意味や価値ががらっとかわることなど頻繁にあります。またこのような価値の変容はやはり民意によって行われるべき(現状では公正に設定された選挙制度)で営利企業が主体的に行うべきものではないと思います。なぜならそれは所与のものであった制度やそれを規定する意味・価値の創造に営利を目的とした集団が強力に意を反映することを可能としてしまうからです。また同時に、高所得者への優遇政策は高所得者の選挙参加を促進しますが、低所得者の選挙参加を促進しません。両者には所得のほかにも社会的地位や知識、行動様式に一定の隔たりがあると考えられますが、低所得者への優遇政策はそれこそ一時的な財政投資やエコカーなどの特定の財を購入する際の減税など、短期のインパクトが強いものがけウケるのに対し、高所得者への優遇政策は社会構造そのものを改革していくような形で行われることがしばしば効果的です。したがって社会構造はおしなべて高所得者に有利になりがちですが、一方デンマークなどの福祉国家では行政サービスが国民生活に果たす役割が大きいため高所得者も低所得者も選挙参加率が高いです。このことは国家の制度設計、各国が各々に自明だと自負している自国の選挙制度・民主主義制度の在り方そのものを問い直すうえで大きな示唆となると思います。いずれにしろこれらの問題を問わずに労働市場の流動性やある特定の階層を作り出してそいつらに国を任せようなんて考えはとても無責任だし、そもそもそういう人任せな態度の結果として、軍需産業と金融資本主義がいいようにやれる国家が出来上がったのだとはおもわないのでしょうか?同じアカデミズムに属するものとしてすこしがっかりです。

No title

>Tx さん

はじめまして。頂いたコメントの要点が私にはなんだかはっきりしませんが、私の専門は統計学でありこの記事に統計を一切使っていない以上、学者としての専門知識を使って読者を説得しているわけでも、事実を捏造しているわけでもありません。また記事の趣旨は、例えば労働問題についてよく公共の場で発言している城繁幸さん(彼は学者ではありませんが)等も良く言っていることで、今後の日本経済をうまく回していく方策として極端なものでもありません。従って、この記事に不用意な発言が含まれているとも思いません。もちろん、Tx さんが私の発言にがっかりするのは自由ですが、それは単に意見が合わなかったということでしょう。

No title

つまり、
統計を記事で使ってない→学者としての見識をもとにしゃべってない→著名人の発言や一般的な議論を基礎に推論や主張が可能→誰かの発言があれば不用意ではない、という論理の展開なのでしょうか?

ここはチラシの裏ではありません

>Tx さん

命題と論理について復習することをお勧めします。
プロフィール

Willy

Author:Willy
日本の某大数学科で修士課程修了。
金融機関勤務を経て、米国の統計学科博士課程に留学。
2009年、某州立大数学科専任講師。2010年、助教。2016年、准教授。

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お勧めの本
1.ルベーグ積分30講
―― 統計学を学ぶために。
   小説のように読める本。
   学部向け。


2.Matematical Statistics and Data Analysis
―― WS大指定教科書。
   応用も充実。学部上級。

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