Teaching Evaluation (学生による授業評価) -- このエントリーを含むはてなブックマーク

日本の大学でも最近増えてきているようだが
アメリカの大学には毎学期末に学生による授業評価があって
学生が10~20くらいの項目に5段階で回答する。
もちろん大学によってフォーマットは違うだろうが、
W大M校とWS大で大体同じなので、少なくとも州立大学は
似たような仕組みをとっているのだと思う。
なお、院生がたくさんいる大学では
TAに対する評価とInstructorに対する評価が各々行われるが
質問項目が似通っているにもかかわらず、
概してinstructorに対する評価は厳しいようだ。

今学期は結構大真面目に授業をやったわけだけど
評価は予想以上に厳しかった。

評価の全体平均を知らないのでなんとも言えないが
平均には届かないような気がしている。
もちろん授業が下手なせいもあるし、
英語が下手なせいもあるのだろうが、
それは個人的な問題なので、
アメリカの大学生の気質について
抑えておくべき点をまとめておきたい。

1.テストは点数自体が良くないと納得しない。

統計の入門コースで100点満点のテストを行うと
大抵、平均点は60点くらいになる傾向があり、
これは教官や試験問題を変えてもそれほど変わらない。
低い点でもAが取れるようになっていれば、
全く問題ないように思えるのだが、
学生は80点とか90点といった
見かけ上良い数字を取らないと納得しない。
まさか、点が悪いとママに叱られるわけではなかろうが、
そういうものだと信じているようだ。
適当に点数を変換することは可能だが、
実際にどのくらい解けたか分からなくなってしまうので
私はそういった加工はしないことにしている。

2.絶対評価に対する過度な信仰がある

本来、科目の内容の理解度で成績を決めるというのが
望ましいのはその通りだろう。小学校や中学校なら
そういった方法は通用する。
しかし、学部の授業とはいえ、
きちんとコースの内容を理解する人は数人に過ぎない。
これをベースに成績を決めると、
過半数がFという結果になってしまうだろう。
しかし、それでも1.で述べたように
人工的に加工された80点、90点といった点数を元に
架空の「絶対評価」を行うことが望ましいと
考えている学生が多い。

3.努力は報われるべきと考えている

極論すれば、私は努力と成績は無関係で良いと思っている。
成績は理解度に応じて与えられるものだからだ。
しかし、
少なくともアメリカの大半の学部生はそう考えていないようだ。
やさしい内容の数学でも、きちんと理解する事は結構難しい。
しかし、パターンを覚えればパターン通りの問題を解く
事はできるようになる。
アメリカの学生は
このパターン暗記を大学までしっかり引きずっており、
パターン暗記の努力をすればよい成績が取れるべきだと
考えている。

さらに、既存の例題そのままでない問題が出ると、
問題が違いすぎる、といった文句が出る。
そして文句の出た問題の答えは教科書にそのまま書いてあって
問題形式になっていないだけだったりする。


4.個人的な事情も成績に考慮されるべきと考える学生が多い

病気・怪我などがあれば、
ある程度の特例を適用する必要は確かにあるだろう。
しかし、あまりにも見え透いた嘘で特例を求める学生が非常に多い。
また、単にテストのスコアが悪かったからということで
「追加の宿題をやるから成績を上げてくれ」
といった要望を出したり
「あと1点でAになるから何とかならないか?」
というような嘆願をしてくる。
もちろん、これは万国共通で程度問題だと思うが、
「言った者勝ち」のアメリカ社会の悪いところ
が影響している面が多々ある。
実際、(数学科ではないが)いい加減な教授もいて、
文句を2回以上言ってきた学生成績は原則的にあげてやる、
というようなことをやっているから、
こういうことが起こるのだろう。

(5.評価は学生の授業でのパフォーマンスに依存)

これは万国共通の問題だと思うが、
できない学生が自分の気持ちに整理をつける
ために、teaching evaluation で悪い評価をつける
という側面は否定できない。
WS大では全員にAを与えることも可能なので
teaching evaluation をどうしても良くしたいと思えば
成績を緩くすると宣言することもできる。
この問題は、大学の成績のシグナリング効果を
弱めるという問題を内包しているので
アメリカの大学はもっと真剣に取り組むべきだ
と思う。
成績の平均に制限を設けているのは、
私が知る限りではビジネススクールだけだ。

来学期に向けて対策も考えてみる。

1. → 極端にやさしい問題を混ぜる。
2. → 名目上、尺度を作る。大きくずれた場合はそれに合わせて得点調整?(不毛だ)
3. → 初回の授業でガツンと言う(笑)→リスキー?
4. → 特例の明確化→しかし明文化によって学生の言い訳も変化。

まあ、来学期も適度に頑張ろうと思う。




スポンサーサイト


テーマ : 教師のお仕事
ジャンル : 学校・教育

コメントの投稿

非公開コメント

No title

もしかして学生による評価が給料とか人事とかに影響したりするんですか?
それともただ単に「こんにゃろめ」ということですか?

評価

ファカルティーの評価は研究と教育が半々ずつ、というのが建前なので影響はします。具体的には、研究成果が微妙な場合に教育の部分がいいと有利だ、という感じですね。ただ、すごく悪くなければそれを理由に解雇や減給ということはないようです。
ビジネススクールはもうちょっとシビアにやっているようです。

b-school

econの先生で教えるの嫌いだから給料は高いけどb-schoolにはいかないって人はいますね。

Bスクールはマジでヤバイ

その件につき記事書きました。

Re: Bスクールはマジでヤバイ

> その件につき記事書きました。

あ、反映は明日です。

選挙権

受講生による授業評価というのは非常に重要なもので受講生の権利としてなくてはならないものだと考えています。
受講生というのは月謝を払って勉強しにきてなおかつ学業成績を評価される立場であるわけだからその一方で授業評価がなされないというほうがおかしいしそれは許せないことであると考えています

授業評価というのは政治に例えるなら選挙権に値すると思います。(受講生=国民 講師=政治家
授業評価=選挙権(参政権))
選挙権が国民にとって非常に重要でなくてはならない権利であるのと同じように授業評価も受講生にとっては非常に重要でなくてはならない権利です。

授業評価

私は授業評価はあった方がいいと思います。そうでないと真面目に教えるインセンティブが下がりますから。

ただし、選挙とは異なると思いますね。学生には大学を選ぶ権利もコースを選ぶ権利もあるわけですし、しかも授業を評価するのは学期末に近い時期なので、本人にとって「投票結果」が特に役に立つわけではなく、将来、同じコースを取る人にとって役立つという程度です。
むしろ、学生に必要なのは、(1)授業選択の自由度や、(2)しばらく様子を見てから受講するか否かを決める権利、(3)過去の授業評価の結果が公開されていること、などでしょう。

ちなみに、内容から明らかなように、この記事は授業評価の賛否について述べているものではありません。
プロフィール

Willy

Author:Willy
日本の某大数学科で修士課程修了。
金融機関勤務を経て、米国の統計学科博士課程に留学。
2009年、某州立大数学科専任講師。2010年、助教。2016年、准教授。

検索フォーム
Twitter

Twitter < > Reload

お勧めの本
1.ルベーグ積分30講
―― 統計学を学ぶために。
   小説のように読める本。
   学部向け。


2.Matematical Statistics and Data Analysis
―― WS大指定教科書。
   応用も充実。学部上級。

全記事表示

全ての記事を表示する

最近のコメント
訪問者数 (UA)
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
海外情報
28位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
北アメリカ
5位
アクセスランキングを見る>>
人気記事Top10


(はてなブックマークより)

カテゴリー
最近のトラックバック
お勧めブログ