労働市場で複数の選択肢を持つ優位性~TA/RAの経験から -- このエントリーを含むはてなブックマーク

私が労働や雇用問題に興味を持ったのにはいくつかのきっかけがあるが、
日本とアメリカの両方で働いた経験が問題意識を高めているのは間違いない。

日本の正社員というのは、労働者の権利の保護という点に関しては、
アメリカに比べると大変有利な状況に置かれている。
しかし、日本ではいわゆるブラックと言われている企業で
たくさんの正社員が劣悪な労働環境に耐えているのは、
仕事を辞めた時に、次の仕事を探すのが大変難しいからだ。
労働市場の流動化というと、企業の利益ばかり考えている
というようなイメージが左派の間では浸透しているが、
労働市場が流動化して仕事の選択が自由になれば
労働者が感じるストレスも今よりずっと小さくるだろう。

私が、それを初めて実体験したのは
数年前にW大M校の大学院生として
アシスタントシップの仕事をした時だった。

ティーチング・アシスタント(TA)を何ヶ月かやった後、
ある冬休みにRAの急募が出た。ちょうど今くらいの時期だったと思う。
RAの方が給料は大分高かったし、
経験にもなるだろうと思ったので応募することにした。
冬休みに大学に残っていた人は少なく、
他に希望者もいなかったので、運良くすんなりと採用が決まった。
この時、私は、TAに戻るのは難しくないという
学科の言質をとることにも成功した。

RAの仕事内容は医学部での統計解析であったが、
やってみると思ったよりもずっと大変で割の合わないものであった。
繁閑の差が激しい仕事であったが、一番忙しい時は
週40時間近く分析をしたこともある。
この学科のMBA持ちのアドミニストレーターがまた困った人で、
そんなに負担の重い仕事であるにも関わらず、
私は週12時間のオフィスアワーを持たされていた。

そんなわけでその学期は散々であったのだが、
TAに戻るオプションを持ってる私は、
あまり大きなストレスを感じずに済んだ。
翌学期には、強気に交渉して、
私が辞めると困る人達の同意を取り付け
オフィス・アワーを週5時間に減らした。

同じ学科が雇う他の統計屋の労働時間を増やしたときには
ふとしたきっかけで私のアポイントレベル(要するに給料)
の見直しを検討するということを知ってしまったのだが、
現在のレベルより下げるのであれば辞める、
と伝えたら監督者が慌てて交渉してくれて
難なく維持することができた。

こういった交渉は、代替的な選択肢が少ない
日本の労働者にはなかなか難しいところがある。

ブルーカラーや派遣労働者の待遇が劣悪のまま維持されるのは、
代わりになる働き手が雇用主にとっていくらでもいるからである。
逆に労働者にとって、労働環境を改善するのにもっとも良い手段は、
代替的な勤務先を持って雇用主を競合させることだ。


日本で労働市場の流動化を進めれば、
大企業の中年以上の正社員は不利益を被るだろうが、
それ以外で平均以上の質の労働者には確実にプラスになるだろう。

ブログ内の関連記事:
優秀な人が失業する仕組みを
日本の失業率はなぜ下がるのか?

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No title

主題からは少し外れますが、私も流動化に賛成です。
解雇をしやすくすることが雇用を増やすことになることを
一般の労働者に納得させるのは難しいかもしれません。
流動化によってノンワーキングリッチを解雇できるようになる
という池田氏の主張の方が、一般の労働者が納得できるかもしれません。

雇用流動化

>20代さん

大企業の中高年正社員の既得権益に問題があることは国際比較からもほぼ明らかですので、そこを集中的に叩くというのは良い方法かも知れません。それほど人数が多い層でもないですしね。

ここ10年の日本を見ていると雇用の仕組みを変えるのは本当に大変なんだなと思いますが、反対派の中には、流動化後の世界を想像できずに怖がって反対している層もいると思っています。まずは、その層の意識改革を促すことが大事でしょう。

No title

僕は労働市場の流動性はあまり重要じゃないと思っています。その理由として、そもそも国際研究で日本の労働市場は流動性が低いとはいえないということです。データでjustifyされないにもかかわらず、わが国で流動性が低いと思われているのは、判例により解雇しにくいことによるわけですが、そもそも終身雇用といった制度は一部の会社にのみ適用される上、一橋の神林先生がいうように、一流企業でも希望退職など結構リストラもやっております。

僕のマーケットは、日本でありながら、米国の一般企業よりはるかに流動性の高い市場です。フロアには外人を含め色々な経歴の人がいます。しかしながら、うちの会社でも日本で指摘されるような弊害を確実にもっているわけであり、その意味でも説得力を感じません。多くの外資系金融の人の意見を聞いても、ひとつの業種の固定効果は確実にあって、「あいつは使えない」といったreputationが広がるとやっぱりだめです。クビになってもやっぱり、signaling効果によりダメ。上記のような例はTAやバイト、あるいは特別な資格を持った人のみに当てはまるのではないでしょうか。

ここからは僕の直観ですが、上記のような問題を生んでいる背景に、たとえば、地価が高く家を買うと借金を抱えてしまうということ、専業主婦が多く夫婦でリスクシェアができないことなど多様なファクターがあるのではないでしょうか。

最近、経済学者の「労働市場を流動化せよ」というと主張に少しカチンと来るのは、そもそも、もっとも業績がわかりやすい経済学者の労働市場こそ非常に硬直的ということですね。経済学者の業績というものはpublicationのみで評価されるがゆえ、一発でわかってしまうのです。コンスタントにpublicationがない学者をクビにすれば若い院生への雇用に確実につながるのですが、彼らはそのようにはしません。実はこのような問題は日本のトップ層の労働経済学者は感じているはずですが、自らの仲間をクビにしろとはいえない。このような難しさを取り扱っていないところに、彼らの議論の空論さを感じるわけです。

雇用制度

まず、事実確認ですが、平均勤続年数のような指標で見ると、日本の勤続年数は独・仏とは大差ないですが、米・英よりはかなり長いです。日米のデータについてはこのあたりをご覧下さい (http://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/databook/2009/03/p123_t3-13.pdf)
例えば、勤続10年以上の従業員の割合は、米国は27%, 日本は2007年で45.5%程度です。欧州のデータについてはOECDのJob Tenure の統計をご覧下さい。直近の2008年で英国30%, ドイツ41%, フランス 43%くらいです。なお男性労働者に限れば、日本と他国の差は更に広がるはずです。

ダメな人がどこに行ってもダメなのは仕方がないですが、日本の場合、ちゃんとした人でも一旦辞めると再就職できないわけで、その点、流動性の点では問題が大きいと思います。外資金融のようなところでも業界を離れる場合の再就職は難しいと思いますが、それは他の業界で流動性の高い労働市場が存在しないことも問題ですね。

「専業主婦が多く夫婦でリスクシェアができないこと」は重要なファクターですね。私は専業主婦保護政策は、雇用の流動性を下げて賃金を抑えることを意図していたと思いますが(実際そうでなかったとしても結果としてそうなっているのだから事実上同じです)、流石にこれからはこれは辞めるべきでしょう。

大学の人事は本当に問題が多いですね。一定の業績を残した人にある程度の職を保証するというのは不可避な面もありますが、若手とのバランスを考えると行き過ぎていると思うことが多いです。ちなみに中国ではtenure制度がなく、年取った教授が学生に論文を書かせて、教授の名前で発表するという更に酷いことも行われているとも聞きました。

アメリカの大学でもtenure制度はありますが、論文をあまり出さなくなった高齢の教授は学科の運営や経営的な面に力を入れるなど、もう少し合理的になっていると思います。何より、子供が増えていることがプラスであることはいうまでもありませんが。

No title

> 私は週12時間のオフィスアワーを持たされていた。

こんなのありえない・・・。

これってどんなコース取ってる学生でもランダムに質問しにきていいっていう感じのオフィスアワーですか?きついわ~。

でも学生が来なければ自分の時間としてつかえますよね・・・。思いっきり人相悪くして「俺に質問するな」オーラを漂わせて僕は頑張ってたなあ。

オフィスアワー

>毒の助さん

これはRAのオフィスアワーだったので、質問しに来るのは論文書くためのデータを持ってくるお医者さんでした。でも、そもそもそんなものは電子メールでデータと概要を送っておくのがマナーなわけで、オフィスアワーにいきなり来る人はおらず、意味をなしていませんでした。学科からはバス便だったので時間だけが無駄になり単なるリソースの無駄遣いです。アドミニストレーターは、「週20時間の根拠」を自分で持っておきたいという
頭の固い人だったんだと思います。まあ、工場労働者の勤務管理みたいな感じだと妄想していたんでしょう。

No title

平均以上の質の労働者には確実にプラスになるだろうというのは、平均以下の質の労働者にとっては今よりも更にマイナスになる。という懸念を否定していませんよね。

ダメな人がどこに行ってもダメなのは仕方がない。というのは、ある層(理系の学者さんは典型例です)には当然の理として承服されていますが、労働者層すべてが納得すべしと一般化できる概念かというと難しい問題のように思います。

利害が対立しているので政治の問題に帰着されるでしょうから、ロビー活動のようなものが必要になってくるんでしょうかね。

日本人の見方にはまだバイアスがある

>axeさん
>平均以下の質の労働者にとっては今よりも更にマイナスになる。という懸念を否定していませんよね。

確かにそうなんですが、その点は再分配政策でもある程度対応可能なわけですし、今の日本人は怖がりすぎているような気がします。いわゆる「目立った取り柄のない普通のサラリーマン」の給料がどんどん下がったりすることはないと思います。窓際で一千万くらいもらっている人は別ですが。逆に窓際の人も例えば、給料が600万に下がるかわりに、転職先は見つけやすくなるでしょうし。
プロフィール

Willy

Author:Willy
日本の某大数学科で修士課程修了。
金融機関勤務を経て、米国の統計学科博士課程に留学。
2009年、某州立大数学科専任講師。2010年、助教。2016年、准教授。

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お勧めの本
1.ルベーグ積分30講
―― 統計学を学ぶために。
   小説のように読める本。
   学部向け。


2.Matematical Statistics and Data Analysis
―― WS大指定教科書。
   応用も充実。学部上級。

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