金融規制案が米経済に与える意味 -- このエントリーを含むはてなブックマーク

先週は、オバマが金融規制の強化案を出したことでアメリカの株式は大きく下げた。
規制が金融業界に及ぼす影響は、経済評論家の山崎元氏が
ダイヤモンド・オンラインがうまくまとまった記事を書いているし、
規制そのものについては金融日記の藤澤氏が意見を書いている。

彼らの主張は至極まっとうだと思うのだが、
私が一番重要だと思っている点に触れていないのが面白いと
思ったので少し私の見方を書いておきたい。

金融日記のエントリーには
「規制が多いと人々の自由な経済活動のじゃまをして経済にマイナス」
という趣旨の事が書いてあり、実際、多くのアメリカ人がそう考えている
ということもまた事実であると思う。
しかし、アメリカが常に金融市場を自由な方向に持っていこうと
してきたのはそんなナイーブな思想だけからではないだろう。

アメリカは多くの経常赤字を抱えているが、
それでも通貨が暴落せずに経済も一応回っている主な理由は
対外投資の収益率が対内(対米)投資の収益率を大きく上回っているからだ。
金融取引の規模が拡大すれば、経常赤字のような実体経済の指標の重要性は
相対的に低下し、GDP比で多大な経常赤字が持続可能になる。
したがって、アメリカは構造的に、どんどん金融を自由化してあらゆる
取引を活発化させ、経済を維持する必要がある。
プラザ合意がなされた80年代半ばのアメリカの経常赤字は
GDP比でわずかに3%強だったが、経常不均衡は大きな政治問題になった。
近年では、それが6%前後にもなっているにも関わらず、
当時ほど通貨や経常収支不均衡が騒がれていないのは、
主に金融自由化の恩恵によるものだ。

もっとも、金融が自由化したところで、
対外投資で高い収益率を上げるのはそれほど簡単なことではない。

例えば竹中平蔵氏は、国富ファンドを作って収益率の高いアメリカの株式
なりに投資することを提案していたが、一般的に言って他人の金を預かって
いるような公的部門に積極的な運用を任せるというのは危険なことである。
先進国市場での普通株式の買い付けのような保守的な取引程度なら
それほど深刻な被害は出ないかも知れないが、
より複雑でリターンの高い商品への投資には
かなりの専門知識が必要になる。
相対で取引をする金融機関にとって、
一番ハメやすい大手の投資家といえば真っ先に挙げられるのが
他人のお金を預かっていて知識の乏しい地方自治体や農林系の金融機関などだ(*1)。
各国政府のような大きい投資家はそれに比べれば若干ましな知識を持っているだろうが、
「二匹目のカモ候補」であることは間違いない。
例えば中東の産油国は近年、米国の大手金融機関に投資して儲かっただろうか?
個人でほぼ同じ業界・同じ時期に投資したバフェット氏と比べるとどうだろう。

効率的にリターンの高い投資を行うためには、いまのところ、
金融規制を自由化し、ウォールストリートに優秀な人材を集めて
自由にやらせるしか方法がない。

確かに今回の金融危機でアメリカの金融機関は大きな痛手を負ったが、
発端であるモーゲージ証券の問題は
昔からアメリカ市場にあるプリンシパル・エージェント問題であり、
投資銀行のビジネスモデルの問題とは言えない。
逆に、そこで発生してしまった潜在的なロスを投資銀行が加工し、
かなりの部分を欧州の金融機関に押し付けることに成功したという面もある。

ウォールストリートのバンカーたちが傲慢にも、
「アメリカの経済が豊かなのは、我々がたくさん稼いでお金を使うおかげ」
と言うのはあながち間違った考えとも言い切れないのだ。


今回の規制が意味することは、
一般市民が銀行に預けているお金を自らヘッジ・ファンドなどの
高リスクな金融商品に振り向けない限り、
アメリカはこれまでのような経常赤字を維持することはできない、
ということを大統領がコミットしたことだ。

アメリカは、しばらくの間の低成長と引き換えに貯蓄率を回復させ、
為替をドル安に誘導して貿易収支を改善させる、
という方向に舵をきるのだろう、と考えることができる。





※ 脚注が抜けていたようなので補足させていただく。

(*1) 一方個人で言えば、プライドが高く裕福だが金融の知識が乏しい
高齢者や医師のような人から嵌めるのが定石だろう。
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テーマ : 経済
ジャンル : 政治・経済

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数学 VS アメリカ

アメリカの高校生、大学生は数学ができない・・・・と皆さんおっしゃいますが、実際、どうなんでしょうか?もっともGraduate Schoolだと中国、インド、韓国、日本からの留学生が7割以上を占めるのでしょうが。

No title

まあ確かに進度は遅いです。日本の2年遅れくらいでしょう。しかも、数学専攻の学生などを除けば、あまり細かいところまで理解していないケースが多いです。もっとも、アイビーレベルの大学だと、まともな学生は入門コースを飛ばして少し難しめのコースを取るとも聞きます。

大学院は個人の能力次第なので、アメリカ人でもめちゃくちゃできる人っていうのはやっぱり結構います。統計のようなマイナーな分野だと確かに中国・インド・韓国は多いですが、数学はかなり出身地がばらけていて世界中からまんべんなく来ていると思います。アフリカからは少ないと思いますが。あと、日本人は少ないですよ。もっと来て欲しいものです。

No title

「地方自治体や農林系の金融機関などだ(*1)」の*1がどんな注なのか、気になって昼も練られません。

脚注

>「地方自治体や農林系の金融機関などだ(*1)」の*1がどんな注なのか、気になって昼も練られません。

失礼致しました。付け加えさせて頂きました。期待されている内容とは違うかも知れませんが(笑)。

No title

おお、このエントリと同じ方向の分析がエコノミストの水野和夫さんの本に書かれていたことを思い出しました。こういうことを意図的に出来てしまうのがアメリカの凄いところであり怖いところであります。

ウォールストリートに優秀な人材を集めてこそ「いびつ」なアメリカ経済を維持できたという部分はわかるのですが、金融業界への批判は、やっていることに対してボーナス貰い過ぎ、と多くの人が思っていることの反映じゃないですかね。

個々の要素を無視して全体としては上手く行っても、ごく少数に富が集中するシステムの維持が長期的に可能なのかなと懐疑的なので、この先どうなるのか興味ありますね。アメリカの貧富の差が本格的に開いてきたのも、多分最近だと記憶してます(80年代ぐらいから?)。

アメリカ

毒之助さん:

ほんとアメリカは凄いですよ。でも誰が凄いのかは良く分からないんですが。

>金融業界への批判は、やっていることに対してボーナス貰い過ぎ、と多くの人が思っていることの反映

これはその通りなんですが、じゃあどうすんの?っていうと答えが見つかってないんだと思います。

>ごく少数に富が集中するシステムの維持が長期的に可能なのか

経営者や投資銀行マンが多額の給料をもらい、長寿や健康のために湯水のように金を使って、貧乏人は医療や介護あたりで雇ってもらうってことでどうですかね?(既にかなりなってますけど。)

ババ抜き

>かなりの部分を欧州の金融機関に押し付けることに成功したという面もある。
日本の金融機関はババ抜きから抜けれたということでしょうか?
それともババ抜きに参入するほど、リスクはとれなかったということでしょうか?

ババ抜き

元SEさん:

ババ抜きに参入するほどリスクはとれなかったという説が有力ですが、
そもそもあまり売ってもらうことすらできなかったという話も聞いたことが。
あまり詳しく知りません。

ちょっと引っかかる部分が

>アメリカは多くの経常赤字を抱えているが、それでも通貨が暴落せずに経済も一応回っている主な理由は
対外投資の収益率が対内(対米)投資の収益率を大きく上回っているからだ。

ここがちょっと気になったんですが。
マクロ経済でいうとアメリカの状態は、国内貯蓄ではなく海外からの資金で、国の赤字と経常赤字をなんとかまかなっている状態だという風に私は理解しています。

で、その資本流入の中身なんですけども、これはwillyさんがおっしゃっているようなアメリカの対外投資収益率が対内投資収益率を上回る結果というよりは、単純に海外の余剰資金がアメリカに流入している、具体的には海外の投資主体がアメリカの国債や株式やらをアメリカという国を信用して買っている結果に過ぎないと思うんですよ。対外投資収益率うんぬんの話は経常赤字や国の赤字を維持できるかどうかに関して決定的要因ではないような気がします。
つまり、対外投資収益と対内投資収益との差により生じる資本流入ではなく、これまでどおり、海外の投資主体がアメリカの債権やら株式を購入するかどうかが本質的に重要であると私は理解しています。

どうでしょうか?私の理解に誤りがあれば教えていただけると助かります。

経常赤字

>国内貯蓄ではなく海外からの資金で、国の赤字と経常赤字をなんとかまかなっている状態

これはそうなのですが、海外からの投資で経常赤字を賄うだけだと実質ベースの投資収益がそのまま海外に流出するので、これを長期間維持するのは難しいのではないでしょうか。

実際問題としては日中等の政府が米国債を買いまくっているから米ドルが価値を保っているので、そこをどう解釈するかにかかっていますね。例えば、日本政府が米国債を全部売ってアメリカの主要企業の株を買い占めたらどうなるでしょうか(単純計算で5%くらい買えます)。結果は明らかではありませんが、私は米国経済が実質金利の高さに耐えらなくなるような気がしています。
プロフィール

Willy

Author:Willy
日本の某大数学科で修士課程修了。
金融機関勤務を経て、米国の統計学科博士課程に留学。
2009年、某州立大数学科専任講師。2010年、助教。2016年、准教授。

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