外国語を学ぶインセンティブ -- このエントリーを含むはてなブックマーク

昔から言われていることだが、日本人のTOEFLの平均得点は
諸外国に比べてかなり低い(Rionさんのブログ記事を参照)。
これには、受験者層のセレクションバイアスなどいろいろな問題があるが、
もちろんそうした技術的な問題や統計上の問題だけで説明がつくほどでも
ないように思われる。

ちょうど、Lilacさんのブログでも英語の話題が出ていたところでもあるので、
これを機会に、母国語別に考えた時の
外国語を学ぶインセンティブの決定要因を整理しておきたい。


1.機会

当然ながらその言語を使っている人が身近に多ければ、学ぶ
インセンティブは大きくなる。もちろんそれは新大久保とか
広尾に住んでいるだけではダメで、好きな異性が英語しか
しゃべれないとか、職場の上司や学校の同級生あるいはパブの
ホステスに外国人がたくさんいるというように
意味のある人間関係である必要がある。
特に転勤の予定もない夫が、中国語、韓国語、フィリピン語
等を急に勉強し始めた時は要注意であると言える。


2. 母国語と学ぶ外国語の相性の良さ

(2.1) 文法構造

当然ながら、言語習得の敷居が低ければ学ぶインセンティブは大きくなる。
よく言われるのは文法構造だろう。英語と日本語では語順が違うので
単純に考えても相性は良くないが、文法的なミスを犯した際に
ネイティブに通じない文章となる可能性が高くなることも大きい。
例え文法的に完全でなくても、日本語と韓国語、欧州言語同士
などでは、意思疎通に大きな障害が生じない。
基本的には、文法構造は二言語間の近さの問題だが、
多くのヨーロッパ言語の文法が英語より複雑なので、
そうした母国語の人が英語を学ぶのはより容易いという事情もあると思う。

(2.2) 音
音が多い母言語を話す人が音が少ない国の言語を話すことは易しいが、
逆は非常に難しい。したがって、文法構造と違って音声は二言語間で非対称な
関係を持つことが多い。例えば、日本語の音は英語よりも少ないので、
日本語圏の人が英語の音を完全に理解しないまま英語を聞くと
知っている単語しか聞き取れない。
したがって、何百回同じセンテンスを聞いたところで分からないままだ。
少なくとも私は初対面の人の名前を聞いただけで文字にすることはできない。
これは、英語にはfとphなど同音の表記が複数あるという問題だけではない。
この点は、リスニング能力を高める上では決定的な点だ。

(2.3) 文字
基本的には、文字数の少ない言語の方が学ぶ際の敷居は低い。
これは相性というよりも、学びたい外国語にどれだけの文字があるか
という問題である。


3. 経済水準

グローバル化した世界の価値観では、
経済水準はインセンティブを決める最も大きな要因であろう。
あなたが日本で働いていて年収が500万円だとして、
アメリカに行って同じ仕事をしただけで年収が3000万円になるとしても
あなたは英語を勉強しないだろうか?


4. 研究・技術水準

通常、大学生くらいになると専門的なことを学ぶが、ほとんどの言語では
他言語で蓄積された専門知識が翻訳されていない。
学部レベルの知識をきちんと習得するのに使用可能な言語は、
日本語、中国語、一部のヨーロッパ言語くらいだろう。
また現在のところ、本当の専門レベルの知識を習得するには英語が唯一の言語だ。
従って、少なくとも書き言葉に関しては英語を学ばざるをえない環境にある。
一番極端なのはインドなどで、あまりに多くの言語が存在し、
それぞれに対応することができないために
小学校でさえ教科書が全部英語になっている。
地方によっては、英語の苦手な先生も多く、教科書は英語でも授業は
現地語で行われるケースもあるそうだ。


5. 人口学的要因


ある程度の人口規模のある言語でないと、専門的なことを学ぶ言語として
成り立たない。書き手の数が限られ知識の蓄積が間に合わないからだ。
例えば、韓国から出る国際特許の件数は中国よりも多いが
研究・技術水準それなりには高いが、大学レベルの専門知識を韓国語で
勉強している人は中国語に比べても圧倒的に少ないように思われる。

母国語と外国語を使う人数の比率も重要だ。例えば、日本と韓国が同じ
経済水準になったとして、日本人の韓国語習得熱は高まるだろうか?
私はそうは思わない。
なぜなら、韓国語圏の人口規模は日本よりはるかに小さく、例えば
日本メーカーが韓国にビジネスを広げるメリットは比較的小さいからだ。
逆に小規模な経済圏から大規模な経済圏への進出は
非常に魅力的なビジネスになる。

また、韓国語と日本語のバイリンガルが多いという特殊事情から、
韓国語を習得しても大きな差別化要因にならないことも大きい。
繰り返すが、転勤の予定もないのに夫が韓国語を勉強しはじめたら要注意だ。
당신을 좋아합니다

6. その他の要因

国が政治的・軍事的に不安定だとか、差別があるとかいった諸要因は
場合によっては経済水準と並んで大きなインセンティブになる。
もしかすると、北朝鮮のエリートは仕事が終わってから
家で必死に英語を勉強しているかも知れない。


こうして様々な角度から、外国語を学ぶインセンティブを眺めると
日本人が英語を学ぶインセンティブは
他の言語圏よりかなり低いだろうことが推測出来る。

日本の英語教育が優れているか、またそうでないなら今後どうするか、
ということを考えるにあたって、こうしたことを共通認識として
広めておく事には意味があるだろう。

ブログ内の関連記事:
社会人の英語勉強法
英語ダメダメ人間のための英会話講座
語学の壁(Reading編)
語学の壁(口語編)
語学の壁 その1(一般論)

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英語教育、日本語教育、在留外人の選挙権

人の褌で相撲を取るエントリーです。(謙虚な気持があるので、思わず「ですます」調) Lilac さんのブログ、My Life in MIT Sloan 『じゃあ中高の英語教育をどう変えるべきか考えてみる』で、英語教育ばかりでなく、日本語教育に話が展開してきたので、このエントリーで

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No title

>これには、受験者層のセレクションバイアスなどいろいろな問題があるが、
もちろんそうした技術的な問題や統計上の問題だけで説明がつくほどでも
ないように思われる。

全くそう思いますが、統計の人に行っていただけると安心しますw。

No title

Rionさん:
まあ根拠はないんですけど、流石にそうですよね。

有難うございます

いつも、引用してくださって有難うございます!
これだけきちんとまとめられると流石です。

ひとつ、別記事でも書いたんですが、日本って英語が出来たり、留学できることが必ずしも「立身出世」に役立たないというところが大きいのかなー、とも思いました。
それも5の人口の話の延長で、韓国市場が小さいので、韓国だけでやってける大会社が無いからってわけですが。

日本人も英語がしゃべれる仕事はカッコいい!とは思ってますけど、リスキーな人生でもある。
韓国ほどの英語志向にならないのはそこかな、と。

No title

> 당신을 좋아합니다

ちきりんさんって韓国の方ではないはずですが。

No title

Lilacさん:

韓国は国の大きさ、経済水準がやや低いこと、
軍事的に不安定といったことが大きいですね。
それに、アジアの多くの国ではアメリカの学位がスタンダードになって
しまっているのでアメリカに留学した方が何かと有利そうです。
それが「立身出世」ってことだと思いますが。

毒の助さん:
>ちきりんさんって韓国の方ではないはずですが。

ちきりんはもう過去の女です。

それでも日本語で勝負します

>あなたが日本で働いていて年収が500万円だとして、
>アメリカに行って同じ仕事をしただけで年収が3000万円になるとしても
>あなたは英語を勉強しないだろうか?

年収100万ドル貰えると言われてもしません。(笑)心底、日本国がいいですよ。まあ、そうは言っても財政破綻は間違いないし、製造業は中国に行ってしまうし、で、年収500万円の仕事もなくなるかも知れませんけど、それでも日本国で日本語で商売したいです。かなり覚悟が必要ですけどね。

No title

>年収100万ドル貰えると言われてもしません。

もちろんそういう人も結構いると思います。
そういう意味で記事で使った表現は誇張なしに書いたつもりです。
現実問題として、年収格差が名目ベースで10倍あれば優秀な層の大半が
流出してしまうと思います。逆に名目で2〜3倍程度ではホームバイアスは
かなり残るというのが私の印象です。
プロフィール

Willy

Author:Willy
日本の某大数学科で修士課程修了。
金融機関勤務を経て、米国の統計学科博士課程に留学。
2009年、某州立大数学科専任講師。2010年、助教。2016年、准教授。

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お勧めの本
1.ルベーグ積分30講
―― 統計学を学ぶために。
   小説のように読める本。
   学部向け。


2.Matematical Statistics and Data Analysis
―― WS大指定教科書。
   応用も充実。学部上級。

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