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理数系に女性を増やすことは大事 -- このエントリーを含むはてなブックマーク

いままでブログ上で懇意にして頂いてきた毒の助さんが、
「理数系に女性を増やそうとするのはムダなのではと思う件について」
という記事を書いてきた。
これは当ブログの趣旨を真っ向から否定する宣戦布告
とも言える記事であり反対の論陣を張らなければならないだろう。


まず、サイエンス系に比較的多くの女性が進出しているアメリカにおいても
理数系、特に数学に近い分野の女性比率が依然として低いのは
厳然たる事実だ。
大学は伝統的に男性社会であったため、アメリカでは
アファーマティブ・アクション(AA)と呼ばれる
マイノリティー優遇策が長年取られている。
具体的には、女性や黒人、ヒスパニック(*1)といった
人口比で教員が少ない層を優遇して比率を上げようというものだ。
確かに、こうした施策は優秀である人の可能性を閉ざすもの
であるとする批判的な意見も根強い。

(*1) アジア人男性などアメリカにおいて社会的に成功している層は
モデル・マイノリティーと呼ばれ、優遇されることはない
(より詳細な考察はこのあたりのエントリーを参照)。

こうした批判は当たっている部分もあるが、
理数系の女性増加への努力は
人材の交流を活発化させる点でメリットが大きいと考えられる。

日本で下心丸出しの中高年の研究者が若手女性研究者に近づこうと
しているのを見た事はないだろうか? あれは大変醜いものだが、
多くの男性研究者がそうした若手女性研究者に近づくことによって
全ての人が「友達の友達」になることができ、知らず知らずのうちに
人的交流が活発化しているのである。

また、アメリカの統計学科では数学科と異なり、
女子学生の比率は3割程度と比較的高いがこれは学生の交流に
プラスとなっている。私が学科の友達と飲みに行く時はまずは
女の子を確保し、それから友達を誘っていた。男ばかりでは
会話の内容も偏るが、男女のバランスを取ることによってリラックス
した雰囲気を作ることができ、最終的にみんなが仲良くなることが
できるのだ。これは、心理学科や英文科から女性を誘ってくれば
いいという問題ではない。合コンもどきをやるのではなく、
自然なコミュニケーションを取ることが大事なのだ。

数学系の分野では、実験設備など大掛かりな装置が必要ない分、
人材交流が研究の根幹を担っているといわれる。
男女比率の改善は、ここで重要な役割を果たす。



また、数学系の学科は男性比率が高いのでAAが特に活発かというと
アメリカではそうはなっていない
と私は思っている。
これは比較優位の理論で説明できる。すなわち、
大学は研究者の質をなるべく下げずに全体としての女性比率を
上げようとする。その結果、女性が比較的強い人文系や医学系などの
分野で女性を採用を更に活発化する一方、女性が元々少ない分野では
性別を気にせず男性をたくさんとるという方が全体としては合理的なのだ。
アジア人女性の教官が非常に増加していることも同様の方法で説明できる。

もちろん、AAというのは最後の手段であって
あくまで社会の固定観念から女性を解放することによって
偏りを解消するのが最も望ましい。

諸外国でも、人文系は女性に人気があり工学系・数理系は人気が低い。
しかし日本においては、そうした分野的な偏りはあまりに極端すぎる。

当ブログは、女性解放を通して男性社会にもメリットをもたらす
そんなWIN-WINの関係を目指して啓蒙を進めていきたい。
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テーマ : これでいいのか日本
ジャンル : 政治・経済

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No title

比較優位な視点で女性を別の分野で増やすのはマクロで見れば賢いですけど、それでは理数系で連れ立って飲みにいくときに周りはのび太ばかりという悲しい現実が変わらないわけですよね。AAやってさえマイノリティが増えない状況であれば、AAを使ってリクルートする際の前提が根本的に正しくないわけで・・・。

既に活躍しているロールモデルがいないからとかいう説明もありますが、僕自身は(議論の余地はあるでしょうが)女性が十分解放されているにも関わらず、多くの女性は社会的生理的諸々の理由で理数系にいくメリットがないから行かない、という本質的な問題だったらどうしようもないのではないか、と思うのです。

毒之助に一票

Willyさん
この議論は、毒之助に一票です。

Willyさんの主張には、「女性解放を通して(Willyさんが所属する特殊な理科系の)男性社会にもメリットをもたらす」という括弧付きの所の胡散臭さが、漂っているのも、今一、議論が弱い所だと思います。

アメリカでは、「社会の固定観念から女性を解放すること」は実現している上で、大多数の女性によって「大きなお世話」状態になっているのではないかと思います。

男女に平等なシステムを残して、女性への優遇措置を無くす、つまり、やりたい人にはいつも門戸は開いているが、後は、男も女も無いですよ、という事で良いのではないかと思います。(これは、その他のマイノリティー問題にも当てはまると思います)

「野に遺賢なし」、男だろうが女だろうが、門戸さえ開けていれば、大丈夫だと思います。門戸が閉まっていても出てくるとさえ思います。

やっぱり、「理科系に女性を増やす事は大事」という命題は、理科系男性関係者(女性もかな?)だけのヨコシマなエゴの様な気がします。

No title

>多くの女性は社会的生理的諸々の理由で
>理数系にいくメリットがないから行かない、
>という本質的な問題だったらどうしようもないのではないか

全く、その通りですね。でも、私のブログとしては立場上反対しておかないといけないと思いました。まあ、実際、アメリカはともかくとして日本はまだまだ解放されてないんじゃないですかね。

これは分野別じゃないんですが、東大入学者に女性の割合がまだ2割です。他の日本の一流大はもう少し多いかも知れませんが似たようなものでしょう。5割より極端に低いのは、難問の一発勝負という試験が女性にちょっと不利だからではないか、という気も少ししています。

現時点では女の子が積極的になるためにはピア・プレッシャーが大事だと思っていて、実際、東京にある桜蔭高校なんかは進学実績がトップの男子校に近いわけですが、ああいう環境に入るためには特殊な訓練に加えてある程度の先天的な能力が必要なので、もう少し社会全体で意識が変わるといいんですけどね。

No title

YSJournalさん:

これは反論することに価値があるだろうと思って書いたものです。毒の助さんの書いていることがもっともなのは承知しています。(要するに半分本気ですが半分ネタです。)

ただし、AAについてはいろいろ難しい問題を含んでいるのでそのうちまた書きたいと思います。

No title

(再び)横レス失礼いたします…。

>…難問の一発勝負という試験が女性にちょっと不利…
>…現時点では女の子が積極的になるためにはピア・プレッシャーが大事…

の部分がとても興味深かったです。

すでに目にされているかもしれませんが、競争に対する態度の男女差といったこと(girls from single-sex schools were just as willing to compete as co-ed boysという 研究ほか)がまとめてあるブログを最近読みました(著者はオーストラリア国立大の経済/公共政策系の先生のようです):

Gender and Competition - Girls Need to be Pushed:
http://andrewleigh.com/?p=2489

他には、似たようなことで、日本だと「自信過剰が男性を競争させる」という研究が阪大の大竹文雄先生と共著者の方々でなされているようです:

自信過剰が男性を競争させる:
http://ohtake.cocolog-nifty.com/ohtake/2009/07/post-028b.html

No title

こ@ロンドンさん:

興味深いリンクありがとうございます。直感と一致する結果ですね。男性は自信過剰ということですか(笑)。ブログは自信過剰気味に書いた方が読んでくれる人が増えるような感じもありますが。

No title

> Gender and Competition - Girls Need to be Pushed:
> http://andrewleigh.com/?p=2489

これは面白い実験ですね。でも(女子校のように)女子だけ集めた場合なら女子も男子と同じようにコンペティティブになるのだから、パイプラインを作って一生懸命コンペティティブな女子を作って、男子と競わせて数の平等を達成するべきだというのも少々違う気がするんですよね。

別に「奥さん」と呼ばれるような伝統的な主婦が社会で重要な役割を担っていないかといえば、そんなことはないわけし、最近は主夫なんてのもいるし。

大企業文化のなかで頂点を目指そうとして頑張る女性が居ても自然だし、「○○」であるからという理由で可能性を潰される社会は(今の日本のように)他の部分でも閉塞感が生まれるだろうからマズいですが、まるでエンジニアリングしているみたいに数字の上での平等を達成しようとする社会の根幹にある理想とは一体なんなのだろうとも思ってしまいます。

社会で偉くなろうとラットレースに加わることが必ずしも幸せにつながるわけでもないですから。

No title

日本の数学科では国公立で男女共同参画とかいうことで、女性限定の公募がぽつぽつ目立つようになりました。

教授、准教授クラスになると応募者が無い、あるいは少数みたいなようです。そこまで頑張っている人はまれなんでしょう。助教クラスなら応募者はあるでしょうね。どうも女性研究者を大事に育てるという雰囲気が今まで希薄でした。

私の専門の場合、奈良女子大と地域的にも岡潔のつとめていたという関係でも奈良女絡みの女性研究者は多い方です。私がゼミに復帰してから2名が研究職についています。10年に1人というペースですが、男性(京大関係)が0ですから、かなりのかわいがり?とおもいます。

結果の平等

>数字の上での平等を達成しようとする社会の根幹にある理想とは一体なんなのだろう

結果の平等を求めるのは、結果の不平等が機会の不平等に起因する可能性を排除するのが事実上不可能だからでしょう。それは理想ではなくて機会の平等を確保するための現実的な方策だと私は捉えています。

結果の不平等を容認する理由を短期的な生産性の向上に求めるならば話は割りとうまく閉じますが、「機会の平等は必要だが結果の平等は必要でない」と主張するのは一見するよりずっと難しいことです。例えば、国別比較が不可能であるとして、日本で女性の社会進出が十分であるかどうかを分析できるかと言ったら私は良い方法を思いつきません。

定性的にまとめれば、結果の差を認めることによる生産性の向上と、潜在的な機会の不平等を放置することによる厚生の低下のようなものがトレードオフの関係にあり、情報が不完全ななかでその中庸をとる必要があるということだと思います。

No title

足立さん:

社会がいろいろ試行錯誤してみるのはいいことだと私は思います。
今はポストが足りないのでどうしてもそういうのは目の敵にされがちですが。
逆に、良い人がいないのに無理やり取ろうとするのはやりすぎなわけで
バランスが難しいところですね。

私は、アメリカでAAが気になったことは幸いほとんどないです。

axe

アファーマティブ・アクションについてよく把握してないので是非お願いします。
日本でも女性教員優遇というのが確かにありますが、ご存知の通り人事そのものがグダグダなので、性別以前の問題です。

アメリカではテニュアを取得する為の実績が少なくていいとかになってるんでしょうか?これなら流石に反対ですが、能力と差別をどのように折衷しているかに興味があります。

AA

>アメリカではテニュアを取得する為の実績が
>少なくていいとかになってるんでしょうか?

これは流石にないんじゃないですかね。こんな記事がありました。

http://www.boston.com/bostonglobe/editorial_opinion/oped/articles/2010/02/28/tenure_decisions_cant_remedy_racial_imbalance/

一番大きな逆差別があるのは学部のadmissionで、
Black, Hispanic, Native Americanなどには相当な上乗せがあるようです。
男女に関しては学部入学者では既に女性の比率が5割を超えているので
AAをどう考えるか、というのは議論が分かれるところのようです。
歴史的にAAのメリットを受けてきたのは裕福な家庭で教育を受けた
白人女性でしたが、今は人種間の差が重視されている感じがします。

大学の採用活動に関しては、マイノリティをshort-list
(実際に現地に呼んで選考する候補者)に入れることには注意が払われていますが
実際に採用する時はそれなりに公正に判断されている気もします。
(第一段階で有利なので確率的には有利になると思いますが)。

ここはやはり

毒之助さんに一票。
>比較優位な視点で女性を別の分野で増やすのはマクロで見れば賢いですけど、それでは理数系で連れ立って飲みにいくときに周りはのび太ばかりという悲しい現実が変わらないわけですよね。

Willyさんがそのステキなご尊顔で有名教授となり、「理数系はのび太ばかりではない」ことを身をもって示し、
女子学生を引きつけるしかないと思います。
研究頑張ってください!

No title

>「理数系はのび太ばかりではない」ことを身をもって示し、
> 女子学生を引きつけるしかないと思います。

実際、私が数学科の学生だった頃、
「女性をいきなり増やすのは難しいからまずはナイスガイを増やそう」
という話は出ていました(笑)。

No title

私の考えでは日本では大学全体で男子大学生の方が結構多いのだからいま女子を理学、工学にいれたらかなりいい。極端な偏重を変えられるでしょう。
逆差別には非常に気をつけないといけないけどAAには賛成です。
しかしアメリカは大学全体で男子大学生の方がかなり少ない。しかも人文系はかなり男子学生が少ないと聞いたが
アメリカは何か男子大学生を増やすように努力したり、AAを使ってるのですか?
何も成果が出てないんだが、そこんとこどうなの。
アメリカは男子教育にやる気があるの?

私は理科系でもなんでもない日本の大学の哲学科のしがない学生なんですけど

No title

あけびさん:

アメリカの大学は確かに女子学生の方が多いですが、それほど大きな違いはありません。
総合大学の女子学生比率は5~6割です。AAについても、現状で行われているのは、大学教官など女性比率が依然として低いところが中心で、男性が逆差別されるというところまでは行っていない感じです。

一般的に行って、基礎的な内容を日頃コツコツやることが求められ、勝負強さが求められない米国の教育は、女性に比較的有利だという面もあると思います。



No title

要するにフェミはキモいってことかな。
プロフィール

Willy

Author:Willy
日本の某大数学科で修士課程修了。
金融機関勤務を経て、米国の統計学科博士課程に留学。
2009年、某州立大数学科専任講師。2010年、助教。2016年、准教授。

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1.ルベーグ積分30講
―― 統計学を学ぶために。
   小説のように読める本。
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2.Matematical Statistics and Data Analysis
―― WS大指定教科書。
   応用も充実。学部上級。

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