スポンサーサイト -- このエントリーを含むはてなブックマーク

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


入学試験は全人格的であるべきか? -- このエントリーを含むはてなブックマーク

今週は娘が一週間のサッカー教室に行っているのだが、
小柄なので、グループの中では一番背が低い。
4歳児と5歳児のクラスなので、4歳の娘は年齢も比較的低いのだが
なかには5歳とは思えないほど大きい子も結構いる。
…と思っていたのだが、どうやら同じ年齢でない子もいるらしい。
他の参加者の母親と話をしたところ彼女の娘は6歳だという。
その子は4月生まれで
12月1日で生徒の学年を区切るミシガンでは真ん中あたりだが、
クラスの中で大きいほうが良いからとわざわざ1年ダブらせたらしい。
もちろん、子供にとってどちらが良いかはケース・バイ・ケースだが
日本なら、親は競って上の学年に入れようとするのではないだろうか。
そのあたりに、考え方の違いがあるように思える。

アメリカの教育では、リーダーシップが重視される。
それは、親が子供に望むことの国際比較調査を見てもそうだし、
アイビーリーグなどの大学入試では、成績やテストの結果だけでなく
リーダーシップ、社会貢献、課外活動などを含めて全人格的に評価される。
リーダーシップは、他の子よりも大きい方が発揮しやすいだろう。

一方、日本の教育では能力の開発が重視される。
だからこそ早期教育でいろいろ教えようとするのだ。
そして一流大学の入試は、今でもほとんど学力検査のみで決まっている。
公立高校の入試などでは内申書や課外活動を多面的に判断するので
アメリカの大学入試に近いところもあるが、
大学入試を頂点とした日本の教育システムで中心的な存在とはいえない。

それでは、入学試験はアメリカのように全人格的に判断すべきだろうか?

それとも日本のように学力だけで判断すべきだろうか?
結論から言えば、私は学力のみで判断すべきだと思う。

理由は単純で、その方が教育効果が高いと思えるからだ。
高校も大学も勉強をする場であり各授業は能力に応じて行われるべきで、
その能力レベルが均一な方が教育効果は高い。
自然科学、語学、コンピューターなどの科目では特にそうだろう。

全人格を判断する入学試験を行う社会的意義は非常に曖昧に思える。
もちろん、社会で生きていく上では学力だけでなく
全人格的な能力が大切なことは言うまでもない。
しかし、全人格的に選抜を行うことは極端に言えば、
生徒を、生徒会長タイプばかりを集めた学校と、
てんでまとまりの無い学校に分けることだ。
私はそこに社会的なメリットを感じない。

学力のみによる選抜は一見厳しいように見えるが、
それに成功した人は単に特定の分野の知能が高いに過ぎないし、
逆に失敗した人はその特定の知能についてレッテルを貼られるだけだ
(ただし、かつての日本ではそうではなかった)。
一方、全人格的に選抜試験をおこなえば、
それに失敗した人は全人格を否定されることになる。
社会で生きていくための方法は一通りではなく
必要な能力が職業や職種によって多種多様である事を考えると、
全人格的なスクリーニングをすることのメリットはよく理解できない。

もちろん、アメリカの私立大学が
全人格的な選抜を行う動機はよく理解できる。

社会に影響のある人物を排出することで、
その大学の評判を上げ、社会的な影響力を増大させることができるからだ。
このビジネスは長期に亘って非常にうまくいっているが、
それが社会的に望ましいかどうかはまた別の問題であろう。
スポンサーサイト


テーマ : 教育問題について考える
ジャンル : 学校・教育

コメントの投稿

非公開コメント

No title

はじめまして。内容におおむね同意です。私の理解では(間違っていたらすみません)、特にランキング上位4年制大学の場合を想定していますが、現行の大学入試の過程で高校4年間の成績(内申書)と学力テスト(ACTやSAT)の結果、エッセイ等が合否を決めますが、高校生に対して4年間を通して素行、成績もよく、社会貢献やリーダーシップ、スポーツや音楽芸術も、、、と期待するのは行過ぎかと思います。 またカリフォルニアの場合は財源難から公立学校の義務教育の質は日本と比較にならないほど低い学校が多いので、保護者の経済的、時間的犠牲というしわ寄せの原因になります。現行のシステムを全否定するわけではなく、それに加えてテスト一発受験の枠が一般化されれば、まだまだ発育途中の高校生と保護者へのプレッシャーは軽減されるのではと思います。

No title

>財源難から公立学校の義務教育の質は日本と比較にならないほど低い

連邦政府は巨額の景気対策を打っているのに、本当に必要な所にお金が回っていないというのは現在のアメリカの州制度の問題点だと思います。特にお金のかかる芸術系の科目などですね。

もっとも、テスト一発で決めるのが望ましいとしても、私立に強制するわけにはいかないでしょうから、どうやってやればいいのかは正直良く分からないです。

No title

>一方、全人格的に選抜試験をおこなえば、
>それに失敗した人は全人格を否定されることになる。

ここの論理展開の正当性に疑問を感じるのですが、これは正しいのですか?
他の部分はそういうものなのかーと勉強になりました。

No title

前回の返答ありがとうございました。

アメリカの入試制度については全然知りませんので先入観ですが、
そもそもアメリカ式は"全人格を問う試験"なのかがちょっと疑問です。
Willyさんにしては珍しい考察をしている感がありました。

ですが、だからといって日本式の学力試験が望ましいかと言えば、これは賛否両論
あると思いますね。僕は散々日本式で苦労した立場上、反対派ですが。
だって、そもそも日本の試験は"学力"を問う試験ではなくて、単に"記憶力"を問うだけの
試験ですので、実社会では全く役に立ちませんし。それならば、いっそ、
アメリカ式のリーダーシップを問う試験?の方が実際の社会で
役に立つと思います。

あと、このエントリーって一種の"釣り"かと思いましたが、僕の勘違いですね。

No title

Lockさん:

確かに日本の試験は必要な能力を問うというより、努力の成果や処理速度を見ることで機会の平等を保障するという面も強い。国家公務員試験などはその類でしょう。

>単に"記憶力"を問うだけ

私はいわゆる付属校で教育を受けたので、文系の大学入試を経験した方などとは見解が異なるのかもしれませんが、入試向けに暗記したという記憶はあんまりないんですよ。語学は暗記もありますが最終的には読解力ですよね。自然科学はアイデアを掴むのが大事ですし、数学は構成力でしょう。

なお、このエントリーはいわゆる「釣り」ではありません。

No title

>あと、このエントリーって一種の"釣り"かと思いましたが、
失礼な言葉を使用してどうもすみません。

一応、僕も理系の大学受験を経験したタイプですが、"記憶力を問うだけ"の部分は
今でもそう思っています。さらに、現状の試験では理系科目も"記憶力"で十分
対応できる状況です。数学に関しても、確かに構成力は重要ですが、
"記憶力"でごり押しで攻略できてしまうことも可能です。しかし、今では何故か
数学における別解が使用できない現状では数学の学問で重要なひらめきや
思考力も育てることができません。
あと、日本の入試試験はやはり"学習環境"で大きく左右されますので、
Willyさんのように付属校で学習してこられた方はやはり有利になってしまいます。
(僕は公立校で学習してきましたので、色んな面でかなり不利でしたが)

まあ、これ以上述べますとエントリーと全く違う方向に進みますので控えます。
Willyさんの考察は凄い参考になりますが、"教育面"で日本と海外を較べるのはちょっと
無茶かなぁ、と思います。(国の目的によって変化しますので)

No title

大学入試の選抜方法と社会の構造とは切っても切れない関係にあって、どちらがいいとはいえないような気がします。アメリカ社会の問題も、日本社会の問題も、それぞれの大学入試が抱える問題を反映している部分が多分にあると感じます。

例えば、日本では、ものすごく優秀な「端末」が選抜され、育成されている訳と思いますが、その結果、big pictureを見据え、人材をどう配置して、社会全体(あるいは、特定の集団全体)をどういう風にもっていうか、と考えられる人が非常に少ない。その結果、みんな個人の目の前の競争ばかりで、気がついたら、一日に14時間も働かされていたりする(が、優秀な)個人が山のようにいる。そして、big pictureを持った人たち、 その人たちを見いだせるbigger pictureを持った人たち、さらにその人たちを統率できるeven bigger pictureを持った人たち、という階層になっていないので、いつまでも個人の能力は個人レベルでしか発揮できない、(つまり優秀でもなかなかそれをいかせない)という問題もあるかと思います。

一方アメリカでは、big pictureを持つ人が多いことはすばらしいですが、big pictureがある振りをするだけの役立たずも異常に多いし(要するに口からでまかせばっかり。「ふり」がうまい、だけでも選抜は通り抜けられるので)、また、個別のことに関して「物事を貫徹する」といった能力(きっちり計算するとか、きっちり情報を処理するとか)が(日本に比べ)軽視されているので、いざbig pictureのある人が何かをしようと思っても、それを遂行するための端末が非常に得難い。(小売店の店員や、カスタマーサービスの窓口がどうしようもなく使えない、というような所にも、それは見て取れます)。

社会としてどっちが良いか、というのは難しい話です。big pictureがあっても何もさせてもらえない国日本と、big pictureがあれば、遂行に苦労はするがやらせてもらえる国アメリカでは、後者の方が居心地がいい、というのが私の個人的な感想です。

No title

oriさん:

おっしゃるとおりですね。確かに日本は日本でリーダーがあまり育たないのは教育の弊害も大きいと思います。アメリカの下半分(あるいは8割?)のひどさとトップ1%の凄さは、日本と比べ物にならない気がします。

逆に

はじめまして、いつも楽しく読ませていただいています。
アメリカの西海岸のBayAreaでソフトウェアのエンジニアをしているものです。
これを読んで思ったのは、仕事では逆の採用をしているなと思いました。

日本でのソフトウェアエンジニアの採用の仕方
->ソフトウェアのエンジニアであってもあまりjob descriptionのことを書かなければ、面接でも技術的なことはほとんど聞かない。代わりに人の良さとか根性とか重要視する。歳はおろか写真まで履歴書に載せられ、挙句家庭の構成まで聞かれる。

アメリカでのソフトウェアエンジニアの採用の仕方
->job descriptionに詳しくスキルセットを載せる。面接ではほとんど技術的な質問のみを聞く。歳も写真も履歴書には載せない。家族構成どころか性別を聞くことすらアウト。

他の職業では正直知らないのですが、私は日本の大学を出て日本の会社で働いた後、アメリカの会社に転職したので、アメリカで転職活動をしたときは苦労したとともに目からウロコでした。
プロフィール

Willy

Author:Willy
日本の某大数学科で修士課程修了。
金融機関勤務を経て、米国の統計学科博士課程に留学。
2009年、某州立大数学科専任講師。2010年、助教。2016年、准教授。

検索フォーム
Twitter

Twitter < > Reload

お勧めの本
1.ルベーグ積分30講
―― 統計学を学ぶために。
   小説のように読める本。
   学部向け。


2.Matematical Statistics and Data Analysis
―― WS大指定教科書。
   応用も充実。学部上級。

全記事表示

全ての記事を表示する

最近のコメント
訪問者数 (UA)
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
海外情報
29位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
北アメリカ
5位
アクセスランキングを見る>>
人気記事Top10


(はてなブックマークより)

カテゴリー
最近のトラックバック
お勧めブログ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。