スポンサーサイト -- このエントリーを含むはてなブックマーク

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


日本の労働時間は何故長いか? -- このエントリーを含むはてなブックマーク

日本の労働環境を揶揄した「ニートの海外就職日記」が相変わらず面白い。
そこで、今日は米国ではレイバー・デーだし
日米両方で働いたことがある人間として
日本の労働時間がなぜ長いかということに関して
いくつか理由を考えてみよう。

1.スキルに対する考え方の違い

スタッフレベルの労働生産性に関して
日本の生産性が低い一番の理由は
スキルに対する考え方の違いであると思う。

日本企業では業務に必要なスキルは従業員が業務時間を使って習得する
傾向にあるが、米国企業では各社員のスキルを所与と仮定して
遂行能力のある人材に仕事を振る傾向にある。


例えば、比較的大きな企業で社長が売り上げの季節性や構造変化を
統計的に分析せよと部下に命じたとしよう。
伝統的な日本企業であれば、総務部の社員がちょっと本やネットで
統計のことを調べ、統計ソフトの使い方を何とか理解し
(分からなければExcelでも使って)分析して上司に結果を報告する。
大半の時間は、未知の事を調べたり試行錯誤のために費やされる。
社員にとっては良い経験になるだろうが、時間当たりの仕事の効率
という面では最善の方法とは言えないし、分析の質も確保できない。

一方、米国では、統計を重用する企業であれは統計部署を設置して、
あらゆる分析をそこに依頼するようになるし、統計屋がいない企業
であれば、外部に委託するというのが自然な経営判断となるだろう。
その結果、調整に関わるコストは日本より大きくなるし、
場合によっては委託先に多額の手数料を払うことになるが、
結果として所要時間が短縮されるので、労働生産性は向上する。

こうした考え方は、求人そのものにも色濃く反映さている。
日本では特に新卒採用に関しては潜在能力が重視されるが、
アメリカでは極めて実践的なスキルが重視される。
例えば1週間もあれば習得できるようなスキルが
採用の決め手になるようなことも珍しくない。
即ち、採用直後から高い労働生産性を求めているのだ。
ただし、これはアメリカの労働者の流動性が高いためであり、
日本の雇用制度の下で同じことをやっても最適とはならない。
逆に言えば、
スキルの習得を大学にアウトソースしているのがアメリカ
ということもできる。
(参考:「日本で資格は取るな」アメリカでは資格を取れ」)


2.社員と企業の利益の一致

伝統的な日本企業の正社員は、年功序列と将来の昇進によるインセンティブ
によって、社員と企業の長期的な利益がほぼ一致している。
したがって正社員というより「給料が安くて部下のいないプチ経営者」
と表現した方が適切である。
日本の就職面接で、理不尽なほど全人格や勤労意欲の高さを求められるのも
「正社員は従業員ではなく経営者だ」と考えれば説明がつくし、
正社員と派遣社員の軋轢や賃金格差も同様に説明がつく。

日本のこうした企業形態は
トップの統率力無しに社員が有機的に企業の利益を最大化する
という優れた面がある。

一方でこの仕組みの問題は、正社員が労働時間を抑えようという
インセンティブが働きにくいことだ。
長く働ければ、とりあえず
その分だけ生産する付加価値は増えるので、それが常態化する。
長期的には、この労働時間短縮のインセンティブの欠如が、
業務の非効率化を通じて労働生産性の低下を招く。


3.非効率業務の温存

日本では中小企業を除きの解雇が事実上困難なため、
非効率な部門や業務を大胆に削減することが出来ない。
そのため、非常に非効率な部門で限界的な生産の向上のために多くの
労働時間が浪費されることが多い。

日本では倒産寸前の企業でも社員は一生懸命働いていることが多い。
転職市場の厚みが十分にないのでこれは社員にとっては合理的だ。
ただ、そのベクトルは間違った方向を向いていて、
利益の出ない業務に拘って時間を浪費しているに過ぎない。
アメリカなら、潰れそうになった時点で社員が逃げ出して
業務が回らなくなるだろう。


上記の事を踏まえると、
労働生産性を上げるために日本に必要なことは、
専門性の重視と雇用の流動化だ。


大学の専攻が就職にも仕事にもそれほど影響しないという
日本のモデルは、欧米はおろか、中韓にも遅れを取っているように思える。
ベトナムからの留学生と話した時に、日本とベトナムの
大卒の雇い方が似ていると意気投合したことがある。
この点は、経営者の意識の問題でまだまだ改善できるだろう。

雇用流動化は高度な政治問題でもあるし、
製造業の品質改善では日本のモデルが上手く機能している面もある。
しかし、制度疲労はかなりのレベルに達している。
共産主義が崩壊したように、日本のシステムもいつか
大きな変革を迫られるだろう。
スポンサーサイト


テーマ : 人事・雇用制度
ジャンル : 就職・お仕事

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

[ライフハック]仕事の効率を上げるためには働く時間を短くする

・一人になり検証する時間を必ずとる。整理せず忙しさに埋没すると効率が落ちる。 ・時間管理は無駄な予定を入れないことにつきる。余計なこと自体を無くす。 ・別の人間に任せても問題ないものなら、どんどん責任と権限を委譲してやらせる。 ・仕事が人生のすべてのような

コメントの投稿

非公開コメント

No title

ご指摘の通り、雇用の問題と密接に関係していると思いますが、一番大きなのは「職務の明確化」だと思います。
欧米の企業というのは、採用にあたってjob descriptionできちんと職務を労使が確認します。そしてその通りに
職務を遂行することが労働者側の義務となります(できないとクビ)。
逆に言えば、労働者は各自の職務以外のことはやる必要がないため、隣の人が困っていてもそれは自分には
関係がないとなる。賃金の対価として契約した職務を提供しているというはっきりした意識がある。
当然、経営側も「現場で助け合って」ではなくて、問題のある職務を見直して人を入れ替えたり
新規採用したりということを行うから、インプットとアウトプットの調整がやりやすく、生産性は向上させやすい。(脱線しますが、こういう仕組みなのでMBA的な若い経営者が活躍できるともいえます。日本の場合は、京セラのおじいさんみたいな後光が差している人が来ると動くけどそうではないと動かないみたいな側面があるので、経営者の
若返りが難しい)

日本の場合、タイトルや大まかな仕事の内容だけが決まっているので、各人の仕事が明確化されていない。結果的に、「できる人」に仕事が集中して、「できない人」は生産性をただ落とすだけになってしまう。できる人の生産性がそれほど上がるわけではないので、トータルでは生産性が低くなってしまう。
おまけに、幹部職にならない限り、時間給の概念が崩れないので、「できない人」もだらだら仕事をやってできるだけ残業を付けた方が経済的合理性からは正しい判断となる。また、「できる人」からすると「できない人」が仕事が
少ないくせに早く帰るのは腹が立つため、みんなで縛りあって残業するとかいう慣習もある。「できる人」は期間利益ではなくて、ご指摘の通り、「出世」によるポジション向上を通じて労働の対価を受け取ることになっているため、
このようにある期間における(全体最適を追求する経済合理性に基づいていない)局所最適を各自が追求することで、ある期間においての生産性を下げるということになる。

職務を明確化すると、それをカバーできない人は当然もっと簡単な職務(=給与が低い)に移ってもらうか、辞めて
もらうということになりますが、どちらも労使協定というものがあって現状難しい。結果、上記のような「現場で助け合って」「できる人には出世してもらって」というあいまいな流れ(仕組みとは呼べない)が出来たのかもしれませんね。

この辺は(経済の問題は全てそうですけど)、単一民族であり個人主義が弱い日本という国の共同体意識が
変わってこないと根本的な解決は難しいかもしれません。
なにしろ、生産性が低いといいながら、アメリカ企業よりも優れた製品を作り、サービスも過剰なほどに提供する
わけですから。
そのしわ寄せは個人の収入と時間に来ているわけですが、それも日本の環境ではアメリカ人の同じ仕事を
している人と自分を比べることはないので、隣の人と自分を比べてそれほど不満に思う人が多いわけではない。

特効薬も無く、時間のかかる問題ではありますね。

No title

Nさん:

>単一民族であり個人主義が弱い日本という国の共同体意識

これがどのあたりで刷り込まれてるのかははっきりしませんね。
終身雇用によって会社に忠誠を誓うシステムが主要な役割を果たしていることは
分かるのですが、それだけでは説明できないように思います。
中学校の部活動とか義務教育あたりにも問題がありそうです。

No title

年齢による画一的な教育や部活動もそうですが、家庭の影響もあると思います。

私は大企業で働いた経験がありますが、何百人の同期が理不尽なことや矛盾したことを、
上司に反論もせずにいとも簡単に「そういうものだよ」と受け入れていくことに違和感を覚えていましたが、
ある時、私は商売人の家庭に育ち、同期のほとんどはサラリーマン家庭(教職員含む)で育っていることに
気づきました。(商売人家庭の友人は私と同じようなタイプでした)

小さい頃から父親が家で愚痴ったり、滅私奉公させられている姿を見ていれば、まあ会社とはそんなものだし
社会で生きていくとはそういうものだという感覚が身につくものなのでしょう。

勿論この辺は個人差があり、サラリーマン家庭でもそうでない人もいるし、逆もまた真なり。
ただ大きな傾向としてです。

No title

昔ののんびりしてた時代、昼間はお茶を飲みに行ったりして、システム部には(5~60人)私と部長と女の子一人ということがよくありました。

昔のシステムは開発がすむとメンテナンスなんてスカみたいなものでしたからね。

それで5時くらいからみんな仕事をして8時か9時くらいに帰るという。。。

数学をやりたくなって脱サラを決意して、何年かはお金をためるために勤めていましたが、家に帰って勉強したいので定時退社をやってると仲間はずれになりましたね。私はその方が好都合でしたが。

No title

Nさん:

サラリーマン家庭に生まれたかどうかは、結構大きそうです。私はサラリーマン家庭でしたが、そういう家の子供は「会社に入って働かなければ生きて行けない」「会社を辞めたら生きて行けない」と考えがちだと思います。

足立さん:
日本の企業って家族みたいなものですね。それで日曜日は、会社の運動会とか。

No title

ウチは典型的サラリーマン家庭だったと思いますが、父親は僕にとってはかなり反面教師だったような感じです。人間関係も仕事を通してばかりのようで、僕等子供とともに時間を過ごすわけでもなく。オヤジから人生についてなにか学んだことがあるかと問われればそれは、サラリーマンはつまらなさそうだという漠然としたイメージでしたかね。お陰で父親が既に自分を育てていた歳になっても学生みたいな生活が続いていますが(笑)。親子の間で対話のない家庭は最悪だと思います。

No title

毒之助さん:

私は、サラリーマンだった父親は稼ぎ頭として模範的だったと思いますが、そこから人生について何か学べるかと言ったらそうではありませんでした。その辺、また別のエントリーで書こうと思います。

プロフィール

Willy

Author:Willy
日本の某大数学科で修士課程修了。
金融機関勤務を経て、米国の統計学科博士課程に留学。
2009年、某州立大数学科専任講師。2010年、助教。2016年、准教授。

検索フォーム
Twitter

Twitter < > Reload

お勧めの本
1.ルベーグ積分30講
―― 統計学を学ぶために。
   小説のように読める本。
   学部向け。


2.Matematical Statistics and Data Analysis
―― WS大指定教科書。
   応用も充実。学部上級。

全記事表示

全ての記事を表示する

最近のコメント
訪問者数 (UA)
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
海外情報
30位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
北アメリカ
5位
アクセスランキングを見る>>
人気記事Top10


(はてなブックマークより)

カテゴリー
最近のトラックバック
お勧めブログ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。