fc2ブログ

企業はなぜTOEICに拘るのか? -- このエントリーを含むはてなブックマーク

読売オンラインによると、
武田薬品工業が2013年の新卒採用から
TOEIC 730点以上を義務付ける
らしい。

新卒採用、TOEICは730点以上…武田薬品

 製薬国内最大手の武田薬品工業が、2013年4月入社の新卒採用から、英語力を測る学力テスト「TOEIC」(990点満点)で730点以上の取得を義務づけることが22日、明らかになった。

 通訳業務や海外赴任を前提とする採用を除いて、国内大手企業が新卒採用でTOEICの基準点を設けるのは極めて珍しく、他の大手企業の採用活動にも影響を与えそうだ。

 730点以上は「通常会話は完全に理解できる」水準とされ、得点者は受験者の1割強にとどまっている。

 武田薬品は、海外事業や研究開発体制の強化のために、外国人研究者の採用や海外の新薬候補品を持っているベンチャー企業のM&A(企業の合併・買収)を積極化させている。採用条件に高い英語力を明示することで、海外事業や研究開発の強化に対応できる人材を獲得する狙いがある。
(2011年1月23日03時05分 読売新聞)


これを読んだ私の感想は
「素晴らしい」でも「ひどい」でもなく「なるほどな」である。

1.TOEIC730点のレベル感

730点をTOEFL(Paper-based)に
換算したスコアは550点とのことだ。
これは外国人が米国の良い大学の学部に入学するのに必要なレベルだ。
TOEFLスコアが600点前後の大学院留学生でさえ
英語で苦労するのだから、
仕事で使うのに十分な語学水準とは言えないが、
「英語を使う下地ができている」という水準だろう。

私はTOEICを受けた事はないが、
つい10年前まではほとんど英語ができなかったので
多分、新卒の就職活動中に受けたらこのスコアは取れなかったと思う。
対策なしにだれもが取れるスコアではなく、
インパクトはそれなりにありそうだ。



2.TOEICは超人気企業の足切りには便利

TOEIC730点が業務に真に必要かどうかはともかく
人気企業の新卒採用の足切りの基準としては
ある程度うまく機能する
ように思う。

学生は、新卒採用へ何通でも応募できるので
人気企業ではスクリーニングに頭を悩ますことになる。
大学名だけで切ったのでは、
4年前あるいは6年前の限られた能力しか判定できない。
人間性を見たいにしても全員を面接するのは無理だろう。

専門能力と英語力の相関はそれほど高くないので
2つの軸で切れば選抜の方法としては便利だ。
英語がある程度出来る学生なら
海外勤務を嫌がる可能性も低いし、
自分の能力開発にも意欲的な可能性が高い。


3.英語力の向上は人材の海外流出にはつながらない

日本の国際競争力の源泉は「研究開発能力の高い人材の低賃金労働」である、
(参考:日本のアドバンテージは低賃金であるという説
という観点からすると日本の優良企業が
従業員に英語学習を勧めるのは諸刃の剣だと私は思っていた。
しかし、どうやら実態は違うようだ。


武田やアステラスなどの製薬大手は
米国でも積極的に専門職を採用している。
W大M校時代の同級生の一人(中国人)は
武田薬品に就職したが初年度の年俸は推定で12万ドルだ。
武田の日本国内の賃金水準も高いとはいえ、
労働環境も含め、日本の博士と同じ待遇とは思えない。
日本人もその気さえあれば、
米国内の求人に直接応募することも可能なのだが
実際に社会現象とはなっていない。

英語力やビザの問題を別としても究極的には日本企業は、
「日本人は日本に留まることを好むから賃金は低くても大丈夫」
と考えているのではないかと思う。


4.TOEICには人材の国際化を避ける「効果」も

3の点に関連するが、
日本企業は基幹となる社員にある程度英語を習得して欲しい一方で
本当に国際的な人材になって辞めてしまっては困ると考えているのでないか。
武田はともかく、多くの日本企業には専門職に米・欧・シンガポールなどと
同水準の待遇を用意する準備ができていない。
そのために、英語の試験という「試練」を与えて
「試験だけでもこんなに大変なのに外国企業に転職なんてとんでもない」
というように上手い方向に誘導しているようにも思える。

日本企業が敢えてTOEFLではなくTOEICを採用するのも
その辺りに理由があるのだろう。

英語の試験としてはTOEFLは明らかに優れている。
リーディングやリスニングはより実践的で難度が高い上、
実用上重要なスピーキングとライティングがスコアの半分を占める。
しかしTOEFLは留学に使われる。
米国のMBAを取って外資に転職する人も、
修士や博士を取って米国で就職する人も
TOEFLの勉強から始めているのだ。
企業としては従業員がTOEFLを受けるのは望ましくない。

また、本当に業務で英語が必要ならもっと良いアプローチがあるだろう。
選考の一部を英語でやればTOEICスコアを課すよりよっぽど実用的だ。



新卒に一定のTOEICスコアを課す制度はそれなりに機能しそうだ。
しかし、企業が従業員にTOEICを課しているのは
まだ英語が本当に必要とはされていない証左であるように思う。
大多数の従業員に本当に英語が必要になった時には、
企業はより実践的に従業員の英語教育をせざるを得ないだろう。


(英語学習のためのベストセラー:個人的に一番効果があった参考書)
スポンサーサイト




テーマ : 英語・英会話学習
ジャンル : 学校・教育

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

TOEIC 900点のレベル

世間一般にはTOEIC900点以上とれば英語が出来ると言われています。 自分はまだ880点ですが、何回か試験を受ければおそらく900点を越えるでしょう。 しかし、自分が英語を出来るかと言えばNOです。いざ900...

コメントの投稿

非公開コメント

No title

> 英語力やビザの問題を別としても究極的には日本企業は、
> 「日本人は日本に留まることを好むから賃金は低くても大丈夫」
> と考えているのではないかと思う。
激しく同意です。

そして「日本人はたとえ海外で働いていても日本向けの仕事しかできない(もしくはそこでしか強みを発揮できない)ので、賃金は低くて長時間労働も当たり前」というのが、日系企業は横行していますよね。もっとも私もアメリカの日系企業でしばらく働いてひどい目にあった口なので、人のことは言えないのですが。

TOEICは私も受けたことないですし、そもそも日本と韓国ぐらいでしか指標にならないというのは有名な話ですが、これで少なくとも若い人が早い段階で英語の学習が盛んになって、海外に眼を向けるきっかけになってくれればうれしいと思います。

No title

匿名さん:

同意です。英語って、僕が若い頃は関心すら沸かない対象でした。数学はどんな言語でやっても同じですし、車の設計書を英語で書いたからアメリカで売れる、というわけでもないですからね。でも、後年、英語を勉強してから、やって良かったと思いました。今の社会は英語に対する関心が高まっているので、若い人には流れに逆らわずちょっと真剣にやってみることを勧めたいです。

TOEIC雑感。

全社員がTOEIC受験を強制される酔狂な会社に居ました。その会社では新入社員は3年以内に600点以上取ること、とシツコイ研修してましたけど、取れなかったからとクビにした、って話は聞いたことないし、管理職登用の条件として同じく600点以上が必須、と言われてましたけど同期の高卒は275点でも課長に上がっていたんで曖昧な運用でしたね。
やはり、「試験だけでもこんなに大変なのに外国企業に転職なんてとんでもない」と思わせることが目的だったんでしょうかね?何度考えてもTOEIC受験させてる意味が判りませんでしたよ。

No title

就職の関門としてあるレベルをクリアする必要があれば、学生時代の頭が柔らかいうちに、よく英語の勉強をするようになって良いんじゃないでしょうか。 それにしてもTOEIC730点取れる人が受験者の1割って結構衝撃的です。 

No title

野田一丁目さん:
そんな会社は結構多いんじゃないですかね。
運用が曖昧なのは良いことのような気がします。
兄は海外に飛ばされないようにTOEICでは自分で得点調整している
と言っていました。

NSさん:
確かに日本の多くの大学生は割と時間がありますから、
ある程度英語をやっとくというのは悪くない気がします。
母集団の性質が不明の中で上位10%が730点と
言われてもあんまり実感沸かないです。

No title

TOEICのスコアが730点以上あったとしても、仕事で使える英語力があるか・・・と、ちょっと疑問です。もちろん、基本的な英語力はあると思いますが、机上のスコアでしかないような気がします。

私は現在ABDで、TOEICもTOEFLもそれなりに高いスコアを取りましたが、アメリカで生活している中で「通常会話」に困ることがよくあります。
「通常会話」が分からない時ほど、くやしい時はないですね・・・。
「通常会話(アメリカン・ジョークを含んだ会話)」の返事に困るときもありますし。

恐らく傍から見れば私は英語が十分使えているのでしょうが、通常会話の範囲はかなり広いと思いますね。

No title

匿名さん:
"730点以上は「通常会話は完全に理解できる」水準" というのは流石に冗談の類かと思います。信じている人がいたら可哀想です。以前にこんなエントリーも書きました。

語学の壁 その1(一般論)
http://wofwof.blog60.fc2.com/blog-entry-136.html

No title

Sammy

Spread your wings and fly away
Fly away, far away
Spread your little wings and fly away
Fly away, far away
Pull yourself together
'Cos you know you should do better
That's because you're a free man

この曲のこのフレーズを聴くと、飛んで行ってしまいたいと思います。
最初から最後までこの曲を聴いて、実際に企業で働いてる方曰くこんな甘ったれていては駄目だなんて言いますけど、TOEIC730点より高得点狙って、(最終的にIELTSやTOEFLを視野に入れて)最低限度の英語出来るようにして他の国へ飛んでしまおうなんて思わないんですね汗
もっと広い視野を持つ人がたくさん増えて欲しいなと思います。

No title

Dehmelさん:

日本人は、海外に興味がある人と海外で通用する人があんまり被ってないんですよね。
他の国の事情はよく知らないんですが、ここまで被ってないのも珍しいのかも、
と思ったりもします。

No title

willyさん

>日本人は、海外に興味がある人と海外で通用する人があんまり被ってないんですよね。
他の国の事情はよく知らないんですが、ここまで被ってないのも珍しいのかも、
と思ったりもします。


 ワーホリとか語学留学に行く人ってどちらかというとサービスや財の提供者というより消費者だったりしますよね。今回のwillyさんの考えに全面的に同意します。本当に日本の経営サイドの奴隷囲い込み戦略はやばいですね。あるいは為政者の納税者取り込み戦略でしょうか?
 
 最近メディアが若者の内向き志向を頻繁に報道する気がしますけど、経団連のおじちゃんたちがマスコミに金払って煽ってるんじゃないかと疑ってしまいます。社内の教育コストをおさえてグローバル人材を採る新しい戦略みたいな・・・。

No title

ぺこぽんさん:

>経団連のおじちゃんたちがマスコミに
>金払って煽ってるんじゃないかと疑ってしまいます。

僕もそんなとこじゃないかと思います。近日中にエントリーします。

No title

はじめまして サッシーです。

 私は、現在フィリピンのセブ島でMBAの勉強をしながらベンチャー企業の立ち上げい関わっております。実は、6月よりMBAで統計学を履修するのですがどんな教科書(日本語)が良いか検索していてWillyさんのブログにたどり着きました。

実際ビジネスでは、基本的な統計理論がわかっていれば良いと思います。お薦めの本を紹介をお願いいたします。

私も、Willyさんのように英語でビジネスの授業を外国人生徒相手にできるようになることが目標です。多分、セブ大学でボランティアレベルで講義の機会をもらえるかもしれません。

ブログの記事楽しく拝見しました。機会費用の件などなかなか気がつかない点ですが、ビジネスマンはその点に敏感であるべきと再認識しました。

 サッシー

No title

サッシーさん:

統計の入門コースって、ビジネススクールでもバイオ系でも内容に大差ない気がします。レベル的には、東大出版の統計学入門でいいんじゃないでしょうか。ビジネスだと真面目な大学は、回帰分析とかベイズなんかを重点的にやるところもありそうですね。

ビジネススクールで教えるのは、数学科で教えるより高い英語力が要求されます。頑張って下さい。
プロフィール

Willy

Author:Willy
日本の某大数学科で修士課程修了。金融機関勤務を経て、米国の統計学科博士課程にてPhD取得。現在、米国の某州立大准教授。

検索フォーム
Twitter

Twitter < > Reload

お勧めの本
1.ルベーグ積分30講
―― 統計学を学ぶために。
   小説のように読める本。
   学部向け。


2.Matematical Statistics and Data Analysis
―― WS大指定教科書。
   応用も充実。学部上級。

全記事表示

全ての記事を表示する

最近のコメント
訪問者数 (UA)
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
海外情報
34位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
北アメリカ
4位
アクセスランキングを見る>>
人気記事Top10


(はてなブックマークより)

カテゴリー
最近のトラックバック
お勧めブログ