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小学校の英語教育は必要か? -- このエントリーを含むはてなブックマーク

今年の4月から小学校では5、6年生に週1時間程度の英語の授業が必修となる。
英語が国際語であるという点、低年齢の方が語学の習得が容易である点を考えれば、
日本人の英語力向上に望ましいことは論を待たない。
しかし、論点はもはやそんなところではないだろう。
具体的にカリキュラムや政策としての妥当性が問われる段階である。


1.コンセプトは悪くない

まず、小学校の英語教育の目的をおさらいしてみよう。
小学校英語の主な目的は以下のように要約される。

外国語を通じて、言語や文化について体験的に理解を深め、
積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度の育成を図り、
外国語の音声や基本的な表現に慣れ親しませながら、
コミュニケーション能力の素地を養う。
『新小学校学習指導要領』(平成20年3月公示)



体験を通して外国語の概念的な理解やモチベーション
の向上を図ろうということである。
つまり、小学校英語は中学英語の前倒しではなく、
啓蒙的な側面が強いということだ。
これは時間的な制約や効果を考慮すると
良い方向性であるように思う。

2.もっと早くはじめるべき

外国語学習の臨界期は9歳前後と言われており、
それ以降では習得能力が著しく落ちると言われている。
小学校5年生からでは、現在より相対的には良いものの
わずかな効果しか見込めない。
そもそも啓蒙が目的であるのなら、
もっと早い2~3年生くらいの時期に授業を組むべきだろう。

3.ネイティブスピーカーにこだわるべき

コミュニケーションや音声、文化の理解を深めるのなら、
外国人教員に教えさせることが必須だ。
小学校に英語教員がいないということは裏を返せば、
中学・高校と異なり、
英語教員が英語を話せないことがばれて恥をかいたり
不適格英語教員の雇用問題に発展することもない、
ということだ。

担任に英語を教えさせるという方針は、
竹槍でB29を落とすようなものだ。
彼らにそんなアドバンテージがない事は明らかだし、
多大な時間を準備に当てる必要も出てくるだろう。
その分、他の教科や課外活動に充てられる労力は
低下せざるを得ない。
小学校教員の多くは志の高い人たちだと思うが、
何でもできるスーパーマンではない。
人を雇用する立場にある者なら、
労働者に不得意な事をさせている余裕などない
ということは分かるだろう。
従来の業務に加え、英語も教えなくてはならなくなった
教員の方々には同情の念を禁じえない。

わざわざ毎週の1時間を潰して、
英語の素人に授業をさせるのは、
教員の側にも生徒の側にも不幸だ。
時間数を減らしてでも、時間当たりの質の高い教育を
全ての当事者にメリットがある形で提供すべきだ。

4.義務教育としての妥当性

義務教育は、国民全員に必要な知識を教え、
平等な機会を与えることを目的とすべきだ。
「読み、書き、そろばん」という言葉に代表されるように
そこには最低限必要なものを凝縮させることが大事だ。

実用レベルの英語教育は今後の日本人に
「最低限必要な知識」と言えるだろうか?

残念ながら、私はそうは思わない。
例えば、中・高等教育が全て英語で行われていた香港ですら、
大学に行かない多くの庶民は実際には英語を話せないのだ。
母国語と全く異なる言語を自由に操る能力は
「より多くの」日本人にとって「必要」となり、
「全ての」日本人にとって「望ましい」ものになりうるが、
今後国際化が進んでも、
仮に日本の経済的・文明的優位が相当程度失われても、
そうした能力は将来にわたって
「知識のナショナル・ミニマム」とはならないだろう。


5.日本人の英語力を向上させるには

仮に、外国人教員を使って小学校2~3年生という
早い時期に質の高い英語の啓蒙教育を実施できたとしても、
実際の英語力の向上には当然ながら不十分だ。

英語が使える人材を増やすには
義務教育を超えたところで対応する必要がある。

学校で啓蒙教育をした上で、
意欲的な生徒や教育熱心な親が
追加的な経済的・時間的負担をして
英語の授業を受けられるようにするのが現実的だ。
コストを抑えるために、
学校は放課後の校舎を提供したり、
受講生と教員・英語学校の仲介をしたりすることができる。
本当に貧しい家庭には政府が補助金を導入しても良い。

医療と同じで、国益となる英語教育を
一律・無料で十分に提供することは困難だ。
そうした現実を踏まえて、
学校は他の教育機関との連携を進めるべきである。

連携といえば、学校と塾の連携は全く進まないが、
英語に関しては、塾と学校の対立と二つの点で異なる。

第一に、進学塾と学校が対立するのは、
教えている教科が重複しているからである。
小学校の英語教育に関しては、
少なくともそうした問題は起こらない。
中学ではクラスのレベル分けを
する必要には迫られるだろうが、
学校では先生が得意な文法や読解を中心に教え、
課外ではコミュニケーションに重点を置く
という方法で住み分けは可能だろう。

第二に、実用レベルの英語教育にかかるリソースは
小学校のキャパシティーを超えている。
音楽の授業を想定すれば分かり易い。
小学校にも音楽の授業はあり役に立っているが、
大人になって人前で使えるレベルまで楽器を使い
こなせるようにはならない。
そうした希望を持つ子供や親は、
お金と時間をかけて音楽教室に通っている。
それに文句を言っている人はいないし、
それが原因で小学校の音楽の授業が
崩壊しているわけでもない。


人々は教育に関しては幻想を持っており、
政治的な思惑も絡んで理想論に傾きがちだ。
しかし、地方財政の厳しい状況と
教育がそれに占める割合の大きさを考えれば
より現実的、効率的に教育改革を進めなければならない。
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テーマ : 英語・英会話学習
ジャンル : 学校・教育

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No title

担任に英語を教えさせるという方針は、
竹槍でB29を落とすようなものだ。

Willyさんの相変わらずの鋭さには、ただ苦笑い。。
個人的には、今はEラーニングの良いリソースがたくさんあるので(子供の小学校でも結構使ってる)是非活用したらよいと思いますが、そういう情報が中々文部省や教育委員会までたどりつかないのですね~。 

影響力のある人たちを動かして、色んなことをよくしていく方法を考えたいものです。

No title

NSさん:

英会話なんかはインターネットによって価格破壊が起こりましたね。

教員全体のレベルを底上げしようとするのはコストがかかりすぎますし、
実現可能なのかどうかも疑問です。汎用性のある教材を作って、それを基に
カリキュラムを考えていくということは大事ですね。
ただネット上には無料のリソースもたくさんありますが、
大規模かつ組織的に無料のものを使うのはいろいろと難しい点があると思います。
そのあたりにビジネスチャンスがあるとも言えそうです。
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Willy

Author:Willy
日本の某大数学科で修士課程修了。金融機関勤務を経て、米国の統計学科博士課程にてPhD取得。現在、米国の某州立大准教授。

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