マイノリティ優遇は空気の読み方が肝 -- このエントリーを含むはてなブックマーク

九州大の数学科が後期日程の定員9人のうち5人の「女性枠」を作る
と発表した後で、「公平ではない」などと批判を受けて、
中止に追い込まれた。
(報道記事はこちら

数学のように日本では極端に男子の多い分野で、
ある程度女子を優遇するというのは間違った方向ではない。

極端に女性が少ないと、それを理由に躊躇する女性もいるだろう。
また男子学生にとっても、ある程度男女比が妥当な水準に落ち着いた方が
学生間のコミュニケーションも活発になり、
勉強や研究をする上でも良い影響を受ける可能性が高い。
卒業後の進路に関しても、大学ではアファーマティブ・アクションに
よって女性研究者に対する需要が相対的に高いので、
女性を増やすのは合理的な選択だ。

それでは、なぜ取りやめなければならないほど
強い批判を浴びてしまったのだろうか?
それは、やはりアプローチが稚拙であったということだ。
マイノリティ優遇のようなセンシティブな問題では、
大義名分を振りかざした上で詳細は非公表
という空気の読み方が肝ということだろう。


例えば、米国には黒人差別の歴史があるし
黒人は大学入試で優遇されているが、だからといって
「プリンストン大学では来年度から白人600名、
アジア系、黒人、その他の3人種を100名ずつとります」
というようなことにはならないし、それは職員の採用でも同様だ。
あるいは、レガシー枠、つまりコネ入学だってあるわけだが
「コネ入学枠は100人です。」
というようなことにもならない。

以前、独立記念日に米国人のパーティーに呼ばれた事があるのだが、
親類以外に招待されたのは3家族で、
きれいに黒人、ヒスパニック、アジア人が一家族ずつ呼ばれていた。
ああそういうことか、と思ったが、招待してくれた友人は
差し障りないような状況でも絶対に人種の話を出さないのだ。
例えば、後日その友人とパーティに来ていた人の話をした際に、
私がパーティー参加者名前と顔を一致させることができなくても、
その友人はなんとか人種を使わずに説明しようとするのだ。
「ヒスパニックの家族の奥さんよ」と言えば
一瞬で分かるのにもかかわらずだ。

米国では何かの選考にあたっては、
「人種、宗教、性別などいかなる出自に関する差別も行いません。
また、多様性を重視しマイノリティーを優遇します。」

という大義名分だけ表に出して、
詳細な基準は内内に決めてしまう。
出自に関する差別をしなかったら、
マイノリティーを優遇することは不可能なわけで
この2文は真っ向から矛盾しているのだが
具体的にどうするのかははっきりしないので
文句を言われることも少ない。

九州大の入試にしても、
「後期試験では、多様な人材を確保するため、
試験の得点を含めて人物を総合的に評価します。」

とでもしておけば良かったのではないか。
高々9人の合格者を決めるのに、
「得点順で合否を決定。ただし女性を5人以上」
というような機械的なアルゴリズムが必要だとはとても思えない。

しかし、もし世論がそうした不透明性さえ許さないとすれば、
日本はアカウンタビリティに対するコストが高すぎる社会
になってしまったということだろう。

スポンサーサイト


テーマ : 政治・経済・社会問題なんでも
ジャンル : 政治・経済

コメントの投稿

非公開コメント

No title

アファーマティブアクション、アメリカは差別もすごくあからさまだったから大義名分も受け入れざるを得ないと思う人が多いのかもしれません。日本の差別は見えにくくなっていて、もっと陰湿なものが多いですから。

このケースは大学院の時点か学部の時点でのことか分からないですが、日本の場合はその前の文理分けあたりからどうにかしないと現状は変わらないように思います。

No title

毒之助さん:

日本の問題は、女の子が社会的に抑圧されていることでしょうね。
世の中の仕組みが分かり始める15歳くらいから、
能力の伸び悩むケースが多い気がします。
分野選択のみならず、進学率の男女差にもその結果は顕著に現れています。
やはり鍵を握っているのはJKです。

No title

そういえば思い出しましたが、アメリカでも数学系はアファーマティブアクションが無いみたいです。顔見知りの内々の話なんで大義名分は入ってないでしょうし、実際学生を見てもそういったものが働いてるとは思えません。女性は数人程度しかいませんし、業績もきっちりあげてますから、仮に優遇されて入学したにしても不公平感はありません。

そう明言したのはMIT、スタンフォード、ミシガン、シカゴ、NY、あとNY大にあるクーラン研究所もそうでした。

日本の教員公募にしても数学科では九大と後は千葉大とか横国あたりが女性限定の公募を出してましたが、応募者はいたのに採用してなかったはずです。

何というか世界的に適当かつ硬派な浮いてる学科なので常識は通らないですね。良いか悪いかは別ですけども・・・

No title

axeさん:

そうなんですか。それは知りませんでした。なんとなく数学科はあまり気にしていないな、という気はしていて、確かに数学科で無理してマイノリティの教員を取るよりも人文系でとった方が大学全体としては最適なんだろうな、とは思っていましたが。統計学科(教員採用)ではAAが全くないとは思いません。実際の採用は別ですが、マイノリティーを優先的に面接に呼ぶことは行われていると思います。

大学院のアドミッションでAAを行っているのかどうかは、(数学科に限らず)よく分かりません。学部入試や教員公募では公にされているのに何でなのでしょうね。

No title

>大学院のアドミッションでAAを行っているのかどうかは、(数学科に限らず)よく分かりません。

数学系ではないですがサイエンスで特に実験系分野ではアイビーレベルでもある程度行われていると思います。メンターしていた学部生の行き先とGREの結果とかを見ると行われていると見るのが自然だな、というケースが結構ありますから(もちろん合否はGREだけではないけど)。数学でなさそう、あるいは必要ないのは、やはり特殊に難解な分野に生半可な学生は行かないというself selectionがまずあるのではないかと考えますがどうでしょう。

WillyさんのJKが将来の鍵を握るという見方には頷かざるをえません。僕は日本の女性が虐げられてきたとまでは思わないですが、日本は能力の高い女性をいまだにほとんど有効活用していないのは事実だし、生物的繁殖力と高齢出産にあるリスクを考えると、社会進出する前のJKにもっと聖職活動を頑張ってもらった方が少子化も無理なく改善されそうですね。後者はラディカルすぎますか(笑)。

No title

毒之助さん:

同意です。日本では女性は抑圧されていると思いますが、虐げられているとは思いません。
むしろ甘えの構造が存在しているのではないかと。JKに甘えてもらいたいエロオヤジが
多いことも、そうした傾向を助長している可能性があります。

No title

興味深く読ませていただきました。少し気になったのですが
アメリカにおいて、人種でのアファーマティブアクションではなく
「男女」でのアファーマティブアクションの事例ってどんなものがありますでしょうか?

なにか議員定数や会社役員数、あるいは職員、といったもので
一定数以上女性でなければならない、みたいなルールってご存知でしたら教えていただけると幸いです。

アメリカにはいった事がないのですが、アメリカ人女性はそもそも自立心旺盛というか、
「下駄を履かせる」みたいな援助に依存しないような印象があります。

No title

mil9さん:

例えば大学の教員採用では、一般的には女性の方が優遇されています。
また上で毒之助さんが述べているように大学院のアドミッションでも
男女で差があるケースもあるようです。
一般企業では、そうした例はあまり多くないと思いますが。

記事の趣旨にありますように明示的な基準を設けることは稀ですし、
例えばミシガン州では大学のアドミッションにポイント制による
明示的なアドバンテージを与えることを禁止してます。

No title

おっしゃること、ほぼ同感です。あと、「総合評価」枠で入った人を、学力、進路などの面でうまくフォローして、「あの枠で入った人は、どうも成績がよくない」という評価が定着しないような工夫も必要かと思います。

No title

高校は入試を受けてはいるのにも関わらず、男女は綺麗に半分ずつになっていたのに何を言っているんだろうといった感じがするんですが。。。

理系の自分としては女性が増えるのは大歓迎です。そういえば、就職のために東◯の研究所に見学に行ったときに所長さんが「女性研究者がほしいけどなかなか来てくれなくて困ってる。どうしよう。。。」となんども言っていたのを思い出しました。

No title

FFさん:
ごもっともです。試験で測れる能力は限られていますし、うまい人選とフォローをすれば
入学後のパフォーマンスを問題ないレベルにする事は多くのケースで可能だと思います。

Ryoさん:
環境面を整えるために、最初はマイノリティを故意的に増やすということはあり得る対策
だと思います。一方で、急激にやろうとすれば適当な人がいないのに無理やり採るという
ことになってしまうので、進め方が難しいところです。

No title

語学(英語)の試験の得点が重視される某大学(の語学系学部)では「普通に合格させると女子大になってしまう」ため、男女別の合格点にしてあるとの噂(都市伝説?)を大学受験生のころ耳にしたことがあります。アドミッションポリシーは好きに決めてもらっていいように思いますが…。

No title

こ@元ロンドンさん:

>アドミッションポリシーは好きに決めてもらっていいように思いますが…。

そう思います。国から補助金をもらっている以上自分の大学の利益だけでなく
社会の利益を考える必要はあると思いますが、アドミッションでマイノリティを
緩やかに優遇するくらいは許されていいと思います。

No title

これが、九州大学のような国立大学ではなく、早慶のような私立ならアマリ批判されなかったかもしれません・・・ね。日本の空気としては私立は私だから好きにやっていいけど、公立はあくまでも公平性を求めるって感じではないでしょうか?(実際は、私立学校にも税金が投入されているけど、多くの人はソレを知らないですし)
プロフィール

Willy

Author:Willy
日本の某大数学科で修士課程修了。金融機関勤務を経て、米国の統計学科博士課程にてPhD取得。現在、米国の某州立大准教授。

検索フォーム
Twitter

Twitter < > Reload

お勧めの本
1.ルベーグ積分30講
―― 統計学を学ぶために。
   小説のように読める本。
   学部向け。


2.Matematical Statistics and Data Analysis
―― WS大指定教科書。
   応用も充実。学部上級。

全記事表示

全ての記事を表示する

最近のコメント
訪問者数 (UA)
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
海外情報
26位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
北アメリカ
4位
アクセスランキングを見る>>
人気記事Top10


(はてなブックマークより)

カテゴリー
最近のトラックバック
お勧めブログ