ロスト・ジェネレーションが失ったもの -- このエントリーを含むはてなブックマーク

Chikirinさんが「この国で恵まれてるとロクなことにならない」にて、
またwasting time?さんが「バブル世代はそんなにうらやましいんだろうか?」にて
相次いで日本の労働問題についてタイトル通りのエントリーをした。
いずれも今を生きなければならない個人が持つべき視点としては賛同できるが
社会で起こっている平均的事実としては賛同できない
と思い、この記事を書くことにした。

僕が労働問題に関心を持っているのは理由の一つは、
日本社会がロスト・ジェネレーションを作ったことに対する怒りである。

アメリカに留学した2004年まで毎年、
僕は年末に地元の小学校の同窓生に声をかけて
元旦に飲み会をやっていた。
元旦に飲み会とは大胆、と思われるかもしれないが、
普段忙しい人や遠隔地にいる人も帰省するので
結構人が集まりやすいのである。

一番仲の良いグループは自分を含めて6人いた。
公立小学校の同窓生とはいえ、
仲の良い友人はそれなりに知的な人たちだった。
小学生の時には既に公文で高校数学をやっていて
本を読むのも異常に速かったT君、
同じく本を読むのが好きで異常に歴史に詳しい一方
大学でも体育会にも入っていたH君、
教育熱心な家庭で育ったK君などだ。

しかし、私が修士課程にいたとき、
学校を出て正社員として働いていたのは
昔から目立たないがしっかり者だったS君1人だけだった。
彼は地元の商業設備関係の企業に就職したのだが、
飲み会に来るといつも職場の愚痴を言って、
周りの人を少し困らせていた。

H君は何とか有名企業の子会社に就職したが
ブラック企業だったようで1年ほどで退職してしまった。
極度の寝不足で高速を運転しなければならない職場環境だったため、
居眠り運転で死にそうになり退職を決意したそうだ。
実際彼が働いていた頃、電話で話すと会話の途中で寝てしまった。
退職後は燃えつきて実家に戻ってフリーターをやっていた。

T君は「そこまで頑張って働く気がしない」と言って某有名大学を2回留年した後、
大学に籍を置きつつ実家に住んでフリーターのような生活をしていた。

K君は、美術系の専門学校に通ったがデッサンの単位がどうしても通らず
中退して、同じく実家で住みながらフリーターをしていた。

僕と、昔うんち好きの変態として知られたN君は、
修士課程に在学していた。

「僕らはこれまでの世代とはなんか違う」
という事にはもうその時に気づいていたし、
一部の学者は
「多くの若者が定職に就かない事で
将来的に人的資本の毀損が深刻になる」
といった内容の事を経済誌などで書いていた。
しかし多くの日本企業はそういった問題をほぼ完全放置したし、
政府も申し訳程度の対策しか行わなかった。


10年以上経った6人の状況は想定の範囲内だ。
H君はバイト先の本屋に就職し最近結婚したようだ、
T君もおそらく大学を卒業か中退してバイト先の企業に就職したようだ。
K君は5年前まではフリーターだった事が分かっているが、
その後は不明だ。
S君は結婚して地元にマンションを買った。
N君はメーカーの研究開発の仕事をしている。
子供も二人いるし最近家も買った。
僕は、留学してその後大学で働いている。

日本社会の変化の影響をあまり受けなかったのは、
S君、N君と僕の3人だけだろう。
H君は痛々しいほどに就職氷河期の被害者だ。
T君とK君は計画性が足りなかったかも知れないが、
「もしも就職環境がもっと良かったら」
「新卒じゃなくてもいい仕事に就ける社会だったら」
と思うと、やはり全て個人的問題として片付けるのは適切でないように思える。

ロスト・ジェネレーションの問題は、
社会だけでなく本人の問題を多く含んでいるし、
上手いこと影響を受けずに済んだ人も多い。
だから、自己責任として片付ける論陣を張る事は簡単だが、
僕には「自分の世代が平均的に他の世代と同じように幸せ」
だとはどうしても思えないのだ。

昨年、4年ぶりに帰国した私は、
N君と二人で何とか6人集めてみようと試みたが、
他の4人の両親を経由して伝言をお願いしたものの
結局もう連絡はつかなかった。
私が会った地元の友人はN君だけだ。

高校、大学、働いていた時の友人にもたくさん会ったが、
世間で言うところの勝ち組ばかりで、
間違ってもロスト・ジェネレーションなんて問題が話題にのぼることはない。
みな忙しいが、それなりに幸せそうな生活を送っている。
実のところ僕自身、「自分で考えて生きることができる時代」
に生まれた事を幸運だと思っている。
「週休1日で日曜日は会社の運動会に強制参加だった時代」
に働かなければならなかったとしたら、
本当にストレスだったと思う。
そう思っている同世代の人はそれなりにいるという実感もある。

それでも――繰り返しになるが――ロスト・ジェネレーションが平均的に、
他の時代に生まれた人と同じ様に幸せだとはどうしても思えない。
グローバル化や人口構造の歪みに伴う社会の構造変化など
理由は複雑で特定の主体を責めることはできないが、
問題を認識しながらほとんど対策を打たなかった日本社会に対して
僕はどうしても憤ってしまうのだ。

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テーマ : 政治・経済・社会問題なんでも
ジャンル : 政治・経済

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[社会]二代目ロストジェネレーションが失ったもの。望み。そして、僕らは何からはじめるべきか

Willyさんの記事『ロスト・ジェネレーションが失ったもの』や、 はてな匿名ダイアリーで話題になった記事『就職王が贈る、新入社員が覚えておくべき10の事柄』を読んで、いろんなことを考えた。 僕はツイッター先行で、こうして今ブログをやることになったのだけれど、ツ

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No title

同じロスジェネ世代として痛いほど同意。
ただ我々の世代だけが特別なのかというとそうとも言えない気も。
今の若い世代もかなり大変で、我々の頃より多少対策は取られているようですが
それも焼け石に水といった感じです。結局我々以下の世代は不景気の波に翻弄され、
硬直化した採用活動と劣悪な労働環境のなかでもがき苦しんでいる気がするのです。

No title

労働経験が少ない大卒なんかに職があまりないことはアメリカでもロスジェネといわれて度々ニュースになりますが、じゃあどうすればいいんだよ、という点になると良い解決策はほとんどないように思います。グローバル化がその世代にとって問題だというなら、先進国に産まれた子供は親が選んだ環境で豊かさを享受している仕事が必要になるまでは非常にラッキーな世代とも言えるわけですね。

ロスジェネ対策、日本社会は何をすべきだったとお考えですか。

僕は多くの方が指摘するように新卒至上、年功序列が元凶だと思います。だたこれもある意味日本社会の根幹をなす価値観なわけで、これを崩すには本当に大きな(外圧などの)力が必要で、人々が無力感にとらわれても仕方ないと思うわけです。

No title

masatomaさん:

同意です。今の若者は、我々の世代を見ているので、ああなっちゃいけない、という意識はあるのだろうと思います。就労環境自体は同じようなものでしょうね。

毒之助さん:

やはり、新卒至上主義、年功序列が一番の問題でしょう。一気に変えるのは難しいので、気の長い対策が必要でしょうね。

第一に、人的資本が失われないようにするには、当面の間、ある程度のダブルスタンダードは必要悪かと思います。例えば、企業が若者を雇いやすいように任期つきの雇用を認めるということです。いわゆる非正規雇用の割合が一定の水準を超えれば、世論的にも正社員の解雇はやりやすくなるでしょう。

第二に、公的部門の雇用は景気変動を減殺*する方向で行うべきです。日本では景気が悪いと、横並びで公務員なども削減という事になりますが、誰の得にもなっていません。

第三に、職業訓練に対する公的支援はもう少し厚くしても良いように思います。再就職にあたっても新卒主義は大きな壁ですが、柔軟な経済構造を作るために最終的にはここが重要だと思います。

No title

ロストジェネレーションが失ったのは職業経験を積む時間ではないでしょうか。
Willyさんが考える労働改革が行われたとしても、そのメリットを
得るのは、中小の正社員、新卒、留学生になると思います。
失った時間を取り戻すのはなかなか難しいと思います。

No title

Willy さん
私は、自分より10-20年上の、今では政界でも、経済会でも、中核になっている「イチゴ白書をもう一度」世代の「髪を切った人々」が信用出来ません。

No title

30代後半の自分としても非常に考えさせられるエントリですね。
突き詰めると先進国の豊かさの一部が発展国へ流出される中の時代の落とし子みたいな世代ですからね。

責める主体ってのが「時代」ってのは被害をうけた側からするとやるせないですね。
その上にこの世代は老後も保障が薄くなるでしょうし正に踏んだり蹴ったりってのが・・・。

No title

元SEさん:

失われた時間を取り戻すのは難しいですが、年齢による差別が
行われない方が状況はましになると思います。

YSJournalさん:

まあ、あの世代は全般的に考える力が足りないですからね。
一生懸命働いた点はとても立派なのですが。

マルマルさん:

グローバル化の影響が本当に大きいですね。
人口動態を見れば分かりますが、少子高齢化の方は
鋭い分析家は80年代後半にはもう問題に気づいていたはずです。
一方でバブルの崩壊過程と冷戦終結のタイミングがほぼ同一なのは
私には偶然とは思えません。

日本社会とはなんぞや

Willy さんが、怒ってたり、憤っていたりする日本社会をもう少し、具体的に言ってもらえませんか?

それぞれの個人やロスト・ジェネレーションも日本社会の一部だと思いますので、影響は小さいとしても、怒りが自分自身にも向かう事になると思います。(数学的には、日本社会自体が独立した変数ではないと考えられるいう事ですよね。(あたっているのかなー?))





No title

> Willy さんが、怒ってたり、憤っていたりする日本社会をもう少し、具体的に言ってもらえませんか?

日本社会が、構造調整に苦しんでいる時に70年以降に生まれた若者たちに
そのかなりの部分を負担させたこと、そして、依然として新卒後の数年間でつまずいて
しまうとその後は能力向上のチャンスが限られる社会であること、に対して
憤っているということです。

問題の規模が大きかったことや、日本社会の特殊性(言葉の壁)を考慮するとこれは
必然だったとも思いますが、必然だったから怒らないということではないと思うわけです。

自分自身に関して言えば、日本で働いていた頃、この組織は日本の中ではうまく回って
いるほうだと思いましたが、古すぎてダメだと思うところもたくさんありました。
30年くらいいればそういう所を変えるのに貢献できたかも知れない。
何にも役に立てずに辞めてしまったのは心残りですね。

「あの世代は全般的に考える力が足りないですからね。」というのは平均すれば
考える力が足りないと言っているのであって、考える力がある人が1人もいない、
という意味ではありません。また、考える力がつかなかったのは冷戦構造による
ところが大きいので、それも必然で仕方なかったと思います。

No title

どうなんでしょうね。私は氷河期よりさらに下の世代ですけど、「フリーター」という枠で「職業訓練の機会を与えられなかった可哀そうな人たち」として片付けるべきなのかどうか少し疑問です。「フリーター」でも働いてるわけだし税金も納めてるわけだし、何か「アメリカでアカポスをゲットした俺様」目線が透けて見えるように感じるのは私の僻みなんでしょうかね。

No title

dさん:

フリーター枠というのは応急処置としてはありかも知れませんが、なんだか違う気がしますね。
あくまで雇用を流動化していつでも能力に応じたチャンスが与えられるということが重要です。

アメリカのアカポスのジュニア・ポジションなんて、給料はまあまあですが安定感は非正規雇用と大差ありませんよ。そういう状況だから労働問題の記事を書く気になるんです。正直、日本で正社員をやってた時、こんな事考えなかったですから。

No title

タイの失業率は、先月で0.7%。
凄くいい国だと思うでしょ。
でも、一日の賃金が600円の国だからね。
退職金無し、社会保障は論外。
それで、ぼてふりの行商でも職があると見なされ、失業にはならない。
こんな国で会社の仕事をしているけど、フリーターになっても食える国は、良い国ですよ。
政治家が経済政策で無策だったのは、非難されるだろうけど、イギリスも同様でパンクブームになった70年代が、ロスジェネな感じ。
この後、サッチャーが出てきてイギリスも立ち直った。
けど、日本のほうは不感症な重症人間が多くて引きこもりで人生を楽しんじゃってる。
だから、立ち直るには、かなり時間が掛かると思う。

No title

ぐりぐりももんがさん:

若者はもっと海外へ、みたいな論調を目にしますが日本の経済水準や住み易さ、日本人の英語力なんかを考慮すると、例え日本の一人当たりGDPが米国の半分くらいになっても大して国外に出る人はいないだろうな、と思います。だから、政府も安心して高齢者を優遇する社会を作れるんじゃないかと思います。

No title

Willyさま

すみません。少々口が過ぎた書き方をしてしまいました。「なんだか違う気」がするというのはおっしゃる通りだと思います。私も学生時代日雇いで大卒フリーターと一緒に建設現場で汗を流してたので「どうしてこういう苦労を彼らがしなければならないのか」という問題意識は私も共有しているつもりです。
ただ、雇用が流動的であるはずのアメリカでも賃金格差の拡大が顕著で、「スキル」に対するプレミアムが高まる一方で「スキル」がない労働者(中位~下位)の賃金は凋落するばかりです。また、失業率も高止まりし、決してヨーロッパを笑えなくなっている状況でもあります。
日本の雇用問題はマクロ政策で一気に解決すべしという声も大きいですが、主流派経済学では受け入れられてはおらず、仮に「まともな職」の数が爆発的に増えないとすれば、たとえば介護職などの仕事にも誇りをもって就けるような社会意識のあり方というものがあるのではないかなと考えている次第です。本題とそれますのでこれくらいにします。

No title

dさん:

いえ、むしろ率直にコメント頂いた方がありがたいです。その方が、意味のある返答ができます。賃金格差の拡大は社会の変化による現象ですので、止められそうにありませんね。再分配で解決するしかないでしょうが、人材の国外流出問題を考えると選択肢は少なそうです。しかし確かに医療、介護、退職者用住宅などは国(厚労省)が産業の拡大を阻害するといういびつな構造ですので、改善の余地は大きそうです。

No title

久しぶりにブログにおじゃましました。この記事、すごく心に残りました。
社会の構造がすっかり変わってしまった日本で、まだみんなが昔のままの多くの前提にしがみついて制度設計をするのは、その社会構造を認めたくないという拒絶反応が働くからなのでしょうね。もっともっと日本の現状をしっかりとこの目で見なければ、と思いました。

No title

しゃんさん:

2011年時点の日本の問題として、社会構造が変わってしまったのに
教育・雇用制度がそれに対応できていないということがあります。しかし、
それはもうみんなが知っている。

10数年前は、その問題は既に存在していたのに、それを認識していた人
が少なかった。そこが、ロス・ジェネと今の若者の違いでしょう。

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No title

Willyさん、こんにちは。

「人口動態を見れば分かりますが、少子高齢化の方は鋭い分析家は80年代後半にはもう問題に気づいていたはずです。」とのコメント、とある人口関連の本(1969年初版、1976年新版)だと、出生減退が急激すぎるとの旨の記述があります。期間TFRの推移をみると、少子化対策はもっと早く打てたはずですよね…。人口推計を見るたび、将来に非常に不安を覚えます。

同時に、人生というものは、人口構造や経済成長といった、自分にはどうしようもないものにあまりにも左右されすぎるとも思っています。個人レベルでは、努力を続けるしかない気もしている一方で、失われた時間はなかなか取り戻せないので、非常にしんどいですね。いったん社会的なレールを外れると途端にとんでもなく苦しくなるのが日本なのかなと思っています。

No title

zさん

少子化対策がもっと早く打てたという事に同意です。確かに、出生率は晩婚化の進行中はオーバーシュートするので、後からグラフを見た印象よりも将来予測は難しいです。おそらく1970年段階では、出生率の低下速度を見て戦慄する人と、近い将来落ち着くという人が混在していたのでは、と想像します。しかし、日本の政策対応は遅過ぎますね。ちなみに、現在では晩婚化や出産年齢の上昇は落ち着いてきているので、出生率の予測はし易くなっています。今後10数年の間に1.45〜1.6程度で落ち着くのではないかと考えています。あとは移民の受け入れをどうするかですね。それに関してはまた書きたいです。

日本は今でも良い国だとは思いますが、環境が不安定で、将来予測が難しいですね。
プロフィール

Willy

Author:Willy
日本の某大数学科で修士課程修了。
金融機関勤務を経て、米国の統計学科博士課程に留学。
2009年、某州立大数学科専任講師。2010年、助教。2016年、准教授。

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