金持ち vs 国家の時代 -- このエントリーを含むはてなブックマーク

ギリシャでは債務削減のため
国際機関や債権者との交渉がいまなお続けられている。
仮にギリシャがデフォルトに陥った場合、
その形態によって金融市場に与える影響も大きいが、
富裕層にも大きなショックを与える事になるかもしれない。

過去にもデフォルトした国は多くあったが、
その多くは通貨を米ドルなどに固定し
資本移動に規制を加えていた発展途上国であり、
個人投資家の動きは概ねコントロールしやすいケースが多かった。

一方ギリシャは、資本移動が自由な先進国であるため、
債務危機発生以降、大規模は資本逃避が起こっている。
資産を国外に退避することに成功した富裕層は、
ギリシャ国債やギリシャ国内の銀行が破綻しても無傷であり、
通貨の切り下げが行われた場合には、
一国の経済が苦しむ中で、逆に現地通貨ベースでは
大きな富を手に入れることになる。

こうした状況では、富裕層に対し、
国民や国内外の債権者から大きな圧力がかかることになるだろう。
今年初めギリシャ政府はスイスと租税条約を変更して情報交換の強化を図っており、
スイスの銀行にあるギリシャ国民所有の銀行口座について
情報開示の交渉も進めているようだ。

デフォルトに伴ってギリシャ国内の銀行が債務不履行を宣言した場合、
ギリシャ政府が、国民の海外資産に対しても資産税を徴収する
ということは十分に考えられるシナリオだ。

これは、資産を保全したい資産家と押収したい国家が
激しく対立する時代の幕開けとなるかも知れない。

こうした海外資金の規制強化の流れはギリシャに限らず、
先進国に共通のものだ。

米国では、既に2003年から1万ドル以上の海外資産を持つ個人に対して
海外資産の開示を義務づけている。
この時期に作られたり、改正された法律は、
9.11の同時多発テロ後にテロ資金対策を建前にしたものが多い。
米財務省はこの情報を当初あまり真剣に扱ってこなかったようだが、
2011年分からは10万ドル以上の海外資産を持つ個人に対して、
確定申告(tax return)でも詳細な開示を求めるなど規制が強化された。

米国政府は、2009年にスイスの銀行が長年守って来た守秘義務を諦めさせ、
UBSに米国民名義の口座情報を開示させることに成功した。
同様に米国政府に追いつめられた Wegelin 銀行は、今年1月、
(顧客情報の開示を避けるため)プライベートバンク部門を
多国籍の銀行グループに売却すると発表した。


日本での9.11以降の動きは、もう少し穏やかなものであった。
強化された主なものは、海外送金の報告義務の強化と、
非居住者に対する相続・贈与税の強化などであった。
しかし2012年度からは、五千万円超の海外資産を持つ個人に
対して海外資産に対する報告義務が課される。
第一義的にはタックスヘイブンを通した脱税の取り締まりが目的だが、
債務危機対策という側面があるだろう。

対外純債権がGDPの56%(2009年)にも及ぶ日本では、
個人資産をなるべく細かく把握しておく事が
債務危機の防止には欠かせない。
日本政府にとっての望ましい危機対策は、
平時には企業や国民が海外資産を積み上げて危機に備えることであり(*1)、
危機発生時には海外送金を厳しく規制して資本流出を避けるとともに(*2)
国民の海外資産を把握して資産課税を可能にしておく、
ということだ。
ギリシャの例を見れば分かるように、
富裕層は、財政状況が悪くなり、法律が厳しくなるとともに、
より高度な資産逃避の方法を実践するようになり、
その過程で通貨安が徐々に進むだろう。

このように順を追って考えれば、
万一日本が債務危機に陥った時に
どのようなことが起こるかはおおむね想像できる。

政府債務の拡大は、対外純債務の問題を別とすれば貧富の格差の問題だ。
そして、不動産や株式市場のバブルと異なるのは、
この格差はバブルを崩壊させることによる解決ができないことだろう。
だから、私は90年代末に旧大蔵省が債務危機を煽ったときに、
本当の問題は「庶民 vs 金持ち」だと思っていた。
しかし、どうやら、一国の中で庶民と富裕層を対立させるのは、
リスクが大きすぎ、メリットが少なすぎるようだ。

かくして先進国は、静かだが激しい「金持ち vs 国家」
の争いの時代に突入した。


(*1) 債務危機の際には通貨安となるので、自国民の資産が
海外にある方が危機対策の点で本来望ましい。
(*2) 現行の外為法で既に可能である。


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テーマ : 政治・経済・時事問題
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No title

このエントリに直接関係は無いのですが、一昨日ぐらいにアメリカのダウ平均がリーマンショック前の水準に回復した。というニュースが流れました。このあたりについてはどうでしょうか。実感などありますか?

No title

axeさん:

アメリカの景気はかなり良くなっています。特にここ4ヶ月くらいの話です。
消費がかなり好調ですし、雇用も良くなって来ています。
不動産価格は全米ではまだ底ばいですが、賃貸市場は活況で、
住み替えが減った事から住宅リモデルがバブル的な状況です。
私の市は近年緊縮財政一辺倒でしたが、不動産価格の反転で、
来年から幼稚園を無料化するなど、前向きの政策が出てきました。

金融政策もかなり緩和的で、長期実質金利で見ると
日本よりも約1.5%金利が低い状態が続いています。
現在、長期債の利回りが約2%であるのに対し、大型株式の益利回りは約8%あり、
上がるべくして上がったのかな、という感じがしています。
国内的な懸念材料は比較的少なく、
欧州危機に感心が集まっているという雰囲気です。

ただ、デトロイト市は破綻目前でそれどころではありませんw

No title

お返事ありがとうございます。アメリカってのは大国なのに柔軟性が凄いですね。
国民が楽観的なのも良いところです。学術分野はどうでしょうか。

例えば不況の影響で留学生を採らなかったり経済支援のなくて困っている学生がいる~等のエントリを拝見しました。それも以前の状況に戻ってきているのでしょうか。

また不況になると学校に戻る方が多いようですが景気が良くなりつつあると中退して即ビジネス界に戻るというのはあるんでしょうか、入ったからにはとりあえず学位は取るのですかね。

また研究費などの動向はどういう感じなんでしょう。やはり科学技術系統のお金は政策が後回しというか、ワンテンポ遅れたりするのでしょうか。

好況⇒不況というのは私も体験しましたし、辛気臭いので知りたくもないのですが
不況⇒好況時の切り替えというのは凄く興味があります。

Willyさんは日米の対比についてのエントリも文化がどうではなくて、カチっと数字を挙げて議論されるので凄く勉強になります。質問攻めにして恐縮です。

No title

axeさん:

恐縮ながら、研究、教育関係の経済状況に関してあまり詳しいことまでは
知らないのですが、基本的に州政府・連邦政府の財政は引き続き悪い上、
これらの分野では調整速度が遅いため、すぐに良くなるという感じではありません。

現在在籍している数学科は、今年、研究資金の獲得が好調で、
局所的には潤っているようです。

No title

>しかし2012年度からは、五千万円超の海外資産を持つ個人に
>対して海外資産に対する報告義務が課される。

これ、2012年に法案が通れば、2014年に施行ですよね。

賃貸市場は景気とは直結していないですね。
賃貸市場が最悪だったのは、不動産バブルで沸いていた頃で、誰でもローンが借りられたときですから。賃貸経営は本当に大変でした。失業率が下がると、親のところに転がり込んでいた人たちが賃貸するという側面はありますが(←不動産価格の高い地域)、ローンの貸し渋りがちょっとでも緩むと、賃貸市場に直接の影響が出ます。頭金3.5%で、大家が借家を貸さないようなクレジットの相手にもでローンを貸すFHAは大家の敵!

No title

O-yaさん:

施行、2014年からでしたか?すみません。賃貸市場はいろいろな事情があるようですね。頭金3.5%じゃ、ものすごい保証料がかかりますよね。正気の沙汰とは思えないのですが。また、頭金3500ドルで引っ越してくる隣人がいる可能性を考えると、ちょっと怖いです(値段が分かりそうである)。
プロフィール

Willy

Author:Willy
日本の某大数学科で修士課程修了。
金融機関勤務を経て、米国の統計学科博士課程に留学。
2009年、某州立大数学科専任講師。2010年、助教。2016年、准教授。

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お勧めの本
1.ルベーグ積分30講
―― 統計学を学ぶために。
   小説のように読める本。
   学部向け。


2.Matematical Statistics and Data Analysis
―― WS大指定教科書。
   応用も充実。学部上級。

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