数学のできない大学生を見て思うこと
先日、「大数の法則と中心極限定理を恋愛小説風に語ってみる」
というおちゃらけ記事を書いたが、それにはきっかけがあった。
それは、数学のできない大学生のことだ。
私がいるWS大(学部)は入学が易しい。
出願者の母集団は米国のごく平均的な高校生だと思われるが、
その約80%に入学許可を与えている。
大学は入学した全ての学生に対して
数学を最低1科目履修する事を義務付けているので、
かなり数学が苦手な学生も何らかの科目を履修することになる。
私は昨年、そうした数学が苦手な学生向けのコースを受け持った。
学生の数学的知識は、日本の公立中学3年生と同じくらいであったように思う。
公立中学と同じように、できる子は結構できるし、
できない子は平面上の直線の式も覚束ないという感じで、バラツキも結構大きい。
ちなみに、日本では「分数ができない大学生
」というのが昔話題になったことがあったが、
アメリカの簡単な数学の授業では 1/2 + 1/3 は、0.833で済むので話題にならなそうだ。
そのコースを教えてみた一番感じた事は、
そのクラスの学生は数学が苦手だというよりも言語能力そのものが低い
ということだ。
先日、やはり似たようなクラスを教えた数学科のティーチングアシスタントの院生と話をしていて、
そもそも問題文を図に直す事ができない学生が結構多いという話になった。例えば、
「ある三角形の二つの角が30度と90度で、その2角に挟まれる辺の長さが1の時、
残りの2辺の長さをそれぞれ求めなさい。」
というような問題があったとき、
そもそも1行目の状況を図に書く事ができないという。
もっとひどい学生になると、英語の文章を理解する事ができないことがある。
驚く事なかれ、学生は純粋なアメリカ人である。
私はある時、
「期末試験の範囲は5~8章と書いてあるが、1~4章は含まれないのか?」
という質問をメールで受けたので、
「1~4章は明示的には含まれないが、5~8章の問題を解く時に
1~4章の知識が必要になることはある。」
と返答した。しかし学生は意味が分からなかったようで、
「結局、1~4章は含まれるのか含まれないのか?」
と再度、尋ねて来た。
試験範囲に関する質問はあらゆるコースで出るが、
通常の大学2年生以上向けのコースであれば私の返答が理解できない学生はいない。
そんな学生達であるから、
試験問題は、授業でやった問題と全く同じ形でないと解けない人が多い。
数字は異なっていても代入することで対応できるが、
問題文の文章構造が異なるともう何が書いてあるのか理解できなくなってしまうのだ。
時々「計量的な問題は苦手だ。概念的なことは良く分かるんだけど。」
という学生もいるが、これは怪しいと私は思っている。
計量的な問題では理解度を試す事が比較的容易であるが、
概念的な問題では理解度を試す事が難しいからである。
おそらくこのような学生は
「計量的なことが苦手なことは分かっているが、概念的なことが苦手かどうかははっきりしない。」
という状態なのだろうと思う。
例えば小学生が「知識は力なり」という格言を知って、
「私は「知識は力なり」という言葉を読んで感動しました。本当に知識は力だと思います。
私もたくさん知識を付けて力のある大人になりたいです。」
と日記にでも書けば、小学校の先生的には二重丸だろう。
しかし、この作文は基本的に同じ事を3回繰り返して書いただけで、
小学生が本当に文意を理解しているかどうかは全く分からない。
あるいは「"知識は力なり"の意味を説明しなさい」という高校生向けの現代社会の問題なら、
「"知識は力なり"は、16-17世紀イングランドの哲学者フランシス・ベーコンの主張に
基づく格言である。彼が1620年に著した『ノヴム・オルガヌム』第1巻「警句」において
述べているように、人間の知識と力が一致するのは、原因を知らなければ、結果を生み出す
こともできないからである。」
とでも書けば普通の先生は大満足であろう。
ちなみにこれはWikipediaから主要部分をコピペしただけで、
同じく、これを書いた学生が真意を理解しているかどうかは分からない。
実際、私はこの格言の意味をきちんと理解してコピペしたわけではない。
こうして考えていくと、数学が極端に出来ない学生というのは、
実は「言語能力の低さが数学の試験によって露呈した」だけであって
問題は数学力ではないのではないか、と思えてくる。
こうした学生はおそらく、
他の分野の勉強をするときも、新聞を読むときも、恋愛小説を読むときも、
内容をきちんと理解できていないのではないだろうか。
<余談>
もちろん、数学は言語能力だけで学べるものではない。数的な感覚もある程度必要である。
数学が苦手な学生向けのコースで、私が黒板に、
1 + 2 + 3 + … + 100
と書いたとき、ある学生が真面目な顔をして、
「3と100の間には何があるのですか?」
と聞いてきた。そして他の学生からは笑いが漏れて来なかったのである。


というおちゃらけ記事を書いたが、それにはきっかけがあった。
それは、数学のできない大学生のことだ。
私がいるWS大(学部)は入学が易しい。
出願者の母集団は米国のごく平均的な高校生だと思われるが、
その約80%に入学許可を与えている。
大学は入学した全ての学生に対して
数学を最低1科目履修する事を義務付けているので、
かなり数学が苦手な学生も何らかの科目を履修することになる。
私は昨年、そうした数学が苦手な学生向けのコースを受け持った。
学生の数学的知識は、日本の公立中学3年生と同じくらいであったように思う。
公立中学と同じように、できる子は結構できるし、
できない子は平面上の直線の式も覚束ないという感じで、バラツキも結構大きい。
ちなみに、日本では「分数ができない大学生
アメリカの簡単な数学の授業では 1/2 + 1/3 は、0.833で済むので話題にならなそうだ。
そのコースを教えてみた一番感じた事は、
そのクラスの学生は数学が苦手だというよりも言語能力そのものが低い
ということだ。
先日、やはり似たようなクラスを教えた数学科のティーチングアシスタントの院生と話をしていて、
そもそも問題文を図に直す事ができない学生が結構多いという話になった。例えば、
「ある三角形の二つの角が30度と90度で、その2角に挟まれる辺の長さが1の時、
残りの2辺の長さをそれぞれ求めなさい。」
というような問題があったとき、
そもそも1行目の状況を図に書く事ができないという。
もっとひどい学生になると、英語の文章を理解する事ができないことがある。
驚く事なかれ、学生は純粋なアメリカ人である。
私はある時、
「期末試験の範囲は5~8章と書いてあるが、1~4章は含まれないのか?」
という質問をメールで受けたので、
「1~4章は明示的には含まれないが、5~8章の問題を解く時に
1~4章の知識が必要になることはある。」
と返答した。しかし学生は意味が分からなかったようで、
「結局、1~4章は含まれるのか含まれないのか?」
と再度、尋ねて来た。
試験範囲に関する質問はあらゆるコースで出るが、
通常の大学2年生以上向けのコースであれば私の返答が理解できない学生はいない。
そんな学生達であるから、
試験問題は、授業でやった問題と全く同じ形でないと解けない人が多い。
数字は異なっていても代入することで対応できるが、
問題文の文章構造が異なるともう何が書いてあるのか理解できなくなってしまうのだ。
時々「計量的な問題は苦手だ。概念的なことは良く分かるんだけど。」
という学生もいるが、これは怪しいと私は思っている。
計量的な問題では理解度を試す事が比較的容易であるが、
概念的な問題では理解度を試す事が難しいからである。
おそらくこのような学生は
「計量的なことが苦手なことは分かっているが、概念的なことが苦手かどうかははっきりしない。」
という状態なのだろうと思う。
例えば小学生が「知識は力なり」という格言を知って、
「私は「知識は力なり」という言葉を読んで感動しました。本当に知識は力だと思います。
私もたくさん知識を付けて力のある大人になりたいです。」
と日記にでも書けば、小学校の先生的には二重丸だろう。
しかし、この作文は基本的に同じ事を3回繰り返して書いただけで、
小学生が本当に文意を理解しているかどうかは全く分からない。
あるいは「"知識は力なり"の意味を説明しなさい」という高校生向けの現代社会の問題なら、
「"知識は力なり"は、16-17世紀イングランドの哲学者フランシス・ベーコンの主張に
基づく格言である。彼が1620年に著した『ノヴム・オルガヌム』第1巻「警句」において
述べているように、人間の知識と力が一致するのは、原因を知らなければ、結果を生み出す
こともできないからである。」
とでも書けば普通の先生は大満足であろう。
ちなみにこれはWikipediaから主要部分をコピペしただけで、
同じく、これを書いた学生が真意を理解しているかどうかは分からない。
実際、私はこの格言の意味をきちんと理解してコピペしたわけではない。
こうして考えていくと、数学が極端に出来ない学生というのは、
実は「言語能力の低さが数学の試験によって露呈した」だけであって
問題は数学力ではないのではないか、と思えてくる。
こうした学生はおそらく、
他の分野の勉強をするときも、新聞を読むときも、恋愛小説を読むときも、
内容をきちんと理解できていないのではないだろうか。
<余談>
もちろん、数学は言語能力だけで学べるものではない。数的な感覚もある程度必要である。
数学が苦手な学生向けのコースで、私が黒板に、
1 + 2 + 3 + … + 100
と書いたとき、ある学生が真面目な顔をして、
「3と100の間には何があるのですか?」
と聞いてきた。そして他の学生からは笑いが漏れて来なかったのである。
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[プログラミング] プログラミングのできない設計者を見て思うこと
「数学のできない大学生を見て思うこと」 時々「計量的な問題は苦手だ。概念的なことは良く分かるんだけど。」 という学生もいるが、これは怪しいと私は思っている。 計量的な問題では理解度を試す事が比較的容易であるが、 概念的な問題では理解度を試す事が難しいからであ
コメントの投稿
No title
はじめまして、数学が苦手な32歳です。数学の前に読解力が必要ということに賛成です。
私は受験テクニックで国公立大学経済学部に入り、そこが計量経済に強い教授が揃っていることを知らなかったため、4年間落ちこぼれて卒業してしまいました。初等統計学すら3回取っても何も理解できませんでした。が、ここ2年海外でMBAスクールに通うなか、英語の統計の教科書やらマーケティング用の統計解析の教科書を読んでるうちに、パッと視界が明るくなりました。
日本語だと読み飛ばしていたり日常用語とごっちゃになっている用語でも、英語だと、私の読解力が低いためにじっくり時間をかけて読む必要があったからだと思います。2月にはAlpha C. ChangのFundamental Methods of Mathematical Economicsを一ページ目からじっくり読み、解いてみた結果、数学は日本語で学ぶよりも英語のほうが相性良いんじゃないかと感じた次第です。
私は受験テクニックで国公立大学経済学部に入り、そこが計量経済に強い教授が揃っていることを知らなかったため、4年間落ちこぼれて卒業してしまいました。初等統計学すら3回取っても何も理解できませんでした。が、ここ2年海外でMBAスクールに通うなか、英語の統計の教科書やらマーケティング用の統計解析の教科書を読んでるうちに、パッと視界が明るくなりました。
日本語だと読み飛ばしていたり日常用語とごっちゃになっている用語でも、英語だと、私の読解力が低いためにじっくり時間をかけて読む必要があったからだと思います。2月にはAlpha C. ChangのFundamental Methods of Mathematical Economicsを一ページ目からじっくり読み、解いてみた結果、数学は日本語で学ぶよりも英語のほうが相性良いんじゃないかと感じた次第です。
No title
ukさん:
それは面白いお話ですね。
英語は専門用語と一般単語の区別が曖昧なため、英語のネイティブスピーカーは、日本人が日本語で数学を勉強する以上の困難を感じる場合も多いと思います。
それは面白いお話ですね。
英語は専門用語と一般単語の区別が曖昧なため、英語のネイティブスピーカーは、日本人が日本語で数学を勉強する以上の困難を感じる場合も多いと思います。
No title
Willyさんの意見には賛成します。
そもそも数学力の問題なのか国語力の問題なのかは非常に重要な問題だと思います。
実際、文系の学生を見ているとそもそも日本語が分からないのか、その分野が分からないのか、ハッキリしません。(個人的には前者だと思います。
あと勉強嫌いな日本人は日本語が分かっていなくて、そもそもテキスト読むのが嫌いっていう可能性が否定できないと感じています。
例えば、英文法を勉強するにしてもそもそもテキストに書いてあることが理解出来ていないなんてよくありそうです。だからテキストが読むのが面倒臭いから読みたくない、よって勉強しない。っていう悪循環に陥りそうです。
これが数学だともっと事は酷くなりそうで、そもそもこの定理は役に立つのか?役に立たないのか?という疑問から発展して、どうせ使わないからもういいって投げ出してしまう学生が非常に多そうです。
そもそも数学力の問題なのか国語力の問題なのかは非常に重要な問題だと思います。
実際、文系の学生を見ているとそもそも日本語が分からないのか、その分野が分からないのか、ハッキリしません。(個人的には前者だと思います。
あと勉強嫌いな日本人は日本語が分かっていなくて、そもそもテキスト読むのが嫌いっていう可能性が否定できないと感じています。
例えば、英文法を勉強するにしてもそもそもテキストに書いてあることが理解出来ていないなんてよくありそうです。だからテキストが読むのが面倒臭いから読みたくない、よって勉強しない。っていう悪循環に陥りそうです。
これが数学だともっと事は酷くなりそうで、そもそもこの定理は役に立つのか?役に立たないのか?という疑問から発展して、どうせ使わないからもういいって投げ出してしまう学生が非常に多そうです。
No title
米国人の学力は平均がひどくて、トップが飛びぬけてるけど、日本は、平均が高いというイメージがあるのですが、どうなんでしょう。
No title
あまり本論と関係ないですが...
> 「"知識は力なり"の意味を説明しなさい」という高校生向けの現代社会の問題なら....
に続く回答は、この問いに対する答えを含んでいないので、問いがあなたの想定と違うものであるか、もしくは回答の例として適切ではないのでしょう。
まず意味を答えてから背景などを答えないと、やり取りが成立してないのではないですか。
> 「"知識は力なり"の意味を説明しなさい」という高校生向けの現代社会の問題なら....
に続く回答は、この問いに対する答えを含んでいないので、問いがあなたの想定と違うものであるか、もしくは回答の例として適切ではないのでしょう。
まず意味を答えてから背景などを答えないと、やり取りが成立してないのではないですか。
No title
完全な文系ですが、中高の数学って、問題文の意味が分かれば解けるよな、と途中から思ってました。
No title
えー、なんか納得!
僕は数学は赤点とるほど苦手でしたが、卒業してから読んだ本で出てきた数理パズルや、計算を解くゲーム性が面白くて、いつの間にか数学大好きになりました。
元が数学得意ではないので理解できない(大学レベルになるともう、一ページ読むのも必死!)ものも多いですが、わかる時の面白っさたらないな、と思います。
文章の理解力は、元来乏しい人も努力次第で向上するでしょうけど、それには結構つらい思いするのですよね。
学生の時は宿題の多さで理解しないまま問題を解いてたのが悔やまれます。今やったらたのしかったろうなぁ(^^)
あ、なんか関係ない話でしたねw
僕は数学は赤点とるほど苦手でしたが、卒業してから読んだ本で出てきた数理パズルや、計算を解くゲーム性が面白くて、いつの間にか数学大好きになりました。
元が数学得意ではないので理解できない(大学レベルになるともう、一ページ読むのも必死!)ものも多いですが、わかる時の面白っさたらないな、と思います。
文章の理解力は、元来乏しい人も努力次第で向上するでしょうけど、それには結構つらい思いするのですよね。
学生の時は宿題の多さで理解しないまま問題を解いてたのが悔やまれます。今やったらたのしかったろうなぁ(^^)
あ、なんか関係ない話でしたねw
No title
たくさんのコメントありがとうございます。
Dehmelさん:
>そもそもこの定理は役に立つのか?役に立たないのか?
若い頃、こういうことはあまり考えずに教科書を読んでいたのですが、
最近こう思う事が増えました。自分が進歩したのか退歩したのか微妙なところです。
hoさん:
それはあると思います。実際、IQ(知能指数)の国別統計でも
米国は平均が低く、ばらつきが大きいということは現れています。
知能指数のばらつきの大きさは、人種的文化的多様性と貧富の格差によって
もたらされると考えられますが、アメリカに関しては貧富の格差がより
大きいかなという気がします。
匿名さん:
>回答は、この問いに対する答えを含んでいないので、
それはそうですね。匿名さんがこの回答を採点したらやはり低い点数になるでしょうか。
匿名さん
>中高の数学って、問題文の意味が分かれば解けるよな、と途中から思ってました。
それは優秀な方なのでは。私は問題文の意味が分からないことはほとんどなかった
ですが、解けない問題はたくさんありました。
たけちよさん:
パズルって数学より楽しいですよねw Outputの時間が長いからなんでしょうか。
数学は、普通に勉強するとinputにかかる時間が長過ぎになります。
大学レベルになると1ページ読むのに必死というのは数学科の学生でもそうだと思います。
Dehmelさん:
>そもそもこの定理は役に立つのか?役に立たないのか?
若い頃、こういうことはあまり考えずに教科書を読んでいたのですが、
最近こう思う事が増えました。自分が進歩したのか退歩したのか微妙なところです。
hoさん:
それはあると思います。実際、IQ(知能指数)の国別統計でも
米国は平均が低く、ばらつきが大きいということは現れています。
知能指数のばらつきの大きさは、人種的文化的多様性と貧富の格差によって
もたらされると考えられますが、アメリカに関しては貧富の格差がより
大きいかなという気がします。
匿名さん:
>回答は、この問いに対する答えを含んでいないので、
それはそうですね。匿名さんがこの回答を採点したらやはり低い点数になるでしょうか。
匿名さん
>中高の数学って、問題文の意味が分かれば解けるよな、と途中から思ってました。
それは優秀な方なのでは。私は問題文の意味が分からないことはほとんどなかった
ですが、解けない問題はたくさんありました。
たけちよさん:
パズルって数学より楽しいですよねw Outputの時間が長いからなんでしょうか。
数学は、普通に勉強するとinputにかかる時間が長過ぎになります。
大学レベルになると1ページ読むのに必死というのは数学科の学生でもそうだと思います。
No title
1 + 2 + 3 + … +98 + 99 +100
感覚的にこうしてほしい。
感覚的にこうしてほしい。
No title
件の学生は文章理解力が無いということではなくて、単純に解答をほぼ丸覚えで単位とるつもりだったということではないんでしょうか?
No title
>1 + 2 + 3 + … +98 + 99 +100
なるほど。1+2+3+...+100 という書き方は数学における慣用表現なので
そういうものに対する慣れも必要なのかも知れません。
>単純に解答をほぼ丸覚えで単位とるつもりだった
これはある程度当たってるんですけど、
じゃあなんで丸覚えで単位取ろうとしているのかっていうと、
大抵、論理的に内容を理解できないからなんです。
学生は別に手を抜きたくて、やってるわけじゃない。
基礎学力がなくても、単位取る事には真剣な学生が多いです。
なるほど。1+2+3+...+100 という書き方は数学における慣用表現なので
そういうものに対する慣れも必要なのかも知れません。
>単純に解答をほぼ丸覚えで単位とるつもりだった
これはある程度当たってるんですけど、
じゃあなんで丸覚えで単位取ろうとしているのかっていうと、
大抵、論理的に内容を理解できないからなんです。
学生は別に手を抜きたくて、やってるわけじゃない。
基礎学力がなくても、単位取る事には真剣な学生が多いです。
No title
1+2+3+…+100じゃなくて1+2+3+…+nだったりすると,nの一つ前が何なのか書けない生徒がかなりいるような気がします。
No title
日本でも国語をもっと重視しようといっている人がいますね。
国語ができなければ、数学も英語もできませんから
なぜこの理論がみんな理解できないのかが、理解できない
国語ができなければ、数学も英語もできませんから
なぜこの理論がみんな理解できないのかが、理解できない
No title
わたやんさん:
>1+2+3+…+nだったりすると,nの一つ前が何なのか
多いでしょうね。mとか言い出しそうw
qqさん:
>日本でも国語をもっと重視しようといっている人がいますね。
国語をちゃんと教えるって結構難しそうですね。
教科書の作りもラフで教師の力量に依存するところが大きそうです。
漢字、文法、古文、漢文、文学史みたいな形式的なところに拘りがちだったり、
あるいは先生がまったりと「語りモード」に入ってしまったり。
肝心の「読む技術」「書く技術」をあまり教えてくれない。
国語の教科書は、作品とその注釈を載せるだけじゃなくて
もっと作り込んでも良いのかも知れません。
>1+2+3+…+nだったりすると,nの一つ前が何なのか
多いでしょうね。mとか言い出しそうw
qqさん:
>日本でも国語をもっと重視しようといっている人がいますね。
国語をちゃんと教えるって結構難しそうですね。
教科書の作りもラフで教師の力量に依存するところが大きそうです。
漢字、文法、古文、漢文、文学史みたいな形式的なところに拘りがちだったり、
あるいは先生がまったりと「語りモード」に入ってしまったり。
肝心の「読む技術」「書く技術」をあまり教えてくれない。
国語の教科書は、作品とその注釈を載せるだけじゃなくて
もっと作り込んでも良いのかも知れません。
No title
これでもWilly先生の講義を受ければ半年後には日本の理系大学院生を軽く超えるレベルに達するんでしょう?
そうだったのか
中1の時、米国の学校に通ってましたが、ある時、数学の先生に「お前は問題文を正確に理解できているから、上のクラスに行きなさい」と言われ、上級のクラスに行くことになりました。
当時、「問題文を正確に理解する」ということが良く分からず、言われたとおりにしましたが、振り返ると、確かに論理的な思考ができない同級生が多く、よく助けてあげてましたね。
大人でも、特に保守の人たちにそういう人たちが多いような気がするけど...
とは言え、記事にあるように、できる人も多いからバランスがとれてるのかな?
当時、「問題文を正確に理解する」ということが良く分からず、言われたとおりにしましたが、振り返ると、確かに論理的な思考ができない同級生が多く、よく助けてあげてましたね。
大人でも、特に保守の人たちにそういう人たちが多いような気がするけど...
とは言え、記事にあるように、できる人も多いからバランスがとれてるのかな?
一方日本では
情報系教員ですが、数学的なことを取り扱う(二進法とか、集合論の応用とか)授業や試験で壊滅的な成績の学生を観察していると、そもそも「勉強とは答え(の具体例)を覚えること」っていうことしか小中高でやってきてないのではないかという気がします。
論理的に内容を理解できるできない以前に、「答えを考え出せるように仕組みを理解する」という発想がそもそもないように見える。
もちろん、問題で何と問われているか理解出来ないっていう問題も大きいと思います。
授業中に「○○の操作の結果残るものに丸をつけよ」という例題を取り上げて説明して、期末試験で「消えるものにマルをつけよ」って問題を出すと、講義中での例題の通りに答えを書く(残るものにマルをつけてしまう)学生が続出したりします。
論理的に内容を理解できるできない以前に、「答えを考え出せるように仕組みを理解する」という発想がそもそもないように見える。
もちろん、問題で何と問われているか理解出来ないっていう問題も大きいと思います。
授業中に「○○の操作の結果残るものに丸をつけよ」という例題を取り上げて説明して、期末試験で「消えるものにマルをつけよ」って問題を出すと、講義中での例題の通りに答えを書く(残るものにマルをつけてしまう)学生が続出したりします。
No title
>こうして考えていくと、数学が極端に出来ない学生というのは、
実は「言語能力の低さが数学の試験によって露呈した」だけであって
問題は数学力ではないのではないか、と思えてくる。
こうした学生はおそらく、
他の分野の勉強をするときも、新聞を読むときも、恋愛小説を読むときも、
内容をきちんと理解できていないのではないだろうか。
このあたり、心にズキッと来ました
そこそこの私立大学を出ましたが、数学はからっきしでした
その他の科目でも、試験では点が取れるけれども理解が危ういものばかりでした
自分には何ひとつ確固とした知識が身についていないのでは?と怖くなりました
実は「言語能力の低さが数学の試験によって露呈した」だけであって
問題は数学力ではないのではないか、と思えてくる。
こうした学生はおそらく、
他の分野の勉強をするときも、新聞を読むときも、恋愛小説を読むときも、
内容をきちんと理解できていないのではないだろうか。
このあたり、心にズキッと来ました
そこそこの私立大学を出ましたが、数学はからっきしでした
その他の科目でも、試験では点が取れるけれども理解が危ういものばかりでした
自分には何ひとつ確固とした知識が身についていないのでは?と怖くなりました
アメリカの統計学科について
御無沙汰しております。
以前確率・統計学の本に関して投稿したものです。
日本には統計学科はなく、
アメリカには多くの統計学科があると本で
読んだことがあるのですが、
統計学科ではどのようなことを教えているのでしょうか。
日本の数学科とはやはり異なるのでしょうか。
質問ばかりで申し訳ないですが、
そのあたりとても興味があります。
お忙しいところ失礼しました。
以前確率・統計学の本に関して投稿したものです。
日本には統計学科はなく、
アメリカには多くの統計学科があると本で
読んだことがあるのですが、
統計学科ではどのようなことを教えているのでしょうか。
日本の数学科とはやはり異なるのでしょうか。
質問ばかりで申し訳ないですが、
そのあたりとても興味があります。
お忙しいところ失礼しました。
No title
ウィルメリさん:
>半年後には日本の理系大学院生を軽く超えるレベル
WS大では、できる学生は別途お金を積んで取っています。
shineさん:
確かに保守というのは、基本、何も考えなくてもなれますからね。
しかも「古き良き伝統を守ろう」的なことを言えばまともに見える。
考える力の無い方には、保守はとってもお勧めです。
(もちろん、保守派の中にちゃんとした方も大勢います。)
齊藤明紀さん:
分かります。定期試験にしろ、入試にしろきちんと理解している人に
高い評価を与える仕組みは難しく、それが問題を助長していると思います。
あさん:
「確固とした知識をつける」って本当に大変ですよね。
必ずしも論理だけではなく、直感でどこまで理解できるかも人によって異なる。
フィールズ賞をとった小平邦彦氏は、
東大を受けた時に問題が全然分からなかったので、適当に答えを書いて、
もう不合格だと諦めていたら、首席合格だった、という逸話がありますね。
べいずっちさん:
統計学はデータを扱うのが目的であることが数学と一番違うところです。
数学であれば命題を証明することが主題ですが、
統計学では、実際にデータが与えられた時に
どういう数学モデルを使うのが妥当かを判断し、
既存の結果があればそれを応用し、なければ自分で構成することが求められます。
数学は頭脳勝負ですが、統計学は調査能力とかノウハウが
もう少し大きな比重を占めていると思います。
>半年後には日本の理系大学院生を軽く超えるレベル
WS大では、できる学生は別途お金を積んで取っています。
shineさん:
確かに保守というのは、基本、何も考えなくてもなれますからね。
しかも「古き良き伝統を守ろう」的なことを言えばまともに見える。
考える力の無い方には、保守はとってもお勧めです。
(もちろん、保守派の中にちゃんとした方も大勢います。)
齊藤明紀さん:
分かります。定期試験にしろ、入試にしろきちんと理解している人に
高い評価を与える仕組みは難しく、それが問題を助長していると思います。
あさん:
「確固とした知識をつける」って本当に大変ですよね。
必ずしも論理だけではなく、直感でどこまで理解できるかも人によって異なる。
フィールズ賞をとった小平邦彦氏は、
東大を受けた時に問題が全然分からなかったので、適当に答えを書いて、
もう不合格だと諦めていたら、首席合格だった、という逸話がありますね。
べいずっちさん:
統計学はデータを扱うのが目的であることが数学と一番違うところです。
数学であれば命題を証明することが主題ですが、
統計学では、実際にデータが与えられた時に
どういう数学モデルを使うのが妥当かを判断し、
既存の結果があればそれを応用し、なければ自分で構成することが求められます。
数学は頭脳勝負ですが、統計学は調査能力とかノウハウが
もう少し大きな比重を占めていると思います。
No title
>「青春の高校数学」
うーん、どうなのかな。
heuristicなところはとても良いのだけど、
教科書として、万人向けと言いきるほどの自信は持てないかも。
副読本的に使う方が良いかもしれません。
それにしても面白くて分かりやすい教科書を書くのは難しいですね。
私も、なんとか分かりやすく説明しようとしたものの結局
「これだったらフラットに説明した方が分かりやすかったのでは?」
と後で思うことがしばしば。。。
うーん、どうなのかな。
heuristicなところはとても良いのだけど、
教科書として、万人向けと言いきるほどの自信は持てないかも。
副読本的に使う方が良いかもしれません。
それにしても面白くて分かりやすい教科書を書くのは難しいですね。
私も、なんとか分かりやすく説明しようとしたものの結局
「これだったらフラットに説明した方が分かりやすかったのでは?」
と後で思うことがしばしば。。。
No title
つまるところ、それがIQってものだから。
No title
アメリカの大学1年生の基礎学力のばらつき・・・すごいですよね。出来る学生は出来るけど、底の深さは日本の比じゃない。この沼の深さは、足を踏み入れた人で無いと分からないかも。言語能力の不足もあるし、論理、抽象概念の把握とかも苦手だし、それ以前に基本的な「お勉強の仕方」を知らない学生もいるし。
同じ人間である以上、生得の才能の分布は国・人種でそう変わらないはずなので、やっぱり大学以前の教育制度に問題があって、一部の子供たちが取り残されるのかと。それも、かなり早いうちにダメージなり混乱なりが起きているのかなと想像するんですが・・・
同じ人間である以上、生得の才能の分布は国・人種でそう変わらないはずなので、やっぱり大学以前の教育制度に問題があって、一部の子供たちが取り残されるのかと。それも、かなり早いうちにダメージなり混乱なりが起きているのかなと想像するんですが・・・
No title
言語的な理解のせいで問題が解けないケースもあるでしょうが、簡単な数学の問題に関してはそうではない場合のほうが多いのではないかと、私はむしろ考えています。
なぜなら、脳で言語を理解する時と、数字や空間を認識する時に使う箇所は違っていて、数の概念は距離や時空間を大雑把に認識する機能が起源だからです。
例えば、記事の三角形問題が全く知らない言語で書かれていたとして、数字の部分とある単語が三角形であるというヒントがあれば、willyさんならずばり解答できなくても、部分点がもらえるような絵でも書いたりできる可能性が高いと思いませんか?
文字を読んだ後に、そのイメージをすぐになんとなく思い描くというのは間違いなく数学の能力に属すると思います。
数学の問題の解釈が不得意な学生でも、恋愛小説の感情の動きなどは、非常によく理解できているという場合は多いだろうと思います。
参考
数覚とは何か?―スタニスラス ドゥアンヌ (著)
なぜなら、脳で言語を理解する時と、数字や空間を認識する時に使う箇所は違っていて、数の概念は距離や時空間を大雑把に認識する機能が起源だからです。
例えば、記事の三角形問題が全く知らない言語で書かれていたとして、数字の部分とある単語が三角形であるというヒントがあれば、willyさんならずばり解答できなくても、部分点がもらえるような絵でも書いたりできる可能性が高いと思いませんか?
文字を読んだ後に、そのイメージをすぐになんとなく思い描くというのは間違いなく数学の能力に属すると思います。
数学の問題の解釈が不得意な学生でも、恋愛小説の感情の動きなどは、非常によく理解できているという場合は多いだろうと思います。
参考
数覚とは何か?―スタニスラス ドゥアンヌ (著)
No title
>つまるところ、それがIQってものだから。
私はこれは少し違うと思います。IQって言語能力よりも
もっと原始的なパターン認識力で決まりますよね。
もしかすると相関は高いのかも知れないですが。
のあさん:
>それ以前に基本的な「お勉強の仕方」を知らない学生もいるし。
>同じ人間である以上、生得の才能の分布は国・人種でそう変わらないはず
院と学部を比べると、知識習得に対する学生の態度が全然違います。
学力の差は主にその辺りが原因なのかも知れないですね。
「生得の才能の分布に国や人種による差がない」かどうかはちょっと分からないですね。
国や人種ごとの差は統計的にはあると思いますが、
文化と国、人種を切り離すことができないので。
折り紙さん:
同意です。それが「余談」の部分に込めた意味です。
ただ私が思うのは、数学において数的な感覚はかなりの部分まで
言語能力で補うことができるのではないかということです。
私はこれは少し違うと思います。IQって言語能力よりも
もっと原始的なパターン認識力で決まりますよね。
もしかすると相関は高いのかも知れないですが。
のあさん:
>それ以前に基本的な「お勉強の仕方」を知らない学生もいるし。
>同じ人間である以上、生得の才能の分布は国・人種でそう変わらないはず
院と学部を比べると、知識習得に対する学生の態度が全然違います。
学力の差は主にその辺りが原因なのかも知れないですね。
「生得の才能の分布に国や人種による差がない」かどうかはちょっと分からないですね。
国や人種ごとの差は統計的にはあると思いますが、
文化と国、人種を切り離すことができないので。
折り紙さん:
同意です。それが「余談」の部分に込めた意味です。
ただ私が思うのは、数学において数的な感覚はかなりの部分まで
言語能力で補うことができるのではないかということです。
No title
willyさんの意図はかなりレベルの高いところにあったようなのに誤解していたようで失礼しました。
たしかに、大学や院で数学についていくというような場合、言語能力等で補うことが大切だと思います。
ワーキングメモリだけで一気に解決できないような場合、問題を分割して解決可能な形にする等のスキルが必要なのは間違いないと思います。
ただ、上に出ていた例が、あまりに初等的なことだったので、もっと算数ができない小学生の問題のようなものを想定してしまいました。
よくあるパターンから極端なもの、例えば、数字で問題をだすと3桁の足し算や引き算を問題なくできるのに、りんご3つとりんご5つはあわせて何個?と聞いたり、タイルの数で計算させるとできなくなるなど、変わった事例にも触れたりしてたので、日ごろ当たり前と思っている数理や論理のもとになる感覚が鍛えられていないと、他で補うのは非常に難しいと感じていたのでした。
たしかに、大学や院で数学についていくというような場合、言語能力等で補うことが大切だと思います。
ワーキングメモリだけで一気に解決できないような場合、問題を分割して解決可能な形にする等のスキルが必要なのは間違いないと思います。
ただ、上に出ていた例が、あまりに初等的なことだったので、もっと算数ができない小学生の問題のようなものを想定してしまいました。
よくあるパターンから極端なもの、例えば、数字で問題をだすと3桁の足し算や引き算を問題なくできるのに、りんご3つとりんご5つはあわせて何個?と聞いたり、タイルの数で計算させるとできなくなるなど、変わった事例にも触れたりしてたので、日ごろ当たり前と思っている数理や論理のもとになる感覚が鍛えられていないと、他で補うのは非常に難しいと感じていたのでした。
No title
折り紙さん:
正直言って、文章を図や式に直すというレベルの言語能力を習得できない原因が
何なのか、というのはよく分かりませんが、おそらく、かなり早い段階で学校の
勉強についていけなくなり、その場しのぎでやっているうちに大人になって
しまったということなんでしょうね。
焦らずゆっくりやるということが大事かも知れません。
正直言って、文章を図や式に直すというレベルの言語能力を習得できない原因が
何なのか、というのはよく分かりませんが、おそらく、かなり早い段階で学校の
勉強についていけなくなり、その場しのぎでやっているうちに大人になって
しまったということなんでしょうね。
焦らずゆっくりやるということが大事かも知れません。
わけがわからないよ…
確かに得意不得意はあると思います。
「分かったぞ」って感覚は本当に謎です。
なんたって「分かった」瞬間から今まで出来なかった問題が出来るようになる。
昔の人はどんな優れた数学者だって
地球が丸かった事は分からなかったと思います。
でも今ならどんなに馬鹿学生でも分かってます。
いやそれとも分かってないのかな?
ってゆうか数学って言語能力を出来るだけ省いた学問のはずなのに!
だいたいそうゆう学生に限ってギャンブルするんだ。
幾何学なら大丈夫!定規とコンパスだけで出来るから。
「分かったぞ」って感覚は本当に謎です。
なんたって「分かった」瞬間から今まで出来なかった問題が出来るようになる。
昔の人はどんな優れた数学者だって
地球が丸かった事は分からなかったと思います。
でも今ならどんなに馬鹿学生でも分かってます。
いやそれとも分かってないのかな?
ってゆうか数学って言語能力を出来るだけ省いた学問のはずなのに!
だいたいそうゆう学生に限ってギャンブルするんだ。
幾何学なら大丈夫!定規とコンパスだけで出来るから。
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>「分かったぞ」って感覚は本当に謎です。
これはそうですね。
「証明に誤りがないことを理解した」のと「分かった」という感覚は
必ずしも同じではないですしね。
分からない場合の方が、その理由を合理的に説明できると思います。
これはそうですね。
「証明に誤りがないことを理解した」のと「分かった」という感覚は
必ずしも同じではないですしね。
分からない場合の方が、その理由を合理的に説明できると思います。
No title
あるいは「"知識は力なり"の意味を説明しなさい」という高校生向けの現代社会の問題なら、
「"知識は力なり"は、16-17世紀イングランドの哲学者フランシス・ベーコンの主張に
基づく格言である。彼が1620年に著した『ノヴム・オルガヌム』第1巻「警句」において
述べているように、人間の知識と力が一致するのは、原因を知らなければ、結果を生み出す
こともできないからである。」
---
この回答の点数が低いのは、「意味」だけでなく「誰の格言か」「出典は何か」を書いてしまっているし、さらに「意味は何か」と問うているにもかかわらず「~からである」という不適切な語尾で結んでいるからだと思います。余計な要素がある上に、意味の説明として不充分です。
「"知識は力なり"は、16-17世紀イングランドの哲学者フランシス・ベーコンの主張に
基づく格言である。彼が1620年に著した『ノヴム・オルガヌム』第1巻「警句」において
述べているように、人間の知識と力が一致するのは、原因を知らなければ、結果を生み出す
こともできないからである。」
---
この回答の点数が低いのは、「意味」だけでなく「誰の格言か」「出典は何か」を書いてしまっているし、さらに「意味は何か」と問うているにもかかわらず「~からである」という不適切な語尾で結んでいるからだと思います。余計な要素がある上に、意味の説明として不充分です。
No title
mokoさん:
そういったご指摘は正しいのですが、論点はそこではありません。
そもそも文脈からお分かりのように、私はこの回答を「良い回答」として書いていません。
いかに「表面的な回答」が高得点を取りうるかということを例示しているのです。
もしmokoさんが平均的な高校の、現代社会の先生で
この問題を中間試験で出したとして、例えば50人の生徒から
どの程度の答案を期待できると思いますか?
それを踏まえた上で、この答案に何点つくと思いますか?
あくまで私見ですが、背景ならびに「知識と力が一致する理由」を述べている時点で
高得点が「ついてしまうのではないか」ということを言いたいのです。
そういったご指摘は正しいのですが、論点はそこではありません。
そもそも文脈からお分かりのように、私はこの回答を「良い回答」として書いていません。
いかに「表面的な回答」が高得点を取りうるかということを例示しているのです。
もしmokoさんが平均的な高校の、現代社会の先生で
この問題を中間試験で出したとして、例えば50人の生徒から
どの程度の答案を期待できると思いますか?
それを踏まえた上で、この答案に何点つくと思いますか?
あくまで私見ですが、背景ならびに「知識と力が一致する理由」を述べている時点で
高得点が「ついてしまうのではないか」ということを言いたいのです。
知識は力なりのコピペ解答について
私が先生なら、この答案は0点です。
どういう文脈で「知識は力なり」の意味を説明せよという問題を出したかによりますが、
つまり、授業でベーコンの思想を習った上で、なら、ベーコンのこと書いているから半分は点やるか、と思いますが、
単に、生徒の経験からこれを説明せよ、という問題なら、0点です。
生徒の経験から説明せよ、なら、十人十色の解答があり、その生徒の経験から導き出された、生き生きとした答案なら、全部満点にしてもいいでしょう。
上のコピペ答案は、意味を説明していません。
説明するには、「人間の知識と力が一致するのは、原因を知らなければ、結果を生み出すこともできないからである」のところを書き換える必要があります。
自分の経験などをまったく考えずに、ここを書き換えるには、高度な日本語力が必要です。
自分の経験などを考えた方が、これはどういうことなのかがわかりやすいでしょう。その場合、書き換えではなく、自分の言葉で書くことになります。
知識は力なり、経験もまた力なり。
言葉の能力は経験で養うしかありません。
どういう文脈で「知識は力なり」の意味を説明せよという問題を出したかによりますが、
つまり、授業でベーコンの思想を習った上で、なら、ベーコンのこと書いているから半分は点やるか、と思いますが、
単に、生徒の経験からこれを説明せよ、という問題なら、0点です。
生徒の経験から説明せよ、なら、十人十色の解答があり、その生徒の経験から導き出された、生き生きとした答案なら、全部満点にしてもいいでしょう。
上のコピペ答案は、意味を説明していません。
説明するには、「人間の知識と力が一致するのは、原因を知らなければ、結果を生み出すこともできないからである」のところを書き換える必要があります。
自分の経験などをまったく考えずに、ここを書き換えるには、高度な日本語力が必要です。
自分の経験などを考えた方が、これはどういうことなのかがわかりやすいでしょう。その場合、書き換えではなく、自分の言葉で書くことになります。
知識は力なり、経験もまた力なり。
言葉の能力は経験で養うしかありません。
No title
1 + 2 + 3 + ... + 100 と書かれて + 3 の次を + 4 と読まないのは早まった一般化を避けているのかも知れません。教員にとって当たり前すぎて省いた説明が学生にとって重要な情報の欠落であることはよくあります。特に等差数列という用語が迂闊に使えない状況ではまず疑うべきことです。+ 3 の次は何かと尋ねた学生に「前科」があると、教員は感情的になりやすく 1 + 2 + 3 + 4 までで終わりにすればよかったという教材に対する自省を忘れがちです。これは対人論証の誤謬で、大学の先生がやらかすと学生にとって笑い事ではありませんし、「できる子」までが自らの洞察が甘かったと反省してしまうことにもなりかねません。
教育の問題は学生の質にも原因はあるでしょう。しかし教員にもそれまで通用していた甘えを正すときがきているのだと思うことがあります。
教育の問題は学生の質にも原因はあるでしょう。しかし教員にもそれまで通用していた甘えを正すときがきているのだと思うことがあります。
No title
ykさん:
前半部分、論理的には確かにおっしゃる通りですし承知してますが、今回のようなケースに関しては的外れなご指摘です。厳密でない説明に対して、より論理的に精緻に考える学生の方が悩んでしまうという事例はありますし、私も高校生の時はそういう学生だったので良く分かるのですが、今回のような入門的な授業の場合95%以上の学生の問題は、基礎的な数的感覚の欠如にあり、論理的により厳密な説明を目指すのは問題を悪化させる
ケースがほとんどです。
>教員は感情的になりやすく 1 + 2 + 3 + 4 までで終わりにすればよかった
この部分は意味がよく分かりません。
前半部分、論理的には確かにおっしゃる通りですし承知してますが、今回のようなケースに関しては的外れなご指摘です。厳密でない説明に対して、より論理的に精緻に考える学生の方が悩んでしまうという事例はありますし、私も高校生の時はそういう学生だったので良く分かるのですが、今回のような入門的な授業の場合95%以上の学生の問題は、基礎的な数的感覚の欠如にあり、論理的により厳密な説明を目指すのは問題を悪化させる
ケースがほとんどです。
>教員は感情的になりやすく 1 + 2 + 3 + 4 までで終わりにすればよかった
この部分は意味がよく分かりません。
No title
初めまして、Willyさんの記事を読んで納得です!
学生時代にAccounting labでバイトをしていたんですが、そこに来るアメリカ人学生の算数力の低さに毎日四苦八苦していました。簿記なので簡単な計算しか出てこないんですけど、問題文が長くなればなるほど、どのステップを踏んで解けばいいかわからないようでした。当時は、「なんで日本人の私がわかって、英語が母国語の彼らができないんだろう」と思っていましたが、「言語能力が低い」と思うと納得です。すっきりしましたw
ひとつ私が覚えているのは、ユニットの平均コストを出さなきゃいけない問題で
「トータルコスト/トータルユニットで平均が出るでしょ?そしたら次は...」と続けようとしたら、
「なんで?」
と言われました...。絶句でした。あはは..
学生時代にAccounting labでバイトをしていたんですが、そこに来るアメリカ人学生の算数力の低さに毎日四苦八苦していました。簿記なので簡単な計算しか出てこないんですけど、問題文が長くなればなるほど、どのステップを踏んで解けばいいかわからないようでした。当時は、「なんで日本人の私がわかって、英語が母国語の彼らができないんだろう」と思っていましたが、「言語能力が低い」と思うと納得です。すっきりしましたw
ひとつ私が覚えているのは、ユニットの平均コストを出さなきゃいけない問題で
「トータルコスト/トータルユニットで平均が出るでしょ?そしたら次は...」と続けようとしたら、
「なんで?」
と言われました...。絶句でした。あはは..
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数学が出来ない学生は実は言語能力が低い、というWillyさんの分析に同意します。
> こうした学生はおそらく、
> 他の分野の勉強をするときも、新聞を読むときも、恋愛小説を読むときも、
> 内容をきちんと理解できていないのではないだろうか。
これに関しては、そもそも彼らは新聞も小説も読んでなさそうです。
日本の理工系大学で数学を教えていて、この種の学生の特徴としてもう一つ気が付く点は、「字がまともに書けない」という事です。これは別に難しい漢字が書けないとかいうレベルではなくて、「答案の字が極めて読みづらい、下手をすると本当に読めない」というレベルです。
大抵の場合、妙に字が薄くてしかもペンに力が入っていないせいか字がぐにゃぐにゃしていて判読がかなり難しく、採点していてかなりイラつきます。その結果書いている本人すら自分の字を誤読して、計算ミスしていたりもする。さらに酷くなると、問題文の数式を答案に移す時点でもう間違っているのが100人クラスだと1,2名は居たりもします。
恐らくこのレベルの学生は、学力というよりも基礎的注意力が無く、何をやっても正確に出来ないのではという気がします。卒業後に現場に行っても、計算がまともに出来ないだけでなく、書類も正しく書けず、プログラムに正しくデータを入力する事すら出来ないのではと気にはなるのですが、日本の大学だとこれでも卒業させなくてはいけないので。自分がお金を預けている銀行や、自分が乗る飛行機のメーカーに就職しない事を祈るしかないですね。
> こうした学生はおそらく、
> 他の分野の勉強をするときも、新聞を読むときも、恋愛小説を読むときも、
> 内容をきちんと理解できていないのではないだろうか。
これに関しては、そもそも彼らは新聞も小説も読んでなさそうです。
日本の理工系大学で数学を教えていて、この種の学生の特徴としてもう一つ気が付く点は、「字がまともに書けない」という事です。これは別に難しい漢字が書けないとかいうレベルではなくて、「答案の字が極めて読みづらい、下手をすると本当に読めない」というレベルです。
大抵の場合、妙に字が薄くてしかもペンに力が入っていないせいか字がぐにゃぐにゃしていて判読がかなり難しく、採点していてかなりイラつきます。その結果書いている本人すら自分の字を誤読して、計算ミスしていたりもする。さらに酷くなると、問題文の数式を答案に移す時点でもう間違っているのが100人クラスだと1,2名は居たりもします。
恐らくこのレベルの学生は、学力というよりも基礎的注意力が無く、何をやっても正確に出来ないのではという気がします。卒業後に現場に行っても、計算がまともに出来ないだけでなく、書類も正しく書けず、プログラムに正しくデータを入力する事すら出来ないのではと気にはなるのですが、日本の大学だとこれでも卒業させなくてはいけないので。自分がお金を預けている銀行や、自分が乗る飛行機のメーカーに就職しない事を祈るしかないですね。
No title
>これに関しては、そもそも彼らは新聞も小説も読んでなさそうです。
なるほど。ちゃんと読めなければ読む気にもならないでしょうしね。
私自身も、数学が好きになったのと、読解やディスカッションが
得意になったのはほとんど同時期でした。
> 自分がお金を預けている銀行や、自分が乗る飛行機のメーカーに
> 就職しない事を祈るしかない
私は社会の豊かさはトップ数%で決まると思っていますので
銀行ならいかにチェック機能を充実させるか、
飛行機メーカーならいかに上手く実験やテストで安全性を確保するか、
ということで問題を解決してくれることを祈ります。
大学教員が言うのも何ですが、本来大学に来る必要がない人も
来てしまっているのですよね。来てくれる以上は、できるだけの
ことはしたいと思いますけども。
なるほど。ちゃんと読めなければ読む気にもならないでしょうしね。
私自身も、数学が好きになったのと、読解やディスカッションが
得意になったのはほとんど同時期でした。
> 自分がお金を預けている銀行や、自分が乗る飛行機のメーカーに
> 就職しない事を祈るしかない
私は社会の豊かさはトップ数%で決まると思っていますので
銀行ならいかにチェック機能を充実させるか、
飛行機メーカーならいかに上手く実験やテストで安全性を確保するか、
ということで問題を解決してくれることを祈ります。
大学教員が言うのも何ですが、本来大学に来る必要がない人も
来てしまっているのですよね。来てくれる以上は、できるだけの
ことはしたいと思いますけども。