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日本の大学・研究機関には研究者向け英語支援が必要 -- このエントリーを含むはてなブックマーク

先日、理研の小保方晴子ユニットリーダーが採用される際、特例として英語での公開セミナーが実施されず日本語の質疑応答だけで済まされた、と報じられた。この報道には「やはりか」と頷かされた。

1.小保方氏の不正疑惑は2つの問題に分けるべき

小保方氏の論文に様々な不正が疑われていると報じられているが、少なくとも2種類の不正があるように思う。第一に、画像を初めとする実験結果の捏造が疑われている問題、第二に、博士論文・学術論文における剽窃の問題である。これらを一緒くたにして、研究者としての資質や経験、姿勢の問題として考えてしまうと、問題の本質を見失う。

ここでは、小保方氏の英語面接問題を機会に、第二の問題に焦点を当ててみたい。確かに、少なくとも自然科学分野において第一の問題が主要であることには間違いないが、不正の有無に関して厳密に評価することはたった一本の論文でさえ極めて困難であるし、今後の予防策にしても、最終的には研究者個人の academic integrity に期待せざるを得ない側面が大きい。一方で、第二の問題については、英文執筆という技術的で日本特有の問題を含む、不正の有無をはっきりと判定できる、システマティックな対策が取れる、という点でより建設的な議論が可能である。また、この問題は、日本特有の問題を含むため一国のアカデミアの評判に結びつきやすいという点でも、注目に値する。

2.コピペの根本的な原因は何か?

小保方氏の博士論文の導入部には、米研究機関NIHのホームページにある一般的な説明を引用せずにそのままコピーした文章が見つかった。その後、私は「こうした問題は、米国のアカデミアでも一般的なものなのか?」という質問を日本人の知人から何度も受けた。

その時の私の答えは「おそらく、米国では同様の問題はかなり少ない」というものだ。もちろん、問題はどの国にもあるだろう。米国にはディプロマミルと呼ばれる偽の博士号を出す大学まで存在しているのだから、コピペ程度の問題が存在しないはずがない。しかし、私はこのコピペ問題は、基本的には科学者としての資質というよりも英語力の問題であると思っている。

例えば、英語を母語とする博士課程の院生が博論の導入部をNIHからコピペしようと考えたとしよう。全文そのままコピーしたのでは、不正検知ソフトに見つかるかも知れないし、論文の審査委員に剽窃を指摘されるかも知れず、とてもリスクが高い。一方で、複数の出所から良い部分を取ってきたり、文章を自分の言葉で置き換えたりすることなど、英語を母語とする人には大した手間ではない。つまり、そのまま全部コピペすることは、かなりいい加減な人にとっても、割の合わないリスクを取ることなる。そんな人が多いとは、とても思えないのだ。

3.日本のアカデミアはどう対処すべきか?

それでは、日本人の研究者ももっとみっちり英語を勉強すべきかというと、私はあまりそうは思わない。人が持ってる時間は有限であり、ネイティブスピーカーなら誰でも話せる英語に時間をかけるよりも、その人にしかできない研究に集中した方が生産性が高いからだ。問題となっている小保方氏の英語面接省略にしても、結果としては凶と出たが、本当に価値の高い研究者がいたなら、英語が苦手というだけで採用しないのはあまりに勿体ないだろう。

望ましいのは、日本にいる研究者が英文執筆を指導してもらえる仕組みを、大学内なり複数大学の連携で作ることだ。米国の大学ですら、大学図書館などが主体となって、研究者により良い論文の作成をアドバイスするライティングセンターが設置されているのが普通だが、日本では研究者向けのサービスは少ないようだ。英文執筆に不安をかかえる人が多い日本の大学では、こうしたサービスの効果は非常に大きいはずだ。特に、社会科学や人文科学の分野において、日本の大学の評価が全般的に高くない大きな理由の一つは、英文執筆の技術が雑誌掲載の可否を左右する、という事であろう。

「大学の研究者が "英語の先生" に英語を添削してもらうなんて情けない」などと世間には思われるだろうが、在米の日本人研究者でさえ、論文にネイティブチェックをかけてもらうのは全く珍しいことではないし、私も、例えば経済系など文章力が重要な雑誌に投稿する際にはネイティブチェックをしてもらうことが多い。しかも、実は米国にいる場合ですら、意外に "英語の先生" を探すことは難しかったりするのだ。一線級の研究者には頼みづらいし、分野外の人ではネイティブと言えども正しく直す事ができない。以前ある知人が、英文学の専門家に統計学の論文を直してしてもらったところ、とても洒落た文章になったが、レフリーから「統計学の論文は小説ではない」とリジェクトされてしまった、などという笑い話もある。結局、同じ分野の旧来の知人とか、分野が近くて比較的優秀なネイティブの大学院生を見つけて頼む、という結構面倒なことになるのである。

翻訳業者に頼む手もあるが、料金は非常に高いし、満足な結果が得られないことも多い。そもそも、書かれた文章を100%理解することは書いた人以外にはできないわけで、論文を丸投げして直してもらうのではその精度には自ずから限界があるのだ。機密保持契約はあるとはいえ、機密保持の観点からも不安がある。

それでは具体的に、どうすれば英文執筆支援の仕組みを整えられるだろうか。例えば、英語圏から博士課程の学生やポスドクを数年契約で受け入れて、勤務条件の中に、専門分野の英文指導を入れれば良い。海外の一流の研究者を日本の大学にパーマネントに招くことは非常に難しいが、博士課程やポスドクの若手であれば、金銭的な条件と十分な研究環境さえあれば、数年間来てもらうことは現実的なのではないか。

そもそも、多くの政治家や文科省の役人、そして多くの一般人が頭の中に描く大学の国際化というのは、何も、日本人研究者より一本でも論文の多い中国人や韓国人研究者に日本の大学を席巻させることではないだろう。それは、今ある日本の大学が、学問の中心である英語圏のコミュニティーと十分に連携を保てるようになることなのではないか、と私は思っている。そうした観点からは、上で述べたような仕組みを作ることは、むしろグローバル化の本来の目的に沿っているし、論文の増加を通じて日本の大学のランキングを上げることにも、もっとも直接的に貢献するだろう。


4.事態の改善を阻む、政府と大学のメンツ

なぜ、こんなに良いことずくめの改革が進められていないのだろうか。むろん、直接的には、どこから予算を持ってくるかかという問題がある。政治的には、大学の最大の顧客である学部生にあまり恩恵がないので、有権者の賛同が得にくいという面もあるだろう。しかし最大の問題は「大学の研究者が "英語の先生" に英語を添削してもらうなんて情けない」という世間体の問題ではないだろうか。「海外から一流の研究者を招聘し、世界で通用する大学へ」といったスローガンの方が「英語苦手だから米国人のポスドクでも雇ってなんとかして(泣)」というよりも、圧倒的にカッコいいし、プライドも維持できる。

しかし、地盤沈下の危機にある日本の大学にとって、いま必要なことは、より地に足が着いた政策を実施することではないだろうか。
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No title

小保方氏の博論の問題のニュースを最初に聞いたときに私も同様の感想を持ちました。私はアメリカで社会科学の博士をとったのですが、English writingは相当苦労しましたし、いまだに簡単ではありません。論文を投稿するときにはネイティブによるチェックを必ず受けますし。

アメリカで出会った自然科学の日本人ポスドクでSpeakingが十分だと思う人がほとんどいない、というのもあり、日本の理系の研究者がみんな英語が書けるかのように振舞っているというのは、前々から奇異な印象を持っていました。大学院を終了する時点で、論文はともかくとして、博論のモチベーションを書くほどのレベルに達しない人がいても、研究に価値があれば別に構わないでしょう。剽窃は決して褒められたことではありませんが、現状を認め、それに対処してこなかったことの歪みがこのような形で現れているのではないか、と。

> 日本人の研究者ももっとみっちり英語を勉強すべきか
この点に関しては、東大を超えるような大学で職を得たいのであれば、多分必要ですが、自然科学は大して英語ができなくても十分な研究環境が得られることを考えると、プライオリティを置くべきではないですよね。ただ、自分の分野で留学経験がない、あるいは短い人の学会発表を聞くと、とんでもない英語をしゃべっていたりするので、あまり軽視してはいけないと思いますが。

No title

matさん:

書かれている点のほとんどに共感するのですが、

「アメリカで出会った自然科学の日本人ポスドクでSpeakingが十分だと思う人がほとんどいない、というのもあり、日本の理系の研究者がみんな英語が書けるかのように振舞っているというのは、前々から奇異な印象を持っていました。」

の部分は誤解があると思います。全くしゃべれなくても、英語をちゃんと書ける人は自然科学系の日本人研究者の中にはたくさんいると思います。フィールズ賞受賞者の小平邦彦氏の自伝にも、Princetonに行った時に、大学の秘書が、英語が全くしゃべれない小平氏が書いた英語論文を見て、不思議がった、というような記述があります。

逆に、ネイティブスピーカーと全く問題ないレベルの会話ができるように見えて、英語でビジネスの電子メールすら満足に書けない日本人もたくさんいるようですし。そもそも、米国人の大学生でもまともに論理的な文章を書けない人はたくさんいます。

No title

 はじめまして、NJのR大学にて行政学のPhD Programに所属している者です。「日本にいる研究者が英文執筆を指導してもらえる仕組みを、大学内なり複数大学の連携で作ることだ。」に賛成です。特に複数大学連携で研究者の英語執筆を指導あるいは研修する仕組みがあれば、非常に有意義だと考えます。
 経済学に比べると、政治・行政分野の日本人PhD取得者は少なく、国際ジャーナルにおけるpublicationは多くありません。ただ、私が日本人の英文研究発表等(特にquantitative study)を見る限りでは、英語における論文の構造(intro, theoretical framework, methodology, findings...)及び統計手法(Willyさん宛てに恐縮です...自分もまだまだです)が良く理解されていないことが、多くの日本人研究者の国際的活躍を制限しているように感じています。
 アメリカではInter-university Consortium for Political and Social Research (ICPSR)という複数の研究大学で組織された機関が、政治学、公共政策/行政、社会学の若手研究者(PhD学生、ポスドク、助教)に対し最先端の統計手法を研修する仕組みがあり、60年以上続いています。日本の複数大学で連携し、英語論文の構成の仕方や統計手法を研修するような仕組みができれば(Willyさんは是非教える側で!)、中国・韓国に比べ大きく遅れている日本の社会科学研究の国際化が進むと考えています。

No title

Shugoさん:

コメントありがとうございます。理系では研究所によっては英文指導のために米国人ポスドクを入れているところもあるようですが、分野毎に入れるためにはかなりの規模が必要になりますから、大学間の協力をした方がよいでしょうね。とりあえず、首都圏の大学で協力して1つ、大阪・京都エリアに1つ作ってみるとか。

No title

初コメします。WA州の大学院で政治学博士課程をやっている者です。同じ在米研究者としていつも楽しく読ませてもらっており、Willyさんの鋭い観察からいつも勉強させてもらっています。今まで何度かコメントしようかと思いましたが、勇気がありませんでした(笑)。

主張には基本的に賛成ですが、他の方が既に指摘されているように、現代の研究者が国際的(英語圏)に活躍する条件として、ライティングに加えてスピーキング(プレゼン能力)も必要条件と思われます。博士課程のコースワークが終われば、自分の研究において外部との接触を持つのはその2点しかないからです。明石康氏は、「自分の世代は「カーライルのごとき書き、赤子のようにしゃべる」英語」で何とかなったそうですが、現代は自分の研究をバックグラウンドがない一般向けに分かりやすく話す能力が(競争資金獲得の上でも)必要とされています。iPS細胞の山中先生もプレゼンに注力されたようで、政府から支援を得る際にも役立ったようです。ですので、ライティングとプレゼン能力はパッケージで考えなければどこかで躓くか、欧米諸国とのギャップを埋めるのは難しいと思われます。

理工系は人文社会系に比べてだいぶ国際化が進んでいるという認識があり(論文を基本英語で出すなど)、論文の書き方などもコースワークで消化するのが普通に行われていると思っていましたが、どうやらそうでもないようですね…。研究が専門化・細分化(悪く言えばタコツボ化)していることの弊害でしょうか。

個人的な印象では、政府(文○省)は自らの力で名を挙げた人を持ち上げて、あたかも「国が支援しました」みたいな後出しジャンケンをする傾向があるので、あまり期待していません。また、日本人が国外に出て活動することをあまり好ましく思っていないのではないかという節もあります(スポーツや芸能を除く)。成果を出すならできれば日本で…みたいな。海外在住の日本人への支援が全くなく、日本に興味のある外国人の方が政府の支援を受けやすいという皮肉な現状がそれを表していると思います。この点につき、今度Willyさんの私見を聞かせてもらえると幸いです。

No title

ysさん:

確かに交流という意味では会話力、プレゼン力は必須ですね。詳しくは知りませんが、人文系はまず、論文を十分に出して地位を上げ、それから国際化というのが良いのかも知れません。

私は基本的に「政府は日本国内の研究者を支援する」という事で良いと思いますが、日本は外国人の定着が難しい国ですから、日本人を外に出してから戻した方が良いとも言え、難しいところです。

ただはっきり言えるのは「国内の大学に外国人教員の割合を増やす」という目標は常軌を逸しているという事です。あくまで同じ実力なら日本人を優先すべきです。研究成果や英語力を考慮することは考えられますが、単に外国籍であれば良いということであれば、留学生の国別割合などから判断する限り、日本人のポストを中国人に置き換えるだけに終わるでしょう。大学院内の第一言語が中国語になっても驚きません。また、どこかの芸能人ランナーではないですが、そのうち日本人研究者がわざわざ日本国籍を捨ててマイナーな国の国籍を取得することも十分に考えられます。

No title

返答ありがとうございます。しつこいようですが、最初のコメントが言葉足らずだったので、追加させてください。

STAP問題は論文発表の記者会見時から直感的に関心を寄せていたのですが、何故かというのがようやく最近分かったような気がします。くだんの女性研究者と年齢が近いというのもありますが、一連の「問題」を私は人材育成のそれと捉えています。

人口減の下、日本が現在の豊かさを維持していくためには(唯一の資源と言ってもいい)人的資本に注力するのは自明の理だと思っております。日本人がどこに住んでいようが、支援体制を整えるのが国家政策としてあるべき姿なのかな、と。それがWillyさんが以前指摘されていた、日本人ネットワークをアメリカで強くしていくことにも繋がると思います(笑)。

彼女の同年代の研究者としては、今後、研究内容を見ずに年齢だけを見て、彼女を例に挙げて「○○歳以下の研究者はダメだ」と紋切り型の評価を下されるような風潮が出てくる可能性を危惧しています。「新卒」に価値がおかれるように、日本だったら年齢制限で閉め出すとか十分ありえそうな話ですので…。駄文失礼しました。

No title

YSさん:

政治学を専攻されている方に釈迦に説法、という感じではありますが、基本的に国とは領域の事であるにもかかわらず、日本人が考える日本というのは一言で言えば日本民族のことなのですよね。そのあたりにも、難しさがあるんだろうと思います。

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プロフィール

Willy

Author:Willy
日本の某大数学科で修士課程修了。
金融機関勤務を経て、米国の統計学科博士課程に留学。
2009年、某州立大数学科専任講師。2010年、助教。2016年、准教授。

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1.ルベーグ積分30講
―― 統計学を学ぶために。
   小説のように読める本。
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2.Matematical Statistics and Data Analysis
―― WS大指定教科書。
   応用も充実。学部上級。

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