米国アクチュアリーについて -- このエントリーを含むはてなブックマーク

去る冬学期にアクチュアリー関連の講義を受け持ったので、そのついでに先日、米国アクチュアリー試験の最初の二つ(P/1, FM/2)を受けて来た。また、つい先ほど、大手の医療保険会社のアクチュアリーと話をしてきたので、この機会に米国アクチュアリーのキャリアについて知ってる範囲で少し紹介してみたい。

1.キャリアの概要

アクチュアリーは米国では非常に労働環境が良い職業として有名で、2013年にはフォーブス誌のBest Job でNo.1に選ばれたほどである。アクチュアリーになるための標準的なルートは、数学科やビジネススクールにあるアクチュアリアルプログラムに入って勉強して、学士か修士を取り、なるべく早めに試験を受け、保険会社等のインターンで経験を積んで、就職する事だ。試験だけなら、本や問題集で勉強すれば済むが、専用のプログラムに入れば、予備知識と大学の単位習得を同時にできるし、何より保険会社とのコネクションを作りやすい。

アクチュアリーの賃金構造の特徴は、賃金カーブの傾きが長期間にわたって急であることだ。5万ドル台から始まる初任給はSTEM(科学/技術/工学/数学)系の職業の中で高いとは言えないが、その後、多くの試験にパスし経験を積むごとにどんどん高くなっていく。アクチュアリー人材紹介会社がまとめたところによると、損害保険分野で20年を超える経験を持つfellow (全ての試験にパスしたいわゆる「正会員」)の報酬レンジ(中央90%)は、17万7千〜49万8千ドル(約2100-5900万円)と驚くほど高くなっている。

米国の多くの職業では初任給は日本より高いが、転職してポジションのランクを上げていかないと大幅に昇給するのはなかなか難しい。特に、外国人には言葉の問題があるので、管理職になるのには、それなりの壁があるだろう。アクチュアリーは、賃金構造の点では外国人にもうまみがある職業だと言える。

もう一つ面白いのは、米国のアクチュアリーは数学的な職業にしては女性の比率が高い事だ。ある調査によれば最近のアクチュアリー専攻の学生のうち4割前後が女性となっている。アクチュアリーは、数学力が必要とは言っても、極めて難解な理論を理解したり、問題を解いたりという能力よりも、既存の理論をコツコツと身につけることが重要で、必ずしも男性にアドバンテージがある職業とは言えないのかも知れない。資格商売であるということも、出産のブランクなどが生じる女性には魅力的な面と言える。

2.試験の概要

アクチュアリー試験については、Wikipedia英語版のページを見れば分かりやすくまとめてあるが、日本語のページはないので簡単に説明しておこう。まず、米国にはSociety of Actuaries (SOA) と Casualty Actuarial Society (CAS)の二つのアクチュアリー会があり、CASは損保、SOAは生保・年金等それ以外のアクチュアリーの組織である。試験は各々の協会が行っており、Preliminary Exam(予備試験)、Validation by Educational Experience(VEE, 授業履修による認定)、Advanced Exam (専門試験) の3段階になっている。予備試験は確率論や統計学の試験で、SOAでは5科目、CASでは6科目あり、SOAの試験に合格すれば、対応したCASの試験をパスしたと認定してもらうことができる。VEEは、統計(回帰分析、時系列分析)、経済学(マクロ、ミクロ)、コーポレートファイナンスについての試験であり、大学でこれらの授業を履修していれば免除される。専門試験は、その分野のアクチュアリーになるのに必要な、統計、経済、会計、金融などの知識を問う試験だ。

3.試験対策

SOAの試験のシラバスや過去問、見本問題はここで公開されているので、指定された本を読んで問題が解けるようにしておけば良い。しかし、実際には読みにくいテキストも多いようで、アクチュアリー試験対策用のテキストを使う人が多いようだ。一つの試験に300時間の準備が目安とされているが、もちろん持っている数学や金融の知識、読解のスピードにもよる。最初の試験であるP/1については、学部レベルの確率論の基礎をきちんと学んだ人にとっては3日あれば十分だろう。

4.試験の様子

最初の2科目しか受けたことがないので主にその事について書く。予備試験のうち最初の4科目は、Prometric社が実施しているコンピューターによる択一式試験(CBT)だ。従って、TOEFL(CBT, iBT)やGREなどと同じ形式で行われる。即ち、予約した試験センターに行き、一人でブースに入ってコンピューターと向き合って試験を受ける。

日本のアクチュアリー試験は年末に3営業日連続で1次試験5科目全てが行われるが、米国の試験日は分散しており、P/1(奇数月)とFM/2(偶数月)が年6回、MFE/3FとC/4が年3回、MLCが年2回あり、受験日も1〜2週間の中から好きな日を選べるようになっている。

不正防止のためのチェックは非常に厳しい。鉛筆やメモ用紙も配布されたものしか使えないし、水やハンカチなども持ち込めない。電卓は指定された機種を持参して良いが、メモリーなどはリセットされ初期設定に戻される。実は最初に受験した時、電卓の設定を試験開始前に直していたら、試験開始スクリーンがタイムアウトしてしまい、スタッフがSOAに電話して設定をし直すハメになってしまった。

コンピューターでの試験なので、合否はその場で分かる。スコアは出ないが、合格が確実である旨の正式なレターを発行してくれる。保険会社の社員は、それで昇給したり、解雇されたりするのかも知れない。

5.試験の難易度

基本的にCBTでは合格率が約5割になるように合格点が設定されているようだ。今学期、FM/2の試験向けに金利の理論のクラスを教えて気付いたのだが、近年、米国人の数学力が落ちているせいか、試験問題は10〜20年前の過去問と比べて極端に簡単になっている。日本の試験に例えれば、一流国立大の二次試験のレベルだったのが、センターレベルの試験になってしまったという感じだろうか。難易度は、SOAのウェブサイトにあるサンプル問題と同じか、僅かに易しいくらいのレベルである。

それでも、3時間で30問(P/1)〜35問(FM/2)という時間制約はタイトだ。私が2〜3日の準備をして受けたP/1という一番簡単な試験でさえ、全問解くのには2時間かかり、残りの1時間でなんとか全ての見直しが出来たという感じだ。言い方は悪いが、三流大の数学科卒でも誰でも受かるとか、文系でも準備さえすれば誰でも受かるというレベルの試験ではない。数学の教育レベルが低い米国とはいえ、儲かる職業にはそれなりに優秀な人材が集まっているのだ。また、中国人留学生に聞いたのだが、中国では米国アクチュアリー試験の受験料が安いらしく、大量の学生が受験している。それが合格基準点を押し上げているという側面もありそうだ。

6.インターンポジションの獲得

米国で職を得るにあたっては、まずは在学中の夏休み(学部であれば3年生終了後)にインターンポジションに就く事が非常に重要である。特に向き不向きのあるアクチュアリーのような職業では尚更その傾向が強いようだ。

そのために最も重視されるのが、(1)1〜2科目の試験に受かっていることと、(2)大学の成績が良いこと(GPAで概ね3.5以上)であるそうだ。試験は最低限の数学力を見るのに使われ、大学の成績は仕事をする上での論理的思考力や問題解決力との相関が非常に高いという経験則があるという。その次に大事なのが(3)コミュニケーション能力。現在では、キャッシュフローの計算などはかなり自動化されており、アクチュアリーにおいてもコミュニケーション能力の重要性は高まっているという。そして、(4)コンピュータースキルも欠かせない。米国のアクチュアリーが最も頻繁に使うのはSASとSQLであり、これらのソフトに習熟しておくのは即戦力として見てもらうには不可欠だ。

7.日本人が米国アクチュアリーを目指すには

日本のアクチュアリーは、専門性と繁忙度の高さにも拘らず、あまり待遇が良くないとの声をよく聞く。日本の大手保険会社の給料は業種別ではかなり高い方だが、アクチュアリーに割増賃金を全く払っていない会社もあるようだ。言葉の問題さえクリアすれば、米国でアクチュアリーを目指した方がキャリア的には利益が大きいだろう。そこで、日本人がアクチュアリーを目指すにはどんなキャリアプランが有効だろうか。結論から書けば、外国人であればビザ取得の関係上、はじめは留学生として米国に来るのが成功し易いだろう。

留学費用や語学力、生活上の不安がなければ、学部から留学するのが最も理想的だ。高校では数学と英語に力を入れ、大学に入ったら微積や線形代数、確率論などを早めに履修していく。2年生終了後の夏休みには1〜2科目の試験にパスしておき、3年生になったらキャリアフェア等でインターンシップポジションを探しながら、統計学や経済学の授業を将来のために取っておく。インターンシップが成功すれば、キャリア的な成功は近いと言って良さそうだ。

もう一つの方法は、修士課程から留学することだろう。日本での学部の専攻は、数学か情報科学、あるいは経済学などでも良さそうだ。留学期間が短くなるので、米国アクチュアリー試験の最初の2科目については日本で学部在学中にパスしておき、統計学や統計ソフトの使い方などもある程度学んで貯金を作っておく。更に余裕があれば学部在学中に短期留学もしておきたい。修士課程入学後は、あくまで就職活動やネットワーキング、語学力向上を最優先にし、科目履修は可能であればVEEの認定を取れる科目を優先すると良いかも知れない。


アクチュアリーは、数学を使うもののビジネスやマネジメント寄りの職業だ。ビジネスといえばMBAのようなプログラムは華やかだが、現状では幼少時に海外経験のない日本人が米国でMBAを取っても、日本に帰ってコンサルや外資金融で激務のポジションに就くくらいしかまともなキャリアパスが無く、仮に就いても短期間で脱落する人も多い。米国での就労を目指すならば、数学さえ得意なら、アクチュアリーは結構魅力的な職業なのではないだろうか。

 
スポンサーサイト


コメントの投稿

非公開コメント

Quantitative Economics

先生にお聞きしたいことがあります。

在米の子供が Quantitative Economics を専攻したいと言います。この専攻について何かご存知のことがあれば教えていただけませんか。
business economics より数学を必要とするようですがどんなものか私にはわかりかねています。

アクチュアリーなんて響きがかっこいいですね。残念ながら子供はアクチュアリーになれるほど優秀ではないと、私も本人も自覚しています。

ここ2年ぐらいですが、NYCの保険会社が、データサイエンティストを雇っていますよ。 アクチュアリーの部分的な事だったり、投資関連のメトリックス、マーケティング(Prudential は米国在住の数百万人以上の人の詳細なデータを持ってます) だったり。 手法もマシーンラーニングより伝統的な統計学と言えそうです。 僕はマシーンラーニングの事を大してどうも思ってませんが (それ関連の人達ぐらい自分もプログラミングが出来たら良いとは思います)。 Willy さんはどう思われますか。 クレジット格付け会社のD&Bで働いてた人は、機械学習は基本的に overfitting なので使えないという結論に達したそうです。 僕は面接に呼んでもらえて色々と教えて頂きましたが、データサイエンティストの割りにはカバー範囲が狭い事もあり、辞退しました。

在米の方で子供の大学費用に年600万円使ったとかいう話も有りますが、これは資産の隠し方が下手だったんだと僕は思います。 それと自慢と。 下手に子供の大学費用を用意して真面目に頑張ってると、余程の余裕の有る家庭以外では深刻な状況に陥りますよね。

No title

メリーさん:

Quantitative Economics という名前のジャーナルはありますが、正式な分野名ではないのではないでしょうか(私は経済学が専門ではないので100%の自信はないですが)。従って、質問にきちんとお答えすることはできません。

おそらく、econometrics のようなものをイメージしているかなと思います。これは私見ですが、数学を多用する経済学というのは、(過度に)難しい数学の知識で他の経済学者を打ちのめす、という世界ですので、研究をするならかなり大変です。逆に、学部や修士あたりで就職するのであれば、細かい専攻まで気にせず興味のある科目を取れば良いのではないでしょうか。

No title

Sさん:

>ここ2年ぐらいですが、NYCの保険会社が、データサイエンティストを雇っていますよ。

情報ありがとうございます。損保会社がアクチュアリーとは別に統計屋を結構雇っていることは知っていたのですが、データサイエンティストもですか。時代の流れですね。機械学習の手法は、保険業界でもマーケティング等には有用でしょう。リスク評価に使うとなると、究極的には「保険」という商品の社会性に関わってくるので、規制すべきという議論は出てくるでしょうね。

>機械学習は基本的に overfitting なので使えないという結論に達したそうです。

これは流石に勉強不足のコメントですね。実用上役に立たないという事はあり得ますが。

>在米の方で子供の大学費用に年600万円使ったとかいう話も有りますが、これは資産の隠し方が下手だったんだと僕は思います。

おっしゃる事は分かりますが、このあたりの詳しい事情はよく知りません。FAFSAとCSSを正直に記入するのは前提として、どの項目がカウントされるのか、というのは実際のところよく分からないですよね。リタイアメントアカウントは比較的有利そうですが、不動産は貯金よりもどれくらい有利なのかとか。何かご存知でしたら教えてください。

ありがとうございます

質問にお答えくださり、ありがとうございます。

子供の通う大学でQuantitative Economicsをメジャーにできるようで、面白そうだと思ったようです。
難しい数学の知識で他の経済学者を打ちのめす、とはすごいですね。

ところで、アメリカの大学の学費は高額でびっくりしますね。でも、資産を隠すなんてことは素人には無理なような気がします。FafsaもCSSも税金の申告とリンクしていますしね。大学の合否にしても、ファイナンシャルエイドにしても全部ミステリーです。大学受験の何年も前から、ファイナンシャルプランナーを雇っている方がいるとは聞いたことがあります。

結局学費を節約するには、合格しても第一希望の学校は諦めさせ、ランクを下げて、メリットスカラーを頂ける学校にするか、公立大学にするかですね。

せっかくドリームスクールから合格通知が来ても、数日後に来た学費の案内でその大学への進学は無理だとがっかりさせたのはかわいそうですが、アメリカの高校生は大学進学とはそういうものだと心得ています。中間所得層には厳しいです。

No title

メリーさん

Quantitative Economicsというのは、学部生向けに「定量的なことを扱う経済学」という意味のゆるい括りで専攻を作ったのだと思います。

資産を隠すというのは嘘をつくということではありません。FAFSAやCSSで申告した資産であっても、401k/403b/IRA/RothIRAなどのリタイアメント口座は通常支払い能力の計算から除外してもらえると聞きますし、自宅不動産に関しても大学によって除外していると聞きます。何年かかければこうしたカウントされにくい資産にしておく事は可能ですよね。しかし実際にどういった計算式で自己負担分を計算しているのかというのは正確には分かりません。また、申告対象にならないように親の兄弟に事前に贈与して資産を消す、という人もいるでしょう。これはややグレーですね。
プロフィール

Willy

Author:Willy
日本の某大数学科で修士課程修了。
金融機関勤務を経て、米国の統計学科博士課程に留学。
2009年、某州立大数学科専任講師。2010年、助教。2016年、准教授。

検索フォーム
Twitter

Twitter < > Reload

お勧めの本
1.ルベーグ積分30講
―― 統計学を学ぶために。
   小説のように読める本。
   学部向け。


2.Matematical Statistics and Data Analysis
―― WS大指定教科書。
   応用も充実。学部上級。

全記事表示

全ての記事を表示する

最近のコメント
訪問者数 (UA)
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
海外情報
24位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
北アメリカ
5位
アクセスランキングを見る>>
人気記事Top10


(はてなブックマークより)

カテゴリー
最近のトラックバック
お勧めブログ