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「君はどこにでも行ける」とはどういうことか、図にしてみた -- このエントリーを含むはてなブックマーク

ホリエモンの「君はどこにでも行ける」を読み終えた。とても面白い本だったのだけど、ホリエモンの言う「国境は君の中にある」というメッセージが、私には少しぼんやりとしているように感じられた。そこで「グローバル化とは何か」そして「なぜ外国の人とのコミュニケーションが重要になってきているのか」ということについて、私なりの言葉で説明してみたい。

まず、グローバル化の本質は、世界中を旅行したり、他の国で働いたりすることではない。

実際、日本人が世界を旅するのなら20年前の方がずっと安い値段で色々なところに行けた。各国間の貧富の格差が今より大きく、日本はその最上位に位置していたからだ。当時、大学の夏休み明けに海外旅行帰りの友人と話すと、海外の物価がいかに安いかを語ってくれるのが常だった。昔の方が国の風景の違いも大きく旅の楽しみも大きかっただろう。20年前まで日本にスタバはなかったし、25年前まで北京にはマクドナルドはなかったが、今はどこにでもある。世界各地の美しい風景も、いまはインターネットで簡単に検索できる。

働くという事に関しても、グローバル化は必ずしも世界に出て行くことを意味しない。昔であれば、米国でゴールドマン・サックスのような投資銀行に勤めて一旗あげることも考えられたが、今日、グローバル化した大企業はわざわざ純日本人を米国で採用したりすることは少ない。東京支社なり支店なりで採用すれば済むからだ。

勉強にしても、オンラインの授業が充実してくれば、必ずしも発展途上国から先進国に留学する必要は無くなるだろう。英語にしても、英語圏から各国に情報や人材が流入したことで英語圏にいなくても格段に習得しやすくなっており、意欲的な留学生は既に話せるようになってから米国に来るようになってきている。

「グローバル時代だから英語を習得しないと」というのも、必ずしも正しくない。もしかしたら、早晩機械翻訳が飛躍的に進歩して外国語を話す必要はなくなってしまうかも知れない。

それではグローバル化とは何なのか?

それは一言で言えば「世界中が同じようになること」だ。世界中の富裕層がBMWに乗り、世界中の中間層がiPhoneを使い、アジア各地の大衆が韓流ドラマやAKBグループのライブを楽しむ。世界中の学生がスタバでネット接続してKahn Academyのビデオをみて勉強し、世界中の貧困層がウォルマートで雑貨や食料品を買うようになるまでにも、大して時間はかからないだろう。

図にすると下のようになる。
Globalization.png


グローバル化する前の世界では、住む国によって生活の水準が決まった。例えばアジアについて言えば、日本人の生活は豊かで、韓国や台湾はそれより貧しく、マレーシアやタイはもっと貧しく、中国、インド、ベトナムなどは信じられないくらい貧しい、といった具合だ。だから例えば、富裕層や中間層向けの製品である大型テレビを作るにしても、アジアに限って言えば日本人の好みに合わせて作れば良かった。同じ日本の中でも管理職の給料は工場労働者のそれより高かったが、日本人の誰もが他の国より豊かであることに誇りを持てたし、国民はみな同じ番組や新聞を見て、一体感を持って生活できた。

グローバル化した世界では、財やサービスが国を超えて流通するため各国間の差はどんどん縮まり、それぞれの国に明確な富裕層、中間層、貧困層が生まれる。図は経済的な格差について描いたが、知識や情報のレベルという点でも同じことが言える。世界中の高学歴層や知識階層が、海外の競合他社や研究者の情報を得て知識を深めあう。世界中の多数のホワイトカラーが同じハードウェアやソフトウェアを使って仕事をする。世界中で、同じビジネスモデルに従って同じ製品やサービスが提供される。

国の間の距離が縮まる一方で、仕事の内容や生活の仕方によって、経済、知識、情報に関するばらつきが大きくなり、国民の一体感は損なわれていく。

そんな世界では、これまでと同じように生きているつもりでも、付き合う世界は非常に狭くなっていく。たとえば、グローバル化する以前に「日本の中間層」として生活することは「アジアの中間層」として生活することとほぼ同義(図の左側)だったが、今後は「アジアの旧先進国」かつ「中間層」という非常に小さい交わり(図の右側)で生活することを意味するようになる。

したがって、ビジネスをする上でもそれ以外の仲間を作る上でも、右の図の横方向の繋がりを強めていくことが、豊かな生活を送るための鍵になっていく。世界がどんどん同質化して、わざわざ外国に行く機会は減っても、世界を串刺しにする横のつながりはますます重要になっていく。

国境が心の中で無意識な壁となると、これからの世界を生きる上ではとても狭い世界に自分を追いやることになる。昭和の時代に図の左側のごとく同じ国の中を横に自由に歩き回ったように、これからは図の右側のごとく世界を横に自由に歩き回ればよいということだろう。


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横の関係

そちらの春は一進一退でしょうか?

大企業のR&D生活に飽きて自分の人脈で香港、中国に来て20数年、たくさんの外国人、もちろん日本人とも仕事をしました。この本は読んでいないのですが、見てきた日本人の問題は圧倒的なコミュ力の欠落、ビジネス交渉事どころか外国人に対して自分の話や挨拶もできない人だらけです。まさかそんなところまで本社にお伺いではないでしょうに。

言語の問題はビジネスの場では通訳がいたり(私がやったり、、、)そうでなくても専門領域の話では相手に余程の悪意がなければ何とかなります。
中国で日本ハイテク信仰の失墜が始まったのは何年も前の某トラック品質偽装問題、管理が日本ハイテクを支えていると思われていたからです。オリジナリティでないところは見抜かれていました。

ここに書かれていることは遠い世界、ハイブラウの話ではありませんね。日本でも左右の関係移動(とそれを手に入れるための複数の大学教育など)が自身や仕事を救うことが始まっているようです。自分の子供の仕事ぶりから感じています。

すぐ上の書き込みに名前を忘れました。

No title

常無常人さん

興味深い経験談ありがとうございます。グローバル化後の世界(図の右側)を左右に動くことがリスク分散になる時代ですね。

複数の大学教育、まさにその通りだと思います。本文に書きませんでしたが、米国の博士課程はまさに図の左側から右側に移る手段です。入学前の経済状態は完全に出身国に依存した左側の状態なのに、卒業後は完全に能力だけで経済状態が決まる右側の状態です。
プロフィール

Willy

Author:Willy
日本の某大数学科で修士課程修了。
金融機関勤務を経て、米国の統計学科博士課程に留学。
2009年、某州立大数学科専任講師。2010年、助教。2016年、准教授。

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お勧めの本
1.ルベーグ積分30講
―― 統計学を学ぶために。
   小説のように読める本。
   学部向け。


2.Matematical Statistics and Data Analysis
―― WS大指定教科書。
   応用も充実。学部上級。

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