大学非常勤講師はなぜ大変なのか?
高学歴ワーキングプアが社会的に注目されるようになって久しい。
特に大学非常勤講師が経済的に非常に厳しい環境に置かれていることはよく話題になる。
52歳大学非常勤講師「年収200万円」の不条理
しかし、こうしたストーリーにネットでは結構厳しいコメントがつく事が多い。
上の記事に対するコメントには例えばこんな感じのものがある。


年収200万という極貧生活なのに同情を得られない大きな理由の一つは
表向きの時給が高い事だろう。まとめサイトによれば
「首都圏の大学での平均的な金額は1週間に1回(1コマ)90分の授業で1万円」
とのことで、これは知人などから聞く水準とも概ね合致する。
時給にすれば6700円と言ったところだ。
ただこれは講義する時間で考えた時給の話である。
例えば顧客の前でのプレゼンするのがメインの仕事であるビジネスマンに、
時給6700円でプレゼンの時間しか給料が出なくても高いと思うだろうか。
高いと思う人はほとんどいないだろう。
もう少し近い、他の教育機関での教職と比べたらどうだろうか。
実は、大学で授業をすることは小中高や塾などで授業をするよりも
とても時間がかかるのが普通である。
ここでは似たようで違いの大きい、塾と大学の授業を説明したいと思う。
私は日本で院生だった頃に時給6000円くらいで塾で数学を教えていた事があるが、
塾の仕組みというのはとても効率的考えられていて教える負担が小さい。
まず、教える内容がかなり細かく決まっている。
教える範囲はかなり狭いし、内容が大きく変わることも稀だ。
長年、文科省や出版社、塾などがカリキュラムを煮詰めてきているので
論理的にもあまり破綻のない議論の組み立て方が確立されている。
数学などでは
多くの塾は問題集を教えやすい順序に並べたようなタイプの独自の教科書を使っている。
講師はそれをみて理論の説明を簡単に黒板で説明したあと、
問題の解説を淡々と進めて行けば良い。
宿題は授業一回分ごとにオリジナルの教科書に載っており、解答と共に整理されている。
IT化も概して遅れているので、準備は板書する内容を詰めておく程度で済むのも楽だ。
試験の作成は塾全体で統一されているか、他の業者に委託されているのが普通だ。
採点は塾全体でまとめて行っていてそれなりの給料が出た。
コピーなどの雑用は事務のアルバイトがやってくれたし、
休んだ学生のために生徒のノート係のノートのコピーを塾が保管していたので
そうした対応も必要なかった。
もちろん、塾でも科目の責任者などになればそれなりに様々な業務があり
忙しくなるだろうが、私が言いたいことは、
企業として経営されている事の多い塾や予備校では
業務が無駄を省いたかなり効率的なものになっており、
コマをもつ講師自体の負担は最小限に止められているという事である。
一方の大学はどうだろう。
教科書が決まっておらず、まずその選定から始めなければいけない。
出版社からサンプルを送ってくるものもあるが、手配も面倒だし
連絡が取れなければ自腹で買わなければいけないこともある。
高校の教科書と違い、著者が1人あるいは数人だけで書いているので
説明が破綻していたり、流れが不自然なところも多い。
学生のレベルとの比較で一部だけ難しすぎたり易しすぎたりすることもあるし、
内容によっては複数の教科書を指定しなければならないこともある。
教科書を選んだら、次はシラバスを作りだ。
選んだテキストを元に15週に収まるように授業を計画しなければならない。
適当に計画すると、飛ばした章があとでどうしても必要になったりして破綻してしまう。
大学生向けの教科書は読めるように書いてあるので、
教科書の説明だけなぞっていれば学生から不満が出るので工夫が必要ということもある。
そして何より時間がかかるのはスライドの作成などだ。
教科書の内容のまとめだけでなく、
私が教えている統計で言えば、図表を作成してスライドに入れたりする必要がある。
全て板書なら準備はだいぶ楽なのだが、
統計の場合だと板書が不可能な図表も多いし、大学生レベルでは
説明の部分も全て書いていると時間がかかりすぎるという問題もある。
半期30回×100分のスライドだと大雑把に言って500枚くらいになる。
一時間に5枚作っても100時間かかることになる。
一旦準備すれば何年か使い回せるケースもあるものの内容は徐々に古くなるし、
毎年教える科目が変わったりするので、新しく準備する必要は常に出てくる。
教科書に演習問題は載っているケースもあるものの、
教員が適切に選んで出さないといけない。
解答がついていないものも多いし変な問題も多いから
これを選んだりするのも結構な手間がかかる。
自作の宿題を準備することも多い。
解答を作成したり、回収して採点すれば当然かなりの時間がかかるし、
「祖父の葬儀があったから宿題の期限を延長してくれ」
などという生徒もしょっちゅういる。
塾と異なり、学生にとって成績は大事なのでその辺りの要求も強くなる。
宿題の回収は手間がかかりすぎるので、
授業中に小テストをやったりするが
その準備と処理にも多少の時間はかかるし、
中間テストや期末テストも自作して採点することになるので
それなりに時間がかかる。
少なくとも授業時間の2倍くらいの時間は
授業の準備や雑用に取られるのが常だろう。
内容の難しい授業であればもっと時間がかかる。
私が教えているのは統計学はまだ準備は少なくて済む方かも知れない。
人文社会系など教える内容の何倍もの知識がないと
授業できないような分野では準備はさらに大変なケースもあるだろう。


そんな訳で非常勤の方が各学期に10コマも授業を持てば
計算上は一週間あたり90分×10コマで15時間に過ぎなくても、
実際には週40時間労働のサラリーマンに比べて
相当大きな負担になるのは間違いない。
しかも、一つの大学で10コマも持てることは稀で
通常は2-4校の大学を兼務するため移動にも時間がかかる。
それでも得られる年収は税込300万円程度に過ぎないのである。
そして何より大変なのは、
教えるという業務の本質は知識やノウハウの切り売りであり、
純粋な仕事とは別に時間をとって新たな事をインプットしていかないと
教員の知識はどんどん老朽化していく事だ。
そして、もし専任教員へのキャリアアップを図るのであれば、
新しい知識を元に論文を書いて実績を作っていく事が必須になる。
上記のような、非常勤講師としての多忙な非仕事を
片手間に行わなければならないというわけだ。
以上、大学にいない方にも、
非常勤講師の繁忙度と待遇の厳しさ、キャリア構築の難しさを
なるべく理解してもらえるように書いたつもりである。
「自己責任」
「好きでやってる仕事でしょ」
「もっと大変な人もたくさんいる」
と厳しい見方をする方々にも、
「あー、そういう大変さがあったのか」
と理解して頂ければと幸いである。


特に大学非常勤講師が経済的に非常に厳しい環境に置かれていることはよく話題になる。
52歳大学非常勤講師「年収200万円」の不条理
しかし、こうしたストーリーにネットでは結構厳しいコメントがつく事が多い。
上の記事に対するコメントには例えばこんな感じのものがある。


年収200万という極貧生活なのに同情を得られない大きな理由の一つは
表向きの時給が高い事だろう。まとめサイトによれば
「首都圏の大学での平均的な金額は1週間に1回(1コマ)90分の授業で1万円」
とのことで、これは知人などから聞く水準とも概ね合致する。
時給にすれば6700円と言ったところだ。
ただこれは講義する時間で考えた時給の話である。
例えば顧客の前でのプレゼンするのがメインの仕事であるビジネスマンに、
時給6700円でプレゼンの時間しか給料が出なくても高いと思うだろうか。
高いと思う人はほとんどいないだろう。
もう少し近い、他の教育機関での教職と比べたらどうだろうか。
実は、大学で授業をすることは小中高や塾などで授業をするよりも
とても時間がかかるのが普通である。
ここでは似たようで違いの大きい、塾と大学の授業を説明したいと思う。
私は日本で院生だった頃に時給6000円くらいで塾で数学を教えていた事があるが、
塾の仕組みというのはとても効率的考えられていて教える負担が小さい。
まず、教える内容がかなり細かく決まっている。
教える範囲はかなり狭いし、内容が大きく変わることも稀だ。
長年、文科省や出版社、塾などがカリキュラムを煮詰めてきているので
論理的にもあまり破綻のない議論の組み立て方が確立されている。
数学などでは
多くの塾は問題集を教えやすい順序に並べたようなタイプの独自の教科書を使っている。
講師はそれをみて理論の説明を簡単に黒板で説明したあと、
問題の解説を淡々と進めて行けば良い。
宿題は授業一回分ごとにオリジナルの教科書に載っており、解答と共に整理されている。
IT化も概して遅れているので、準備は板書する内容を詰めておく程度で済むのも楽だ。
試験の作成は塾全体で統一されているか、他の業者に委託されているのが普通だ。
採点は塾全体でまとめて行っていてそれなりの給料が出た。
コピーなどの雑用は事務のアルバイトがやってくれたし、
休んだ学生のために生徒のノート係のノートのコピーを塾が保管していたので
そうした対応も必要なかった。
もちろん、塾でも科目の責任者などになればそれなりに様々な業務があり
忙しくなるだろうが、私が言いたいことは、
企業として経営されている事の多い塾や予備校では
業務が無駄を省いたかなり効率的なものになっており、
コマをもつ講師自体の負担は最小限に止められているという事である。
一方の大学はどうだろう。
教科書が決まっておらず、まずその選定から始めなければいけない。
出版社からサンプルを送ってくるものもあるが、手配も面倒だし
連絡が取れなければ自腹で買わなければいけないこともある。
高校の教科書と違い、著者が1人あるいは数人だけで書いているので
説明が破綻していたり、流れが不自然なところも多い。
学生のレベルとの比較で一部だけ難しすぎたり易しすぎたりすることもあるし、
内容によっては複数の教科書を指定しなければならないこともある。
教科書を選んだら、次はシラバスを作りだ。
選んだテキストを元に15週に収まるように授業を計画しなければならない。
適当に計画すると、飛ばした章があとでどうしても必要になったりして破綻してしまう。
大学生向けの教科書は読めるように書いてあるので、
教科書の説明だけなぞっていれば学生から不満が出るので工夫が必要ということもある。
そして何より時間がかかるのはスライドの作成などだ。
教科書の内容のまとめだけでなく、
私が教えている統計で言えば、図表を作成してスライドに入れたりする必要がある。
全て板書なら準備はだいぶ楽なのだが、
統計の場合だと板書が不可能な図表も多いし、大学生レベルでは
説明の部分も全て書いていると時間がかかりすぎるという問題もある。
半期30回×100分のスライドだと大雑把に言って500枚くらいになる。
一時間に5枚作っても100時間かかることになる。
一旦準備すれば何年か使い回せるケースもあるものの内容は徐々に古くなるし、
毎年教える科目が変わったりするので、新しく準備する必要は常に出てくる。
教科書に演習問題は載っているケースもあるものの、
教員が適切に選んで出さないといけない。
解答がついていないものも多いし変な問題も多いから
これを選んだりするのも結構な手間がかかる。
自作の宿題を準備することも多い。
解答を作成したり、回収して採点すれば当然かなりの時間がかかるし、
「祖父の葬儀があったから宿題の期限を延長してくれ」
などという生徒もしょっちゅういる。
塾と異なり、学生にとって成績は大事なのでその辺りの要求も強くなる。
宿題の回収は手間がかかりすぎるので、
授業中に小テストをやったりするが
その準備と処理にも多少の時間はかかるし、
中間テストや期末テストも自作して採点することになるので
それなりに時間がかかる。
少なくとも授業時間の2倍くらいの時間は
授業の準備や雑用に取られるのが常だろう。
内容の難しい授業であればもっと時間がかかる。
私が教えているのは統計学はまだ準備は少なくて済む方かも知れない。
人文社会系など教える内容の何倍もの知識がないと
授業できないような分野では準備はさらに大変なケースもあるだろう。
そんな訳で非常勤の方が各学期に10コマも授業を持てば
計算上は一週間あたり90分×10コマで15時間に過ぎなくても、
実際には週40時間労働のサラリーマンに比べて
相当大きな負担になるのは間違いない。
しかも、一つの大学で10コマも持てることは稀で
通常は2-4校の大学を兼務するため移動にも時間がかかる。
それでも得られる年収は税込300万円程度に過ぎないのである。
そして何より大変なのは、
教えるという業務の本質は知識やノウハウの切り売りであり、
純粋な仕事とは別に時間をとって新たな事をインプットしていかないと
教員の知識はどんどん老朽化していく事だ。
そして、もし専任教員へのキャリアアップを図るのであれば、
新しい知識を元に論文を書いて実績を作っていく事が必須になる。
上記のような、非常勤講師としての多忙な非仕事を
片手間に行わなければならないというわけだ。
以上、大学にいない方にも、
非常勤講師の繁忙度と待遇の厳しさ、キャリア構築の難しさを
なるべく理解してもらえるように書いたつもりである。
「自己責任」
「好きでやってる仕事でしょ」
「もっと大変な人もたくさんいる」
と厳しい見方をする方々にも、
「あー、そういう大変さがあったのか」
と理解して頂ければと幸いである。
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