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ロスト・ジェネレーションが失ったもの -- このエントリーを含むはてなブックマーク

Chikirinさんが「この国で恵まれてるとロクなことにならない」にて、
またwasting time?さんが「バブル世代はそんなにうらやましいんだろうか?」にて
相次いで日本の労働問題についてタイトル通りのエントリーをした。
いずれも今を生きなければならない個人が持つべき視点としては賛同できるが
社会で起こっている平均的事実としては賛同できない
と思い、この記事を書くことにした。

僕が労働問題に関心を持っているのは理由の一つは、
日本社会がロスト・ジェネレーションを作ったことに対する怒りである。

アメリカに留学した2004年まで毎年、
僕は年末に地元の小学校の同窓生に声をかけて
元旦に飲み会をやっていた。
元旦に飲み会とは大胆、と思われるかもしれないが、
普段忙しい人や遠隔地にいる人も帰省するので
結構人が集まりやすいのである。

一番仲の良いグループは自分を含めて6人いた。
公立小学校の同窓生とはいえ、
仲の良い友人はそれなりに知的な人たちだった。
小学生の時には既に公文で高校数学をやっていて
本を読むのも異常に速かったT君、
同じく本を読むのが好きで異常に歴史に詳しい一方
大学でも体育会にも入っていたH君、
教育熱心な家庭で育ったK君などだ。

しかし、私が修士課程にいたとき、
学校を出て正社員として働いていたのは
昔から目立たないがしっかり者だったS君1人だけだった。
彼は地元の商業設備関係の企業に就職したのだが、
飲み会に来るといつも職場の愚痴を言って、
周りの人を少し困らせていた。

H君は何とか有名企業の子会社に就職したが
ブラック企業だったようで1年ほどで退職してしまった。
極度の寝不足で高速を運転しなければならない職場環境だったため、
居眠り運転で死にそうになり退職を決意したそうだ。
実際彼が働いていた頃、電話で話すと会話の途中で寝てしまった。
退職後は燃えつきて実家に戻ってフリーターをやっていた。

T君は「そこまで頑張って働く気がしない」と言って某有名大学を2回留年した後、
大学に籍を置きつつ実家に住んでフリーターのような生活をしていた。

K君は、美術系の専門学校に通ったがデッサンの単位がどうしても通らず
中退して、同じく実家で住みながらフリーターをしていた。

僕と、昔うんち好きの変態として知られたN君は、
修士課程に在学していた。

「僕らはこれまでの世代とはなんか違う」
という事にはもうその時に気づいていたし、
一部の学者は
「多くの若者が定職に就かない事で
将来的に人的資本の毀損が深刻になる」
といった内容の事を経済誌などで書いていた。
しかし多くの日本企業はそういった問題をほぼ完全放置したし、
政府も申し訳程度の対策しか行わなかった。


10年以上経った6人の状況は想定の範囲内だ。
H君はバイト先の本屋に就職し最近結婚したようだ、
T君もおそらく大学を卒業か中退してバイト先の企業に就職したようだ。
K君は5年前まではフリーターだった事が分かっているが、
その後は不明だ。
S君は結婚して地元にマンションを買った。
N君はメーカーの研究開発の仕事をしている。
子供も二人いるし最近家も買った。
僕は、留学してその後大学で働いている。

日本社会の変化の影響をあまり受けなかったのは、
S君、N君と僕の3人だけだろう。
H君は痛々しいほどに就職氷河期の被害者だ。
T君とK君は計画性が足りなかったかも知れないが、
「もしも就職環境がもっと良かったら」
「新卒じゃなくてもいい仕事に就ける社会だったら」
と思うと、やはり全て個人的問題として片付けるのは適切でないように思える。

ロスト・ジェネレーションの問題は、
社会だけでなく本人の問題を多く含んでいるし、
上手いこと影響を受けずに済んだ人も多い。
だから、自己責任として片付ける論陣を張る事は簡単だが、
僕には「自分の世代が平均的に他の世代と同じように幸せ」
だとはどうしても思えないのだ。

昨年、4年ぶりに帰国した私は、
N君と二人で何とか6人集めてみようと試みたが、
他の4人の両親を経由して伝言をお願いしたものの
結局もう連絡はつかなかった。
私が会った地元の友人はN君だけだ。

高校、大学、働いていた時の友人にもたくさん会ったが、
世間で言うところの勝ち組ばかりで、
間違ってもロスト・ジェネレーションなんて問題が話題にのぼることはない。
みな忙しいが、それなりに幸せそうな生活を送っている。
実のところ僕自身、「自分で考えて生きることができる時代」
に生まれた事を幸運だと思っている。
「週休1日で日曜日は会社の運動会に強制参加だった時代」
に働かなければならなかったとしたら、
本当にストレスだったと思う。
そう思っている同世代の人はそれなりにいるという実感もある。

それでも――繰り返しになるが――ロスト・ジェネレーションが平均的に、
他の時代に生まれた人と同じ様に幸せだとはどうしても思えない。
グローバル化や人口構造の歪みに伴う社会の構造変化など
理由は複雑で特定の主体を責めることはできないが、
問題を認識しながらほとんど対策を打たなかった日本社会に対して
僕はどうしても憤ってしまうのだ。


テーマ : 政治・経済・社会問題なんでも
ジャンル : 政治・経済

マイノリティ優遇は空気の読み方が肝 -- このエントリーを含むはてなブックマーク

九州大の数学科が後期日程の定員9人のうち5人の「女性枠」を作る
と発表した後で、「公平ではない」などと批判を受けて、
中止に追い込まれた。
(報道記事はこちら

数学のように日本では極端に男子の多い分野で、
ある程度女子を優遇するというのは間違った方向ではない。

極端に女性が少ないと、それを理由に躊躇する女性もいるだろう。
また男子学生にとっても、ある程度男女比が妥当な水準に落ち着いた方が
学生間のコミュニケーションも活発になり、
勉強や研究をする上でも良い影響を受ける可能性が高い。
卒業後の進路に関しても、大学ではアファーマティブ・アクションに
よって女性研究者に対する需要が相対的に高いので、
女性を増やすのは合理的な選択だ。

それでは、なぜ取りやめなければならないほど
強い批判を浴びてしまったのだろうか?
それは、やはりアプローチが稚拙であったということだ。
マイノリティ優遇のようなセンシティブな問題では、
大義名分を振りかざした上で詳細は非公表
という空気の読み方が肝ということだろう。


例えば、米国には黒人差別の歴史があるし
黒人は大学入試で優遇されているが、だからといって
「プリンストン大学では来年度から白人600名、
アジア系、黒人、その他の3人種を100名ずつとります」
というようなことにはならないし、それは職員の採用でも同様だ。
あるいは、レガシー枠、つまりコネ入学だってあるわけだが
「コネ入学枠は100人です。」
というようなことにもならない。

以前、独立記念日に米国人のパーティーに呼ばれた事があるのだが、
親類以外に招待されたのは3家族で、
きれいに黒人、ヒスパニック、アジア人が一家族ずつ呼ばれていた。
ああそういうことか、と思ったが、招待してくれた友人は
差し障りないような状況でも絶対に人種の話を出さないのだ。
例えば、後日その友人とパーティに来ていた人の話をした際に、
私がパーティー参加者名前と顔を一致させることができなくても、
その友人はなんとか人種を使わずに説明しようとするのだ。
「ヒスパニックの家族の奥さんよ」と言えば
一瞬で分かるのにもかかわらずだ。

米国では何かの選考にあたっては、
「人種、宗教、性別などいかなる出自に関する差別も行いません。
また、多様性を重視しマイノリティーを優遇します。」

という大義名分だけ表に出して、
詳細な基準は内内に決めてしまう。
出自に関する差別をしなかったら、
マイノリティーを優遇することは不可能なわけで
この2文は真っ向から矛盾しているのだが
具体的にどうするのかははっきりしないので
文句を言われることも少ない。

九州大の入試にしても、
「後期試験では、多様な人材を確保するため、
試験の得点を含めて人物を総合的に評価します。」

とでもしておけば良かったのではないか。
高々9人の合格者を決めるのに、
「得点順で合否を決定。ただし女性を5人以上」
というような機械的なアルゴリズムが必要だとはとても思えない。

しかし、もし世論がそうした不透明性さえ許さないとすれば、
日本はアカウンタビリティに対するコストが高すぎる社会
になってしまったということだろう。


テーマ : 政治・経済・社会問題なんでも
ジャンル : 政治・経済

数学を勉強することは無益 -- このエントリーを含むはてなブックマーク

「数学を勉強しても社会に出て役に立たない。実際、
大人になってから四則演算以上の数学ができなくて困った事はない。」

という人は自称知識人の間にもいる。
そうした意見に心地よさを感じる人は結構いるだろう。
そういうのを聞いても別に反論する気にはならないが
「かわいそうだな」と思うし、
できればそのままでいて欲しいと思う。

もう少し分かり易い例を出そう。

例えば、
ブサメンの男性が
「イケメンでも社会に出て役に立たない。実際、
大人になってからブサメンで困った事はない。」とか
不細工な女性が
「美人でも社会に出て役に立たない。実際、
大人になってから不細工で困った事はない。」とか
言っていたらどう思うだろうか。
あなたがイケメンや美人でも、
別に反論しようとは思わないだろうが、
その代わりに「かわいそうだな」と思うだろう。
そういう人たちがいなければ
あなたはメリットを享受できない。

確かに、数学ができる女の子と美人な女の子を比べると
明らかに後者の方がメリットは分かり易い。
それは男でも同様だ(経験者は語る)。
そこで金融業界を例として、
数学力と可能な仕事の関係を考えてみよう。

足し算ができると、歩合制社員として顧客営業ができます。
掛け算ができると、スタッフとして資産の運用を手伝えます。
指数ができると、資産運用の長期計画を立てたることができます。
対数ができると、足し算しかできない人に掛け算をやらせるシステムを作れます。
微分ができると、効用関数を微分して保険商品を開発できます。
線形代数ができると、複数の商品のリスクを統合して管理できます。
確率微分方程式ができると、リスク資産を証券化して資産運用効率を上げられます。

資金を集めてくる営業要員が一番たくさん必要なので、
みなさん、数学を勉強しないで下さい。


テーマ : 算数・数学の学習
ジャンル : 学校・教育

原発事故報道に見た日本のマスコミの姿勢 -- このエントリーを含むはてなブックマーク

3月11日に大地震と原発事故が起こってから、
ニュースをいろいろ見ていて一番強く感じた事は、
相変わらず日本のマスコミは、
情報を流すためにあるのではなく
政府の宣伝機関兼営利企業なのだなあ、
ということだった。
マスコミはこれまでの歴史の中でも
世論を操作するためにいろいろやってきたわけだが、
ここまで情報化された社会でまだそんなことをやっている
というのは、少し驚きだった。
携帯電話かパソコンさえあれば、
NHKや読売のニュースを見るかわりに
New York Times や Wall Street Journal を
見ることはいとも簡単なことだ。
英語が読めなくても、誰かが日本語で要点を
Twitter なりブログなりに書き込めば、
情報は伝わってしまう。
そんな社会でも、なおテレビや新聞の報道は
世論に対して大きな影響力を持っており、
そうした情報しか手に入れることができない
情報弱者が大勢いるのだということを実感した。

別にマスコミがやっていることが
間違っていると言っているわけではない。
仮に事態が悪化して原発事故の危険が首都圏に及んだとしても
経済活動の継続や移動手段の問題から首都圏の人が全員、
近畿以西に逃げるということは不可能だ。
(私は状況の良し悪しに関わらず避難地域が大幅に
拡大されることはないと思っている。)
その前提に立てば、むしろ政策的に重要なのは
混乱を抑えることで被害を最小化することだろう。
日本のマスコミが特異なのは、
政府の具体的な指示があったにせよなかったにせよ、
ほぼ一様にそうした政府の意向をそのまま
受けて入れていることだ。

例えば、自衛隊がヘリコプターから水を撒いて
原子炉を冷やすなんていうことをやっているが、
New York Times の論調では、
これは計画(plan)というよりは祈り(pray)のようなものであり、
人々は政府が精一杯なんかをしているということを目でみたいのだ
という内容になっている。
一方で、日本のマスコミ
「今日は何トン放水」とか「何時から再開」というような
詳細かつ実質的にはあまり意味の無い情報をたくさん流す一方で
放水自体にどれくらいの意味があるのか
ということはほとんど報道しない。

繰り返すが、日本のマスコミが間違ったことを
やっているということを言いたいわけではない。
私が子供の時、土曜のゴールデンタイムにやっていた
「8時だよ全員集合!」という番組では、
クライマックスになると、爆竹を鳴らしたあとで
舞台セットの上の方から大量の水が降ってくるという
のはよくある結末だったし、
一般的に言ってお茶の間向けに
そういう映像を流すのは正解だと思う。

また、実質的な効果が小さいのであれば、
むやみに多くの作業員を危険に晒すのは理に叶わないが、
日本人は「なんとか決死隊」みたいなのが大好きだし、
実際、コントのタイトルをそのままコンビ名にした
雨上がり決死隊なんてのも活躍しているくらいだから
マスコミ的にはそういうのは正解に違いないのだ。

結局、何が言いたいのかというと、
日本のマスコミは社会的な影響や、
視聴者の求めるものをそれなりに合理的に判断して
番組を作っているが、
受け手側は、きちんとした情報を入手したいなら
それとは別の然るべき手段を取らなければならない
ということだ。具体的に大事なことは2つある。

一つは、一次ソースを直接見に行くということだ。
例えば、原子力災害対策特別措置法に基づいて、
東京電力は現場の放射線レベルを開示しなければならない。
ニュースでやっていなくても、そうした数値は
東京電力のウェブサイトに載っている。
また、数値以外の情報に関しても、
情緒的かつ断片的なマスコミの報道よりも
首相官邸の災害ページの方が若干ましな情報が得られる。
政府の発表には、国際機関や他国から情報開示の
プレッシャーがかかるからだ。

二つめは、バイアスの少ない記事を見に行くことだ。
一般的にはアメリカの報道機関が日本のものより中立的だという
保証はないが、日本における危険について、アメリカの
報道機関の方がより客観的に報道できる可能性が高い。
通常時は、海外で起こっていることでも非常に短時間のうちに
日本語記事になって報道されるため、わざわざ海外のマスコミ
の記事を読みにいく価値は高くないが、今回のような事件の
場合には海外のソースも読む価値がある。


今回の原発事故は、政府や東電の対応が叩かれているし、
実際、対応が良くなかった面はたくさんあると思うが、
これは別に日本固有の問題ではない。
仮にアメリカで同じような事故があったとしても、
程度の差こそあれ、政府は右往左往しただろうし、
大企業は情報を隠して事態を悪化させただろう。
それに比べ、日本のマスコミの特異性は
際立っているように私は感じた。


テーマ : 原発事故
ジャンル : ニュース

コアの能力をじっくり育てよう -- このエントリーを含むはてなブックマーク

このところ、日本の大人社会が
若者を見る目は非常に厳しくなっている。

若者は良い大学を出るだけでなく、
アルバイトやサークル活動でリーダーシップを発揮し、
夏休みはインターンシップを経験し、
英語を勉強してTOEICのスコアを出し、
できれば短期留学なんかも体験し、
面接では礼儀正しく好感を持てる態度で、
コミュ力と行動力と責任感を
見せることが求められる。
そうした能力はどれもあるに越したことはないが、
求められることが多すぎて学生が気の毒になってしまう。

自分のこれまでの経験を振り返ると、
世の中で生きていくために本当に必要な事は
もっと素朴で単純なことだ。

日本で大学院に進んだ時、金融機関で働いた時、
米国でPhDを取る時、大学で働くようになった時、論文を書いている時、
自分の強みの源泉はつまるところ、
高校時代の3年間、そして大学の数学科で4年間
数学を勉強したことだけだった。

大学1年生の9月頃だっただろうか、
大学で授業を受けていると3年生の先輩が中庭のベンチで寝ている。
3年生は気楽でいいなあ、と思いつつ授業が終わって外に出ると
ベンチから先輩に話しかけられた。

先輩A「おーい、Willy君!元気か!」
自分「あー、はい、まあまあです。」
先輩A「今日はいい事教えてやろう。いいか Willy よく聞け。」
自分「あー、はい。」
先輩A「一日3ページは教科書読め。後は一日何しててもいい。分かったか?」
自分「3ページですか。うーん、分かりました。」
先輩A「俺、今日はもう3ページ読んだ。飯でも食いにいこうぜ!」
自分「うーん、今度にしときます。それじゃまたゼミで。」



理論系の学問を専攻しなかった人は冗談だと思うかも知れないが、
この先輩の言った事はこの上なく正しい。
毎日3ページ、良い教科書をきちんと理解して読み進めれば、
1年で約3冊の専門書を仕上げることになり、
大学の成績はほぼ全てAが取れるし、東大の大学院にも楽勝で入れる。
ほとんどの一流企業も喜んでその学生を採用するだろう。
そして、キャリアを積む上でもコアの能力になることは間違いない。

1日3ページのペースできちんと読んで理解し
復習して自分のものにするためにはおそらく3時間くらい必要だが、
それは、家でやってもいいし、公園でやってもいいし、
好きな喫茶店でやってもいい。
朝9時からやれば昼までに終わってしまう計算なので
あとは友達と遊ぶなり、バイトするなり、好きにすればいい。

しかし、一見途轍もなく簡単そうなその計画は、
授業、バイト、サークル、スポーツ、友達、恋愛、麻雀、ゲーム、旅行
といったものに邪魔され、
実際はほとんどの人が達成できないまま終わるのだ。

私が数学者になれなかった(※)最大の原因の一つは、
一時期、他の事に気を取られて毎日3ページ進むことが
できなかったからだ。
アドバイスをしてくれた先輩は立派な数学者になった。
(※私はいまは統計屋であって数学者ではない。)


翻って、一般的なキャリアの問題を考えてみる。
「希望の会社に入社するには何をすればいいですか?」
という一般的な質問に無条件かつ具体的に答えなければいけないなら、
それはコミュ力、行動力、英語力のような
一般的なものにならざるを得ない。

しかし、本当に大事なのは自分のコアとなる能力を磨くことだ。
自分のコアとなる能力では全人口の上位1%に入らなければならない。
それは途轍もなく難しいことではない。
世の中に100種類の異なる能力があれば、
どの能力でも上位1%に入れない人は
0.99の100乗と考えれば、わずか37%に過ぎない。

「そうは言っても何でもできる人と何も出来ない人も大勢いる」
という文句が聞こえてきそうだが、
「何でもできる人でも結局何か1つ選ばなければならない」
というのもまた事実だ。
途中で諦めて進む道を変えた時も、
二つの経験を上手く組み合わせることができれば
より大きな強みになりうる。

そうした偏った能力を身につける事は、
人に自信とアイデンティティを与えて幸せにする。
0.99^100 = 0.37
は幸せなキャリアを実現するための等式だ。


テーマ : 就活
ジャンル : 就職・お仕事

共和党支持者は一体何を考えているのか? -- このエントリーを含むはてなブックマーク


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テーマ : アメリカ合衆国
ジャンル : 政治・経済

本日の「情熱大陸」に知り合いが出演します -- このエントリーを含むはてなブックマーク

高校生の頃は通学のために西武新宿線を使っていたのだが、
ある朝、下り電車の椅子に座ってボーっとしていると
何やら向かい側にサングラスをかけてブレザーを着た男が
ニヤニヤしてこちらの方を見ている。
怪しい奴だと思って無視を決め込んだが、
偶然にもそのサングラス男は同じ駅で下車した。

これが、柳谷氏との最初の遭遇だった。
その男が自分が通っている高校の数学の先生だと
知ったのは何ヶ月か後のことである。

私は、幸か不幸か彼の授業を受けずに卒業したのだが、
卒業から3年半後、母校へ教育実習に行った際に
指導者だったのが柳谷氏だった。

その年は15人前後の実習生がいて、
6月のある月曜日から2週間の実習を
受けることになっていたが
私だけは他の学生より2日早く
前週の木曜日に学校に呼ばれた。

初めての日、懐かしさ一杯で母校を訪れると柳谷氏は
「今週末から2週間ほどブルガリアの学会に行って
くるので、代わりに授業やっといて下さい。
いや~、Willy 君が来てくれて助かりました!」

と言っていなくなってしまった。

翌月曜日に柳谷氏がいなくなったのに気づいて
「あれ?柳谷どこいった?」
とたずねる生徒に、
「あー、柳谷先生はブルガリアに出張に行ったんだよね。」
と伝えると生徒達は
「柳谷、給料ドロボーじゃねーか!」
などとよく分からないところに怒っている。
とりあえず監督者もいないので、
私の教育実習は気楽に2週間授業をして
難なく終わった。

なんでテレビに出ることになったのかはよく知らないが、
前週のゲストは今井美樹らしいし
結構な快挙なのではないかと思う。

録画して実家から送ってもらうのが今から楽しみだ。

放送時間:2月27日(日)午後11時~ (TBS系列?)
柳谷氏の顔写真など詳細はこちらから


テーマ : TV番組
ジャンル : テレビ・ラジオ

日本企業就労適性診断テスト -- このエントリーを含むはてなブックマーク


先日、独断と偏見に基づく「海外就労適性診断テスト」を掲載したが、
「89点でした」とコメントを頂いた方のブログを拝見したところ
日本での就職活動がうまく行かなかったという体験談が書かれていた。

どこの国で働くにも必要なスキルは基本的には同じだが
国によって求められる能力は若干異なる。
私は、日本でも働いていたので、
今度は日本版の診断テストを作ってみた。

<日本企業就労適性診断テスト> (全て Yes/No の二択)

1.一流大卒ではないが、熱意と行動力には自信がある。

2.大学では法律や経済を専攻、あるいは薬学などの専門学位を得た。

3.アカデミックには全く興味がない。

4.男性である。

5.20歳までは日本で育った。

6.TOEICは600点以上あるが、TOEFLは受けた事がない。

7.黙々と仕事をこなすタイプだ。

8.日本のテレビが好きだ。

9.日本の食文化の豊かさは世界一だ。

10.コネで就職する人はずるいと思う。

11.頼まれると断れないタチだ。

12.中古車は当たり外れが多いので嫌いだ。

13.日本企業に就職してもなんとしても海外に出たい。

14.病欠は少ないほうだ。



採点基準:
Q1: Yes: +12, NO: 0
Q2: Yes: +4, NO: 0
Q3: Yes: +7, NO: 0
Q4: Yes: +14, NO: 0
Q5: Yes: +7, NO: 0
Q6: Yes: +5, NO: 0
Q7: Yes: +10, NO: 0
Q8: Yes: +4, NO: 0
Q9: Yes: +4, NO: 0
Q10: Yes: +4, NO: 0
Q11: Yes: +10, NO: 0
Q12: Yes: +7, NO: 0
Q13: Yes: 0, NO: +6
Q14: Yes: +6, NO: 0

80点~:4月からでも是非弊社に。
60点~:人事に伝えます。
40点~:暇だったら受けに来てもいいんだよ。
40点未満:今後のご活躍をお祈りしております。

(ちなみに私の自己採点は44点)

質問7~12、14あたりの回答の辻褄が
なぜか前回のテストと合わない人。
→どこの国でもやっていけます。




テーマ : 就職・転職・起業
ジャンル : 就職・お仕事

大相撲の危機-本当の理由 -- このエントリーを含むはてなブックマーク

大相撲の八百長問題に関して「ウミを出し切るべき」などという
意見が出ているが、昔から公然と語られてきた問題だけに
白々しいと感じている人が多いだろう。

経済学者の Levitt はベストセラーとなった著書:
Freakonomics (邦訳:ヤバい経済学 [増補改訂版]
の中で、7勝7敗の力士が千秋楽に勝ち越す比率が異常に高い事を以って
「八百長の疑いが濃厚」と結論付けたが、
そんなことは昔から分かっていたことだ。
相撲オタだった私が小学生の頃ですら、
7勝7敗力士の勝率が異常に高いことには気づいていたので
当然、関係者や相撲評論家であればみんな知っていただろう。
元関取の板井や若の鵬はマスコミでも公然と八百長の存在を認めているし、
貴乃花ですら、やくみつるの誘導尋問に引っかかって、
若乃花の横綱昇進に関して八百長があったことをテレビで暗に認めたことがある。

注目すべき事はむしろ、
近年立て続けに起こった相撲協会の不祥事では
相撲協会への批判が非常に熾烈なものとなっている点だ。


2007年の時津風部屋力士暴行死事件などは、
以前から心不全などで似た例があったと言われているが
今回ばかりは刑事事件に発展した。
もちろん、世の中の目が全体に厳しくなり
事件のもみ消しが困難になった面もあるだろう。

しかし、相撲協会に絶え間なく圧力がかかっている
本当の理由は相撲協会の経営環境が悪化した事だ。


過去4年間の相撲協会の事業関連収入と支出を見れば
相撲協会の経営が急速に悪化していることが分かる。
最近2年分は予算段階だが、近年4年間のデータを見る限り
予算は前年度の数値の後追いのため決算はより悪い数値で着地しており、
実態はもっと悪い可能性が高い。
もちろん、春場所の中止によって更に
10億円規模の莫大な損失が出るだろう。
また近年は、年間28億円と言われ協会の収入の3割近くを占める
放映権料を払っているNHKの経営状態も、以前ほど余裕がない。

相撲協会
(相撲協会会計書類から筆者作成)

ある時点で協会の経営状態が大幅に悪化することは何年も前から想定できた。
大相撲の人気は若貴ブーム以降ほぼずっと下降線だったが、
当初は、チケットが需要過剰だったことによるバッファや、
チケットの販売価格と市場価格の差というバッファが
協会の経営の緩衝材になったからだ。
(ただし、その部分を利益にしてきた相撲茶屋などは
その影響を早くから受けた。)
それが近年になって、正式な売り上げの急減という形で
相撲協会の経営に大きなインパクトを与えることになった。

現在の経営危機は、予測できた問題を何年も
放置してきたツケだといえる。


そんな中、政府や監督官庁である文科省はいよいよ
中卒の元力士が経営に当たっている相撲協会を
本格的に文科省の統制化に置いて経営陣を送り込むのか、
あるいは突き放して一般の営利団体として運営させるのか、
判断している最中なのだろう。
今なら八百長カードという最強の切り札を
使って相撲協会を変えることが出来る。

10年、20年先を考えたとき、
元力士の集団に相撲協会を経営する手腕がない事はほぼ明らかである。
今、本当に試されているのは政府と文科省の経営判断なのだ。


テーマ : 大相撲
ジャンル : スポーツ

英語ウェブサイトにルビを振るサイト -- このエントリーを含むはてなブックマーク

英文のウェブサイトにルビを振ってくれる Zurukko というウェブサイトがあるそうだ。

例えば、Yahoo News(英語版) のエジプトに関する記事 入力した結果は次のようになる。

CAIRO<カイロ(Reutersロイター通信社) – Crowds群衆 gathered集めた物 in central中心の Cairoカイロ on Tuesday火曜日 for a protest抗議 they彼ら hoped希望 would swell流行の服装をした to a million100万の people民族 demanding要求すること an end最終の to the 30-year年-rule規則 of President大統領 Hosniホスニ Mubarakムーバラク.



Yahooのページでも、ロイター、ウォールストリートジャーナル、Wikipediaでも、
実際にはルビにはならず、英単語と日本語が交互に表示されるので読みにくい。
ただし、実際のルビの色はグレーになっているので区別はつく。
実際に英文を読むような人には
マウスオーバーの辞書の方が便利なので
むしろ学生の英語学習用というべきだ。
個々の単語を見てみよう。

Crowds 群衆 ○
gathered 集めた物 △ 品詞違い
in central 中心の ○
Cairo カイロ ○
on Tuesday 火曜日 ○
for a protest 抗議 ○
they 彼ら ○
hoped 希望 △ 品詞違い
would swell 流行の服装をした ×
to a million 100万の ○
people 民族 △ 意味微妙
demanding 要求すること △ 品詞違い
an end 最終の △ 品詞違い
to the 30-year 年 ○
-rule 規則 × 意味違い
of President大統領 ○
Hosni ホスニ ―(固有名詞)
Mubarakムーバラク. ―(固有名詞)

アルゴリズムは、単に代表的な意味を当てはめただけのようだが
一般ニュースではそれなりに妥当な意味になるようだ。

しかし、品詞の間違いや動詞の活用、
形容詞の比較級などには対応していない事が分かる。


次は、ウォールストリートジャーナルの税金に関する記事だ。

State tax revenue grew at the fastest rate in nearly five years during the fourth quarter, as the steadily improving economy and higher taxes in some states propelled strong growth in income- and sales-tax collections.



State 儀式用の ×
tax 税金  ○
revenue 歳入 ○
grew 成長する △ 過去形にならず
at the fastest × 訳抜け
rate 割合 ○
in nearly ほとんど ○
five5の ○
years年 ○
during 間ずっと ○
the fourth 第4の ○
quarter 4分の1の, ○
as the steadily 着実に ○
improving 良くなる ○
economy 節約  ×
and higher 高い △ 比較級にならず
taxes 税金  ○
in someいくらか  ○
states 儀式用の ×
propelled 前へ押し出す ○
strong 強い ○
growth 成長の  ○
in income 所得 ○
- and sales 販売- ○
tax 税金  ○
collections ○

state の訳がひどいが、あとはやはりそれなりにうまくいっている。

それでは特殊な意味の多い専門分野の文章ではどうか。
以下は、Wikipedia (英語版)の中心極限定理の説明である。

In probability theory, the central limit theorem (CLT) states conditions under which the mean of a sufficiently large number of independent random variables, each with finite mean and variance, will be approximately normally distributed (Rice 1995).



In probability × 訳抜け
theory, × 訳抜け
the central中心の ○
limit 最高限度 ×
theorem 定理 ○
(CLT) states 儀式用の ×
conditions 状態 ○
under 真下に △ 意味微妙
which the mean 意味する ×
of a sufficiently 十分に ○
large 大きい ○
number 数 ○
of independent × 訳抜け
random × 訳抜け
variables, × 訳抜け
each 各々 ○
with finite 限界のある △ 意味微妙
mean 意味する ×
and variance 相違, ×
will だろう ○
be approximately およそ ○
normally × 訳抜け
distributed × 訳抜け
(Rice 1995).

訳抜けは、ハイパーリンクのある単語が訳されないという不具合のようだ。
いずれにしても、専門的な文章では一般的な訳だけ覚えていても
意味が分からないことがよく理解できる。


テーマ : 英語・英会話学習
ジャンル : 学校・教育

【本】日米同盟 vs. 中国・北朝鮮 ~ アーミテージ・ナイ緊急提言 -- このエントリーを含むはてなブックマーク



年末にシカゴのミツワ(日本食料品店)に立ち寄った際に見つけて
面白だと思ってで買ってみたのが、
昨年12月20日に発売されたばかりのタイムリーなこの本だ。

世界情勢は複雑に絡み合っているが故に
私はついつい自分が比較的詳しい経済的な視点で見てしまうことが多い。
そうした中、軍事的な視点から書かれたこの本は、
日本を取り巻く国際情勢を整理するうえで非常に役に立った。

本書は対談形式でまとめられており、
北朝鮮や尖閣諸島、といった喫緊の話題から、日本の民主党の外交、
更には憲法9条や核の傘といった昔から根深い問題まで、
日経のジャーナリスト春原氏が対談をリードする形で、
アーミテージ、ナイ両氏の見解をテンポよく引き出す。

中国が経済、軍事、科学技術と着々と力をつける中、
米中という2つの超大国の狭間で戦略的に
振舞わなければならないのは今後の日本の宿命だ。

共和党政権で高官を務めたアーミテージ、
民主党政権で高官を務めたナイという2人の
知日派の共通のメッセージは(当然ながら)、
日米同盟の強化・発展、さらには韓国など
近隣親米諸国との協力関係の構築によって
中国に対抗するということである。

こうした筋書きは、
長らく日本にとって規定路線であったが、
民主党・鳩山政権の誕生によって大きく後退した。
鳩山由紀夫、小沢一郎らの親中、親アジアの方向性は、
資本至上主義のアメリカと距離を置いて
社会民主主義に近い方向を目指すという
従来の左派とは大きく異なる。
米国政府にいた二人は、鳩山・小沢両氏を
日本の国としての独立性を強化するために
敢えて米国から遠ざかり中国との距離を
縮めようという戦略を取ったと捉える。

しかしそうした民主党の戦略は夢想的で現実感がなく、
具体的な成果がないまま足踏みしているうちに
世界はどんどん先に進み日本と日米関係だけが
置き去りにされていく。
そうした危機感が対談からは読み取れる。

考えてみれば日本の外交戦略は、
護憲や社会民主主義を訴える崇高な小政党や
軍歌とバスのドライブが趣味の極右団体を除けば、
米中両国との距離をそれぞれどの程度に保つか
というバランスの問題である。
確かに、本書でアーミテージ、ナイ両氏が
暗に描く将来像はその中で最も米国寄りの選択肢であり、
それが日本にとって最善であるかどうかは議論の余地がある。
しかし一方で、代案を考えられるほどの時間的、人的な
余裕が日本にあるのかと言われればそれも疑わしい。


本書で描かれたシビアな国際情勢を知れば、
日本には友愛している暇などないということは
全ての読者が納得できるだろう。




テーマ : 政治・経済・社会問題なんでも
ジャンル : 政治・経済

企業はなぜTOEICに拘るのか? -- このエントリーを含むはてなブックマーク

読売オンラインによると、
武田薬品工業が2013年の新卒採用から
TOEIC 730点以上を義務付ける
らしい。

新卒採用、TOEICは730点以上…武田薬品

 製薬国内最大手の武田薬品工業が、2013年4月入社の新卒採用から、英語力を測る学力テスト「TOEIC」(990点満点)で730点以上の取得を義務づけることが22日、明らかになった。

 通訳業務や海外赴任を前提とする採用を除いて、国内大手企業が新卒採用でTOEICの基準点を設けるのは極めて珍しく、他の大手企業の採用活動にも影響を与えそうだ。

 730点以上は「通常会話は完全に理解できる」水準とされ、得点者は受験者の1割強にとどまっている。

 武田薬品は、海外事業や研究開発体制の強化のために、外国人研究者の採用や海外の新薬候補品を持っているベンチャー企業のM&A(企業の合併・買収)を積極化させている。採用条件に高い英語力を明示することで、海外事業や研究開発の強化に対応できる人材を獲得する狙いがある。
(2011年1月23日03時05分 読売新聞)


これを読んだ私の感想は
「素晴らしい」でも「ひどい」でもなく「なるほどな」である。

1.TOEIC730点のレベル感

730点をTOEFL(Paper-based)に
換算したスコアは550点とのことだ。
これは外国人が米国の良い大学の学部に入学するのに必要なレベルだ。
TOEFLスコアが600点前後の大学院留学生でさえ
英語で苦労するのだから、
仕事で使うのに十分な語学水準とは言えないが、
「英語を使う下地ができている」という水準だろう。

私はTOEICを受けた事はないが、
つい10年前まではほとんど英語ができなかったので
多分、新卒の就職活動中に受けたらこのスコアは取れなかったと思う。
対策なしにだれもが取れるスコアではなく、
インパクトはそれなりにありそうだ。



2.TOEICは超人気企業の足切りには便利

TOEIC730点が業務に真に必要かどうかはともかく
人気企業の新卒採用の足切りの基準としては
ある程度うまく機能する
ように思う。

学生は、新卒採用へ何通でも応募できるので
人気企業ではスクリーニングに頭を悩ますことになる。
大学名だけで切ったのでは、
4年前あるいは6年前の限られた能力しか判定できない。
人間性を見たいにしても全員を面接するのは無理だろう。

専門能力と英語力の相関はそれほど高くないので
2つの軸で切れば選抜の方法としては便利だ。
英語がある程度出来る学生なら
海外勤務を嫌がる可能性も低いし、
自分の能力開発にも意欲的な可能性が高い。


3.英語力の向上は人材の海外流出にはつながらない

日本の国際競争力の源泉は「研究開発能力の高い人材の低賃金労働」である、
(参考:日本のアドバンテージは低賃金であるという説
という観点からすると日本の優良企業が
従業員に英語学習を勧めるのは諸刃の剣だと私は思っていた。
しかし、どうやら実態は違うようだ。


武田やアステラスなどの製薬大手は
米国でも積極的に専門職を採用している。
W大M校時代の同級生の一人(中国人)は
武田薬品に就職したが初年度の年俸は推定で12万ドルだ。
武田の日本国内の賃金水準も高いとはいえ、
労働環境も含め、日本の博士と同じ待遇とは思えない。
日本人もその気さえあれば、
米国内の求人に直接応募することも可能なのだが
実際に社会現象とはなっていない。

英語力やビザの問題を別としても究極的には日本企業は、
「日本人は日本に留まることを好むから賃金は低くても大丈夫」
と考えているのではないかと思う。


4.TOEICには人材の国際化を避ける「効果」も

3の点に関連するが、
日本企業は基幹となる社員にある程度英語を習得して欲しい一方で
本当に国際的な人材になって辞めてしまっては困ると考えているのでないか。
武田はともかく、多くの日本企業には専門職に米・欧・シンガポールなどと
同水準の待遇を用意する準備ができていない。
そのために、英語の試験という「試練」を与えて
「試験だけでもこんなに大変なのに外国企業に転職なんてとんでもない」
というように上手い方向に誘導しているようにも思える。

日本企業が敢えてTOEFLではなくTOEICを採用するのも
その辺りに理由があるのだろう。

英語の試験としてはTOEFLは明らかに優れている。
リーディングやリスニングはより実践的で難度が高い上、
実用上重要なスピーキングとライティングがスコアの半分を占める。
しかしTOEFLは留学に使われる。
米国のMBAを取って外資に転職する人も、
修士や博士を取って米国で就職する人も
TOEFLの勉強から始めているのだ。
企業としては従業員がTOEFLを受けるのは望ましくない。

また、本当に業務で英語が必要ならもっと良いアプローチがあるだろう。
選考の一部を英語でやればTOEICスコアを課すよりよっぽど実用的だ。



新卒に一定のTOEICスコアを課す制度はそれなりに機能しそうだ。
しかし、企業が従業員にTOEICを課しているのは
まだ英語が本当に必要とはされていない証左であるように思う。
大多数の従業員に本当に英語が必要になった時には、
企業はより実践的に従業員の英語教育をせざるを得ないだろう。


(英語学習のためのベストセラー:個人的に一番効果があった参考書)


テーマ : 英語・英会話学習
ジャンル : 学校・教育

美少女と学ぶ線形変換 -- このエントリーを含むはてなブックマーク

今週からいよいよWS大では冬学期の授業が始まる。
今学期は修士課程向けの統計学の授業があり、
いま二変数の確率変数について予習をしているところだ。
他変数の確率変数を学ぶには線形代数の基礎が欠かせない。
そこで今日は、線形変換について復習しておこう。

定理:
行列:
a 0
0 b
は、横方向に a 倍、縦方向に b 倍する線形変換を表す。

例1:

M・D 嬢を a=1、b=1.6 なる行列で線形変換すると
以下のようになる。なお、1:1.6 (正確には (1+√5)/2 ) は数学では黄金比と呼ばれる。
黄金比

例2:
なお、この行列は全ての人を美しく見せるわけではない。
例えば、ブラジルの 14歳206cm 美少女 E・S 嬢の写真を
同じ行列で線形変換するとバランスを失うことが分かる。
線形変換14歳

例3:
異なる行列を考えてみよう。
M・D嬢を、 a=1,  b=1 なる行列で変換する。
この行列は単位行列と呼ばれ像は元のままの大きさとなる。
大きさをあわせるため、
E・S嬢の方は  a = 1, b = 0.5 なる行列で変換して並べてみよう。
線形変換


背の高さ、腰の幅はほぼ同じサイズになったが、
顔とそれ以外の比率は同一にはならないことが分かる。
以上により、M・D 嬢とE・S嬢は線形変換によっても
同値な関係とならない
ことが示された。■





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ジャンル : 学問・文化・芸術

英語が上達したと思うのはどんな時か?~基礎編 -- このエントリーを含むはてなブックマーク

僕は24歳くらいまで恐ろしいくらい英語ができなくて、
実際、英語が恐ろしかったのだが、
ちょっとずつ英語を勉強するうちに
英語が上達するパターンがあることに気づいた。
それは、
丸暗記していたイディオムがばらばらに見えた時だ。

中学の頃、塾の英語の先生は何百回も、
「should = have to ♪」
「will = be going to ♪」
「A is as large as B♪ as, as で形容詞をサンドイッチ♪」
と呪文のように唱えていて、、私はそれを呪文のように覚えた。
それはもちろん、今日まで色褪せることなく役に立っている。

それを、社会人になった後で、とある英語の先生から、
「to は未来に向かうことを表す前置詞。have to だったら
未来に向かって何かすることを持っているということです。」
と聞いて目から鱗が落ちた。
実際、そう解釈しなければ、新聞見出しの
"G7 to discuss exchange rates" といった表現は
うまく解釈できない。
be going to も同様に解釈できる。
ちなみに、will は「意思」だと思えば、例えば、
"I will go to Chicago." は、
"私は 意志がある 行く 向かって シカゴ(へ)"
となるので"will"の名詞と助動詞の意味は全く同じだ。
同時に"will" と "be going to" のニュアンスが違う事も分かる。

"as large as B" も、
中学生の時は単なる記号列として覚えたが、
"そのくらい 大きい そのくらい Bくらい"
と考えれば別にイディオムと呼ぶほど大それたものでも
ないことが理解できる。
"so large as B" なら、
"そんなにも 大きい そのくらい Bくらい"
となり論理的には同じでもニュアンスが違うことが分かる。

もちろん、はじめから "have to" を別の2単語として
説明されたら、理解するのに時間がかかるに違いない。

自然言語とは、複雑なものから単純なものへと理解を
深めるべき対象なのだろう。


テーマ : 英語・英会話学習
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日本人のノーベル賞受賞に浮かれるな -- このエントリーを含むはてなブックマーク

ノーベル化学賞が発表され、
北海道大の鈴木章氏とパデュー大の根岸英一氏という二人の
日本人(を含む三人)の受賞が発表された。
受賞自体は日本にとって喜ばしいことだが
ノーベル賞に拘りすぎるのは危険だ。

ノーベル賞はあくまでも過去の業績に対して与えられるものであり、
鈴木氏、根岸氏の受賞にしても約30年も前の研究業績が受賞の理由である。
これは日本人が行った過去の研究が素晴らしかったことは示唆するが、
今後の研究レベルを保証するものでは全くない。
ノーベル賞は遅行指標であり、過去の結果を確認するに過ぎない。

例えば、今回の両氏の研究はパデュー大時代の研究が重要な役割を
果たしていると言われているが、現在のアメリカの主要大学における日本人の
プレゼンスの低さ、中国など他国出身者のプレゼンスの高さを考慮すると、
(国籍というテクニカルな問題を除けば)50~60年後の日本人受賞者が
中国人受賞者よりも多いとは到底考えられない。

小泉政権時代には、日本人のノーべル賞受賞者が増えるようにロビー活動を
繰り広げたが、これはあくまで政治的な意思から行われたもので
科学技術政策の一部としての意味は極めて薄弱であろう。

経済政策の為政者が統計のなかから先行指標を探し出すように
教育政策の為政者は、露出の多い賞に惑わされることなく
将来の研究成果のために注視すべき指標は何なのか
論文の引用数、研究者数、院生の数、研究予算、産学連携の仕組み、
など研究の質や量を測る方法はいろいろあるが、
それらをどう政策に繋げるかを真剣に考えて欲しいと思う。

特に人と人との繋がりは研究において主要な役割を果たし、
世代を超えた研究者同士の繋がりが一旦失われれば、
それを回復するには膨大な時間がかかる。

政府や文科省は場当たり的に予算をつけるのではなく、
長期的な視野で研究基盤を保護してほしいものだ。


テーマ : 自然科学
ジャンル : 学問・文化・芸術

液晶テレビを買う時に思ったこと -- このエントリーを含むはてなブックマーク

え、まだブラウン管だったの?
との声が聞こえてくるが、
先週末に、次に引越す際の懸案となっていた
70kgくらいある32型ブラウン管テレビが運よく売れたので
すぐに液晶テレビを買いにいった。
というわけで、テレビを買う時に思ったこと。

1.家電量販店が終わってる

まず前日の夜にBestBuy という量販店
(日本で言うヤマダ電機のようなもの)の
サイトを見て分かったことは、
Amazonの最安値などに比べて
値段が一割くらい高いことだ。

家電量販店は昔の日本のデパートのような業態になりつつあるのかもしれない。
店員の商品知識は豊富だしサービスも安心感があるが、価格は割高だ。
唯一デパートと違うのは「あそこにいけば安い」という「ブランドイメージ」
が未だに残っている点だろう。
そんな幻想に基づいて商売しているようでは
もうこの業態は先が長くないのではないかと思う。
業界2位の Circuit City が昨年潰れたが、
Bestbuyはそれを喜んでいる場合ではない。

もっともテレビは見てから買いたいので、結局
Sam's Club という会員制のWare Houseに行くことにした。
Ware House は店舗の運営コスト等をかなり削っているせいか
まだそれなりに競争力のある価格になっている。


2.日本メーカーが終わってる

6年前にブラウン管を選んだ時は、
日本メーカーの高い製品と米国メーカーの安い製品の
二者択一だったし、はっきりと品質に差があった。

3年前にBestbuy に液晶テレビを見に行ったときも、
日本メーカーの製品は発色のキレイさなどで
他国メーカーの製品を上回っていた。

それが今回見にいったら逆転していた。
予算やサイズの制約から、検討したのは以下の3種類:
1) Samsung 製 40インチLCD, 120Hz $748
2) ソニー製 40インチLCD, 60Hz $598
3) 日立製 42インチLCD, 120Hz $598

画質を比べた結果、日立製は動いている被写体の
境界が綺麗に写っておらず対象外に。液晶の方式の差だろうか。
ソニー製は悪くないが、Samsung製に比べると
ちらつきが若干気になる。周波数の違いのせいだろう。
Samsung製は黒のボディーに透明の強化ガラスを
合わせており外装の質感もソニー製よりも高い。

ソニーや日立もあと150ドルかければ
同じ製品が作れるかも知れないが、
現実はSamsungの方が高品質の製品を高い値札をつけて
売る販売力を持っているということなのだろう。

一方で低価格帯は、2002年創立の台湾資本の米国企業 Vizio が
あっという間にトップシェアを奪っている。
製品の質も大差があるようには思えない。
「Vizioが売り切れてたから仕方なく日立を買った」
なんてネット上の掲示板に書かれていたりするのだ。

日本メーカーと、台湾、韓国メーカーの差は
一般製品のレベルではもはやないのだろう。

どちらを買うのか迷って奴に意見を求めたところ、
「Samsung の方が綺麗だけど、$150も差があるし
ソニーの方が高く売れそうだからソニー。」
とのことで、結局ソニー製を購入。
奴は買い物の時、妙に冷静沈着だ。
なんで盛り上がったりしないのだろう。


3.結局いろいろかかるよね

テレビが FullHD になったのは良いのだが、
今のところ性能を全く活かせていない。

ケーブルテレビは優良だがHDの放送を見るためには
Comcastでは月9ドルの追加料金がかかるらしい。
そもそもテレビはあんまり見ないので(笑)決めかねている。

一方、Blue-Ray は持っていないのでノーマルのDVDしか見れない。
Blue-ray のプレイヤーは150ドル弱くらいだが、録画機は殆どない
(アメリカではHD用のHDDに録画するのが一般的)。

通常のDVDのレンタルは
月々5ドルのNetflixを使っているが
Blu-Ray を借りたい場合は月々1ドル上乗せされる。
まあ月1ドルくらいなら構わないけど、
見たいタイトルのうちBlue-Ray で
発売されているのはせいぜい4割程度しかない。


いやー、でも大きいテレビっていいねー。


数学をやめてみて分かったこと -- このエントリーを含むはてなブックマーク

高専を中退した後、働きながらもう一度数学や理科を勉強しようと
大学進学を志している方からメッセージを頂いた。
僕自身も、一度数学を辞めて、別の分野で働いた後、
もう一度数学に比較的近い統計学をやっているので、
境遇は少し似ていると思う。
僕のブログの目的の一つは、そうした
非定形なキャリア選択を描くことでもあるので
匿名コメントではあったものの匿名性を保ちつつ紹介したいと思う。
頂いた質問は次のようなものだった:

willyさんは数学や統計学を学ぶに連れて世の中への見方は変りましたか?


これを読んでまず思ったのは、
僕が答えられるのはこれとは逆の質問だけだと言うことだ。
元々、僕は子供のときから数字や論理を通じて物事を考えるのが好きだった。
数字や論理を通じて一段一段積み上げて議論を組み立てることは
僕にとっては自然な方法で、それ以外の方法が特殊であった。
そこで質問を勝手に変えて、

willyさんは数学や統計学を学ぶのを一旦やめて世の中への見方は変りましたか?


という質問に答えたいと思う。
世の中への見方というと話が拡散してしまうので、
数学に対する見方が変わったかどうかについて書く。

一般的に言って、数学のように極めて理論的な学問の場合、
一旦、勉強を辞めてからもう一度やるのはハンディになる。
デメリットは多く、メリットは少ない。

しかし、私の場合に限って言えば
一般的なスキルという意味で役に立ったものがあった。
それは、全体感を掴むノウハウと表現できる。
数学は細部に注意しながら積み上げていく作業という性質が強いので
全体感を掴むのが非常に難しい。
例えば、未解決問題をどこかの数学者が解くと、
特番が組まれたり新書が出たりしてそのアイデアを
一般人に紹介しようとするが
大抵どれもトンチンカンな説明に終始する。
専門家の協力を得ても、
細部を理解せずに全体だけを理解する事は困難なのだ。

しかし、実際に論文を書く上では、細部が分からなくても、
ある程度全体感を掴みながらトピックを探していく必要がある。
頭の良い人はこれを自然にやってしまうが、
多くの(数学科の)人にはこれが難しいと思う。

僕が金融機関でやっていたのは経済や金融関係の調査だったのだが
分からないなりに論文を読んだり分類したりしていくうちに、
全体感を掴むための感覚がある程度身に付いた。
こうした感覚は、数学の教科書をこつこつ読むだけでは
なかなか身に付かないものだ。
そうした感覚は、少なくとも統計学をやる上では確実に役に立っている。

そんなわけで、数学のような純粋理論的な分野でも
他の仕事でやったことが役に立つような機会は十分にある。

キャリアチェンジを目指す人は、
今まで得たものを捨てるのではなく何らかの形で活かしながら
次につなげることができればベストだ。


テーマ : 自然科学
ジャンル : 学問・文化・芸術

「手段=目的」という美しい等式 -- このエントリーを含むはてなブックマーク

mixi の「大学院留学」コミュに
「就職活動はするべきか?」というトピックがたった。
大学院に落ちた時のための保険として就活する、という話ではない。
「就職活動を一切しないとなると、大学院を出た後に
就活という大きな壁にぶつからないかという不安
があるので就活活動をしたい」
、ということらしい。
そして、賛成のレスが結構ついている。

よく考えると、就活の究極の目的は就活自体なのかも知れない。
それどころか、日本にある全ての苦難の目的はそれ自身だと
言っても過言ではない。

大学受験は、ともかく誘惑に負けずに楽しくない勉強をする
という努力の過程そのものが一番大切だ。例え、希望の大学
や学部に入れなくてもその経験は必ず役に立つ。

就活で大切なのは、世の中の厳しさを知ることや
アイデンティティを確立することだ。例え、希望の企業の
内定が取れなくてもその経験は必ず役に立つ。

婚活
で大切なのは、自分磨きをして自分を魅力的な人間に
するとともに、自分の価値を見つめなおすことだ。
例え思い描いていた結婚相手を見つけられなかったとしても、
前よりもずっと魅力に溢れ迷いの無い自分になることができる。

一生懸命働くのは、パンを買うためではない。
事実、輝かしい業績を残したサラリーマンが
十分な蓄財をして引退しても、ぬれ落ち葉などと呼ばれるはめになる。
働くこと自体が大切なのだ。
無論、働きすぎて過労死してはいけない。
そんなことになったらそれ以上働けないからだ。

そう考えていくと、僕は今まで非常に不真面目な人生を送ってきた。
明日からもっと真面目に、数学をやるために数学をやろう。


テーマ : キャリアを考える
ジャンル : 就職・お仕事

変わる専業主婦像 ~ グローバル化時代の専業主婦 -- このエントリーを含むはてなブックマーク

Chikirin さんの先日の記事、「変わる家族形態」が面白い。
社会がものすごい勢いで変化するなかで、
家族形態も急激に変化せざるを得ない事は想像に難くない。

そんな中、専業主婦という職業、専業主婦世帯という家族形態は
ここ数十年、都市化した社会で常に主要な形態であった一方で
社会における意味は大きく変わってきた。

戦後の日本では、社会保障制度面の後押しなどもあり、
専業主婦は(年収百数十万以下の兼業主婦を含めると)
都市部の女性にとって特殊でない唯一の選択肢であったと
言っても過言ではなかった。

一方、女性のキャリア選択が多様化した現代では、
多くの経済力のある男性、高学歴な男性、社会的地位のある男性は
相手の女性にもキャリアや学歴、経済力を求めるようになり、
双方が高い能力や経済力を持つ「強者連合」が生まれるようになった。
その結果、専業主婦像は二つに分離したように思える。
一つは「経済力や知力の低い家族のかたわれとしての専業主婦像」であり、
もう一つは「働く必要の無いほど裕福な専業主婦像」である。

しかし、社会がグローバル化する中で、
「グローバル型専業主婦」ともいうべき
もう一つの新しい専業主婦像が存在しうるのではないかと思う。

Chikirin が記事で述べているような
「23歳で就職したら3年後にはインドに行き、26歳から31歳まで
ムンバイ勤務。日本に帰ってきて3年後、ケニアに赴任。」
というような男性はどのような女性と結婚すれば良いのだろうか?
一つの可能性は、一人でもやっていける経済力があって別居にも
抵抗感がない女性だが、そういう女性はまだまだ少ないし、
男性の側も別居しても良いという人ばかりではないだろう。
そういう時に需要があるのは、次の条件を満たす主婦希望の女性だ。

1.いかなる環境にも適応する

どこの国には行きたくないとか、
結婚相手のせいで不自由な生活を強いられるようになった
と考える配偶者は働く側にとっては都合が悪い。
いまや「条件が良いから」というだけの理由で、
先進国から中東諸国に就職する人がいる時代だ。
配偶者から「他の国で働くことになった」と聞いたとき、
「決まってしまったなら行き先を聞いても仕方ない」
というくらいの人が望ましい。

2.お金に執着しない

専業主婦世帯は、単純に考えて収入が共働き世帯の半分である。
したがって、時間がある分、収入は半分でも仕方ないよね、
と割り切れる人であることが望ましい。

3.家族の結びつきに重きを置く

環境面と経済面での不便に対する見返りとして、
家族の結びつきを重視している人が望ましい。
そもそも、僻地や外国では必然的に家族関係は強まるし、
家族で過ごせる時間は増えるからだ。


婚活世代の女性が憧れる「働く必要の無いほど裕福な専業主婦像」は
理想的だろうが、現実には高嶺の花だ。

よほどの美人だとか、人の心を掴むのが抜群に上手いとかいう
優位性がないとなかなかチャンスを掴むのは難しい。

一方で、上の3条件も全ての人が満たせるわけではないが、
容姿や能力、キャリアに関わらず適性次第で十分にチャンスがある。
専業主婦のポスト争いが熾烈になるなか、
こうしたニッチ市場の存在を気に留めておいても
婚活世代の女性にとって損はないだろう。

男女を入れ替えて考えると、専業主夫はさらなるニッチ市場なので、
こうした市場に目をつけておくことは一層重要だろう。


テーマ : 結婚
ジャンル : 結婚・家庭生活

在外選挙 - 公平な選挙権って何だ? -- このエントリーを含むはてなブックマーク

日本では参議院選挙7月11日に控えているが、
国外に住む日本人が投票したい場合には事前に在外投票をする必要がある。
ところが、この投票までの手続きが想像を絶するほど面倒くさい。

まず、事前に在外選挙人名簿への登録を済ませて置かなければならない。
そしてこれは、大使館や総領事館に在留届を届けを出すのとは
別個に行わなければならない。

これを、日本在住の日本人に例えるなら、
投票をするためには住民票を入れるだけではなく、
選挙で投票したい場合は、
別途、選挙の何ヶ月か前に申し込みを
しなければならないということだ。
しかもその際に、居住を確認するための書類の提出まで求められる。
そんなことを日本国内で実際にやったら、
選挙は組織票ばかりになるだろう。

事前に名簿への登録をしたら、簡単に投票できるというわけでもない。
一応、3種類の投票方法が準備されているが、
どれも非常に使いづらいものだ。

1.在外公館投票

文字通り、日本大使館や総領事館で投票するというものである。
投票方法自体は、日本での投票と似ているが、
いかんせん投票場所が少ない。
私が知る限り、これらの施設は全米で17箇所しかない。
米国の面積が日本の約24倍あることを考えれば、
日本国内に一箇所しか投票所がないのに等しい。

2.日本国内における投票

一時帰国している人のために、
国内でも日本在住の人と同じ方法で投票できるようになっている。
私は、ちょうど一時帰国していたので投票することもできたらしいが
そもそも、その案内自体が海外の住所に送られるので
案内をもらってすぐ日本に行く、というような
極めて特殊なケースの人しか投票できない。

3.郵便等投票

表題だけみると、これが一番現実的だと思えるのだが
よく読むと最大のジョークだ。
手順は次のようになっている。

(1) 在外選挙のお知らせを公示日(6/24)前後に受け取る
(2) 登録先の日本の市区町村に投票用紙を請求する
(3) 自宅に投票用紙が郵送される
(4) 投票用紙を登録先の日本の市区町村に送る

つまり、在外選挙のお知らせから約2週間のうちに
日米間で3回郵便のやりとりをしなければならない。

国際速達郵便を使ったところで、日本の市区町村が
速達で返信してくれる保証も無い。


こうした惨状が単なる役所のセクショナリズムによるものなのか、
あるいは組織票のプレゼンスを最大化したい政治的圧力が影響しているか、
私は詳しく知らない。

しかし、実質的に日本在住者と同じ権利が担保されていない
ことは明らかだろう。

民主主義の枠組みの下での選挙権は「投票が可能」であるだけでなく
その機会が平等で投票の価値も平等であることが必要である。


国民の総意を反映させるのが目的ならば、
有権者の(年齢、居住地、年収等による)各層の票は
投票率の逆数をかけて意思を反映させるのが
統計的には妥当な方法であろう。
そうした方法をとらないならば、
政府は全ての有権者層の意思を反映させるために
最大限の注意を払う義務がある。



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Willy

Author:Willy
日本の某大数学科で修士課程修了。金融機関勤務を経て、米国の統計学科博士課程にてPhD取得。現在、米国の某州立大准教授。

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1.ルベーグ積分30講
―― 統計学を学ぶために。
   小説のように読める本。
   学部向け。


2.Matematical Statistics and Data Analysis
―― WS大指定教科書。
   応用も充実。学部上級。

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