日本人が米国で働いた場合の年金事情
以前、学会で会った日本人の方に「米国で働くと年金はどうなりますか?」
という質問をされたことがあるので、在米日本人の立場から少し書いてみたい。
ただし、私は年金の専門家でも何でもないので、以下はあくまで参考情報であり
正確な仕組みや金額などについては各自でお調べ頂きたい。
1.公的年金
現在の年金の仕組みでは基本的に、
日本で働いている間は日本の年金制度に保険料を払い、
米国で働いている間は米国の年金制度に保険料を払うことになる。
したがって、日本で15年、米国で20年働いた人なら将来、
それぞれの納付期間に応じて両国から年金を受け取るというわけだ。
ただし日本の国民年金については、海外在住者でも任意で加入することができる。
ある程度の経済的余裕がある人の場合は、米国で働きながら日本にも保険料を
納めているという人もいるようだ。
逆に、米国に在住しているが働いていない学生などの場合、
どちらの国にも保険料を納めていない期間が発生することになる。
また、学生ビザでTAやRAなどの仕事をしている場合にも、
暦年ベースで当初5年間は米国の年金に加入できないといった特例がある。
なお、日米とも原則的には10年以上の保険料を納めないと年金を受給できないが、
現在では日米社会保障協定により、納付期間と国外在住期間の合計が10年を超えれば
年金を受け取ることができる。したがって、多くの人にとっては支払った年金保険料
に見合う額が貰えなくなるという心配はなくなった。
一方、米国は累進年金という複雑な制度を取っているため、
他の国などから年金収入がある人に対して米国の社会保障年金を減額する
WEP(Windfall Elimination Provision)という制度もある。
米国での就労期間が30年未満の場合は、就労年数に応じてこの制度が適用される。
次に両国各々の制度についてだが、
実は、日本の公的年金制度(国民年金+厚生年金)と米国の年金制度(Social Security)は制度としては非常に似ている。日本の制度が元来、米国の年金制度を参考にしている点が多いからである。
米国も日本と同様、労使折半で給与に比例した額が給料日ごとに差し引かれる仕組みだ。
保険料率は、日本では18.3%、米国では15.3%である。
ただし米国の保険料は、うち2.9%ポイントは高齢者向け医療に使われている。
また、保険料の上限が決まっているのも日米で共通している。
一番気になるのは年金額だが、計算方法が異なるので一概には比べられない。
例えば、日本の厚生年金給付が保険料に比例しているのに対して、
米国では累進的になっており、年収の多い人ほど損な仕組みになっている等の違いがある。
参考までに、私が標準的なケースの試算をしてみたところ、
同じ年収であれば米国の給付額が1.6倍程度になった。
保険料の差を考慮すると米国の給付が2倍弱ということになる。
働いていない配偶者、つまり主婦や主夫の年金はどうなっているだろうか。
米国ではこうした人の年金は、配偶者の半分ということになっている。
日本では、専業主婦(主夫)が年金保険料を払っていないことが問題になっているが、
意外なことに、日本より米国の方が専業主婦(主夫)は恵まれているという訳だ。
さて、もっと肝心なのは現在の計画通り年金が貰えるかということだろう。
残念ながら、両国とも年金の持続性には疑問符がついている。
米国では2037年頃には、社会保障基金(Social Security fund)の
残高がゼロになると予測されている。残高がゼロになった場合、
収支を均衡させるには単純計算で約2割の減額になるという。
実際には様々な手を使って減額幅を圧縮させるだろうから、
目安としては「最悪2割減る」と考えれば良いかもしれない。
日本の制度は、以前のエントリー(http://wofwof.blog60.fc2.com/blog-entry-687.html)
で考察したように、マクロスライドを忠実に実行すれば破綻はしないが、
受給額は35年後に約4割減というものだ。
簡単にまとめれば、
米国の年金は日本に比べると太っ腹ではあるが、
制度の将来は全くといっていいほど無計画で不確実性を伴うと言える。
2.退職金・企業年金
日本の退職金や企業年金にあたるものは、米国にもあるが、
当然ながら企業や大学によってその制度は異なる。
私のいる大学では、勤続3年目から
従業員が給与の5%以上を確定拠出年金(403b)に拠出し
大学がそこに給与の10%分を追加拠出するという制度になっている。
ハーバード大のようにいろんな意味で私の在籍する大学と違う大学でも、
大雑把に言えば年収の10%程度を大学側が積み立てるという事になっている
ようなので、大学としてはある程度標準的なケースとは言えるだろう。
403b(401kの非営利団体版)とは、従業員や企業が税引き前の所得から
資金を拠出して積み立て、59.5歳以降になると引き出せるという仕組みだ。
例えば35年間働いたケースを考えてみよう。
大学は33年間、毎年の給与の10%を積み立てることになる。
確定拠出なので給付額は何に投資したかによって異なり確定しないが、
教職員保険年金組合の確定年金の予定利率は私の口座では3.6%なので、
インフレ率を年2%とすれば実質利回りは1.6%ほどだ。
退職時点での受け取り総額を等比数列の和の公式で計算すれば、
年収を一定と仮定した場合には、実質でその4.3倍程度になる。
オーダーとしては日本企業等の退職金と大差ないだろう。
ただし、これは課税前の金額なので、
その額を退職後に運用しながら少しずつ引き出すことになる。
米国の方が好都合な点もある。企業が毎年一定の割合を拠出するので、
転職を何度しても基本的に不利になることはないという点だ。
米国では同じ会社に何十年も勤める人の割合が低いので、
それに合わせた制度になっているということだ。
なお一部の大学や企業などには、確定拠出ではない独自の年金制度が
残っていてこれはかなり大盤振る舞いのものもあるようだ。
裕福な市の市役所は、その極端な例だ。
ロサンゼルス市では、年間20万ドル以上の年金を貰う元公務員が8人いるそうだ。
念のため書いておくが、この額を公的年金に加えて受け取っているのである。
警察署では給与100ドルあたり71ドルの年金費用がかかっている。
(出所)http://www.latimes.com/projects/la-me-el-monte-pensions/
3.私的年金
上の2つに加えて引退後の生活に備えたい人は、
確定拠出年金に追加拠出するのが一般的だ。
運用益が非課税になるメリットがあるし、
税引き前所得から拠出すれば、老後の税率が低い人には節税効果があるからだ。
州立大の大学教員の場合は最大で
上に述べた403bへ年18,000ドル(50歳以降は24,000ドル)、
類似の457bへ年18,000ドル(50歳以降は24,000ドル)、
雇用主と関係ないIRA(または税引後所得から拠出のRoth IRA)へ
年5500ドル(50歳以降は6,000ドル)まで拠出することができる。
夫婦とも大学教員というようなケースではこれを二人分使えることになる。
企業などにおいては、403bの代わりにほぼ同様の401kがあり、
IRAは同じで、457bは使えない。
これらの積み立ては元は給料の一部なのであるが、
こうした多額の積み立てから得られる株式の売却益や配当、
債券や年金の利子が非課税になるメリットは大きく、
米国人の投資を促進していると言えるだろう。
4.まとめ
このように見て行くと、日本と米国の年金制度は一定程度似通っており、
日本のサラリーマンを辞めて米国の企業や大学に転職するというケースでも
常識的な額の年金は貰えるので、過度な心配はなさそうだ。
一方で老後の年金受け取りに関しては、米国で日本の年金を受け取る、あるいは、
日本で米国の年金を受け取る手続きが必要になり、煩雑であることには注意が必要だ。
数年間だけ米国に勤務してその後日本に永住帰国するケースでは、
この外国から年金を受け取る面倒を避けるために、10%の税金と
高い所得税を払って現金化してしまう人もいるようだ。
この場合は、合計で残高の40%程度を差し引かれることになる。
退職後に分割して受け取れば平均税率は10%台半ばだろうから、
現金化によってだいぶ損をすることになる。
日米両国で働く場合には、単に両国の年金制度を理解するだけでなく、
様々な可能性を考慮しつつ最適なリタイアメント計画を立てる必要が
あるということだ。
という質問をされたことがあるので、在米日本人の立場から少し書いてみたい。
ただし、私は年金の専門家でも何でもないので、以下はあくまで参考情報であり
正確な仕組みや金額などについては各自でお調べ頂きたい。
1.公的年金
現在の年金の仕組みでは基本的に、
日本で働いている間は日本の年金制度に保険料を払い、
米国で働いている間は米国の年金制度に保険料を払うことになる。
したがって、日本で15年、米国で20年働いた人なら将来、
それぞれの納付期間に応じて両国から年金を受け取るというわけだ。
ただし日本の国民年金については、海外在住者でも任意で加入することができる。
ある程度の経済的余裕がある人の場合は、米国で働きながら日本にも保険料を
納めているという人もいるようだ。
逆に、米国に在住しているが働いていない学生などの場合、
どちらの国にも保険料を納めていない期間が発生することになる。
また、学生ビザでTAやRAなどの仕事をしている場合にも、
暦年ベースで当初5年間は米国の年金に加入できないといった特例がある。
なお、日米とも原則的には10年以上の保険料を納めないと年金を受給できないが、
現在では日米社会保障協定により、納付期間と国外在住期間の合計が10年を超えれば
年金を受け取ることができる。したがって、多くの人にとっては支払った年金保険料
に見合う額が貰えなくなるという心配はなくなった。
一方、米国は累進年金という複雑な制度を取っているため、
他の国などから年金収入がある人に対して米国の社会保障年金を減額する
WEP(Windfall Elimination Provision)という制度もある。
米国での就労期間が30年未満の場合は、就労年数に応じてこの制度が適用される。
次に両国各々の制度についてだが、
実は、日本の公的年金制度(国民年金+厚生年金)と米国の年金制度(Social Security)は制度としては非常に似ている。日本の制度が元来、米国の年金制度を参考にしている点が多いからである。
米国も日本と同様、労使折半で給与に比例した額が給料日ごとに差し引かれる仕組みだ。
保険料率は、日本では18.3%、米国では15.3%である。
ただし米国の保険料は、うち2.9%ポイントは高齢者向け医療に使われている。
また、保険料の上限が決まっているのも日米で共通している。
一番気になるのは年金額だが、計算方法が異なるので一概には比べられない。
例えば、日本の厚生年金給付が保険料に比例しているのに対して、
米国では累進的になっており、年収の多い人ほど損な仕組みになっている等の違いがある。
参考までに、私が標準的なケースの試算をしてみたところ、
同じ年収であれば米国の給付額が1.6倍程度になった。
保険料の差を考慮すると米国の給付が2倍弱ということになる。
働いていない配偶者、つまり主婦や主夫の年金はどうなっているだろうか。
米国ではこうした人の年金は、配偶者の半分ということになっている。
日本では、専業主婦(主夫)が年金保険料を払っていないことが問題になっているが、
意外なことに、日本より米国の方が専業主婦(主夫)は恵まれているという訳だ。
さて、もっと肝心なのは現在の計画通り年金が貰えるかということだろう。
残念ながら、両国とも年金の持続性には疑問符がついている。
米国では2037年頃には、社会保障基金(Social Security fund)の
残高がゼロになると予測されている。残高がゼロになった場合、
収支を均衡させるには単純計算で約2割の減額になるという。
実際には様々な手を使って減額幅を圧縮させるだろうから、
目安としては「最悪2割減る」と考えれば良いかもしれない。
日本の制度は、以前のエントリー(http://wofwof.blog60.fc2.com/blog-entry-687.html)
で考察したように、マクロスライドを忠実に実行すれば破綻はしないが、
受給額は35年後に約4割減というものだ。
簡単にまとめれば、
米国の年金は日本に比べると太っ腹ではあるが、
制度の将来は全くといっていいほど無計画で不確実性を伴うと言える。
2.退職金・企業年金
日本の退職金や企業年金にあたるものは、米国にもあるが、
当然ながら企業や大学によってその制度は異なる。
私のいる大学では、勤続3年目から
従業員が給与の5%以上を確定拠出年金(403b)に拠出し
大学がそこに給与の10%分を追加拠出するという制度になっている。
ハーバード大のようにいろんな意味で私の在籍する大学と違う大学でも、
大雑把に言えば年収の10%程度を大学側が積み立てるという事になっている
ようなので、大学としてはある程度標準的なケースとは言えるだろう。
403b(401kの非営利団体版)とは、従業員や企業が税引き前の所得から
資金を拠出して積み立て、59.5歳以降になると引き出せるという仕組みだ。
例えば35年間働いたケースを考えてみよう。
大学は33年間、毎年の給与の10%を積み立てることになる。
確定拠出なので給付額は何に投資したかによって異なり確定しないが、
教職員保険年金組合の確定年金の予定利率は私の口座では3.6%なので、
インフレ率を年2%とすれば実質利回りは1.6%ほどだ。
退職時点での受け取り総額を等比数列の和の公式で計算すれば、
年収を一定と仮定した場合には、実質でその4.3倍程度になる。
オーダーとしては日本企業等の退職金と大差ないだろう。
ただし、これは課税前の金額なので、
その額を退職後に運用しながら少しずつ引き出すことになる。
米国の方が好都合な点もある。企業が毎年一定の割合を拠出するので、
転職を何度しても基本的に不利になることはないという点だ。
米国では同じ会社に何十年も勤める人の割合が低いので、
それに合わせた制度になっているということだ。
なお一部の大学や企業などには、確定拠出ではない独自の年金制度が
残っていてこれはかなり大盤振る舞いのものもあるようだ。
裕福な市の市役所は、その極端な例だ。
ロサンゼルス市では、年間20万ドル以上の年金を貰う元公務員が8人いるそうだ。
念のため書いておくが、この額を公的年金に加えて受け取っているのである。
警察署では給与100ドルあたり71ドルの年金費用がかかっている。
(出所)http://www.latimes.com/projects/la-me-el-monte-pensions/
3.私的年金
上の2つに加えて引退後の生活に備えたい人は、
確定拠出年金に追加拠出するのが一般的だ。
運用益が非課税になるメリットがあるし、
税引き前所得から拠出すれば、老後の税率が低い人には節税効果があるからだ。
州立大の大学教員の場合は最大で
上に述べた403bへ年18,000ドル(50歳以降は24,000ドル)、
類似の457bへ年18,000ドル(50歳以降は24,000ドル)、
雇用主と関係ないIRA(または税引後所得から拠出のRoth IRA)へ
年5500ドル(50歳以降は6,000ドル)まで拠出することができる。
夫婦とも大学教員というようなケースではこれを二人分使えることになる。
企業などにおいては、403bの代わりにほぼ同様の401kがあり、
IRAは同じで、457bは使えない。
これらの積み立ては元は給料の一部なのであるが、
こうした多額の積み立てから得られる株式の売却益や配当、
債券や年金の利子が非課税になるメリットは大きく、
米国人の投資を促進していると言えるだろう。
4.まとめ
このように見て行くと、日本と米国の年金制度は一定程度似通っており、
日本のサラリーマンを辞めて米国の企業や大学に転職するというケースでも
常識的な額の年金は貰えるので、過度な心配はなさそうだ。
一方で老後の年金受け取りに関しては、米国で日本の年金を受け取る、あるいは、
日本で米国の年金を受け取る手続きが必要になり、煩雑であることには注意が必要だ。
数年間だけ米国に勤務してその後日本に永住帰国するケースでは、
この外国から年金を受け取る面倒を避けるために、10%の税金と
高い所得税を払って現金化してしまう人もいるようだ。
この場合は、合計で残高の40%程度を差し引かれることになる。
退職後に分割して受け取れば平均税率は10%台半ばだろうから、
現金化によってだいぶ損をすることになる。
日米両国で働く場合には、単に両国の年金制度を理解するだけでなく、
様々な可能性を考慮しつつ最適なリタイアメント計画を立てる必要が
あるということだ。